第141話 第一回攻城戦1


 エテメン・アンキ攻城戦を翌日に控え、俺は悠里から呼び出しを受けていた。場所は喫茶・ゆーとぴあ、山里さんや菲菲が勤務中に休憩するための部屋だ。泊まり込みや住み込みの予定はなかったためベッドなどは置かれておらず椅子とテーブルのみだが、山里さんの息子・ガイアがよく来ていることもありディスプレイとゲーム機が置いてある。部屋の外からは探検者たちの賑やかな声が聴こえ、そんな中俺は正座していた。


 「それで……なんでしょうか?」


 恐縮してしまっていたためそんな口調になってしまったが、無理もないと思う。だって目の前には悠里、香織、杏奈、さくら、山里さんがいてこちらを見おろしているのだ。


 「み、御影さん、そんなにかしこまらないでください。むしろお願いしたいことがあって……」


 山里さんがなにやら申し訳なさそうに眉を八の字にして前屈みになり俺を立ち上がらせようとしている。首元からの景色に視線を釘付けにされてしまった気がするし着痩せするタイプかな、などと思ったのは気のせいだ。気のせいではないとしても一瞬だ。


 「ごめんごめん、ログハウスに帰ってる暇がなくてこっちに来てもらっただけだよ」


 なーんだそうだったのかー。しかしオープンから九日が経ち客足が途絶えることなく盛況なのだが、なにか困ったことがあるのだろうか?


 「あの、悠人さん、お客さんがたくさん来てくれるのはいいんですけど」


 「多すぎて手が回らないっていうか、あたしたちずっとここの店員さんしてるんすよねー」


 「ということで、誰かいい人いないかしら?」


 香織、杏奈、さくらがリレー形式で話していく。

 なるほど。たしかに最近ログハウスにみんながいなかった。それどころかチビもマスコットとして小型化した状態で喫茶・ゆーとぴあで愛想を振りまくお仕事をしている一方、俺は一人でエテメン・アンキの宝箱に入れるアイテムをせっせと作って遊んでいたのだ。ちなみにフェリシアは耳が尖っているというだけでも話題性が強すぎるのでログハウスで俺と一緒にお留守番をしていた。


 みんなが言いたことはわかったぞ。俺にスタッフを勧誘してこいというのだな? フハハハハ……無理に決まってるだろう。


 「言いたいことはわかったけど、俺にそんな人脈はないんだよね……」


 申し訳なく言うと悠里がそれを見越したように言う。さすがよくわかってらっしゃる。


 「うん、それは知ってる。でさ、お客さんとして来てた人の中に、住み込みで働きたいっていう人が結構いてね」


 「マジか? でも人件費大丈夫なの?」


 「これだけ繁盛してたらそのくらいは大丈夫だよ」


 「そんなに儲かってるんかー。あ、ちゃんと信用できる人たち?」


 「たぶん大丈夫だとは思うんだけどさ、あとひと押しがほしいんだよね」


ーー “宣誓”をさせてほしいということかと ーー


 突然聴こえた声に山里さんはキョロキョロとしていたが、放っておくことにした。じきに慣れるだろうし。


 「な〜るほど。ってかそんなことならわざわざ呼ばなくてもいいのに。じゃあ面接とかするだろうしその時にまた来るよ。あ、ペルソナが来るよ」


 山里さんがいるので一応訂正しておく。しなくても問題ないかもしれないが一応だ。


 「で、面接いつ予定?」


 「今からだよ。だから呼んだんだけどね」


 「あ、そなの。じゃあペルソナに……ペルソナを呼ぶから、俺は帰るね」


 大事なことなので直接、というわけではなかったようだ。すでに決定事項ということだな。さすが我が社の社長は決断が早い。


 一旦部屋を出てペルソナに換装し、わざとらしくエッセンスの黒い風を多めに渦巻かせた転移で部屋に戻った。そうしなければ悠里は気付かずびっくりするし、普通の人である山里さんもだろう。演出は大事なのだ。


 「……来たね。じゃあ面接するから、みんなはここで待っててね」


 少し派手に演出したおかげでいつもほどは驚かなかった悠里が部屋を出て少しすると五人の男女を伴って戻ってきた。他にも希望者はいたが、事前にみんなが篩(ふるい)に掛けていたようだ。

 ちなみに山里さんは初めて見た黒ずくめ黒仮面の男に驚き、絶句していた。


 男性二名、女性三名。三十代の二人の男女と二十代の他三名だ。やはりペルソナは異質に見えるらしく、山里さんと同じような反応だった。

 悠里が代表で、俺(ペルソナ)が補佐ということにしている。こちらの要件が書かれた紙を手渡す際、さりげなく一瞬だけ触れておく。

 隣り合って座っている三十代コンビはどうやら恋人同士らしく、20層へは他のパーティメンバーと一緒に来たらしい。しかし他の人たちはサラリーマンで、これ以上仕事は休めないとマグナ・ダンジョンへと出て地上ルートで帰ったようだ。兼業探検者というわけか。実は儲かる?

