第142話 第一回攻城戦2


 参加者たちは順調に進んでいる。特に軍曹率いるマグナカフェの面々は破竹の勢いだ。

 普段よりも難易度を下げているとはいえもう4階に到達していて宝箱を開けている様子も生中継されているな。中に入っていたのは双短剣、名前はないが斬れ味耐久どちらを取ってもかなり上等だ。


 北の国のアレクセイたちは動きがよくなっていた。軍曹たちが3階のボスを倒すのを観戦し、自分たちも戦うことを選択、そして今アレクセイが先ほど宝箱から手に入れたばかりの長剣でゴブリンキングにトドメを刺した。

 大陸の国の面々は2階でボスと戦うことを選択、しかしメズキに苦戦しているようだ。それもそのはず、リーダーの李菲菲以外は銃火器に頼っているためあまりダメージを与えられていないようだ。近接戦闘スタイルの李菲菲は攻撃をしては反撃される前に退き、そこへ銃弾が雨霰と襲いかかる。所謂ヒットアンドアウェイで削っている状態だ。しかし馬面巨体のメズキはタフであり、豆鉄砲や体重の乗っていない軽い一撃などは意に介さない。タフネスを存分に生かし手に持つ金属製のトゲ付き棍棒を横なぎに振るいながら突進を繰り返していた。


 そんな彼女たちを見守る日本の探検者たち。ボスが存在している状態では次の階層へ行くことができず、戦闘が長引いているために足止めされているのだ。手伝おうか、共闘しようか、という声が掛けられているが、残念ながら彼女たちは日本語がわからない。わかったとして銃も持たない平和ボケの日本人が何の役に立つのかと協力を突っぱねることだろう。


 「せめてここで成果を……アイテムを持ち帰るくらいしないとやばいのよ」


 李菲菲の呟きは誰にも聴こえないが、他のメンバーたちも同じ気持ちだ。それぞれが何かしらの理由があってダンジョンに来ており、それは半ば強制的だったりする。未だにこれといって成果を上げられていない彼女たちは、成果がほしくてたまらないのだ。


 マガジンを手から溢した男がそれを拾い上げようとしたところへメズキがトゲ付き棍棒を振りかぶる。次の瞬間、男はミンチになってしまったがその光景は一瞬だ。死亡判定によりその場から消え、脱落者ルームにて復活する。

 仲間がやられたことで一瞬足を止めてしまった女は、投げつけられたトゲ付き棍棒と共に壁まで吹き飛んだ。激突した彼女は先ほどの男と同じような結果となった。

 次々と仲間をやられ、残すは李菲菲のみ。彼女は超越者でありそれは普通の人間と一線を画すなにかしらの強さを持つことを意味するがしかし膂力が足りない。彼女の倍ほどもある巨体を持つメズキの鳩尾を狙い斜め上へと渾身の掌打を放ちドスンと衝撃音が響きメズキは口の端から血を一筋流す。ダメージは小さくない。彼女を掴もうと前屈みになったところへ合わせた掌打はメズキ自身の体重と勢いも加わったことにより、むしろこれまでで最大のダメージを与えた。しかしそれでも彼女はメズキに敵わない。


 掴むことをやめ思い切り振りかぶられたメズキの剛腕、そして繰り出されるであろう単純な殴打。李菲菲は終わりを意識し目を瞑った。


 「おやおや、なってませんねぇ」


 穏やかな女性の……しかも年配の女性の声がした。李菲菲は日本語がわからないため何を言っているのかわからなかったが、不思議と安心感を覚える声に聞こえていた。

 何かが降り注ぐ感覚に、雨?そんなことを思いながら恐る恐る目を開けた李菲菲は、目の前で馬面の首から上が地面に落ちていく様を目にする。驚いているとそれをしたであろう帽子を目深にかぶり不自然なほど大きなサングラスを掛けた、背中に長い棒のようなものを背負った老婆から声を掛けられる。


 「おやおや、かわいい顔が汚れちゃったわね。これあなたにあげるから、ちゃんと拭きなさいね。おや? これが宝箱ね。これもあなたにあげようねぇ、怪物相手にがんばったものねぇ」


