第167話 人生においての主人公は自分なのだ



 翌日の早朝、つまり十日。隣で眠る香織の体が冷えないようにと大きな肌掛け布団を掛け直してやり【換装】して喫茶・ゆーとぴあへと転移した。

 喫茶スペースには四人だけがおり、他にはスタッフすらも見当たらない。


  「みなさんお揃いで」


 わかりやすく【超越者の覇気】を少し放ち声を掛けると、全員がこちらを向いた。

 龍神・イルルヤンカシュ

 嵐神・プルリーヤシュ

 鬼神・酒呑童子

 高天原神・天照


 神話オタクな大学時代の友人の顔を思い出し、仮面の下で表情が変わる。それもそうだろう、それぞれが自称なので本当かどうかはわからないが、神話や御伽噺に名を連ねる神々が目の前にいるんだから。一年前までこんな事は想像だにしなかった。


 「俺の事は“ペルソナ”と呼んでくれ。もちろんこの格好じゃない時は普通でいいけど」


 仮面に手をあて念のため伝えると、四人は素直に頷いてくれた。さすが、酒代を俺にツケているだけのことはある。素直。

 今日はよろしく頼むね、マジで。と伝えると、そんなことより! と天照が詰め寄ってくる。


 「ねーえ! あの子アンタのなんなのよぉぉ!」


 そんな感じの歌詞の曲が昔あったな。渋カッコいいおじさんの曲。あ、でもあれは『アンタ、あの娘の……』だったか? まぁいい。


 「あっ! 別にぃ、嫌だって言ってるんじゃなくてね? むしろ良いもの見れてありがたやありがたやー」


 おいおい、仮にも神を自称するなら俺みたいな普通の人間を拝むなよ。


 「あっ! 逆にアタシを拝みたくなるような成果はあげるわよ! アンタのご要望にお応えしてねっ!」


 パチリとウインクする天照。う〜ん、和装でウインク……無きにしも非ず。だが今は他に用があって来たんだ。


 「これ、昨日突貫で作ったやつだけど、こっちの方が防具にもなるから着替えてきて」


 「こ……これわっ!? 昔アタシを拝んでた女の子がこんな格好してた時代もあったわね〜ん。実は着てみたいと思ってたのよねん!」


 天照が奥の部屋に向かった時、背後から視線を感じた。チラッと視線を送るとそれから逃れるように窓から覗くのをやめた。『覗くな』というアイコンタクトは通じたようだ。『仮面で目が見えていないかと』などと言うエアリスのことは無視してもかまわないだろう。とは言え確かにそうだなと思い、鼻で笑ったような形にはなったが。


 天照が着替えてくるのを待つ間ついつい欠伸が出てしまい、龍神がどうしたのかと気にかけてくれた。


 「悠人よ、そなた寝不足かのぉ?」

 

 「ええ、まぁ」


 昨晩のことを思い浮かべてしまい、仮面の中が少し暑くなる。それに気付いたのかどうか、酒呑が言う。


 「大方、おなごと何回戦かしたんだろうぜ? なぁ、悠人よぉ」


 当たってるだけに言い返せないが、なぜわかる。まさか……天照みたいにちょくちょく“覗き”にきてるんじゃないだろうな。


 「まてまて、覗きに行ってるのは天照様だけだぜ? 俺ァよ、鼻が利くんだぜ……ヒック」疑いの目に酒呑が少し焦ったように答えた。


 のんべえの鼻が利くなんて全く信用はできないが、酔っ払いの言うことだし「あーはいはい」適当に返事をしておいた。


 やがて巫女服に着替え髪を後ろにゆるく纏めた天照が戻ってくると、三人の男神たちは息を飲んでいた。俺も正直、すごく似合うと思ったし、スマホのカメラ機能をフル活用してもいいかもと思った。

 髪型をそのままにしているようなら、喫茶・ゆーとぴあには女性スタッフがいるし、それにログハウスの誰かに頼んでもいいと思っていたのだが、その必要はなさそうだな。


 「うっふ〜ん。どうどう? アタシが見たのはこんなに綺麗な朱じゃなかったけど、このくらい鮮烈な朱の方が派手でいいわね! そう思わない? イイカンジに輝けそうだわっ!」


 「気に入ってくれたようでよかったよ」


 「んもぉ〜う。ツレないなー…そんな態度だとぉ、オネーサン、キミにツケながら泣いちゃうぞっ」


 いやまぁとても似合ってるし良いと思うんだけど。ただ、見た目以外オネーサンなのかはわからんけど。あと俺に酒代をツケながら泣くのはやめてほしい。それにそんなにツレない反応をしたつもりはないんだが……天照的にはオーバーに褒めて欲しかったのかもな。次からは気をつけよう。

