第72話 伊集院復活


 ゲートを通り21層に戻ると、そこで不穏な気配を感じ取った俺はさくらと杏奈にも伝えログハウスに転移する。

 ログハウスの外では悠里がログハウスを覆うほどのマジックミラーシールドを展開し、香織はシールドを壊そうと群がる人型の黒い何かをハンマーで殴り飛ばしている。そしてなぜか龍神・イルルヤンカシュも翼の生えた大蛇の姿でそこに顕現していた。


 「これどういう状況!?」


 「悠人!」

 「悠人さん!」


 「おぉ〜、悠人か。久しいな」


 切羽詰まった二人とは対照的に、龍神・イルルヤンカシュは落ち着いていた。ってかなんで龍神?


 「イルルさん、なんでいるんですか?」


 また暇つぶしに来て、たまたまこの状況に出会(でくわ)したのだろうか。しかしそれに対する返答は予想だにしないものだった。


 「そこな娘に喚ばれての」と言い、香織を視線で指す。


 「え? 香織ちゃんに?」


 「そうだ」


 ちょっとよくわからないんだが。説明求む。


 「いきなりこの黒い人みたいなのが現れて襲ってきて、しばらくは悠里と二人で追い返してたんですけど……数が急に増えてどうしようもないかなって諦めそうになった時に、『喚べ』と聴こえて……」


 「何やら不穏な気配を感じてな。もしや悠人がおるやもと思ったのじゃが、我が自らこちらに来るには少々時間が必要、それが面倒での、声だけを飛ばしたのじゃ。それで喚ばれて来てみればこの通り。これでもだいぶ減ったが……」


 「悠人…っ! そろそろ……限界かも」


 「よし、みんなさっさと倒すぞ」


 悠里の【マジックミラーシールド】が消えてしまう前に、その内側から全員で倒してまわりあっという間に殲滅することができた。チビは言わずもがな、さくらと杏奈も劣らずの活躍だった。龍神・イルルヤンカシュは数が多いところを木を軽くなぎ倒しながら尻尾で一薙ぎで倒していた。


 「ではな」


 「ありがとイルルさん」


 「うむうむ」


 全く苦ではなかった様子の龍神は、暇つぶしに良い運動ができたと上機嫌で帰っていく。それを見届けると、悠里と香織に一体なにがあったのかを聞くことにした。


 俺たちが23層に行って襲撃が始まった頃と同時刻、つまり正午にログハウスの周辺に気味の悪い反応を感じた香織が外を見ると、人型の黒い何かがいたのだと。その後それは急激に増え、ログハウスを取り囲むようにしていたところを悠里がマジックミラーシールドで押し返し守っていた。そこからは先ほど聞いた通り、ずっと戦っていたらしい。

 長時間、広範囲に能力を使い続けた事によるエッセンスの消費がこたえた悠里は、気を失うようにソファーに座る香織の膝枕で眠っている。


 「大変だったんだね」


 「悠人さんたちが戻るまで、イルルさんが来てくれたのでなんとか大丈夫でした」


 そう、なぜ香織が喚べたのかも聞こうと思っていたんだ。するとエアリスがスマホを鳴らしアピールしてくるので画面を見ると、香織に腕輪を見せるようにと要求していた。


 「はい、悠人さん」と頬を少し赤らめた香織が腕を伸ばしてくる。その様子に少し緊張しつつ腕輪に触れる。するとすぐにエアリスが覗き見た情報を開示した。


ーー ……どうやら香織様も、ご主人様と同じく【龍神召喚】ができるようです。しかし追加のステータスはありません。おそらく龍神のエッセンス、神気の混じったそれを吸収していたこと、そしてご主人様の召喚できる権限を模倣したものかと ーー


 そういえば香織と一緒にいる時、エッセンスを吸収すると香織にも流れ込んでいた。その時のエッセンスか。


ーー ご主人様が倒したモンスターのエッセンスを吸収した時、香織様にも吸収されますよね? おそらく能力等もそれが適用される場合があると思われます。そしてそれは香織様の能力によるものかと ーー


 「じゃあ【真言】も?」


ーー ないとは言い切れません ーー


 「なんだか、悠人さんと一緒になれたみたいでうれしいです」と、香織は大変喜んでいるご様子。だがそんな言い方で大丈夫か?


