第136話 いろいろな人々
地上では寒さも和らぎ春らしい気候の日が増えてきた三月、元々はスポーツ用品の製造販売をしていたが、現在はダンジョン用武器開発に力を入れているとある企業の社長室にて。
「社長、エテメン・アンキにて入手した剣や棍などの武器は実用可能なようです。防具類も同じく実用に足る物とのことです」
社長に報告する秘書はそれだけを言うとじっと目の前の男の顔を見つめ言葉を待つ。
「……それは我が社がまだ世間には公表していない刀剣類を使って実験したのか?」
公表していない、というよりは公表できないが正しい。なにせそれは刃物だからだ。ダンジョンの発生によって微妙になっている銃刀法とは言え法は法、今はまだ世間に露呈してはならないことだ。
「はい。わずかですが入手したミスリルを使用して製造いたしました試作二号、および試作三号を実験台にしました。その結果、エテメン・アンキ産の武器・防具には傷一つ付けることもできませんでした。逆に試作二号は刃毀(こぼ)れと剣身の歪み、三号も刃毀れが見られました」
「ううむ。やはり合金の比率の問題か……? しかし量産が容易いほど大量にミスリルが手に入らないのが難点だな」
「その件ですが、どうやらエテメン・アンキではミスリルの金属塊が手に入る場合があるそうです。モンスターからのミスリル鉱石ドロップでは含有量にばらつきがありますが、そのインゴットは純ミスリルと言えるものだとか」
「我が社子飼いの探検者が得たのか?」
「いえ、迷宮統括委員会(ギルド)の公式ホームページに今朝掲載されました」
「あの探検者の善意を食い物にしようとしている掲示板か」
「0chのような掲示板にもそういった類のものはありますが、迷統会の掲示板であれば書き込まれた内容が本当かどうかの裏取りもなされるのですし、そのように言うのは……」
「ふむ……真偽不確かな情報渦巻くインターネット掲示板か。確かにその点では多少の信用はできるか」
社長は少しだけ反省したそぶりを見せると、秘書に背中を向け思案する。
エテメン・アンキから得た武器や防具といった類のものはどうやらファンタジー・ゲームにあるようなものと見た目が酷似していることが多いらしい。ダンジョンというもの自体が摩訶不思議なものだが、ゲームを知る存在、もしかすると人間がつくったものなのではないだろうか。
そんなことを思い、頭を振る。そんな、インターネットや創作物を現実に具現化したような場所を人類が作れるわけがないのだから。
ということは、我が社の最新の技術は意味不明なダンジョンという場所で発見された物より品質が低いということか。それらに含まれるダンジョン産金属であるミスリルの量からしてそれも当然と言えば当然だろうが、それに甘んじるわけにはいかない。それにこれはビジネスチャンスでもあるのだ。ダンジョンがなんのために存在しているのかはわからないが、せいぜい良質の素材を産み出してもらおう。それを使い最新の武器を作りそれを売る。そしていずれその武器を手にした誰かが、息子の仇を取ってくれるだろう。
社長室を出た秘書は人知れず嘆息する。自らの上司がダンジョンによって変わってしまったことを憂いて。
一方、公民館ダンジョンのとある階層では、いつもの階層でウサギを狩るレイナに知り合いの女探検者が話しかけていた。
「あっ、レイナやほー」
「こんにちわ〜。精が出ますね〜」
「お互い様だって〜。そういえばさ、この間のアレってまた食べられたりしない?」
「アレって……ウサギ肉の料理ですか? それならSATOに行けばいいじゃないですか」
「え〜、だってあのお店、テイクアウトないんだも〜ん」
「そうなんですか?」
「あれ? レイナって行ったことないんだっけ?」
「ないですねー。この間のは貰いものでしたし」
「そういえば言ってたかも。ミカゲさんとか言ってたっけ?」
「そうですよー、SATOにお肉を卸してるみたいで、そのよしみで〜ってことらしいです」