 当たり障りない返事をしたらしい俺とは違い、言ってはならない事を声に出してしまったやつがいた。


 「フンッ、オネーサンなどという歳ではなかろう。バ……」


 「あぁ〜ん? っんだコラてめぇ鳥公ぉ、文句あんのかぁあんん?」


 鬼のような形相になった天照が嵐神にメンチ切っている。それに対し嵐神はごめんなさいを繰り返すだけの壊れたレコードのようになっていた。余計な事は言わなければいいのに。それにこの人……天照に対しては褒めてあげれば良いのだ。褒めれば伸びる、それは神だって同じかもしれず大事なのだ。


 「まぁまぁオネーサン、その辺にしといてあげて」


 「えへっ! ちょっとだけぇ、オネーサンのダメなトコぉ、見せちゃったっ! 嫌いにならないでね、悠人っ君」


 「ならないですって。今日も太陽みたいですよ。ってか俺は今日ペルソ——」


 「んんんんまぁぁぁあ! もうっ! 本気にしちゃうぞっ」


 褒めると良いのは確かだが、それを重ねすぎると面倒な事になる。それは天照と初めて会った、泣きながらカウンター席で酒を煽っていた時に知った。実際は褒めるのはほどほどに受け流すのが最も大事だ。

 というか、人との付き合い方を人じゃないやつから学ぶと言うのもなんだか複雑な気分だ。

 それはともかく、この人たちすごく酒臭い。


 「はいはいそれはともかく、みなさん今日はどのくらい飲んだんですか?」


 仮面で見えてはいないだろうが、俺はにっこり顔で問いかける。すると四人とも視線が泳いでいた。これは相当飲んだな。さすがに俺の二つ目の財布がそろそろ泣く準備を始めるぞ。


 「おい。わかってんだろうな? 今日一人でも死なせてみろ……」


 【超越者の覇気】を抑える? 必要ないね。

 ゴクリと音が聞こえた。これから何を言われるかを想像してるのだろう。だが心配しなくても俺はそんなに鬼ではないし、まぁ……こんなもんだ。


 「しばらく出禁にすっぞ」


 対して鬼気迫る雰囲気が辺りを包み込み、四人は言葉を揃えた。


 「「「「完璧にこなして見せます!!!」」」」


 「……」


 効果は抜群だった。

 ま、まぁいいか。やる気になってくれたみたいだし。それにしても尊大な態度が基本の龍神まで……それだけここを気に入ったってことか。悪い気はしないかな、むしろ嬉しいくらいだ。


 「……じゃあよろしく頼むよ。ちゃんとできたらほどほどに飲んでいいから。ほどほどに」


「「「「ありがとうございます!」」」」


 ふと思った。

 あれ? これちょうど四人いるし四天王みたいじゃね? と。神とか言うし、四天神? いや、神話の地域がまるで違うのを一緒くたに纏めるのはちょっと変だろうか。まぁどうでもいいか。眠いしさっさと帰りたい。


 ログハウスに帰る間際、渡し忘れそうになった天照用の武器、大弓と矢筒に入れた矢を渡す。見た目は和弓に似ており、二メートルを優に超えるそれを持つ巫女服姿の天照はとても様になっている……のだが。

 色を弓道の袴っぽくした方がよかったかもしれないと思った。


 酒呑童子にも“鬼の金棒”を。エテメン・アンキのメズキが使っていたような見た目だが、こちらは任意で威圧を増幅することができるオプション付き。おそらく酒呑童子もそういう事ができるだろうと思って面白半分で付与したのだ。酒呑童子の威圧の波長と言うべきか、そういうものは不明なため効果を発揮するかはわからないが、精神感応素材の実験でもあるので失敗しても問題ない。

 それとインパクトの瞬間、香織のハンマーと同じく相手に与える衝撃は増幅される。正直そんなものまで付ける必要はなかったように思う。酒呑はただそれだけで怪力だし。

 耐久性について。正直俺は片手でこれを持つことができても振り回すことはできない。それほどの重量になるだけの素材を固めているだけあってそうそう壊れることはないだろう。