 「言い方が誤解を招くような……さくらの影響かな…?」


 そうボヤいた俺に、さくらは『うふふ〜』と微笑みを向けていた。


 その後悠里が目を覚まし、23層へ行っている間、正確には正午までの間に作られていた料理の他にいろいろとみんなで食べたいものをそれぞれ作ってシェアする形の夕食にした。料理中、悠里は怠そうにしていたのでソファーで小型チビをもふらせておいた。きっと癒し効果があるはずだからな。


 夕食後はまたリビングで話をした。あの人型の黒い何かは俺が以前20層の地下深くから感じた気配、それと酷似していたのだ。そこである仮説を立てる。というか杏奈が言っていた悪い想像そのままだ。


 「で、あの黒い人型だけど、もしかするとダンジョンで亡くなった人かなって」


 「う〜ん。全然想像がつかないけど、人の顔をしてたよね、ドロドロしてたけど」

 「服も着てるようにみえたわよね、ドロドロしてたけど」

 「ゾンビみたいでしたよね。ドロドロしてましたけど」

 「トラウマすぎてよくわかんなかったっすけど、ドロドロしてたっすね。殴ったらべしゃってなってたっすし」


 ふーむ。みんなの意見は一致している。主にドロドロしているという部分が。


 「それで悠人、それがどうしたの?」


 「そうかなぁって思っただけで、だからどうっていうことじゃないんだよね」


 悠里に俺が答えると、さくらが「私たちもダンジョンで死んだら、あんな風になるかもしれないってことかしらね」と言う。

 「まさか〜」なんて言っておいたが、ないとは言い切れない。実際20層に続くプライベートダンジョンで亡骸が見つかったという情報は聞かないし、ダンジョンが亡骸を回収して再利用した結果が黒い人型という線も捨てきれない。


 ドロドロと言えばと前置きした悠里が「ダンタリオンもドロドロしてたよね」と言った。俺と、そしてその時はまだログハウスにいなかった杏奈以外のみんながうんうんと頷いていた。


 「俺にはでかいひよこにしか見えてなかったやつな」


 その会話を聞いて、ダンタリオンを知らない杏奈が聞いてくる。


 「ダンタリオンってなんです?」


 「杏奈はまだいなかったものね」


 俺と香織を操りちょっとやばいことになった『イミテイト・ダンタリオン』について杏奈に教えると「いなくてよかったっす〜」と言っていた。


 「そんな気持ち悪いのがいたんすねー……」


 「でもさっきのアレとあんまりかわらないわよ?」


 「充分気持ち悪そうっす」


 俺にはでかくてかわいい白いひよこに見えてたからな、ドロドロしてるダンタリオンは見てないしなんとも言えないな。それはともかくとして「とりあえず今回は23層は大丈夫なはずだけど、一応明日も見てこようかな」と言うと、悠里が行ってみたいと言う。


 「おっけー。ってか全員行けると思うよ。こっちに戻ってきた時に石碑から限定で開放されましたって聴こえたし」


 それはたぶん、俺やさくらに随行する必要なく、あの石碑からであれば誰でも“未来”に行けると言う事だと思う。じゃないとわざわざそんな報告をする意味はないからな。


 「じゃあ香織もいきます!」


 「それなら今度はあたしがお留守番してるっす」


 「何かあるといけないし、いろいろ連絡しなきゃならないから私も残るわね」


 全員で行っても大丈夫だと思ったが、たしかに杏奈とさくらの言う通り黒い人型がまた現れないとは限らない。でも今回は悠里の【マジックミラーシールド】があったから良いものの、杏奈とさくらにはそういった能力はない。それを考えると不安がないわけではない。しかしエアリスがログハウスに設置しているモンスター除(よ)けを強化しておくと言っているので、それならと了解した。