 二十代の三人はパーティを組んだ仲間同士であり、姉弟の関係だ。元気の良い姉二人と少し大人しめな印象の弟君だが、この中で一番の戦力が弟君なのは間違いない。なぜならエアリスがそう伝えてきているからだ。


ーー ふむ。みなさん実力がそれなりにあるようですね。弟君は……おや、これは ーー


 (どうした?)


ーー マスター、この弟君だけは雇いましょう。家事万能系な上に防御向きの能力者です ーー


 (ほぉ。姉二人は?)


ーー 弟君がいなければここへ辿り着けはしなかったでしょうが、愛想はありますし問題ないでしょう ーー


 (じゃあ三十代のお兄さんとお姉さんは?)


ーー こちらもお買い得ですね。能力やステータスは平凡ですが、二人ともそこそこ料理に自信があるようですし揃って元ホテル従業員です。それに見てください、職業欄に探検者と書いてあります ーー


 (なるほど。地上では無職、と。俺と一緒だな。あ、ダンジョンジビエハンターって職になりますかね?)


ーー 競合相手が増えた今となっては怪しいところですね。ある意味探検者全てがダンジョンジビエハンターと言えますので、探検者を職業と認めたくない者にとっては無職と変わらない扱いでしょう ーー


 (よし、雇おう。真面目で良い人っぽいし)


 それから悠里他ログハウスメンバー、山里さんも、面接っぽい雰囲気を醸しながら話をしていた。それが終わりそれとなく“宣誓”をしてもらう。エアリスによればこの時に宣誓の内容に背こうという考えを持っていた場合はわかるらしいのだが、そのセンサーは反応しなかったようだ。


 (そういえば菲菲には宣誓してもらってないな)


ーー はい。拘束されていない状態で害意を持たないのであればそれで良いですし、持つようなら徹底的に潰せばいいだけと判断しましたので ーー


 (物騒だなぁ)


 菲菲もパートタイマーとしてそのままにすることになっている。新たに雇うことになったこの五人はそれなりに実力があるとは言え、喫茶・ゆーとぴあの安全が百パーセント保証できるとは言えない、そして住み込みとは言っても二十四時間勤務とするわけにもいかないからだ。ログハウスであれば他に人はいないが、ここにはお客さんがいる。その安全はできる限り保証したい。そうすることで儲けががっぽがっぽなのだ。守らないわけにはいくまい。


 新たに雇うことになった五人は山里さんの部下という扱いになる。山里さんは喫茶・ゆーとぴあの店長なのだから当然なのだが、当の本人は困惑していた。そのうち慣れるだろうとは思うが。


 ふとその五人の誰もが俺たち、特に雑貨屋連合の三人に握手やサインを求めなかったことを思い出した。悠里曰く「そういうのはその時点で弾いた」のだと。とは言ってもそれなりに有名人な三人娘を目の前にして、彼らが少し舞い上がっていたのは隠せていなかったが。



 用が済みログハウスへと戻ると、フェリシアが迎えてくれた。そしてさらにコーヒーを淹れてくれたのだ。


 「珍しいな、フェリが飲み物用意してくれるなんて。しかもコーヒー……うん、うまいな」


 「でしょでしょ? 意外な才能かな? みんな楽しそうだから、ボクも何かしたいと思ってさ」


 「これならすぐにでも店で出せるんじゃないか?」


 「インスタントコーヒーだけどいいの?」


 「インスタントコーヒーを淹れる才能とは……でもダンジョンの中だし、別段気にしなくてもいい点な気はするな。それよりもフェリの見た目が目立ちすぎることが問題だと思う」


 「やっぱり髪色派手かな? 人類って地味だもんね?」


 「いや、まぁそれもあるけど、耳がな」


 「……あっ、そういえばそうだね。うーん、ボクはエアリスみたいに器用にできないからな〜」


ーー 切り落としてしまうというのは? ーー


 「だめだろ。ってかエアリスが誤魔化せたりしないのか?」


ーー できませんね。現状、フェリシアの器への干渉は推奨しません。というか、髪の毛やアクセサリー、帽子等で隠せば良いのでは? ーー


 「バレなければそれでも良いけどリスクはあるよな。でもフェリは喫茶店の店員さん、やってみたいんだろ?」


 「うん! やってみたいな!」


 だろうと思った。普段何を考えているかよくわからないフェリシアだが、この時ばかりはどうしたいかを感じ取ることができて嬉しく思った。というのも何の意図もなく俺にコーヒーを淹れるフェリシアなど存在しないのだ。それに自分でやってみたいと言ってきたのは初めてかもしれないし、インスタントコーヒーを淹れる才能とやらを発揮してもらうのも悪くないだろう。

