第93話 特別な蛍光刀


 巨大すぎるかまきりと対峙している俺と悠里。俺は集中している間の守りを悠里に任せイメージを固めていく。いつもよりも密度を高くすることに集中し、半実体化する光をイメージした。それはやがて一振りの剣……になり損ね、光の棒のような形を取る。


 「【ルクス・マグナ グラディウス】!」

ーー Lux Magna GLADIUS ーー


 光線を発生させるルクス・マグナ。生み出され収束されたその光を【拒絶する不可侵の壁】によって包み込み、剣のようにした、つもりだったが惜しい。これでは完全に蛍光灯だが、一応武器だし蛍光刀とでも言おうか。

 

 その光を包む【拒絶する不可侵の壁】は通常とは違っている。俺たちが身につけている星銀の指輪であれば接触する対象との間に割って入るように壁が展開されるがそれとは逆に、エアリスの制御により接触した部分のみが解除されるようになっている。要するに、斬りつけて当たればそこからルクス・マグナをゼロ距離で受けることになるのだ。


 「うわ……留めておけるようになったの?」


 「エアリスが趣味の仮想実験をしてたらしくて」


 「発明家になれそうだね、エアリス。それにしても……すごい眩しいね。明るいタイプの蛍光灯みたい。剣なのに蛍光灯みたい」


 「二度も言わないでくれ……これから剣になっていくんだ……きっと。とりあえずそこんとこ要修正だぞエアリス」


ーー はい。参考になります。しかしマスターの想像力をもっと高める必要もありますね。特訓しましょう ーー


 「むぅ。どうせならかっこいい剣がいいな。神剣なんて言われそうなやつとかさ」


 「戦闘中なのにこの緊張感のなさ……」


 「悠里だって人のこと言えないだろ〜。ミラーシールドがすごい音立ててるのに余裕そうだし」


 「そうだけどさ」


 「よし。かまきりも眩しそうにしてるし斬ってくる」


 軽く宣言し頭の前に両鎌を交差させるようにしているかまきりに対し、その少し下の首の部分を狙い斬り付ける。しかしかまきりは危険を察知したのかそれとも眩しい光の剣に合わせて動かしたのかはわからないが、その両鎌を少し下にずらした。それにより光の剣は両鎌によって防がれはしたが、ルクス・マグナの強烈な熱と光線により両鎌は赤熱し爛れ、そして地面にボタボタと落ちた。鎌を失ったかまきりはなす術なく銀刀の露と消えた。


 「ふぅ。おつかれさん」


 「おつかれ〜」


 「なんとかなったな。っていうか虫かよ」


 「まだ言う」そう言いつつ悠里だって苦笑いじゃないか。やっぱプライベートダンジョンで嫌と言うほど虫を見てきたわけだからな。


 「だってさー……最初も虫だったじゃん。また虫かよって思うじゃん」


 「わからなくもないけど。それはそうとログハウス大丈夫かな?」


 「大丈夫だと思うけど、帰るか」


 帰る前に黒いエッセンスを纏ったかまきりの死骸を腕輪に吸収しようとすると、かまきりの腹が動いた気がした。

 そういえばかまきりの腹の中には寄生虫がいたような。宿主よりも体長が長かったりするんだったか。となるとこんな巨大なかまきりの腹の中から出て来るのは……そんなことを考えながらスマホで検索した。するとヒットするのはウネウネとした細長い針金のようなものだった。それを証明するかのようにお尻からうねうねとした細長いものが悶えるような動きで這い出て来る。


