第143話 第一回攻城戦3


 軍曹たちはメガタウロスに対し堅実な戦い方で勝利した。一人くらい脱落するかと予想していたのだが、見事に外れてしまった。強さの調整を失敗したかもしれないなぁと反省しつつ見ていく事にした。

 5階を進む軍曹たちのルートには首領・メズキはおらず、普通のメズキが徘徊していた。それを数匹難なく倒しあっさりとセクレトの部屋へと到達している。弱体化されていたとはいえメガタウロスを倒した軍曹たちにとって通常のメズキは大した脅威ではなかったようだ。

 北の国の九名はメガタウロスと戦う選択をせずにそのまま5階へと向かった。彼らはメズキに少し苦戦しつつ倒していったが、セクレトが待つボス部屋の手前で首領・メズキに遭遇。それにははっきりと苦戦し四名が脱落したがローブのようなもので顔が見えない人物の参戦で首領・メズキは倒された。そう、謎の人物である九人目はここまで戦っていなかったんだ。使っていた武器は一見すると杖のようにも見えるが、先に鋭い穂がついていることからどうやら槍のようだ。その戦闘は一方的であったが、少し激しく動いたためローブの内側を少し見ることができた。どうやら背中になにか平らなものを背負っているようでそれはおそらく盾、タワーシールドのようだった。


 軍曹たちに続き部屋に入ってきた北の国の五名を、セクレトは金色の瞳で睨みつける。地面に突き立てるようにしていたバトルアックスを手に持ち、それが開戦の合図となった。


 セクレトは軍曹へと突進を仕掛ける。それは悠人と戦った時と同じものだ。しかしメガタウロスと違いこちらのセクレトは弱体化されていない。一点違うとすれば暴走状態ではないこと。冷静なセクレト、そう考えると悠人と戦った時よりも手強いかもしれない。


 振るわれたバトルアックスを紙一重で躱しそのまま短剣を握ったまま殴りつける。しかしもう片方の腕で防がれダメージはないように見えた。そこでセクレトは一旦退き、次のターゲットに突進する。その相手は北の国のローブの人物だ。もしかすると本能的に強い相手と感じたのかもしれない。


 ローブの人物は背負っていたタワーシールドをセクレトに向け地面に立てるようにして構える。セクレトがバトルアックスを振るおうとした左肩に向けて槍を突き出すように向けるとセクレトはバトルアックスを振るうことをやめ槍を躱すように半身のまま右肩からタワーシールドに突っ込んだ。ガゴン! と車同士が衝突したような音がし、タワーシールドは少し歪む。そしてセクレトはまた距離を開けた。


 「セクレトはどちらも同時に相手するつもりみたいだな」


ーー セクレトが援軍を喚べる条件として、対峙している相手の数というものがあります。おそらくそれを満たすことも目的かと ーー


 「俺が戦った時とは違って冷静なセクレトか。厄介だろうなぁ」


ーー そうですね。さて、初枝様が5階へと転送されました ーー


 「菲菲は?」


ーー また同じ場所に出たようです ーー


 「やっぱ仲間意識とかそういうのがあるとその相手と同じ場所に転送されたりするのか」


ーー パーティとして登録しなくともそうなるのですね。ワタシが設定した挙動とは少し違います ーー


 「一応命の恩人だし、初枝さんに対して思うところがあるとかかな」


ーー そうかもしれませんね。想定外ではありますが、興味深いです ーー


 「んじゃあ行くか。香織ちゃん、準備はいい?」


 「はい、いつでも行けます」


 「おっけー。じゃあみんな、戻ったら6階に行ってセクレトを越えられる参加者がいたら出迎えよう。……戻らなかったら、あとは頼むね」


 「縁起でもないこと言わないでほしいっすねー」


 「フラグ回収しちゃうのお兄ちゃん?ww」


 「いや……へし折れるようにがんばってくる」


 「ウケるww」


 いや、ウケねーよ冷や汗止まんねーよと心の中でクロにツッコミを入れつつ俺は香織と、念のためにチビも連れて転移する。目的地はもちろん初枝さんと菲菲のところだ。そして転送直後、俺は初枝さんの腕を掴みにかかる。


