第140話 喫茶・ゆーとぴあ開店


 「——というわけだ。君には夜間、まぁダンジョンの中では昼も夜もないが地上の日本時間における夜間、ここを任せたい」


 目の前の黒ずくめ黒仮面の男はいきなり迎えにきたと思えば目を閉じるよう言ってきた。やっぱりそういう目的!? いきなり唇を奪うつもり!? と思ったわけでは決して……決してないけれど、斜め上に顔を向けてしまっていた気がする。だって声が下腹部に響くイケボだったから仕方ない。しかし何事もなく目を開けるよう言われ目にしたのは、丸太で組み上げられた建物だった。

 呆気にとられている間に気付けば建物の中に連れられ椅子に座らされ説明され、私は戸惑っている。そういえばこの人、日本人のはずなのに私の国の言葉が上手いどころか自然すぎて逆に不自然なくらいだ。私は田舎育ちだから最近知ったけれど、私の国は世界でも有数の国土面積を持つ大国。故郷から中央司令部のある都市への移動も、乗り物に乗っていたのに何日もかかったくらいだ。そんな大国である祖国の言葉を日本人が流暢に話すというのはどういうことなんだろう。やはり大国の言葉だからだろうか、それとも単純に博識なだけだろうか。それとも私に一目惚れして必死に言葉を覚えたのかしらん? なんてね。


 「は、はぁ」


 「どうした? 先ほど渡した指輪の使い方がわからないか? それとも給料に不満でもあるのか?」


 いろいろと聞きたいことはあるし、それに何この指輪、一瞬で移動できる? そんなありえな……あれ? ここどこだろう? どうやってここへ?

 自らの中で湧き上がる疑問に少し動揺したが、こういうとき相手に飲まれてはいけないと聞いたことがあり、冷静を装う。


 「いえ、そういうわけでは」


 「ではなんだ?」


 「私はペルソナの……あなたの夜の相手として呼ばれたのではないのですか?」


 「夜のっ!? ……ゴホン、な、何を言っているのかわからないが、君にしてもらいたい仕事はここを守ることだ。モンスターからも、人からも、だ」


 「わかりました。それで……人からも、ですか?」


 「そうだ。人の良心を信じたいところだが、不法侵入をされたばかりだ。念を入れて悪いことはあるまい?」


 「ぐっ……そ、その件に関しては……ごめんなさい」


 「すまない、責めるつもりはなかったんだ。君に命令を下した者たちは誰かの所有物であることや入場料の存在を君に伝えていなかった、そういう事でいいだろう」


 痛いところを突いてくる。性格悪いんじゃないのと思ったが、目の前の黒ずくめはそれを責めるつもりはないと言う。それどころかフォローまでしてくれた。やっぱり私のこと好きなの? そ、そういうことなら少しくらい仲良くしてあげても……とは言ってもこれも任務よ、任務。だから個人的な何かではないわ。さっきまではこの人が何者か気になっていたような気がするけど、なんだかどうでもよくなってきた。


 「あの……」


 「なんだ? やっぱり何かあるのか?」


 「い、いえ、そういうことにしてもらえるとありがたいですけどそうじゃなくて、私の名前、李菲菲(リフェイフェイ)です」


 「……そうだったな。えーっと……李…さん?」


 『李さん』と呼ばれて何の事か一瞬迷い、思い出す。たしか日本人は敬称に『さん』をつけると聞いた。でも言葉を流暢に話すのに、どうしてそこだけ日本式なんだろう。わからないけど「敬称はいりません」とだけ答えておいた。


