6章 諍いなど気にせずのんびりしたい(仮)
第130話 6章、はじめました。
エテメン・アンキがクラン・ログハウス、俺たちによって攻略されてから一ヶ月程が経った。この間、あまり帰ってこないがクロの部屋を増築してある。クロの部屋は寝具とクローゼットしかないが、女性陣がクロに着せたい服をクローゼットに入れてあるため、暇を見つけてはそれを補強していたりする。
地上ではクリスマス関連の催し物やイルミネーションが街を彩っていたが、昨年までとは違い少し質素になったような印象を受けた。それはなにも日本だけのことではない。ダンジョンが世界中に発生した事によるところも大きいが、それ以前に大災害の影響が比重の大部分を占めるようだ。
ダンジョンに入ったことで失われた命よりも、大災害によって失われた命が圧倒的多数、さらに言えばダンジョンに入ったほとんどの人間は生産を生業にしているものは全体から見れば極少数、しかし大災害で最も被害を被ったのは生産者だ。それにより生産が困難になった国などは食糧や資源を求めダンジョンに入る。そして結果帰ってこないこともしばしば。そうなるとクリスマスなどの祝い事に必要な人々の熱量や準備・実行するための行動力、人力として働けるおもに若い者たちほどダンジョンに入って帰ってこないという事態がごく普通の事となっていた。
日本においては世界から見れば成人した人間がいなくなるということは非常に少ない。よってまだ形式上クリスマスとわかる程度には街は明るかった。さらに言えば日本という国が“お祭り好き”であるということも要因として小さくなく、悪いことが起きればそれに対抗するようにお祭りをしてきた文化がここでも発揮されたと言えるかもしれない。そうやって人々は新たな日常への活力を得てきたのだろう。
それから数日後の正月を目前に控えた俺たちは、席を外しているさくら、ホームステイ先の中川家にいるリナ、エテメン・アンキにいるクロ、学生生活をしている玖内を除きログハウスのリビングに集まっていた。
「そういえばみんな、クリスマスをダンジョンの中で過ごしてよかったの?」
悠里、香織、杏奈はそれぞれ『それのなにが問題なのか』という顔をしていた。そしてフェリシアはどちらかと言えば俺と同じ疑問を抱いているようで、それが意外に思えた。
今ここには俺の他に四人とチビしかいないが、さくらは仕事の電話に、リナはホームステイ先に帰っており、クロはエテメン・アンキ攻略後しばらくはログハウスにいたがクリスマス前にはエテメン・アンキに戻っている。
クロがエテメン・アンキに戻っているのはとある事情から。その事情というのは、エテメン・アンキを一般の探検者に公開しているからだ。やはりボス的な存在がいなければならないだろうということになり、クロはノリでボス役を買って出ている。しかし未だ最上階に設定している6階へ到達した探検者はいない。
というかお客さん自体が来ない。
「悠人さん、どうしてエテメン・アンキを公開しようと思ったんですか?」
「エアリスがダンジョン経営をしてみたいっていうからっていうのと、あと実際にアレをほったらかしにしておくのももったいないなって思ってさ」
悠里は「それにしてもよく許可おりたよね」と言い、それは俺も思った事だった。そんな突拍子もない事を言ったらダメだ、から始まると思っていたんだが……実際はほぼ迷宮統括委員会(ギルド)統括の独断に近い形で了承を得る事ができた。話をしてからしばらく黙り込んで難しい顔をしていた事を聞いてみると『君たちがすでにダンジョン内に建物を持って住んでいる事もあるけどね、ダンジョンに対する希望のひとつと考える』と言い『僕の独断だけれどね』と笑っていた。ダンジョンで手に入れたものに関して国に奪われるのではないかと思っている人もそれなりの数がいるようで、それに対してのメッセージとなるかもしれないからだろう。土地所有などに関して、ダンジョン内は日本の国土ではないため暫定となるが……まぁ難しい事はおいといて、というやつなんだと思う。
「香織ちゃんのおかげだよ。そういえばあのとき、何を言ってたの?」
