第95話 初依頼は唐突に2



 探検者を鍛えるためのブートキャンプを地上部分がダンジョンとなっているマグナ・ダンジョンで行っていて、そその護衛をしている。どうやってか知らないがフェリシアがチビに跨ってかき集めてきたモンスターの大群、それらとの戦闘を【真言】により強制睡眠させ休憩しているのだが、先ほどまで俺と香織、そしてマグナカフェの隊員たちが少しずつ後方に流したモンスターと連戦していたブートキャンプ参加者である探検者たちは疲労困憊と言った様子。


 休憩後は他の探検者が入れ替わることになり、現在は休憩しながら班単位で入れ替わり中だ。


 軍曹、そして他の探検者たちとは一線を画しているであろう二人の探検者はこちらに残るようでレジャーシートを広げて休憩している。一人はリナという女性、もう一人はキャップを目深にかぶっている男性。名前は知らない。他にもいたのだが、その人は入れ替わって行ったみたいだ。


 「悠人さん疲れてませんか? はい、お水どうぞ」


 「あっ、これはどうも」


 「お昼寝したくありませんか? 香織の膝、空いてますよ?」


 「いやぁ……さすがにここでは」


 「それじゃあ帰ってからなら良いんですよね?」


 「え? そうではなくて」


 「決定です!」


 「は、はぁ……」


 ふと複数の視線の中に熱い視線を感じ、その中でも特に熱い視線を送ってくる方へ振り向く。するとリナがこちらを見ていたようだが、目が合うなり視線を逸らす。


 「なんだかリナさん、悠人さんを見てますね?」


 「そうだね」


 「また口説いたんですか?」


 「そ、そんなわけないでしょ。それにまたって何!?」


 「ふふっ、冗談ですよ」


 「じょ、冗談か」


 「でも気になりますね?」


 「う〜ん。この間ログハウスに泊めてあげた時もほとんど話してないんだけどなぁ」


 その後も何度か視線を感じ、その都度振り向くとすぐに顔を逸らすということを何度か繰り返しているうちにリナは目が合う前に顔を逸らすようになっていた。なかなかやりおるではないか。


ーー なにやらリナ様はマスターの速度について来れるようになっていますね。振り向くタイミングがわかっているかのような ーー


 「なんと無駄な技術」


ーー そうとも言い切れません。スパイとしては必要な能力です ーー


 「スパイって……」


 しばらくの休憩の後、【真言】により眠らされていたモンスターたちが徐々に目を覚まし始めたところで探検者の訓練が再開される。つまり俺たちは先ほどと同じようにモンスターを抑えつつ少しずつ後ろに漏らす作業だ。もう一度眠らせてそこから必要なだけ起こせばいいのではと思うかもしれないが、それは敢えてしない。

 一度休憩したことでカフェの隊員たちの動きは軽くはなっているが、すぐに汗をかき始めたところを見るに体力的に厳しいようだった。だが訓練にはなっているのではないだろうか。このブートキャンプが開催されてしまうという流れ、俺には好都合だしな。

 一方香織はというと、依然涼しい顔でハンマーを振り回している。自分のハンマーで風が起きるので涼しいのだろうか。


ーー マスター、そんな冗談を考えている場合ではないと思いますが ーー


 「心を読むのはやめなさい」


ーー 以前も言いましたが、読まないようにしています。当てずっぽうでしたがどうやら正解のようですね ーー


 「ぐぬぅ」


 エアリスの言う通り、俺の目の前にも牛や熊、以前は見かけなかったバッタのようなよくわからない虫が押し寄せている。【真言】で動きを封じないのは自分たちのトレーニングにもなると思ってだ。香織にとってはどうかわからないが、カフェの隊員たちにとっては良い訓練になっているのではないだろうか。俺にとってもそれなりに……というか時間が経つにつれて徐々に疲れを感じている。


 「うーん。なんだか同じことの繰り返しだなー」


 「悠人サン! 危ない!」


 「ん?」


 飛びかかって来たバッタのような何かを華麗な体捌きから繰り出される蹴りで打ち落としたリナはにこにこ顔でそのまま後方に戻っていった。


ーー バッタは索敵で把握していたので問題ありませんでしたが、リナ様はマスターを助けてくださったようですね ーー


 (まぁ実際助かったじゃん。ワンパン分の貴重な体力が)


