第111話 エテメン・アンキ 左通路3部屋目


 「『ぶっ飛べ!』」


 先頭の取り巻きメズキに肉薄したところで【真言】を発動。それにより首領・メズキの取り巻きたちが放射状に吹き飛び、ある者は壁まで吹き飛び、ある者は地面に叩きつけられて尚吹き飛び続けた。

 首領・メズキは先頭のメズキが吹き飛んできたのを躱すことができず激突したことにより体勢を崩し、悠人はそこへさらに踏み込んだ。首領・メズキは吹き飛んでいないが、それは【真言】が敢えて当たらないようにしたからだ。


 チィィン……


 銀刀を鞘から抜くと同時に切り抜けていく。首領・メズキは脇腹から肩口まで深く斬られたが、傷は見当たらない。首領・メズキ自身、斬られたと思ったようだが、視線を下に落としても傷口が見当たらない。であれば自分の後方にいる人間を叩き潰そうと武器を振り上げたその時、勢いよく鮮血が吹き出し傷口が開いたことを知る。

 苦しげに呻きながら、倒れ込みそうになる体を支えるべく金棒を杖に踏ん張るも、傷が深く血に濡れた脚がどうしても震えてしまう。


 『人間……ニンゲンンンンッ!!! 殺サネ…ナラヌゥッッ!!』


 涎を撒き散らしながら雄叫びを上げた首領・メズキは突如赤黒いオーラに包まれ、大きく開いていた傷口は泡立ち応急処置程度に塞がる。元々太かった腕脚の筋肉は更に隆起し、太い血管が大きく脈打っている。大きく肩で息をしていることからそれが相当の消耗であることを物語っていた。


 無防備な人間(悠人)は刀を鞘に収め、背を向けたまま佇んでいる。これを好機とばかりに首領・メズキはトゲのついた金属製の金棒を振り上げ、思い切り振り下ろす。


 「『マジックミラーシールド』」


 分厚い金属の壁を殴りつけたような音が鳴り、空間に小さな罅が入る。それは首領・メズキの振り下ろした金棒が見えない壁に防がれたことを意味する。

 しかしそこで首領・メズキは理解した。

 この見えない壁は壊せるのだ、と。

 このまま叩き続ければ壁を破壊し、勢いそのままにこちらに背を向けた人間を殺せるのだ、と。

 この壁が壊れる時がこの人間の最期だ、と。


 大凡一秒という短い時間の中、叩く、叩く、叩く、そして叩く。五度目の金棒による叩きつけまでの間に罅はさらに広がりあと一度で叩き割れるところまできたが、首領・メズキの金棒が構えていた上段へと弾き返されたその瞬間、苦痛で顔を歪ませ振り下ろす腕から力が抜けた。


 そうしてガラ空きになった胴体を逃すような悠人ではない。振り向き様に鞘に納めていた銀刀を再び抜き放ち、今度は肩口から脇腹に向けて銀刀で斬り下ろし納刀する。しかしまた傷は見られない。改めて金棒を振り下ろそうとした首領・メズキだったが、そこで二つの傷口が同時に開いた。血飛沫を吹き出しながら。


 「奥義・時間差クロス斬り! ……なんつって」


 「日本刀使ってクロスとか言われても、なんか格好つかなくない?」


 「だって思いつかなかったんだもん」


 「だもんって。悠人ってときどき子供っぽくなるよね。最近は前より増えた気がする」


 「そうかなぁ?」


 「そうだよ。不意を突かれるとちょっとかわいいって思っちゃうし」


 「よせやい照れるだろう?」


 「大して照れてないくせにー」


 「バレたか」


 「バレバレよ」


 広い部屋に二人の笑い声が響く。【真言】により吹き飛ばされていたメズキたちも、致命傷にならなかった数体がなんとか起き上がる。しかし首領・メズキがあっさり倒されてしまったことを理解し、戦意を喪失した。


 「そういえばなんですぐ二回目斬らなかったの?」


 「すぐに二回目斬っても一回目の傷が開かないと思ったからさ」


 「計算づくだったの?」


 「へっへっへー。最初の傷を塞いだのはびっくりしたけど、メガタウロスで似たようなの見たしな。エアリスに手伝ってもらって傷口が開くところに二回目を合わせてみたんだよ」