 まるで吹き出すメズキの血を雨とでも言うかのように日傘をさしている老婆。その老婆から差し出された上品な白いハンカチで顔を拭うと、ベッタリとメズキの血が付いていた。その時彼女は「高そうなハンカチ……これ洗濯して落ちるかな」と思っていた。何せ彼女は日本語がまったくわからない。そのため「謝謝」と口にするのがやっとだった。

 メズキはダンジョンに吸い込まれるように消えていき、降り注いだ血の雨もそのほとんどが蒸発するように消えていった。ハンカチに付いた血も消え去り、これくらいなら綺麗にできそうだと少しほっとする菲菲であった。そんな彼女にサングラス老婆は優しく微笑みかけている。


 その老婆とは、お忍びで参加していた初枝さんだった。


 「おい、エアリス」


ーー はい、なんでしょうか? ーー


 「なぜ初枝さんが参加しているんだ?」


ーー なぜでしょうね? ーー


 「みんなは知ってた?」


 俺の質問にその場にいた全員が顔を横に振った。というか俺と同じくらい動揺している。特に香織などは今にも泣きそうだ。


 「おいエアリス」


ーー はい、どうしました? ーー


 「お前の仕業だろ?」


ーー なぜそう思われるのでしょう? ーー


 「なぜもくそもあるかー!」


ーー それほど問題があるとは思えませんが…… ーー


 正直大問題だ。現総理夫人が居て良い場所ではないだろう。こんなの、エアリス以外にはあり得ないだろう。仮にそうでなかったとして、参加者を精査したエアリスであれば気付かないはずはないのだ。しかしエアリスは悪びれる様子もなく淡々と説明した。


ーー 開催が決まってすぐ、初枝様がマグナカフェを訪れたのですが、その目的が攻城戦への参加申請でした。もちろん受付では断られていて、初枝様は落ち込んだ様子で帰っていったのです。あまりにかわいそうだなー不憫だなーと思った心優しいワタシは、マスターのスマホをお借りして連絡を取りました。無用な戦闘をしないこと、目立たないこと、正体を知られないこと、香織様が悲しむので一切の怪我を負わないことを条件にアイテム作りのためにマスターの体をお借りした際にこっそり潜り込ませたのです ーー


 「無用な戦闘じゃね? 目立ってね? 正体は……今のとこ俺らくらいにしかバレてなさそうだけど。怪我は……ないな、ならいいか。はははっ、初枝さんが強くて良かった〜……ってよくねぇ」


ーー そうですねぇ。初枝様は制御不能ですねー。困りましたねぇ〜 ーー


 「ならもう少し困ってそうにしろよ……。あっ、香織ちゃん、すぐになんとかするから泣かないでね?」


 「そ、そうじゃないんです。昨日おばあちゃんから電話がきて、近いうちに腕が鈍ってないか見に行くって言われてたんです」


 「え……? それってやる気満々なんじゃあ……」


 「そうだと思います。おばあちゃんの狙いは……香織です」


 どうやら初枝さん、あまりエアリスからの要求を守るつもりはないようだ。まぁ最悪参加者たちに正体を知られるようなことにならなければ……いいのだろうか? というか雨でも避けるように傘をさしてるし、血を見ることに慣れすぎでは。初枝さん、恐ろしい老婆。


 「ということで緊急作戦会議を開きます。議題は初枝さんを穏便にこっそりとひっそ〜りとご退場いただくための手段です。ではどうぞ」


 誰も手を挙げない。どうしよう。


 「やっぱり香織が……相手するしか」


 「いやそれは」


 「昨日言われた他に聞かれたことがあるんです。エテメン・アンキでは死んでも大丈夫なのよね? って……」


 「……マジでヤる気じゃん」


ーー 大人しく香織様が相手をするのが無難ですが……どうしてもというならマスターが本気を出して強制転送させましょう。薙刀・桔梗を持つ初枝様は【拒絶する不可侵の壁】を使用してもいつまでも防げるとは限りませんので腕の一本くらいは覚悟していただく必要がありますが ーー


 「う〜ん、仕方ないな」


 「悠人さん……」


 「家族と……大事なおばあちゃんと殺し合いみたいなことはさせたくないから、エアリスの言う通り腕の一本持ってかれるつもりで退場してもらうよ」


 「腕一本って、結構痛いっすよー? 地面がどこかわからなくなる程度には」


 経験者の杏奈が語るのだから相当なものなのだろう。うーん、すでに幻痛が痛い。


 「星銀の指輪とか転移の珠を持っていない初枝さんを強制転移させるってなると少し時間がかかるし、その間に持ってかれそうな気がするなぁ。薙刀・桔梗と撫子は【拒絶する不可侵の壁】を貫通できるように作っちゃったから尚更ね。でもそうなっても【不可逆の改竄】でなんとかなるし……」