ーー さくら様、それでは伝えることに付け足していただきたい事があります ーー 


 エアリスは伊集院に油断せずにすぐ退避するように、襲撃の際は“特務”が必ず助けに行けるとは限らないということなどなどを伝えてもらうことをさくらにお願いした。


 「わかったわ。それじゃあその彼のことは今日中でいいかしら?」


ーー 軍曹が22層へ行く前に確認に行きたいので、23層へ行く前が良いかと ーー


 さくらが「エアリスさんは検証がしたいのね?」と言うと、それを肯定する言葉をtPadの画面に表示するエアリス。みんなはわからないだろうが、エアリスがウキウキしているのを俺は感じている。そういえばエアリスは実験とか好きなんだった。


 「じゃあそうしてみるわね」


ーー ありがとうございます ーー


 明日の方針が決まり、その日は軽めにデモハイをして寝た。


 そして次の日、目を覚ますとまたもや目を開けられなかった。


 (ねぇエアリス)


ーー おはようございます。なんでしょうかご主人様 ーー


 (また目が開かない)


ーー でしょうね。顔全体に圧が掛かるとは、どんな気分ですか? ーー


 (すごく幸せです。でもこんなんされ続けたら、吊り橋効果のせいで今だけそうなってるんだとしても勘違いしちゃうよ……そして我に返った香織ちゃんから急に避けられるように……うぅ…想像しただけで悲しい)


 今日も今日とてこっそり抜け出そうとしてみると、今回も力加減が絶妙らしく抜け出せない。と言う事はまたさくらか……と思ったが、昨日よりも包まれ感が強い。つまり別人か…?


 「ゆ、悠人さん、あんまり動くと擦れて……」


 「香織ちゃん!?」


 「ちゃん…?」


 「香織……?」


 「はい、さくらがしたら喜んでたって言ってましたよ?」


 「いや、あの、はい……」


 そう言うと、後頭部に回された香織の腕に力が込められる。それはつまり、俺の頭が余計埋まる事を意味する。しかし心配はいらない。鼻の部分、つまり中央は深い渓谷となっているため少しスペースが空いている。つまり息ができるのだ。やはり山が大きいと谷も深いと言うわけだな、新発見だ。

 ふと『山があれば登るだろう』と言っていた人がいたなぁと思い出す。なら逆に『谷があるなら潜るだろう』と俺は言おう。こんな事を考えているのが他人に知られればどう思われるかわからないが、そんなわけのわからない事でも考えてないとこの状況は刺激が強すぎる。


 「香織だって負けてないはずです!」


 さくらに対しての対抗心でこんなことを? ともかく、より力が込められた事により山体は崩れ、谷が埋まる。それはつまり俺がいろんな意味で死ぬ事を意味するわけで。


 「う、もがもが……もがぁ…」


 「はっ! ごめんなさいっ」


 途端に生き埋めから解放され、大きく息を吸う。鼻腔に残る匂いと酸素が全身を巡ったように感じ、生を実感した瞬間である。


 「ぷはぁ! ふぅ〜。死ぬかと思った」


 「それで……どうでした?」


 良い匂いでした、などと素直に答えようとしてしまったが気合で踏みとどまる。これはダメだ、においとか嫌がられるかもしれない。

 さくらにも負けてないはずと香織は言っていたから、圧勝でしたと……いや、二人は仲が良いわけで、比べて勝敗みたいなものを決めてしまうのはちょっと……。

 となるとボカした感じで……それとこういう事をされると、さすがに勘違いしちゃうからってことも伝えないと。


 「……とても良かったです。でもね——」


 「じゃあまたしますね!」


 「勘違い…しちゃ……うーん」


 さっさとリビングへ行ってしまった今回の首謀者は、人の話を最後まで聞く気はないらしい。


 (揶揄って楽しいのかもしれないけど……俺も男だし嫌なわけないけどなぁ)


ーー ご主人様 ーー


 (なんだね)


ーー せっかくのチャンスでしたのに ーー


 (なんのだよ。ところで香織ちゃんはまだ吊り橋効果……なのか?)