「秘密で〜す」
「気になる木〜」
迷宮統括委員会の統括のもとへ話に行った時の事を振り返ると、統括は相変わらず軽い雰囲気だった。
「あらあら、久しぶりだねログハウスの諸君。おや香織嬢、また綺麗になっちゃったかな〜? そうそう、大泉君……君のおじいちゃんが最近忙しくて会ってないって寂しがっていたよ?」
「お久しぶりです、統括のおじさま。おじいちゃん、最近忙しいみたいなんですよね〜。ログハウスにおばあちゃんと一緒にお泊まりに来る暇もないみたいで」
「ダンジョン内のログハウスで露天風呂っていうアレね? あ〜、いいねぇ。僕もご招待されないかしら?」
「それはさすがに立場的にいろいろまずいのでは?」
香織の祖父、現総理大臣である大泉純三郎がログハウスに来てもなぜかそれほど問題にはなってはいない。しかし住人の誰かと血縁者でもない迷宮統括委員会統括が個人的にログハウスを訪れるというのはいろいろとまずいだろう。当然ながら癒着が疑われ、お互いに不利益を被るかもしれない。
「……さっさと後継者擁立した方がいいかもしれないねぇ」
「まだなったばかりじゃないですか」
「あら? そうだっけ? いやぁー、この歳になると物忘れが激しくてねぇ」
「物忘れってレベルじゃねぇ……」
この迷宮統括委員会が発足してすぐの頃に香織と俺たちはこの統括と会っている。その時はどこの物語から出てきた貴族だよと思うような言葉遣いをしていた香織も今では割と普通になっていた。
エテメン・アンキ攻略の数日後、迷宮統括委員会(ギルド)に報告がてら交渉に出かけた。その時ついてきたのがさくら、そして香織だった。さくらは立場上そういった場に俺たちが赴く際は基本的に同行することになっている。香織の場合は迷宮統括委員会の統括とは旧知であり、何か役に立てるかもしれないとついてきてくれたのだった。
すでにエテメン・アンキを俺の支配下に置いているという話をすると統括は『はて? いったいなんの話やら?』
と首を傾げていたが、モンスターの襲撃を探検者たちの協力により防いだことから最上階の天井を吹き飛ばしてしまったことまで、その中でも言っても問題ないことと刺激の少ないことだけをオブラートに包んだり包まなかったりしながら懇切丁寧に説明した。
統括は探検者たちを雇ったことまでは知っていたが、そこからは未知であり興味津々と言った様子で話に食いついてきた。以前はそれほどまでにダンジョンについて興味があったようには思えなかったのだが……心境の変化があったのかもしれないな。
中でもエテメン・アンキ内のモンスターが復活するという事柄において最も興味を示し、それならばそこに入った探検者たちも復活できるのではないだろうか? と言ってきた。
それに対し俺は「そうできるように調整してみましょうか?」と返す。どうやって、という質問には“能力”に関係していることなので言いたくありませんと答えておいた。
本来このような“拒否”は良いものではないかもしれない。国会議員などがこれを聞けば、『国のために』とか言い出してもおかしくはない。しかし統括はそんなことは言わないようにしているというか、いろいろな一線を引いて物事を捉えているのだろう。
統括に詳しいことを言わなかったことについて、以前は気にしていなかったがエアリスからこれからは気にした方がいいと言われそうしている。実際同じ人間であってもそれを知られた場合のリスクを説かれたのだが、個人的には適当なわかりそうでわからない理由を用意してあげた方が上手く隠せると思っているので、全て隠す必要はさほど感じていない。だから半分本当、半分誤魔化しといった感じだな。
ちなみに復活できる件に関して実際にはすでにエアリスが調整済みだ。エテメン・アンキ内においては、モンスターも人間も復活する。元からあったモンスターが復活する仕組み、それをエアリスに操作・調整され構築されたウロボロス・システムにより復活後も記憶は保全される。装備等も再現不可能なもの以外しっかり保証でとても優秀なシステムなのだが、実際に知らせるのは当たり障りのない部分だ。そもそも復活すること自体に当たり障りがあるかもしれないがそれは無視する。
