第193話 闇の住人


 尖塔の如き岩山の中腹、滞空する龍神に乗る俺たちをダークストーカーは見上げている。


 「さて、じゃあ実験といこうか」


 菲菲にもわかる言葉で言うと「こ、殺すのか?」恐る恐るといった様子で聞いてくる。俺が当たり前のように人を殺すとでも思ってるのか? 失礼しちゃうぜまったく。


 「とりあえずまずはこれが効くかどうかだな」


 エアリスのサポートがなくともそれなりに器用に展開できるようになった【拒絶する不可侵の壁】でダークストーカーを取り囲む。それによって外界とは遮断された状態にし、さらに狭くしていった。見えない壁がダークストーカーに接触するが、纏っているエッセンスに【拒絶する不可侵の壁】を打ち消すような効果はないとわかった。


 「これなら頼れそうだな」


ーー 解析中…………マスター、残念なお知らせです。【不可逆の改竄】によってヒトを闇の住人へと堕としタ原因となるエッセンスを除去できないか試行しマしタが、完全な結合を果タしていマス ーー


 この人はもう人間には戻れない、そういう事だな。よく見れば腕輪を着けていないな。

 俺たちはダンジョン腕輪を手に入れると、エッセンスが腕輪を通して身体に影響を与えてくる。それがステータスとして現れたり、能力として現れたり、人によっては身体自体が健康になったり逆に耐えられずに弱ったりする事がエアリスによって判明している。俺の場合は進化だ。ある意味このダークストーカーと似たようなものだったりして。でも俺は腕輪を着けているからな……。


 「やっぱ腕輪がなかったからか……?」


ーー 可能性としては。しかし腕輪があろうとも、ダークストーカーと化す事例もありマスので一概には言えマせん ーー


 大陸の国軍の中には腕輪があっても闇の住人と化した人もいるんだったか。


 菲菲を見ると縋るような目をしている。ペルソナとして菲菲の前にいる時にこんな目をしていた事があったような。


 「御影悠人、どうにかならないのか?」

 「どうにか、っていうと?」

 「人間に戻せたり……」


 さっきまでは殺意を向けてきていたのに、こんな時だけ頼られてもな。まぁいくら懇願されたとしてもエアリスは『完全な結合』と言っていたし、戻すのは無理なんだろうけど。それに目の前で【拒絶する不可侵の壁】によって作られた牢獄の中でもがいているこの人の服には、おそらく熊猫型モンスターによって付けられた爪痕が残っている。しかしその服の中、爪が抉ったであろう患部は漆黒のエッセンスを詰め込んだようになっていて、それとは別に漆黒のエッセンスが張り付いている部分が所々にある。耳も片方がそうなっている。

 今にして思えば、さっきおはぎが『変』と言っていた理由がわかる。見た目は人の肌に見えても、中身はほとんどが人間じゃないんだ。


 この人は熊猫に殺され、喰われたんだろう。しかし味見をする程度で、体は原型を止めたまま残された。もしかするとそのまま放置されてダークストーカーになったんじゃないだろうか。日本のダンジョンで遺体が見つかっていないのは全部喰われてしまってモンスターとして復活できなかったから、とかか? その場合はダンジョンに吸収される仕組みとか条件みたいなものもあるのかもな。

 たぶんフェリシアは俺が今こんな事を考えていると勘付いているだろうな。なんかそんな顔をしてるし。でもそれに対して答えるつもりはないとその笑顔に書いてある。不覚にも笑顔のフェリシアに少しだけ癒されてしまったせいで、経緯について考えていた事が途切れてしまった。


 「まぁ今考えても仕方ないよな。とにかく、この人はもう死んでる」


 『そうか……』覚悟はしていたんだろう。菲菲は項垂れた。「生ける屍なんだな……」そう続けて三節棍を構える。それはせめて眠らせてやろうと思っての事だろう。

 三節棍には小さくない傷がいくつもあり、それはここ最近のものに思えた。菲菲はそれだけダンジョン化した祖国で戦い続けていたって事だ。菲菲と共に屋敷にいた住民たちは全員が腕輪を着けていた事から、みんなで協力して倒し、凌いでいたんだろうな。

 だけどこのダークストーカーは菲菲達が相手にしていたものとは格が違うように思う。そもそも、そんな泣いてちゃできないだろ。フェリシアも菲菲を止めている。エアリスが通訳してくれないので何を言ってるかまではわからないが、たぶん菲菲じゃこのダークストーカーは倒せないとかそんなところだろう。