 満面の笑顔で店員さんになってみたいというフェリシアに思わず顔が綻ぶ。


 「どういう感じで隠そうか」


 ちょっと待っててと言い部屋へと戻っていった。少し経つと戻ってきたのだが、その服装に一瞬思考が止まった。ファッションに疎いのでなんというものかわからないが少し厚手のストッキングだろうか? その上にデニムのショートパンツを履いている。首元が広くつくられたトップスからは片方の肩が見えており、インナーの肩紐が見えている。なんとなくふわっとした印象とセクシーが共存しているように感じるな。でも……う〜ん、防御力が不安だな。


ーー 防御力はこの際考慮から外すべきかと ーー


 「あ、あぁ。そうだな、防具じゃないもんな」


 「悠人ちゃんったら、最近宝箱に入れる用の装備のことばかり考えすぎなんじゃないかな? 頭ダンジョンだね? そうだね?」


 「攻城戦が明日だからな。それまでできるだけ、一般の探検者に良い装備が回るようにしたかったんだよ。個人的な事情で」


 「ふ〜ん。で? どうどう?」


 「女の子って感じで良いと思うぞ。あとライブハウスに通ってそう」


 「杏奈がくれたんだよ〜。ライブに行くならこれ! って言ってた」


 「なるほどな。杏奈ちゃんの衣装コレクションの幅よ」


ーー 守備範囲広いですね ーー


 「防御範囲は少し足りない気がするけどな」


ーー そこから離れませんか? ーー


 ともかくその服装に合ったものがほしいようだ。んー、なにが合うのかわからんな。さっぱりだ。


 「香織がこの間着けてた帽子あるよね?」


 「ニット帽か? 俺の地元にある公民館ダンジョンに行ったときのな。それっぽくしたいのか?」


 「うんうん!」


 「じゃあそうだな、おっきめのパーカーもあるといいかもな。でもパーカーのフードがあるし、地上みたいに寒いわけでもないからなぁ」


 「二段構えなら安心感も二倍だよ!」


 「ふむ。フェリがいいならそれでもいいけど。んじゃまぁ作ってみるよ、エアリスが」


ーー せっかくですし、ご主人様も少し練習しましょう ーー


 「時間かかってもいいならな」


 「いいよ! 悠人が作ってくれるなら明日までくらいなら待つさ!」


 明日までか……あまり待つ気はないらしい。実際エアリスが全ての作業をしてしまえば一時間ほどでできると思うが、やはり俺は少しデザインに口を出すだけにしておこう。


 夜になりみんなが帰って来ると、それを待っていたフェリシアがみんなの前で全身を見せるように一回転する。ダボダボのパーカーを着て猫耳を付けたようなフォルムのニット帽から前髪が覗く。そしてパーカーのフードを被れば兎耳だ。そしてそれは好評で、特に杏奈は「合法幼女かわいい〜!」と言い抱きついていた。


 「というわけで、フェリも店員さんしたいんだってさ。よろしく悠里」


 「良いけど……変な人に気をつけるんだよ? 少し乱暴な人もいるみたいだからさ」


 「悠里は心配性だな〜。でも大丈夫、ボクが大人のレディだってことを知ることになるさ! それにこのパーカーには仕掛けがあって〜、この紐を引っ張ると……ほら! 防具仕様だってさ!」


 大人のレディかどうかは別として、エアリスが常に目を光らせているのだから大丈夫だろう。それにフェリシアが実践して見せたように、防具にもなるパーカーだ。普段はだぼだぼしているが、いざ首元の紐を引っ張れば体に合わせ縮む。縮むということはミスリル繊維の密度が増し、そうなると例えアイスピックで刺されてもその先端すら通さなくなるのだ。もちろんダメージがないわけではないが、刺さらないだけマシだろう。