現実では考えられないあまりにも突飛な話ではあるが、あくまで自分であればエテメン・アンキのコアに対しそういった干渉ができるという事さえ知ってもらえればそれでいいと思っている。良心を疑われれば危険視されるかもしれないが、普段の行いは良い方だとおもう。だってお国からの依頼とかちゃんとやってるしな、ペルソナとしての俺が。つまりクラン・ログハウスは善良な団体という事で、その認識がされているかの確認でもあったわけだ。
エテメン・アンキについて統括は迷宮統括委員会の管轄、または国の管轄とすることもあるいは可能だったかもしれないが、そこで香織が何かを耳打ちするとそれまでの悩み顔から一変、笑顔とも諦めとも取れる表情でクラン・ログハウスに全権を任せるということになった。
香織がなにを言ったのかはわからないが、迂闊に国関連の組織がエテメン・アンキを所有しない方が得策だろう。国際問題化される恐れが十二分にあることもそうだが、そもそも俺というかエアリスを超えるような存在や能力がなければ実際に所有することもできないのだから。
しかしエテメン・アンキをどのように利用するつもりかという問題がある。迷宮統括委員会としては国に報告する義務が一応はあるし、邪な考えで所有しようとするならそれを認めるわけにもいかないだろう。
「その、エテメン・アンキだっけ? 御影君、君はそれをどうするつもりなの? まさか悪いことに使おうなんて思ってないよねぇ?」
「そこはまぁ、悪い事に使う方法を思いつきませんね。どうするつもりかを言えば、エテメン・アンキを一般の探検者にも公開しようと思っているんです」
「一般……にも? 他の国の人間も?」
「はい。ダンジョンに国境があるなら別ですが、そんなものはないでしょう?」
「“日本の”と主張することは、今は避けるべきだと僕も思うしそれはそうだけどさぁ。ん〜、困ったなぁ。君達は知らないと思うんだけど、近頃世界情勢がなんというかねぇ……キナ臭いんだよねぇ」
「戦争をしたい人たちがいるらしいですね」
「そう! ……そうなんだけど、どうして知ってるんだい? 一握りどころかひとつまみの人間しか知らないはずなんだけどねぇ?」
「ま、まぁいいじゃないですか。話の続きですけど、たとえそういう人たちであっても入場を拒否はしないつもりです」
「ふむふむ」
「俺たちはエテメン・アンキを、一種の訓練場にするつもりなんですよ」
「ふ〜ん、続けて」
「これまでは死の危険があったこともあって、自分たちの限界を出し切るっていうことはできなかったと思います。ですがあの中で死ぬ心配をしなくていいなら、存分に自分の能力や力を発揮できますよね? それに実際に強いモンスターと戦うこともできる。経験値としては破格だと思います。自衛隊や警察等が利用すれば国にとっては国防に役に立つかもしれませんし、ギルドにとっては有能な探検者が増えることによって利益も得られるんじゃないですかね。とまぁ大体そんな感じで考えてはいます」
「ふむ。そういったことができるのであれば国にも我々にも良い事だろうね。でも君たちになんの利益があるんだい? それにその不埒な輩を受け入れることの意味は?」
「俺たちは所有者でありサービス提供者として維持管理費を含めた入場料をいただきたいなと。それと、攻城戦ができるようにするつもりです。参加するのは日本人でも海外からの人間でも構いません。海外からに関してはまず20層に到達してからですけどね」
「甲状腺ができる? オジサン、若い子の言う事が最近よくわからないことが多いんだけど、なにそれ?」
「相手の城を攻め落とすっていうゲームがあるんですけど、そういうのですね。最上階を制覇してダンジョンコアに触れれば城主となり、保持している限り入場料を得られるということになります。そしてそのルールを変えられるのは、例え他の誰かが手に入れたとしても現状は俺だけです」
「ふむ。制覇すれば制覇した人のものになるのか。……あれ? でもそれって、不埒な輩の物になったらヤバいんじゃないの?」