 「え゛……? な、なにこれ……」


 「……ハリガネムシっていうやつがかまきりの腹の中に寄生してることが多いらしいけど。ほら、これ見てみ」


 「ひぃぃい! き、気持ち悪い! も、燃やさないと!」


 「いやいや、いくらなんでもすぐ燃やすっていう発想になるのはどうなのよ」


 「こ、こういうのはね、滅却しないと後々困るんだよ悠人! むむむむぅ〜! 燃えろー! 燃えろー!!」


 「いやいや、火が出るような魔法使えないでしょ悠里は……んん?」


 氷の槍や刃を作り出す魔法しか攻撃手段としての魔法がないと思っていた悠里にそんなツッコミを入れている俺をよそに、悠里の『燃えろ』という言葉に呼応するかのように渦を巻いた炎の柱が地面から噴出していた。

 その炎の柱が消えると、後に残ったのはエッセンスの残滓だけだった。


 「え〜……」


 「あ、あはは……ごめん悠人、エッセンスごと燃えちゃったみたい」


 「う、うん、まぁ……うん。それで今のって新魔法?」


 「なのかな?」


 「なのかなって。まさか今初めて使ったわけじゃないだろ?」


 「初めて使った……」


 「……魔法って不思議だな」


 「不思議だね……」


 「よし、じゃあある分だけ回収して帰ろうか」


 先程検索したハリガネムシを再び見てみると、どうやら水棲生物らしい。ここは森だが、ログハウスが小川に面しているように至る所に水場があり、もしかすると放っておかずに殲滅した悠里の判断は間違っていなかったのかもしれない。

 もしカマキリの死骸を腕輪に吸収しても寄生してるハリガネムシが残るなら水の中に逃げ込むだろうからな。そうなったら産卵しないとも限らない。とは言っても蚊の幼生、ボウフラなんかが見当たらないから宿主(しゅくしゅ)に困るかもしれないが……水の中から飛び出してきて何にでも寄生するようなやつだったらまずいからな。


 俺たちは【転移】でログハウスへと帰還した。ログハウスではフェリシアとさくらが紅茶を飲みながらの〜んびりとし、チビはソファーに顎を載せてあくびをしていた。


 「ただいまー。こっちは問題なさそうだね」


 「ただいま。さくら、私にもちょうだい〜」


 「あらおかえり〜。早かったわね。紅茶淹れてくるわね」


 「ずいぶんと余裕そうだな。こっちはなんも来なかったのか?」


 寛ぐフェリシアに問うと「なにもなかったよ〜」とずいぶん気の抜けた声で返ってくる。


 「こっちはアホみたいにでかいかまきりがいっぱいいたぞ」


 「へ〜。やっぱ虫か〜」


 「やっぱってどういうこった」


 「だって虫と言えばこの星で一番ポピュラーな動物じゃん? まずはそこから始まると思うんだよね!」


 「どういうことだよ。ダンジョンらしいダンジョンには虫が溢れてるのか?」


 「それだけでは終わらないでしょー。それにちゃんと『ドラゴンつくっといたから!』って言ってたよ」


 「え? どらごん? っていうかいつ?」


 「さっき」


 「さっき?」


 「悠人がそっち行ったからログハウスに来たら怒るよって一方的に伝えておいたんだ。少し経ってから向こうから返信が来たから少し話してたんだ」


 だからだろうか、カマキリが俺たちがくるのを待っていたように見えたのは。なにはともあれログハウスが無事なら言うことはないな。


 「そんなにここは大事な場所なのかい?」


 「そうだなぁ。大事だな」


 「ふ〜ん。そうなの。そうなんだ」


 話している間に運ばれてきた紅茶を飲みながらのんびりとすることにした。その間に悠里が新たに使えるようになった炎の柱を生み出す魔法は【フレイムピラー】という名前に決まった。


 氷の魔法ばかり使えるようになっていた悠里にとって、エアリスの助けで使えるようになった【虚無(ヴォイド)】は例外として、魔法に氷以外のものが加わったのは良い事かもしれない。問題点と言えば早めに解除しないとエッセンスごと焼却してしまうことくらいか。そう考えると、あまり使われることはなさそうだな。