 「取ったぁ! ……あれ?」


 「おやおや、香織の彼氏の悠人君じゃないか。いきなり女性に触れようとしちゃいけないよぉ?」


 お返しとばかりに薙刀の石突が死角から顎に向けて突き上げられる。しかしそれは索敵によって感知しているため避けることに苦労はない。しかし腕を掴むことには失敗してしまった。もう一度やっても結果は同じかもしれず、その証拠とばかりに初枝さんは軽口を叩き余裕を見せつけてくる。そうなると香織とチビに手伝ってもらって戦闘中に隙を突くしかないだろうが、しかしそれは避けたい。

 俺に反応できなかった菲菲がこちらを見る。そして初枝さんの言葉を考えているようだった。


 『カオリ! カレシィ? ……ユート? ミカゲユート……』


 菲菲と香織は喫茶・ゆーとぴあで面識がある。しかし俺はペルソナとしてしか会ったことがないため、初対面ということになるんだったな。さらに元の大きさに戻ったチビを見るのは初めてのはずだし、おそらくあの小さいマスコットがこの凶悪極まりない紫電を纏う神狼であるとは思うまい。そんなチビに怯えつつ俺たちの間を視線が右往左往していた。


 「香織の男だよぉ。ほら、コレさコレ」


 コレと小指を立てて菲菲に見せる初枝さん。それが通じたのかはわからないが、なんとなく頷いていた。ちなみにコレ(小指)ではないのだが。


 「それを言うなら親指の方じゃないですかね? いやまぁ残念ながらそれでもないんですけど」


 「あ〜、そうだった親指だねぇ。大泉家は……というか私は純さんを守る方だからついついねぇ。それで香織、まだなのかい?」


 だからと言って旦那である総理を小指に例えるということなわけで、なんだかかわいそうではないだろうか。

そして初枝さんが香織にまだかと尋ねると、香織は頷いていたのだが……え? なにがまだなの?

 まぁそんなことはいいか、それどころじゃないし。


 「おばあちゃん……」


 「香織、やっと姿を見せてくれたねぇ。あんたたちがどこかに不規則に現れるかもしれないって聞いてたからお散歩しながら待ってたんだよ?」


 『カオリィ? オバ……チャン?」


 「香織は私の孫なのよぉ。だから私は香織のおばあちゃん。えっと……スンニィ、ナイナイ」


 香織を指差し、自分を指差し、菲菲から見ればおそらくカタコトに聞こえるであろう言語だが通じたようだ。


 『孙女! 奶奶! 对吗?』


 「うんうん、たぶん合ってるよぉ」


 日本語のまったくわからない菲菲に身振り手振りと慣れない言葉を交え頑張って説明している初枝さん。コミュ力たっかっ! さすが総理夫人。しかもなんか通じ合ってるし。


 「さて、香織。昨日話したこと覚えているかい?」


 「うん」


 「じゃあ早速始めようかねぇ」


 早速始めちゃいそうな初枝さん。しかしそうはいかんのです。そうさせないためにきたんですから。緊張して顔も声も強張るがなんとかお願いは伝えることにする。


 「あ、すみません、そういうわけにもいかないというか。香織ちゃんが負けるとは思ってないですけど、これから俺たちにはやることがあるんです。それでですね、時間がないので今日のところはお引き取り願えませんか?」


 「……悠人君、祖母と孫の触れ合いを邪魔するなんて無粋な真似はいけないよぉ?」


 「お願いします!」


 さすがにもしもを考えここで頭は下げないが、言葉には【真言】を乗せる。


 「今日のところは何卒!!」


 「っ!!」


 しっかりと初枝さんの目を見て、これでもかと乗せる。届け俺の、俺たちの想い!


