第94話 初依頼は唐突に1


十一月一日、ログハウスには迷宮統括委員会経由で依頼が来ていた。依頼主はマグナカフェの軍曹たちだ。今日はマグナダンジョンでの実戦訓練の予定とのことで、クラン・ログハウスはその護衛だ。官からの依頼ということになっており依頼料は安いが、これには広告の意味もある。


 「ということで初依頼です。マグナダンジョンもダンジョン統合以来モンスターの種類が増え、活発化しているので充分注意して怪我のないようにがんばりましょう!」


 遠足の時の学校の先生みたいだなと思いつぶやくと悠里が少し照れくさそうになる。が、言っていることはわかる。とりあえず油断すんなよな! ってことだろ?

 一方杏奈は「そのくらい余裕〜」といった様子だが、いつも油断して体のどこかをなくす杏奈である。俺たちが一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。

 しかし自分でモンスターを倒すよりも難易度が高いことは確かだろうし、杏奈だけでなく俺たちも油断は禁物だな。


 「私たちはあくまで護衛よ? 自分たちだけなら簡単でも護衛対象を守ることが仕事よ? 悠里が言うように気合入れて取り掛かからないとならないわね」


 「ボクは? ボクはどうすればいいの?」


 「そうだなぁ……ログハウスに一人で残っても暇だよなー。んー、俺たちは探検者たちの周囲、四方に位置取る形になるから、そのどこかにいてもいいかな」


 「先頭は地理がわかる私が受け持つわね〜」


 「最後尾は悠人に受け持ってもらおうかな」


 「おっけー」


 「じゃあ香織も同じところで!」


 「となると、あたしと悠里さんが両サイドっすね」


 「ボクの出番がない」


 「だってフェリは非戦闘員だろ?」


 「う〜。そ、そうだ! チビ! ボクを乗せて!」


 「わふわふ」


 「チビはそれでいいみたいだし、遊撃ってことで。なるべく周囲にいるカフェの隊員から離れすぎないようにするんだぞ?」


 「やったね! やったよ! チビよろしく!」


 「わふ!」


 「久しぶりの悠人さんとデート〜♪」


 デートかどうか……デートではないだろう。その証拠と言えばいいか、悠里も香織に注意しているし。やはりデートではなくお仕事なのだ。


 護衛対象であるマグナカフェのというか軍曹のブートキャンプに参加している探検者は総勢三百名ほど。その半数以上がプライベートダンジョン10層へは未到達だ。到達していても牛や熊といったモンスターと個人で渡り合えるのはそのさらに半数もいないということだった。

 探検者たちは予め班分けされており、周囲を固める俺たちやカフェの隊員がエンカウントすると班単位でその殲滅にあたることになっている。しかしその中にも例外がおり、その例外の一人がリナという北欧美人女子高生だ。キャンプ初日に腕試しと称して全員が軍曹と腕相撲をしたらしいのだが、軍曹に勝ったのは数名、その中の一人がリナであり、勝利した中では唯一の女性だ。


 軍曹は探検者たちの先頭、そのさらに少し先にさくらがいる。連絡はスマホを常に通話状態にしてワイヤレスイヤホンを使用している。俺も香織から貰った、普段はePS5でゲームをするときに使っているものを使用している。香織も同じ型のものを耳につけており『お揃い〜♪』と言っていて緊張感はあまりないが、気を張りすぎていても良くないかもしれないし、俺と香織は索敵できる範囲が広いこともあり余裕があ……あれ? 俺たちが一緒にいるのは無駄なのでは?


ーー 問題ありません。そもそもマスターの索敵範囲は全力展開していない現状でもさくら様を余裕で捉えています。【天眼】を使用すれば上空から見通すこともできますのでご安心を ーー


 (そうだったな。でも林か森っぽくなってるところもあるけど上空から見えるのか?)