 「くぅ〜ん」


 チビが「代わりにやるよ?」とでも言うようにしている。その頭を撫でて制し、菲菲に言った。


 「俺が代わりにやるよ」


 「ゔゔぅ……だのむ……」


 もう目も鼻もぐっちゃぐちゃで、普段の菲菲からは考えられないな。菲菲の故郷の村、印象としては小さな村だった。たぶん村民全員知り合いレベルの。だとすると目の前のダークストーカーも元は知り合いなわけで、しかも目の前で……。そう考えると菲菲にとってこれ以上は辛いだろう。

 幸いと言って良いかわからないけど、俺にとってはただのモンスターとあまり変わらない。なら代わってやるくらいなんでもない。


 「まったく悠人ちゃんは女の子に甘いんだから〜」

 「べ、別にそういうわけじゃないって」

 「冗談冗談。それで、どうやってエッセンスの塊みたいなモノを破壊するのさ。ただの銀刀じゃ斬れないかもしれないよ?」

 「エッセンスの塊か……」


 銀刀では斬れなくてもルクス・マグナを使えば跡形もなく消し去る事ができるかもしれない。とは言ってもそれなりに出力を上げる必要があるだろうし、そんなのを菲菲に見せるっていうのもなんだかな……。菲菲に命令をしていた上層部とやらが機能していないであろう今ならもう関係ないかもしれないが、それでもまだ暗殺対象のままかも知れないし、手の内をあまり見せない方が良いかなと思ったりもする。圧倒的な力を見せつけて暗殺するなんて気が失せてくれるなら良いけど……暗殺にそんなもの関係ないとも思うしな。力があってもそれを使う隙を与えなければ、寝ている間なら、なんて考えるかもしれないし。それじゃあ心が休まらない。となるとどうするか。

 一先ず暗殺の件は考えない事にして、引っ掛かりを覚えた言葉、直前の会話を思い出し考える。フェリシアは『ただの銀刀じゃ斬れない』と言ったな。それならただの銀刀じゃなければ、それにエッセンスの塊って事はもしかすると——


 「悠人しゃん、わたしも手伝う?」


 考え込んでしまっていると小夜が聞いてくる。手伝ってもらえるなら手っ取り早いだろうけど。

 「思いついた事を試してダメだったら頼むよ」今回はやんわり断った。



 エアリス頼む。……エアリス?

 反応がないな。もしかすると、適度にスルーしていたつもりが過度になっていて、だからヘソを曲げたんだろうか。いや、積乱雲を観察する方に集中しているのかもな。なら仕方ないか。


 「起きろ、ベータ」


 保存袋から銀刀を取り出し鞘の上からコンコンと叩くと、銀刀の一本を依代としているアグノス……ベータが目を覚ました。


 「吾輩、夢を見ていたのである」

 「どんな夢だ?」

 「クロを『シー』と呼ぶ夢である」

 「そうか、それはまだ遠そうだから忘れろ」


 ベータは俺たちがエテメン・アンキを攻略する以前、クロの事を“ビー”と呼んでいたと聞いていた。それには理由があって、何がとは言わないがサイズがBだからって事だった。その頃を思い出して、あるかもしれない未来の夢を見ていたのか。

 今のベータはエアリスによって意識だけを移植して他に必要な部分も複製された存在だっていうのに、オリジナルと違いはないように感じる。とは言えオリジナルの事を知っているわけではないけど、会話をしても不自然さを感じないしやっぱりそれほど違いはないのかもしれないな。でも普段は見えない部分、例えば受肉するための器を創るなん事はもうできなくなっていたりするかもだけど。


 「して、何用である?」


 一見何の役にも立たなそうなベータを起こしたのには理由がある。エテメン・アンキを攻略する際、エッセンスを流し込んだエリュシオンが何の抵抗も許されずに曲げられるという出来事があった。

 通常その状態のエリュシオンは地球上で人類が作り出したどんなものよりも硬いとエアリスがお墨付きを与えている程の耐久力を誇る。それが曲げられたのはなぜか。それはゾンビのように崩れかけた肉体を器としていたベータが持っていた武器にあり、その特性は『エッセンスに対する絶対優位』とエアリスによって解析されていた。

 エアリスでは現時点再現不可能な技術らしく、もしかするとベータコピーを生かし続けているのはそれもあっての事かもしれない。


 今回はその武器を借りるつもりだが、さっきからエアリスが反応しないからな。魔王の一件以来時々あったし今は積乱雲の件もある。そのうち戻るだろうし焦ることはないが、ともかく今は俺が話をするしかないってことだ。

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