 「お引き取りください!!!」


 「っっっ!!!」


 割と全力で乗せる。あっ、いっけね、ちょっぴり超越者の覇気が漏れてしまった。

 ちょっと初枝さんが息苦しそう。菲菲は……ダメだなこりゃ。


 「ッ!! はぁ……なるほどねぇ。悠人君、あんたが授かった能力の本質がどうにもわからなかったけれど、言葉に力を込めるのが能力なのかねぇ? それとも……その尋常ならざる、人とは思えない気配がそれなのかい?」


 「……企業秘密です」


 「……ふむ。仕方ないねぇ。なんだかそんなに必死になってお願いされたら、気が削がれちゃったわよぉ」


 「それじゃあ……!」


 「今日のところは大人しくしていることにするよ。でも折角だから見物くらいはいいでしょう?」


 「あ、はい。それなら問題ないです」


 「それじゃぁこのまま散歩を続けることにするわねぇ。おや、この娘のびちゃってるねぇ」


 「なんかすみません」


 徐に近付いたチビが爪の先を気絶した菲菲に近付ける。パチン! と乾いた音が鳴ると「ひゃぅ!」と変な声をあげながら菲菲は目を覚ました。


 「おや? あんたチビちゃんだねぇ? おおきくなったねぇ」


 「わふっわふっ」


 「相変わらずかわいい子だこと〜よしよし」


 既に紫電を切っているとは言え巨体のチビに臆することなくモフり始める初枝さん。その様子を菲菲はガクブルしながら見ていた。


 「さてと。じゃあ行こうかねぇ。ほらいくよ大陸の娘っ子」



 総理夫人・大泉初枝に連れられて歩く菲菲は、悠人との邂逅を果たした。悠人の背後で体に紫色の電気を纏わせた巨大な狼に気圧されてしまったが、クラン・ログハウスの重要人物である御影悠人をこの時しっかりと認識した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ペルソナはお金のことを気にしてくれてそれを手に入れる手段、喫茶・ゆーとぴあを守るお仕事をくれた。そして仮面で顔は見えないが、とても声に魅力がある。っていうかエロい。好き。きっと仮面の下はかっこいい黒衣の王子様に違いない。だから、もしものときはペルソナだけは無事であるように仲間たちには徹底しよう。しかし御影悠人は敵と聞いていて、私たちの目標の一人だ。それにさっきはメズキから助けてくれたこの老婆に対し、いきなり現れ掴みかかろうとしていた。きっと暗殺しようとしていたに違いない。そんな輩はいくつか下されている命令通り、暗殺のターゲットになって然るべき、私たちの敵だ。

 老婆だって御影悠人に小指を立てていた。その後、カオリと言ってから御影悠人に視線を移し親指を立てた。ということはこういうことだと思う。


 『御影悠人はクソ野郎だ。私の孫のカオリを誑かしてその親分になっている』


 やはり御影悠人は敵なのだ。

 ダンジョンにいる他の国の人間、特に最先端を行く日本のクラン・ログハウス、その構成員である御影悠人、佐藤悠里、三浦香織、坂口杏奈、西野さくら、そして最重要人物ペルソナ。この六人を排除、または寝返らせ味方にせよという命令を受けている。喫茶・ゆーとぴあにて御影悠人以外の人物と接触したところ、彼女たちはとてもよくしてくれる。言葉もできるだけ私にわかるように調べながら話してくれる。ペルソナはセクシーの権化にしか思えない。顔を隠しているのは素顔を見せることで世の女性たちに悩ましげな溜息を吐かせてしまうことがないようにという配慮からだろう。正直仮面の下が見てみたくて仕方ない。ペルソナを想って桃色吐息乱舞したい。だからこの人たちに関しては味方にする方向で行きたい。

 御影悠人は……排除する。今は無理でも機会を作ってでもいずれ。


 ところで老婆はあの狼が恐ろしくはなかったのだろうか? 普通に撫で回していた。やっぱりすごい老婆なんだ、きっと。あんな巨大な、しかも敵である御影悠人の使い魔だというのに。私にはあの狼は無理かな。凶悪な化物にしか見えないもの。やっぱり喫茶・ゆーとぴあにいるあの小さなわんちゃんがかわいいと思う。



 日本語が全く分からず自国と他国の差異に疎い彼女は、盛大に勘違いをしながら初枝の後をついていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 コア・ルームに戻るとさくらがアイスティーを出してくれる。それを一気に飲み干し緊張で乾いた喉を潤した。


