第241話 偽名の依頼人1


 翌日指名依頼をしてきた相手と会うために地上にやってきた。都心からかなり遠い街の繁華街、以前香織と一緒に入ったことのある地元のカフェだ。ここは個室があるため部外者に聞かれたくない話をするにはもってこいだろう。


 「わざわざここを指定するとは。相手に素性が知られていると思った方が良いでしょうね」

 「そうだな。でも俺を調べてる怪しい痕跡なかったんだよな?」

 「はい。非常に不可解です」


 確かにそうだ。あの依頼メールはダンジョン内、20層から送信されたものだとエアリスによって判明している。だけど個人情報を探った痕跡の中に今回の依頼主と思われるものはなかった。じゃあどうして実家に近いここなんだ? 偶然か?


 「来たようです」

 「だな」


 二台の大型二輪車が店先の路肩に停車される。ヘルメットをとると一人は目深にニット帽を被っていてもう一人はフルフェイスヘルメットの中に仕舞い込んでいたウェーブ掛かったブロンドヘアーを周囲に見せつけるように掻き上げる。共に革のライダースーツを着ている男女の二人組。日本人じゃないっぽいな。


 「雰囲気が美男美女」

 「【神眼】の調子は良さそうですね」

 「エアリスのやり方は失敗が怖くて出来ないから顔とか見た目がわかる程度だけどな」


 ダンジョンと地上では見え方が違う。地上の場合エアリスが実体化していない時は【転移】を使って俺が保有するエッセンスを見たい場所に送り込むことで可視化していたらしい。以前なら説明されても俺には出来なかっただろうけど、今ならがんばればできる。そこまでする必要はないだろうからやらないけど。それに下手をすればエッセンスをばら撒く事になるからな。


 「ワタシのように影響を残さないよう制御できるのであれば別ですが、ご主人様のエッセンス保有量は一時的にダンジョン化を引き起こしかねませんので賢明かと」


 ダンジョンから溢れ出したエッセンスがその場に定着するからダンジョン化するという考えだ。それを否定する理由もないしわざわざ危険を犯す事もないだろう。


 少し待つと店員が二人を案内してくる。深く被っていたニット帽を脱ぎ髪をクシャリと掻いた男は、人懐っこい笑顔の眩しい好青年と言った印象。もう一人の美女は柔らかい表情の女性で、二人の顔はよく似ているように思う。


 「やあ! 君が御影悠人さんかな?」

 「初めまして。クラン・ログハウスの御影です」

 「僕はヘンゼル、訳あって偽名なんだけどね。お目にかかれて光栄だよ。こんな有名人と会えるなんてね。もし嫌でなければユートって呼んでも良いかな?」

 「呼びやすいならそれで」

 「そうかい! 感謝するよ、ユート!」


 マシンガンのように言葉を繰り出したと思えば右手を差し出されシェイクハンズ。英語圏かどうかはわからんけどな。ってか日本語うますぎだしいきなり偽名告白だし。それはそうと握られた部分に纏わせていた【不可視の衣】が剥がれた。こんな事は初めてだ。


 「どうかしたのヘンゼル?」


 もう一人、ウェーブの掛かったブロンド美女が男、ヘンゼルの顔色がおかしい事に気が付いたようだ。握手した手を揉むように動かされ……申し訳ないがちょっと気持ち悪い。手を離すべきか悩んでいると男がボソリと何か言ったがはっきりとは聞き取れなかった。女性に肩を揺すられ我に返ったヘンゼルは慌てて手を離した。


 「い、いや〜ごめんね! 良い手だな〜と思ってね!」

 「はぁ……」

 「ごめんなさいね、ユート。兄は……手が大好きな変態なの。あっ、アタシはグレーテル。ちなみにアタシはねぇ〜……ユートの顔が好みだなぁ。それにこっちも」


 香水の甘い香りがした。エアリスのイライラをひしひしと感じながらも、海外の人に対して当たり障りなくお断りする方法がわからない。ログハウスにはフィンランド生まれのリサがいるけど、控えめだしみんなみたいに揶揄ってくるなんて無いしな。ってか会ってすぐに寄りかかって尻を触るなんてなかなか攻めたスキンシップだなぁオイ! 悪いとは言わないが、でもなんだろうな……胸を押し付けられているのになんか違うというかコレじゃないというか……香織のおかげで免疫が付いたんだろうか。


 「オホン! ……ゥオッホン!!」

 「あら……ごめんなさいね。かわいい男の子だったからつい、ね。オネーサンのこと、許してね?」

 「ぁ〜、ははは……」


 エアリスの無駄に主張の激しい咳払いに助けられたな。つか男の子って。


 「それにしてもあのユートがこんなに若いとは思ってなかったよ」

 「もう二十も後半ですけど」

 「そうなのかい!? 日本人って本当に若く見えるね〜」


 ヘンゼルとグレーテルは日本に住んでしばらく経つと言っていた。どおりで日本語が上手いわけだ。二人は兄妹、ダンジョンが出来てから仕事を一旦辞め、日本全国をバイクで旅しているんだとか。あのバイクに提示額、見た目は若いが大企業の偉い人だったのかもな。なら偉い人ネットワークみたいなものがあってもおかしくないし、俺についていくらか知ってる可能性はあるか。

 大企業といえばペルソナとして依頼を受ける事があるが、その際は向こうが気を遣ってこの近辺で、となる。ペルソナは御影悠人を通して依頼すると受けてくれることが多いという設定を作ったからだ。つまりペルソナに依頼してくるような相手は、御影悠人とその地元に気を遣っている、とも言える。最近依頼してきた企業の店舗が出来たり、将来的にダンジョン資源の加工を目的とした工場も出来てるからな。正直ペルソナの正体が俺だと気付かれないか不安だったが、そもそもペルソナは社長である悠里によってクラン・ログハウスに引き入れられた事になっているし、自衛隊管轄の離宮公園ダンジョンが主活動ダンジョンという噂もエアリスがネットに流した。少し調べれば見つけられる情報にしているおかげか案外バレずに今に至る。


 「ご注文はお決まりでしょうか?」


 メニューを眺めているエアリスが店員さんを呼ぶボタンを連打していた。御行儀が悪い事は本人もわかっているんだろうけど、ここのパフェはおいしいと評判だからな。今回、悠里は怪しいと言っていて俺もそう思っていたからエアリスには白夢から探ってもらった方がよかったんだが……欲望に忠実なエアリスだ、仕方ない。だけどもしも白夢の中にいたなら、先程の握手で起きた事も解析できていたかもしれない。

 でもまぁ仕方ない。思えばエアリスが実体化出来るようになってから地上で自由に過ごすってことはほとんどなかったしな。だからたまにはエアリスが満足するまで……

 ……いやだめだろ。俺の財布が空になるまで食い続けそうだからそうしなかったんだ。自分がいくら持っているのかを把握していない事もあって、今、隣で既に美味そうな顔になっているそれにほだされては俺の財布が危ないかもしれない。財布の虫たちや避難民への援助で常に引かれているであろうから、見るのがおそろしいその口座の中身が少なかったら本当にまずい。でもエアリスは把握してるはずだしな、大丈夫だよな。誰か大丈夫だと言ってくれ……。


 「それじゃあ依頼については飲み物が来てから話そうか」


 ヘンゼルと名乗った男がそう言い、俺は注文の数がおかしいエアリスに冷や汗を流しつつ頷いた。


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