「へぇ〜、いいなぁー……あれ? SATOにお肉を卸してるのって、噂じゃ今はクラン・ログハウスのリーダーっていう人だよね? じゃあミカゲさんって……御影悠人!?」
「そうですけど?」
「な、な、な……なんて人と知り合いなのよレイナってばっ! 紹介して! 紹介っ!」
肩を掴まれガクガクと揺さぶられるレイナは、悠人への注目度がインターネット界隈で特に高い事をその時知った。レイナは普段、使い過ぎによる通信制限を恐れネットサーフィンをあまりしないのだ。
「え、ええ〜……それはちょっと」
「おーねーがーいー、なんでもするからぁ〜」
先日悠人がここに来た時、あまり目立たないようにしていたことを思い出す。一緒にいた香織にはパーカーのフードを被せることで身バレ防止をさせていたし、本人もエテメン・アンキからモンスターが出てきた時に来ていた服ではなく散歩に行くような、いわば普段着にしか見えない服装だった。そのせいで逆に目立っていたようにも思うが。しかしそういったことの理由は目の前で自分を物理的に揺さぶっているこの女性のような人から自衛していたのかもしれないと慮った。レイナは自分がその場にいたことを悠人が気付いていなかった事に少し寂しさを感じていたが、あの時はそれどころではなかっただろうし……と思う事にした。
(御影さんって絶対モテるもんね。わかるわかる。となると、かぐや姫作戦しかないかな)
かぐや姫作戦とは無理難題を突きつけて諦めてもらう作戦である。
「じゃあ私とパーティ組みません? ビバークも同じ日が多いですし。あっ、でももう誰かと組んでたりそもそも組む気がないとかなら——」
「おっけーい! じゃあたった今から私たちはパーティね!」
予想外の返事にレイナは驚きを隠せなかった。いつもお互いにひとりで活動していて、この公民館ダンジョンにおいてモンスターを狩れさえすればもっとも効率が良い。つまりその最高効率を捨ててでも悠人と知り合いになりたいと言う事に他ならない。しかしレイナにとってもそれはメリットが多い。近頃では熊のモンスターとも渡り合える、むしろ圧倒できるだけの実力を備えたと自負しており、しかし19層突破できるかと言えば不安があったからだ。そこを抜ける事ができれば、マグナ・ダンジョンを経由せずとも20層に行ける事になり、危険は増えるが稼ぎも増えるに違いないと考えていたところだった。
「え、いいんですか?」
「私も一人だし? それにレイナとはビバ友だし、もう仲間みたいなものよ」
「仲間……」
「そっ、仲間! それにまたSATOのお肉をダンジョンで食べるっていう贅沢ができるかもしれないし〜」
「そっちが本命ですか。御影さんを紹介する必要はなさそうですねー?」
「必要あるある!」
「一応言っておきますけど、なかなか会えないと思いますよ? 私だって四回しか会ったことないですし」
「それでも、可能性はゼロじゃないわっ! それじゃ、これからよろしくねレイナ!」
「は、はい、よろしくお願いします」
無理を言ったつもりだったのにパーティを組んでしまったレイナは、勝手に紹介する約束をしてしまった事を後悔すると同時に、悠人に感謝するのだった。おかげで20層で狩りをする事ができ、うまく行けば夜の蝶時代よりも稼ぐ事ができるはずだ。
(っていうか、御影さん、エテメン・アンキからモンスターがたくさん出てきた時に私もいた事、気付いてないんだよね。あの時の御影さんかっこよかったなぁ、羽生えてたし飛んでたし。でもあの御影さんがその御影さんだって信じられなかったけど、ほんとにそうだったんだよねぇ。……香織さんかぁ、ライバル多そうだなぁ)
エテメン・アンキからモンスターが大量に出現した際、顔が似てるだけの別人と認識していたレイナだが、先日再会したことで本人だったということを知った。同時にライバルが多いであろう事も知ったが、それでも彼女は20層を目指す。そんな決意などお構いなしに、パーティメンバーになった女性は一人はしゃいでいた。