 「そうか。了解した」


 「それと李じゃなくて菲菲って呼んでほしいです。その方が嬉しいし……って違っ……親しみやすいと思います!」


 「そうか。それではフェイフェイ、よろしく頼む」


 「わかりました。あの……」


 「まだ何かあるのか?」


 「ほんとうに私でいいのでしょうか?」


 仮面の奥、ペルソナの眼が私を射抜く。とは言っても目が見えたわけではなく、そんな気がしただけだ。


 「……信用はしている。勘だがな。そうだ、指輪は絶対に無くさないように。他の誰にも渡してはならない。それではよろしく頼む」


 ペルソナがマントを翻し去って行くと、菲菲は途端に膝の力が抜け椅子にもたれかかった。


 「はぁ〜……よ、よかったぁ」


 ペルソナの慰み者にされる覚悟で来ていたが、実際はそんなことはなかった。そうでもよかったと思っている自分がいるのはこの際無視する。彼が言うにはモンスターや問題を起こす人がいた場合にそれを防ぐことが任務……いや、業務だという。そしてお給金、すごく高いと思う。勤務時間はおよそ八時間で時給二千円、一日一万六千円の稼ぎになる。これならば十日と少しで入場料が返せるはず。



 そもそもなぜ菲菲が身を売る覚悟で来たのかというと、国から受けた命令の中に機会があれば諜報もせよ、手段は問わないというものがあったからだ。手段は問わないという点について聞くと、権力者や実力者に取り入ることができるならそれも利用せよと言われた。その時菲菲は、“女”という自分を“武器にしろ”と暗に言われているのだと悟った。だからこそそんな無用の覚悟までしていたのだ。



 「元々軍人でもないのに、私って従順すぎない……? 村のみんなを人質に取られてるようなものだから仕方ないけれど……」


 ペルソナは怖い人だと思っていた。いや、実際話しても感情がわかりにくいしずっと仮面をつけているため表情すらもわからない。しかし悪い人ではない、と思う。たぶん。そして声がドストライクでヤバい。

 思ってみると不法侵入をした私に自分たちが経営しようという施設の夜間警備を任せようなどと思うのが変だ。善意だとしても無警戒すぎではないだろうか。それとも何か裏が……? や、やっぱり私の体が目当て?


 「あれ? メッセージ届くの? 代理人? もしかして……」


 スマホが鳴っていた。どうやらここも電波が届いているらしく、画面には“代理人”と表示されていた。内容を見て送り主が予想通りの相手だったことに薄寒さを感じた。なぜならスマホのアドレス帳には“代理人”などという名で登録している相手はいないからだ。


 「『李菲菲、貴女がここで働く許可を出したペルソナの意図は、こちらの求める通貨を獲得する機会を与えるためです』か……。まわりくどいようにも思えるけど……やっぱ良い人? それともやっぱり……」


 私のことが好きなのかしらん? そう思ったが、無断で進入した者にこれから運営を始める施設の警備を任せようなんて、何度考えてもセキュリティを疑う。やはりただ緩いだけではないだろうか。

 しかし彼女にとって去り際の「信用している」というペルソナの言葉に嬉しさを感じていた。


 「こういう期待のされ方って嬉しいんだ……愛ってこういうことを言うのかな?」



 実際は代理人と名乗ったエアリスという存在によって守られているので問題ないということをお花畑の彼女は知らない。



 「そんなことより、雇い主の意向には従わなきゃね! おっかね、おっかね!」


 警備の仕事、がんばるぞっ! と意気込むお金が大好きな菲菲だったが、ここもログハウスのようにモンスター避けがされている。未だオープンしていないため客もいないのだから、彼女の仕事は今はないのだ。それを知らない菲菲はそれから朝、業務終了の鈴の音がペルソナにもらった指輪から聴こえるまでの間、喫茶・ゆーとぴあ玄関前に仁王立ちになり警備をするのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ーー あの者はペルソナの声が気に入ったようです ーー


 「この仮面の変声機能のおかげか。以前より機械っぽさは減ったしな。【換装】……ふぅ。それで、あんなんでよかったのか?」


 言いながら黒ずくめの服装からラフな普段着へと換装する。そのままソファーに腰を埋めると隣に座ってきた女性から放たれたシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。


