第194話 虹煌銀刀


 武器を借りようとベータを起こした。夢を見ていたらしいベータにはすまない事をしたかもしれないな。


 「良い夢見てたところ悪いな」

 「気にする必要はないのである。して何用であるか?」

 「白い棒あったよな? アレ使いたいんだけど」

 「それならば起こす必要などないのである。すでに悠人が所有者であるからして」


 そうだったのか……。交渉するつもりだったけど必要なかったな。何か条件を出されてもエアリスが反応しない今、大して要求を飲める気はしないから助かったけど。


 「あ、そうである。悠人よ、吾輩を……銀刀をクロの胸に押し付けてはくれまいか?」

 「いきなりなにを——」

 「確認である。夢が現実になってしまう可能性の。むしろ現実にならない確証を得んがため——」

 「そうか。じゃあもう用は済んだから……『眠れ』」


 まぁね、なんとなくわかってた。ベータって親心みたいなものからクロの成長を望んではいたみたいだけど……大きく強くなって欲しいけど大きくなって欲しくはない部分がある、つまり“ちっぱい派”だって事くらい。


 いつもなら放っておいても勝手に眠り出すベータに対し【真言】を発動し寝かしつける。いつの間にかコピーとはいえ“アグノス”という超常の存在であるベータにも効くようになってるあたり、やっぱり普通の人間じゃなくなってるのか、と実感のようなものが湧いてくる。進化したとフェリシアから言われた時もだったが、案外落ち込んだりはしないもんだな。


 エアリスだったり進化だったり、ある意味異常に思える事柄のおかげで俺の平穏はある程度守られている事も実感していて、もしもこうなっていなかったら今頃俺は、俺たちは、それにダンジョンがどうなっていたか怪しいところだ。国同士の諍いを止める事も叶わなかっただろうし、そうなるといろんな国が分割してダンジョン内に領土を保有……みたいな事になっていたかもしれず、つまりログハウスのあるアウトポス層だって無事とは言い切れなかっただろう。クロだっていなかったかもしれないし……小夜に至っては間違いなく生まれなかったよな。

 そう思うと俺って結構派手にやってる気がして来るな。それでも平穏を感じる事はあるのだから、悪くない選択を出来ていたのかもしれない。


 ところでクロが騒がしいな。とは言え楽しげではあるけど。


 「もぉー! 神様ってば刀になってまであーしのおっぱい狙うなんてえちえち変態さんだなーww」

 「……個人的な興味というかなんというか他意はなくベータについて知りたいから聞くんだけど、エテメン・アンキにいた頃はどうしてたんだ?」

 「それはトーゼン手をバッシーンってやってたヨ? 割と本気でww時々取れてたww」


 アハハと笑うクロだが、すぐにその勢いは鳴りを潜める。


 「でも……おにーちゃんの刀になっちゃったから、もうそういうコトないんダネ……」

 「そうか……」


 罪悪感に苛まれる。ベータはクロにとって創造主だ。そんなスキンシップであっても、ある意味の親子の触れ合い的なものがあったのかもしれないよな……それを俺は邪な興味で思い出させてしまっ——


 「アハハ! ザマァみろ! ってカンジだよねーww」

 「……え?」

 「あーしぃ、こう見えてイロイロ知ってるから、簡単には触らせちゃイケないって事も知ってるんダヨ! だからもうそれがないならセーセーしたってヤツ?ww」

 「あ、そうなの」

 「アレ〜? そいやっさー、おにーちゃん興味アリ気? じゃとりま触る〜?」

 「い、いや、いい。それに簡単に触らせちゃダメなんだろ。って事で話は終わりな! さてと、じゃあやってみるか」


 ベータと同じく“えちえち変態さん”に認定されたくはないし話を強制終了する。クロが何か言っているが、集中する事で雑音を意識から排除した。


 銀刀を鞘から抜き意識を向ける。周囲は色を失い、極限の集中状態である事を示す。銀刀の中になんとなく白い棒……“ミソロジー棒”の存在を感じ取る。でも感じるだけでどうすれば……そう思っているとエアリスが手伝ってくれ、銀刀に不思議な何かが広がっていった。

