第195話 四天にょうのにゃかでさいっきょー


 隣り合わせに座ってもまだ余裕がある変化した龍神の背の上、エアリスの雰囲気に戸惑っていると背後から視線を感じた。


 「御影悠人、他にもいるかもしれないんだ」


 視線と声の主、お団子ヘアーの中央におはぎをドッキングさせられている菲菲が悲痛な表情でこちらを見ていた。エアリスとの話は中断だな。


 ダンジョン化した地上部分にいるダークストーカーは、そうなっていない人を狙って襲う。しかもどうやら感染—おそらく接触感染—もするため、狂犬病のような未知のウイルスかもしれないという話をここまでの道中菲菲が話していた。実際は違うはずだが、地上に溢れ出したエッセンスが常在していたウイルスや寄生虫の類に影響を及ぼし変化を齎した可能性も否定はできず、しかし菲菲にはそれについて伏せている。どちらにせよ自我を失い闇に堕ちる、ダークストーカー化が危険なことに間違いはない。ダンジョン化した地上のダークストーカーも危険だが仙郷ダンジョン内のダークストーカーはそれよりも危険だと感じていて、まだまだわからないことも多い。

 それはさておきアレは普通のモンスターじゃあない。それならまた湧いて出るなんて事もなさそうに思うし、出来るだけ減らしておいた方が良いとも思う。


 「全員があの状態になっているとは限らないけど、ほっとくわけにはいかないよな」

 「そ、それじゃあ……!」

 「今は他に目的があるからすぐに全員とはいかないけど」


 それに強さが均一とは限らないし、数も不明。確実を取るならこの仙郷ダンジョンを虱潰しに、となるだろう。さすがにそれはなぁ……ここは広すぎる。だからと言ってできないわけではないけど……とりあえず今は目的を優先するから、遭遇したやつだけって事になるな。


 「で、でも頼んでおいてなんだが、本当に大丈夫なのか? さっきのが効かないようなのがいたら……」


 菲菲の言う通りのやつがいたらまずいかもしれないな……ん? 暗殺対象を心配してくれるのか? いや、まさかな。菲菲が心配しているのは村人を全員解放してやれなかった時の事だろう。香織たちの事を解放してやらないとなんて思ってたみたいだし、解放マニアかなんかなんだろきっと。

 ……などと適当な事を思っていると、おはぎが菲菲の額にポンポンと肉球スタンプを押していた。


 「しんぱいにゃいにゃぁー。おっとーはつおいのにゃー。くっくっくー、四天にょうのにゃかでさいっきょーにゃー」


 四天王の中で最強……神殿層地下から小夜が魔王四天王として連れ出した悪魔っぽいやつらの事が頭を過ぎる。あのカラフルスーツレンジャーどもと同列に扱われたみたいでなんかいやだな……。

 悪魔たちと言えば、小夜によると二週に一度の頻度で主に日本とアメリカの人間たちがエテメン・アンキ地下部分にある魔王城へ挑みに来ているらしい。しかし相手にならず正直億劫なのだとか。魔王たる小夜が相手にする前哨戦、つまり試験のような扱いで四人のカラフルスーツな悪魔たちが相手をするのだが、未だそれを越えられた者はいない、と。以前いちいち呼び出されて面倒とボヤいていた小夜に、宣誓に違反する事にならないだろうと悪魔たちの使い方を提案したんだが、それ以来ログハウスにやってくる頻度は上がったんだよな。

 ともかく見た目はふざけているけどその気になればそれなりに強い。でもアレと同じような扱いは……やっぱやだな。


 「四天王で最強かー。そういえば魔王の四天王、カラフルだったよねー。そいえばそいえば、ペルソナは黒だからペルソナも同じようなものなのかな? あははー」


 などとわざとらしく言い、菲菲に気付かれないようにこちらへと視線を送ってくるフェリシア。日本語だしそのくらいじゃ菲菲にバレはしないだろうけど、まさに今その枠は嫌だなと思っていたところだってのに……。


