第110話 エテメン・アンキ 右通路2部屋目
香織、杏奈、さくら、リナ、そしてチビは身長が百二十センチメートル前後の小人の群れに取り囲まれていた。
小人と言えばいろいろな見た目を思い浮かべることができるが、彼女たちの目の前にいるのはゴブリンだ。しかしそのゴブリンたちは革製鎧を着込みそれなりにしっかりとした身長にあった長さの両刃剣と、これまた身長にあった小さめの丸い盾、バックラーとでもいうべき盾を装備している。肌の色はゲームでよく見る緑とは限らず、人間と変わらないような体色の者もいる。そしてなにより、片言ではあるが言葉を話す。
「お兄さんが好きそうなロールプレイングゲームとかだと、女ならなんでも性的な意味で襲っちゃうようなやつらっすよねー」
「あらあら〜、そうなの?」
「セイテキ? どういう意味ですかー?」
「リナちゃんは知らなくてもいいことよ? うふふ〜」
「そ、そんな、ナカマはずれでーす……」
見るからに落ち込んだ様子のリナ。罪の意識に苛まれたさくらは……
「じゃ、じゃあ教えてあげるけど……覚悟はいいかしら?」
「か、カクゴ? 心の準備のことですよね? 大丈夫でーす」
「かくかくしかじか……ということなのよ〜」
「お、お、お……」
「お?」
「女の敵でーす!」
ゴブリンたちを『女の敵』と認定したリナは、威嚇するようにシャドーキックボクシングを披露する。片足で立ち、もう片方の脚を宙に浮かせ、目の前に敵がいるかのようにその場で蹴撃を放つ。その度に風を切る音がし、遠巻きに見ているゴブリンたちでは残像を見るので精一杯だろう。
「さくら……さすがに教えない方がよかったんじゃ? それに悠人さんが好きなのはそういうのがないゲームなのに」
「さすがに詳しいっすね」
「よくお部屋にお邪魔してるからね」
「ぐぬぬ……あたしにはハードル高いっすね」
「あら〜? 普通に居ればいいだけよ〜?」
「それはそうっすけどー……ムラムラしちゃうじゃないっすか」
「年頃なのね〜。うふふ〜」
じりじりと近付いてくるゴブリンたちを次々とぶっ飛ばしながら軽口を叩き合う三人とは対照的に、顔を真っ赤にしたリナが「女のてきー!」と言いながらゴブリンを派手に蹴り飛ばしている。西洋の人はそういった知識や行為に積極的な印象を持つ人もいるが、彼女の国はそうでもないのだ。
というか相手が小さいことで無意識に手加減をしているのか、それとも体の大きさに比例しないタフさがあるのか、さくらが能力により生み出した銃を使っていないこともあるかもしれないがゴブリンたちは戦闘不能になっている個体がいない。各々がその事に違和感を持ち始めた時、ようやく彼女たちの耳にゴブリンの言葉が入ってきた。
「ワ、ワレラのハナシ、キケ、ニンゲン」
「女のてきー!」
「ヤ、ヤメロ、ハナシヲ……」
「リナ、リナ!」
「はっ!? ど、どうしましたか香織さん!?」
「この人? たち、話を聞いて欲しいみたい」
「ソ、ソウダ、サイショカライッテルダロウ」
思えば敵意を感じなかったと今更ながらに香織は思い杏奈に確認を取ると、そういえばそうだったようなと返ってきた。
リナは「そうでしたか?」と言いつつ警戒心を表すかの如くシャドーキックボクシングを見せつける。彼女にとって、ゴブリンたちはまだ『女の敵』なのだ。
さくらが「そういえばそうだったような気がするわね〜」と言うと、リナは『さくらお姉さんがそう言うなら』と漸く両足を地につけた。
香織たちの攻撃が止んだのを確認し、ちょっと偉そうなゴブリンが前に進み出る。しかし香織たちは誰も前に出ない。敵意はないとはいえ、安心するほど心を許せる状況とは認識していないのだ。
ゴクリと唾を飲み込んだ杏奈が 「罠とか……じゃないっすよね?」と質問する。
ゴブリンは「ナイ」と一言い、周囲のゴブリンたちも頷く。それにより少し空気は和らいだ。
「ほんとっすか?」
「ホント」
「うふふ〜」
「ツヨイ……サカラワナイ」
「女の敵…じゃない?」
「ジャナイ」
しかしまだ警戒の色が残る女性陣。やれやれといった様子で前に出たのはチビだった。
「ガウガウ!」
「ッ!! コ、コレハ…イトタカキ御方……ワレラ、コウゲキシナイ、誓ウ」
「わふっ」
「チビが大丈夫って言ってる気がするね」
「本当に大丈夫なんすかね」
「それなら代表してお姉さんがお話を聞くわね〜?」
「「「よろしくお願いします」」」
香織、杏奈、リナからの支持を受けたさくらが代表として、ちょっと偉そうなゴブリンと話をしている。その間三人は相変わらず周囲を警戒していた。チビはさくらの隣で代表ゴブリンを見つめている。
どのくらい経っただろうか。警戒する三人が精神的に疲れてきた頃、さくらと代表ゴブリンは話を終えたようだった。すると周囲を取り囲んでいたゴブリンたちも部屋の隅々へと散っていった。
