第137話 ミカゲ送迎サービスと観戦


 電話をしていたさくらが依頼を持って来てくれたのだが、少し目元の隈が目立っていた。


 「で? その老人たちを連れ帰って欲しいって?」


 「そうなのよ。今はマグナカフェでお世話してるみたいなんだけど、なかなかやんちゃな人たちみたいでね。軍曹が『介護施設に再就職できそう』って言ってたわ」


 「自衛官を介護職員に教育してしまう老人って」


 「ご家族に連絡を取ったら、どうやら十日以上前に行方不明になってて、その間ダンジョンにいたらしいのよね」


 「は? それで20層まで辿り着いたって? 食糧とかモンスターは? ってかカミノミツカイは?」


 「それが不明なのよねぇ」


 「なんにせよパワフルだなぁ」


 「そうねぇ。その元気を分けてほしいくらいよ」


 「クランの依頼はそれほどじゃないと思うけど、忙しいの?」


 「本職の方でね」


 「あんまり無理しないでね」


 「ええ、ありがとう。それでその人たち……黒老会っていう老人クラブらしいんだけど」


 「黒老会? それってまさか……いや、まさかね」


 その名には覚えがあり近所で有名な老人集団を連想した。まぁもしかしたら同じような名前をつけるってこともあるしな。まさか近所でよく見かけていた老人たちではあるまい……と思ったのだが。


 「悠人君は心当たりがあるのかしら? 持ち物の中に住所がわかるキーホルダーを持っていたのだけど、そこからご家族に連絡できたのよ。それでわかった住所が悠人君のご近所なのよねぇ。ね? 悠人君が適任じゃない?」


 「ってことはあの黒老会か」


 どうやら心当たりのある黒老会だったようだ。小さい頃に少し世話になったのだが、元気でいたみたいだな。多少ボケが入っているらしいが。


 「それじゃあよろしく頼むわね。私は少し休むわね」


 「うん、おやすみー」


 その老人たちを連れ帰るという依頼を引き受けた俺は、その旨を悠里に伝えマグナカフェへと向かった。

 そこには老人たちとピンクや水色といった色のエプロンをつけたマグナカフェの隊員たちがいた。


ーー なんとも……なんともな光景ですね ーー


 (だなぁ。自衛官四人がかわいいエプロンをつけて老人たちの世話をしているとは)


 「ゆ、悠人! 助かったぁ……これでようやく解放される……」


 「軍曹……に、似合ってますよ?」


 「そういうのいらないからな? そもそもこれは自分たちのものではないからな」


 どうやらさくらのエプロンコレクションを許可を得て拝借したようだ。キツキツなエプロンを脱いだ隊員たちが早く引き取ってくれと小声で懇願してきたので、老人たちを家まで送ろうと超越者の鍵によって異なる空間を繋ぐ扉を開こうとする。


 「おんやぁ? もしかして、御影んとこの坊やかのぉ?」


 「はぁ〜ん? はー……あ〜ぁうんうん、そうじゃ、御影んとこの坊主だ」


 「……どうしてこんなところにいるんですかねぇ」


 「こんなとこって……ここはどこじゃ?」


 「いやですよぉ。ピクニックで山の療養所に来たじゃありませんかぁ。ねぇ? 介護士さん?」


 「じ、自分は自衛官なのだが……」


 老人たちは俺を覚えていた、というか最後に会ってからだいぶ経つのにわかったらしい。まぁ昔はそれなりにかわいがられた記憶がないわけではないし、そういうこともあるんだろう。しかしボケているというのは本当かもしれないな。ここは山でもなければ療養所でもない。地表がダンジョン化した場所のすぐそばに自衛隊拠点を兼ねた施設として建てられたマグナカフェだ。