そしてログハウスでは。
「ところでお兄さん、なんでお兄さんって会長なんすか?」
そんなことを杏奈が聞いてくる。これには海よりもふか〜い、とてもふかぁ〜い訳がある。
「それはなー、俺たちはクラン・ログハウスだろ? それ単体だと会長なんていらないんだけど、フェリがいるだろ?」
「フェリもクラン・ログハウスのメンバーじゃないっすか」
「俺たちにとってはそうなんだけど、迷宮統括委員会(ギルド)にとってはそうじゃないだろ?」
「あ〜、戸籍とかないっすもんねー」
「ってことで一応は非公式だけど別勢力ってことにして、これまた一応グループっていう認識に……とかなんとか悠里が言ってた」
「そうなんすねー。実際のところ、悠里さんとしてはお兄さんを自由にしすぎると何をしでかすかわからなくて不安だったんじゃないかって思うんすけど」
「俺もそう思う」
「自覚あるんすね」
ーー 特に深くもない話でしたね ーー
「ひゃああ! な、何この声!」
「え? どうしたの?」
「え、あの、どこかで聴いたことのあるような声が聴こえた気がしたんすけど……気のせいっすかね?」
ーー 気のせいではありませんよ ーー
「ひっ……もしかして……エ、エアリスっすか?」
ーー はい ーー
「フェリがいなくても話せるようになったんすね。おっぱいから心臓が少しはみ出たかもしれないっす。お兄さん見てくれません?」
一瞬、ほんの一瞬杏奈の胸に視線を吸われてしまったが、俺の理性はそんなものでは揺らがないのだ。
「………不思議だろ? それに正月に御影ダンジョンに迷い込んでた女の子の能力まで真似たんだぜ?」
「不思議じゃ片付けられないくらいぶっ壊れっすね」
「だよなー」
「お兄さんもっすけどね」
「え? なんかいった?」
「なんでもないっすよー。それにしても脳みそがくすぐったい感じっすね。お兄さんっていつも頭がくすぐったいから変な事考えつくんすかねー?」
俺たちが話をしているのは21層の森の入り口、ちょうど平原と森の境界に建てた“喫茶・ゆーとぴあ”だ。通常のカフェスペースに加え、オープンテラスがあり、宿泊できる建家も併設してある。そしてその裏手、森側には大きな露天風呂があり、男性用、女性用の他に混浴もある。我ながら最高傑作と言えるのではないかと自画自賛の真っ最中だ。
「最高の出来だと思うけど、ちょっとがんばりすぎた気がする」
「“ゆーとぴあ”っすからねー。名前負けしないようにするにはこのくらいは、なんじゃないっすか?」
「それは一理ある。杏奈ちゃんのお父さんにもまた世話になったね」
「いいんすよ〜、むしろ売り上げが増えて喜んでましたし」
「杏奈ちゃんもいろいろ手伝ってくれたし、ボーナス出るように悠里に言っておくよ」
「やったー! でも財政難だからダメって言われそうっすね」
「ないとは言えないかなぁ」
「そうだとしても贅沢言わないっすよー。今だって悠里さんの雑貨屋でバイトしてた時より貰ってますし」
杏奈は意外にも経理の仕事ができるようで、普段の探検者講習の講師依頼の他に悠里の事務仕事を手伝っている。それもあってログハウスのお財布事情を理解している。とはいえ奔放な性格の杏奈がわがままを言わずにいてくれるのはとてもありがたく、反面申し訳なさも感じている。
杏奈の父親の会社からログハウスの発電機を提供してもらったという過去があり、今回の喫茶・ゆーとぴあで使う発電機も杏奈の父親の会社の製品だ。液体燃料と蓄電により長期間運用が可能で、燃料も簡単に付け替えることができる。簡単とはいえ通常であればその取り扱いには技術者が必要なのだが、ここはダンジョンの中ということもあり杏奈が数日間講習を受けその業務を委託された形となっている。
「とは言っても、発電機が必要なのは照明くらいだし、ほとんど燃料の交換もいらなそうだけどね」