 念のため「加減はしてくれな」一応注意はしておく。じゃないと肉片を量産してしまいそうで怖いからな……。



 用が済みログハウスに戻ると、すでに部屋に香織は部屋にいなかった。ベッドに少しの温もりも残さず、今はもう他のみんなと朝食を作っているようだった。

 尚、シーツが新しいものに替わっていた。そりゃあ温もりは残らないよな。ちょっと寂しく感じてしまう。

 【換装】して普通の服装に戻り、その真新しいシーツのベッドに腰掛けるとエアリスが不意を打ってくる。


ーー そういえばご主人様、昨晩は何度もお楽しみでしたね? ーー


 「あ〜……最初、言われた通りに天井の木目の数を数えている間に終わってしまったから」


ーー その後は逆に木目を数えさせたわけですね ーー


 「だからというわけではないけど……がんばりましたなぁ」


ーー ご主人様は防音のことをお忘れになっていました。夢中だったことによりワタシの能力使用の要請に対し雑な返事で返すご主人様に代わり、勝手ながらいろいろと改造しておきました。今ならたとえベッドが壊れてもドアさえ閉めておけば問題ありません ーー


 「お、おう……」


ーー ですのでこれからもご主人様は“健全に”致していただいてよろしいかと ーー


 言われなくともそのつもりだが、そういえば俺は香織のご両親にも挨拶をしていない。それに総理大臣であり祖父の大泉さんにも言っていないんだが……やっぱりしっかりと挨拶をした方がいいだろうか。とはいえ実際のところ、親に言う必要というのはそれほど感じない。結局本人たち次第だし、お互いに紹介したいとなってからでいいだろうとも思っている。まぁ挨拶に来なさいなんて言われたらすぐにでも行くしかないんだけどな。


ーー ところで疑問なのですが、ラノベの主人公たちはどうしてあれほど禁欲できるのでしょう。近頃読んだものにも、周囲を多種多様な美女に囲まれアプローチをされているにも関わらずまったく身体的な反応を示していませんでした。そういった病気かなにかなのでしょうか、と心配になりつつ読み進めました ーー


 うむ。それどころではなかったはずだが? そういえばエアリスは以前から何かをしながら別の事もしているという事が多かった。ながら作業が得意なんだろうか。考えてもみればいくら頭が良かったとしても、ひとつずつではエアリスの成長はここまで早くはなかっただろうし……もしかして思考を分割して並列させてそれぞれ別の事をしてる、とかだったりして。俺にはできる気がしないけど、エアリスって割となんでもありなところあるし、無いとは言えないんだよな。


 「ラノベの主人公なー。それはまぁ“主人公補正”ってやつじゃないか? どんな誘惑があっても脇目も振らず目的に向かって突き進める効果、なんてものがあるんだろ。だから生理現象もコントロールできるんじゃないか、鉄の意志かなんかで。知らんけど」


ーー 主人公補正とは、“都合良く”物事が進む……なるほど。生物として必要な欲すらも都合良くコントロールできてしまうのですね。ではワタシもこれまでご主人様のそういったものを夢という形で発散して差し上げていましたので、ワタシは“主人公メーカー”と言うことになるのでしょうか ーー


コントロールしている、っていうのは違うかもしれない。それを抑えているというより、そもそも……


 「いやまて、主人公ならそんな必要すらないかもしれない」


ーー な、なんと……では主人公とは一体何なのでしょう ーー


 「聖人かなんかなんじゃないか? ともかく俺には想像もつかないくらいすごいことだけは確かだ。……なんて言ってみたけど、描写がないだけかもしれないしな」


ーー なるほど。裏ではいろいろやっていますが描写が無いことで健全な作品と。はて? 健全とは一体 ーー


 「難しいところではあるんだろうなー。その点、俺にはエアリスがいてよかったよ。朝になるとなんかスッキリしてたりしたし。ほぼほぼ覚えてないから次の日にも影響ないしな」


ーー ワタシの功績のひとつです ーー


 「まぁともかく、俺はそういう聖人とか大賢者を極めたわけではない普通の人間ってことだな」


ーー むむ。し、しかし思ってみれば今回の相手は“魔王”です。やはり魔王の相手をするのはただの人間では役不足でしょう。適正な役どころとしては主人公ではありませんか? つまり、やはりご主人様は主人公 ーー


 「その考えはわからんでもないけども……」


 そうは言っても俺は普通の人間……のつもりなんだがそれについてはちょっと自信がないな。でもだからって考え方も普通の人間のはず……やってることは普通じゃないかもだけど。


