第233話 午後は研修1


 「それと御影様」

 「様はちょっと……」

 「し、失礼しました! 御影さ、さ、さん!」


 どうして“さん”を付ける方が大変そうなのかわからない。そもそも自衛隊の幕僚長の方が偉いのに、様なんて付けられると変にくすぐったいというか居心地がわるい。


 「それで……?」

 「事件と事件には一定の間隔があります」

 「どのくらいですか?」

 「七日ほど。前回の事件は昨日でしたのでおそらく五日後、先ほどの写真にあった現場の内、高速道路に近い場所に現れると思われます」

 「これまで通りなら次まで猶予があるんですね。でもそこまでわかってて捕まえられないんですか?」

 「お恥ずかしながら一度失敗を……予測した現場に冴島氏を筆頭とする部隊が突入し、気絶した女性を保護しました。しかし犯人は見つからずその次の日に別の場所で事件が起きたのです」


 冴島さんって情報官って名乗ってたけど精鋭部隊でもあるのか。嫌味なところ以外完璧か。それでも犯人は見つからず何かをされる前に被害者を助け出せたけど、結局次の日に別のところで別の人が、か。

 ダンジョンによって吸収される前に遺体が発見されるという事は、極端に人が少ないところに外から誘い込むわけではないってことか。資料を見ると確かに犯行現場は日に数十人の探検者が出入りしている。そうなると有効なのは……いやだめだ。みんなを危険に晒すわけにはいかない。


 「ワタシであれば問題ないかと」


 察した様子のエアリスが言う。確かにエアリスなら見た目は良いから女性を狙うクリミナルを誘い出すにはいいかもしれない。それに戦いになっても問題ないだろうしいざとなれば実体化を解けばいい。とはいえ不安はある。逆に美人すぎるし髪や目の色だって普通じゃない。【不可視の衣】で誤魔化せはするがエアリスはそれを好まないしな。派手すぎて警戒されてしまう可能性もあるけど、最も安全なのはエアリスを囮にすることだろう。


 「考えとく」


 保留という事にしその後は類似事件について話を聞く。迷宮統括委員会には見廻りを兼ねた間引き依頼を無理にでも増やしてもらう事になり、自衛隊は訓練と称して見廻る事となった。


 「では御影君、充分に気をつけるんだよ」


 総理の言葉で会談は終了、俺たちはログハウスへと帰る事にした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「すまないね冴島君」

 「いえ、仕事ですから」

 「孫娘の事もすまないね」

 「それも仕方ありません」

 「君の能力は難儀なものだね」

 「総理の能力が羨ましいですよ。政界において機微に聡いというのは武器ですから」

 「それを言うなら君の能力が羨ましいよ。条件こそ厳しいが適材適所を可能にする」


 なるほど。それで冴島はご主人様にあのような態度を。とはいえ態度もその理由も気に入りません。冤罪でも何でもでっちあげて臭い飯を食わせてやりたいところですが、ご主人様は好まれないでしょうね。残念です。

 それにしても自らの能力と発動条件を把握している様子。ダンジョン腕輪が能力を報せない“壊れている状態”にも関わらず、ヒトとはなかなか侮れないものです。ああ、早く白夢で得た知識をご主人様にお伝えしたい。しかしまだ我慢の時です……。


 「それで彼は、御影君は君の目にどう映った?」

 「……バケモノですよ。今すぐにでも排除しなければ、と思ってしまうほどの」

 「そうかい……」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「ただいまー」

 「おかえりなさい、悠人さん」

 「香織ちゃんもおかえり」

 「はぁ……相変わらずのバカップルぶりですね」

 「エアリスもおかえり」

 「はい! ただいま帰りましたご主人様! ご主人様にします!」

 「ノリノリじゃねーか。でも俺にするのは却下な」

 「いけずぅ〜」


 エアリスの言葉のチョイスが時々古いのは置いといて。

 ログハウスに戻るとリビングにクロノスがいた。フェリシアが甲斐甲斐しく世話を焼いていて、今ではこうしてログハウス内を散歩するようになっている。いつもなら俺を見掛けるとそそくさと部屋に戻ってしまうんだがなんだか様子が変だ。まさか帰るのを待ってたとか?


 「しんの……てき……」


 言って目を逸らし部屋へと戻っていった。


 「どういう事でしょう悠人さん?」

 「真の敵……?」

 「そんな事よりご主人様! やるんですよね?」

 「やるってなにが?」

 「囮捜査ですよ。オ・ト・リ、捜査!」

 「今度は何見たんだよ」

 「ごく普通の会社員が実は正義の監査官だったというドラマです。不正を暴くために女性を口説き落としベッドの上で内部情報を聞き出したり囮として協力させるといった手法、実に合理的でした」


 エアリスは興味を持つと止まらないしすぐに感化される。まぁその気持ちはわかるけど。


 「上手くいった場合、釣れるのが冴島という者であればワタシも遠慮する必要がありませんので好都合なのですが」

 「冴島さんは確かに怪しいですけど、ゴーストではないような気がしているんです。それにクロノスさんの予言めいた言葉……」


 香織はクロノスの言葉を真面目に考えていたようだ。でも冴島さんの態度からして俺たちをおとしめようとしていてもおかしくはないとは思う。それどころか俺を暗殺しようなんて思ってないよな。菲菲が実は暗殺しようとしていた過去があるから警戒しておいて損はないか。


 「俺は冴島さんでも驚かないかな。国のためと言いながら実は……なんて」

 「ご主人様に対する悪態の数々、ヤツが犯人で間違いありませんね!」

 「でも……」

 「香織様、なにか反論が?」

 「やっぱりクロノスさんの言っていた事が引っかかっててそれに……」

 「香織様へ向けての言葉だったかもしれませんよ。過去になにがあったかは存じませんが、疑ってかかるべきかと」

 「うん……そうだね。悠人さん、香織は用事を思い出したので部屋に戻ってますね」

 「え、あ、うん」


 香織も部屋に戻ってしまった。


 「ふぅ。今回の正妻戦争はワタシの圧勝ですね!」

 「くっだらねぇ。『もう戻れよエアリス』」


 赤い光が左手の青い石、白夢へと吸い込まれていった。それにしても香織の様子がちょっと変だったような。過去に一体何があったんだろう。正直なところ誰が悪評をばら撒いたかよりもそっちが気になる。でも以前『女の過去は聞かない方がいいと思うよ。結構生々しかったりするから』などと苦い表情で悠里が言っていた。生々しい過去……うん、無理に聞かない方がいいな。できれば話したくない事は俺にもあるし。


 それはそうとログハウス内が静かだ。【神眼】で気配を視るとクロノスが戻った部屋ではフェリシアが寝ているようだ。クロは……あっ、今日は何度目かもう忘れたけどエテメン・アンキ攻城戦か。何も連絡がないのは問題ないっていう知らせかな。悠里、杏奈、さくらもいないのか。それにチビとおはぎまで。もしかしてみんなエテメン・アンキ? 通話のイヤーカフでクロに連絡取ってみるか。

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