「そうなんすよねー。パパはたくさん使ってくれた方がうれしいって言ってましたけど」
「大抵俺の能力をエアリスが使うと解決するからなぁ」
「便利っすよねー」
「やっぱ俺の能力って、大工とか生活に必要なこととか、そっちの方に適性があるように思えるんだよな。エアリスがいるおかげで服にも困らないしな」
「そっすか? あたしの能力は普通の身体強化系なんで得意なのはモンスターを倒す方のはずなんすけど、そんなあたしよりもお兄さんの方が全然強いっすけど?」
「それはエアリスのおかげだからな」
杏奈と話していると、紅茶のおかわりをさくらが持ってくる。
「やっぱりこんなに立派な施設になると、紅茶だけじゃ物足りないかしら」
「そうだね。さくらの紅茶はうまいけど、他にもいろいろあった方がいいだろうね」
「となるとやっぱり珈琲とか軽食とか……宿泊できることも加味するとお酒なんかもあるといいのかしら。悠人君、誰か詳しい人いないかしら?」
「う〜ん。心当たりが……ないわけでもないけど」
そもそも21層へは現在、俺たちログハウスのメンバー以外が来ることはない。それにはエテメン・アンキの存在が大きいが、他にも理由がある。
「20層から他の新しい層へ行けるようになったんだったよな。今更だけど、21層に来る理由ってあるのかな」
そんな疑問に答えたのはフェリシアだ。大いなる意志という大層な存在であり、必要であればいろいろと教えてくれることもある知恵袋のような存在でもある。
「あるんじゃないかな? 幻層はもう封鎖したから21層にそれを目的に来ることはないだろうけど、代わりに22層へ行くこともできるよ?」
「それは初耳。やっぱあの石碑?」
「そうそう。あれは特別だから、実は行ったことのある場所ならどこへでも行けるよ? 知ってた? 知らなかったでしょ?」
「知らんかった。そういうのはもっと早く言ってくれるとありがたいんだが」
「転移で移動しちゃう悠人ちゃんには必要ないかと思ってさ」
「まぁ、たしかに。ってか22層って呼び方でいいのか?」
「うん、幻層はあってないようなものだから、閉鎖した今は22っていうのも変でしょ? そもそも22っていうのも本当は違うし」
「本当は22じゃない……?」
「そうだよ。言う必要がなかったから言ってないけど、21層と呼んでいるここは本来どこでもなく、どこでもある場所なんだよ。だから22層は本来21層と言えるのさ」
「じゃあここも幻層みたいなものなのか?」
「それとは違うね。ここは特別な場所なのさ。そして本当の21層への道が開通したことで、この層は20層からは普通に来れなくなったよ。でもエアリスがこの層に干渉できるし、20層にもある程度干渉はできるようになったんでしょ? それなら人為的に道を繋ぐことはできるよ」
「ふむ。じゃあここを21層と言うのは違うんだな」
「そうだね〜。言うなれば理想郷なのさ、少なくともボクにとってはね」
「理想郷か。だからこの喫茶店の名前、“ゆーとぴあ”を推したのか?」
「そうだよ」
「ひらがななのは?」
「なんかかわいいから。かわいいよね?」
「そう……かもしれないな?」
「そうだよ。そんなことより人間ってときどき思い切りがよすぎて驚くよ」
話を打ち切るようにしたフェリシアが驚いたと言っているのは最近の出来事についてだ。
日本政府はクランという団体に所属できる年齢制限を原則として設けない事とした。そもそも制限が法律で決まっていたなどという事はもちろんないのだが、成人、もしくは十八歳以上などの制限を推奨され、それに準じる形で各クランが独自に設定していた。だがそれを原則設けないということを要請したのだ。
「実際、なにか変わったりするんすか?」
「んー。クランに登録するってことは、探検者だったりそれを目指してる人、もしくはサポートってことになるよね。直接でないにしろダンジョンに関わることになる。つまり危険も隣り合わせになるわけだ。ダンジョンができる前なら、未成年を危険が伴うところに加えること自体、道徳的にだったり倫理的にとかそういうので批判的な意見も多かったんだろうけど」