ーー 息が上がり始めたマスターにとっては充分な助けではありますね ーー


 リナは後方に戻った後もニコニコとしており、エアリスが言うには『今度は悠人サンを助けられました!』と軍曹に嬉しそうに言っていたらしい。そういえば軍曹たちがいる場所へ戻ってからはそれ以前のように俺を凝視していることはなくなったように思う。

 以前中川家を助けた時にいたリナだが、その時の恩を返したいと思い機会を窺っていたのかもしれない。非常に好感が持てる人物だと、俺の中での評価が上がった。



 人間は弱いものだ。同じ探検者同士助け合うことができなければ今現在俺の目の前でおしくらまんじゅう状態のモンスターたちに蹂躙されてしまうだろうことを考えると、助け合う心というのはとても良いものではないだろうか。ただ一つ言えば、リナは一点に集中して見る癖があるというところか。先ほどは俺に集中していたために、すぐ近くでヒィヒィ言っているカフェ隊員は助けられることなく未だにヒィヒィと言っている。一応カフェ隊員が担当している場所には【真言】により“順番を守るように”と付与に近いものをその空間に作用させているので、混み過ぎてつらい握手会程度に抑えられている。ちなみに俺と香織の担当している場所にはそれがないので、殺気がダダ漏れている握手会だ。

 どうしてそんなことができるか? 俺もわからない。エアリスのやることにいちいち突っ込んでいたらキリがないからな。一応刺すような頭痛が反動としてあったが、少し経てばなくなっていた。


 しばらく攻防を続けモンスターの最後尾が見え始めた頃、カフェ隊員がついに音を上げた。尻餅をつくようにした隊員と入れ替わるように軍曹が担当を変わり、剛腕による打撃を熊に打ち込んでいた。


 『薫氏〜、助かりましたよ〜』


 『よくがんばったな。あとは任せてもらおう』


 「やっぱ軍曹すごいなー。熊と殴り合う人って初めて見たよ」


 『悠人氏だってできるでしょ〜?』


 「まぁ、たぶん? でもやろうとは思わないでしょ普通に考えて」


 『薫氏みたいに熊の腕を自分の腕一本で受け止めてカウンターなんて、やろうとは思わないですね〜』


 『あまり褒めるな……』


 『ふひっ……褒めるというより呆れてるんですけど〜』


 ワイヤレスイヤホンから聴こえる会話に、ログハウスメンバーやカフェ隊員の呆れたような乾いた笑い声が聴こえる。


 それから程なくしてモンスターの殲滅が完了した。ブートキャンプの参加者たちは当然の如く疲労困憊といった様子で、もう一歩も歩けないと言いつつ歩いている者もいる。そして当然カフェの隊員たちもヘトヘトだ。実を言うと俺も帰って露天風呂でのんびりしたくて仕方ない。


 「ふぅ。良い汗かきましたね、悠人さん!」


 「そうだね〜。っていうか香織ちゃんは全然汗かいてないじゃん」


 「ハンマーって一度勢いをつけると勝手に回るじゃないですか、それで常に風に当たっているような感じなので結構涼しいんですよ〜」


 「そ、そうなんだ。……まさか本当にそうだったとは。たしかにずっとぐるんぐるんしてたような」


 とは言っても俺がやったならそうはならないだろうけどな。


 『みんなお疲れ様。想像以上の大群だったわね〜。みんな疲れただろうし怪我人の治療が済み次第帰還しましょう』

 

 さくらによる帰還指示で来た時と同じような隊形でマグナカフェへと戻った俺たち。ブートキャンプ参加者の中にはカフェの周辺でテントを張り野宿をしている者たちがいる。しかし地上でありながらダンジョンとなっておりモンスターが当たり前のように闊歩している場所で野宿をするような猛者は決して多くはなく、ほとんどはダンジョン部分外にあるホテル等に宿泊している。そのための送迎用バスがカフェの前に並んでおり、ヘトヘトになった探検者のほぼ全てがそれに乗ってホテルへと向かっていった。


