第182話 香織と小夜1


 大陸ダンジョンといえる場所へと行き菲菲を探しに行く事に関してみんなの了承を得ることができた。

 それからはいつも通りの朝食風景。杏奈が早食いをし悠里がそれを見てちゃんと噛んで食べるよう言う。さくらはフェリシアが口の横につけたご飯粒を取ってあげて、リナは膝にメルクリウス・O・サンダルフォンを乗せたまま食べる。チビは自分のごはんを食べ終えておかわりのワイバーンステーキを俺に強請る。そして香織は俺に大皿から焼肉風の肉を取り分けてくれる。それを食べるとまた取り分けてくれる。そして食べるとまた……

 香織を見ると、赤くなった頬を手で隠しながらこんなことを言った。


 「お疲れみたいなので、お肉を食べたら……元気になるかなぁって」

 それに続けて耳元に顔を近付け「昨日もがんばってくれましたし」と。


 よし、食べよう。元気になろう。あわよくば食後に、と思ったが当然それは叶わないだろう。なぜならおはぎの首輪にある“鳴らない鈴”が鳴ったから。これが鳴るということはおはぎセンサーが極端に異質なもの、例えば強者を捉えたということ。


ーー ゲート発生の予兆を感知 ーー


 黒い渦、ゲートから飛び出してきた小夜が椅子に座る俺の後頭部目掛けて突進してくる。それを【拒絶する不可侵の壁】のふっくらやわらかバージョンで受け止めてやる。このくらいならここ最近でかなり上達したと思う。

 というか【拒絶する不可侵の壁】、【不可逆の改竄】、【不可視の衣】この三つは言葉にしなくても発動させられるようになっている。俺の能力【真言】は言葉にしなければならないという縛りがあったはずということを考えると、もしかすると別由来の能力なのだろうか。それに進化したことによって発現した能力、香織の足の痺れを治したものに関しては針で刺した程度の極微小な傷までなら触れるだけで治すことができるようになっている。明らかに普通ではないが、現在のスタンダードになったこの状態に俺自身が慣れてしまっている事を鑑みるに、いよいよ人外だ。だが今更でもあるしそんなことを気にしているよりも人外まっしぐらな方がダンジョンで生活するには都合が良いのも否定できない。

 それはさておき、悪い子には注意しないとな。


 「小夜、ご飯食べてるところにタックルしちゃだめ」


 透明なクッションの上で跳ねている小夜は「ご飯じゃない時ならいいの?」と言う。

 それには当然「だめ」と答えたが、彼女の頬は食べ物を詰め込んだハムスターのようになっていた。

 【拒絶する不可侵の壁】で受け止めた理由、それは小夜の突進が強烈すぎるからだ。初めてそれを仕掛けられた時、俺は思わず避けた。するとそのままログハウスの壁に突っ込み見事な穴を開けたのだ。一度それを見てしまうと避けるわけにもいかず、かと言って生身で受け止めるわけにもいかない。そんなことをしたら間違いなく死ぬ。


 「悠人しゃんなら大丈夫なの」


 「いや、死ぬから。常識的に考えて」


 そこで小夜は椅子の位置が俺にほぼくっついている香織に食ってかかる。これもいつも通りの光景となった。そして最終的にさくらが「うふふ〜」と視線を送ると悪態をつくのをやめ誤魔化すように下手くそな口笛を吹くのだ。

 ちょっと力を入れると地上よりも硬いダンジョンの木材でできているログハウスの壁をぶち破ってしまう。しかし御影家で過ごし学校にも通っている事で人間的な常識をいくらか身につけ普通の女の子になっているおかげで頬を膨らませるだけで済んでいるのかもしれない。もしもあの時話を聞くつもりがなかったらと考えると結構怖いな。エアリスは俺が本気を出せばと言っていたが、実際本気を出したとして勝てたのだろうか? それともそれでようやく『戦いになる』ということだったのだろうか? どちらにせよそうならなかったのだから今更考えても仕方ないか。

 隣の香織が「今日は私服ですね」と耳打ちしてくる。小夜もわざとスカートをひらひらさせこちらに服を見せようとしているように思う。これはあれか、気付いてあげるべきか。


 「ん? ところで小夜、今日は私服なんだな」


 わざとらしく小夜が私服であることに触れると「かわいい? お母さんが買ってくれたの」と少し嬉しそうに言う。

 それにしても“お母さん”か。


 小夜は俺の母さんをそう呼んでいる。彼女は御影家の子供ということになっているため世間的にも正しい。ちなみにエテメン・アンキにいる、賢者の石を作る時に血をわけてくれたエルフっぽい女性のことはママと呼んでいる。