 「ふ〜ん。なんだかすごそうだね。でもその必要あった?」


 「なかったかもしれないけど、あったかもしれないじゃん? 少しの傷なら塞げても、致命傷なら塞げないかもしれないし。それに賭けた。カッコ良さを目指して」


 そうは言ったが悠里は顔を顰めていた。思ってみれば残酷な方法だったようにも……俺ってこんな事を平気でやれるやつだったんだな。それともダンジョンに潜るようになってから変わったんだろうか。

 答えは出ないが、一応言葉を話す相手だったし一思いにやった方がよかったのかもしれない。


 「それを実際にやっちゃう悠人ってすごいんじゃない? ちょっと危ない人だとも思うけど」


 顔を顰めながらも一応褒めておこうと思ったであろう悠里。本音もセットでちょっと傷ついた気がしたが、冷静に考えるとただの危ないやつだから否定できない。


 「褒めるのか貶(けな)すのかどっちかにしてプリーズ」


 「ダンジョンの中に限っては、褒めてるんだって」


 「外では?」


 「近付いちゃだめな人」


 「なるほど確かに……ふふっ」


 「ふふふっ」


ーー 楽しそうですね、マスター ーー


 (あぁ。なんか久しぶりに昔に戻ったみたいだ。それだけで楽しいかな)


ーー それは良い事です。ところでここでもエッセンスは回収しないのですか? ーー


 (うん、ほっとく)


ーー では生き残りのメズキたちも放置ですね? ーー


 (うん、襲ってこないなら放置)


 エッセンスは放っておく。ギャル黒竜のクロの話によればここのモンスターたちは生き返るようだし、もしかしたらエッセンスが上方に吸い上げられるように舞い上がっていくのには理由があるような気がしたからだ。


 「二人ともお疲れ様だよ! お疲れさまだね!」


 「おっつー!」


 全く戦う気がなく、ただついてきているだけになっている二人から労われる。まぁこの二人に戦えというのが無理な話だし、そもそも俺はどちらでも構わない。

 実際、俺と悠里がいれば余程のことがない限り大丈夫だろう。


 それよりも向こうが心配だ。前もって【天眼】による索敵をした時、かなりの数のゴブリンと全裸のオークがいたのだ。ゴブリンは武具をつけているが、装備や攻撃方法の相性的には問題ないだろう。

 問題はオークだ。ぽけぇ〜っとしているが、数が尋常じゃない。他より広い二部屋目、そこにアホほどいる、といった印象だった。三部屋目の方が簡単なんじゃないかと思ったりしているが、まぁさくらは殲滅用武器である“アニー”があるしチビだっている。香織はハンマーを振り回すだけでほぼ問題ないだろうし杏奈には【エアガイツ】という便利な技もある。リナはわからないが、足が速い。問題ないだろう。


 「ところでさ」


 「うん? どうした?」


 「実は結構消耗してるんじゃない?」


 「いやぁ、そんなことは…」


 「……実はね、エッセンスの減り具合、なんとなく視えるんだよね」


 「ほ、ほぅ? 気のせいじゃないか?」


 「鎧解除した時、すっからかんになったよね? その後、急に増えてたからエアリスが何かをエッセンスにしたんじゃないかって思ってるんだけど?」


 相手のエッセンス保有量が見える? それって……『戦闘力たったの5か、ゴミめ』みたいな事ができるっていう……いやそれはどうでもいいよな。


 「…マジで視えてんの?」


 「だからそうなんだって。直接見てないとわからないんだけどね」


 「そう…なのか」


 「今だってなくならないギリギリでエアリスがやりくりしてるんでしょ? 派手に能力を使わないのは、だからじゃない?」


 ううむ。悠里にはバレてるのか。実際さっきメズキから守ってくれた悠里の【マジックミラーシールド】はありがたかった。あれがなければ指輪を使う事になってたからな。そんな状況でも『漫画で見たアレ、やりましょう!』と目を輝かせたようなテンションで言ってくるあたり、エアリスって楽しい事とか興味に貪欲っていうか……。まぁ、俺を元にしてるらしいし、何もおかしくないのか。


