第230話 非公式会談 クリミナル2
「クズが……」
「ゆ、悠人さん」
「マスター、落ち着いてください」
湧き出た怒りに汚い言葉が出てしまう。総理と統括は表情には出さないものの額に汗を浮かべていて、目を見開いた冴島さんの手は震えていた。幕僚長に至っては……立ったまま気を失っている。【超越者の覇気】がすごく漏れた。冴島さんの反対側、テーブルを挟んだ逆側に立っていた幕僚長は……俺がそちらに意識を向けていたこともあって当たりどころが悪かったかもな。知らんけど。
「すみません。ついうっかり」
「はぁ……本当だよ御影君。わし、まだ死にたくないからね? ひ孫の顔見るまで死ねんからね?」
「まったく。はぁ、君のうっかりでいたいけな老人の僕達が……ふぅ〜、人生の早期退職者になるところだったよ」
「あはは……」
もう既に後期じゃないですか、なんて冗談言えるわけもない。
総理は口調が完全にプライベートだし統括は軽口を言いながらも息を整える事に集中している。冴島さんは何か言いたげだが言葉が出てこないようだ。
エアリスが実体化している間、【神言】と【超越者の覇気】は制限が緩くなってしまう。エアリスは実体化している事を楽しんでいるし、できるだけ自由にさせてやりたいが……こうなるとわかっていれば白夢に入っていてもらうべきだったかもな。
「悠人さん悠人さん」
「うん?」
「ひ孫ですって」
「ひ、ひ孫……」
座ったまま腕を絡めて見上げてくる香織とひ孫という言葉で頭がいっぱいになった。もっと言えばいっぱいいっぱいになった。
「ゴホン! そういうのは場を弁えていただきたいですね」
「あら、申し訳ありません。悠人さん、帰ってから話しましょうね」
「う? うん」
「チッ」
うーん? なんだかあまりいい雰囲気ではないというか……もしかしてこの二人知り合いだったりするんだろうか。でも香織は冴島さんの態度に怒っていたり親しげに話しかけることもないから仲は良くないのかも。一方総理はニコニコしていて……なんだろうこの温度差。
ともかく気絶した幕僚長には謝意を込めてエアリスに膝枕させる。エアリス調べでは普通よりも女性が好きみたいだし目が覚めるまでの間くらい天国に行ってもらおう。エアリスは見るからに嫌な顔をしていたが、俺が膝枕をしても謝意は伝わらないだろうからな。
「世間ではペルソナがダンジョン内を見回っていると噂されているようでね。あの恐ろしい魔王と渡り合うくらいだ、そんなペルソナに見落としはないと思っているんだろう」
「んなアホな……」
そういえば全国のお茶の間に映像をお届けされたんだった。でもあの時の小夜……魔王はぶっちゃけ手を抜いていたし、演技だった。それに総理が言うように年がら年中ダンジョンを見回ってるなんて事はない。むしろ見廻りなんてしていない。でもそのよくわからない信頼厚いペルソナがいても潜り抜けてくるクリミナルがいるというのは、ペルソナがわざと見逃していると思ってしまう人を生み出す理由になっているのか。
「うむ。しかし最近までそれほど目立つ犯罪は起きていなかったからね。こうやって事件が目立ち始めると、それまでの間は調停者ペルソナによって未然に防がれていたと希望を持たれたのかもしれないね。しかし一方では……」
総理はその先を言い難そうに言葉を切り眉間に皺を寄せる。続くはずの言葉は想像に難くなく、俺だけでなく推薦人である総理にとっても不本意な事柄だろう。
どこのダンジョンから20層へとやってきても、マグナ・ダンジョンとを繋ぐ入り口はなぜか見え、通ることもできるようになっている。それが世間にとって周知と言えるくらいに広まっていた。クリミナルによる事件急増に伴いペルソナがそちら側に付いたように、わざと見逃しているように思う人が出てきても不思議ではないのかもしれないな。
「陰謀論みたいですね」
「うむ……」
冴島さんがペルソナの正体を知りたがったのはそういった背景があったんだろうな。でも詮索してならないと改めて総理から念を押されてしまった。実際知られてしまえば総理も立場上どう転ぶかわからないだろうし、知っているとも言えないか。知らないのに推薦したとなれば問題にされかねないから、どちらとも言わずに答えない、“総理ガード”的なものを発動させるしかないだろうな。そういえば以前総理の腕輪獲得を接待したわけだけど、能力はなんだろう。エアリスによれば確認している限りなにかしらを得るようだからちょっと気になるが、まぁ今気にする事じゃないよな。
「ペルソナに責任が無いというのであれば、クラン・ログハウスを挙げて一連のクリミナル事件をなんとかして欲しいものですね」
なんとかって言われてもなぁ。地上に出ちゃったのは自衛隊の管理責任だしなぁ。そんなんまで俺に、というかペルソナに責任を押し付けられてもなぁ。
「もし解決へ向かわないようでしたら、特務であるペルソナ及び西野さくらを召喚することになるでしょう」
なんという横暴、国家権力は鬼か。ってか総理と統括はやれやれな表情。んなことできるわけないだろ、って見えるな。じゃあ冴島さんは言ってるだけ、というかログハウスを巻き込んででもとにかくなんとかしてくれってことだよな。そもそも俺が御影悠人としてここにいる時点で既にクランとして巻き込まれてるか。何にしても冴島という男は素直じゃないなぁ。もしかして“素直になれない呪い”にでもかかってるんじゃないだろうな。そんなものがあるのか知らんけど。
ともかく世間に伏せられている話を聞いておいて今更逃げようったってもう遅いという圧をひしひしと感じる。
「できるだけの事はしましょう。しかしクランとしてはあくまで民間人なので、出来ることなんて限られてますよ」
「ペルソナ、西野両名には特務の権限があるでしょう」
「そうは言っても二人しかいないのに?」
「……クラン・ログハウス、最近ずいぶんと稼いでいるようですね。過去の経験を活かしてみては?」
売り上げだけを見て諸々掛かる経費を無視してやいないだろうか。確かにここ最近、喫茶・ゆーとぴあを増築したしエテメン・アンキに挑戦する人も増えた。でも大陸の国から俺が連れてきた避難者の中から何人か雇ったし、カイトたちクラン・鎌鼬にもタダ働きはさせられない。つまり全体で見れば収入は増えたが支出はもっと増えたかもしれないんだよな。でももしかすると俺が知らないだけなのではとエアリスに視線を送る。しかし口元に人差し指を当て、目をまん丸にして首を傾げている。
ダメだこいつ、まだ頭にご飯詰まってやがる。
「……また探検者を雇え、と?」
「国のために、やるべきでしょう」
国のためか。ふざけるな、と言いたいところだけど……つい先日実家の近くでも事件起きてるんだよな。リーゼントが特徴のリーゼン党、そのリーダー竜崎によると公民館ダンジョンでも
「では報酬の話をしましょう。最低限被害を抑える事ができれば良いようですし」
エアリスが突然覚醒したかのようだ。今のエアリスは頭に詰まっていたごはんを消化したようだから、できればボッタクってくれと念を送りつつ任せることにした。
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