 「でも問題があってね〜……やっぱりパーカーは少し暑いんだよ〜」


 「大丈夫っすよ。パーカーを脱いでもそういう服装にニット帽も合うっすから。なんなら他のもあるっすよ?」


 「あるの!?」


 「じゃあ部屋で試着っすね〜」


 う〜ん。最初から杏奈に全部丸投げすればよかったのでは? 高いコーヒー代だと思えばまぁいいか。



 翌日の早朝、夜番の菲菲と入れ違いに俺はフェリシアを連れ喫茶・ゆーとぴあへとやってきた。そして大きなディスプレイを喫茶スペースの一角に設置する。一応朝ということで少ない客とすでに来ていた山里さんが興味深そうに窺ってくるが、これは攻城戦の観戦用だ。

 攻城戦の様子は喫茶・ゆーとぴあでリアルタイム配信される。よくもまあいろいろなことを同時にできるなとエアリスに問うと、仮想演算領域が多重展開でエテメン・アンキもスパコンです的なことを言っていた。実際はもっと論理と理論がどうのと説明されたが、よくわからなかった俺はディスプレイの設置をしながら『哲学かな?』と思ったりしながら聞き流していた。よくわからないがエアリスは相変わらずチートだなぁ。



 攻城戦に参加可能なのは前日までの事前受付を済ませた者のみだ。迷宮統括委員会(ギルド)ではその対応ができないということで喫茶・ゆーとぴあと協力してくれた軍曹がいるマグナ・カフェで受け付け、その際目を瞑りたくなるような光景もあるかもしれないと伝えてある。遊び半分や興味本位からガチ勢までいろいろいるが、いつも通りの入場料さえ支払えば誰でも参加できるようにした。


ーー 入場料を倍にしてもよかったと思うのですが ーー


 (まぁ試しってこともあるし)


ーー ですが……人数が予想よりも多いです ーー



 攻城戦の時間が近付くと開始の合図を待つ探検者たちがソワソワしていた。


 北の国のアレクセイ・ザドルノフを含めた八名、そこに以前はいなかった頭からローブを被った人物が加わって合計九名。

 大陸の国、李菲菲が率いているのは六名、彼女を含め七名。入場料未納のまま進入した時よりも少ないのは、前回の入場料を支払った上で七人分のお金しか持っていなかったからだ。その間エテメン・アンキに入っていなかったこともあり不利と言わざるを得ない。

 日本の一般探検者は多く、総勢百二十名。クランやパーティのメンバー同士で来ているのがほとんどだ。中にはエテメン・アンキの宝箱をいくつも開けている幸運な者もおり、その中には特に周囲の目を引いている者がいる。なぜならその装備はファンタジー感丸出しの“駆け出し勇者セット(青)”だからだ。しかし性能はなかなかのもので、俺が本気で殴らないとへこませられないくらいの装甲になってしまった。その弊害として見た目では考えられないほどの重量を誇るのだが、それを着て動けるのだからすごいやつなのかもしれない。

 最後はクラン・マグナカフェ。軍曹と四人の隊員たちが俺とエアリスが作った装備の割とあたりの部類のものを着けている。俺の記憶ではもっと性能の高い武具を当てていたはずだが、彼らは普段着ている隊服の下に着れるもの、もしくはその服装に着けてもあまり違和感のない比較的地味なものだけを手元に残し、他はいざと言うときのために取ってあるかギルドに流す、もしくは自衛隊本部に送っているようだ。そんな彼らが今回最も注目されている。


 「つーか、賭けとかしていいもんかねぇ」


 「ダンジョンの中っていうのを良いことに、普段できないことをしたいんじゃない?」


 「悠里も賭けたかったりすんの?」


 「まさか。自分たちに賭けて良いなら賭けるけど」


 現在のエテメン・アンキ所有者であるクラン・ログハウスは賭けの対象にはなっていない。あくまでどのチームが、誰が一番上の階へ到達するかといったものだ。その人気が一番高いのが軍曹たちクラン・マグナカフェだ。そして賭けの元締めとなっているのは……フェリシアだ。彼女が自分からというわけではなく、カフェで観戦する一部の者たちが酔った勢いで他の観戦者を煽り、しかし酔っ払いに元締めはさせられないということになってなぜか本日初お目見えのフェリシアがその役をすることとなった。本来元締めが得るはずの利益はエテメン・アンキ攻城戦参加者と参加希望者たちによる“おつかれさま会”、所謂打ち上げに充てられることになっており、参加者はそれに了承した上で賭けをしている。


