第192話 視力ランキング


 移動のために召喚してみたところ、なぜか姿が変化した龍神の背に乗った俺たちは菲菲の村にあるダンジョンの中を移動している。目的地は積乱雲だが、そこまでは結構な距離がある。というかこのダンジョン、広すぎる。もしかすると20層、草原よりも広いかもしれない。


 「仙郷かぁ。悠人ちゃん、言い得て妙ってやつかな?」

 「悠人しゃんの言う通り、仙人がいそうなの」


 フェリシアと小夜に異論はないようだ。それを聞いたクロは目を輝かせ袖で涎を拭っていた。


 「おにーちゃん、仙人ってナーニ? おいしいの?」

 「いや、仙人は食いもんじゃないぞ、クロ。人だぞたぶん」

 「なーんだ、じゃあいらないカナ!」


 クロはログハウスで生活するうち、人間の食べ物を気に入ったらしい。しかも人とあまり変わらない姿になっている時でもなかなかに大喰らいで、悠里が『食費……』と嘆息していたのを思い出す。


 「おにーちゃん、あーしもフェリ様が食べたっていう『クレープ』食べてみたいナ?」

 「じゃあ今度な」

 「やったぁー! あっ! あそこにヘンなヤツいるけど、仙人?ww」

 「いや、アレは違う」


 このダンジョンの呼び名はとりあえずそれっぽいという事で“仙郷”になった。帰ったらみんなにも教えてあげようかな。幻想的でまさに非現実空間、観光にはもってこいだろう。

 とは言っても眼下に広がる雲海の切れ目から覗いた山の中腹にいる人型モンスターがいなければ、だけど。


ーー 闇の住人・ダークストーカーと断定。どうしマスか? ーー


 「元は人間だよな。全身を包んでる黒っぽいのは……エッセンスか? なんか不気味だな。それに強さも未知数だろ?」


ーー はい。しかし菲菲でも対処できるのですから、マスターであれば余裕のよっちゃんかと ーー


 エアリスはそう言うが、強さだけじゃなくどういう特性があるかもわからないからな。俺には原理がわからないが、香織に贈った薙刀・撫子みたいに【拒絶する不可侵の壁】を斬り裂ける武器を作れたわけだし、そういう特性があるやつがいてもおかしくないと思っていて損はないだろう。

 にしても余裕のよっちゃんって……まぁ言葉のチョイスは自由だし放っておいて、まずはどの程度通用するか試してみるか。


 「一人だけみたいだし、実験にはちょうど良いな」

 「悠人ちゃん、なんだかその言い方ってエアリスみたいだね?」

 「ん? 実験ってやつか? ……言われてみれば確かに」


 日本語でのやりとりにまったくわかっていない様子の菲菲。その視線を導くようにダークストーカーへ向けて指をさす。菲菲は目を細めてがんばって見ようとしているけど……この距離じゃなぁ。


 「イルルさん、進路変更お願いできますか?」

 「うむ。任されよう」


 かなり距離があるためまともに見えているのは発見したクロと、左目に【神眼】を持つ俺だけだろう。【神眼】を使わなければ俺にも見える距離じゃないが、でもフェリシアと小夜ならもしかして。


 「うーん、向こうのダンジョンならまだしもここじゃボク、何も見えないよ」

 「わたしも見えないのよ」


 二人にも見えていないか。

 チビも見えていないようで、その方向は見ているが首を傾げていた。意外だったのはおはぎが「黒い米粒があるにゃー」と言っていた事。結構遠くまで見えるみたいだな。ちなみにだが菲菲は未だ目を細め、すでに上と下の瞼がほぼくっついている。


 「アレじゃな」龍神が目視できる距離になり、それからさらに近付くとフェリシアと小夜にもはっきりと見えたようだ。当然おはぎにはもう見えていて「アイツ変にゃー!」と菲菲の頭の上で言っている。


