第181話 ナントカ・O・ホニャララさん
夕食後風呂に入りさっぱりしたところで、これから御影家で両親との団欒の時間を過ごす小夜がいなくなると、エアリスが『迷惑であればはっきりと言うべきでは?』と言う。香織にとってもたしかにその方が、というかそうして欲しいと思っているかもしれないしそれはわかるのだが、俺としては身勝手な理由で造り出してしまったわけで。例え中身が別の存在だったとはいえ意図的に捻じ曲げてしまったような気がしてしまい強く言えず、それにできるだけ自由に過ごさせてやりたいというのもある。罪滅ぼしのような感覚だというのも自覚していて、そしてそれは自己満足である事もわかっているのだが。
ーー 香織様へのフォローはお忘れなきよう ーー
続けてエアリスは大陸の国がダンジョン化した場所、“大陸ダンジョン“について話す。
それによると大陸の国はどうやら一般人がダンジョンに入ることを基本的に禁止していたようだ。そういった法律を作ったわけではないが、そもそもダンジョンの数は日本と比べると圧倒的に少なかった事がそれを可能とした。
共産党独裁のその国において、それ以外、すなわち”選ばれた人民“以外が力を、富を手にすることは推奨されておらず、それと同時にダンジョンを押さえることにより共産党が独占することができると踏んでいたのだった。
魔王が現れた一件の後、派兵から軍隊が地上へと戻ってきたところでダンジョンの入り口から黒い霧が溢れ出た。それは瞬く間に広がり軍人たちを飲み込んでいく。
その中でもダンジョンでモンスターを倒した時に得られる”ダンジョン腕輪“を所有していた者たちのほとんどは無事だったが、そうでない者は黒い霧に飲まれその姿を人外へと変貌させたのだという。
派兵されていた人員の数はおおよそ五十万、その中でダンジョン腕輪を所有している人数はわずか二万ほど。その二万人は人外と化した四十八万ほどの元軍人たちに蹂躙されてしまう。
その一帯を封鎖してからしばらく、軍はそのモンスターと化した元軍人の大部分を近代兵器を惜しみなく使用することによって”処分“した。それについて当時は対外向けに”大規模軍事演習“として発表されていたが、それは事実とは異なっていたということだ。
ダンジョン化は依然としてゆっくりと進行していたが、それについては共産党本部はその地域の封じ込めをしていたとは言っても『国内で異常が発生する件数が増えた』程度に考えていたようだ。それもそのはずで、家畜やペットが凶暴になる程度だったからだ。しかしそれは徐々に人間にも広がっていった。まるで疫病のように、ウイルス感染症がひっそりと宿主を増やしていくかのように。
そしてパンデミックが起こる。
ーー ある日、最初に人型モンスター化したヒトのように変異という症状を発症する者が現れ始めたようです。しかもそれは夜間のわずかな時間のみ、太陽が昇っている間は普通のヒトのままだったのです。しかし徐々に時間が伸びているという情報があり、そこから察するに変化が完了するまでに時間を要しているだけで、完全に変化したその後は人の姿に戻ることはないようです。発症中にヒトを殺し喰らった場合、発症初期であってもヒトに戻らないという情報もあります。暫定としてその人型モンスターを”闇の住人・ダークストーカー“と呼称します ーー
「菲菲も軍と一緒に地上に戻ったのか?」
ーー いいえ。菲菲はどうやらその時、喫茶・ゆーとぴあに客として滞在していたようです。軍が地上へと戻るまでの数日間は天幕にいたようなのですが、どうやらベッドの感触が忘れられなかったようで ーー
それを聞き少しほっとすると同時、ではなぜその後いなくなったのかと問う。それにもエアリスは淀みなく答えるが、それならもう少し早く知らせろと少し苛立ちを覚えた。
ーー ご主人様がそれほど菲菲を気にかけているようには思えませんでしたので。申し訳ありません ーー
「で、まだ菲菲は無事なのか?」
ーー それは問題ないようです。20層に菲菲の仲間が残っており、そこへ通信がきています。それによると街の中で避難民と共に息を潜めているようです。しかし食糧もまだ充分にあり、その地域はダークストーカーの数も小数、単体であれば菲菲が辛うじてではありますが対処できているようです ーー
それなら一安心か。しかし感染症のように広がるって、その隠れてる人の中にももしかしたら……