「基本設定に関する権限の変更はできないようにしますので大丈夫です。あくまで得られるのは、取れるなら入場料とそこに住む権利だけですよ。入場料に関してはギルドの管理としておくことができますし、そうなると受け取りたければ所有している事をギルドに公開する必要があるでしょう? ということは目的がどうあれ情報が統括の耳にも入ることになるんじゃないですかね。それにそもそも城主云々も俺たちからエテメン・アンキを奪えればの話です」
「……なるほどねぇ。国籍を問わず、そこに挑めるような危険かもしれない者たちの情報も得る機会ができる、か。それにしても御影君、君ってやつはゲームが好きするんじゃないかい?」
「ハハハ……まぁ好きですね」
「ふぅむ。今更だけど判断が難しいねぇ。お上に丸投げしちゃおうかしら」
悩む統括へと徐に近付く香織。
「ーーー、ーーーーー、ーーーー」
そして統括の目元は孫を溺愛するおじいちゃんになった。
「よぉし、じゃあその件は君に任せよう。入場料に関してはどうしようか?」
「え? いいんですか?」
「現状、君以外にはどうしようもないんでしょ? なら仕方ないじゃない。余所の国からイチャモンをつけられたら国も対応せざるを得なくなるだろうけどね。でもそうなったらそこを封印することだってできたりするんじゃないの?」
「あー、はい。できると思います」
「なら問題ないわけだ。それで入場料のことだけど」
「そうですね。それに関しては……」
結構大変な事だと思うのだが、こんなに簡単に話が進んでいいのだろうか? 大変な事すぎて逆に一般人が勝手にやってること、としたほうがいいからだろうか? いいんだろうな。いざとなったら責任を押し付けられたりトカゲの尻尾切りをされるかもしれないとは思ったが、それをぶっちゃけてみたところ「それをしたら日本は終わる」と統括が言っていた。そこには『国民を見捨てた』というレッテルを貼られるという意味も含まれているのだろう。
もしもの場合はそれこそ封印してしまって、俺たち以外入れないようにしてしまえばいい。最後の嫌がらせというやつだ。
どうであれこの統括は好好爺な見た目やフランクな話し方、一瞬オネェ系かと勘違いしてしまうこともあるかもしれないが、実は想像できないくらいのエリートのはずだ。そんな人が判断するならそれでいいんだろう。裏の思惑なんてものがあったとしても考えるのが面倒なので一般人な俺は気にしないことにしよう。
「ダンジョンの中には利権やらなんやらは存在しないでしょ? 主張できなくはないだろうけど、それをやったら外国との関係が悪化するだろうからできないんじゃないかしら。それにそんなのをまともに扱ったらその方が大問題になるだろうね。だから今は君たちのように実効支配できる者があくまで“勝手に”やるしかないじゃない。あとはなんとか、うまくやるよ。できるだけね」
一般人が勝手にやっているという方向でいくらしい。しかしそうなると、海外勢が来た時になんて言われるかわからないな。強欲な人たちが後から来て掠め取って行ったり嫌がらせして追い出そうとしたりするだろうことは想像に難くない。そうなったらそうなったで手があるような気はするし、なんなら強気に“俺の土地”って言った方がよっぽど清々しいかもしれない。
まぁそんな面倒なことをしないで城を落とせば手に入ると思ってもらった方がこちらとしても都合がいいので誘導できればいいなと思っての攻城戦だ。
「わかりました。じゃあ手数料はほどほどでお願いします」
「わかってるよ。大事な探検者が手数料を理由に訓練をしないなんてことになったら困るのはこちらだからね。君たちのようにダンジョンの中の物を持ち出せる人間は将来的にも多い方がいい。それを育てる機会は、迷宮統括委員会……ギルドとしても歓迎だよ」