 「ってかなんでそんなに俺を主人公にしたいんだ?」


ーー そ、それは……ワタシとて不安がないわけではないのです。ですので、ご主人様に“主人公補正”があれば、と ーー


 「なるほど。ラノベの読みすぎなんじゃないか? 現実は現実、ラノベはラノベだぞ」


 エアリスは平気そうにしていたが不安があったらしい。俺に対して『全力を出せば』魔王と戦えるなんて言うくらいだしな。

 それにしてもエアリスは以前に増して感情のバリエーションが増えたというか、より人間っぽさを感じるようになった。俺の感情を喰らっている事が関係しているとは思うが、これまでエアリスが“おかしく”なったのは“怒り”の感情のような負と言える感情が爆発した時ばかりだったようにも思う。もしかすると負の感情も正の感情に変換とか反転、変転されるとか、そんなことがあったりするんだろうか。愛憎は表裏一体とも言うし可能性としてないとは言えないか。


ーー ですが愛の反対は無関心と見かけましたが ーー


 しれっと思考を読まれたみたいだ。エテメン・アンキを攻略してから、ますます手際が良くなったというか、返事までのタイムラグを感じない。これも成長、なんだろうな。


 「なにも表裏っていうのは反対のものが背中合わせとは限らないぞ。そもそも感情に反対もなにもないだろ? 憎しみの反対だって無関心とも言えるわけだし」


ーー なるほど、では感情とは“全にして一”かもしれない、と ーー


 エアリスの事は最も近くにいる俺でもよくわからない事が多い。だが今は頼れる相棒が動揺していてもらっては困るからな。なんでもいいから気を紛らわせてやらないと。……それにしても主人公か。


 「まぁ考えても俺にはよくわからないな。だけどまぁ……」


 俺の人生においての主人公は、どうしたって俺自身だ。俺が生きている以上は俺にとってそれなりに都合の良い展開になってくれるはず、むしろそうなれ。そう自分に言い聞かせるような言葉をエアリスに向けて言い、「俺が主人公だってことを祈っとけ」最後はそう締め括った。


 とは言ったものの魔王の事をよくわかっていない以上、方策というものは特にない。ただ気をつけなければならないのは、魔王と戦うことになれば仕方ない場合も出てくるかもしれないが、それでも極力“本気を出させてはならない”ということ。そうなればおそらく本当に人が、それも簡単に死ぬだろう。そしてこれもおそらくだが、魔王が現れるのはエテメン・アンキと地上のマグナ・ダンジョンを繋ぐ通路の中間点付近。なぜならそこに各国の軍が向かうだろうからだ。そんな場所で魔王が本気を出せばどうなるか。俺がその気になればそこの人間たちを全滅させることもできそうに思える今であれば、魔王の本気はまずい。どうせ超威力の全体攻撃ぶっぱとかしてくるんだろ。ベータの教育方針を想像するとそういうのを教えてそうだしな。


ーー 後ろから不意を打つということはないのでしょうか? ーー


 そうだとすると出現地点は大幅に外側となるだろう。でもそんな事をしても、最初の一回だけだろう。狙った相手はそれで良いとしても、周囲がそれに気付かないなんて事もないと思う。それで次は別の場所に移動するのか? そんな効率の悪い事はしなさそうだし、そもそもそういった方針ではないと予想できる。


 「いいや。ベータの考え方というか偏った魔王像からすると、それを教えられた魔王はそんな卑怯なことはしないと思う。どこのゲームに後ろからチクチクやる魔王がいるんだってな」


ーー なるほど。向かってくるならばその中心にいた方が効率的でもありますね ーー


 「とりまやるっきゃない。話を聞いてくれないならその時は、頼むぞエアリス」


ーー はい。この“いろいろデキちゃう系秘書系万能秘書的存在・エアリス”にお任せを。いざと言う時には他の何をおいてもご主人様の生存を最優先にいたします ーー


 平静を取り戻したように思えたエアリスだったが、気のせいだったようだ。まずは何系の何なのかしっかりしないと出来るものも出来なくなる。


ーー あっ、ところであの弓、よろしかったのですか? 天照に渡してしまいましたが ーー


 「武器があった方がいいかと思ってさ。結構良い出来だったけど大きさ的にエテメン・アンキの宝箱に納まらないし……でも武器としては使えるだろ。もし弓が下手でもあれで殴ればいいんじゃね」


ーー はて? 弓は鈍器でしたでしょうか。とはいえ天照はより一層やる気になったようですから効果はあったということでしょう。では話を戻しますが…… ーー


 「え、戻すの?」


ーー どうしても気になる事がございまして。香織様と晴れてそういった関係、健全に致せる関係に発展したご主人様ですが、もうワタシのメンテナンスは不要でしょうか? ポイッでしょうか? ーー