 「法律がなんていうか知らんけど、迷宮統括委員会(ギルド)は目を瞑るというか知らないフリをするみたいだし、まぁいいか」


ーー ダンジョンを理由にすれば大体のことはまかり通ってしまいそうですね。おっと、そろそろお時間です ーー


 開場を告げるエアリスの声がエテメン・アンキ周辺に響き渡り、開催の合図となった。攻城戦が始まると参加者が順番に入っていった。雪崩れ込むように入っていくのだろうかと思っていたが、案外みんなお行儀がいいな。というか急いで行こうとしても入り口の幅は作り替えられ二人同時に入れる程度、さらに現状では早く入った方が有利というわけでもない。それに急いで入ろうとして先行するパーティと同じタイミングと見做されてしまうと、そのパーティと同じ場所から開始してしまう恐れがあると予め説明されており、効果があったのだと思われる。もしそうなってしまうと、対人有りの状態で競合相手の中に自分だけ混ざることになる。よって必然的にお行儀がよくなるのだ。

 最終ボスである“黒銀の神竜”がいる部屋の前には巨大な扉を設置し、中に入るにはエテメン・アンキ内で生存している全ての参加者が扉の前に到達することが条件となっている。


 みんなに詳しく話していない——俺では説明できない——ため、疑問を悠里が口にする。


 「順番に入ると中の時間の流れが早いことって問題にならない?」


 「少しの間ならこっちの時間とほぼ同じにできるっぽい」


 「そうなんだ。じゃあボスは? 先行した人たちで倒しちゃったらその後に来た人は戦えないとか?」


 「その場合はボスと戦うかどうかエアリスが聞くから、戦うと答えれば現れるんだってさ。倒せたら確実に宝箱がもらえるけどやられたら終わりだから、クリア目的なら楽をして最後まで行ってクロをフクロにするのが良いと思う。ちなみにクロを倒した人たちの中で一番貢献したとダンジョン・コアが判断した人か最後まで残った人が次の所有者らしいよ。もちろん宝箱もその人のもの。そこで競いたくないなら対人戦とかになるかもしれないけど、そんなことしてる余裕はないんじゃないかなぁ。全員協力してもクロに勝てるかっていうとね」


 「なるほどねー。対人戦か〜、気は進まないね」


 「悠里だけじゃなくみんなそうなんじゃないか? 最終的に俺たちが戦う相手は人間になるわけだから……みんなも無理に参加しなくてもいいと思うけど」


 ふとディスプレイに映る明らかに異世界感溢れる人物の順番が来たことに気付いた。


 「おっ、駆け出し勇者だ」


 「あれって悠人さんがアニメで見た異世界から来た勇者が着てたものを真似て作ったんですよね?」


 「うん、練習がてらやってたんだけど、調子に乗りすぎてアホみたいに重くなったんだよね」


 「たしかに……足跡が深いですもんね……」


 「そんな装備で大丈夫か? って聞いてやりたくなるな」


ーー 大丈夫だ、問題ない。と返ってくると良いですね。問題大有りにしか見えませんが ーー


 「そうだな。じゃあそろそろ俺たちも行こうか」


 喫茶・ゆーとぴあの外へ出た俺は人目につかない場所へ移動すると悠里、香織、杏奈、さくら、リナ、玖内、そしてチビと共に空間超越の鍵によって開いた扉を潜り、クロが待つコア・ルームへと向かった。


 「わー! お兄ちゃん! それとみんなもー! あっ、初めましての人は初めまして! シクヨロ!」


 すでに観戦しながら待っていたクロが尻尾をふりふりしながら俺たちを迎える。玖内とクロは初対面で、人見知りをする玖内はクロの勢いに圧されているようだった。

 前回来たときに用意したテーブルとソファでは足りないためリナと玖内は立ち見だ。そこでリナに席を譲ろうとしたのだが、それは断られた。


 「私はここではシタッパーですので! 立ってますよ!」


 「下っ端とかどこで覚えたんだよ」


 「中川家ですね!」


 「うん、だろうね。ところでその中川家は参加してないの?」


 「してませんねー。パパさんの都合が合わないんですって」


 「そっか。参加するようならリナも向こう側で参加してもいいんだけどな」


 「え!? く、クビ!? もうクビですか!?」


 「いや、そういうわけじゃないから心配しないで。お祭りみたいなもんだから」


 「よかったですぅ……。でもそうなったら、みなさんにボコボコにされる未来しか見えないので嫌ですぅ……」


 リナは俺たちと知り合った頃にはすでに日本語が上手だったが、それからもいろいろな言葉を覚えているようだった。っていうか普通に日本人と話してると錯覚する程度には違和感ないんだよな。


 「ところで御影さん、僕たちの出番はどこなんですか?」


 「リナと玖内は学生だし無理しない方がいいと思うぞ。結構グロいと思うし」


 「ぼ、僕だって一応ログハウスのメンバーのつもりですから! それにこう言っちゃなんですけど、僕のスライムも消化の様子が丸見えでかなりグロいので」


 「私も参加するですよー! 中川家で鍛えられましたから!」


 その元気が最後まで持つといいな……。ダンジョンでモンスターを相手にしているのだから慣れてはいるのだろう。しかしモンスターを相手にするのと人間を相手にするのではたぶん違うと思う。かくいう俺も人を殺したことなんて当然ないし、とはいえ俺たちの相手は人間なのだからそれなりに覚悟をしているつもりだ。それでも不安はある。