俺たちとしてはログハウスが安定収入を得るために利用するだけだ。しかし実際に探索者たちが強くなることの利点が多いし、戦争をしたい人たちがもし来るならば……強気に言えば叩き潰しておくのも悪くない。日本よりも強力であろうダンジョンを踏破するような相手に対してというのはぶっちゃけ不安なのだが、エアリスはできると言っているしなんとかなるんだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「彼は現実にゲームの世界を持ち込もうとしているのか? しかしうまくいってくれれば代理戦争の場にもなるし、そうなってくれた方が水面下で動いている輩の目もそっちに向いて平和かもしれないねぇ。僕も大泉君にほぼ無理矢理この椅子に座らせられちゃったし、その間くらいはなるべく平和に過ごしたいしねぇ。それに彼らは嫌かもしれないけど彼らの力を誇示することができるなら良い宣伝にもなる。うん、なかなか悪くない。しかし……軍隊やその近代兵器を持ち込まれた場合はどうする気なんだろうか。モンスターに対してはなぜか威力が下がると聞いてはいるけど……あとで電話で確認しておこう。というかあの子から“おじいちゃま”なんて呼ばれたの、いつぶりだったかな。実の孫よりかわいいなんて卑怯だよねぇ。……あとで大泉君にも独断しちゃったこと謝っておかなければならないねぇ」
悠人たちが去った部屋で統括は独り言ちる。のんびりと統括ライフを過ごしたい彼にとって、クラン・ログハウスは他国に対しての抑止力という意味を持つことを大いに期待している一団であり、それがエテメン・アンキという本来ならば所有も制御も不可能な存在のおかげで現実味を帯びてきたと感じていた。
しかし問題点と言えば、未だに他国から20層への侵入が認められていないということだろうか。隠している可能性は否定できないが、マグナ・ダンジョンから入った自衛隊が軍用の機材を持ち込んで監視している限りではそれらしき反応はないという報告が統括には上がってきている。
日本以外のダンジョンは難易度が高い、もしくは他にも理由があるのかもしれないが未だ到達した国はなく、それはつまり他国からのダンジョン入りを確認した場合、間違いなくその国の精鋭だろう事は想像に難くない。その精鋭たちには是非彼らのエテメン・アンキへ行き、攻城戦とやらに参加することを薦めなければと密かに思い、年季の入ったガラケーを操作するのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーー なんなく通りましたね ーー
(そうだな。ぶっちゃけ俺ら以外にとっては地雷物件だろうし。これで多少の収入は期待できるんでは? ふはは! 夢の不労所得!)
ーー 不労所得を得られるかどうかは別として、海外の精鋭たちがもし到達した暁には、ログハウスの皆様と争うことが馬鹿馬鹿しいと思えるようにしなくてはなりません ーー
(ふーむ、そうだな。それができれば俺の平穏が守られる気がする。いや待てよ? そのためにある意味働くことになるのでは? だってあそこ現実より時間の経過が早いし尚更)
中に入れば最大九十倍速で時間が進むということは、一日に何度も同じ人がやってくる可能性もあるわけで、相手の実力次第では何度もエテメン・アンキに入り立ちはだかる必要が出てくる。そうなってしまったら、香織の言う通り他の人よりも早く歳をとってしまうのではないかとも思うし、外の時間を基準にして言えば一日に百時間労働なんて事も起きかねないんだよな。それはさすがに勘弁願いたい。
ーー かもしれませんね。時間の経過については以前のように安定させることが難しく不安定になっていますが特に問題はありません。じきに操作も可能となる予定ですので ーー
(むぅ。都合の良くなってくれることを祈ろう)
報告の数日後、エテメン・アンキが迷宮統括委員会により正式に公開を発表された。
そして大晦日、俺たちは問題に直面していた。
(どうしようエアリス。お客さんが全然こない)
ーー せっかく居住区を地下に移し替える大規模工事をしましたのに。それに宝箱も用意し、量産品ではありますがファンタジーな武具も置いてあるというのに ーー
(入場料高いかな?)
ーー 外の時間よりも進みが早い空間ですが、中では劣化……老化が外と同程度ですのでお得だとは思うんですけどね ーー
(そもそも大災害の影響でお金ない人が多いとは言え、一万円は高いのか?)