 「喫茶・ゆーとぴあの件ですか?」


ーー おや、勘が鋭いですね、香織様。その通りです。夜の番をする者が見つかりました ーー


 「よかったですね、悠人さん」


 「うん、これで山里さんも安心して働けるはず」


 「ところで……新しい方は女性ですか?」


 「そうだけど……?」


 「……やっぱり。まさかまたナンパですか〜?」


 少しムスっとした香織の誤解を解くため説明すると余計ムスっとしてしまった。解せぬ。


 「それで侵入者だったその女の人は大丈夫なんですよね?」


 「んー、まぁ……たぶん?」


 ーー 香織様が心配なさっているのはご主人様が籠絡されてしまわないか、ということかと ーー


 「それは大丈夫でしょ。向こうにその気はないって。それに会ったのはペルソナだし」


 「ペルソナは悠人さんじゃないですか……」


ーー 少なくとも業務の方は問題ないかと。ワタシが監視……見守っていますし ーー


 「業務じゃ無い方は問題あるかもしれないんだ……」


 なぜか香織ががっくりと項垂れていた。

 風呂から上がってきた悠里にも軽く説明すると、人件費……と言いながら頭を抱えてしまった。いや、入場料はもっと入る予定だし大丈夫だろう? ここはフラグじゃない皮算用をしてもいいよな?


 ーー とはいえ出費は出費ですからね。ですが金額も低くするわけにもいきませんし ーー


 「まぁなぁ。また悠里にはすまないことをしたかもな」


 ーー ワタシとしてはもっと勤務時間を長くしても問題ないように思えたのですが、そうしなかったのは正解だったかもしれませんね ーー


 喫茶・ゆーとぴあにはエアリスにしか見れない監視カメラの役割を果たすアイテムが設置してある。三百六十度の視界を持つ指先ほどの大きさの球体であるそれを、死角なく忍ばせているのだ。エアリスは問題ないと言うが、それを知られたらプライバシーなどまるでないことが知られてしまうことになる。よってこれは誰にも、ログハウスのメンバーにすら言っていない。


 「ってか俺思ったんだけどさ、エテメン・アンキの住人に手伝ってもらえばよかったんじゃないか?」


ーー 手段としてはなくはないですが、ご主人様はお金がないことに悩むあの少女が気にかかっていたのでしょう? ーー


 「それは否定しない。そのせいで暴挙に出られても困るしな。まぁ……エアリス的には余計なことかもしれないけどさ」


ーー ワタシはマスターのお役に立てることがなにより嬉しいので、例え厄介事になる可能性を孕んでいたとしてもある程度であればマスターの意思を最優先にいたします。それにあの少女程度でしたら問題ないかと思いますので ーー


 「少女っていうけど、見た目が若いからって子供扱いしちゃだめだろ」


ーー 何を言っているのです? 見た目は十八歳、実年齢も十八歳ですよ? ーー


 「マジで?」


ーー マジです ーー


 「そんな歳である意味軍事行動みたいなことをしなきゃならないなんて……おそろしい国だな」


ーー なかば脅されているようなものです。故郷の村の生活がより良いものになるよう国に保障してもらうことと引き換えにがんばっているようです。気丈な振る舞いも使命感や義務感といったものからくるのでしょう。泣ける話ではありませんか ーー


 「たしかにな。俺があの歳の頃なら絶対無理」


ーー 今なら? ーー


 「……無理」


ーー ですよね、知ってました ーー


 徴兵制度のない国に産まれ自由に、というか自分勝手に好き勝手、のんびりと暮らしたいと思っている俺にとってそういうお堅いのは嫌なのだ。

 ことダンジョンの恩恵を受けた今であれば尚更、理不尽は覆せるものなら覆してしまえとも思ったりするのだが、これはエアリスに毒されたような気がしてならないな。対して『濡れ衣とは理不尽です』などと言ったエアリスだったが、理不尽とは言えないと思った。