 「御影悠人、こ、子猫ちゃんがにゃーにゃーと叩いてくるんだが……い、痛くはないんだがなんというか」

 「あー……菲菲さん……菲菲が落ち込んでるみたいだったから慰めてくれてるんじゃないか?」

 「そ、そうなのか? 言われてみればそんな気も……ありがとう子猫ちゃん」

 「きにするにゃー」


 おはぎの肉球によってかは知らないが、菲菲の表情は先ほどまでよりも少し柔らかい。……ってかあれ? おはぎ、菲菲の言葉わかるのか? 日本語しかわからないと思ってたけど、今ナチュラルに返事したよな、日本語だったけど。そういえばおはぎの首輪はエアリスが作ったものだし、何か細工がしてあるのかもしれない。それなら気にしても仕方ないな。


 【神眼】を全力で使用し周囲を見るとあまりの情報量に久しぶりの頭痛を感じたが収穫はあった。しかし人は見つからず、発見できたのは熊猫……パンダを凶悪そうにしたやつらを始めとした見た事のないモンスター。それにダークストーカーと成り果てた村人たちだった。積乱雲へと向かえばそのまま何人かと遭遇することになるだろう。乗り掛かった船でもあるし、一先ずはそれらを解放しながら向かうことにしよう。


 (とは言えだ、三人くらい飛んでるんだけど)


 エアリスに向けて心の中で話しかけたはずだが、返事はなかった。まぁ、そのくらいは問題ないってことだろうか。実際龍神もいるし小夜もいる。チビは短距離転移でなんとでもしちゃいそうだし、フェリシアは……一応妖精の翅みたいなものが生えたりするし、落ちて死ぬって事はないだろう。クロもいざとなれば菲菲に正体がバレても仕方ない気がしてきているし、俺も飛ぶことくらいは…‥あれ? エアリスから返事がない、それってつまり翼の制御だれがすんの? 俺だけじゃ浮くことはできても咄嗟に飛べるかわかんないぞ。


 雲より高いこの空へと放り出される事を想像してしまい血の気が引いた。


 ま、まぁね、龍神様に掴まってれば大丈夫だしな。戦闘は小夜なら本気を出さなくても大丈夫だろうし、任せてみるのも悪くないか。最悪【拒絶する不可侵の壁】を足場にでもすればいいしな。あとは菲菲か。飛べないだろうしそれこそ龍神にしがみついてるくらいしかできることはないだろうな。


 「おにーちゃん、またムズカシイ顔してるねー? 足震えてるし」

 「三人くらい飛んでるやつがいるんだよ。あと足は武者振るいってやつだし」

 「あーしがやろうか?ww」

 「いや、正体バレないならその方が良いから……『最終兵器クロ』って事で」

 「最終兵器! 強そうなんだケドww 実際強いケドww」


 って事でクロは最終兵器だな。それならと一応フェリシアに視線を送る。

 「ふっ……」フェリシアは余裕の表情だ。これならもしかして任せても良いんじゃないかと思ったのだが……


 「まだ飛べないボクに空の敵を倒せって? 無理だね!」

 「翅は飾りかよ」

 「うん、飾りだよ!」


 胸を張って無理と言われるといっそ清々しいな。ともかく飾りだったらしいのでダメか。それどころか落ちたらヤバいやつリストに一名追加されただけだった。

 そうなると頼れそうなのは小夜か。


 「わたしなら香織よりも役に立てるの」

 「お、おう。それはありがたいんだけど、そんなに競わなくても——」

 「格の違いを見せてやるの」

 「お、おう」


 小夜はすごく気合が入っているし、これは楽勝だろうな。魔王として見せたあの黒い光、後から聞けば本気ではなかったらしいし、それだけで遠くからでも倒せることを期待しよう。

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