第114話 エテメン・アンキ5階中央1


 俺たちはゴブリンから話を聞くことになった。しかし肝心なところは『言えない』『知らない』『わからない』の三拍子。

 合流した時にさくらから聞いた話と大差ない内容に一体なにをどうすればいいかわからず、それはフェリシアやエアリスも同じように見えた。


 (神がいるのにいない、そういうことだよなー。どういうことだよっていう)


ーー そうですね ーー


 (普通な感じのダンジョン攻略がしたいんだけどな)


ーー ワタシとしてもその方がいろいろとありがたいのですが ーー


 (つってもここって全然ドロップアイテムないじゃん。エアリスが欲しいものなんてあるか?)


ーー ここまではそうでしたね。しかし攻略すれば何かあるかもしれませんし、下層の居住地にもなにかあるかもしれません。それにいざとなればドラゴンの素材も手に入るでしょうし ーー


 (……クロを素材として見るのはやめてあげなさい)


ーー ですがドラゴンですよ? 鱗、爪、牙。それとドラゴンブレスを鑑みるに、中身にも興味があります。ゲームであれば強力な装備の素材になりますし、肉も食用になり得るかもしれません ーー


 (ゲームならな? でもこれゲームじゃないんだよなー。もしかしたら鱗とかって生えかわるかもしれないし、そうなら貰えるかもしれないしそれで我慢しとけって)


ーー 仕方ありませんね、マスターのお願いなら少しだけ考えておきましょう ーー


 (少しと言わず全面的に血を見ない方向で考えて欲しいんだが)


 結局なにもわからない俺はエアリスを真っ当な道へと引き戻そうと脳内会議を繰り広げていた。しかしわからないのは俺だけではなく…というか全員だろう。ゴブリンキングは知ってはいても俺たちに話せない事があるのだから、俺たちよりは考えが進んでいるのかもしれないが……うむ、わからん。


 「考えたって情報が足りなくてわからんから、とりあえず進まないか?」


 みんなも同意してくれた。しばらく考えても明確な答えに行き着くことができずにいたため、今はこれ以上考えても仕方ないと割り切ることにしたのはみんな同じだったって事だな。

 ふとエアリスが急におとなしくなりそれが妙に気に掛かった。どうしたのか聞いてみるとどうやら違和感を覚えているようで、それは少なからず俺も感じていた違和感だった


ーー これは果たして本当に“ゲームらしいダンジョン”なのでしょうか ーー


 (それな。配置的にもなんかおかしいよな)


ーー はい。フェリシアの話では、ここの主人は相当ゲームに入れ込んでいたはず。しかしそれならば、ドラゴンがゴブリンやオークよりも先に出てくるというのは…… ーー


 (気にはなるが…でも実際右側通路はピンチだったわけだし難易度で考えれば高くなってるとも言えなくはないかなぁ)


ーー ピンポイントで弱点を付いてくる点でいえばそうかもしれませんね。考えすぎ…だったかもしれません ーー


 合流地点から中央の部屋へと移動する。そこで待ち受けているのは地べたに座り瞑目している、首領・メズキよりも二回りほど大きな巨体を誇る怪物。

 その姿はクロに聞いていた通り、馬と牛を合わせたような雰囲気の顔をしており全体的に四角い印象だ。軍曹をモンスターにしたらこんなイメージだろうか、などと思いながら近付くまでの間観察する。隆々とした腕に持つのは柄が自身の身長程もある超巨大な両刃斧、たしかバトルアックスというんだったか。

 体色は白く、脚と分厚い胸板にふさふさとしている毛はクリーム色で、それ以外の部分は質の良さそうな金属や革が使われているであろう防具を装着している。


 「あっ! セクレトジャ〜ン! 元気してた〜?」


 顔見知りらしいクロが呑気に声を掛け、対するセクレトからは驚きの他に呆れたような安堵したような雰囲気を感じ取った。


 『ッ!……神竜…殿か」


 「クーロ! 今のあーしはクロっていうのっ!」


 『クロ…? 貴殿に名を与えられるのは神のみのはず……ま、まさか…」


 クロが名付けられた事を疑問に思うセクレトはその重そうな頭で俺たちを見回す。そして赤い瞳がフェリシアのところで止まった。


 「そのまさかだし。こちらにおわすは〜、アウトポスの〜、神様ですっ! ウケるっしょww」


 『アウトポス神…』


 セクレトは絶望に絶望を塗り重ねたような感情に支配されていた。

 しかし突然現れた巫女と、アウトポス神が連れている者たち、さらにエテメン・アンキにおいて雑兵ではあるが二十体ほどのゴブリン軍団を目にし、希望を持たざるを得なかった。