ーー ワタシの力作、薙刀・桔梗ですからね、綺麗な断面になるかと。逆に言えば斬り飛ばされた腕を物理的に接触させることで【不可逆の改竄】により効率的に短時間で治せます。痛いのは一瞬だけです ーー


 「ん〜……あれ? でもお兄さん、初枝さんに指輪作ってあげてませんでした?」


 「総理がプレゼントしたやつな。あれなー、【不可逆の改竄】と【拒絶する不可侵の壁】しかつけてないんだよ。転移機能つけてないのは失敗だったかな。でもそんなのつけたらさ……」


 「初枝さんが伝説になりそうっすよねぇ……」


 「まぁすでに伝説級な気がするけどな。メズキをあんなにあっさり倒せるのが老婆だなんて」


 「それならあたしらは全員伝説級っすか?」


 「自分たちしか知らないなら伝説にならないだろ。でも初枝さんは堂々とやっちまったしな」


 「香織さん、そういえば初枝さんってまだ道場してるんでしたっけ?」


 「ほとんどお弟子さんに任せてるけど、おばあちゃんもときどき腕が鈍らないようにってやってるみたいだよ」


 「現役っすか」


 「俺は腕を落とされずに帰ってこれるんだろうか……」


 まだ斬り落とされてもいない腕がすでに痛い気がしてくるが、少し我慢するだけだと自分に言い聞かせる。そんな中、香織が閃いたとばかりにこちらに笑顔を向けてきた。


 「どうしたの香織ちゃん?」


 「時間を稼げればいいんですよね?」


 「うん、ちょっとだけ。エアリス、どのくらい?」


ーー 十秒ほどかと ーー


 「それなら香織がその十秒稼ぎます!」


 それって結局香織が戦うということでは? と思ったが、笑顔で言う香織に俺は簡単に負けた。

 ということで作戦はこうだ。

 まず初枝さんが一人になるのを待つ。

 次に一人になったところで俺と香織が向かう。

 卑怯と言われようが先制攻撃&俺は初枝さんを捕まえる。おそらく両手を掴んでも油断はできないのでエアリスが強制転送させるまでの間は香織になんとかしてもらう、以上だ。


ーー それは作戦と言えるのでしょうか? ーー


 「エアリスは少し反省しろ」


ーー 反省……するべきでしょうか? ーー


 「するべきだ」


ーー そうですか。差し出がましいことをしてしまい申し訳ありません、香織様 ーー


 どういう意図があったのか知らないが、こういうことは本当に困るのでやめてほしい。俺の“進化”によってエアリスの自由度が増しているような気がして、これからも何かしでかすんじゃないかと戦々恐々としていた。


 それからしばらく経ち、俺たちは未だコア・ルームにいた。映像を見ながら初枝さんが一人になるタイミングを狙っているのだが、なかなか一人にならない。


 「次の階に行ったらスタート地点はランダムなんじゃないのか?」


ーー はい。基本ランダムです ーー


 「じゃあどうして3階も4階も初枝さんのところに菲菲がいる?」


ーー ランダムだからでしょう ーー


 「なるほど。そりゃひどいランダムだ」


 次の階層へ繋がる転送ポータルを通った直後なら初枝さんは一人になると踏んでいた。しかしなぜか菲菲が同じ場所からスタートになった。そしてさらにゆっくりと散歩でもするかのように歩く初枝さんを菲菲が護衛しながら歩いているような感じだ。そういえばパーティがどうして同じ場所に転送されるようになっているのかというとあらかじめパーティとして登録していること、もしくは仲間意識だそうだ。もしかしたら同じような理屈で初枝さんと菲菲が同じ場所に転送されているのかもしれない。


 そういえば何か忘れているような気がした俺はエアリスに尋ねてみた。


 「俺、何か忘れてないか?」


ーー なにをでしょう? ーー


 「ん〜、それがわからないんだ」


ーー 覗いたとしても忘れていることが何かということまではわからないのですが ーー


 うーんうーんと唸って考え込む俺にリナが話しかけてきた。額に手をあて熱がないか調べられているが、熱はない。というかなぜ熱があるのかもと思ったのだろうか。疑問に思ったがまぁそれはいい。


 「熱はないようですねー」


 「そりゃそうだろうね? ……あれ? そういえばリナ、さっきどこか行ってなかった?」


 「2階に行ってましたよー。玖内サンとは別の場所に行って、一組退場させてすぐ戻ってきたんです」


 「そうだったのか。玖内は……あれ?」


 狭いコア・ルームの中に玖内は見当たらない。まだ2階にいるのだろうか。それとも他の階に?


