第242話 偽名の依頼人2
温かく香り高いコーヒー、何を隠そうこのカフェで最も手間のかかる一品だ。注文を受けて豆を挽くから時間もかかるんだが、待っている間にフレンドリーな二人と打ち解けた。ふと隣に目をやるとエアリスの前にはパフェの残骸が。
「エアリス、何しにきたんだよ」
「パフェを食べに秘書しにきました」
なにいってんだこいつ。と思ったが、サクサクしたやつとかぷるぷるしたやつをチョコやクリーム、ジュレと一緒に食べ、その余韻を残したままスプーンで掬ったフルーツを口に運ぶ。自然と口角が引き上がっているエアリスを見ると、責めるのは忍びない。
「うまいか?」
「はい、とても」
「じゃあもうそれで終わ——」
「店員さーん! パフェひとつ! いえ、ふたつ!」
言い切る前に注文しやがった。自称神たちの酒代が減ったのは喫茶・ゆーとぴあでバイトをしているかららしいが、それ以上にエアリスの食費が
「君たちやっぱりおもしろいね!」
「やっぱり?」
「兄はね、ユートのファンなのよ。毎日動画見てるのよ。特にカオリが出てくる猫森がお気に入りみたい」
それって香織のファンなのでは、とは言うまい。俺だって画面の向こうにいたらファンになってる自信があるし。
「あら? ユートったらカオリの事考えてるの?」
「いや、まぁ……」
「ふ〜ん。恋する男の子ってカンジねぇ。いいわぁそのカオ……そのカオを——」
「グレーテル、その辺にしておこう。ユートが困ってる」
ちょっと照れくさいように感じていると、ヘンゼルが割って入りグレーテルに注意する。しかしその声音はこれまでとは違い、思わず警戒してしまうような冷たさがあった。
「……そ、そうね。仕事の話をしにきたのよね。ヘンゼルは本当にユートが好きね」
「そうだよ。僕はユートのファンさ!」
ヘンゼルの雰囲気は一瞬で元通り。俺を庇った際の冷たい声は、彼自身が言っている通り俺のファンだからなのかも。直接言われるのは初めてではないとはいえ、背中が痒くなってくる。
ヘンゼルは動画をものすごく褒めてくれる。モンスターの倒し方を解説実践する配信者は今でこそ多いが、それも“ログハウスちゃんねる”があったからだ、と。最近こそ草原の各所に複数出現した転送陣の先にある場所については他のマイチューバーに先を越された形になっているが、プライベートダンジョンや20層に関しての動画は未だに再生数が伸びており評価も悪くない。他のログハウスメンバーがスタイルに合わせた攻略法を投稿している事もその理由の一つだろう。そんな中、最近になって良くない書き込みも目立つようになったわけで。
「最近変なやつが迷惑な書き込みをしているだろう? そいつらの親玉かもしれないと疑ってる人物がいてね」
エアリスでも尻尾を掴めていないのに見つけたっていうのか? いや、疑っているだけで証拠があるわけではないんだろうな。で、その人物がどうしたっていうんだろう。
俯き加減になっていた俺はヘンゼルへ目を向ける。すると彼は目を細めニヤリと口の端を片方上げ言った。
「……その親玉と疑わしき人物の調査を手伝ってほしいのさ!」
「え? それが依頼内容?」
「そう、それが依頼内容さ!」
「どちらかと言えば俺が依頼する側になっちゃうような……」
「いいや、それは違うよ。僕はユートのファンで、ユートを困らせるようなやつが許せないのさ! だから僕は、僕が知る最高の探検者に依頼するのさ!」
それってどうなんだ? エアリスが声を真似ている声優さんが困っていてもその解決を本人に依頼なんてしないぞ。いや、解決してあげたい気持ちは生まれるかもしれないけど……いやいや、この場合は俺を最高の探検者って思ってくれてるからこそなのか? 声優さんは探検者みたいに何でも屋じゃないしな。動画のファンって言うし、ネタ提供と投げ銭みたいな感じなのか? うーん。金持ちの考える事はわからん……。そういえば期間は五日間だったよな。
「期間が五日の理由、どうしてなのか聞いていいか?」
「僕らは日本を離れる事にしたからさ」
近頃ニュースでもお馴染みのクリミナル事件。それが多く発生している日本ではなくどこか安全な国に行くつもりらしい。最も凶悪な事件を模倣するような犯行も出始める兆候が現れてきているようだし、妹のグレーテルが巻き込まれないとも限らないからな、不安なんだろう。俺の実家近くのダンジョンで未遂事件が起きたし、リナは母国で警戒、玖内は好きな子の自宅周辺の見廻りをしているくらいだから不安や心配になる人は少なくないだろう。
「だからそれまでの間、日本最後の思い出ってやつさ!」
そんな事をしている暇があったらさっさと海外に行ってそこで金を使えば良いとも思うが……日本最後の思い出が俺への依頼か。まぁ依頼をされる側として悪い気分ではないな。
「そうか。それで誰を調べるつもりなんだ?」
「それはね……」
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