 「じいちゃんたち、久しぶり。俺のこと覚えてたんだね。ってかよくわかったね」


 「そりゃぁわかるよぉ。あんたは珍しい子だからねぇ」


 「そうじゃのぉ。子供の割に落ち着いているというか、喜怒哀楽が希薄というか」


 「……正直なにを考えているのかわからないところはありましたねぇ」


 「いやですよぉ。そんなこといったら失礼でしょう? こんなに立派になった坊やに失礼ですよぉ?」


 「その節はお世話になりました」


 「子供が気にすることじゃあない! ジュースとお菓子が欲しいならいつでも遊びに来ていいんじゃぞ?」


 「はは……さすがにもう子供じゃないよ」


 「そうですよぉ。坊やに失礼ですよぉ。でも、また遊びにきてもいいからねぇ?」


 子供扱いは変わらないようだな。年寄りから見ればいつまで経っても子供なんだろうけど。

 それから帰ることを忘れた老人たちにロックオンされた俺はしばらく昔話に付き合ってから老人たちを送って行った。

 今回自衛隊からの依頼という形になり、報酬は後日探検者口座に振り込まれる。金額は一人頭二千円と良心的にもほどがあるのだが、前例がないので近場にタクシーで向かった時と変わらない程度ということになったらしい。んー、まぁなんというか、んー、ケチである。お年寄りが十日以上もかけてたどり着いた場所から送るというのにだ。とはいえお小遣い程度にはなるが。


 (ふむ。送迎サービス……悪くないな。でも日に三度っていう空間超越の鍵の使用回数制限が厳しいし、やっぱだめだな)


 無事送り届けた報告をするためマグナカフェへと戻ると、見慣れない集団がそこにいた。


 「軍曹、無事に送り届けまし……た…よ? お客さんですか?」


 「あ、あぁ、悠人。大陸の国から来たらしいんだが」


 「大陸の? それってまさか」


 「詳しくは言えないが、あの格好だ。想像くらいはつくだろう」


 「あー、なるほど」


 軍曹から話を聞いているとその集団はこちらを窺いながら口々に何か言っていた。その視線は決して居心地の良いものではなかった。


 「入国審査とか大丈夫なんですかね?」


 彼らの格好は明らかにダンジョンを意識したものであり、ところどころ汚れている。察するに、ダンジョン経由なのだろう。武器等は20層に残して来た別のメンバーに預けて来たようだが、その中には銃器もあるようなことを軍曹はほのめかしていた。

 そんな彼らがいるのはマグナカフェ、地上がダンジョン化したところにあるのだが、ダンジョンであると同時にここは日本の国土なのだ。問題がありそうにしか思えなかった。


 「上に報告して判断を仰いでいるところだ。不法入国は間違いないのだが、今の我々にこういった場合の権限はないのでな」


 「面倒なことにならなきゃいいんですけどね」


 「まったくだ」


 ログハウスに戻るとさくらが出迎えてくれ紅茶を淹れてくれたが、相変わらずの目元である。


 「ただいま。少しは休めた?」


 「おかえり悠人君。休めなかったわ。大陸の国関係でね……」


 「あー、マグナカフェにいたのを見たよ」


 「そう、その人たちよ。まったく、こちらの制止も聞かずに入国するなんて、どういう神経してるのかしら」


 「大変そうだねぇ」


 「そうなのよ〜、大変なのよ〜? だから、休ませてほしいなぁって思うのよ」


 「うん、部屋でゆっくり休むといいよ」


 「相変わらずねぇ。……ところで悠人君暇そうね?」


 「そうだね、今日はもう依頼もないし」


 「それじゃあ膝が空いてるわよね?」


 「ひざ?」


 そんなこんなでさくらがソファーに座る俺の膝に頭をのせてくる。こんなことで休めるのだろうか。


 「はふぅ。久しぶりのユウトニウム補充だわぁ〜」


 「よく言ってるけどユウトニウムってなに?」


 「すやぁ」


 あっと言う間に寝入ってしまった。よほど疲れていたのだろう。

 ふとエアリスが大陸の国の探検者や老人たちについてなにも言ってこなかったことを不思議に思ったが、エアリス的にそれほど問題視していなかったようだ。


 (とはいえ知ってたなら教えてくれればよかったのに)


ーー 軍曹たちもいますし、問題ありません。それに余計なことに首を突っ込むのは得策とは言えませんよ? ーー


 (う〜ん)


ーー いいですか? そうやって必要以上に関わろうとすると、マスターが望む平穏はいつまで経っても訪れませんよ? ーー


 (そ、そうだな。でもほら、気にはなるじゃん?)


ーー それはわかりますが ーー


 (それにいざとなったらエアリスが頼りになるし?)