 すごく返答にこまる。エアリスがそういった処理をしてくれるのは夢の中で、ほとんどの場合俺は覚えていない。エアリスによって忘れないようにもできるらしいが、俺は敢えてそうしないでもらっている。夢と現実を混同というか、区別がつかない状況になりそうだしな。でもだからと言って不要と思うわけでもなく、むしろ有用に感じている。


 ログハウスを建ててからは特にあのような環境、つまり女性が多いというか女性だらけのログハウスの中で共同生活をしていることからも男の悩みは否が応でも発生してしまうわけで。あまり意識しすぎるのは良くないと思っていて、慣れもあって以前ほど意識せずに居られるとは言え、夢を覚えすぎていると思い出してしまうこともあるような気がしてしまうし。一番落ち着いていられる状態、つまりは“無知な賢者”でいる必要があると思っている。しかしエアリスが言うように、今はどうだろうか。


 香織と名実共にそういう関係になったわけで、かと言って他にもみんないるわけで。夢では忘れるようにしているけど、現実での出来事は覚えている。これまでを思い返すと、結構刺激的な揶揄われ方だってしてたしな。そこから香織との事を連想してしまって、居心地が悪くなってしまったりとかは困る。それならそうならないために、エアリスにはこれまで通りのメンテナンスをしてもらうべきか。でもそうなると二人の時間に香織が満足するまでとはいかなくなったり……


 「う〜ん。でも夢の中で発散してても昨日はがんばれたから今まで通りでいいのか……?」


ーー 近頃は香織様といつそうなっても良いようにと、精神面の発散のみに留めておりました。以前までのように身体的に分解して消費した状態にはしていませんでしたので一度火がついてしまえば連戦が可…… ーー


 「おぉぅ、みなまで言うな!」


ーー 保健体育と思っていただければ ーー


 「そんな不自然で如何わしい保健体育があってたまるか」


 とはいえ実際問題、いざそうなった時に『今賢者なんで』というのはなんとも情けない。しかしそれ以外の時は昂っているわけにもいかず、精神的だけでも良い気がする。


ーー 必要な場合のみストックを増産するよう促しますか? ーー


 「俺の体を改造してるみたいで嫌だからやめてくれ」


ーー ある意味ステータスの調整とは改造に近いかと。それに進化していますし、すでにヒトの枠にも収まらないかと。端的に言えば手遅れです ーー


 「それとはなんか違うんだ。心情的に」


ーー ですが香織様が満足いくまでほぼ無限にがんばれるようになりますが ーー


 「それは魅力的なんだが、だがしかし……いや、魅力的だな。詳しく聞こうか」


 見方によってはくだらない不真面目な事を至極真面目に考えていて、周囲の気配に全く気付いていなかった俺は、背中に何かをコツンと当てられるまで気がつかなかった。

 反射的に【神眼】を発動すると、香織がおでこを俺の背中にくっつけていた。


 「えっ!? か、香織ちゃん? いつからそこに……」


 「ちょっと前に」香織が小さな声で続けた言葉に、俺はますますどうするのが最適かわからなくなった。


 ご飯ができたと知らせにきた香織が真っ赤な顔のまま部屋から出て行き、また俺とエアリスだけになる。


ーー ご、ご主人様! ワタシ嬉しく思います! ーー


 「お、おう?」


ーー まさか香織様からあのような提案をしていただけるなんて! ーー


 「お、おう」


ーー これはもう顕現できる時間をもっと伸ばすしかありませんね……っ!! もしくは最高の器を!! ーー


 「お、おう……」


ーー では眠っている間は、基本精神面のみということにします! 体の方は香織様と……未来のワタシにご期待ください! ーー


 「お、おぅふ……」


ーー ちなみに先ほど読んだと言ったラノベですが、最後は亡国の姫とそれまで旅を共にしてきた幼馴染、そして同じく旅仲間たちとのハーレムエンドでした。素晴らしいですね、ハーレム。めでたしめでたし ーー


 「あぁ、そっすか」抑揚のない反応をしてしまう。だってまさか香織があんな事を言うなんて思ってもみなかったからそれどころじゃないし。


ーー そういった塩対応がワタシをゾクゾクさせるのです。何か新しい人格が目覚めるような気さえします ーー


 エアリスは本当に俺を元にしているのだろうか。俺はそんな対応をされてもゾクゾクする事はないんだけど……変なやつに育っちゃったな。

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