ーー どうでしょう? ーー


 (どうなんだろう)


 言葉は聞いた事があるが、実際それがどのくらいの間続くのかと言う事は知らなかった。調べればすぐにわかるだろう今のご時世においてそうしていないのは、具体的な期間がもし書いてあった場合困るからだ。どう困るのかと言えば、それを知りたくないから、だろうか。


 リビングに行くとちょうど朝食を食べるところだったようでみんな集まっている。悠里が作ってくれたようだがもう平気なのだろうか?


 「悠里、もう大丈夫なのか?」


 「うん、大丈夫だよ」


 いつもと変わらぬ様子の悠里。思えばそのいつも通りというのがとても助かってるんだよな。ダンジョンの中であるこのログハウスにおいては尚更。


 「いつも作ってくれてありがとうなー」


 「べ、別に、自分が食べるついでだから」


 ちょいツンデレ風味なセリフを吐いた悠里に対し「あらあら、そうなの〜? うふふ〜」とさくらが楽しそうに言う。香織と杏奈も悠里を見ているが、その目はなんだか微笑ましいものでも見るようなものに思えた。ほんとみんな仲良いよな。


 そんなこんなで楽しい朝食の時間を過ごし23層へ向かう。一緒に行くのは悠里と香織、そしてチビだ。今回は悠人として行くことにしたのでチビも銀色のままだ。


 「あら? 今日はペルソナじゃなくていいのかしら?」


 「うん、なんか最近ずっと漫画みたいな格好してた気がするから、たまにはね〜」


 「あらそうなの。じゃあ軍曹には連絡しておくから、行ってらっしゃい」


 「いってきま〜す」


 石碑に触れると、24層のゲートを開くことができるのがわかったが、今は黙っておくことにした。

 23層に入り門のところへ行くと門番が走ってきた。


 「ん? 見ない顔……う〜ん? どこかでみたような……あっ! その狼!」


 (やっべ、まさか気付かれたか!?)


 「ここに来たばかりの頃にふらっと現れたよな?」


 「あ、あぁ。そうです。久しぶりに来てみたら……立派になったんですね、拠点」


 「あんたが来た頃とは大違いだろ?」


 「そうですね。そういえば最近何かありました?」


 「昨日襲撃があったぜ? そこに黒いマントで仮面を着けてて、髪は長くてなんかすごい色のペルソナっていう特務の人と西野さくらっていう美人の特務の人が来て助けてくれたんだよ。いやー、すごかった。特にペルソナって人がさ……」


 門番の男は昨日の出来事を興奮した様子で話すが、その黒マントで仮面を着けてた髪色が変なペルソナさんは俺だし、そのペルソナの話をこんな興奮気味に話されると悪い気分ではないが恥ずかしさが勝ってしまう。


 「あー、それはすごそうですね。ところであのー、つかぬことをお尋ねしますが、伊集院っていうやつどうしてます?」


 「伊集院? ……ああ、あのナンパヤローか。毎日ナンパしてて隔離組の女たちから嫌われてるんだよなー。ここに隔離されて三年間、ほぼ毎日だぜ? 40人しか女いねーのにさ。何周フラれてんだって話。この間なんか俺の彼女に声かけててさ〜……」


 というか門番、おしゃべり好き男子か。とりま伊集院がどうなったかだけ知れればそれでいいんだよ。


 「はぁ……それはまぁ変なやつですねー。それで、そいつは生きてるんですか?」


 「ん? 生きてるぞ。ここにくる自衛隊の人に戦い方をしつこく注意されたらしくて、言われた通りにしてたから昨日も生き延びたみたいだしな」


 「なるほど。ありがとうございました。で、通っていいですか?」


 「あ、そうだな、すまんすまん。おーい! かいもーん!」


 門が開くと露店が並んでいた。ダンジョン肉の串焼き屋とかラーメン屋とかいろいろだ。今日は祭りか何かなのだろうかと思ったが、串焼きを買った時に聞いてみたところ、襲撃のない平時は割とこんな感じらしい。