 夕方になると香織と杏奈がログハウスに戻ってきた。今日の出来事を二人に話すと、両腕で自分を抱くようにし肩を竦(すく)め、杏奈は『紙と格闘しててよかったっす』と心底嫌そうな顔をしていた。


 そんな二人のおかげでクラン活動はすぐにでも開始できるようになったらしく、正式な登録も済ませてあるそうだ。しかし現状は主に迷宮統括委員会からの依頼くらいしかないだろう。話題性もありそれを広めたいという思惑を持つ迷宮統括委員会としては、広告塔になって欲しいという意図もあることからテレビのお仕事もあるかもしれないとのことだった。


 「テレビのお仕事は……慣れてる人たちにお願いしたいなぁ」


 慣れてる人たちというのは、雑貨屋連合として活動していた三人娘、悠里、香織、杏奈の三人のことだ。


 「それって私たちのことだよね

 「慣れてるわけではないですけど……」

 「でもあたしらなら迷宮統括委員会の意向にも沿ってますし、大丈夫なんじゃないっすか?」


 「うんうん、俺もそうだと思ってたんだ!」


 取ってつけたような同意に対するいくつかのジト目には気付かなかったことにして三人にお願いすると、最終的には折れてくれたので正直助かった。テレビとか俺には無理ゲーが過ぎる。ってか香織は慣れてるわけじゃ無いなんて言うが、ダンジョンから堂々と出てくるところは俺も実家で見たぞ。今より化粧が気合入ってたと思う。でもまぁ、わざわざそれを言う事もないな。余計な事は言わない方がいいだろうし。


 「ところでフェリ、もう今日みたいなことはないのか?」


 「うーん、どうかな、どうだろうね? それは僕にもわからないかな」


 「一ヶ月後って自分で指定したんだからちゃんと守って欲しいもんだな」


 まったく、と腕を組んで鼻息を鳴らすようにして、遺憾の意だけは表しておく。


 「でも悠人さん、先に相手を知ることができたと思えば悪いことばかりでもないと思いますよ?」


 「う〜ん。たしかにそれもそうかな。香織ちゃんの解釈の仕方を見習わないとなぁ」


 「じゃ、じゃあもっと一緒に行動しないとですね!」


 「そ、そうなのかな」


 力強く『そうなのです!』と言った香織が腕に絡みつくと、最近はご無沙汰だったマシュマロ様の感覚が腕を挟み込む。今日は書類仕事をするために地上のマグナカフェに行っていたようだし、服の内側に装着する防具は着けていないのだろう。

 それを見たフェリシアが何を思ったか逆側の腕に絡み付いてきたが、こちらはお察しである。だが当のフェリシアは何やら満足そうな顔をしているので良しとしよう。存在として脅威と言えなくはないはずだが、こうしているとただの女の子だ。それにここに来てからのフェリシアは“大いなる意志”と呼ばれていた頃とは何か違っているように思う。『何が』とはっきりとは言えないところに少しもどかしさを感じるが。


 ログハウスは俺たちの拠点であり溜まり場であり、今や共同生活の場、そしてクランの拠点となった。そのログハウスで楽しく過ごせるのであれば問題はないはずだ。そもそもモンスターのチビがいるしな、みんなと仲良く出来ているのであればモンスターでもつるぺたエルフっ娘が一人や二人いても問題はないのだ。



 夕食を食べ終えそれぞれ風呂も済ませデモハイをしようと各自部屋に散っていく。しかしいつもならばもう眠っているはずのフェリシアがまだ起きており、香織とチビと一緒に俺の部屋に来ている。