「今となってはクラン同士のイザコザがあるところも出てきてますし、武器を持つことが日常化しているせいか、気持ちが大きくなって過激なことをする人も増えてきているようですからね。ダンジョンに入るのは原則探検者免許所持者ですが、クランという団体に所属している方が子供たちの身を守れる場合が多いというのを、無理矢理押し通した議員がいたんですよね」
杏奈の疑問に答えていた俺に続いたのは香織だ。現総理大臣の孫娘である香織はそういった動きにもなかなか詳しい。
「細かいところはわからないけど、要は子供を守るためではあるんだろうな」
「そうですね。いろいろと調整が必要だったり大変みたいですけど、私たちにはあまり関係ないかもしれませんね」
「悠人ちゃんに子供ができたりすれば関係あるんじゃない? あるよね?」
「じゃああたしが実験台になるっすよ?」
「私もなってもいいわよ〜?」
「さ、最初は香織がっ……!」
「「どうぞどうぞ」」
「みんなそういう冗談好きだよねー」
二人きりの状況でそんなことを言われれば本気かと勘違いしてしまうかもしれないが、昼間のカフェスペースでするのは冗談だからだろう。だがそんな冗談を言い合えるのは悪いことではないと思う。その内容が内容だが……ログハウスは女世帯、言わば“女子校の実態”のようなものが存在しているのかもしれない。男の俺にはわかるはずもないな。あれ? ということは俺って……男として眼中にないのかもしれない。まぁそれはそれで楽なことを実感してはいるが多少の哀しみを背負わざるを得ないな。
考えるだけ無駄な事は脇に置き、迷宮統括委員会(ギルド)にこれまで21層だと思っていた場所は21層ではないことを言っておこうと思った。今のうちに訂正しておくことで後の混乱を未然に防ごうと思ったのもあるが、フェリシアにとってこの層が特別なのであれば、その呼称を味気ない数字のままにしておくのがなんとなく嫌だと思ったからだ。
それから数日後、20層、巨大な猫がいる森の奥地に他の階層への入り口となっている場所を発見し荒野に神殿のような建造物があることを確認した。その報告ついでにログハウスのある層が21層ではなく、本当の21層はそちらだということを迷宮統括委員会(ギルド)に報告する事になったのだが、それはフェリシアが『神殿を抜ければ22層へ行けるみたいだね』と言っていたからだ。神殿のある層への入り口は他にもあるらしく、さらにまったく違うところに通じているところもあるとフェリシアは言う。つまり21層と呼んで良い場所が複数あるという事で、フェリシア曰くおそらく数字で呼ぶのも今のうち、と。
とりあえず地上部がダンジョン化したマグナダンジョンや各地のダンジョンから通じている草原が20層、その各地から行くことができる神殿や他の層も21層、俺たちが森にログハウスを建てた層はアウトポスということに正式になったわけだ。21層が複数と聞いた統括は頭を悩ませていたが、面倒になり「21層神殿とか神殿層と呼べば問題なさそうだね」と言っていた。フェリシアの言う通り、20層以降は数字で呼ばれる事はなくなるのかもしれない。
ちなみにアウトポスというのはダンジョン内の知恵ある者たちが大いなる意志、フェリシアのことをアウトポス神と言っていたことから取った。フェリシアのホームとなる層がここであり、フェリシアもこの層には思い入れがあるようだしそういう事になった。フェリシアが影響を及ぼしていた20層は今となってはエアリスの方が影響力が強いようだが、そういったことは外部には伏せる事にしている。めんどうは避けたいし、そもそも言う必要がないからな。
「神殿層への入り口がこれまでみたいに洞穴じゃなく床面に魔法陣みたいなのがあって、それに乗ると転送されるなんてな。ますますゲームらしい要素が増えたな」