 静かになっていたエアリスだったが、必要な時には必要な手助けをしてくれる。でもいつものエアリスならこんな自然には……いや、気のせいか。いつもこんな感じ……だったか? ともかくミソロジー棒は今や銀刀と一体だ。これなら高出力の【ルクス・マグナ】で無理矢理破壊しなくても良いだろう。


 ダークストーカーと化した村人目掛け銀刀を振るう。それはいつもの居合ではなく、袈裟斬りをするように振り下ろしただけだ。

 行動を阻害するための【拒絶する不可侵の壁】は展開したままだったが、虹色に煌く銀刀を避けるかのように抵抗なく通過を許す。同時にダークストーカーのエッセンスで構成された黒い部分は若干抵抗を感じたが難なく破壊でき、残っていた人間の部分は銀刀の刃によって抵抗もなく斬り裂かれた。

 エッセンスが爆発的な奔流となって俺と菲菲の腕輪に吸い込まれていく。香織といる時も二人で分け合う形になるが、それとは違うな。ただ近くの“腕輪”に吸い寄せられている、といった感じだろうか。進化のせいか、そういったエッセンスの流れのようなものを以前よりも感じ取る事ができるようになっていて、少しの全能を感じていた。

 それにしてもダンジョンとは何か、なんて以前にこの腕輪もなんなんだろうな。



 「菲菲さん、こんな感じでよかったかな?」

 「アリガトウ……」


 下手くそな日本語にしか聞こえなかったけど、初めて聞いた菲菲の日本語には、殺意とは違う感情が込められていた。続けて「サン、イラナイ」を付け足したことで、俺は重大な事実に気付いてしまったかもしれない。


 (……なぁエアリスよ。俺は菲菲と話す時、『さん』を日本語のまま言ってたのか?)


 エアリスからの返事はなかったが、さっき手伝ってくれた時も無言だったしな。もしかすると積乱雲の解析とかで忙しいのかもしれないし、邪魔するのもな。


 たぶん俺は『さん』だけ日本語で言っていたんだろう。エアリスならその辺も大陸の国式の敬称に変えていてくれると思っていたんだが……そもそもフルネームで呼ぶ事が普通なお国柄なんだったか? じゃあそれこそ敬称なんていらなかったのかもしれないな。そのせいで普通に考えて変すぎる呼び方になっていただろうけど、これからは付けなくても良いってお許しが出たしな。そもそも英語圏の人が日本語で話すときに、名前だけミスター◯◯って呼ぶのとかわらんだろうし問題ないな、うんうん。


 菲菲によると一緒にダンジョンへ入ったのは他に二十人ほどらしい。その全員が同じようなダークストーカーになっていた場合、それはおそらく地上に吹き出したエッセンスによって変化した元人民軍たちよりも強力な個体だろうと予想する。しかし菲菲はそのままにしておきたいとは思っていないだろう。俺としては放っておいても……と思わなくもないが、安全確保はできるだけしておいた方が良いとも思う。

 以前までなら菲菲がそう思っていても知ったこっちゃないとなったかもしれないが、今は少し違っているように感じる。ログハウスのみんなや喫茶・ゆーとぴあのスタッフさんたちとも関係は良好みたいだしな。


ーー 手伝ってさしあげるおつもりですか? ーー


 (積乱雲はなんとかなりそうか?)


 突然戻ってきた声の主にそう切り返す。


ーー はい、正体が判明いたしましたので接触次第解除します。それで…… ーー


 (エアリスとは考えが違うかもしれないけどさ、なんだろうな、ちょっとくらい手伝ってやっても良いような気がしてきた)


ーー ……私に異論はございませんよ。それどころかできる事ならそういった判断を、と望んでおりました ーー


 (お、おう? どうしたエアリス、変なもんでも食ったか?)


 少し言葉遣いが変わったような……気のせいか。


ーー ご冗談を。食事などできない事くらいご存知でしょう? ーー


 (まぁな。でも俺の感情喰ってるんだろ?)


ーー ……はい。感覚的なものですが、満たされるといいますか……ですので問題ございませんよ ーー


 (そうか。ならいいんだけど……)


 うーん。なんだろうな、うーん。エアリスはここに来てからいつも以上に変だったし、その延長かなとも思うけど……っていうのは楽観的すぎるだろうか。でもなんだろうな、この雰囲気どこかで……


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