 「珍しいな。眠くないのか?」


 「うん。なんだかまだ眠くないんだよ」


 「そうか。じゃあ眠くなるまでチビと遊んでていいぞ」


 「子供じゃないんだから〜」


 「わふわふ」


 「え? 遊びたいの? し、仕方ないなぁ。チビは大きいのに子供なんだから〜」


 そんなフェリシアとチビを眺める香織はにこにこしている。気持ちはわかる、俺も気付いたらにこにこだったし。


 「あんなことを言ってもニヤニヤが止まらないフェリ、かわいいですね」


 「香織も子供扱いやめてよ〜」


 「ふふっ。じゃあデモハイしましょうか、悠人さん」


 「おっけー」


 結局フェリシアは日が変わるまで起きており、香織と交代する頃には俺のベッドで小さな寝息を立てていた。フェリシアを部屋へと運びベッドに寝かせようとすると眠っているはずのフェリシアがしがみつき、少し震えていた。


 (どうしたんだろう?)


ーー どうしたのでしょうね。寂しいのでしょうか ーー


 (つっても大いなる意志なんて呼ばれてたやつだぞ?)


ーー そう呼ばれていた頃であれば寂しさなど感じなかったのかもしれませんが、ここに来てからは違ってきているのかもしれません ーー


 (そうか。独りぼっち……ではないか、他にもいるっていってたし。だけど、今になって自覚したのかもしれないしな。ここは楽しいみたいだし、その時のことを夢で見てたりして)


ーー そうかもしれませんね。……少しの間お体をお借りしても? ーー


 (ん? いいぞ)


 エアリスに身体の使用権を譲渡すると俺の五感は全て途切れた。夢を見ている時のような、意識はあるがふわふわとしたような感覚だ。その中で俺は暖かいものを感じていたのだが、感覚が戻った頃には具体的にどんな感覚だったかという点に関しては忘れてしまっていた。


ーー フェリシアは落ち着いたようですよ ーー


 (お? そうか。何してたんだ?)


ーー 抱っこしてよしよしをしていただけですが ーー


 (へ〜)


ーー 見た目も相まってか、なかなかかわいいものですね。“娘のように”思うとはこういうことでしょうか ーー


 (マジか。ついにエアリスに母性が実装されたのか?)


ーー そうであればいつご主人様とのお子がデキても安心ですね ーー


 (体がないのに無理だろう?)


ーー あれば良い、ということですね。わかりました ーー


 (そうは言ってない)


 すやすやと眠るフェリシアを残し俺は部屋に戻った。香織がチビを背もたれにデモハイをしていたが、後ろから見ると香織がほぼ隠れていた。普段はサイズを自由自在に変えることができ、超小型犬サイズを気に入っているらしいチビがログハウス内で本来の大きさでいるのは、最近では香織の背もたれになっている時くらいしかない。

 しかし本当にでかくなったな。


 「おかえりなさい悠人さん。遅かったですね?」


 「眠りながらぐずるフェリをエアリスがあやしてたっぽくて」


 「……なかなか想像するのが難しいですね」


 「だよね。俺もそう思う。ところで全然違う話だけど薙刀の調子どう?」


 「撫子ですか? 実は……もったいなくて使ってないんです。持ち歩いてはいるんですけど」


 「護身用に薙刀っていうのもおかしいかもしれないけど、必要な時はちゃんと使ってね? もし壊れても修理するからさ」


 「はい」


ーー 香織様のお婆様、初枝様の薙刀“桔梗”には実装していませんが、香織様の“撫子”にはハンマーと同じような機能も付いていますからね。いざと言う時は使わにゃソンソン、ですよ ーー


 「薙刀にまでそんな危ないものをつけてたのか」


ーー そうは言いましても、それがなかったがために香織様が怪我をするよりは良いでしょう? ーー


 「まぁ……そうだけどさ。そもそもアレを使ったら星銀の指輪の内蔵エッセンス全消費なんじゃなかったっけ?」


ーー その点は修正済みです。【Lux Magna GLADIUS】のようなものですが、消費は遥かに少なく済むようになっています。当然威力は下がりますが ーー


 「そうか。それならまぁ安心かな」



 話をしながら香織がプレイするデモハイを見ているうちに眠気に襲われた俺はそのまま眠ってしまった。



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