ーー そうですね。これまでとはなにやら違いますね。というか進化していませんか? ーー
「たしかに、アナログだったのがデジタルになったくらいの違いがある。入り口っていうより“ポータル”って感じ」
ーー 言い方を変えるだけで別物に思えますね。しかし転送ですか。マスターの能力でできることがダンジョンに反映されているように感じます ーー
「というか俺の能力をエアリスが使うとできる事、な」
俺とエアリスの話にフェリシアが割って入る。
「それはたぶん、悠人ちゃんとエアリスがダンジョンとの親和性が強いからかもしれないね。お互いに影響し合う関係になってるのかも。それも悠人ちゃんだけなら起こらなかっただろうけど」
「あぁ、エアリスがいろいろやってるもんな」
ーー ワタシが諸悪の根源のように言うのはやめていただきたいのですが ーー
「草原から先、エテメン・アンキにも多少なり干渉してるのは誰だと思う?」
ーー ワタシですね ーー
「たぶんそういうことの積み重ねじゃないかなぁ。たぶんね? たぶんだよ?」
ーー ダンジョンの深淵を覗こうとしたがために、ダンジョンからも覗かれているということですか ーー
「なんであれ悠人ちゃんとエアリスはダンジョンの注目の的なのかもしれないね。うれしい? うれしいね?」
「特に嬉しくないです」
「そうなの? ふ〜ん。そうなんだ。でもでもさー、悠人ちゃんに大注目っていうことはだよ? 悠人ちゃんが少しくらい本気を出しても大丈夫な階層になってたり」
フェリシアのその言葉に俺は食いついた。これまでも俺は一応本気を出す場面はあった。しかしそれは、エアリスによって能力に制限を掛けられた状態での話だ。俺の体や心がもたない可能性や必要以上に破壊してしまうかもしれない事からエアリスが制限してくれている。俺もその方が良いことはわかっている、わかってはいるのだが……
『持て余す力は身を滅ぼす』
つい先日そんなことをエアリスに言ったばかりだ。しかしある程度自分の能力の限界を知ることも必要と思うし、単純に知りたいと思ってしまう。
「悠人ちゃんは進化しているから、これまでよりも自分の能力の限界を引き上げられるはずだよ?」
ーー 今日のフェリシアはずいぶんと煽ってきますね。甘言に惑わされないようご注意ください。何を企んでいるかわかったものではありません ーー
(でもすっげぇ惑わされるわぁ。だって実際興味あるじゃん。なにをどのくらいできるのかって)
ーー わかります。ぶっちゃけワタシの方がその欲があると自負していますから ーー
それは確かに、と思いつつ俺は深呼吸し、話を戻すことにした。
複数の場所から神殿のある層へと行った軍曹たちマグナカフェの隊員たちによって、複数のポータルが同じ神殿層に繋がっている事が証明され、他のところも同じような場所が複数確認された。
ポータルによって転送される場所は、一見20層、草原と変わらないように見えるが石造りの神殿のようなものを遠目に見ることができる。複数あるポータルはその神殿を中心に周囲に存在していたようで、周囲を見て周った際に他のポータルを発見したそうだ。ちなみに神殿と逆に進むと見えない壁によってはじき返されるらしい。しかし思い切りぶつかってもぽよよ〜んとなるらしく、幸せな感触があると言う隊員たちはしばらくぽよんぽよんしていた。今度俺もぽよよんを調査してこようと思う。
神殿内部は外観からは考えられない広さを持っている。石壁に囲まれているが大型の車が何台も横並びになれるほどの広さがあり、その広さを除けば迷路のような構造のプライベートダンジョンを巨大化したような造りと言えるかもしれない。
床面は土に覆われていて背の低い草がまばらに茂っているが、少し掘れば壁や天井と同じであろう材質の床が現れる。その巨大な通路が枝分かれしながら伸びていて、道中は20層に稀にいるライガービーストという巨大肉食獣の他、巨大な亀や蛇が当たり前のように闊歩しているがエテメン・アンキによって鍛えられた軍曹たちの歩みを止めるには至らなかったという。