 そんな小夜に「かわいいかわいい」と言い頭をぽんぽんとしてやるとくすぐったそうにしていて……うちの妹はかわいい妹かもしれない。妹としているのは、一応エアリスが改竄した戸籍上俺の妹ということになっているからだ。養子という形にすればいいんじゃないかと思ったが、エアリスによると『義妹とのカップリングもいいですが、実の兄妹と思っていたら本当は全く血の繋がりがなかったというのもなかなか』だそうだ。だがその場合、前提が既に違うと思う。賢者の石の材料として、半分くらいは俺の血が入ってるしな。まぁエアリスが勝手に妄想してるだけだしいいけど。


 「わたし、エテメン・アンキのママたちにもこういう洋服を着せてあげるのよ」


 ウロボロス・システムに要求すれば服くらいなんとでもなると思ったが小夜は人差し指を立てて横に振る。どうやらそういう事ではないらしい。


 「悠人しゃんはわかってないなの。わたしが自分で作ってあげるから価値があるのよ」


 人類の軍隊を恐怖に陥れた魔王様は、お洋服を作るお仕事に就きたいのだろうか。服飾系魔王様? アパレル魔王? うん、平和的でとてもいいと思う。


 「でも最近、サンプルが減ったの。人間の一番大きな国がぐちゃぐちゃだから、そのせいなの」


 それはつまり大陸の国のことだろう。たしかに今の世の中、生活に必要なものの多くは大陸の国産だ。特に大量生産品となると強い。品質は最高なわけではないし精密機械などは電池から時々火を吹くが価格競争には強みを持ち多くの物を輸出している。一企業が大陸の国の工場で現地の人を雇い生産し、それを逆輸入するということも多い。

 しかし今はそれがほぼ全て止まっていて、今のところ各国の対応が冷静なため目立った混乱はないがじきに表面化するとエアリスは予測している。その原因は言わずもがな大陸の国がダンジョン化し、それが進行形である影響に他ならない。

 それにしても実際は物がなくなっているはずで、それを冷静に対処できるというのはいくらなんでもおかしいと感じている。しかしそれは『魔王が現れた影響です』とエアリスは言う。地上の世論的な事に最近はますます疎い俺だが、なるほど、怪我の功名的な? なんかそういうアレなんだろう。それはともかくとして、小夜がそんなことを言う理由については察しがついた。


 「それで今日はそこに行こうと思ってるの!」


 「ふむふむなるほど。っても学校は?」


 今日、七月二十三日は木曜日だ。しかし小夜は壁に掛けてあるカレンダーを指差して言う。


 「悠人しゃん、この赤いのはなぜかわかりますか〜?」


 掛けてもいない眼鏡をクイッと上げる動作をし、カレンダーを指差す。学校の先生の真似でもしているのだろうか。今度伊達眼鏡でも作ってあげようかな、顔はエルフっぽい住人が半分混ざってるからか文句なくかわいいからなんでも似合うだろうし。それはともかく小夜が指差しているカレンダーを見る。


 「…祝日なのか。しかも二連休。からの土日で四連休か……」


 「そしてそのまま夏休みなの! わかったらさっさと行くの!」


 連休なのはわかった。でもそもそもパスポートはないし移動手段だってまだだ。

 それにしても祝日やら夏休みやら、こんな世の中になったのにもかかわらず日本は割と普通だよな。こういうところは日本の良いところと言えるな。

 十年ほど前に東日本を津波が襲ったあの大震災、そしてダンジョンが出来た際の世界的な大地震。揺れの規模としては大震災と同じか、それよりも少し小さかった。場所によってはそれが影響して連動型地震となり津波に飲まれた国もあるが、日本の場合はほぼ連動しなかったようだ。それに加え建物も世界と比べて地震に強いものが多かったり、そもそも簡単に暴動が起きやすい国ではなく、さらにその他様々な要因から今の日本がある意味で最もダンジョンという世界と隣人のような関係となって適応しているのだろう。