ーー どうなのでしょう。日本の平均所得と手に入るものを天秤にかけた場合、二階を攻略できた時点で収支はプラスになると予想していますが…… ーー
エアリスとエテメン・アンキのお客さんがこないことについて話しているとそこへ誰かと通話をしていたさくらがやってくる。
「エテメン・アンキの件だけど、どうやら世間から言わせると中でもし死んでも復活するなんて“そんなうまい話はない”という感じらしいわよ?」
「うーむ。迷宮統括委員会(ギルド)でも宣伝してくれてるはずなんだけどなぁ」
「それに死なないっていうのもやっぱり現実として受け入れ難いじゃない?」
「なるほろなるほろ。じゃあ説得力のある人に試してもらわないといけないわけか」
「そう思って軍曹に話しておいたから、すぐに検証されるはずよ」
「じゃあその時にモンスターの強さとかの調節をして、クロのところまでいけないだろう程度の難易度を狙うか」
「あら? どうして?」
「簡単にボス戦とか、考えが甘い」
「うふふ、悠人君って案外スパルタなのね〜?」
「というより、簡単すぎてもつまらないと思うからね。最初のうちは各階のお宝狙いをしてる間にだんだん強くなってもらって徐々に次の階に行けるようにしてもらって、セクレトを少し強めに設定して倒せたらボス戦ってくらいにしておけばよさそう」
「ぎりぎり倒せたら最後が黒銀の竜なんて……なんだかトラウマになりそうね」
「だいじょぶだいじょぶ、死にはしないんだから」
「でもそれだと、セクレトを簡単に倒せるようになってもクロには全然敵わないわよね?」
「だろうね。なので、セクレトを倒すとボスに行くか闘技場で血の気の荒いモンスターと戦えるようにすればいいかなって」
「ボスに敵わなくても鍛えることはできるのね」
「そゆこと〜。暇なら城主である俺たちが参戦してみても良いと思うしさ」
「あら、それはおもしろそうね」
「とはいってもまずは人が来てくれないとなんだけど」
「そうねぇ。その点に関してはクリスマスシーズンだったのもあるしこれからお正月でしょう? 軍曹たちの検証次第ではしばらくすれば自然と人が来るようになりそうではあるわね」
「……あ〜、そういえばそうだ。世間のリア充共にとってはダンジョンが二の次になる時期なのを忘れてた」
「忘れてたの?」
「うん、だって縁がなさすぎて」
「……手の届く範囲にたくさん転がってると思うのだけど」
ーー だめですねぇ、マスターは ーー
エアリスの支配下にあるエテメン・アンキは、モンスターと戦うだけではなくある意味の人殺しをすることができる場所だ。それをおもしろそうと言ってしまうあたり、さくらに対し少しの戦慄を感じてしまったわけだが、他のみんな……悠里、香織、杏奈も結構ノリノリだったりする。チビなんて尻尾を振りすぎてログハウスのリビングが軽く嵐になりかけている。
エテメン・アンキではウロボロス・システムにより復活する。とは言え怪我をすれば血は出るがしかし“死亡判定”があった時点で体を修復し出口へ強制送還するからリアルさは少ないし、その方がいいだろうということでそういった設定にしてある。だって死人の顔を眺める趣味はないし、そんなのを好むやつに入り浸られるのも嫌だしな。ネットゲームでもよくあった事を不安に思っていて、死に様を見せないようにしても一度現れてしまうと根絶は不可能かもしれないけど……少しでもPK(プレイヤーキラー)みたいなのが現れないように、現れても増えず減るようにしたいと思いエアリスに要求したところ、それを軽くやってしまうエアリス先生はすごい。もはや大先生である。