ーー 前々から思っていたのですが、ご主人様は平穏に向いていないのでは? ーー


 「そんなことはないだろ。俺は“平穏ちゃん”と仲良くしたいのに、それ以外がちょっかい出してくるだけだ」


ーー だから言っているのですが。まぁいいです ーー




 一週間が経ち、いよいよ喫茶・ゆーとぴあのオープン初日を迎えた。準備から営業開始までこれほど早く事が進んだのには理由がある。

 近頃では以前に増して日本の探検者が続々と20層へと到達している。しかしやはり基本は野宿なのだ。その警護として自衛隊が見回り等の任務に就いているのだが、それでもダンジョンの中であることに変わりはなく危険がないとは言えない。突然地面から生えるようにして現れる亀などは最も警戒され、そうであるにもかかわらず被害がないとは言えない状況だ。

 そうなった背景として、やはり人数が多くなればなるほど多くの土地面積が必要になり亀が現れる場所に踏み入ってしまっていることが挙げられる。

 探検者たちが晒されている危険と、国費によって動員されている自衛隊の負担を軽減するために喫茶・ゆーとぴあ、ひいてはクラン・ログハウスを利用するべきという判断をされた。一般人が担う事に対して反対派は少なからずいたが、税金の無駄遣いを指摘し必要な出費にまでケチをつける事で党首となった人物が矛を収めた事により反対派の中から賛成へと転じる者が多く現れたのだった。


 「とはいえよく偉い人たちが認めたよね」


ーー 一重にさくら様の影響力の賜物かと ーー


 「うふふ〜。もっと褒めてくれていいわよ?」


 昨日一日しっかり休んでいたさくらは目元の隈もすっかりとなくなり、清々しい顔をしていた。

 さくらは総理大臣直属の“特務”という役職があり、それは何も名前だけのものではなくなっている。総理大臣に直訴できるだけではなく、その発言に一目置く偉い人が意外と多いのだ。


 「私だけじゃ難しかったかもしれないけれど、そこはペルソナの名前を出したら簡単だったわよ」


 「へ? ペルソナの?」


 「そうよ。やっぱり海外でも一目置かれる存在っていうのが効いたみたいね。官房長官が頭を抱えていたけど、周囲も黙ってたからそれで行ってみるということになったのよ」


 「ふ〜ん。賛成もしないけど反対もしないっていうやつか。失敗したときが怖いな〜」


 「大丈夫よ? どっちつかずはペルソナが好まないから無言は賛成と見做すということでサインしてもらったから。それに……」


 続けたさくらの口からは、国にとって節約の意味もあるという話が聞けた。その話を聞く中で、怖いなと思っていた。



 民と官が手を取り合うと言えば聞こえは良い。実際のところ国というか昨今の政治家たちの中には国庫というものを国庫として見ることができない、もしくは自分の財布のような感覚に置き換えて考える者が多く存在する。そんな認識が曖昧な状態で俺たちのような一般国民へ無駄遣いをしていないというアピールと同時に『しっかりお仕事してるんですよ』というアピールも必要になりチグハグさが浮き彫りになるのだ。その曖昧さがある中、自分と双方の全てを満たすためには民間を都合よく利用するのが最良だ。それで上手くいけばいいのだが、その計画が失敗した場合、官は責任を負わないように動く。ということは腹が痛いのは直接的に影響を受ける民間ということになる。蜥蜴の尻尾切り、スケープゴート、責任転嫁、なんとでも言えるな。


 その反面民間、今回の場合は俺たちだが、官の許可がなければできないことができる。少なくともスタートラインに立つ事ができると言える。しかし通常なら半分以上を出資する官の影響はもちろん大きなものになるのだが、ぶっちゃけ言うことを聞いているだけでは経営は成り立たなくなる。官が民に要求する事柄は費用対効果を無視するというのは今に始まったことではないからだ。喫茶・ゆーとぴあについてはその常識が当てはまらず、百パーセント民間の出資となる。そのため許可さえ貰ればよく、後からその利益を奪おうと乗っ取りを画策されたとしても、それには多額の出費が必要になる。つまり、今のところ国にとっては割に合わないのだ。