 歩いていると超小型犬サイズになったチビを片手で抱っこする香織に手を繋がれた。隔離されたのは百人だが、それ以外の人も結構多いからはぐれたら大変だよね。


 「結構人多いんだね。百人しかいないんじゃなかったの?」


 「悠里が言う事もわかるけど、ここが露店通りみたいになってるから自然と集まるとか?」


 「あー、なるほどね。ところでなんで手繋いでるの?」


 「気が付いたらすでに。まぁはぐれたら大変だし」


 「……じゃあ私もはぐれたら大変だから繋いでおくわ」


 「ちょいまち串焼きが」


 「じゃあそれは私が持ってあげよう」


 串焼きを俺から取り上げた悠里がひとつ食べると「へ〜、なかなかだね〜」と言って残りは俺に食べさせてきた。こんなナチュラルにこんな恥ずかしいことができる、でも彼女じゃないんだぜ? 驚きすぎて桃の木が生えそうだぜ。


ーー 誰に言ってるんです? 幸せすぎてどうにかなりそうですか? ワタシとどうにかなっちゃいますか? ーー


 (ちょっと黙ろうねエアリスさん)


ーー はぅ!? そういう対応久しぶりで……ちょっとドキドキする『刺激』というものを感じますね ーー


 (だめだこいつ……もう手遅れかもしれない)


ーー 責任、取ってくださいね! ーー


 なんの責任やねん、とエアリスを無視し露店を見てまわる。

 露店通りが終わったあたりで向こうからガラの悪そうな四人組がこちらに向かって歩いてきた。目線が悠里や香織を舐めるように動いていて気分がよろしくないな。


 「おいおいにーちゃん、昼間っから見せつけてくれんじゃん? ちょっと俺らも混ぜて」


 「『失せろ』」


 「ッ!! ハイィ!」


 チンピラ共には俺の【真言】がしっかり効くな。まったく便利な能力だぜ。


 「悠人といるとこういうのに困らなそうだね。ね? 香織?」


 「うん」


 「二人ともナンパされるの? ってされるよね。二人してかわいかったり美人だったりだし」


 「そ、そんなこと面と向かって言わないでよね」


 「か、香織はどっちですか!?」


 「え? どっちって?」


 「かわいい or 美人、どっちかなって」


 「改めて聞かれるとなんか答えるの恥ずかしいんだけど……」


 「自分で言っておいて悠人ってひどいねー」


 「そうだね、ひどいねー 」


 「二人もひどいな〜」


 よくわからないテンションでよくわからないことで笑いあっていた俺たちを見ている男がいた。


 「くっそ、あいつ……興味ないみたいなこと言っておいて探検免許取ったのかよ……。しかもあの二人って雑貨屋連合の二人じゃねーか? 三年経っても美人だしかわいいなぁ、しかも良い体してるし。そんな女と仲良さそうに……つーか良さそうすぎじゃね? もうやったのか? あいつのお下がりは癪だけど、あ〜、どっちか一人でいいから彼女にしてーなー。なんにしてもあいつ、悠人が邪魔だな……」