 俺たちは軍曹と共にカフェスペースで食事とお茶をすることにした。


 「それにしてもこんなところで野宿なんて、すごい探検者もいるもんですね」


 「そうだな。だが将来有望だぞ。組み手ではまだまだヒヨッコだがな」


 「へ〜。それってさっき軍曹と一緒にいた男の人ですか?」


 「彼もそうだが、リナ君もそうだ。それに他にもいるんだ。実地訓練ではログハウスメンバーたちの間に配置されていたんだ」


 「なるほど。当然その人たちはプライベートダンジョン10層に到達した人ですよね?」


 「そうだ。そんなのは正直悠人くらいだろうと思っていたが、一人でダンジョンを進んでいた者が意外と多かったようだぞ。とは言っても実力は悠人には遠く及ばないが」


 「以前悠人君が言っていたかしら? 実は強い人がいるかもしれないっていう話」


 「言ったかもしれないね」


 「いるかもしれないわね?」


 「そうだね。っていうかもう会ってるじゃん」


 少し考え、香織が正解を言う。


 「……もしかして、おばあちゃんですか?」


 「そうそう。ステータスでごり押せば話は別だけど、普段のままのステータスなら俺じゃ勝てないよ」


 「そうですかね?」


 「手合わせした感覚ではそうだったよ」


 「ふふっ。そうなんですね」


 自らの祖母を褒められた香織は自分のことのように嬉しそうにしていた。軍曹をはじめとしたカフェ隊員たちはその顔を驚愕に染めている。それもそうだろう、香織のおばあちゃんは総理夫人だからな。カフェ隊員たちはそれを知っているとは言っても、初枝さんがそんな化け……達人だとは思うまい。しかも普通ならヨボヨボしてもおかしくない年齢だし。


 ログハウスに戻ろうとした時、マグナカフェの入り口のドアが勢いよく開け放たれた。そこに立っていたのは金髪美少女のリナだ。


 「悠人サン! よかった! まだいましたね!」


 そう言い俺たちの元へと駆け寄ってきたリナの髪は毛先が湿っており、ふんわりとシャンプーの香りがしていた。外はもう薄暗く、送迎のバスがここに来てはいないことをエアリスによって伝えられていた。どうやら“徒歩”で来たらしい。


 思えば先ほどのブートキャンプ護衛依頼の際、形としては俺がリナに助けられた事があった。その時、リナと俺の距離は普通に話しても声が届かない距離にいたのだが、彼女は一瞬で俺の元まで駆け、そして飛びかかるバッタのようなモンスターを叩き落としたのだ。そして数キロ以上離れた場所にあるホテルからここまで短時間で駆けて来た事を考えると、“拳”が得意な杏奈とは対照的にリナは“脚”が得意ということだろうか。


 「それでどうしたの?」


 「えっとですね、ログハウスに泊めてくれませんか?」


 「なんでまた?」


 「その〜、探検者の方々も同じホテルに泊まっているんです。それで食事中だったり、ちょっとコンビニに行こうと外に出ると、声を掛けられたり」


 「リナは美人だからね。声をかけたくなるのはわかる」


 「わ、わかるんですか!?」


 突然立ち上がった香織が大声を出す。俺は声をかけるとか苦手だから実際はできないだろうが、香織のように人付き合いの上手な人ならば、イケメンを見かけたら声をかけたくならないのだろうか? そう聞くと反論も大声だった。


 「なりません!」


 ならないのか。香織はどういうのが好みなんだろうか?

 うーんと考え込んでいるとさくらが引き継ぐように話している。


 「野生の悠人君がいたら声をかけたくならないかしら?」


 「それはなりますね!」


 「そういう事だと思うわよ〜? うふふ〜」


 そういうことと言われた香織が少し考えたそぶりを見せ、「つまり声を掛けられたくない人に声をかけられて迷惑ってことでしょうか?」と問う。っていうか野生の俺って何。


 「そう! そうなんデース!」


 なるほどなー。美人って思ってたのと違って大変なのかもしれないな。泊める事に関して『俺はいいけど』とみんなに視線を送ると、一様に問題ないといった様子だった。特に杏奈はなぜか乗り気で自分の部屋に泊まっても良いと言い出している。