 とはいえ、肝心なのはお客さんが来るかどうか、リピーターを増やせるかどうかだ。適度な値段で適度なサービス、もしくは逆に贅沢な部分も兼ね備えていれば言うことはないだろうが、スタートした後が大事なのは、どこか長距離マラソンを思わせるな。いずれ一枚噛みたいと政府が考えるようになった時、いろいろと要求されるのだろうか。しかし監督が車から檄を飛ばしても実際に走るのは選手だ。体調を無視して言うことを聞こうとしてもゴールできずに倒れてしまうからな、とにかく経営難にならないようにして走らなければ、と思う。


 偏った見方が多分に含まれているかもしれないが、俺はそう思っていたりする。官民どちらにも利はあるが、そもそもの立場が違っていて、まったくの平等ではないのだから怖いと思うのは普通のことなのだ。



ーー もしものときはワタシがなんとかしますのでご安心ください ーー


 「そうなっても穏便にな? 大事(おおごと)にはしないでくれよ?」


ーー お任せください。煙が立ちそうなネタは仕入れてありますので穏便に済むでしょう ーー


 「穏便とは一体……」


 脅す気まんまんなエアリスである。そういうのをしなくても済むといいなと思うのだが、普通の日本人から見ればエアリスはやはりどこかネジが飛んでいる存在なので仕方ないかもしれない。


 「ところで菲菲はちゃんとやってる?」


ーー はい。勤務開始から四時間ほど玄関前で仁王立ち、その後予め用意しておいたまかないの食事を摂り、その後再び玄関前で仁王立ちしています ーー


 「滅多にモンスターは寄り付かないだろうに」


ーー モンスター避けについて教えていませんからね。スパイ活動をする素振りも見えませんし、研修期間としては合格かと。それと食事にも満足しているようですよ ーー


 「そっかそっか。さすが山里さんだ」


 賄いとして出しているのは山里さんが作った料理だ。練習や試作品ではあるが、ジビエ料理SATOの経験が料理の腕を一段階引き上げたのだろう。ダンジョンの中でそんな食事ができるとなれば、人気が出る事間違いなしである。


ーー ではそろそろ参りましょう。記念すべき初日です ーー



 俺たちは揃って喫茶・ゆーとぴあへとやってきた。そこには山里さんと息子の大地(ガイア)、それにジビエ料理SATOの主人である佐藤さんも来ている。佐藤さんは興味があるようなので俺が連れてきたのだが、山里親子は渡してあるアイテムで瞬時に来る事ができる。そのアイテムとは俺たちが持つ星銀の指輪に似たものだが、転移先は固定されている。



 「御影君、ここへは探検者の人たちが来るんだったね?」


 「そうです、でもそれ以外の人も来るかもしれないですけど」


 「20層とは違う階層なんだろう? どうやって来るんだい?」


 「20層にエテメン・アンキっていうところがあって、そのすぐ傍に転送ポータルを設置してあるんですよ」


 「て、テンソーポタージュ?」


 「場所と場所を繋ぐ道のようなものです。ほとんどダンジョン内限定ですが、簡単に移動できて便利なんですよ。佐藤さんも体験してみます?」


 「そ、そうなんだね。でも遠慮しておくよ。ここに来る時に潜った扉もそうだけど……不思議な事もあるんだね」


 佐藤さんはどこか遠い目をしていた。空間超越の鍵によって開かれた扉、その変な空間に飛び込んだらいきなり目の前に立派な喫茶店があったのだから無理もない。普通の人はそういうリアクションで当たり前なのだと思う。先日送り届けた老人たち、黒老会の面々がおかしいのだ。扉を開いている間、何度も行ったり来たりしてはしゃいでいたのだから。