 「みんなも無理しなくていいからね?」


 「全然平気とは言わないっすけど、いくらか免疫はあると思うっすよ?」


 「え? そなの?」


 「お兄さんだって少しはあると思いますけど……だってあたしの体の中、みたじゃないですか〜(照)」


 「あ〜……そういえば初めて会ったのが脇腹抉られて片腕なくなった杏奈ちゃんだった。っていうかそこは照れるところか?」


 「杏奈はちょっと変なので。でも杏奈のおかげで香織と悠里も少しは大丈夫だと思いますよ? しばらくログハウスに戻れなかった時、実は杏奈——」


 「だーっ! 香織さん、そこまでっす! 恥ずかしいのでやめてほしいっす!」


 何かあったのか、恥ずかしいと思うことが。それはいいとして、本人たちが大丈夫というならいいかな。リナと玖内も勉強ということにすれば……いいのか?

 思えば迷宮統括委員会(ギルド)の統括にエテメン・アンキの話を持っていった時に時折難しい顔をしていたのは、もしかしたらこういった状況になることを憂いたのだろうか? さすがに深読みしすぎか。


ーー ダンジョンによって残酷なものを目にすることがこれからも増えていくでしょうし、多少の慣れは必要です。現状では倫理がどうのとうるさい者もいるでしょうが、世界はそういった現実から目を背けることを許さないかと  ーー


 「できるだけ綺麗なものだけを見ていたいっていうのもある意味間違いじゃないからなぁ。でもダンジョンに関わる以上それだけではいられないっていうのもわかる。とはいえだよなぁ」


 玖内はまぁいいとして、リナは高校生だ。高校生の女の子には少し刺激が強いのではないだろうか。


 「悠人サンは優しいですね〜。でも私だってログハウスのメンバーなんです!」


 「僕だってそのつもりです。むしろこれからそういうことも珍しくなくなるとも思ってますし、ひとより先に予行演習できると思えば逆にありがたいですよ。今回の参加者にだってそう思って参加してる人もいると思いますし」


 最近の若い子ってすごいな。おっと、若い子とか言ったら俺がもう若くないみたいじゃないか。

 それはいいとして、みんなを巻き込んだような気になっていたが自意識過剰だったようだと思い、気を取り直して話すことにした。


 「最上階以外は迷宮になっててどのルートでも最終的にボス部屋に着くようになってるんだけど、ボス部屋を基点にして適当なルートに行って参加者を狩ってもいいよ。斬ったりすると普通に血も出るし……あと中身も見えちゃうかもしれないから抵抗があるなら素手推奨。どこから参加するかも自由。だけど1階から全力とかは無しかなー」


 「手加減ですか……どうしてですか?」


 「それじゃつまんないかなって。上の階に行けば行くほど強くなってった方がいいじゃん、それっぽくて。それとエッセンスの節約かな。玖内なんて【幻魔相剋】を無駄遣いすると補充が大変だからわかるだろ?」


 「そ、そうですね。この間神殿に行った後も補充に丸一日かかりましたし。ふと思ったんですけど、もしかして御影さんは参加者をできるだけ上の階に行かせようとしてるんですか?」


 「まぁ、そうだな」


 「なるほど……わかりました。じゃあ僕、2階から行ってみていいですか?」


 「おっけー。でも2階はまだ本気出すには早いからな? あと死亡判定されたら俺たちもそれまでだから生きて帰れよ? あと星銀の指輪もちゃんと使うんだぞ?」


 「はい!」


 たしかに玖内の言う通り、俺はできるだけ上の階に到達してほしいと思っている。上階へ行くほど実は宝箱の数も中身も良くなっているのだ。しかし現状3階にすら到達したことのない者がほとんどであり、上階の方が良いアイテムが手に入るという事実は周知ではない。なのでこれを機に知れ渡って欲しいなぁというふわっとした希望的なものがあった。そのためにいつもよりボス部屋を手薄にしてあったりする。


 初回である今回は各勢力同士の共闘も有りだ。ボスも強力して倒してもいいわけで、これなら5階のセクレトまで行ってくれるのではないかと期待している。6階はドラゴンのクロがいるのだが、人型の状態で他の場所にも現れる場合があり、どこに現れるかはクロの気まぐれだ。俺も5階のボス部屋に通じる迷路に行ってみようと思っているが、まずは参加者がそこに到達できるかだな。