ーー そういうことなら仕方ありませんね。否定する余地がまったくありません ーー


 結局エアリスが譲歩する形となり、なにかあれば世間話程度には知らせてくれることを約束した。

 ふと以前は今よりも知らせてくれることが多かったと思ったが、自分で判断したということだろうしエアリスも成長しているということかもしれない。


 (自分と同じ脳味噌を使っているのにエアリスだけが成長していると思うとなんだか複雑だな。まぁそれはいいとして、そういえば海外勢はエテメン・アンキに行ったんだろうか?)


ーー 北の国はグループ・エゴの件の後も全員で通っています。大陸の国は行っていません。ちなみにワタシ、現在は以前ほどマスターの領域を占有していません ーー


 (へー、少しずつ自立しているってことか。で、結果は?)


ーー 二階で全滅です。銃を乱射していましたが、あまり効果はありませんでしたね ーー


 (そういえばあの人たち、俺たちの言うところのカミノミツカイが天使だったっぽいこと言ってたよな? しかもそれってかなり強いって聞いたけど、実際どうなんだ?)


ーー セクレトと同等といったところでしょうか。しかしあの面子で倒せたとはどうしても思えません ーー


 (グループ・エゴが反応するような危険な武器を使ったとか……マグレとか?)


ーー 否定はできませんが、ワタシは他に強者がいたのではないかと推測します ーー


 (自分らだけじゃ相手にもならなかったって言ってたな。それに俺を……超越者を神格化した人間って言ってたよな。他にそういう人を見たことあるみたいな口ぶりに思えた)


ーー はい。あの者たちは言わば斥候なのでは、と考えています ーー


 (かもな。それにしてもあのリーダーの人、処罰されるかもとか言ってたけど大丈夫だったんだな)


ーー そのようですね。まぁ少し細工はしましたが ーー


 (ふ〜ん? ってか海外勢、銃乱射しすぎ。大陸の人たちも銃社会じゃないのに銃持ち込んでるみたいだしな)


ーー はい。おそらく、そうやってダンジョンを進んだのでしょう。そしてそのせいで20層到達が遅れたのかと ーー


 (普通逆な気がするのに、ダンジョンは不思議だなぁ)


 日本の一般人はあまりエテメン・アンキに行かないようだが、それには安心して滞在できる場所や物資の不足が主な原因とエアリスが言っていた。やはり喫茶・ゆーとぴあは必要な気がする。任せられるような人に心当たりがないわけではないが、当人にはまだ話していないのだ。


 翌日、俺はペルソナとしての依頼である“宣誓”をするために見慣れた会議場へと赴いた。そこには以前も同じ依頼の際にいた海外のお偉方たちが待っていて、なぜか全員から握手を求められた。そして口々に、『今回もペルソナ氏が宣誓を執り行ってくれるなら安心だ』『ペルソナ様、今回もよろしくお願いします』『ミスターペルソナ、うちの娘がファンなんですが、サインいただけませんか? あとできれば写真やボイスメッセージもいただきたいのですが』などなど。どういうことだよと混乱したが、なんとか平静を装ってお断りした。


 聞けば海外では自国の要人が帰国した際のインタビューなどでペルソナについて言及することがあるらしい。内容としては、長年いがみ合っていた国を相手に友好的な雰囲気で交渉ができたのはペルソナの存在があったからだとか、ペルソナの存在を予め知っていたならダンジョン攻略にとって貴重な戦力である人材を護衛になどつけずダンジョンに専念してもらった方がよかったなどなど。悠人としては有名になることは好まないが、幸いなのは彼らはペルソナの能力を知らないため、単純に公正を保証できるほどの実力者として見られていることだろう。


ーー 海外ではペルソナを神格化したり、英雄視したりといったことが増えているようです。すっかり有名人ですね? どんな気持ちですか? ーー


 (知らないところでそんな事になってるとか、監視か覗き見でもされてるみたいで気持ちわりぃ)


ーー そもそも正体を隠すためのペルソナでしたので ーー


 (そうだよな。でもまぁ……そう考えれば好都合か?)