ーー そのくらいであれば透視可能ですので。服の中まで見ることもできますが、如何なさいますか? ーー


 (……それはペルソナによく来る依頼の時に必要ならしよう)


ーー では今はワタシだけ見ることにし、マスターには見えていない状態でお送りしますね ーー


 (はいはい)


 配置に付きしばらくすると軍曹の指示に合わせ探検者たちが前進する。直後、さくらからのエンカウント報告があり、前列にいた班のいくつかがさくらの元へと向かった。数分後、殲滅完了の知らせが届きさくらのもとから戻った探検者は中央へと下がる。また前進しエンカウントする度にローテーションする形で同じように殲滅していった。


 「一番後ろは平和ですね」


 「そうだね。でも一番後ろって、案外危険なんだよ?」


 「そうなんですか? 前にいるさくらが先ほどからずっとモンスターを見つけていますよ?」


 「うん。前に進んでるからね。でもこうやって前を見ている時に後ろから襲われたら……」


 「なるほど〜」と繋いだ手を振り回すかのようにして言うが、本当にわかってるんだろうか? まぁ香織は頭良いしな、聞いてないみたいに見えて聞いてるはず……たぶん。


 「進む方向と逆を警戒しなきゃならないんだ。それに逃げる時は前よりも危険だからね」


 「殿(シンガリ)でしたっけ?」


 ほら、やっぱりちゃんとわかってる。


 「そうそう。……あー、フラグを建築してしまったか」


 「え? ……あっ、これって……チビと、それに乗ってるフェリちゃんですね」


 「だね。何やってんだか」


 索敵にかかったのは俺たちの後方から大軍を引き連れたチビとフェリシアだった。数はかなり多く一体どうやってかき集めて来たのかを疑問に思うほどだ。全部俺が相手にしてもいいが、まずはさくらに指示を仰ぐ事にした。


 「あーあー、こちら悠人。聞こえますかー?」


 『うふふ。聞こえるわよ?』


 「えっと、問題発生というか、大群が後ろから来てるんだけど」


 『あらあら。では悠人君はそのまま迎え撃って、できれば抑えておいてね。他ログハウスメンバーは周辺の警戒を。私はすぐ近くに高台があるから、そこから狙うわね。カフェの隊員は悠人君の両サイドを固めて後ろに通さないようにしてくれるかしら?』


 『了解です』

 『任せてくださいよ!』

 『ふひっ、二尉たんの指示なら喜んで!』


 『軍曹は後方へ移動の後、探検者の班に指示を出して殲滅を』


 『了解しました』


 なるほど。せっかくだからその群れをブートキャンプ受講者に倒させようということか。ということはつまり、俺はできるだけ倒さずに、適量を後ろに漏らすことが求められるわけで……


 「難易度高く無いですかね……倒せって言われるより難しい」


 「悠人君なら大丈夫よ。でも危険なら倒しちゃってもいいから。頼りにしてるわね?」


 「……まぁ、やってみますか」


 さくらの指示が一段落すると、チビの背中に掴まったフェリシアがこの上なく楽しそうな満面の笑みでやってきた。


 「ふぅ〜。ただいま!」


 「フェリ、なにやってんだ」


 「ん〜? もっと効率よくした方が良くないかな? 良いよね?」


 「あー……でも今日いる探検者は動物タイプのモンスターを倒したこともないような人が多いんだぞ? さすがにスパルタすぎるだろ。それに周囲をカフェの隊員とか俺たちが固めてるのだって、安全を最優先にした結果なんだ。自分から危険に晒してどうするんだよ」