 実際EU圏では暴動が起き、それによってダンジョンに対しての初動が官民共に遅れている。彼らがダンジョンに対して遠巻きに見るような姿勢が大勢を占めているのにはそういった理由もあるんだろう。その中で暴動が起きていない国は大体が小さく社会保障の整った国だ。しかしその反面、暴動が起きているにも関わらずアメリカが実はプライベートダンジョンでの肉狩りについて日本に負けず劣らず盛んという事実もある。この辺はお国柄というのが出ているのかもしれない。


 さて移動手段について。【転移】または【空間超越の鍵】を使い扉を開けば良いと思っていたが、エアリスによればそれができないようだ。考えられる原因はダンジョン化した中心部にあると予想される。はっきりと掴んでいるわけではないが軍隊が車両ごと入って来ていたプライベートダンジョン、またはその近隣にダンジョン化の原因となるコアが出現、それが塔を作っているらしい。そしてそれはこちら側との間に通行不可の障壁を生成しているため、【転移】や【空間超越の鍵】も使えず、エアリスをもってしてもその通路を可視化することもできないという。よって地上からしか向かえないということだった。それを聞きエテメン・アンキに似ているように思え、エアリスも似たようなものと予想しているようだが、詳しい事は実際に行ってみないとわからないと言う。

 しかし地上からであっても空路で直接となるとそれはそれで障害になるものがあるようで……となると隣接地に行ってから徒歩で行くことになるのだろうか。


 「そういうわけだから、地上から行かないとなんだよ。それに俺、パスポートないから申請しないとだし」


 そんなものはいらないかもしれないが、念のために持っておくべきと思った。

 それを聞いたさくらが「今すぐ取ってくるわね」と言い部屋へと戻る。そんなすぐにできるわけが、と思ったがすぐに戻ってきたさくらが「悠人君とペルソナの分、用意したわよ」と言った。どういうことか聞くと秘密は探検者カードにあるらしい。


 「最近探検者カードにパスポートの役割も追加されたのよ。正確に言えばカードに書いてある探検者No. があるわよね? 悠人君の場合は01、ペルソナは00ね。それを参照して問い合わせてもらえば良いってことね。もちろん読み取れる機械があればそれで簡単に済むわよ。ピッ! よ。便利になったわよね〜。うふふ〜」


 なるほどー。便利になったもんだなー。でもペルソナの分って、あの格好で飛行機に乗れと?


ーー その点に関しては『ペルソナは自力で海を超えられる』とすれば良いかと。嘘ではありませんし、実際に空を飛んでいる様子も周知となっていますので問題ないかと ーー


 なるほどなるほど。でもそもそもの話、空路を人が生身で行くことなんて想定されてないだろう。この場合入国関係はどうなるんだ。空港に着陸するって管制塔に連絡するのか? 生身で? 事前の協議も無しに?


ーー そんなもの、どうとでもなります ーー


 エアリスって、それまでのルールをぶっ壊す的な事絶対好きだよな。あぁ、あと壊さないにしても無視するとかな。とにかく決まり事っていうのを意味もなく破壊するのが好きとかそういう危ないやつだったりして……。そういえば【ルクス・マグナ】、個人で持つには不相応な破壊力だよなぁ。それに銃刀法がある日本で平気で刀とか作るし。いや、刀は俺も欲しかったし実際普通に使ってきたけどさ。

 がんばって思い出そうとしなくてもエアリスが危ないやつという点について心当たりしかない件。そしてその責任は俺にあるんだろう……よし、こういう時は考えない、それが一番精神衛生的に良いな。破天荒なエアリスのおかげで俺が生きてるのは間違いないと思うから責めるわけにもいかないし。


 「できるだけ生身で行くのは無しの方向で。そこで疑問なんだけど、大陸に向かう飛行機ってあんの?」


ーー 盲点でした ーー


 「そういうとこだぞ」


 やっぱりエアリス、どこか抜けてるんだよな。しかも割と大事な部分が。まぁ俺が元にって考えれば許さないわけにはいかない気がしてくるけど。


 現在ダンジョン化の影響が様々なところに出ている。それは一般家庭の目には直接的に映るものではないが、国家間レベルではそうでもないらしい。その地域に民間人が近付く事を多様な意味で危険視している世界各国が空路を遮断している状態で、近隣国も地上からのルートまでも強く制限しているようだ。それを知っているはずだが忘れていたという。海まではダンジョン化がなぜかされていないって聞くし空はダメでも海、つまり船はないのかと聞く。それには即答で『ありません』と返ってきた。

 じゃあどうするのとなるわけで。さくらなら自衛隊のことに詳しいし輸送機的なやつはないかと聞いてみるが、それも大人の事情があるからたぶんできないと返ってくる。自衛隊機が領空侵犯みたいなことになるだろうしまぁわかる。