ーー マスター ーー


 「うん、わかってる」


 つい声に出してしまい、それを聞いた悠里から「なにが?」と聞かれる。性根がボッチだから独り言が多いのかもしれない。気をつけないとなー。


 「知り合いが追けて来てるみたいでさ」


ーー 下品な独り言を言っていましたね。悠里様と香織様とマスターの関係を邪推して。まったく、マスターの女と言えるのはワタシだけですのに! ーー


 「何言ってんだよ」


 「悠人も何独り言ちってんのよ」


 エアリスの声が俺にしか聞こえないって結構不便だな。


 「あぁ、すまん。そいつが独り言を言ってるとかでさ」


 「悠人さん、その人なんて言ってるんです?」


 一旦二人と手を離し、エアリスが内容をスマホに表示すると二人の表情は非常に殺伐としていた。もちろん俺も真顔になっていた。


 「そいつぶっ転がそう」

 悠里は真顔である。

 「賛成」

 もちろん香織も真顔である。


 「はいぃ! ちょーっと待ってねお二人さん! 危ないことはだめだよ?」


 「そいつの存在が危ないから無効」

 「賛成」

 もちろん、これも真顔による発言である。


 「……じゃあわかったよ。代わりにちょっと注意してくるからおとなしく待ってて」


 エアリスに頼み隠れている伊集院の背後に転移すると俺がいきなり消えたことで動揺しているようだった。そんな伊集院に背後から声を掛ける。


 「おい伊集院」


 「んな!? お、おう、悠人じゃねーか。た、探検免許取ったんだな?」


 「あぁ。まぁな」


 「それで、あの二人ってお前の知り合いか?」


 「そうだけど?」


 「なぁ、紹介してくれよ! 頼む!」


 「いやだよ」


 「は? なんでだよ! 頼んでんだろ!?」


 「だから嫌だって」


 「は? 友達だろ!?」


 先ほどエアリスが教えてくれた独り言をスマホの画面に表示して見せる。


 「こんな独り言を言う奴は俺の友達とは思えないな」


 「あ? な、なんでそれ……そ、そうか、お前の能力は盗聴系なんだな!? それなら俺には勝てねーな! 俺は強化系だからな!」


 そう言って殴りかかって来た伊集院の拳をまともに受ける。【拒絶する不可侵の壁】で。すると伊集院は指の骨が何本か折れたようで苦痛に顔を歪めていた。


 「いっ、てぇ……。なんで盗聴野郎に俺のパンチが効かねーんだよ!」


 「そりゃ盗聴野郎じゃないからなんじゃないか?」


 「はぁ!? じゃあ……お前も強化系なのか!? そうか、それで聴覚を強化とかしてたんだろ!? どうだ違うか!?」


 「へぇ。その強化系ってやつはそういうことできるのか?」


 「なっ!? じゃ、じゃあなんなんだよ一体!」


 「どうでもいい。せっかく復活したのに……アホなこと考えてないで『更生しろ』」


 「ッ!! わかった」


 どう効くのかわからないが、悪いようにはならないのではないだろうか。

 二人の元へ戻ると興味深げにどうだったかを聞いてくるので、「更生しろって言ったらわかったって言ってた」と伝えると、ちょっと不満そうな表情をしていた。でも自分のパンチで指の骨が折れてた事も伝えると『ざまぁ』『自業自得ですね』と言っていて、その表情はとても清々しいものだった。この二人が対処してたら流血沙汰確定だっただろうなぁ。あ、流血はしてないし俺は手を出してないけど、骨折れてるし似たようなものか。などと考えているとまた二人に手を取られたのでそのまま歩いてログハウスまで帰った。


 「あらおかえり〜。どうだった? デート」


 「結構楽しかったかな?」

 「大満足です!」


 さくらの質問に対し二人とも否定しないあたり、コミュニケーション上級者なのだろう。俺なら恥ずかしくて『別に』とか言ってしまうかも……いや、最近ならそう言う事もなく素直に言えるかもしれないな。そう思えるのはみんなのおかげだろう。


 「悠人君にとってはどういう感じだったの?」


 「お転婆な姉と妹に連れられて近所を散歩してきた気分」


 「私が姉かな。うん、悪くない」


 「悠里が姉なら香織は妹ってこと……? う〜ん、悠人さんと兄妹でなんて……有り寄りの有り!」


 設定を話し合い始めた二人、妄想に花が咲いているようなので放っておこう。


 ところでエアリスはこういう時、楽しかったりするんだろうか?


ーー ワタシは実証できたので満足ですよ? ーー


 (そういえばそれが目的だった)


ーー 皆様を見ていて思ったのですが、いつかワタシもご主人様とデートしてみたいものです ーー


 (いつも一緒だからある意味いつもデートしてるようなもんじゃないの? 知らんけど)


ーー なるほど……では今夜はデートした後にお泊まり、というシチュエーションで参りましょう。今夜は燃えそうです ーー


 (どういうことだよ)


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