 同時にウケねーし大事件だろバカ娘、とも思っていた。

 しかし大人なセクレトはフェリシアから視線を外し威厳たっぷりにゴブリンキングと話し始める。


 『ゴブリンの王よ……勝算はあるのか?』


 『それはわかりかねますが……それでも縋るしかなく…」


 セクレトとゴブリンキングが何やら深刻そうに話しているので聴き耳を立てるが、肝心なところは聴こえない。


 (何を話しているか聴こえるか?)


ーー 肝心なところ以外なら ーー


 (エアリスもか)


 それでも手に入る情報は手に入れたいと聞き耳を続けていた俺にフェリシアが我が意を得たりとばかりのドヤ顔を向けてくる。


 「どうして聴こえないか不思議、って顔をしているね?」


 「よくわかったな」


 「そりゃわかるよ〜。いつも悠人を観てるからね?」


 「そっか、見てるからか」


 「そう、観てるからさ」


 「で、なんでなんだ?」


 「禁則事項だからだよ」


 「…そういうルールってことか」


 「クロみたいに名前を付けちゃえばこちらのルールに上書きできるんだけどねー」


 「…重要な事を聞いた気がするけど…まぁいい。あいつらはできない?」


 「できないね。ちゃんとした“名前”があるし」


 「あれ? でもクロだって“ビー“っていう名前があったんじゃ?」


 「それはあだ名ってやつだったみたいだね」


 「じゃあ“黒銀の神竜”ってのは?」


 「それは役職みたいなもんかな」


 「そうなのか。ん? じゃあクロに聞けば全部わかるんじゃ…」


 「覚えてない事、思い出せない事を聞いても無駄だよね。そうだよね?」


 たしかにそんな事を聞かれてもわからないとしか言えないよな。


 「ってかフェリだって神っぽいなにかなんだろ? ってことはあいつらの話だって…」


 「ざーんねん。ボクにも聴こえてないよ」


 「そうか。…なら考えても仕方ないか」


 「そうそう。真実を知るには結局先へ進むしかないのさ〜」


 ゴブリンキングとの話を終えたセクレトがその重そうな巨体を持ち上げるようにして立ち上がる。よっこらせ、といった感じだ。そして大きく息を吸い……


 『私も同行……ッ!!!』


 言葉が止まる。その場が静寂に支配された次の瞬間、宛ら場内アナウンスのような声が響き渡る。

 その声は昨日の帰り際にどこからともなく聴こえた野太い声ではなく、どこか機械的で神秘的な雰囲気を醸し出していた。


【禁則事項を感知。対象者“神官・セクレト“を守護者モードへと強制移行】


 辺りが静まり返る中、フェリシアの「やれやれ…」という呟きがやけに大きく聴こえた。そして隣に来たフェリシアが言う。


 「悠人、セクレトは敵だよ」


 「敵? 一緒に行くっぽいこと言ってなかったか?」


 「だからだね。どうやらそれをしちゃいけない立場だったみたい」


ーー マスター! セクレトの様子が…!! ーー


 エアリスに促されセクレトに向き直ると、赤い模様が体表面に浮かびあがり、その深紅の瞳には敵意が宿っていた。口からは涎をダラダラと垂れ流し、バトルアックスを構えこちらを睨む。似たようなのをついさっき見たな。涎は垂らしていなかったが杏奈の【狂戦士化】によく似ている。同じようなものかもしれない、そう考え警戒レベルを最大限に引き上げた。


 『グウウ…グッ…殺セ……私を殺セ…ッ!』


 くっころかな? と思ったがそんな場合ではないことは確かだ。しかし俺がそんな事を思っていてもエアリスならばきっと対処法を考えているだろう……そう期待していた時期が俺にもありました。


ーー これが世に聞く『くっころ』でしょうか? ーー


 「わかるけど多分割とガチ」


ーー わかります。…しかしやはりくっころと言えばエルフ剣士。どうせならそちらを見てみたいです ーー


 …まぁ元にしているのが俺だもの。仕方ないのよね。


 セクレトの変貌にゴブリンたちは怯え切っている。中にはちびっちゃった者もおり、それどころでは済まない者も相当数いた。ゴブリンキングも腰を抜かしたように四つん這いでセクレトから離れるようにこちらへ向かっていた。一方黄金鎧のゴブリンプリンセスは微動だにしない。闘うお姫様は肝が座っているのか? とも思ったが…


 「………」


ーー 気を失っているようです ーー


 「えー…」


 突如セクレトのバトルアックスによる一撃が繰り出され、フェリシアの頭を守るように抱えて横っ飛びで緊急回避する。


 「ありがと、悠人♪」


 「ずいぶん余裕そうじゃないか」


 「ふふふっ。例えこの器がダメになってもボクは平気だからね。それにほら、悠人が助けてくれたでしょ?」


 「ご期待に添えたようで何よりですよー。でも…あっちはだめだな」


 「仕方ないさ、所詮ゴブリンだから」


 フェリシア、スーパードゥラァァァイ!

 それはいいとして。

 

 セクレトが再びバトルアックスを持ち上げると、ひどく抉れた硬い床に赤い液体が溜まっていた。そこには見覚えのある赤いマントと割れた王冠。ゴブリンキングだったものは黒いエッセンスを上方へと吹き出しながら血溜まりを作っていた。


 「はっ!!?」


 爆発音にも似た豪音がゴブリンプリンセスの意識を引き戻したようだ。しかし抉れた床とそこにあるものを目にしたゴブリンプリンセスは…


 「お、とう、様…?」


 親だもんな。気付いたらミンチとかショックだろう。さすがにかわいそ——


 「死んでしまうとは情けないゴブッ!!」


 ゴブ姫は元気いっぱいだ! ゴブリンキングがミンチになった事なんてどうでもよさそうだな!


 悠里のマジックミラーシールドにより俺とフェリシア以外のログハウスメンバーは守られていたため、床が抉れた事によって飛散した礫(つぶて)は彼女たちには届いていないようだ。俺はというと“星銀の指輪”により【拒絶する不可侵の壁】が発動していたため無傷、フェリシアもなんともない様子だ。


 フェリシアを抱きかかえ、腕を組み『ふんすっ!』としているゴブリンプリンセスを小脇に抱えてマジックミラーシールドの範囲内へと駆け込むべく走る。外部からの侵入を防ぐマジックミラーシールドだが、悠里は器用に一瞬だけ解除することで俺たちを内側へと招き入れた。転移の方がはやいのだがエアリスがそれを許可しなかった。理由はおそらく今現在も感じている体の怠さが原因だろう。


 ゴブリンプリンセスを床に置きフェリシアを丁寧に下ろしセクレトの様子を窺う。

 バトルアックスを振り上げたまま動かないセクレトは『私ヲ…アトは……殺セ…殺ス』と呟いている。完全にヤバいお薬でもキメてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだが、たぶん本人はガチだから茶々を入れてはならない気がした。


 悠里、香織、杏奈、さくら、リナも警戒した表情。フェリシアとチビはいつも通り。クロはというと、不思議な踊りでも見たかのように腹を抱えてケタケタと笑っていた。クロの笑いのツボがわからない。


 「…動かないな」と呟くと「そうですね……」と返した香織を横目で見る。表情は硬くこんな表情はめずらしい。


 「あたしのと似てますよね、アレ。もしかしてあたしも涎びちゃびちゃなんです?」


 「いや、そんなことはないよ」


 「ふぅ。よかったっす」


 たしかに杏奈の【狂戦士化】にそっくりだ。あの体に巡る赤い紋様は身体強化のような効果がある事は間違いないだろう。あの時の杏奈は見た目の筋肉がいつもより盛り上がるなんて事は無かった。つまりステータスが強化された状態という事だろうな。その代わりに理性を失う、か。ただでさえパワーの塊みたいな見た目のセクレトがその状態になっているって、思ったよりマズい状況だったりして。