ーー そうとも言えますね。ペルソナの存在が大きくなればなるほど、影は大きく濃くなりますから。それに有利にはなりますから ーー


 (有利? あぁ、面倒ごとは今まで以上にペルソナに任せておけばいいもんな。俺だけど)


 お偉方はこちらをチラっと見てくるが、サインなど書いたこともないしいつの間にか変な契約をされていそうで怖いし、それに写真やボイスメッセージもいつの間にか想定外の使い方をされるかもしれないなんて考えてしまう。。そもそもボイスメッセージなど単純に恥ずかしいのでお断りだった。それにおっさんや爺さんの上目遣いもお断りだ。


 短絡的に考えた悠人にとって、こういった状況は好都合にも思えていた。エアリスの言う通り、ペルソナの影に潜むことができるようになることで悠人自身は平穏を得やすくなると思っている。

 エアリスが言った“有利”の意味を悠人は“ペルソナだけが目立つ”と思い違いをしている。

 実際は『ペルソナが所属するクランは彼に比する者たちと作った』という認識をされており、それがなぜかと言えば悠人はペルソナとして“宣誓”をさせる目的の依頼を何度も受けているのだが、宣誓の際に感じる圧力は思わず従ってしまうほどであった。そしてさらに要人警護で同行していた、その国でも特に腕に覚えのある者たちが畏敬の念を抱いていたからだ。そしてそのペルソナが所属しているクラン・ログハウスは探検者の集団だが、会社形式であり、その中で彼(ペルソナ)は頂点権力者ではない。ということは、彼を御するだけの存在がいると推測したわけだ。

 結果ダンジョンが最も多く存在する日本に注目している者たちによってそのメンバー全員が知らぬところで一目置かれる存在となっていたのは悠人の知るところではなかった。エアリスの知るところではあったが悠人に伝えてはいない。なぜなら、『できる系秘書』を気取るエアリスにとって主である悠人とその仲間たちが一目置かれることは、方々への要求を通しやすくなり“有利”と考えているからだ。それともう一つ、何かあれば対処できると自負しているエアリスにとって伝えるほどのことではなかったのだ。



 依頼後ログハウスへ戻った悠人は換装し、普段の悠人へと戻るとソファへと腰を下ろした。


 「お疲れ様、悠人君。今日も立派だったわよ」


 「あはは、ありがと」


 いつも通り依頼に同行していたさくらも座ると、おかしそうに先ほどの出来事について話しかけてくる。


 「今日は大人気だったわね?」


 「うーん、芸能人とかアイドルってあんなことがよくあるのかな。大変だなぁ」


 さくらと話していると悠里と香織がお茶とお茶請けを持って来てくれる。今日はモナカだ。そこに少し渋めに淹れたお茶が絶妙にマッチしている。


 「まんざらでもない感じかしら?」


 「おっさんの群れに詰め寄られてもね」


 「じゃあ私が詰め寄ろうかしら?」


 「香織も詰め寄っちゃいます!」


 そう言ってさくらと香織が隣に詰め寄ってくる。両サイドから甘さを感じる匂いがし、少しクラッとしてしまった俺は渋めのお茶をグイッと飲んだ。


 「悠里はいいの?」とさくらが言うと 「私はいいや。あ、でもサインだけちょうだい?」などと悠里が返す。


 「悠里が俺のサインを? ってかペルソナのサインか。どういう風の吹き回しだよ」


 「将来高くならないかな?」


 少し疲れたような目でこちらを見つめる悠里。クラン・ログハウスの経営面を任せているが、負担をかけすぎたかもしれない。というかアイドルでも芸能人でもプロのスポーツ選手でもないのだからそんなことにはならないだろう。


 「……最近クランの金銭面で大変だったもんな。ちゃんと休めよ、悠里」


 「同情するなら仕事代わってくれるかお金稼いできてよ」


 「言うてダンジョン素材とか肉で荒稼ぎ的なことはダメなんだろ?」


 「今はまだね」


 「だよなー。もっとダンジョン素材が当たり前になればため込んだのを放出できるんだけど」


 「そうだね。うーん、依頼の幅ももっと広がればなぁ」


 「時々ある講演とか指導とかがほとんどだもんな。俺の場合はほぼペルソナの依頼だし」


 「悠人がもっと人前で話すことに慣れてくれれば講演と指導依頼が増えそうなのにね〜?」


 「あははー、悠里が変なこと言う〜」


 自分たちのために使う以外、今はエテメン・アンキの宝箱に入れておくためのアイテムに素材を使い、時々肉も一緒に入れておくくらいにしか使い道がない。肉はSATOに買い取ってもらっているが、それでも余っている。掌サイズで大量に物を入れておくことができるエアリス謹製の保存袋に入れてあるため腐る心配はないが、肉用の袋がだんだんと増えていっているのが現状だ。ミスリルも相当数在庫があり、専用の袋がいくつかある。