 「はぁ〜。緊張した」


 「それはこっちもっすよ〜。いきなり戦闘開始かと思っちゃいましたよ」


 「誠意が通じたのが勝因だな」


ーー 思いっきり【真言】のせてついつい超越者の覇気まで漏らしてましたけどね。ワタシの制御を一瞬破られてしまい焦りました ーー


 「あ〜、だからあの子気絶してたんすね。納得っす」


ーー 初枝様には“宣誓”のような拘束力はありませんが不戦の約束をしていただけましたし、香織様もこれで心を乱すことなく戦えますね ーー


 「悠人さん、ありがとうございます。さすがに真剣を使っておばあちゃんと戦ってその間に悠人さんの役に立てないのは嫌だったので……」


 「うん、よかったよ。でも、人と戦うことに変わりはないから、もし気が進まないなら——」


 「それは……大丈夫です」


 「そっすよ〜。お兄さんがいない間に女同士で決意を固めたんで!」


 見渡すとみんなが頷いた。

 そういえば玖内は今どうしているのだろう。ちゃんとログハウスか喫茶・ゆーとぴあに帰れただろうか。


 「……? まぁそういうことなら」


ーー そんなことよりマスター、よろしいんでしょうか? ーー


 「なにが?」


ーー 6階ではドラゴンとしてのクロと、ペルソナとして一緒に戦うのですよね? ーー


 「そうだけど?」


ーー マスターが退場したという偽装ができていませんが ーー


 「あっ」


 急いでボス部屋の映像を見ると、共闘をしていたであろう軍曹とローブの人物がセクレトを倒したところだった。


 「……」


ーー 手遅れでしたね ーー


 「ま、まぁほら、お腹痛くなったってことに」


ーー 小学生ですか ーー


 「じゃ、じゃあどうしよう」


ーー よくよく考えれば小細工など必要ありません。堂々としていれば良いのです。6階を担当するのがペルソナと他の皆様だったというだけの話です ーー


 「そうか。うん、そうだな」


 セクレトを倒した面々は6階へ行き、扉の前で休憩を取るようだった。双方とも和気藹々としていて、もともと関係が悪かったわけでもなくその上共闘した仲だ。北の国の一人がポケットから小さな銀色の容器、たしかスキットルとか言ったか、それを取り出し軍曹たちにすすめていた。中身は酒類であろうそれをやんわりと断った軍曹たち、そしてアレクセイから叱られるその男。その様子をローブの人物、北の国の九人目が見つめていた。


ーー 笑っているようですね ーー


 「そうなのか? 顔が隠れててわかんないな。それにしてもセクレトを結構簡単に倒しちゃうんだなぁ。やっぱタワーシールドとあの武器がすごいのかな」


ーー 参加者同士の共闘も考慮に入れてありましたが、ローブの人物が想定以上の実力者でした ーー


 「そんなに強いなら最初から戦ってれば四人も退場させなくて済んだかもしれないのにな」


ーー そうしない、できない理由があったのかもしれません ーー


 「理由ね〜」


ーー 瞬間的に効果を発揮する能力であったようですので、その代償があるのではないかと ーー



 参加者たちが休憩している扉の前に初枝さんと菲菲を含む他の参加者たちもやってくる。そして生存している全員がそこに集まったとき、扉がガチャリという音を発した。


 「解錠されたか。ではここにいる十八人で全員ということだな」


 軍曹の言葉にその場にいるほとんどの参加者が息を飲む。

 軍曹たちマグナカフェが五人、北の国勢が五人、大陸の国勢は菲菲のみ、そして初枝さんと日本の一般探検者たちが七人だ。初枝さん以外の日本の探検者六人は一緒に行動していたが、それぞれが別々のパーティだったようだ。その全員がここに来る過程で手に入れたであろう武器を携えている。


ーー ミノタウロスやメズキといった大型のモンスターが数を減らすことに最も貢献したようです ーー


 「俺たちが作った武器がなかったらまずかった?」


ーー そうですね。3階以降で手に入る武器は少し強めにしてありますので、それを手に入れることができたことによって到達できたのでしょう ーー


 「じゃあ宣伝効果はあるかな?」


ーー はい。それは間違いないでしょう ーー


 クロがコア・ルームから6階の部屋へと行き、黒銀の神龍として大きな部屋の中央で狸寝入りをしている。その部屋の扉に代表して軍曹が両手を置き押し開く。


 軍曹たちは目の前の黒い塊からドラゴンの首がもたげられられたのを見ると、目を丸くして息をするのも忘れているようだった。


 『よく来たな、人間共』


 竜モードでボスモードなクロは、仰々しく尊大な態度で言葉を発した。しかしそれを見ても動じていない者が数名、その中の一人であるマグナカフェメンバーのオタク隊員が声を上げる。