しばらく進むと通路の横に、表面に四枚の翼を象った意匠の巨大な金属を思わせる扉があり、そこから尋常ならざる気配を感じたというのだ。エテメン・アンキに通って数々のモンスターを相手に実戦訓練をしていた軍曹たちでさえそれほどの気配は感じたことがなく、そこで引き返すことにした。
「次は新21層……真? の攻略っすか?」
「っていってもボスを倒して、はい終了とはならないしなぁ。何が出てくるか、何を得られるか、そういうのを調べるくらいかな? 実利も欲しいし」
「でも扉あったんすよね? マグナカフェのみんながビビるくらいすごい気配もセットで」
「そうだね。でもそこで引き返してきただけで、通路自体はそのまま続いてるらしいし、そのまま22層にいけるかもしれない。扉を開ける必要はないのかもよ?」
実際のところ、俺は21層の扉の向こうへ入ってみたいと思っている。だが問題が一つある。扉の向こうから感じたという気配のことだ。俺がそこに行けば、間違いなく中を覗きたくなってしまうだろう。しかし今は我慢だ。興味のないようなフリをしているのだ。なぜなら……
「でも閉じられてたら開けたくなるっすよね?」
「そうかなー。別にー、って感じかなー」
杏奈が21層を探検したくて仕方ない様子だからだ。それも扉の向こう側を。明らかに危険に思える場所に連れて行くわけにはいかないと思う俺としてはここは演技力をフル稼働してでも興味ないアピールをしなければならないのだ。じゃないと俺もひとりで行ってみたい気持ちが爆発しそうだ。
「へー、お兄さんは興味がないんすか?」
「まぁ……別にー、って感じだなー」
「ふ〜ん。じゃあ勝手に行って来るんで」
「え、ちょっ」
「だってお兄さんは興味ないんすよね?」
「え、いや、あの」
「でも誰かが行かないとじゃないっすか。それにお宝があるかもしれないんすよ?」
どうにか杏奈の興味を逸らして、俺だけで行くチャンスを作れないだろうかと考えていると、エアリスは呆れたように言う。
ーー 変な意地を張らずに一緒に行った方がいいのでは? ーー
(そうは言ってもエテメン・アンキで怖い思いをしただろうし、杏奈ちゃんは特に……腕なくしたり脚なくしたりよくしてるからなぁ)
ーー なるほどたしかに……しかしマスターが一緒にいることが何よりも安全に思いますが。それに本人がその気ならもう止められないかと。あの様子を見る限り、本気ですよ。目が¥になっていますし ーー
(エテメン・アンキの入場料収入が増えて来たとは言っても、ログハウスの資金難は完全に解消されたわけじゃないしな。俺も金目のものがあればいいなとは思うし、仕方ないか。ひとりで行くか、チビだけ連れて行ってみたいのはあるが……仕方ないよな。置いてったらあとで何言われるかわからないし)
結局チビだけを連れてこっそり行くのを諦め杏奈を連れて行くことにする。するとそれを知った香織も一緒に行くと言い張り、俺はその圧に屈した。そしてさらに、ログハウスのお姉さん的存在であるさくらによる無言の微笑みにも無条件降伏するのだった。
ーー それにしても今回はなぜそんなにお一人で行きたかったのです? ーー
(チビもいるからお一人様じゃないのだが? それに俺は純粋にみんなを心配してなのだが?)
ーー 本当ですか〜? 怪しいですねぇ。ちょっと覗いてみてもいいですか? ーー
(悪いことは言わない。ヤメルンダ)
ーー は〜、ふむふむ。なるほどそれは確かに一理ありますねー ーー
(見てしまったのか……)
ーー フェリシアの煽りによって好奇心に火がついているのですね。たしかに、誰かがいると好き放題暴れることができないという点については同意します。味方に被害が出てしまう可能性が高いですからね ーー
(暴れるとは人聞きの悪い。それにエアリスだって試してみたいこともあるだろう?)