 喫茶・ゆーとぴあは開店したが、しばらくの間はポータルで移動するということを不安に思う人もいるだろうし、勝手がわからないこともあるだろうが、念のために自衛隊が警備、誘導をしてくれることになっているので安心だと思う。俺たちみたいな一般人とは違って、向こうはプロだしな。



 「二名、ご案内いたしました!」


 入って来るなりビシッと敬礼したのはこちら側にやってきた人を店内まで案内してきた自衛官だ。案内とは言ってもポータル地点は喫茶・ゆーとぴあの目の前であり、実際はその必要はない。しかし後に入ってきた人物を見て考えを改め挨拶に行った。


 「お二人とも、ようこそ喫茶・ゆーとぴあへ」


 「うむうむ、出迎えありがとう」


 「お久しぶりねぇ。向こうも立派だったけど、こっちも立派ね〜」


 その二人とは、日本国総理大臣、大泉純三郎、そして夫人の大泉初枝さんだ。目的地が例え目の前だったとしても案内しないわけにはいかないだろう。当たり障りなく会話していると、奥からこちらへ向かうパタパタとした足音が聴こえて来る。


 「あっ、おじいちゃんとおばあちゃん!」


 大泉夫妻に気が付いた二人の孫である香織は、案内のために二人を連れて行った。後に残された自衛官は、なんだか少し目が泳いでいるように見え、誰かを探しているような様子だ。


 「どうかしました?」


 「い、いえ、大したことではないのですが……あの、ペルソナ特務はいらっしゃらないんでしょうか?」


 「え? あーっと……ペルソナはいつも通りどこかに行ってるんじゃないですかね」


 「そうなんですか……。本官はペルソナ特務に憧れてまして」


 そこからしばらく自衛官のペルソナに対する想いを聞かされた。なぜそこまで、と思い聞いていたが、国と国民を守る自衛官にとって、守るという行為を世界に対し相手に個人でやってのけているペルソナという人物に憧れないわけがない、とのことだった。そんな熱弁を数分間聞かされてしまい居た堪れないような気持ちになった。


 (尾ひれ付きすぎ問題)


ーー そうでしょうか? ほぼ事実かと ーー


 (ほぼっていう時点で尾ひれ問題)


ーー ついてなくとも違いはありませんよ ーー


 (そうなのかねぇ)



 しばらくすると一般の探検者も次々と訪れる。飲み物と料理の値段は少し高めだが、宿泊費はそれほど高くないという印象だったようだ。

 そういえばその探検者たちをどこかで見たことがあるような。


ーー ブートキャンプの参加者ですね。スタートダッシュ組と言えないこともないので、現状トップ探検者の中に多くいるようです ーー


 (ほぉ。で、あの人たちがエテメン・アンキに挑戦したらどこまでいけそう?)


ーー 2階をクリアできるかどうか、でしょうね ーー


 (それって菲菲たちよりもすごいんじゃ?)


ーー そうですね。やはりダンジョンの中では地上産銃火器のモンスターに対する効力が低いようですし、それに頼りきりな者とは一線を画しているかと ーー


 (とはいっても武器とかは……金属の棒とか普通のナイフとか包丁じゃね?)


ーー ダンジョンで使い続けることで強化されているようです。おそらくダンジョン内のエッセンスが作用しているのかと。しかしそうなる前に壊れることが常ですので運良く壊れなかった場合ですね ーー


 (ふむ。もしも最初に俺が使っていた金属バットが健在なら、すごいバットが出来上がっていたのだろうか。それにしてもみんなも俺たちみたいに依頼とかダンジョン産のアイテムを持ち帰って売って稼いでるのか?)