クロも最上階で待っているだけというのも暇だろうし、ボス役が必要ない時は人化していることを条件に闘技場で遊んでもいいかもしれない。多少は痛みに慣れるかもしれないし。
それから色々と話し、その結果俺たちも闘技場に限らずゲリラ的に参加してみようとなったのだった。
それから話は今ログハウスに残っているみんなで俺の実家に行く件についてに移っていた。
「ねえねえ悠人ちゃん。悠人ちゃんの実家にはなにを着ていけばいいのかな?」
「え? 普通でいいんじゃないか?」
「え? ボクの未来のお義父さんとお義母さんになるかもしれない人に挨拶に行くのに?」
「寝言は寝てから言えばいいんじゃないか?」
「ぶー。ま、いいけど」
不満げにしたかと思えば次の瞬間には表情がころっと変わり、クリスマスプレゼントとして頭のおかしなヤバいサンタから貰ったカタログを眺めている。どこからどうみてもただの人間なんだけど、実際は違うんだよなぁ。
それはそうと正月は俺の実家にみんなを連れて行く事になっていた。それというのも、つい先日父親から電話がかかってきた。曰く、「正月くらいは帰ってきなさい、彼女なら何人連れてきてもいいから」だそうだ。その父親は完全に酒に酔っている様子だったが……みんなはなぜか予定がなく暇そうだったから一応誘ってみたところ、ものすごい速さで返事が来た。本当に連れて行く事になるとは思っていなかったし彼女ではないが……何人か連れて行っても大丈夫だろう。
御影家へ行くまでまだ時間はあるが、それぞれ準備をするということで部屋に戻り、俺とチビが残された。
そういえば以前連れて行った時よりもチビは結構でかくなったし、それに毛色も変わっている。両親の驚く顔が楽しみだな。ちなみにクロはエテメン・アンキで遊んでいるらしい。住む事になったとはいってもやはり住み慣れた場所がいいのかもしれない。しかしログハウスの方が住み良いと思われるような環境にしてやりたいと建主としては思うわけで……だってそうだろう、ゴブリンやらオークやら牛やら馬を人型にしたみたいなモンスターのいるところの方が居心地が良いと思われているかもしれないんだから、少しくらい対抗心だって湧いてくる。
準備を終えた悠里、香織、杏奈、さくら、フェリシアが戻ってくると、みんなそれなりに化粧をしてなんだかおしゃれさんな服装だった。それに悠里なんて普段つけていない耳くらいでかいイヤリングとかつけてるし。そんなのつけてたら戦闘中に耳ちぎれてもおかしくないな……俺とチビは普段と違う様子に顔を見合わせたが、まぁとりあえず行くとしよう。
【空間超越の鍵】を使い空間を繋ぐ。目的地は御影ダンジョン1階入り口。今では梯子ではなく階段にしたため登り下りも簡単だ。みんなが家の中へと上がると蓋をするように床板を閉じる。
「ただいまー」
「あら悠人おかえり〜」
「悠人帰ったか。おかえり〜」
ん? なんとなく父さんが軽い感じだな。もしかしてもう飲んでるのか? まぁいいけど。
「正月だしのんびりしに帰ってきたよ」
各々挨拶をし、香織などはなぜか三つ指ついている。そんなに丁寧にしなくても……ねぇ?