 「え? え……うぅ〜…わるいことしちゃった? しちゃったのかな?」


 「悪いことだ。俺たちだけの時ならいいかもしれないけど、今はだめだ」


 こういうことはしっかり言って聞かせなければならない。いくら上目遣いで見られても、厳しく言わなければならないのだ。そう、断固たる意思をもってだな……


 「ぅ〜……ごめんね?」


 「お、お前……そうやって上目遣いで目を潤ませればなんでも許されると思ってるんじゃないだろうな……っ!」


 「だめ……?」


 周囲に集まってきていたカフェの隊員や探検者からの視線がなんだか痛い。なぜ俺が罪悪感を感じなければならないのか。


 「ねえねえ悠人、許して? 許して?」


 「だー! もうわかったからそれやめれ!」


 「ふふっ。悠人さんの負けですね?」


 「まったく……どこで覚えたんだろうあんなの」


 「さ、さぁ〜。どこでしょうね〜?」


 おや? 香織の目が泳いでいる気がする。そういえばさっきのフェリの仕草……


 「まさか……香織ちゃん?」


 「え? な、なんのコトデショー」


 「……香織?」


 「きゅ、急に呼び捨てなんて……卑怯な悠人さんですね!」


 ジッと香織を見つめる。目がすごく泳いでるな、この勢いなら海だって越えられそうだ。 


 「……そうです、犯人は香織です。ごめんなさい。許して……くれませんか?」


 ぐっふぉぁ!! お、思わず吐血してしまった。心の中で。


 「うっ……これが本家の威力……そして周囲の圧力がやばい……しかたないなぁ、許すよ、うん。それに、ここにはログハウスのメンバーが二人と一匹いるしな。探検者が倒しやすいように少しずつ漏らしていく感じでやってみようか」


 「わふ!」


 チビが気合の入った掛け声……掛け鳴き? をする。一方フェリシアは。


 「なるほどなるほど。香織のあざとさは参考になるよ」


 「参考にするのはもっと別のところにするべき」


 「別のトコロ? やっぱり悠人ちゃんは大きい方が好みなの? そうなの?」


  フェリシアはちょっと大きめの声で言う。よほど今が楽しいらしいな。こっちは周囲の視線が刺さりまくってるっていうのに。


 「そういう意味じゃないけどね? あとそういう発言も周りの視線が痛いからやめようね?」


 「はいはい、わかったよ悠人ちゃん」


 途端に余裕そうになったフェリシア。もしかして演技だったのか? どこから? どこまで? 最初から全部だったり……?


 「なんだろう、敗北感」


ーー 茶番は終わりましたか? もうすぐ来ますよ? ーー


 「はいはい」


 腰に佩いた銀刀は鞘の留め具を外さない限りその刀身を晒すことはないようにできている。今回はモンスターを倒すことではなく抑え込みつつ時間を稼ぐことだ。よって俺はその銀刀を鞘ごと外して持ち、それを準備とした。


 集まってきた探検者たちは『あの男もクラン・ログハウスのメンバーなのか?』『強そうには見えないな、俺たちでなんとかしないと』『いえ! きっと私たちにはないような能力を持っているのよ!』などなど聴こえてくる。

 あぁ恥ずかしい! こんな時こそペルソナになりたい! とはいえ、事此処に至っては時すでにおすし……ではなく遅し。先ほどの俺たちのやりとりを見て適度にリラックスしている新人探検者たちと共に、モンスターの大群を迎え撃つ事にした。



 「チビはちょっと痺れさせて動き止める程度でいいぞ。香織ちゃんは牛とか鹿の角は折っちゃって。さくら聞こえる?」


 『聞こえるわよ? 私は周囲を警戒しつつ探検者が危険な場合に狙撃するわね』


 「うん、それでよろしく。フェリは」


 「ボク? ボクはチビに乗ってるよ?」


 「大丈夫か? 感電するぞ?」


 「大丈夫大丈夫。僕をなんだと思ってるの?」


 だって人間と変わらないって……でも自信ありげだし、何か策があるって事……だよな。信じていいんだよな?


 「……ほんとだな?」


 「うん。悠人ちゃんってば心配性だな〜」


 「お前が黒こげになったら絵面的にだめだろう」


 「心配してくれるの? でも心配はいらないよ。いらないね」


 「……そこまで言うなら、信じるぞ。じゃあ……軍曹、モンスターをできるだけ少しずつ通すようにするので探検者を割り振ってください」


 『了解だ』


 「それじゃやりますか。まずは……『威圧』して鈍らせとくか」


 俺と香織とチビ&フェリ、そしてカフェの隊員三名は横に広がり大群が向かってくる方へと駆け出す。すぐに接敵し、少しずつモンスターを通すようにしながら適当に相手をする。モンスターを相手にしながらカフェ隊員たちの戦闘を見ていると、軍曹ほどではないにせよやはり精鋭と言える実力を持っているようだった。アメリカ大統領スロットの護衛として来ていたマイクよりも個々の戦闘能力は高いように思える。


 押し寄せるモンスターの大群には巨大な黒い蟻も含まれている。あの蟻は俺が初めてダンジョンに潜った時にバットで倒したものと同種だろう。もしかすると羽蟻に進化するかもしれないと思ったが、エアリスに確認を取るとその時はムカデを倒した蟻だから進化したようだった。噛みつきながら捕食していたのだろうというエアリスの推測通りならば今回その心配はないはずだ。そんな事、させるつもりはないからな。