 「あとはチビとおだんごだけか」

 「悠人ちゃんはどっちが先に見えるようになると思う?」

 「んー。チビの方が先に見えて欲しいなー」


 そんな俺の願望はあっさりと打ち砕かれた。菲菲が目を見開いても尚、首を傾げ見えていなさそうだ。


 「犬ってさ、白内障とかになりやすい犬種があるらしいんだよな。チビもそうなるのかなって思うと心配だ……」

 「チビは狼だし、そもそもモンスターだよ? ボクはそんな設定はしなかったから大丈夫さ!」

 「でもチビって第二世代なんだろ?」

 「なーんだ、気付いてたんだね」

 「魔王の一件の後でな」


 フェリシアは知っていたが黙っていたようだ。まぁこういう事はよくあるし気にしない。特に重要じゃないというか、今知らなきゃならない事ではないしな。なんなら気付かないままでもよかったまであるかもしれない。しかし気付いたわけで、俺の中で第二世代モンスターはより地上の、地球の生物に近付くような変化をしている可能性があると見ている。つまりフェリシアが言う初期設定は既に意味がない可能性も無いとは言えないってことだ。だから病気になるかもしれず、心配だったりする。


 「エアリスはどう思う?」


ーー ……問題ないかと。【不可逆の改竄】もありマスので ーー


 そういえばそうか。……あれ? 病気とかも治しちゃうって……もしかして【不可逆の改竄】って不老不死を実現できたりするんじゃないか? それを望んでるわけじゃないけどさ。


ーー 出来なくはないかと。しかし場合によっては常に改竄し続ける必要がありマス。一度そうなってしマえばその先も常に必要になる可能性が。タだし白内障に関しては、外科手術に近い過程を辿りマスのでそれとは別物と考えていタだけると ーー


 頭の中で聞こえる声がいつものようにクリアじゃないな。所々ノイズが走っているようだし。やっぱりこのダンジョン化した原因と思しきものが存在しているここは、何か異常があるんだろう。

 ともかくエアリスが言うならそうなんだろうな。外傷に対して有効で失った部分すら復元でき、それ以外にも便利で法則さえも捻じ曲げるとは言え、出来ない事もあるって事だな。



 ところでエアリスが【神眼】なんて名付けるだけあって、その効果は絶大だ。そのおかげで視力ランキングは俺が一位でチビが最下位か。


ーー マスターの【神眼】は純粋な視力とは…… ーー


 そんな事を言うエアリスはスルーしておくとして、菲菲が取り乱しているので今はそっちだな。曰く、あのダークストーカーの顔に見覚えがあるらしい。


 「あの人は……村の男衆の一人だ」

 「間違いないのか?」

 「間違いない。でも……」


 ここに菲菲たちが入ったのは一年近くも前の事だ。途中はぐれて行方が知れなかっただけで、もしかしたら生き残っていたのかもしれないが……


 「あの人は目の前で熊猫に……」


 熊猫……つまりパンダか。動物園のパンダだって人の味を覚えてしまったら襲い始めるって聞いたし、そもそも熊だしな。それがモンスター化したのか、それともフェリシアが大いなる意志として作ったのか。フェリシアを見ると首を横に振った。


 「ボクはここには干渉してないよ」


 じゃあ他にアグノスがいるかもしれないって事だろうか。フェリシアはこれ以上は話すつもりはないようで、ノーヒントでフィニッシュの構えだ。それなら俺にわかることは……いや、エアリスがいるな。


 「エアリス、ここにアグノスはいるか?」


 しばらく探していたエアリスは『おそらく見当たりません』と言った。ならここはモンスターの大部分に大いなる意思、フェリシアの介入があった日本のダンジョンとは違うって事か。まぁ見当たらないだけでどっかにいるかもしれないけど。


 数ある尖塔の如き岩山のひとつ、踊り場のような場所の上空で龍神が滞空する。身に纏うエッセンスを揺らめかせ、ダークストーカーは何かをしてくる様子もなくこちらをただ見上げていた。


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