第231話 あやしさ満点冴島氏


 エアリスに膝枕されていた幕僚長が目を覚まし、ちょうど報酬も決まった。予想通りというか、提示額にエアリスが「ショボいですね」と言って冴島さんをいらつかせるくらいの額だ。まぁ上限が決まっているというか、最低限しか出さないのが国だからな。ちょっと多くなると閣議決定が必要とか言い出すし。国民の血税と言えばそりゃ大事だろうけど、出費を減らせば良いってもんじゃないと思う。それにあまり世間に露出させたくない内容だから警察を飛び越えて俺たちに協力させようって魂胆だろうから、信用できる人物をこっちで探して雇えと言うなら援助があっても良いと思うんだが……まぁいい。それを言っても始まらない。

 最低限クリミナル事件が減れば良いという条件に落ち着いたし、基本は幕僚長の部下、つまり陸上自衛隊が主役だ。それと被害者の性別がほぼ女性ということもあって、よほどの実力者でもなければ女性は編成できないみたいだ。つまり俺と玖内、それにカイトと……例外のエアリスか。あとは陸自である事に変わりはないし軍曹たちも組み込まれるんだろうな。


 大まかな作戦案を淀みなく言って見せた幕僚長が呼ばれていたのは事件の説明だけが理由じゃなかったってことだな。個人的に不安なのは男の尻を狙った犯行もあるって事だ。しかも漏れなくズタズタにして殺されている。しかし何の慰めにもならないが、欠損部位はないらしかった。


 「では次にペルソナだけでなくクラン・ログハウスも非難の的になっている件ですが」

 「え? 俺たちまで?」

 「動画配信のコメントを見ていないんですか? 以前と違い好意的なものよりも批判的なものが多いようですよ?」

 「コメント見ない主義なんで」

 「自治の精神が足りませんね」


 コメントに関しては知ってるけど一応ある程度知らないフリだ。エアリスから聞いていた話では動画に付けられたコメントの数が激増していて、その増えた分の多くが批判コメントなんだとか。以前からの視聴者の中にも掌を返したようなコメントをする人もいるようだが、そういう人はどこにでも一定数いるものだし、それでも極少数と聞き正直ホッとした。

 冴島さんは他に新聞やインターネット掲示板、深夜の討論番組でも批判的なものが急に出てきたと言うが、それはエアリスから聞いていなかったな。

 ってか自治の精神ってなんだよ、とは思ったが口にはすまい。いちいち反応していたらきりがなさそうだし、返ってくるのは嫌味だろう。


 「うーん。なんだろうな……」

 「どうしたんですか? また言い訳をするんですか?」


 両サイドから殺意に近い空気を感じ、慌てて合図を送り口を開く。ちょっとくらいやり返してやらないと。


 「いやいやいや、言い訳というか、なんか引っかかるというかー」

 「そうですね。香織も悠人さんと同じですー」

 「香織ちゃんも? なんだろねー、この違和感みたいなのー」

 「なんでしょうねー。エアリスはわかる?」

 「はい。お二人の感じている違和感は、やはりそういったものが“突然現れた”ところにあるかと」

 「あ、それかもー」


 実のところ以前からダンジョン内で特別自由にしていることも含め、じわりじわりと羨望の裏返しのように言われる事が増えていたのは把握している。エアリスが言うのはその増え方が異常で、突然批判をするために現れたように見えることだ。同調するように他媒体にも現れたとなると、まるで何かの意思のもと一気呵成いっきかせいにクラン・ログハウスを潰しにかかっているように思えてしまう。


 「ワタシとしては何者かが扇動しているのでは、と。例えば嫌味たらしい情報官のような者が」


 正面を向いたまま細めた目を冴島さんに向けるエアリス。その視線に総理たちも冴島さんを見やる。


 「わ、私が!?」

 「いえいえ。“ような者”ですので。まさかまさか……そんな事はしないでしょう?」

 「ハハ……お嬢さんは冗談がきびしい。いや本当に……」


 と、ここまではアドリブもあったが大体シナリオ通り。エアリスが予測していた議題と一致していることには驚いたが、今回予定になかった冴島さんの参加とエアリスの揺さぶりに対する狼狽うろたえっぷりにもびっくりだ。怪しすぎて冗談でも怪しいと口に出せないくらいに。

 俺の合図から始めた茶番は、もしかすると怪しい人物が近くにいるかもしれないからと、エアリス発案の急拵きゅうごしらえストーリーとそのセリフだった。通話のイヤーカフで台詞を聞きながらとはいえ、二人とも棒読みになってしまったのは仕方ないと思うんだが……エアリスがボソリと『下手ですか』と呟いた事を俺は忘れないだろう。

 ともかくゴーストが誰か気になるが、今はいい。


 「冗談はその辺にしとけ。冴島さんが困ってるだろ?」

 「はい。では具体的な策を考えねばなりませんね」

 「策なぁ」


 天井を見上げるも、天啓のように対策案を閃くなんてことはなかった。


 エアリスがダンジョンにアクセスすれば少しくらいなら密入国したクリミナルの情報は得られるかもしれない。でももしそれらを特定できたとして顔がわかるなら手配書を配って陸自や警察、探検者、その中でも対人能力の高い人物にしか任せられず、漏洩させない人選が必要だろう。それだけでなく日本人にもいるわけで、そちらもどうするか。


 「地道に探し回るしかないんですかね」

 「空自、海自の人員を回すつもりです!」

 「え、幕僚長さん、それって大丈夫なんですか?」

 「近頃は大陸の国があんなことになってしまったからか、領海領空ともに侵犯がほぼありません。同じく半島国家もそれどころではないようです。それで既に手の空いたものからダンジョンを経験させていたのです。ちなみに私の一存でございました!」

 「幕僚長にしては英断だったと思うよ〜? でももう少し早く知らせて欲しかったねぇ?」

 「基本任務ではない事に加え、対外的にも公言は避けました」

 「まあ……それもそうだねぇ。国防が手薄になっていると思われてはならない。加えてダンジョンで軍事力強化を図っているとも取られ兼ねないから、か。すまないね幕僚長、冴島君に発症した嫌味な性格が感染うつってしまったよ」

 「え? 冴島さんに発症?」

 「貴方には関係のない事です」

 「さいですか」


 へー。幕僚長さん、ただの女好きじゃなかったみたいだ。そういえば軍曹たちマグナカフェが開催しているブートキャンプに自衛官枠や警察官枠ができていたのはそれが関係していたのかもな。とはいえ付け焼き刃にしかならないかもしれない不安がある。だって被害者の中には早い時期からダンジョンに入っていた探検者もいるんだから。


 「不安ですか?」

 「エアリス……そりゃそうだろ」

 「一般人がダンジョンで多少強くなった事こそ付け焼き刃かもしれません。マスターも香織様もダンジョン以前に武術の心得がありましたが、そうでない者は苦労していますので」

 「香織ちゃんのはガチ。俺のは大した事ないけどな」

 「そういう女は嫌いですか……?」

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