 「そうだけど、いつからだ?」


 「つい最近だよ。もしかすると私の能力が能力だからかもね」


 「というと?」


 「“魔法”だから」


 「ふむぅ?」


 「【虚無(ヴォイド)】の練習しててね、そのうちどのくらい消費するかっていうのがわかるようになってきて、そしたら燃費が酷くてね…。それから“魔力”っていうものを意識するようになったんだ。エッセンスで魔力を作ってその魔力で魔法を使うっていうイメージかな。そうしてるうちに視えるようになったんだよ」


 なるほどな。何もないところにいきなりじゃなく、そうなるには理由があるって事を意識した結果なのか。


 「漫画の魔法少女もそうだったからね」と付け足した悠里は、ちょっと恥ずかしそうだった。


 「そりゃすごいな。なるほどな、エッセンスを効率の良い燃料にするイメージか。そういえば俺みたいなやつにとって“魔力”っていう言葉は、文字としては身近だけど現実は別だって思いすぎてたかもしれないな」


 「で、ね?」


 「おう?」


 「無理してない?」


 「…してない、と言えば嘘になるかな」


 「じゃ、じゃあ次の部屋ってなにもいないんでしょ? 向こうに行ったら、その……膝枕してあげるよ」


 「え? どうしたんだよ急に。そしてなぜ膝枕」


 「よく香織がしてるから元気出るのかなって思ったんだけど…」


 「……まぁ違う意味で元気になっちゃうかもしれんがなー。へっへっへー」


 おっと、久しぶりに悠里さんから冷気が……。


 「じょ、冗談だって。じゃあ合流予定の部屋に行ったら少し休むか」


 「うん!」


 この間フェリシアとクロは少し後ろの方をついてきていた。いつもならフェリシアが茶茶を入れてくるようなものだがそれはなく、たぶん空気読んだって事だろう。

 俺と悠里はのんびりと次の部屋、合流地点の部屋へと歩を進める。【天眼】によればそこに敵性反応はなく、ボス前のセーフティゾーンといったところだろうか。反対側の通路へ行ったみんなはまだ来ていなかった。


 悠里は収納する魔法でどこからともなく小さめのシートを取り出して地面に敷き、そこに足を伸ばして座った。そしてこちらを向き、エアリスによって強化されたストッキングを履いた太腿をトントンする。実は全身に怠さを覚えていた俺はそれに抗えず吸い込まれ……


ーー マスター、お楽しみのところ申し訳ありません。緊急事態です ーー


 「おおお楽しみとかじゃねーしっ!?」


 「どうかしたの?」


 「あ…いや、エアリスが緊急事態だって言ってて」


 悠里に説明すると、顔を蒼くしながらも「行こう」と言った。それに頷きを返しフェリシアを見やると、「ここで待ってるから行っておいで」と俺と悠里を送り出した。


 少し無理をして【天眼】を使う。

 四人と一匹は二部屋目におり、そこ目掛けて大量のモンスター、全裸オークが群がっていた。しかも猥褻物をリミットブレイクさせて。

 更に階段側からもゴブリンの群れが迫っており、間に合わない、そんな言葉が頭を過ぎる。しかし立ち止まってはいられない。エアリスにはいざという時はステータスをエッセンスに還元するようにお願いしておいた。


 俺と悠里はまだ攻略されていない右側通路三部屋目へ強行突入。そこで何やら殴り合いの喧嘩をしていた大きめのオークと大きめで王冠らしきものを頭に載せ、赤いマントを羽織ったゴブリン、さらに体格は小さいが黄金の全身鎧を着たゴブリンを力任せに蹴り飛ばし進む。全力で走る俺に悠里はついて来れていないが、そこら中にいるゴブリンとオークは互いに攻撃しあっていて悠里に見向きもしないので大丈夫そうだった。俺はそのまま二部屋目へと飛び込むとほんの少し前に【天眼】で見たのとはまるで違う光景を目にする。


 群がるオークの群れ、それに対しさくらたちを守るようにゴブリンたちが展開し押し返していたのだ。それを茫然と見ていると遅れて悠里がやってきた。

 それから俺たちはオークが殲滅されるまでのわずかな間、ゴブリン軍団と女性陣たちの見事な連携を見ていたのだった。

 

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