第234話 午後は研修2
「クロ、聞こえるか?」
『あっ! おにーちゃんじゃん! ドシタノ? あーしの声聞きたくなっちゃった?』
「いやそういうわけじゃないんだが」
『そこは聞きたくなったっていうベキところジャン!』
クロが地味な悪口を交え抗議してくるのは無視だ。
「そっちにみんないるのか?」
『チビとおはぎがいるヨー』
「攻城戦大丈夫そうか?」
『よゆーよゆー。今日もここまで来るヤツいないっぽいし。ってかいつもよりヒト少ないんだよネー』
「そうか。じゃあよろしく頼むな」
『まっかせて!』
チビとおはぎの居場所はわかった。おはぎが駄々をこねてチビが保護者っていう構図が目に浮かぶな。
人が少ないのはやっぱり世界各地で起こってるダンジョン化、もしくは事件のせいか? どちらにせよ解決しないままだと売り上げが減っちゃう。
それはともかく他のみんなは用事があるのかもしれないな。リナは国に帰ってて玖内はケモミミ団の綾乃さんが心配だろうから暇さえあれば家の周辺を見廻ってるらしくて最近顔を見ていない。
にしても……ボッチ。
ーー クロノスはご主人様を見ると引っ込んでしまいますし香織様にも幻滅されてしまいましたからね ーー
クロノスはいつも通りとして、香織ちゃんはエアリスが怒らせたのかもしれないだろ。
ーー 庇って差し上げなかったではありませんか。ですから香織様は ーー
「うっさいなーもう。『出てこいエアリス』」
「おや、よろしいので?」
「耳を塞げば聞こえないから、逃げ場があるだけマシだ」
「そうですか。ところでそろそろお時間ですので寂しくありませんよご主人様」
「べ、別に寂しいわけじゃないし」
エアリスが言うなりゲートが開通する。そこから現れた重装備の小夜は当然のように突撃してくる。それを受け止めてやるといつものようにゴキゲンな顔をする。
「悠人しゃん、今日は登山なのよね?」
「そうだけど、その格好は?」
「登山って言えばこの格好なの」
「完全に八千メートル級に挑む装備だろそれ……」
「お父さんとお母さんが買ってくれたのよ? これならどんな山にも負けないって」
「何やってんのうちの両親……」
エアリスに補強させようとすると小夜はそれを拒否。大事なもの認定されているようだが、それなら尚更補強した方が良いような気がするんだけどな。それに他にも理由はあるが……本人がいいって言うしな。
「悠人しゃんはわかってないの。魔改造しちゃったら買ってくれた気持ちも改造されちゃうのよ」
「うーん。わかるようなわからんような」
それから数分ほど。ログハウスの玄関が勢いよく開け放たれ、ガイアとミライもやってきた。
「悠人兄ちゃんこんちくわ!」
「こんにちは悠人お兄ちゃん。今日はよろしくお願いします」
今日はこのメンバーで、20層草原に行けばどこからでも見える高い岩山へ登山だ。一応遊びではなく訓練を兼ねた研修だったりする。未成年でも合法的にクラン所属が可能になりはしたが、通常の方法で探検者免許を取得できる年齢に満たない場合、それまでの期間は研修生扱いとされる事になった。危険度の高い場所には連れて行けないが、クランメンバーに随伴する形でなら法的に問題ない。危険度というのはこの場合、引率者が確実に守れると言えるかどうかが鍵になる。イレギュラーが起きる事が想定されていないわけではないが、基本は通常であれば問題無い場所なら連れて行くことが可能だ。
ちなみに二人は中学生、義務教育真っ只中だ。そんな二人がクラン活動を理由に堂々と公欠を取れるのは悠里がいるからだ。でもそれはなにも悪い意味の根回しとかそういうのではなく、家庭教師のような事をしているからだ。悠里によればミライは優秀な生徒、学校の試験では上位をキープしている。一方ガイアはなんとか平均の辺りをうろうろしているらしいが、赤点ではないしそもそも校長先生が協力的らしい。もしかすると近い将来、“探検者推薦”の枠が導入されたりしてな。
「悠人お兄ちゃん、岩山って上の方はまだ調査が済んでいないんだよね?」
「そうだけど、まぁエアリスと小夜がいるしな。それに星銀の指輪もあるし……ミライは不安か?」
「ううん、平気だよ」
「オレはみんなが行ってないとこの方が楽しいぜ!」
「もう、ガイアは調子に乗らないの! 私たちに何かあったら怒られるのは悠人お兄ちゃんなんだからね!」
「ったくよー、ミライは鬼嫁かよー」
「よ、嫁っ!?」
二人に何かあったら怒られる程度じゃ済まないけどな。それにしてもお似合いの二人だなぁ。ほっこり。
「信じられるかエアリス。この二人まだ付き合ってもいないんだぜ」
「な、なんですって……!?」
二人には聴こえないように言ったつもりの茶番だが、ミライには聴こえているのがその顔色からわかる。ミライの能力は【未だ見ぬ未来】。エアリスが付けたその名の通り、少し先の未来が視える。そうなる以前の心の声が聴こえる【サトリ】を継承したまま出来ることだけが増えたものだ。でも俺たちの声が聴こえたのは何故か聴力も良くなっているからだな。ガイアが鬼嫁と言うだけあって地獄耳なのかもしれない。
「よし、それじゃこれに着替えてくれ」
ミライからの嬉しさと照れを混ぜたような、ちょっぴり恨めしそうな視線を躱しエアリスと夜鍋して作った服を渡す。防寒に重点を置きつつ動きやすさも可能な限り追求した……まぁ見た目はスノーボーダーとあんまり変わらないな。ガイアは俺の部屋、ミライは小夜の部屋でそれぞれ着替え戻ってくる。サイズはぴったり、さすがエアリスの採寸能力は伊達じゃないな。
モコモコとした二人の姿をマルマルとした小夜がかわいいかわいいと褒めているとエアリスが気付いたように言ってくる。
「そういえばご主人様、昼食がまだですね」
「そういえばそうだな」
「わたしは食べてきたのよ」
「オレとミライも食ってきた!」
「俺だけかぁ」
「ワタシもですよご主人様?」
ログハウスの爆食王候補が涎を拭きながらこちらを見ている。
「……手加減してくれるなら戻れとは言わん」
「仕方ありませんね。注文は一度だけにいたしましょう」
一応香織に声を掛けたが食欲がないと断られた。まさか本当に怒ってるんじゃ……そんな不安を残しつつ、早く早くとせがむエアリスを見兼ねた小夜のゲートを使い喫茶・ゆーとぴあへ。小夜、ガイア、ミライには外で登山装備のチェックをして待ってもらう事にした。
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