ーー はい。牛や鹿の毛皮は地上のものよりも加工は少し難しくなりますが丈夫ですし、兎の毛皮などはそういったことに適正を持つ、或いは能力を持つ者が幸運のお守りに加工したり、使用した服や防具を着ると体が軽くなる気がすると人気です。もちろん肉類も迷宮統括委員会(ギルド)で買取をしていますし、ミスリルなどの金属類を手に入れることができれば以前と比べそれなりの贅沢ができるようです ーー


 (ふむ。ミスリルの需要が増えてるってことか。ちなみにこのインゴットひとつでいくらくらい?)


ーー 一キログラムであれば……現在高騰中ですので五十万円ほどですね ーー


 (え、たっかっ! ちなみに今ってプラチナとかゴールドはどのくらいなんだ?)


ーー ダンジョンができた直後に大暴落し、そこから持ち直しているところですが……プラチナは一キログラム二十五万円程度、ゴールドは五百万円前後ですね ーー


 (プラチナを超えたのか)


ーー さらに差は開いていくでしょう。おそらくゴールドをも一時的に超えることになるでしょうが、すぐに暴落する可能性もあります。その頃になれば探検者の亀狩りが全盛期を迎えていることでしょうから。しかしそれを越えるとさらにミスリルが高騰し、ゴールド以上となるかもしれません ーー


 (へー。んじゃ俺の手持ちのミスリルが活躍する瞬間も来るかもってことでオーケー?)


ーー 大いにあるかと ーー


 (よし、それまでの辛抱だ)


ーー ゴールド等の他の金属とミスリルを交換で入手したい者もいるようで、ミスリルを所持していることを知られるとコンタクトを取りに来るようです。しかし良い返事は少ないようです。そう言ったこともミスリルの高騰に拍車をかけているのかと ーー


 (ふむ。まぁせめてどちらかだけでもある程度安定してないと物々交換は難しいよな。特にミスリルを持ってる側は)


ーー クラン・ログハウスに対してもコンタクトを取って来る者たちがいるようですが、マスターの耳に届く前に遮断されています ーー


 (ギルドとか悠里がしてくれてるんだろうな)



 その後もお客さんは途切れず来店していた。カフェスペースはかなり広いのだが、そこが常にほとんど埋まっている状態、あれ? 人多くない?


 (こりゃ予想以上だな)


ーー ダンジョンに潜るような人間ですよ? 宿泊可能なカフェができたなどと聞いて黙っている方が珍しいかと。それにマスターも新しい場所や新しい事柄には目がないではないですか、ダンジョン限定ですが ーー


 (ぐぬぅ……そう言われるとぐうの音もでないな。いや、ぐぬぅの音くらいは出たな)


ーー 新しいお客さんですよ ーー


 「いらっしゃーせ〜」


 店の様子を眺めているだけのつもりだったのだが、お客さんの数が多く手伝うことにした。接客の合間、探検者たちの服装を観察する。


 (牛の革か?)


ーー はい。ダンジョンの牛からドロップした革を加工して軽防具にしているのがほとんどのようです。胸当て、手甲などは間に鉄板を挟んでいたりしますね ーー


 (なるほどなー。みんな賢いな。……いや、違うな)


ーー お気づきになりましたか? そうです、同じような見た目のものを着けているのは、製作者が同じだからです。正確に言えば同じ企業によって作られたものです ーー


 (そうなのか。防具としてはどうなんだ?)