ーー 玖内様なら、すでに初枝様に成敗されましたよ ーー


 「え? いつの間に?」


ーー 2階に行ってすぐですね。運悪く初枝様ルートに行ってしまい、小手調べに攻撃を仕掛けたところを両断されていました ーー


 そうだ。俺は玖内を忘れていたのだ。喉の奥に刺さった魚の骨が取れたようなすっきり感があるな。


 「玖内はやられたのか。相手が初枝さんじゃなぁ〜」


 「しかーし! クナイはログハウスでサイジャクでーす!」


 「どこで覚えてくるんだよ……」


 「中川家です!」


 「でしょうね」


 中川家がどんな家庭なのか少し興味はあるがそれは置いといて。実際のところ最弱とは言えないかもしれないが、平均ステータス八十くらいの玖内が瞬殺か。まぁ初枝さんだからな、仕方ない。実際手合わせをした際、あの人はステータスの差を感じさせない実力があったからな。

 それにしても初枝さんが参加している件について、エアリスは敢えて知らせてこなかったのだろうな。あとでお仕置きが必要だな。エアリスに効果的なお仕置きなんてわからないが。


 とりあえず初枝さんのことは一旦横に置いておくことにした。

 エアリスに指示し、軍曹たちの映像を大きく表示してもらう。すると軍曹たちは今まさにメガタウロスと対峙していた。



 「あ〜、メガ牛ですね〜」

 「軍曹殿ー! 拙者達で戦いになるでありますか!?」

 「そうですよ〜、御影君が戦ってるところを見た限りじゃぁ、まだ俺たちには早いんでは?」

 「同意見です。そもそも……マッチョな牛人間よりも可憐な女子を見ていたい。……帰って良いですか?」


 軍曹がメガタウロスを見たのは、エテメン・アンキ前で悠人や一般の探検者たちと共に戦ったあのときだけだ。当時軍曹はまったく敵わないと感じていた。しかし今は不思議と以前よりも強そうに見えない。軍曹は思った。エテメン・アンキでの訓練によってメガタウロスを超えたのかもしれない、と。しかしそうではない。実際軍曹は強くなっているが、このメガタウロスは少し弱体化されているのだ。あの時のままであれば今の軍曹たちでさえ敵わない。

 勘違いに気付かない軍曹だが、今に限って言えばそれは悪いことではない。むしろ今目の前にいる弱体化されたメガタウロスと自分が対等に戦えると感じている感覚が間違いではないからだ。


 「気合を入れろ。見た目以上の膂力に見た目とは裏腹なすばしっこさがあるはずだ。メインは自分がやるからお前たちは援護を頼む。銃はおそらく……例によって効果が薄い。ここで手に入れた武器及び近接武器主軸で行け」


 軍曹の言葉を聞き引き締まった表情になる隊員たち。その目には先ほど軽口を叩いていた時のような緩さはない。そこに映るのは敵を射抜く矢尻の如く鋭い意思だ。


 「ッ!!!」


 両手に短剣を構えた軍曹が姿勢を低くし駆け、隊員の一人が腕に装着するタイプのショートボウから矢を撃ち出す。それを合図にクラン・マグナカフェとメガタウロスの戦いが始まった。



 「ほえー。なんかみんな、普段と違ってキリッとしてるなぁ。やっぱ自衛隊ってかっこいい。ってか俺の案でエアリスが作った武器使ってるんだな」


ーー 通常の弓であればショートボウでも両手が塞がってしまいますが、あのような形であれば他の武器を持ったまま矢を放てますね。扱いは難しいですが ーー


 「ボウガンは準備に時間がかかると思って考えたやつだったよな。扱いは難しそうだけど」


 エテメン・アンキの宝箱に入れておいた武器を使ってもらえているのは嬉しいものだ。矢が尽きれば自分で調達する必要があるが一緒に入れておいた矢はそう簡単には壊れないはずなので拾えば再利用が可能だ。 他の隊員たちも俺たちが作った武器を持っていて、実際に使っているところを見れているのは作った俺とエアリスにとって大きな収穫だ。作るだけ作ったため使用感などはまったくわからないからな。


