第232話 掌の上


 「香織ちゃんに比べれば俺のなんかお遊びみたいなもんだ」

 「そういう女は嫌いですか……?」

 「す……嫌いなわけないよ」

 「チッ」


 冴島さんの舌打ちにもなんだか慣れた。そんなことよりエアリスの言うことももっともか。自衛官は普段から厳しい訓練をこなしている。そんな人たちがダンジョンに入って腕輪を手に入れ、エッセンスに適応した証であるステータスを得たならば、効果は俺たちとは比べ物にならないかもな。実際軍曹のステータスはログハウスメンバーよりも総合的に低い。なのに時々一対一で模擬戦をしているブートキャンプ出身のリナと玖内は未だに勝てていない。技術もあるが元からの身体能力とステータスは加算ではなく乗算? ……おっと、久しぶりにゲーム的な考えに傾いちゃったな。

 ともかく人員確保か。雇うかどうかは置いといて、こちらが確保できそうなメンバーは俺、玖内、カイト、エアリス。女性陣は……比較的安全そうなところで纏まって行動すれば平気か?


 「ログハウスの皆様でも危険かと。それに若い二人も暇ではないようですし」

 「リナと玖内も地元の治安が心配だろうしな」

 「ログハウスに滞在することが減っていますね。玖内様は学業もありますし」

 「リナはどっちにいるんだ?」

 「フィンランドでしょう。小夜が無理矢理開いたゲートで行って以来指輪による転移使用が確認されていませんので」

 「なるほど。でも入国は問題なかったのか?」

 「あちらの政府が特別待遇をしているようですよ。要人護衛をしていたくらいですし不思議ではないでしょう」

 「そのフィンランドですが……」


 俺とエアリスの会話に割って入った冴島さんはフィンランドの状況を説明する。それによるとダンジョンは二つしか確認されておらず、どちらも国が管理している。そして国民はすでに半数ほどがダンジョンを経験し腕輪を得ているらしい。偶然とはいえ官民が協力して間引きをしつつ隅々まで目を光らせる形になった。瘴気爆発ミアズマバーストが起きておらず、ダンジョン内でのクリミナル事件が皆無というのもそのおかげかもしれない。


 「それを参考にダンジョンを監視するべきでしょう。問題は数ですが」


 そう、問題はダンジョンの数だ。日本には把握しきれない数のダンジョンがある。


 「統括、見廻りついでの間引き依頼を増やす事ってできませんか?」

 「僕もそれを考えていたところだよ。しかしやっぱりねぇ、ダンジョンの数が多すぎるね。それに未確認もまだまだありそうなんでしょ? そうなるとコレがねぇ」


 統括がお金のジェスチャーをすると総理は渋い顔をする。依頼を増やすとなるとお金もかかるからな。国からどのくらい予算が降りてくるのか知らないが、依頼の他にダンジョン内で手に入ったものを買い取ってもいる。それを使った産業のようなものが確立されない限り国にとって永遠の金食い虫になるんだろうな。探検者にとって大事な収入源だし、そういった意味でも国民を守るためには仕方ないと判断されている間は大丈夫だろうけど。


 「マスターお気付きになりませんか?」

 「なにが?」

 「先ほどの写真、最も凶悪といえるものはそれぞれの犯行現場が近い事に」

 「近いって言っても三百キロ以上離れてるぞ」

 「そうではなく、高速道路から近いのです」


 幕僚長はエアリスが言ったことを肯定し続ける。


 「しかし相手は未知、どのような能力を持つか、人数すらも不明です。精鋭を送り込むとしても少数では不安です。しかし事件現場のダンジョンは我々が表立って動けば目立つ程度の出入りですので……」

 「え、そんな危険なところに俺たちみたいな“か弱い一般人”を送り込むつもりだったんですか?」


 何故か総理、統括、冴島さんの表情が抜け落ち色の無い目で見てきたが気のせいだろう。


 「そそそんなつもりでは……しかし御影様であればいけるかなぁと……」

 「御影様……?」


 突然の様付けに、俺困惑。上から目線の権威主義にも思える男だったはずだが、思い返してみると幕僚長の態度は前回とは明らかに違っていた。総理によればどうやら魔王の一件の前に会った際に心境の変化があったらしい。一体何があったんだろうなぁ……まぁいいか。どうであれ最も危険と思われる現場は俺たちに解決させようという魂胆だったみたいだ。


 「なるほど。最初からそういう……」

 「漸く気付きましたか。ここまでお膳立てしているのですから、せいぜい結果を出すことですね」


 言うほどお膳立てされてない。それどころか押し付けられているような……いや、もしかしてこれを解決すれば俺たちに対する批判が収まると考えて……? いやいやまさか。それに俺の中では悪評を先導している者、エアリスに尻尾を掴ませないゴーストが冴島さんではないかと疑っているくらいだ。やっぱ偶然だろ。

 

 「俺たちにもしものことがあったらどうするつもりですか?」

 「ふん。そうなればあなたたちはペルソナ氏と肩を並べるに値しなかったという事でしょう。その時はペルソナ氏のサポートをこちらで引き継ぎますから安心して二階級特進なさい」


 特進する階級が無い事は置いといて。ペルソナには一目置いてるのか。だからログハウスが邪魔、とか? いや、それは今考えるべきじゃないか。目立てと言われてるわけじゃないし、解決まではいかなくとも抑止できるように何か対策を立てればいいわけだよな。本命の逮捕を目的にしている自衛隊の邪魔にならないように擦り合わせる必要はあるけど。

 それに個人的にではあるけど、あの犯行方法は気に入らない。


 「わかりました。まずはどうするか考えてみます」

 「すまないね御影君。しかしダンジョンに関して君ほど頼れる人間を私は知らないんだ」


 実際に切羽詰まっている状況なんだろう。ダンジョンに一般人が出入りする現状も安全とは言えないが、それは仕方ないと割り切る他ない。その上で政府は極力安全を確保するため治安維持をしなければない。クリミナルによる事件が増えれば間引きが間に合わないダンジョンが増えるかもしれず、瘴気爆発によるダンジョン化が起きてしまうかもしれない。とにかく事件はなんとかしなければならない最優先事項だ。

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