「ガウ!」
「ハハァ! アリガタキ! アウトポスノ獣ノ王ヨ!」
チビは満足げな表情をしている。一方いつも通りの笑顔に少し陰りが出ているさくらが三人へ説明を始める。
彼らの話では、どうやらエテメン・アンキに元々いた“神”がお隠れになった、つまり行方不明になっているのだという。なぜそうなったのか。その理由は『話せない』の一点張りだったようだ。彼らは“神”の声により侵入者を殺せと指示を受けていた。しかしそれに逆らったのには、明確な理由があるようだった。
「と、いうわけなのよ〜」
「う〜ん。理由は言えないけど“神様”がいなくなった……それなのに“神様”の声は聞こえる…?」
「矛盾してるっすね〜」
「女の敵じゃなかったですかー?」
「ひとまず女の敵じゃないみたいだから安心してね、リナ?」
「さくらお姉さんが言うならわかりましたでーす!」
「素直でかわいいわね〜。うふふ〜」
「えへへ〜」
ゴブリンたちは部屋の隅へ退きこちらに背を向けている。敵対しない、見ていない、という意思表示だ。
敵の侵入に気付かなければ戦う必要はないわけだからわからないでもないが、もう話してしまった事実は無かった事になるのだろうか。そんなことを思いながらも四人と一匹はそれぞれ思考を巡らせていた。
「こちらにフェリちゃんがいてくれたら何かわかったかもしれないのだけれど」
「そっすね〜。“大いなる意志”、“アウトポスの神”っすもんねー」
「話せない理由……話さないように命令されてる? でも誰に? う〜ん……」
「あっ! なぜか急にお伽話を思い出しました!」とリナは言った。
「おとぎばなし? リナ、どういう話か教えてくれるかしら?」
「はい、母国のではないですけど」
「教えて!」
「わ、わかりました」
とあるところに平和の国があった。そこは神の国と呼ばれ、最高神とそこに侍る多くの神々がいた。
ある時、侍る神の一柱が邪心を持つ。堕ちた神は本来の役目を忘れ次々と他の神を取り込み力を蓄えた。ある時堕ちた神は最高神に反旗を翻す。
最高神はどの神よりも力を持っていたが、多数の神々を取り込んだ堕ちた神はそれを上回った。
最高神に勝利した堕ちた神は最高神をも取り込もうとする。最高神を取り込むには時間が必要で、その間堕ちた神は最高神の信奉者に次々と嘘の啓示をした。まるで最高神がまだいるかのように。
それから長い年月が経った。しかし全て取り込むことはできず、取り込めなかった力は最高神を信奉する者たちに加護、または祝福として降り注いだ。
「こんな感じのお話でーす。小さい頃にママが夜寝るときに話してくれました」
「もしかしてそれが答えだったりするかな?」
「そうかもしれないわね〜」
「都合が良すぎるくらいっすね」
「クーデターなのかしらね〜」
「そう考えるのが自然かなぁ」
「そうだとすると、今ここの神様って、何者っすかね?」
杏奈の疑問に答えは出なかった。四人と一匹は次の部屋へと向かう。そこには身長が百五十センチメートルほどのぽっちゃり体型、二足歩行の豚のような容姿で下顎から長い牙が上に向かって伸びたモンスターが大勢待ち構えていた。
それは瞳に腐った血のような色を湛えた、欲望に満ちたオークだった。
「グフゥフ……オンナ…オンナダ」
「メス……ヨンヒキ」
「ハヤク、ヤリタイ」
言葉は拙い。しかし彼女たちはその言葉を理解できてしまった。
「あらあら〜。ゴブリンさんたちは紳士だったのに、豚さんたちは救いようがなさそうね〜」
顔を引き攣らせ後ずさる香織と杏奈とは対照的に、さくらは落ち着いて……いるように見えるがちょっと怒っていた。リナは言葉がわからないようだったが、全裸でみるみるうちにモザイクが必要な状態になっていくオークたちに危機感を覚え、後ずさる。チビは滅多に聞いたことのない低い唸り声で威嚇している。
「うちの子たちを怖がらせる悪い子にはお仕置きが必要ね〜。覚悟は〜……いいなブタども」
チビはさくらの殺気を感じ取り身震いする。しかしそれを感じていたのはチビだけではなく、香織と杏奈もだ。リナはよくわかっていない。
「さ、さくら?」
「だ、だめっすよ香織さん、今はそっとしておくところっす……!」
いつもと違うさくらの雰囲気。凛々しいとも言えるそれは味方とはわかっていても冷や汗が流れそうになる感覚を覚える。
「三人とも下がっていなさい。チビは護衛をお願いね」
「わふ!」
「頼りにしてるわね」
「わふっ! グルルル……アオーーーン!!」
『任せとけっ!』とでも言うかのようなチビの返事に満足したさくらは彼女の能力である【万物形成】を使用する。創り出すのは暴力。“アナイアレイション・ガトリング”のアニー。