 「あたしの部屋、ベッドがもう一つあるんすよね〜」


 「そういえばこの間新しいのを作ってほしいって言うから作ったけど、古いのもまだ使ってたの?」


 「まだっていうか、寝心地が二つとも違うのでその日の気分で変えてるんすよ〜」


 「なんと贅沢な」


 「いいでしょ〜? お兄さんも今度来てもいいっすよ?」


 「それは遠慮しておきます」


 「相変わらずツレないっすね〜。まあそういうことなんで、リナはあたしの部屋で寝ていいっすよ」


 「ありがとうございマース! 杏奈サン好きデース!」


 「リナってネイティブ並みの日本語が話せるのに、微妙にカタコトっぽい時があるよね」


 「あっ! き、気をつけてはいるんですよ。でも嬉しくなったりすると……ついつい」


 ついついでカタコトに戻るって、なんか不思議。


 「うふふ〜。なんだかかわいいわね〜」


 「悔しいけどかわいいですね……!」


 「それでリナはどういうご飯が好きなの? 私ほとんど和食ばかり作るけど大丈夫?」


 「はっ! ご、ごはんまでいただけるんです?」


 「そりゃそうだよ。食べられないものがあったら言ってね」


 「大丈夫です! 食べられなくても食べます!」


 周囲でやりとりを聞いていたカフェ隊員たちは『また悠人ハーレムが……』『悠人氏のハーレム高水準すぎぃぃ』『……正直超うらやましい』などなど言っているが、実際のところハーレムというわけではないと思うよ。だってよくある寝室でうっふ〜ん的なやつ、ないもん。


ーー いいえ、ハーレムですよ? ーー


 (心を読むのはやめなさい)


ーー 読んでませんが。ともかく、実際はそれほどではないにせよ周囲からはそうとしか見えないかと ーー


 (う〜ん。でも俺がそうじゃないと言えばそうじゃないのだ。わかったな?)


ーー 白も黒と言えば黒なのですね。なんという暴君。しかしそう見えるものは見えるのです ーー


 そうなのだろうか。そうでもないと思うんだけどなぁ〜。ログハウスはシェアハウスと考えると共同出資者みたいなものだし、今となってはクランという会社のような団体なわけで。とはいえそういうのをハーレムだというのなら、俺の認識が間違ってるのか?


 「ねえねえ悠人ちゃん」


 「ん? どうした? フェリ」


 「……ねむい」


 「おっと。じゃあそろそろ帰るか」


 カフェの裏手で【空間超越の鍵】により生成されたドアを通りリナを連れてログハウスへと戻ると、リナは大興奮と言った様子だった。『どこにでも行けるドアみたいデース! どこまでもドアデース!』と言っていたが、どこまでもドアじゃ開けても開けてもドアじゃないだろうか。いや、『どこまでも“行ける”ドア』ならばあながち間違いではないかもしれないのか。


 フェリシアを部屋へと連れて行こうとすると、眠そうな目でこちらへと両手を広げるポーズを取る。これは抱っこを要求されているようだ。ログハウスの眠れるつるぺたエルフ姫はこういったことが日に日にうまくなっている気がするが、まぁ特に害はないし部屋に連れてってやるくらいは構わない。

 普通の抱っこでは前が見えなくなるためお姫様抱っこでフェリシアを部屋へと連れて行く。ベッドに横にするとめずらしく『ありがとう』と言われた。


 「今日は楽しかったか?」


 「んふふ……楽しかったぁ」


 「そうか」


 目を閉じたフェリシアは唐突に語り出す。


 「ほんとうはね……人間たちを選別してその中から特に優秀な人間を手に入れるはずだったんだよ。でも……なんだろうね、“お気に入り”が増えちゃって大変なんだよ。僕、どうしたらいいのかなぁ。……かあ…さま…」


 そこまで語るとフェリシアはすやすやと寝息を立て始めた。普段は絶対に言わないであろう事であり、俺にとって新事実。そして最後……かあさま?


 (寝ぼけてたのかな?)


ーー そうかもしれませんね ーー


 (大いなる意志も寝ぼけるんだな)


ーー 現在は肉体に依存していますからね。そういうこともあるのでしょう ーー


 (ダンジョンが人類選別の場だったかもしれないのはちょっと驚いたけど、それよりも“かあさま”ってなんだろう)


ーー もしかして母様……でしょうか ーー


 (そういや大いなる意志は、地球そのものから生まれたと言ってたよな。でも肉体がない状態のこいつは高次存在だって言ってた。高次存在ってこの次元の存在である地球から生まれるものなのか? そもそも高次ってなんなんだ)


ーー ……謎は多いですね。大いなる意志というのが物質である地球から生まれた“波動”のようなものであるならば……波動体とでも言いましょうか。そこに意志や記憶を持つ事を加味すると、“波動存在”でしょうか。そしてその波動が自らの存在を固定できるようになったことで、もしくは固定するために生じた次元があると仮定すると、“波動次元”というものが存在しているのかもしれませんね。しかし“大いなる意志”だった頃とはその存在自体が変化しているように感じるのはワタシだけでしょうか ーー


 頭がこんがらがってしまう前にリビングへと戻ると、ログハウスメンバーの他にリナもそこへ加わりさくらの紅茶を飲んでいた。悠里は香織と一緒に夕食の準備をしているようで、キッチンから二人の楽しげな声が聴こえていた。


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