第196話 留守番の玖内、遠征の御影


 クラン・ログハウスの拠点、アウトポス層ログハウス。そのリビングで御影さんたちの帰りを待つ間、やる事がないのでテレビを見ていた。


 『玖内、留守を頼むな』


 御影さんから頼られた事を思い出し、つい口元が緩んだ事を自覚する。

 大学で懇意にしている教授から言われた『君は優秀だから、一流企業でだって働けるさ』よりも嬉しく感じていた。やはり“憧れ”に期待されるというのは……実際それほど期待しては居ないかもしれないが、そう言葉を掛けられるだけでも嬉しい。


 自衛隊から出向している西野さんが紅茶を入れてくれ、社長……佐藤さんがお菓子を出してくれた。それから仕事があるらしく二人は部屋に戻っていった。御影さんと一緒に行かなかった三浦さんはひとりでどこかへ出掛け、坂口さん、そしてブートキャンプで一緒だったリナさんは、連れ立って神殿層に向かった。


 今日ここに呼ばれた理由は、御影さんがいない間ログハウスを守るという役目のためだ。僕だって学校を出たらここのメンバーになるんだ、今のうちから少しでも役に立つところを見せておかないと。だけどここはそもそもエアリス様の不思議な力で守られていて、モンスターは寄り付かない。もしも誰か訪ねてきても居留守で良いとも言われていて……なんで呼ばれたんだろう。

 ふと無意識に撫でるような仕草をした手が空を切った。


 「チビ君もいないし、なんだか手持ち無沙汰だなー」


 そんな独り言もテレビから聴こえる笑い声に掻き消される。すでに紅茶は飲み終えていて、持ち上げたカップからはわずかに残り香を感じるだけだった。


 「ボーッとテレビ見てるだけ……佐藤さんはバイト代出すって言ってくれたけど、これってバイト代貰って良いのかな……ん?」


 スマホにメッセージが届く。おそらく友人からだろうと思っていた。



 『この子、君のカノジョ〜?』


 そんなメッセージと共に友達の妹で幼馴染の女の子、“綾乃”を盗撮した画像。そして二枚目、綾乃の家が写っていた。


 『君、クラン・ログハウスと仲イイらしいじゃ〜ん? そこで頼みがあるんだよ。もちろん聞くよなぁ? この子とクラン・ログハウス、どっちが大事なのかな〜?』


 「ぼ、僕に御影さんたちを裏切れって……!?」


 返信するため震える指で文字を打つ。途中、佐藤さんや西野さんに相談してからと思ったが、その前に口止めのメッセージが届く。


 「冷静になれ……冷静になれ……っ! 御影さんならこんな時……っ!!」


 相談してからでも遅くはない。御影さんはどうやら電波の届き難いところにいるらしく、それはつまり新しいダンジョン、もしくはダンジョン内のそういった地域に行っているのかもしれない。御影さんが目的もなくそんなところへ行くのは一人、もしくはチビ君だけを連れてというのがログハウスにおける常識と思っている。つまり今御影さんはなにか大事な用事があるのかもしれず、それを邪魔してしまうのは、しかも個人的な事情でとなると連絡を躊躇してしまう。

 いや、そんな場合じゃない。そう思いスマホの画面を切り替え『通話』に指を……スマホが鳴り、画面には『綾乃』の文字。綾乃が無事だと思い電話に出るが、そこから聴こえてきたのは期待していた声ではなかった。


 相手の要求はクラン・ログハウスの情報とログハウスへ案内する事、そして女性陣を一人ずつ連れ出す事。


 「どうすれば……」


 綾乃が心配で考えが纏まらない。先ほどの通話で当たり障りのない事……大まかな人数や雑貨屋連合の三人が在籍している事、周知と言える事だが話してしまった。ログハウスへの案内に関してはすぐにとはいかないと伝え、女性陣を連れ出す事に関してはログハウスに案内されてからの計画でありすぐには要求されなかった。少しでも時間稼ぎを、と思ったからこそだったが致命的なミスかもしれないと思い至る。


 「そうだ、綾乃のスマホからの通話だった……それなら綾乃は今……ッ!!」

 「あら? 玖内君どうしたのかしら? 怖い顔してるわよ?」

 「い、いえ、なんでも……ト、トイレに行こうかなって思ってて……ッ!」

 「あ、あらあらそれは……引き止めてごめんなさいね」


 西野さんを躱しトイレへ。そして御影さんから“信用の証”として渡された“星銀の指輪”の効果のひとつ、登録した場所に転移する能力を使用した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 