リニアスナイパーライフルを元に連射性能と破壊力を求めた設計だ。集団戦用の武器を持っていなかったさくらにとって、対集団用武器はどうしても欲しかったのだ。そこで暴力を具現化するために、夜な夜なこっそりと設計図と睨めっこをしていた。
つい先日それの試作が完成、具現化にも成功しミスリル集めのついでに試し打ちをしたところ、連射しすぎると制御しきれなくなる欠点を発見した。それを見ていた杏奈が「制御が難しいとはいっても、亀の群れくらいなら殲滅余裕っすね。あっ、それの名前“アナイアレイション・ガトリング”なんてどうっすか?」と冗談を言う。結果的にそのまま採用された。
キュィィィィィィン
複数ある銃口が回転し、同時に音がした。すぐに臨界に達したエネルギーが次々と弾を撃ち出していくと、集まってきていたオークの群れを殲滅していく。その間、さくらは保有しているエッセンスがみるみる減っていくのを感じていた。ライフルと違い、弾をリアルタイムで具現化・装填していく。そのため効率良く弾を作ることができず、さらに撃ち出される弾数はライフルの比ではない。それに加えずっと推進力を維持する必要もあるのだから使用するエッセンスの量は尋常ではないのだ。
「ッッ!!!!」
歯を食いしばり反動に耐える。しかし数十秒間撃ち続けただけで反動は制御できないところまできてしまい銃口が暴れる。さすがにそれでは味方に被害を及ぼす可能性があり、一旦トリガーから指を離さなければならない。
弾雨が止んだ一瞬の隙にオークが詰め寄ってくる。チビが【纏身・紫電】を纏い、前方へと指向性を持たせて放電する。それに当たったオークたちは一瞬で黒焦げになり煙を吹き倒れるがしかし、犇(ひしめ)き合いながら迫るオークは前方だけではないのだ。さくらが再びトリガーに指をかけようとしたところで、側面から押し寄せていたオークの群れがさくらに手を伸ばす。
「オンナ……メス…メスッ!!!」
ゾッとした。それでも香織と杏奈、そしてリナが側面を半ベソをかきながらもさくらに触れさせまいとしていたのだ。しかしそれでも尚、オークの波は止まらない。紫電を纏ったチビが独楽のように回転しながらなぎ払ってはいるが、このままではいずれ押し切られてしまう。
(行けると思ったのだけれど……完全に見誤ったわね。まさかこれほどの数とは。せめて香織たちだけでも逃げてくれれば……え? あれは…)
『逃げろ』、そんな意志が込められた憂いを帯びた視線を後方に向けるが、香織たちは必死でそれに気付いていない。そしてその更に後方に迫る影にも気付いていないようだった。万事休す、そんな言葉が脳裏を過った次の瞬間。
「獣ノ王、ワレラスケダチ!」
「ヒメサマガタヲマモレ!」
「獣ノ王ヲマモレ!」
「ワレラノヒカリ! マモレ!!」
さくらが捉えた香織たちの後方に位置する階段からの影、ゴブリンの大群がオークの波に突撃し押し返す。さくらをはじめとした『姫様』たちは唖然とする。と同時に『姫様』と言う言葉にリナ以外のテンションがちょっと、いや、結構あがった。これならまだ戦える。
それからは殲滅戦だった。武装した理性あるゴブリンたちに、歩く猥褻物陳列罪たちは敵わない。さくらと先ほど話をしていた偉そうなゴブリンは、さくらの持つ“アニー”を一瞥するや「準備、デキタラシラセロ」と言い前線に突撃していった。武器を見ただけでそれを理解、とまではいかないにしろ、必要なのは時間だという事を偉そうなゴブリンは感じ取ったのだった。
それから少しの後、立っているオークはいなくなっていた。
殲滅を確認した偉そうなゴブリンが前に進み出た。それに対しチビが「わふっ!」と言うと偉そうなゴブリンは片膝をついた。それに倣い、他のゴブリンたちも片膝をついている。さくらたちは顎を上向きにしたドヤ顔のチビを撫で回した。みんなの役に立てた自覚のあるチビは嬉しくてたまらない。
さくらは偉そうなゴブリンに礼を言う。すると偉そうなゴブリンは「礼ナド…ソレヨリ、ヒメサマガタ、シンパイ。ツイテイク」と言った。当然女性陣はテンションがあがった。リナも意味を教えてもらったため、テンションが上がった。その頃には、このゴブリンたちはすでに女の敵どころか、姫たちを守る騎士だった。
しかしさくらはふと思った。侵入者を殺せと命令されていたはずのゴブリンたちにとって、自分たちについてくる事、自分たちを護衛することは命令違反ではないのだろうか、と。
「モンダイナイ」
ああ、大丈夫なんだ。そう思った。
「ワレラ、シヌ、コワクナイ」
全然大丈夫じゃなかった。
願わくば、善良なゴブリンたちに罰がありませんよう。
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