 俺たちが抑えつつ少しずつ後ろに流したモンスターは、軍曹の指示で班が入れ替わりつつ駆逐している。熊を通した際、カフェ隊員の一人が抑えていたところからも熊が抜けて来てしまった時は焦ったが、問題はなかったようだ。仁王立ちしている軍曹の両脇にはリナともう一人、おそらく軍曹に腕相撲で勝ったであろう男性が立っており、軽く倒していたからだ。

 その男性は特に筋骨隆々というわけではなく、細身ながら逞しい印象の男性だ。髪はツーブロックでいかつい印象を受けるが、その目は常に他の探検者たちを見ており、危険であればすぐにでも駆けつけるつもりのようだ。初めのうちはこちらも見られていたが、やがてこちらの実力を測るような視線を送るのは止め、探検者に集中している。

 一方リナはというと、俺をガン見している。そういえば悠人として戦っている姿を見られるのは初めてか。まぁペルソナとして戦闘を見られたのもマイクとの一戦、それも一瞬だけだし、そもそも悠人=ペルソナということは知らないし気付かないだろう。


 しばらく経ってもリナの視線は俺を捉えたままで、なんというか非常にやりづらいのだが、やるしかあるめぇ……! と気合を入れてモンスターを抑え続けていた。


 倒さず、しかし必要以上に相手の脅威となり過ぎないように気を配った戦闘は想像以上に疲弊した。その証拠にカフェの隊員たちはすでに汗だくで息も上がって来ていた。俺は準備運動が終わった感覚、香織はというと、汗一つかかずに余裕の表情だ。チビは遊んでいるように楽しげで、そのチビにはフェリシアが騎乗しているが、こちらも楽しそうにキャッキャしている。


 「さすがに能力なしは疲れるなぁ」


 『おや? 悠人氏〜、はあはあ……またド派手にっ、アレをっ、やっちゃうんですかっ?』


 モンスターを相手にしながらそう聞いて来たのはさくらを“二尉たん”と呼ぶカフェ隊員の一人だ。この人とはマグナカフェに行った際ゲームの話で盛り上がったりと、ちょっとだけ仲が良い。最近知った事だが、俺よりも歳下だったらしい。

 そんな彼の声がイヤホンから聞こえてくる。直接話すには微妙に距離があるし、話の内容的にも敢えてそうしてくれているのだろう。


 「いやいや、アレはしないよ」


 『じゃあどうするんです?』


 「こうするのさ……『眠れ』」


 『すぴーすぴー』


 「いやいや、あんたが寝てどうすんのよ。ってかモンスターにしか向けてないからね?」


 『冗談ですよ〜。それにしても良い仕事しますね〜。子守とか向いてると思いますよ?』


 「悠人さんが子守……寝かしつける悠人さん……有り寄りの有りよね。保父さんもいいかも」


 『香織氏もそんな悠人氏、見てみたいですよね?』


 「見てみたいです!」


 「……」


 モンスターの大群、少なくとも見える範囲のそれは【真言】によって一斉に眠りだした。フェリシアはもう終わりかと残念そうにしていたが、最前線のカフェ隊員は助かったとばかりにその場に座り込んで息を整えようとしている。


 「ってことで休憩にしませんか?」


 『こちら花園。後方でローテーションしていた探検者たちはほとんどが疲弊していたところだ。助かる』


 休憩の提案に返事を寄越したのは花園薫、軍曹だ。一言で彼を言い表すなら『責任感の強いめっちゃマッチョ』だろうか。さくらの部下の一人であり、現在はクラン・マグナカフェのリーダーということになっていて、現役の自衛隊員でもある。彼の階級は二等陸曹、日本では使わない軍曹と呼ばれているのは渾名(あだな)のようなものだな。


 『それじゃ配置を入れ替えながら休憩にしましょうね〜』


 さくらの指示で左右に配置されていた探検者たちが入れ替わるためにやって来るまで、後方で迎撃していた探検者たちはその場から動けずにいた。その様子から、明日の今頃には筋肉が悲鳴を上げているだろう彼らに同情しつつ、うちのフェリシアがすみません、と心の中で謝罪した。


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