ふいにスマホが鳴る。画面には“母さん“とあった。
『通話』をタップすると、母さんが興奮気味に『もぉ〜! 悠人! この子十六歳の割に子供っぽくてかわいいんだけど』と言われる。
たしかに育った環境がエテメン・アンキ、つまり俺たちとは違い移り変わりの非常に緩やかな狭い社会で育ったからかは知らないがそう思えなくもない。その後も同じような事を息吐く暇もなく好き勝手に言う母さん……息子に対して最近できた娘がかわいいみたいなことを自慢されても反応に困るんだが。そして最後に『今日は小夜ちゃん、帰さないから!』と言って一方的に切られた。その向こうから『ゆ、ゆうとしゃん〜たすけ』までは聞こえていたが、まぁ放っておこうと思う。
それにしてもあの天使を元にしていて、さらに魔王の演技中はラノベにでも出てきそうなデスワ系お嬢様風だったのにもかかわらず今はもうほんと歳相応……いや、それよりも幼い子供みたいだ。ところでデスワと言えば何か忘れているような気がするが……思い出せないしいいか。そんなことより小夜はせっかく子供になったのだ、母の愛に溺れるがいいさ。
ってか母さん、あれが魔王だって知ったらそんな思い切った監禁宣言なんてできなくなるかもしれないな。それなら知らせないでおいて、小夜を監禁しててもらった方が良いかもしれない。
「さて、エアリスよ」
ーー はい、ご主人様 ーー
「菲菲はすぐにどうこうってわけじゃなさそうだし、俺はこれから夜戦場へと赴こうと思う」
ーー わかりました。向こうもこちらと同じく結界を張る準備を完了してありますので ーー
「うむ。ではフォローに行くぞ」
ーー ご武運を。見守っておりますので ーー
そして俺はエアリスには是非『目と耳を塞いでいてほしい』と思いつつ小夜とは違うものに溺れるため香織の部屋へと向かった。
次の日の朝、俺は香織の部屋で目が覚めた。
肌掛け布団に一緒に包まれた香織が密着してきていて、それを確認すると安心感を感じていた。同時に心地良い倦怠感に身を任せるとまた眠りに落ちてしまいそうになる。しかしそれを許さない存在がそこにいた。こちらを見ているチビとその背に乗った黒い子猫、”バールゼフォン・O・エイブラハム“だ。ちなみに”O”は”おはぎ“のOだ。俺たちは親愛を込めて”おはぎ“と呼んでいる。その前後はというと本人、というか本猫たっての希望だった。
『にゃんかにゃー、かっこよいのがいいのにゃー』という子猫に、俺たちはかっこよさそうな名前を次々と口にしていった。その結果、おはぎは名前の前後にかっこよさそうなのを置いてみるようになった。ちなみにこれでも女の子なのだが、名前に女の子要素がない事に関して本猫は全く気にしていない。人間とは違うからと言えばそれに尽きるのかもしれないが、気にしていないのには他にも理由があって。
「にゃにゃ! 今日のにゃーは『メルクリウス・O・サンダルフォン』にゃにょにゃ! ドヤにゃ!」
にゃーにゃー言ってるくせに名前の部分だけはしっかり発音する。不思議だ。ほんとは普通に喋れるんじゃないだろうか。いや、ナ行がないからか? ともかく、この気まぐれに名前が変わるところが本猫が名前に頓着しない所以(ゆえん)のひとつというわけだ。
そしてこの猫、デリカシーなんてものはない。俺が言えた事じゃないかもしれないけど。
「にゃ? 子作りしてたにゃ?」
だが猫の言うことだからな、気にしたら負け。質問に答えず「朝ご飯か?」と聞くと「そうにゃ!」と言ってチビと共に転移で出て行った。それにしてもチビといいおはぎといい、与えたアイテムによるとはいえ【転移】を手足のように使う。モンスターだからだろうか。その第二世代だからだろうか。それとも、ダンジョン由来の存在ならみんなそうなのだろうか。
ちなみにそのアイテムとは、チビと同じく首輪だ。しかしチビの物よりも細い首輪で普段は”鳴らない鈴“が付いている。鳴らないのには理由があって条件を満たした場合にのみ鳴るようになっている。その条件とは——
「鍵の意味、ありませんよね」
香織も起きていたようだ。続けて「おはようございます」と言い目を伏せる。対して俺も精一杯平静を装って「おはよう」と返す。内心キョドっている部分もあるのだがそれは噯(おくび)にも出さなかった……はずだ。いい加減慣れてはどうかと毎度エアリスに言われるのだが、俺は元々が小市民。こんなに可愛い子が隣にいたら何度でも動揺するし何度見だってしちゃう。