 1階の迷路には二足歩行の巨大ネズミみたいなやつら、ボス部屋にはゴブリンとオークの下っ端軍団がいる。

 2階は武装したゴブリンと馬面の怪物メズキがいるが、いつものメズキ三体ではなく一体だけだ。

 3階はゴブリンの精鋭とゴブリンキング、迷路にはオークたちがいる。ゴブリンプリンセスはお留守番をさせるとゴブリンキングが言っていたらしい。

 4階は、最近になってようやく復活したメガタウロスとメガタウロスがいなかったことで地下闘技場に引きこもっていたミノタウロスたちだ。迷路にはミノタウロスより体も小さく弱いタウロスが徘徊している。小さいとは言っても人間の大人くらいの大きさはあり、筋骨隆々なことに変わりはないが。


 「うーん、難しいかなー」


 「4階の牛の人たちが難関でしょうね〜」


 「香織ちゃんは4階クリアできそう?」


 「撫子を使っていいならできると思います」


 そう言って大事そうに薙刀・撫子の鞘に指を滑らせる香織はなんだか妖艶に見え、その指先を目で追ってしまった。


 「薙刀、大事にしてくれてありがとう」


 「急にどうしたんですか?」


 「なんとなくそう思ったんだ」


 「そ、そうですか。こちらこそありがとうございます」


 刃物が似合う女性は、いろんな意味で恐ろしいなと思ったり思わなかったり。まぁ今はそれはいいな。


 5階の迷路にはメズキを徘徊させる。二回り大きな体躯の首領・メズキは自由に徘徊しているため運次第で遭遇するだろう。そしてボス部屋にはセクレトだけだ。しかし到達した人数や相手の強さによってセクレトの判断により地下闘技場から助っ人を呼ぶことができるようにしてあり、加えて俺が行く。ある程度戦って負けた俺は死亡判定を偽装して離脱し、ペルソナとして6階にてクロ、チビと共に戦う予定だ。ずるいように思えるかもしれないが、ペルソナと俺が別だとアピールする絶好の機会でもあるのだ。それにズルというならエアリスがいるし今更だ。


 「負けたらって、お兄さん本気出すつもりないんすよね?」


 「ないねー。そんなことになってもある程度やったら撤退するし」


 「ってかそもそもっすよ? そこまで来れるんすかね?」


 「さぁねぇ。北の国に見たことない人が混ざってるけど、その人がどうかってくらい?」


 「強いんすか?」


 「わからんけど、たぶん超越者じゃないかって思ってる」


 「え、それって普通にやばいんじゃ?」


ーー 問題ありません。超越者と言ってもピンキリですし、超越者と言えば大陸の国のお団子頭、彼女も超越者ですよ ーー


 「あー、夜勤の人っすね!」


ーー それにもしも強かったとして、マスターにはワタシがついています ーー


 「妙な説得力があるっすね。もしかして、あたしにエアリスがついてたらお兄さんにも勝てる……?」


ーー 勝てる、と言いたいところですが、何を持って勝ちとするかかと。世界が滅びてもいいなら勝てます ーー


 「え゛……どういうことっすか……っていうのは今はいいとして、お兄さんとエアリスって一番だめな組み合わせなんじゃ」


ーー いいえ、むしろ最良かと。ワタシがいなければマスターは今頃ひとりぼっちの修羅となり果てていた可能性もないとは言い切れません ーー


 確かに制御できない【真言】やら【言霊】なんて、誰とも一緒に行動できないだろうな。むしろ能力に気付かずにあっさり死んでた可能性だって否定はできないし。そう考えると腕輪を手に入れたあの時、偶然にも能力が発動してエアリスが話せるようになったのは俺にとって欠かせない事だったように思える。それからは急に世界が変わってしまったような感覚に、ある意味舞い上がって……今もかもしれないけどな。もしかしたら今俺がしている事や考えている事は、以前の俺には絶対にあり得ない選択の連続かもしれない。


 意識を戻すと映像を見ながら応援しているような声が聞こえる。どこかスポーツ観戦のような感覚があるのかもしれないな。

 話しながらお菓子とジュースを楽しんでいる間に1階は攻略されていた。それなりに実力がある探検者たちが大挙して押し寄せたんだ、たぶん蹂躙されたんだろうなぁ……おつかれモンスターたち。いつもよりも多く宝箱が出ているが全員には行き渡るはずもない。さすがに総勢百四十名以上だもんな。