それから大晦日恒例のテレビを見たりごはんを食べたりして過ごす。みんなは両親からいろいろ聞かれているが、特に困ったような顔をせずに答えている。さらに酔いの回った父さんが『悠人の彼女さんはどなた……まさか全員!?』なんて奇天烈な事を言い出した事に冷やっとしたが、それでもみんなはそれまで通り不愉快そうな気配すら漏らさずに対応していてさすがコミュニケーション上級者たちは違うなと感心していた。やがてテレビからカウントダウンの声が聞こえてきていた。
「もう明けちゃうっすね〜」
「おおん? なんだなんだ、もうそんな時間か。かあさん、年越し蕎麦を頼む〜」
「そうね、香織ちゃ〜ん? 茹で上がる〜?」
「はーい、もう良いみたいですよ〜!」
「じゃあアイドルの男の子たちの初詣リポートが始まる前に持ってくるわね!」
テレビに映る数字が少なくなって行く中、ここは俺の実家だよな、と思っていた。なぜ母さんがテレビを見ていて香織が蕎麦を茹でているのだろうか。父さんの失言から先、それ以上聞きたくなかったのでほとんど耳を閉じていたためわからない。
そしてカウントは進み……3……2……1……
テレビの画面には花火が打ち上げられている映像が流れ、“Happy New Year 2020”の文字。俺たちも明けましておめでとうを言い合いそこへ母親が「あけましてぇ〜……おめでっと〜う! 年越し蕎麦ダヨ☆」という独特な感じで年越し蕎麦を持ってくると、香織も手伝いみんなの分を二つ繋げたテーブルに並べる。
御影家ではなぜか年越し蕎麦が年を越した後に出てくるのだが、それはテレビ好きな母親を釘付けにしてしまうテレビが悪いということが定説となっている。
「さて、ではいつも通り年越し蕎麦というよりも年越した蕎麦ですが、悠人が彼女をたくさんつれてきてくれたので、父さんは安心です! ではいただきます!」
完全にただの酔っ払いと化した父親の音頭で蕎麦をいただく。というか彼女ではないと言ったはず。それにもし仮に彼女がいたとして、彼女は“たくさん”連れてくるものではないだろう。
この父親は酔うと結構ダメになるが今日はいつもに増して変だぞ。俺は慣れてるからいいのだがみんなにどう思われているやら。
カタ……カタカタ……
蕎麦をつゆにつけ啜ろうとしたところで、揺れた。
テレビ画面には緊急速報、みんなのスマホも揺れ始めてから緊急地震速報のアラートがけたたましく鳴り響いていた。
揺れが収まると、五人が俺にがっしりと組みついていた。五人分のいろいろが当たりナンバーワン決定戦を繰り広げていたのだが、まぁ、うん、みんなちがってみんな良い。役得である。
両親は互いに抱き合っていたが、揺れ始めた時点で動いていたチビが後ろから大きな体で囲うようにしている。非常に優秀だと思ったが、いつものように香織を守ろうとしなかったのが意外だった。しかしエアリスによると『その場で最も弱者を守っているようです』という事らしく、それには納得する他なかった。俺たちと違って両親は家にダンジョンがあるのに入った事がないからな。
箪笥等倒れたら危険な大型家具に地震対策とこっそり不可侵の壁で倒れないようにされていた甲斐あって幸い家具が倒れるということはなかったが、結構な揺れだった。緊急速報によると日本のほぼ全域で震度4、日本だけではないようだが他の国はそれよりも小さくほとんどが1か2程度だったようだ。
「み、みんな大丈夫か〜?」
「大丈夫みたいだ。父さんたちこそ大丈夫?」
「チビ君のおかげでひっくり返ることもなかったから平気だ。それに何も倒れてないみたいだし地震対策しておいて正解だったな。はぁ……酔い覚めた」
両親含めみんなは無事なようだったが、フェリシアが虚空を見つめている。
というか日本全域で4って明らかにおかしいよな。そしてどこかを見つめるフェリシア。これはあれだな、たぶん、もしかしてだけど。
「ダンジョンが統合されたみたいだよ」
と、まぁやはりそうだったらしい。日本にはダンジョンが多くて他は少ない傾向にあるわけで、数が多い日本だから大きく揺れたんだろうなと勝手に予想する。緊急地震速報がだいぶ遅れたのは通常の地震ではなかったからだろう。
ーー 進化の影響でしょうか? マスターが賢くなったような気がします ーー
(実際その進化も本当かどうかあやしいけどな。っていうかもしかすると賢いのは元からだったりしないか?)
ーー あー、はい。そうですね ーー
(……まぁいい。ダンジョンが統合されたとなるとだ、我が家のダンジョンはどうなのか見てみないとな)
家の中で倒れたものがないか等確認を手伝ってくれるらしいみんなに一言断りを入れ席を立つと、ダンジョンに繋がる穴を塞いでいる床板を外す。
「ふわぁっちゅ! 超越者がでたーっちゅぅぅぅぅぅ!」
そこにはまるまるとした白い巨大なネズミがただでさえ丸っこい目を更に丸くしてこちらを見ていた。
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