 仙郷ダンジョン上空を龍神の背に乗り空を進む俺たちの前に、体の所々をエッセンスの塊が代用しているかのような、さらにその背には新たに歪な形状の翼を生やした異形が立ちはだかる。積乱雲へ向かう直線上、空を飛んでいる事を確認した中で最初に接敵したダークストーカーだ。ここまでの間、遠くからドス黒いエッセンスを槍のように変化させ投げつける等してきたが、それを龍神が煩しそうに手で払いながら俺たちを振り落とさないよう注意して近付いた。

 ここに地面があったなら踏み込みひとつで一閃できる距離だ。【拒絶する不可侵の壁】を足場にしても良いが、椅子代わりにする事はよくあるとは言え集中が途切れてしまえば消えてしまう事がある壁を踏み込む際の足場にした事はなく、やるとすれば一発勝負。失敗すれば真っ逆さまだろう。もしそうなっても【転移】があるし、エアリスのサポートが万全とは言えない気がしているが浮く程度なら問題ないはずの翼もある。一応展開さえすれば自動的に滞空モードになるからな。移動に関しては不安しかないから、最悪誰かに拾ってもらうというのもひとつの手だろう。まぁそれはできるだけ避けたいところだけど。


 「じゃあわたしがやるの。どこを狙えば良いの?」


 そう言った小夜は指先に黒い光、小さな【破局之暴君(ネロ・カタストロフ)】を灯す。

 一方俺は左目に青い焔を灯し、おそらく心臓部と思われる箇所を特定し小夜の手を取った。こうして意識すると相手に俺が見ている映像を伝える事ができ、言葉で説明するよりも早くお手軽、そして確実だ。そこへ向けて小夜の指先に灯っている【破局之暴君】が黒い閃光となって放たれた。


 黒い閃光はダークストーカーの皮膚を一瞬で貫き、心臓部も貫通する……かと思ったがそうはならなかった。


 「……? どうして効かないの?」


 小夜は首をコテンと傾げ口元には人差し指をあてていてかわいい……じゃなくて、理由がわからないといった様子だった。エアリスはなぜか反応しないし、詳しい事はわからないな。


 「我が思うに、性質が似ているのではないかのぉ?」


 龍神の言葉になるほど、と思った。ダークストーカーに纏わり付き、凝縮されコアのように形成されたそれは、小夜が放った黒い光と似たような感覚がある。つまり……属性が同じみたいなもんだろうな、ゲーム的に言えば。類似、同属性は互いに影響を受け難い可能性を考えると、小夜とは相性が悪いという事だろう。


 ダークストーカーは自らの腹のあたりに手を置き損傷具合を探るような仕草を取る。直後、こちらへと翳した掌には先ほど小夜が指先に灯した黒い光と似たものが形を成そうとしていた。


 「こりゃまずいな」

 「ご、ごめんなさいなの悠人しゃん……」

 「大丈夫だって。相性が悪かっただけだ。イルルさん、一応壁になってもらえませんか?」


 ダメ元で龍神に肉壁になる事を要求すると、意外にもあっさりと受け入れられた。少しくらい渋ると思ったんだけど……もしかすると龍神たち……自称“神”たちが纏う“神気”ってやつがあるからか? それがどのくらいすごいものかはわからないが、色の雰囲気からすると相性が良い、もしくは相互的に相性が良い。つまり同格なら直撃すればどちらも致命傷になりかねず、しかし圧倒的な差があれば有利にしか働かない、なんてことがあるのかもしれない。

 ゲーム的思考だけど……むしろゲーム的に考えなければ逆に混乱する。それに現実的に理屈を考える事の意味が薄いというか、それをしていたら色々な意味で手遅れになりかねない気がしている。例えば目の前で【破局之暴君】を真似ようとしているダークストーカー、元は人間だ。だからと言って躊躇していたら、その間にこちらが殺されるかもしれない。もう自分を御するなんて事のできない、化物に成り果てているんだから。


 「一応【拒絶する不可侵の壁】を使いますけど、貫通してきた時はイルルさん頼みます」

 「任せよ。そなたらは我が守ってみせよう……酒が飲めなくなるのは困るしのぉ」


 理由はどうあれ頼もしい。構図としては悪魔堕ちした人間と龍の神の戦いだ。神話なら神は大体勝つからな、俺たちを守るくらいどうということはないと期待するしかないな。


 「来るぞ! みんな掴まれ!」


 龍神の背にみんながしがみ付くと、ダークストーカーの掌に形成された黒い光の球が——

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