 「ギャルちゃん!」


 『……』


 「ギャルちゃんだよね!? がんばってここまできたよ!」


 『……』


 「君にもう一度会いたかったんだ、ギャルちゃん!」


 一歩、また一歩と近付きながらクロをギャルちゃんと呼び、対するクロは無言で睨み付けている。


 「ギャルちゃん、結婚し——」


 パシーンと音がし、オタク隊員は竜の尻尾で横薙ぎにされた。そのまま転がったオタク隊員だったが、少しするとむくりと起き上がる。

 コア・ルームの俺たちはその様子にオタク隊員の脱落を予期していたのだが、そうならなかった理由を聞いて納得した。


ーー オタク隊員は隊服の下にワタシが作ったものを着ているようですね ーー


 「車で轢かれたくらいの衝撃を防げる装備……俺のとあんまりかわらなくないか?」


ーー マスターや皆様のものよりも一段劣りますが、そのプロトタイプと言えるものですので性能はそれなりかと ーー


 オタク隊員を尻尾で払ったクロが実は一番驚いていたが、心を読めるでも無い限り知られることはない。そんなクロは平静を装いつつ小手調べに威力をかなり絞ったドラゴンブレスで前方をなぎ払う。見た感じでは火炎放射器でサッと炙られた程度だったが、数名が後方へと飛ばされ呻き声を上げている。おそらく“竜帝覇気”の込められたブレスなのだろう。


 「さて、私はそっちで見ていようかねぇ」


 ブレスを指輪の【拒絶する不可侵の壁】で防いだ初枝さんが戦闘に参加する気がないとわかる場所へ移動する。他の参加者たちは少し戸惑った様子を見せたが、続く「痛い思いをしたくないならこっちへおいで」という言葉を聞き日本の探検者たちは痛む体を引きづるように全員そちらへと移動した。


ーー 初枝様の元へ集まっている者たちはリタイアということですね。では……悠里様の能力を真似てみましょう ーー


 6階に声が響き渡る。それは観戦を認めるというものと、傷を癒すという宣言だった。

 エアリスが真似たのは悠里が使うことのできる魔法【リジェネレート】だ。少しの火傷や打撲程度ならすぐに治る、再生の効果を付与する魔法だ。


ーー なかなかうまく行きませんね。効果は悠里様が使用した場合の半分といったところでしょうか。やはり悠里様のようにしっかりと詠唱というものをした方がよいのでしょうか ーー


 「真似できるのがそもそもおかしいと思うけどな。ってかなに? 悠里って詠唱なんてしてたっけ?」


ーー 声にはほとんど出していませんがしています ーー


 「マジで?」


 悠里を見ると真っ赤な顔でこちらに鋭い視線を向けていた。よし、この件は不可侵だ、考えるだけに留めて触れないでおこう。


 ダンジョン腕輪を手に入れた際に発現する能力は個の資質が大きく影響する。俺は【真言】、言葉に力を持たせることができたり他にもいろいろとできたりする。

 悠里の場合は【魔法少女】、少女の年齢ではないがそれは魔法少女もののアニメが好きで、たまたまそれが発現したんだろう。その魔法は主に氷結系やサポートだが小規模のブラックホールのようなものを創る魔法も扱える。しかし本来はお互いの能力を知ったところで使えるということにはならないのだが、エアリスにかかるとなぜかその法則は成り立たず、ログハウスメンバーがエアリスをチートと認める所以の一つだ。


 「う〜ん、エアリスもエアリスが宿ってるお兄さんも、どっちもチートで合わせてもっとチートっすよね〜」


 6階ではクロと十一人の参加者たちが睨み合っている。参加者たちは戦う意思はあるものの、どこからどう攻めればいいのかを思案しているようだった。その中には先ほどのブレスでダメージを負った者もいるが仮にも戦闘中、そんな怪我など気にしている場合ではないのだろう。


