第240話 こんな名前の二人組が偽名じゃないわけがない
「謎いなぁ、ダンジョン」
「ダンジョンとは何かを知るには創造主を見つけ出す事が必要かと」
「手掛かりなんもないけどな。それはそうとなんとなくなんだけどさ」
時間を戻す前のクロノスから何か頼み事をされていたように思う。その内容は憶えていないんだが、もしかしてというのがひとつある。それは“アグノスを探す事”だ。
「どうしてそう思われるのですか?」
「感情大好きなエアリスにしては鈍感だな?」
「ご主人様以外の感情には興味がありませんので」
「……食い物として見てない?」
「はい、それなりに」
「こわっ」
ま、まぁ今に始まった事じゃないしな。
「クロノスってフェリといる時、嬉しそうっていうか幸せそうっていうか……そんな感じがするんだよ」
「言われてみれば確かに」
「一度ベータを会わせてみたときはそうでもなかったんだけどさ」
「今のベータはほぼ複製ですからね」
「なんか悪い事した気がしてくるな」
『気にする必要はないのである』
銀刀を依代にしているベータはそれだけ言ってまた眠ったようだ。口調は独特だし変なやつだが、誰もいない時に話し相手になってくれたりこういう時にフォローしてくれたりと結構いいやつでもある。それとベータに限った事じゃないんだが、なんだかアグノスという存在に懐かしさを感じるようにもなっていて、もしかするとそれだけ超常の存在に慣れ親しんだ事で、こいつらにも親近感みたいなのが湧いたのかもと思っている。とにかくアグノスは俺にとっても探したい存在と言えるかもしれない。
「しかしご主人様、アルファ、ベータ、そしてシグマに取り込まれていた数体のアグノス以外に関して手掛かりがありません」
「そういえばシグマも行方不明だしな」
「それに関しては……いいえ、気のせいでした」
「気のせい?」
「その……以前どこかで気配を感じたように思ったのですが気のせいですね、間違いなく、はい」
「じゃあ全く手掛かりがないな」
シグマに取り込まれていた、意志を無くしたアグノスは五体だったか。フェリシアとベータを加えても七体だ。そしてシグマは行方不明、合計八体だな。ギリシャ文字と同じだけの数いるはずだけどオメガは除外として、あと十六体……多いな。
「フェリシアに聞いてみるのはいかがでしょう」
「そうだな。どうしてもって時だしフェリシアも教えてくれるかもしれないな」
不意にドアがノックされる。香織かと期待したが、ドアを開けた先にいたのは悠里だった。
「遅くにごめんね。ちょっと今いい?」
「日が変わりそうな時間にやってくるとは。悠里様、夜這いですか?」
「違うって。最近私……とにかく今いい?」
「あ、あぁ、いいぞ」
悠里を招き入れると小夜はフェリシアの部屋で寝ると言って出て行った。地上の御影家に帰っても良いしここにも小夜の部屋があるが、今ではキングサイズを軽く超え俺のベッドよりも大きなものに変えたフェリシアのベッドがお気に入りなんだろう。小夜はよくそちらで寝る事が多くなっているからな。
悠里は少し難しい顔をしている。スマホ画面を操作、嘆息したと思えば意を決したようにこちらへと顔を上げた。
「で、どうした?」
「これってどうなのかなって思ったんだけどさ……」
スマホの画面をこちらに見せてくる悠里がはっきりしない態度を取る理由がわかった。
「依頼? しかも俺を名指しか……金額はっと……は? 五日で三千万!? こんなのどう見ても……」
「あやしいよね」
「おいしいよな」
お互い『え?』となったのは言うまでもないが、考えてもみれば悠里の言う通り怪しさしかない。最近では一番金払いの良い海外の要人から指定される宣誓依頼でも二百万を超える程度だ。時給換算にすれば圧倒的に宣誓依頼とはいえ、同じ額の報酬を得るには三日間で一五件は宣誓依頼を受ける必要があるが、実際は多くてもその半分がいいところだ。つまりありえない金額という事になる。だというのに、金額に目が眩む程度には冴島さんが暗に言った『人を雇ってでも解決してくれ』という事を真面目に考えていたのかも。