俺にとってモンスターよりも香織の方がよっぽどおそろしい相手だし、昨晩の攻防も期間が空いたからか過去に例を見ないほどだった。求められるのは嬉しく思うが、俺が疲労していくにつれて香織はどんどん元気になっていっていた。なんかそういう話あったよな。サキュバス? 俺、サキュバスされたのか? そういえば初めの頃は香織を小悪魔のように感じていたこともあった。いや、今でも感じることはあるけど……でもそれを言うなら杏奈の方が”小悪魔的“か。
とりあえず防犯はしっかりしないとな。気配を感じることができないが天照もしょっちゅう覗き見をしているみたいだし、思ってみれば杏奈の能力は【領域支配】。元は【把握】という能力で、それが成長した上位互換で、つまり何をしているか把握されているかもしれないということだ。
するとエアリスが転移を防ぐように改良すると言い、応急的ではあるがそれを済ませ朝食に向かうと、何やら変な空気感。
「みんな、なんかあった?」
「なんかあったっていうか……ねぇ?」
はて? 悠里が何か言いたげな目を向けてくる。香織以外の他のみんなも似たような感じだ。
なんだろうかと思っていると、イヤらしく絡めた指をこちらに向かって控えめに見せながら杏奈が言う。
「あたしも混ぜてくれてもいいんすよ〜?」
まさかほんとうに杏奈は覗いていたのだろうか。俺と同じ事を思ったらしい香織が杏奈を睨むと「ち、違うっすよ! あたしじゃないっす!」と必死な様子。
「“おっとー“と”おっかー”がにゃにしてたか聞かれたかりゃ、にゃーが教えてあげたにゃ。おしえてあげるのはエライにょでほめるのにゃあ」
おいメルクリウス・O・サンダルフォンよ、それは褒められたことじゃあない。本当にえらい人はそんなこと教えないの。どっちかと言えばエロい人なの。あらかじめ教えておかなかった俺も悪いけどさ……あとできっちり言い聞かせておかないとな。
ちなみに”おっとー“は俺のことで”おっかー“が香織のことらしい。最初パパママ的な感じだったのにどうしてそうなったのやら。猫の考えることはわからん。
そんなことを思いながらも俺は顔が熱くなるのを感じている。隣の香織に目をやると、耳まで赤いがとても機嫌の良さそうな表情をしていた。昨日はたしかに、久しぶりに小夜がいなかったおかげで……おっと、今考えることじゃないな。
気を取り直し「みんなに言うことがある」と前置きする。「なっ!? デキたんすかっ!?」という杏奈は香織のひと睨みで沈黙した。
依然俺の顔は熱いままだが真剣な表情になっていると思う。その証拠にみんな表情が固くなった。
「菲菲が最近いないことは知ってるよね?」
それに対し、悠里と杏奈、そしてさくらも頷きを返してくる。隣の香織も同じく頷いている。
「大陸の国、今はもう壊滅状態になってるってことは?」
今度はみんな驚きの表情だ。フェリシアだけはそれが何といった様子だったが、それを知っていたという感じではないな。
それにしてもさくらが知らなかったというのは驚きだ。いつもなら総理から直接知らされ、もしかすると俺がその問題解決をするように誘導されているかもしれないのに、だ。違和感は感じたが今それを気にする必要はない。
「菲菲が今地上にいるらしい」
少し考えるような仕草をした悠里がそれを解くとこちらをまっすぐ見て「ダメって言っても行くんでしょ? いいよ」と言った。あまり態度や言葉にはしないが、悠里はなんだかんだ俺を、まぁ俺だけではなくみんなをだが、心配してくれているのはわかっている。
そしてみんなもそれに同意するとばかりに頷いていた。
みんなの了解は取れたということでいいだろう。あとはそこへ行く手段だが、まぁ俺一人で行く分にはなんとかなりそうな気がする。
それにしてもこんな状況になる前にエアリスが知らせていれば菲菲を探しに行く必要はなかったし、もしかすると大陸の国が崩壊なんて事にはならなかったり……。エアリスにその事を伝えると『物流は一時的に滞りますが問題ありませんので』と非常にクールな答えが返っていた。まぁエアリスだ、仕方ない。
ともかくそうなってしまったのだから、一応働いてもらっている菲菲を本人が拒否しない限り助け出す事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます