第113話 ごぶごぶ!


 「あら悠人君、助けに来てくれたのね?」


 そう声をかけてきたのはさくらだ。リミットブレイク猥褻物陳列オークに対し、遠距離武器メインでありながら前衛をしていたのだが、その時の決意に満ちた表情とは打って変わって柔和な表情をしている。


 「ごめん、気付くのが遅れて間に合わなかったよ」


 「ゴブリンさんたちのおかげでなんとかなったわよ〜」


 「ゴブリン、味方なの?」


 『ワレラ、イマ、味方。ヒメサマガタト、獣ノ王ノ味方』


 「あー……マジか。さくらたちを助けてくれてありがとうな。あと……ごめんな、何がとは言わないけど」


 ここへくる途中に超偉そうなゴブリンとかを蹴り飛ばしてきたことはとても言い難かったので記憶の彼方へと投げてしまった事にしよう。そもそも緊急時に進路上にいるやつが悪い。そういう事にしよう。


 「悠人さぁぁん!!」

 「お兄さぁぁぁん!!」

 「ぺるぞなぁぁぁ…っ!」


 そんなことを思っていると我が社の美女三人に泣き付かれた。まぁ大体想像は付くというか……オーバーリミット猥褻物展覧会は相当に恐怖だったのだろう。もし俺が彼女たちの立場であっても『アーッ!』となる危機感を抱いて恐怖するだろうし。


 「よしよし、怖かったね、がんばったね」


 とりあえず落ち着かせることにした。三人が落ち着きを取り戻してくると、杏奈はふてくされたように文句を言う。


 「お兄さんひどいっすよぉ。さすがにアレはキモすぎて無理っす」


 「いやぁ……ごめん、まさかあんなことになるとは思わなくてさ…。数は多いけど落ち着いていつも通り自分たちの流れに引き込めば大丈夫ってエアリスも判断したから問題ないと思ったんだけど……ごめんね?」


 「ぐすっ……たしかに…冷静じゃなかったかも…」


 半ベソで反省する香織にリナと杏奈も続いた。


 「私も必死で何も考えられませんでした…」


 「うっ……たしかに今思えば数が多いだけで…さくら姉さんの“アニー”に必要な時間を稼いで掃射してもらえば問題なかったかも」


 さくらはみんなが普段通りできないと判断して前線に立ったんだろうな。結果的にそれで時間は稼げたようだし間違ってはいなかったと思う。


 「うん…反省会しよ? ぐすん」

 「そっすね…」

 「はい…」


 三人は少し離れ反省会を始めた。俺も反省しないとな。ちゃんとメンタル面の相性も考えなきゃならなかった。確かに戦力的には問題なかったとは言えそれは結果論だ。もしもゴブリンが加勢してくれなかったら……これはゲームじゃないんだ。

 三人と入れ替わるようにうずうずした様子で待機していたさくらが両手を広げてダイブしてくる。もしこれを避けてしまえばかわいそうな絵面になってしまうので不動を貫こう。


 「ゆうとくぅぅ〜ん!」


 「さ、さくらもがんばったね」


 「んふぅ〜。ユウトニウム〜」


 来るもの拒まずの精神で受け止めたさくらの背中を軽くトントンし、髪を少し撫でてあげた。さくらはお姉さんなのだが、よしよしとされるのが好きらしいのでこういう時は“そうしてほしいから避けられないように”ダイブしてきたのだろう。

 こちらの気持ちも考えて欲しいと少し思わなくもないが、自分の恥ずかしい気持ちよりもさくらががんばってくれた事を労わないわけにはいかないしな。それにあのオーバーリミットビッグマグナムな光景の後に男である俺を頼ってくれているという事なんだから、信頼されているんだと思うし俺も嫌ではないので避ける理由はない。それかそもそも“男”として見られていないのかもしれないけど……それならそれでもまぁ。

 そんな中、チビが何やら偉そうなゴブリンと話をしているような気配を感じ少し聞き耳を立てた。


 「わふ」


 『フム、ナルホド。アノニンゲン、獣ノ王ヨリ偉イノデスネ』


 「わふっ、わっふ」


 『ホホォ…ワレラナラ、スグニ、マグワイマスナ』


 「わーふ、わふぅ……」


 『フム、ナルホド。ソレハヘタレ」


 「ちょおおおっとキミたちぃ? なんの話をしてるのかな? ん〜?」


 『ッッ!!!! ナ、ナントイウ覇気ッ! コレガ、チョウエツシャ……』


 「くぅん」


 ついつい【超越者の覇気】が出てしまい、ゴブリンたちを怯えさせてしまったようだ。チビは『やれやれ』といった雰囲気を醸し出している。さくら、香織、リナも驚いたようだったが、杏奈は身悶えていた。


 『黒銀ノ神竜サマノ【竜帝覇気】トモ、五分五分(ゴブゴブ)ヤモ知レマセンナ』


 「……」


 『オ気ニ召シマセンデシタカ…? ゴブリンジョークナノデスガ…」


 フェリシアとクロが待つ部屋へと戻るため、ゴブリン軍団と共に三部屋目へと入ったところで『オォォォォォオオ!!』と雄叫びのような歓声のような、そんな声が上がった。

 そういえば雑に通って来たが、今思えばオークとゴブリンが争っていたような。

 王冠赤マントの体格の良いゴブリンが片腕を上げ、黄金鎧のゴブリンが斬れ味の良さそうな両刃剣を掲げていることからゴブリンたちが勝ったのだろう。ところでなんで殴り合ってたんだろう。謎だが、ぶっちゃけどうでもいいけど。

 赤マントたちを無視してそのまま最短距離で合流地点の部屋へと向かおうとすると、ちょっと偉そうなゴブリンが赤マントの方へと駆けていった。そしてすぐに赤マントと黄金鎧を引き連れて戻ってくる。


 『超越者殿とお見受けする! どうか! 我らの神をお救いく』


 「いやです」


 とても流暢に話す赤マントゴブリンに対する俺の返事は即答だった。だってこういうのって絶対めんどくさい事になるって俺のゲーム脳が言っている。ここに来た目的はただ攻略に来ただけで、ここの事情に首を突っ込むために来たわけじゃないんだよ。


 『そこをなんとか!』


 「嫌だと言っている」


 『お願いしますうううう!! 報酬として我が娘、ゴブリンプリンセスを差し上げますので…ッ!』


 すると黄金鎧のゴブリンが兜を脱ぐ。中から出てきたのはブロンドヘアー。ゴブリンを人間に近付けたような顔をし、少しまるっこくデフォルメされたような……ぎりぎり幼女と言えなくもないような…絶妙にびっみょーな顔のゴブリンだった。


 『お初にお目にかかりますごぶ! ワタクシ、ゴブリンプリンセスと申します、ごぶ!』


 「お、おう」


 『ワタクシ達の願いを成就してくださった暁には、ワ、ワ、ワタクシの純潔を捧げさせていただきますのでぇ…どうか』


 少し俯き加減で頬を赤らめながら、胸の前で指をモジモジ、内腿を擦り合わせるようにモジモジ、うるうるのお目目でこちらをチラッチラッと上目遣いをする。そんなゴブリンプリンセスに対し俺は……


 「お断りします。先を急ぐのでっ! ではっ!」


 俺は走った。全力で。音すらも置き去りにしてしまったかもしれない勢いで。


 合流地点では地べたに正座のようにして座るクロの膝の上に腰を下ろしたフェリシアが「おかえり悠人ちゃん」と言ってこちらに笑顔を向け手を振る。それを見て自然と頬が緩んだのを自覚した。


 うむ。やはり美少女とは斯くあらん。

 かわいらしさに重点を置いた整った顔立ち、ピンと尖った耳、サラサラとした薄緑の髪、肌は白磁のように白く滑らかで髪の色よりも少しだけ青が混じったような色の大きな瞳。

 今日の服装はゲームにありそうな、杏奈謹製“都会に住むエルフのお嬢様がピクニックに行くようです”衣装だ。杏奈はそれを自作し、さらにエアリスが補強した服だ。ブラウスにちょっとしたアクセントでリボンがつけてあり、とてもよく似合っている。

 よく見ると、すごい美少女なんだよな。さすがエルフモチーフ。あ、でも少女とはいっても本人的には二十歳設定なんだっけ。まぁ二十歳には見えないけどな。ぺったんこだし。


 「あれ〜? あれあれ? 悠人ちゃんの視線がなんかやらしいよ?」


 悪戯な笑みを浮かべながら半身になりつつ交差させた華奢な腕で胸を隠すフェリシア。普段なら鼻で笑い飛ばしてしまったりもするが、今は直前の出来事による衝撃とフェリシアの容姿が相まったことによってその仕草に胸の奥が熱くなるのを感じた。しかし内なる存在が放つ冷気を錯覚し、すぐに我に返った。


 「アウトポス神に欲情とかウケるww」


 「クロ? それってボクに魅力がないって言いたいのかな?」


 「はぇっ!? ちちちちがいますごごご誤解ですケド!」


 「あははー、ごめんごめん、冗談だから気にしないで」


 「じょ、冗談……アハハ…ウケ…る」


 クロはフェリに弱いようだった。顔を痙攣らせちゃってまぁ……そんなに怖がらなくてもいいのにな。

 とは言え“大いなる意志”、“アウトポスの神”、そんな存在に対してダンジョンの神を崇めているように見えるクロの感情は俺のような無神論者ではわからないんだろうな。


 「それで悠人はボクをあんな目で見てどうしたの? 子作り、してみる?」


 「あ、あぁ、すまん、ちょっとなんかすごいのから逃げて来たんだ。だけどフェリ、お前のおかげで俺の心の平穏は保たれたよ。本当にありがとう。でも子作りはしない。あと女の子がそんなこと軽々しく言っちゃいけません!」


 「なーんだ残念。でも“女の子”扱いしてくれるってことはチャンスはいくらでもあるってことだよねー?」


 「女の子は女の子でも事案になりそうで危険な“女の子”扱いだよ」


 「うーん、実際は違うんだからいいじゃーん」


 そんなやりとりを平気な顔でしてしまえるフェリシアはせめて少しくらい恥じらいを持てばいいのに。


 遅れて他のメンバーもやってきた。ゴブリン軍団を伴って。当然その中には赤マントを羽織ったゴブリンキングもおり、そうなると自然、黄金甲冑のゴブリンプリンセスも漏れなく付いてくる。


 フェリシアとクロに気付いたゴブリンたちはキングを先頭に跪き恭しく挨拶の口上を述べているようだった。それに対するフェリシアはめんどくさそうな顔だ。

 一方のクロは「いつもいつもそういうのいいってー。いい加減ウケるんだケドww」と言っており、同時にちょっとだけ“竜帝覇気”を放った。その中に少しだけ怒気を感じ、クロの“ウケる”に含まれる意味の幅が広すぎて、なんでもかんでも『ウケる』と言っている女子校生くらい不思議な生物に見えた。


 こちらに来るまでに話を聞いたであろう悠里が途中で逃げてきた俺に結果だけを完結に話す。


 「ゴブリンと共闘することになったっぽいよ」


 「攻略対象と共闘するとか絶対めんどくさいやつじゃん」


 勝てる相手だけ倒していざとなったら逃げる、つまり軽い気持ちでここにやってきたのに。しかもその相手が助けを求めてくるとか、どういう状況だよ。

 ちょっとうんざりしていると悠里の陰に隠れていたゴブ姫が言う。


 『恋愛的攻略対象だなんて……キャッ』


 「黙れ小娘ッ!」


 『ふぇぇ…』


 ついついゴブ姫に脊髄反射してしまった。反省反省。

 ともかく当初の目的は“普通のダンジョン攻略”だったのだ。なのにどうしてかわからないが面倒なことになりそうな気配しか感じられない。いろいろと予想外の事が起きてちょっとイラッとしていたのもあり、思わず【超越者の覇気】が漏れたのも仕方ない。

 それにしても【超越者の覇気】は威圧するのとは何か違う感覚だ。威圧する時と違って自分から波動みたいなものが周囲に広がる感覚というか……ともかくちゃんと抑え込めるようにしておかないと、事ある毎にみんなを驚かしてしまう事になるな。帰ったら使い方をエアリスにご教授願いますか。


 それから俺はさくらたちから詳しい話を聞く羽目になった。面倒な案件という点に関して予想は的中、それどころかその数倍は面倒事だった。一緒に話を聞いていたフェリシアはなにやら考え込んでいるようだし、クロも「そういえば…」などとぶつぶつ言っている。俺は『普通の攻略をさせてくれ』と思ったが、結局はできる事なら手助けしようという事になった。なぜならそもそもダンジョン自体が普通じゃないからな、だから仕方ないと諦めたのだった。


ーー ゴブリンと共闘する事になるとは……マスターには面倒事を引き寄せる隠しステータスがあるのでしょうか? ーー


 (旅行先で起きた殺人事件の第一発見者にいつもなっちゃう少年探偵みたいな能力なんてあるわけないだろ、常識的に考えて)


ーー しかしマスターも負けず劣らずに見えますが。もし実在するならばその隠しステータスが影響している確率は五分五分といったところでしょうか。“ゴブ”リンだけに ーー


 (気に入ったのかよゴブリンジョーク)


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