 ちなみに少し前まで在庫が少なくなっていたミスリルが余るほどになっているのは、クランの資金が危うくなったことに起因している。いくら大量に持っていても、いろいろな大人の事情だったり、個人的にできるだけ目立たないようにしたいこともあり大量に捌くことはできないとわかっていた。しかし、あって損はないし何かの役には立つだろうと暇な時に誰も来ないような穴場でミスリルをドロップする亀を狩っておいたのだった。


ーー 現に役に立っていますし、ミスリル目的で亀を狩ったのはよかったですね ーー


 (そだな。エテメン・アンキの宝箱に入れてるアイテムの素材に使うし、ログハウスの補強にも使えてるしな)


ーー はい。それに皆様の装備品と新たなアイテムの開発にも使えますし、マスターの銀刀も ーー


 (銀刀? 強化したのか? あれ? でも銀刀にはベータが入ってるよな? 大丈夫なのか?)


ーー その銀刀ではありません。複数本作ってありますので。ちなみに普段使っているのはベータが入っていない銀刀ですよ ーー


 (そうだったのか。でもまぁ何本か予備があった方がいいだろうしな)


ーー はい、それに依代として使えることはベータで実証済みですし ーー


 エアリスは機会があれば他にもいるであろうギリシャ文字シリーズを手に入れるつもりらしく銀刀を依代として使うつもりのようだ。


 シグマから分離したものに関しては純化し自我すら失っていたため依代は必要性はなく、エアリスが吸収している。シグマ自体は逃がしてしまったが、次は捕らえると息巻いていた。


 (まぁギリシャ文字シリーズの事を考えても何本かあった方がいいし、この間みたいなこともあるし)


ーー はい。またギリシャ文字シリーズの依代として銀刀を使うこともあるかもしれませんし ーー

 

 (この間ってのはそういう意味じゃないんだけどなー)


 エリュシオンですら使い物にならなくなったことがあったのだ、予備がある方が戦闘中に破損しても代わりがあるという意味で、エアリスが言っているのとは少し違う。

 ともあれ依代として使うにも予備として使うにも、ベータのような相手とまた戦いたいとは思えなかった。



 夜になるとクロがログハウスへ帰って来た。地下闘技場で人型で戦えるように修行というか遊んでいて、近頃ではセクレトが相手にならないくらいに強くなったらしい。それを嬉しそうに身振り手振りをまじえ語るクロ、皆一様に顔を綻ばせていた。

 短期間で急激に成長したように思うかもしれないが、エテメン・アンキの内部時間は通常とは異なり加速されている。どうしてかは俺にはわからないがそういうものなのだ。そしてそれがエテメン・アンキを訓練場にしようと思った理由の一つでもある。


 食後各々風呂を済ませ寛いでいるとエアリスがエテメン・アンキへの侵入者を感知したようだった。それを聞きエテメン・アンキ最上階にて観戦することにした。その旨を伝えると今現在ログハウスにいる全員が同行するとのことだったのでみんなで空間超越の鍵によって開いた扉を潜った。


 エテメン・アンキに住んでいる、一見すると人間にも見えるがそれとは別の人型種族たちが多く住む居住区兼繁華街に通じており、そこは最上階である7階に在った。その中心にあるパルテノン神殿のような柱に囲まれた中心に簡易的に設置しておいた木材で囲っただけの小屋まで歩いて向かい、道すがら周囲に目をやる。


 「ふ〜む。エルフのお姉さんみたいなのが結構いるんだな」


 「エルフってあの耳がとんがってるやつだよね?」


 フェリシアはあまりよく知らないようだったが、おそらくベータがいろいろな“人種”を研究していたのだろうと言っていた。というかフェリシアはそれと同じに見えるのだが、フェリシア的には違うのだろうか?