ーー はい、ですがもう手遅れですので今回もできるだけ大人しくしましょうね〜。悠里様に叱られてしまいますからね〜 ーー
(はぁい)
軍曹たちによれば頑丈そうに思える神殿層で大暴れ。そんなものは最初からなかったのだ。俺は人知れずしょんぼりした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とあるプライベートダンジョン、その19層。そこにはゆっくりと歩く八人の姿があった。
ダンジョンができるまでは週に三日ゲートボールや散歩をしていた老人クラブ“黒老会(こくろうかい)”の面々が少し大きめのリュックを背負い歩いていた。
「はて? ここはどこじゃったかの?」
「いやですよぉ鈴木さん。伊藤さん家のだんじょんじゃないですか」
「あぁはぁ〜んそうじゃったそうじゃった……どのくらい歩いたかの?」
「いやですよぉ。だんじょんに入ってから十九回目の階段を探しているところですよぉ」
「はぁ〜ん? するってぇとぉ……ここはどこなんじゃろう?」
「19層ですよぉ。あらぁ〜、鹿さんだわねぇ」
とぼけたような老翁は、いつの間にか索敵役になっている老婆による鹿発見の報を聞くや否や人が変わったような眼光を見せる。
「てやんでぇ! やろうってのかい鹿公! こちとら若い時はぶいぶいいわしとったんじゃい!」
「はぁー、ほんとこの人はいつまで経っても変わりませんねー。威勢だけは良いんだから」
「そんなこと言って、私たちってみんな同じ穴のムジナじゃないのぉ。いやですよぉもう」
「……なつかしいなぁ。若気の至りだなぁ。自分たちにはなにか特別な能力があると本気で思っておったなぁ」
「いやですよぉ。若い頃思っていたことが現実になったじゃないですかぁ」
「……だんじょんには感謝しなければなぁ」
鹿のモンスターは一人の老翁によって葬られた。すると今度はなにやら不思議な雰囲気を纏うモンスターを老婆が発見する。
「おや? 今度は白くて綺麗な蛇さんねぇ。う〜ん? なんだか賢そうなお顔をしてるわぁ。おばあちゃんとお話しできるかしら?」
「蛇が話せるわけが…」
齢七十五を超えた老人、所謂後期高齢者たちであったが、モンスターを倒す様は年齢を感じさせない。それぞれが愛用の杖や折り畳み傘を使い、まるでツボを押すかのように急所を打つ。すると見た目は野生動物と似てはいても、それを軽く超えたスペックを持つモンスターたちが命を刈り取られ倒れる。そんな老人たちを一匹の白蛇が導くように進んで行く。
「もうそろそろ草原とやらを拝みたいものじゃのぉ」
「そうですねぇ。あら、あれって階段じゃないかしらぁ?」
老人たちはその階段をゆっくりと、しかし軽い足取りで降って行く。暗い洞穴を抜けた先、目の前には20層の草原が広がっていた。
「ようやく今日の目的地につきましたねぇ」
「そうじゃのぉ。丸一日歩き回った気分じゃわい」
「……大きな草原だなぁ。草だらけだ」
「お昼の番組で見た写真のままですねぇ」
「さて、少し休憩してから帰ろうかの」
「そうですねぇ」
「それなら私の“必殺魔法【風呂要ラズ】”の出番だわね!」
索敵担当とは別の老婆が張り切ると、それぞれが感じていた疲労は嘘のように消え去った。さらにその能力は、老人たちの体の汚れも綺麗さっぱり浄化した。まさに風呂要らずだが、魔法ではないし必殺ではない。単にその老婆の趣味からきた名前だ。だが実際に魔法のようなものであり、黒老会の面々は実際に魔法と認識していた。
この黒老会というのは昔馴染みの共通の話題を持つ者同士が集まってできた老人クラブである。その共通の話題というのは、皆一様に青の時代を世間に反発して生きて来たこと。名前がアレなのは、まぁそういう感じのやんちゃ集団なので推して知るべし。そして皆、程度に差はあれどボケている。ダンジョンに入ってから十日以上が経っているが、そんなことは気にしない……というかあまり覚えていなかった。ダンジョンができた世界においてもある意味それまで通りのこの老人たちは、毎日がエブリデイなのだ。
そんな老人たちは、慌てて声をかけて来た自衛隊員によって無事に保護され、一時的にマグナカフェに滞在することになる。
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