第243話 予想外の依頼


 「それで誰を調べるんだ?」

 「冴島という男がいる。そいつを調べてみてほしいのさ」


 まさかここでその名前が出るとは。知らんふりしといた方が良さそうだ。


 「……冴島? どういう人なんだ?」

 「以前僕らがかよっていたダンジョンに自衛隊が調査の名目でやってきた事があったんだ。そこで『クラン・ログハウスのペルソナが関与している疑いがある』と言っていたのさ。その時に隊員がその男を冴島って呼んでるのを聴いちゃったのさ。それまでそんな話を聴かなかったし、テレビや動画コメントでそういったものを見るようになったのもその後だから怪しいと思ってね」


 確かにそれは怪しい気がするな。俺たちへの批判を煽動する者、ゴーストが冴島さんではないかって疑ってもいたしヘンゼルたちの証言もある。これは確定か? でも証拠とはいっても不完全な状況証拠。その上冴島さんがそれを言ったのは他の自衛隊員に対してだからその後に言った内容が話題になったら自分の首を締める事にならないか? そう考えるのを見越した可能性も否定はできないけど……まだ答えは出ないな。


 「どうしますか?」


 考え込んでいた俺に話しかけるエアリスの赤い瞳はどうすべきかを語っていた。


 「どうだい? 受けてくれるかい?」

 「断る理由はないんだけどな……」

 「もしかして用事があるのかい?」

 「まぁ……」

 「それなら日数を減らしてもいいし、その用事が手伝える事なら手伝わせてくれないかい?」

 「ヘンゼル、香織とデートかもしれないわよ?」

 「あっ、そうだね。それは邪魔をしてはいけないね」

 「いや、そういうわけじゃないんだけどな」


 通話のイヤーカフを通してエアリスが思いついた事を言ってくる。それはどうなんだっていう内容だったが……任せてみることにした。


 「指定された期間内に外せない用事がありまして、今日を含めた三日間程度しか自由時間がありません」

 「そうなのかい!? 忙しいんだね……その外せない用事というのは教えられない用事かい?」

 「いいえ。動画の題材にするモンスターの調査、その締切が迫っているのです。他の依頼もございますので他言はできません」

 「フムフム……じゃあこういうのはどうかな。今日から三日間、僕たちの護衛をしてくれないかな?」

 「命を狙われているのですか?」

 「全然そんなことはないよ。でもね、依頼ならもっと話せると思ってね。それとその調査、手伝わせてくれないかい?」

 「わかりました。しかし調査は地味ですよ」

 「いいさ。動画の最後にスペシャルサンクスとして名前を載せてくれるならね」

 「わかりました。ご依頼を受けましょう。マスター、よろしいですね?」

 「あ、あぁ。わかった」


 エアリスはあっさりと話を纏めてくれた。俺の代わりどころかそれ以上だったな。俺ならこれほど淀みなく嘘は吐けなかっただろう。でもなんで予定にない調査なんて嘘をついたのやら。


 「じゃあ早速僕らが泊まっているホテルへ移動しよう」

 「ワタシたちは準備をしますので場所を教えていただければすぐに参ります」

 「そうかい? 美しいミズ・エアリスとタンデムできると期待したんだけど」


 エアリスから拒絶の笑顔を向けられたヘンゼルとグレーテルを見送り、改めてエアリスに問う。


 「なんで調査にしたんだ?」

 「念のためです。それにコウモリ、やってみたかったので」


 この場合のコウモリっていうと二重スパイみたいな事か。でも二重ってわけでもないような……まぁいいか。


 「それに報酬を双方からせしめる事ができれば、ワタシも飲んだくれの神々のようにバイトをしたのと同義ではありませんか?」

 「いや、それはどうなんだ……」


 報酬としては確かに美味しい。ヘンゼルが三千万、政府から三百万か。守秘義務を破ることにもならないしな。ただヘンゼルの依頼は付きっきりの護衛と調査、政府依頼である治安回復のために必要な準備はどうするつもりだろう。


 「あっ、そうですマスター。ヘンゼルには直接触れることのなきよう」

 「【不可視の衣】剥がれたの気付いてたのか」

 「当然です。偽装を剥がれれば白夢と黒夢を見られてしまうかもしれませんからね。それにワタシは色々デキる系三度の飯よりマスターが好き系秘書ですので、もしもを考慮し進言いたします」

 「そりゃかなり好かれてるな」


 会計を済ませようとすると既にヘンゼルが支払ってくれていた。そういうとこまでイケメンかよ。見習おう。

 一度ログハウスに戻り香織と悠里に説明する。香織は女性に付きっきりで護衛する事に難色を示し自分も行くと言い出したが、エアリスが耳打ちをすると快く送り出してくれた。

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