 「軍人さんはかっこいいですねー」


 「リナはわからないと思うけど軍人っていうのはちょっと違うんだよ。ってか自衛隊が軍隊じゃないっていうのをわかる海外の人って逆に珍しいかもしれないけど」


 自衛隊は国土、国民を守る存在なわけだが基本的に災害救助で活躍している様子が目立つ。さらに国土の上でしか武力を行使しない事になっているが、そもそも武力を行使すること自体が珍しいどころの話ではないのだ。しかし海外から見るとどう考えても万能タイプの軍隊である。たとえ無人島に一人で取り残されても生き残るサバイバル技術があるし、インフラ未開発の地域にインフラを敷くこともしてしまったりする。海外からすれば俺たちが思っているのとは違い、軍事力として脅威に見えているのかもしれない。


 「お、軍曹たちがいる部屋に誰か来たな」


ーー どうやらこれまでもボスと戦わずに来たようですね ーー


 「エンジョイ勢かな?」


ーー 戦闘には消極的ではありますが、それはそれで楽しんでいるようですね。4階ボス部屋へも急いで来たようですし、軍曹たちがいると踏んで見に来たのでしょう ーー


 「ほー。あ、スマホのカメラで撮影してるな」


ーー やめさせますか? ーー


 「俺らも生中継とかしちゃってるしなぁ。でも軍曹たちが気付いたら気が散るかな? やっぱ撮影はやめさせた方がいいか」


ーー ではサプライズということで参戦しますか? ーー


 「それって他の参加者の相手を俺がしろと?」


ーー そういうことです ーー


 「わかった。じゃあ済んだら一旦戻るけど、すぐにセクレトのところに行くことになるのかな。でも、やっぱり人と戦いたくないならここに残って良いからね、みんな」


 返事を聞く前にメガタウロスの部屋へと転移する。転移した場所はスマホで撮影している一般参加者パーティの背後だ。誰にも気付かれぬまま背後から首の少し上をトンとしてやると、がくりと膝から崩れ落ちる。それをさらに三度繰り返すとそのパーティは全員戦闘不能になった。そのまま少し経つが、気絶した彼らは転送されずに倒れたままだ。これは死亡判定ではないからだろう。


 (いやぁ、まったく気付かれもしないな)


ーー 軍曹たちは気付いていますね ーー


 (でもこっちを見もしないところを見ると、目の前のメガタウロスで手一杯か。あっ、動画データは消しといてくれ)


ーー わかりました ーー


 初枝さんと、さも護衛でもしているかのような動きをしながら進む菲菲の二人もいずれここに来るだろう。菲菲が初枝さんと同じ場所に転送されたのは、もしかしたら仲間意識というか、そういったものをどちらかもしくは双方が持っていたからだろうと予想している。

 なんであれ二人がここに来る前に退散して5階に転送されたところで改めて初枝さんのところに行こうと思う。これまでを鑑みるに菲菲がもれなく付いてきそうだが、この際仕方ないと諦めよう。それとあまり使いたくはなかったが【真言】を使うことにする。いくら初枝さんでも強めに能力を使えば効果はあるはずだ。それに香織も一緒に行ってくれると言っているし問題なくお帰りいただけるはず。


 それから俺は次の参加者が来るまでの間、間近で軍曹たちとメガタウロスの戦いを観戦した。



一方コア・ルームでは女性陣が話をしていた。


 「リナ、ほんとうに大丈夫? 相手は同じ人間なんだよ?」


 「悠里さん……ほんとは大丈夫とはいえないかもしれないです。2階に行った時も、モンスターを相手にするのとはやっぱり違いました」


 「それならこの先は……ここにいて良いんだよ?」


 リナを心配する悠里の声は少し震えていた。


 「悠里さんだって緊張してるんすよね? 悠里さんも無理しないでここで待っててもいいんすよ?」


 「そういう杏奈も顔が引き攣ってるよ? 杏奈だって待ってたほうがいいかも?」


 悠里、杏奈、香織、三人は大っぴらには口にしないが、それぞれがモンスターではない人を相手にするということに緊張や忌避感を感じている。それを隠すように気丈に振舞うのは、なにもこの中で一番年少であるリナのためだけではない。