 「ここから撃ってもいいのかしら?」


 「どうなんだろう。さくらが狙われちゃうかもしれないな」


 ゲームでもあったな。後衛職がダメージを出しすぎて敵が前衛を素通りとか。杏奈にできたように俺に意識を向けさせる事ができるかもしれないけど……いつもボス級には、直接的な効果がない。それが俺の能力【真言】なんだよなぁ。アテにできるかもわからないんだから、さくらは手を出さない方がいいように思えるな。


 「あーしがやる?」


 「クロは知り合いだろ? さすがにやりずらいだろ」


 「別にー」


 クロはドライだなぁ。でも思えばクロだけじゃなく、ゴブリンとかもそんな感じだよな。他の仲間だけじゃなく自分の命も軽く考えている節がある。そんな事を考えているとなにやらリナがシュッシュッと軽快なフットワークでシャドーボクシングしながらこちらをチラチラと見ている。


 「リナは……リナにはまだ早い気がする」


 「戦力外ツウコク…でーす」


 仕方ないのだ。ゴブリンキングをミンチにした両刃斧による一撃は、リナのシャドーボクシングの速度では手に余るだろう。結局のところは、まぁいつも通り。


 「俺がやってみるかな。なんとかついていけそうな気がするし」


 「でもみんなでやった方が簡単かもしれないよ?」


 「かもな。さっきの振り下ろしが見えてたならだけど」


 見回すが誰も頷かない。つまりさっきのが見えなかったって事だろう。ぶっちゃけ俺もはっきりとは見えなかったからな。ステータスをエアリスによって調整され感覚的な時間は引き伸ばされているはず、それでも捉えきれなかった。とは言っても何度か見れば慣れるとは思うが……本調子ではない今、それまでどうやって凌ぐかだな。


 「あーしがやってもいいんだケドー、まーお兄ちゃんに任せるネ!」


 「身内と戦わせるのも気が引けるしな。でも危なそうなら助けてくれてもいいんだぞ?」


 「アハハー! 一人で戦ってみたいってことくらいわかってるから邪魔しないしーww」


 (そんなこと思ってないけどな。他のみんなを助ける余裕があるかわからないし、なんとかがんばるしかあるまい)


ーー 問題ありません。クロの竜形態とも渡り合えるステータスに調整してあるのですから ーー


 「悠人……大丈夫?」


 悠里は俺の調子がいまいちな状態になっていることに気付いたのだろう。エッセンスの残量が視えるようになった悠里は俺の異常がわかるようだ。事実、エアリスはそれを軽減するべくがんばっているため割とおとなしい。


 「なんとかなるだろ。ヤバいと思ったら、頼むな」


 「…わかった、任せて」


 そのやりとりに三人が反応する。


 「あらあら〜? なにか通じ合ってそうでうらやましいわぁ〜」

 「悠里さんなにかあったんすかっ!? ま、まさか次のステップへ…? そのために二人だけで向こう側にいったんすね?!」

 「えっけんこういー! ずるい!」


 この状況、つまりすぐ近くにヤバいお薬をキメちゃったような怪物が巨大斧を振りかぶっているような状況でやいのやいのとマイペースなログハウスの女性陣。そんな彼女達に見かねたようにフェリシアが口を開く。


 「ボクとクロもいたけど怪しいことなんてなかったよ? 強いて言えば……悠人がボクを女の子扱いしてくれたくらいさ」


 頬を薄く染め髪の毛を指でくるくるっと巻くという思わせぶりな仕草をするフェリシア。そういう事をしちゃいけないと思う。なぜなら……


 「えっ? 事案?」と悠里が言った。

 「事案……かしら」

 「悠人さん、事案ですね」

 「事案っすよお兄さん」

 「はわわわー」

 「アハハハ! クッッソウケるwwwww」


 「なにそれ冤罪…」


 こうなるからだ。ってか悠里、真っ先に俺を売り渡しやがって……。

 

 ログハウスの女性陣は団結力が強い。元からいたメンバーに加え、最近のリナ、ついさっきのクロもすでに馴染んでいる。

 玖内に教えてあげなければならない事だと心のメモ帳に書き込んであった事柄を、心の赤ペンで二重丸で囲っておいた。


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