クラン・ログハウスの金庫を管理しているのは悠里で、俺はその辺を詳しく知らない。聞けば教えてくれるだろうけど、自分で稼いだっていう実感がないから聞き辛さもあるし、そもそも俺は自分たちが暮らしていける分だけあればいいかな、なんて考えが多くを占めている。将来的に税金も払う事になるかもしれず、そういった面倒も無いに越したことはない。暮らすのに充分な給与、それと欲を言えばボーナスみたいなものがあれば嬉しい。現にログハウスは一応給料制だしな。楽ちんである。
考えを戻し目の前のメールを見る。俺の中でも悠里が思っているように怪しい方へ天秤が傾いている……とは言えだ。こんな大金をポンと提示してくるような人物に興味がないと言えば嘘になるわけで。
「明日から五日間、依頼内容は会ってからか」
「危険かと」
「危険って、何かあったの?」
「はい。午前の会合での事ですが……」
エアリスはクリミナルもしくはテロ組織といった可能性を交え悠里に説明する。悠里は目を細め考える仕草だ。こういう時の悠里は考えることに集中していて、
「悠人ごめん。やっぱりこれ断るね」
「いや、受けてもいいんじゃないか?」
「でも事件もあるし……五日間じゃその予定と日程かぶるでしょ?」
悠里に話した内容は今起きている事件の事、そしてそれを解決するために陸自との合同作戦があるというものだ。その日程が数日後であり、悠里はいくらなんでも急すぎる事に難色を示していた。しかし実際、クラン・ログハウス社長としては断れない依頼だ。魔王の領地とされているダンジョン内で特例として自治領域を持ち、そこで地上からやってくる人間を相手に商売しているのだから当然だ。仮に断ったならば人間社会から良く思われるわけもない。俺たち以外の探検者にとっても、主としての生活圏、経済圏が地上である以上、ダンジョンが別世界のように思えてしまうのも確か。それはつまり、いつ消えてしまうかわからない場所がダンジョンであり、そこに完全な移住をするというのは心情的な面も含め危険であると考えているからこそ、地上の問題を放っておく事は悪手と考えているんだろう。
正直なところ行き当たりばったりな作戦に思えるが、日本政府としても出来れば陸自だけで解決したいとはいえ背に腹は代えられない現状なんだろう。それに個人的にはログハウスに対する悪評も払拭するチャンスかもしれない。もし失敗しても日本の、世界の平穏のために尽力した、って事で良い噂とかが自然発生的に生えてくるんじゃないか? いや、流石に虫が良すぎるか。でも成功させる事が自分にとって良い事だというのは間違いない。
ともかく悠里はその作戦の日程が迫っている事もあって、そちらに注力するべきではないかというのもあるようだ。
「そりゃそうなんだけど、依頼内容は会ってからだし交渉の余地ありってことじゃないかって」
「それはそうかもだけどさ……」
「まぁ会ってみるだけでもな。それに宣誓依頼も五日間予定ないし、もし人を雇う事になったら金が要るだろ? この依頼人がどんな人なのか興味もあるしな」
「最後のは本音っぽいね」
「あははー」
全て上手くいって金が手に入った場合。急な依頼、しかも危険度は極めて高い特級クリミナル案件を受けようなんて人がいるかはわからないが、まぁいないならいないでなんとかするしかないだろう。幸い暇を持て余している神を自称する奴らもいるし、避難民の中には職を求めている人たちが多い。その中に何人か急成長を遂げている人もいるらしいしな。
「……わかったよ。でも内容次第では無理に受けなくても良いからね。エアリス、お願いね」
「はい、お任せください」
どんな意味を込めたアイコンタクトだったのかわからないが、悠里とエアリスは頷き合っている。でもおかしいな、真剣な悠里の目、それに対する真剣なエアリスの目。うーん。おや? エアリスの口の端にきらりと光るものが……まぁいい。実体化してる時のエアリスは食い意地の権化だ。大方手に入った金で暴飲暴食の皮算用でもしているんだろう。
そんなわけでまずは会ってみることにした。名前は……ヘンゼルとグレーテルの二人組か。間違いなく偽名だろうな。
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