 「何言ってんすか香織さん。あたしたちはお兄さんをほっといちゃいけないんすよ」


 「うん、それはわかる」


 「でも悠人はどっちにしてもどこかに行っちゃいそうだけどね」


 「……だからってほっとくわけにはいかないから、誰かが同じ目線で見れる場所にいてあげなきゃならないんすよ」


 悠人本人はそんなつもりはないのだが、みんなから見た悠人は一人にしてしまえばどこかに行ってしまいそうで、かと言って飛んでいかないように足を引っ張ってしまいたいというわけでもない。いや、時々足を引っ張ってでもと思ってはいるが、基本的には悠人が自由にしているのを見るのが好きなのだ。


 「みなさんも人と戦うって、不安なんですね」


 「ないとは言えないっすね。ってかぶっちゃけ嫌っす。本気でやったらすごいグロ画像になっちゃいそうで」


 「香織も薙刀じゃなくてハンマーにしようかな……?」


 「それ、もっとグロくないっすか? ミンチっすよミンチ」


 さくらはその様子を見ながらチビを撫でている。この中で最も動じていないのはさくらであり、自衛官という職業柄メンタルの鬼なのだ。

 チビはもちろん、クロも特に思うところはなさそうで、ソファーに座り足をパタパタさせながら楽しげに映像を見ている。


 「とにかくさ、少しくらい不安はあっても私はなるべく悠人の近くにいてあげるつもりだよ」


 「あれ? やっぱ悠里さん、お兄さんのことが……」


 「かもしれないって思ったことはあったけど、友達だからだよ」


 「そうなんすか。あたしは好きっすよ? むしろラブっす。ぶっちゃけみんなが脱落してくれたらあたしがお兄さんの童貞をもらうんでそれでも構わないっす」


 「ゆ、悠人さんの……ど、ど……悠人さんが……ど」


 「何言ってんの。童貞じゃないでしょ?」


 「そうなんすか!? 揶揄うといつもそれっぽいリアクションだったんでそうかと思ったんすけど」


 「ゆ、悠人さんは……ど……じゃない……どう……じゃない…ッ!?」


 ブツブツとなにかを繰り返しつぶやく香織の様子に、やっちゃったかな? と思う悠里は心の中でプライベートを暴露してしまったことを悠人に謝った。


 「そういうことで、怖気付いた人はここで留守番してるといいっす。あたしはお兄さん好き好きパワーでがんばるんで。それで活躍して褒めてもらうんす! そしてそのままベッドへ……うへへ」


 「か、香織だってスキスキーだし! それに、すぐ慣れるから杏奈よりついていけるし! ってか杏奈飛躍しすぎじゃない!?」


 「香織さんの能力、たしかにお兄さんのやることに慣れるって意味では最強っすもんねー」


 「私も行くよ。二人をほっとくのも不安だし。それに私の魔法はみんなのサポートができるからね」


 元雑貨屋連合の三人娘が5階での参戦を決める様子を見たリナは、なんとも頼もしく思っていた。不安はある。それは自分よりも強い相手に負けるとかそういうことではなく、人を敵とすることに対してのものだ。それはなにもリナだけにあるものではなく、ログハウスの面々にも、一般の探検者たちにもあることだ。しかしリナは目の前の三人と一緒に行きたいと思った。


 「私もお姉さんたちと一緒にいきたいです!」


 胸の前で手を組んだリナの満面の笑顔から放たれたその一言に、お姉さんたちはノックアウトされた。守りたい、この笑顔。である。


 さくらとチビ、そしてもちろんクロは特に思うところなくいつでも参戦するつもりだ。クロの場合は今回は6階だけになりそうだが、人と戦うことに関してはチビと同じく忌避感など持ち合わせてはいない。それにエテメン・アンキ地下闘技場にて特訓を重ねたことで痛みにも多少強くなった。

 四人が同種であるヒトと戦うことに忌避感はあっても悠人と並んでいるためには仕方ないと割り切る様子に、実は聞き耳を立てながら参加者たちの映像を見ていたクロの口角は自然と上がり、目には焔が宿っていた。

 

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