ーー 正直に言えば気休め程度ですね。牛の突進をまともに受ければ鉄板がへこんでしまい、そのへこみが胸を圧迫してしまうでしょう。それでも生身で受けるよりはマシかもしれませんが ーー


 (逆にあぶない場合がありそうだな)


ーー しかし基本的には即死予防のため、急所を守る役目のできる優秀な防具と言えます ーー


 ふと見覚えのある装備品を着けた探検者が目に入る。あれはたしかエアリスが作っているのを真似て俺が作ってみたものだ。ミスリルを糸にし、それを編むという作業はかなりの集中力を必要とした。俺の力作ではあるのだが、完成直後のエアリスの判定ではあまり良い評価はもらえなかった。


 (エテメン・アンキに置いておいた俺の力作だな)


ーー 駄作です。マスターが手掛けたという補正を足しても駄作です ーー


 (それでもがんばったんだよぉ)


ーー ワタシが手直ししてほつれや緩みを修正してようやく使えるものになってはいますが。もっと上手にできるように練習しなければなりませんよ? ーー


 (辛いんだよなー……神経すり減るって言うか。それはそうと、アレはちゃんと防具してるのか?)


ーー 防具してますね。アレのいいところはミスリル布の二層構造、間に緩衝効果に重点を置いた素材を置くことで斬撃耐性に加え衝撃吸収効果をより高めています。ほぼ金属とは言え布の体を成していますので、長時間装着していても蒸れにくいかと。インナーを着ることによって肌への刺激も緩和されますし、なにより銀の糸を少量使用しているため消臭・殺菌効果が期待できます。しかし刺突系に対してはあまり効果は望めないかと ーー


 (どこかの企業が作ったものより俺が作ったもののほうがマシなのか。まぁ能力様様だな)


 エテメン・アンキで得られる宝箱はモンスターを倒した時にランダムで出現する場合と、ボス部屋以外を迷宮構造にしたことで、通路の突き当たりなどに置かれたりしている。中身を作っているのは俺とエアリス、箱を置いたり補充するのはエアリスがエテメン・アンキにそうなるようプログラムしたことによって自動らしい。


ーー それを幸運にも入手できた、或いは他者から購入したと言ったところでしょうか ーー


 (一般人も少しずつエテメン・アンキに挑戦し始めてるもんな)


ーー ところで……もうそろそろよろしいのではないでしょうか? ーー


 エアリスが少しウキウキしているように感じる。そういう時はだいたい興味のある事や実験ができる場合が多い。ということはつまりアレだな。


 (攻城戦か?)


ーー はい ーー


 (そうだなぁ。でもどういう形式にするかだな。一斉によーいどんか一組ずつか。人数制限はどうするかとか)


ーー 面倒ですね。よーいどんにしましょう ーー


 (適当すぎん?)


ーー 最初ですし、その結果によって改める、で良いかと ーー



 エアリスと脳内で会話しながら給仕をし、客足もまばらになってきたところで後のことはみんなに任せることにした。


 (盛況なのも初日だけなんてならないといいな)


ーー 問題ないでしょう。気付きませんでしたか? 雑貨屋連合の三人娘目当ての客が半数以上いましたよ? ーー


 (そうだったのか)


ーー マスターを目当てにしている者も数名いましたよ? ーー


 (おぅ……格差を感じるな。でもそれでいい。むしろ俺目当ての理由がわからんけども。テレビに出たこともあって人気があるとはいっても三人がいつも喫茶店にいるわけにはいかないよな)


ーー そうですね。しかし問題ないでしょう。きっかけは『誰か』だったとしてもまた来たいと思う理由はできたでしょう ーー


 (料理うまいもんな。それに部屋だってぶっちゃけログハウスよりは本気だしたからな)



 ログハウスの部屋に戻り一緒に帰ってきたチビを背もたれに座る。

 十日後にエテメン・アンキの攻城戦を開催する旨を迷宮統括委員会に伝え、軍曹にも伝えた。その際、モザイクが必要になるような光景もあると思われることも伝えておいた。肝心のログハウスメンバーにはまだ言っていないが、帰ってきたら話そうと思う。

 そして俺はエテメン・アンキの宝箱に入れる予定のアイテムをエアリスと共に製作する事にした。


 その後帰ってきたみんなによると、宿泊希望が想定以上で部屋は全て埋まってしまったらしい。部屋自体は作ってあるので増設もしなければと思ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る