 『オマエたちが相手か』


 『ド、ドラゴンって実在したのか……架空の話の中では最強の生物だなんだと言われるが……』


 北の国の一人が目の前のドラゴンに戸惑いながらも自らを鼓舞するかのように『十一人もいればいけるよな?』と言うと、それに対しクロは言った。


 『ではこちらも数を増やすとしよう』


 その言葉に続けた咆哮を合図にクロ周辺の床に七つの魔法陣が現れる。もちろんただの演出でありエアリスの仕業だ。

 しかしそれはその場にいる全ての参加者たちの度肝を抜くには充分だった。


 「魔法陣!? うわっ、かっこよ!」「ドラゴンってだけでも胸熱なのに魔法陣かよ!?」「黒い霧が集まって……人の姿に? お、大きな狼もいるわっ!」「カーッ! クラン・ログハウス、やっべぇな!」「やっぱこんな世界になったんだ、一番楽しんだやつが一番強いしすごいんダナー」「あれ? なんだあの黒ずくめの仮面……もしかしてあれが噂に聞くペルソナってやつか?」「あれってもしかして雑貨屋連合じゃない?」「あれ? でもログハウスってもっといなかった?」


 よしよし、みんな驚いてる驚いてる。っていうか怖いとかそういう方向にいかないところがすごいなこいつら。ちなみに今回はペルソナに扮している俺以外も目元を隠すような仮面をつけている。なぜかと言えばエアリスがこう言ったのだ。『せっかくです、統一しましょう』と。まぁ他のみんながバレバレだったりするのはご愛嬌だ。華がありすぎて隠しきれないものもあるんだろう……知らんけど。


 召喚陣から吹き出したエッセンスの黒い風が集まったような演出、そこに現れた俺たちは特別緊張することもなく十一人と向かい合う。

 いや、俺は緊張している。依頼で偉い人たちと会う機会があったりするのにはある程度慣れたが、今の状況はそれとは別だ。喫茶・ゆーとぴあではこの様子を生中継しているし、その映像は迷宮統括委員会(ギルド)に提出される予定だ。それに知らない人、しかも海外の人までたくさんいる状況……声が震えたらどうしよう。


 「そちらの七人はリタイアということでいいんだな?」


 初枝さんを含む日本の一般探検者たちは首肯する。初枝さん以外は目をまん丸にしており、驚いて声も出ないかのようだった。しかし確認は取れたので『今回は特別』とリタイア者を【拒絶する不可侵の壁】で囲った。これで思う存分観戦できるだろう。とは言ってもそれほど時間をかけるつもりもないが。


 (参加者たち、さっきまで興奮気味に喋ってなかったか?)


ーー ちょっとだけ超越者の覇気を漏らしておきましたので ーー


 (その必要性を感じないなぁ)


ーー 強者には強者の空気感というものがあって然るべきなのです。それに緊張を隠すにはちょうどいいのですよね、覇気。大抵のヒトはそれに耐えるので精一杯で、緊張を察する余裕すらなく黙りますので ーー


 まぁいいか、と脳内会話を打ち切り戦う意思のある十一人へと向き直ると、ローブの人物が徐にフードをとる。すると北の国美人がそこにいた。


 「……あなたがペルソナ?」


 「そうだが(ってか女の人だったのかよ)」


ーー ローブの隙間からチラリと覗くボディラインが女性でしたが、マスターは気付かなかったのですか。ほら、胸もほどよく膨らんでいるでは無いですか ーー


 (高身長細身の男とばかり思ってたしそれに背中のタワーシールドと槍にしか興味なかったんだよ)


 「……あなたを倒せば私が一番強い?」女が言い、俺とエアリスの会話は途切れた。


 「それはどうだろうな」


 「……じゃあ死んで」


 いきなりすぎでは? と思いつつ高速で突き出される槍を躱す。避けられることを予期していたかのような動きで回転し横から槍を叩きつけるようにしてくるが、それも難なく躱してみせ、ついでに余裕も見せつけておく。


 「ご挨拶だな」


 「……これは殺し合い」


 「それもそうだな」


 エリュシオンを取り出すと、どこからそんな大きな物を出したのかと驚いたように見えたがそれも一瞬、すぐにタワーシールドを構えそのまま体当たりしてくる。


 それを合図に他の参加者たちも攻撃を開始し、俺たちはそれに応戦した。


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