ーー 予想に反して探検者同士が争いませんね ーー


 「そうだな。宝箱もいつも通り、っていうかいつもより多く出るようにしたし、他の人がアイテムを手に入れてるのを見ると奪い取ろうとするやつが少なからずいると思ったんだけどなー」


ーー やはり……例え思ったとしてもなかなか行動に移せるものではありませんか ーー


 「だろうな。でも人数が減ってくるとわからんけど」


ーー 今は人の目を気にしている、ということですか? ーー


 「それもあるんじゃないかなってね。例えば大勢の中の誰かが行動を起こしたとするだろ? そうすると、そいつ以外はそいつを危険視するだろう。あるいは自分も、と思うやつもいるかもしれない。どうせここで死んでも問題ないんだし、ある意味ゲーム感覚で他人を殺そうとするかもしれない。でもそのどれも、全体から見て味方が少数のうちはリスクが高すぎるんだよ。これが終わった後の関係もあるしな。でも人数が少なくなって追い詰められていけばどうだ?」


ーー 自分、もしくは自分たちよりも弱い他の参加者を消してしまう選択肢を心理的に選びやすくなるかもしれませんね ーー


 「うん。だから自分が強い側になる時を待ってるやつもいるかもしれない。どの時点で欲に負けるかってとこかな。でも喫茶・ゆーとぴあで生中継してるわけだしそれを意識して何もしないかもしれないし、あくまでゲームとして参加したと言い張る可能性もないとは言えない」


 「お兄さん悪趣味っすね〜」


 「褒めるな褒めるな」


 「褒めてはいないっすよ」


 まぁそんなものは想像に過ぎないし、そんなことは起きない方がいい。参加者同士の対人行為を禁止していないのは、人の良心を信じたい気持ちもないわけではない。それに自分もそうされる可能性があるとなれば、ただの嫌がらせ行為をする者も現れないかもしれない。

 もしも攻め手参加者たちの対人戦が散見されるようであれば何か対策を考える必要もあるかもしれない。そのせいで参加する気が失せてしまうのは困る。

 とは言っても実際のところどうなのかを見てみたかったりする。何故かというほどの理由はなく、単純な好奇心だ。


 「結局のところ自分から協力しようっていう探検者が増えてほしいっていうのが本音っすか?」


 「ないとは言えない」


 杏奈の至った考えも可能性のひとつだ。実際そうなるならその方がいいと俺は思っている。

 しかし悪趣味と言われてしまった。まぁ悪趣味なのは間違い無いか。


 「ん〜、私ならどうするかしらね〜」


 「誰かに襲われたらってこと?」


 「そうよ。悠人君が守ってくれる?」


 「できればそうするよ」


 「お姉さん、嬉しいわ〜」


 「さくら姉さんの場合、返り討ちにするんじゃないっすか?」


 「杏奈ちゃん、何か言ったかしら?」


 「い、いえ、何も、言ってないっす……よ?」


 「そうよね〜、杏奈ちゃんは良い子ね〜」


 「あ、あははは……」


 余計なことを言わなければ平和なこともあるのだ。攻城戦の参加者たちも今は仲良く共闘しているが、ちいさなことで亀裂が入るかもしれない。今回起きるかは別として、そうなった時に彼らはどうするのだろう。


 (う〜ん。俺ってこんなに人に興味あったんだな)


ーー ワタシに似てきたのでは? ーー


 (んなアホなー。と思ったけど否定しきれないとこもあるんだよなー)


ーー やはり相思相愛ですね ーー


 (それはなんかちがくね)


ーー では以心伝心? ーー


 (似て非なる……だいぶ非だな)


 そういえばコア・ルームのある7階の住人たちは戦わないのだろうか、という疑問にエアリスが答える。


ーー 彼らは戦うための存在ではないですからね。ですが戦えばそれなりに戦果を上げると思われます ーー


 実はなかなか強いらしい。だが俺の印象では平和に暮らしている人たちだし、こちらの事情で戦わせるわけにもいかないだろう。それにもしかしたら観光地にするかもしれないのだから、ファーストコンタクトを戦いになどしてやりたくはない。俺にとってエテメン・アンキ7階の居住区で暮らす彼らはどうしてかわからないが庇護するべき存在なのだ。



 (マスターはベータの影響を受けているように思えますね。悪い影響ではありませんし問題はないでしょうが。しかしヒトであるにもかかわらずどこか外からヒトを観察するようなところは、ベータと似ているとも取れますね。もしやそこにも影響しているのでしょうか)


 確証は無いが悠人が影響を受けているかもしれない相手、エテメン・アンキの元所有者、そして創造者であるベータを悠人の銀刀に封印したまま放置しておいていいものかと人知れず思案するエアリスだった。

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