 「ベータの研究結果がここの住人ってわけっすか。見れば見るほど美人っすねー」


 「スタイルもいいわねぇ」


 「ゆ、悠人さんは身長が高くてスラっとしてる方が好みですか?」


 愛想よくこちらに会釈をするエルフお姉さんたちをチラチラと見ながら香織はそんなことを聞いてくる。嫌いではないが特にそういうわけではないことを伝え、目の前の小さな小屋を見据えた。


 「今はあそこにダンジョン・コアがあるのか?」


ーー はい。コアルームの中であればエテメン・アンキ内の津々浦々まで皆様に映像で見ていただくことができます ーー


 「どこにでも監視カメラがある感じか〜」


 ドアノブを回しドアを開ける。小さな部屋に入るには少し大人数過ぎたようだが仕方ない。香織と杏奈、そしてさくらが左右と背後から密着し、俺の前ではフェリシアが俺の両腕を掴み自身のお腹のあたりに回す。一体どこで、いつの間に練習したのだろうと思ってしまうほど洗練された動きだった。その証拠に俺は一切の抵抗を許されていない。


 「……ってそこまで狭くないでしょ」


 悠里によって解散させられた四人はちょっと不満そうに八畳ほどの部屋に散る。この部屋にはなにも家具が置いていないと聞いていたので、喫茶ゆーとぴあの建屋を作るついでに作っておいた背もたれ付き長椅子を二つ持ってきていて、そこへモンスターから採れた毛皮素材を数枚重ねて敷き簡易ソファーとした。さらに中央、天井から吊るされるようにしてあるダンジョン・コアの真下にテーブルを置き飲み物と適当なつまめる物を並べた。


 「ふかふかですね。お隣失礼しますね〜」


 「さすがお兄さんっす。こういう準備いいっすよねー」


 「おにいちゃんの隣もーらいっ!」


 「じゃあボクは悠人ちゃんの膝の間でいいかな」


 左右に香織とクロが座り、膝を押し開いて間に座ろうとしていたフェリシアはクロの隣に座らせた。チビは空いたスペースに伏せている。


ーー さて、それでは侵入者による奮闘の上映会をはじめます ーー


 パチパチと拍手をすると、それまで何もない真っ白だった壁に映像が映し出され、全体を俯瞰したものをどどーんと中心に、周囲には衛星のように侵入者一人一人を映したものが並べられた。


ーー このような形でよろしいでしょうか? ーー


 「全体俯瞰はもうちょっと小さくてもいいかな。逆にそれぞれのはもう少し大きい方がいいかも」


ーー ……これでいかがでしょうか ーー


 「うん。みんなもこれでいい?」


 特に注文はなくみんなでのんびりと映像を見た。

 侵入者ということで大体の予想ができていたが、映像を見ることでそれを確認した。


 「やっぱり大陸の国ね〜。はぁ〜、どうして問題になるようなことをするのかしら」


 「きっとバレないと思ってるんすよー。それにしても人数多いっすね」


 確かに人数が多いが今はそれよりもだ。

 それなりに情報を得ていただろうことを考えると、エテメン・アンキを所有しているのは個人だという事を知っているはず。しかしそれは日本においてであって、海外勢にとっては律儀に従う義務はないという事か。それに個人が相手であれば雑な言い訳で済ませようとするかもしれないし、そうでなくとも他になんとでも言い訳をしそうな気がする。それらが通じないとしても実力行使も選択肢にあるだろうし、大人しく支払う事になっても後払いで問題ないと思われているんだろう。

 とはいえ、あの国はたとえ日本という国が相手でも同じことを平気でしてもおかしくはないという印象があるし、そもそもこういったことに罪悪感はないのかもしれない。普段の国としての行動を見る限り俺たちの常識が通用せず、考えるだけ無駄と思えてしまう。


 そもそもダンジョン内で自分たちの決まり事を押し付けるのが間違っているのかもしれないけど。


 「にしてもまぁ、運が悪いな」


ーー ふっふっふ……ワタシを甘く見てもらっては困りますね ーー


 「そもそもエアリスの存在なんて知らないだろうけどな」


 総勢二十人の集団がどこまでいけるのか、それを見守ることにした。


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