 この状況でそんなことを言ってる場合かという気持ちはあるが、国際社会というのは例え善意による独断先行でも『抜け駆け』とか『侵略』と解釈する場合が多く厄介なので仕方ない。

 そういえばさっきから袖を控えめに引っ張られる感覚が……

 見れば小夜が指先で引っ張っていた。


 「えっと、方法、あるの」


 策があるらしい小夜に向き直り教えてくれるかと言うと香織を一瞥してからこちらに向き直り、期待しているかのような目を閉じこちらに顔を向け少し背伸びする。

 みんなの前でというのは恥ずかしいのだが、早速万策尽きている現状では縋(すが)ってみるのもいいかもしれない。

 俺は小夜の前髪を上げ、おでこに軽く唇を当てる。


 「はい、これでいいか?」


 「…どうだ香織、これが妹の特権……!」と言い、くつくつと喉を鳴らした。


 一応魔王、小夜は今俺の妹ということになっている。20層の時とは違い瞳や髪色は普通の日本人と変わらないし、そもそもその時よりも何歳分か成長していて、さらにあの時は目元を隠す仮面をしていたこともあり地上で生活していてもあの魔王が小夜と気付く人はいないだろう。

 みんなは小夜がログハウスに出入りするようになってから度々見るこの光景、デコチューに対しそれほど過剰な反応はしなくなっている。唯一リナだけがいつも通り“あわわ”しているが。


 「じゃ、じゃあ香織もおでこに……」


 「ヤメロ、おまえのはいらない」


 香織は小夜をかわいがりたい。小夜は香織を敵視している。かわいそうなすれ違いである。


ーー 暢気にしていてよろしいのですか? ーー


 とは言ってもどうすることもできないよな。まぁでも小夜には「香織ちゃんは小夜と仲良くしたいんだよ」ということは言っておかないとな。


 「わたしはしたくない」


 むぅ。我が後天性の妹はほんとうにツンツンしている。香織にだけ。


 「悠人さんくらい手強くても、香織は諦めないからね!」などと香織は言っているし、なんだかんだ大丈夫な気はするけども。というか俺は手強かったのか。今思えば最初から惹かれていたように思うしチョロかったと思うんだが……まぁいい。


 「で、小夜」


 そういうと、小夜は思い出したような顔をして俺と香織の間に割り込んで腕に絡んでくる。


 「ゲートで行けばいいの」


 ゲート、ゲートなー。毎日、というかほぼ一時間おきとかに俺のところに来るために乱用してるアレな。あんなに使いまくって大丈夫なのだろうか。そういえばゲートって、前に何度か見たな。カマキリとか鉄巨人とかが出てきたやつ。

 小夜は自然とそれが使えているようだが、【空間超越の鍵】を使って開く扉とは違うのだろうか。


 「悠人しゃんのは何かヘンな縛りがあるとおもうの。【ゲート】にもあるけど、エッセンスがたくさんあるところと繋ぐのは簡単なの」


 小夜は、いや、魔王様はとても優秀なようだ。そのゲートを使えばあっという間に大陸の国、大陸ダンジョンへ行けるということだな。移動がこんなにお手軽な事に慣れてしまったが、よくよく考えれば転移とかゲートってただの移動以外にも使えちゃうよな、例えば暗殺とか……。俺以外にもそういった移動手段を持っている人がいてもおかしくないし、エアリスに対策を考えてもらうか。

 それじゃあ移動は小夜に頼もうかということになり他に誰が行くかを問う。


 「にゃーもいくにゃー!」


 「え、お前何の役に立つんだよナントカ・O・ホニャララさん」


 「今日は『ルシファー・O・ルシルエル』にゃ!」


 メルクリウス・O・サンダルフォンさんはもういなくなってしまったのか……。


 「まぁいいや。んで、ルシファー・O・ルシルエルさんはなんで行きたいんだ?」


 「遠足? 楽しそうにゃから……? にゃーだけいつもおいてけぼりだかりゃ……?」


 疑問形である。要は遊びに行きたいってことだな、わかるようんうん。でも遠足みたいな気軽さはないと思うんだけど。それに非戦闘員が行っても無駄な気がするんだけど。


 「いーくーのーにゃあああ!」


 ぎゃんぎゃん……いや、にゃんにゃんと黒い子猫は喚いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る