第71話 3年後の襲撃


九月十九日


 森の中を歩いていると、ペルソナの姿と金色のチビを見た杏奈が興味津々に眺めてきた。ちょっとはずかしいからやめてほしいと思っているとゲートを開くための石碑がある場所に着く。


 23層へと入った俺たち三人と一匹。昨日の昼食後、23層を確認に来た時は自衛隊の姿はなかったが今回は大勢いた。中にはマグナ・カフェの隊員もいるようだ。みんないつものようなラフな格好ではなく、しっかりと軍服を着ている。そこには当然軍曹もいて、他の隊員とは違い勲章のようなものを胸に付け、ちょっと偉そうな服を着ていた。近付いていくとこちらに気付き軍曹や指揮官らしき人たちが駆け寄ってくる。


 「ゆ……ペルソナ! 来てくれたんだな!」


 「そりゃ来ますよ。みすみすほっとくわけにもいきませんし」


 「西野一尉もご苦労様です!」


 「え? 私、昇進したの?」


 「はい! つい先日、異例の出世速度と話題になっていました!」


 「あらあら……未来の私は一体なにをしたのかしら」


 「未来……? まさか、三年ほど前に言っていたことは……」


 「……やっぱりそういうことね。そうよ、私は三年前から来たの」


 「では悠……ペルソナも?」


 「そうなりますね」


 「それで、“今”の私たちはどうしてるのかしら?」


 「それが、数日前から連絡が取れず……」


 タイムパラドックス? とかってやつの影響か、それとも……別の何かで改竄されてるのだろうか。うむ、考えてもわかるようなことではないな。ただ“俺たちの現在”でさくらが軍曹に伝えた事に意味はあったようだ。


 「難しいことを考えても仕方ないわよ。それにドッペルゲンガーなんて言われなくて済むならその方がいいじゃない?」


 確かにさくらの言う通りだ。ある意味俺たちにとっては都合がいいかもしれない。というかそうじゃないと都合が悪い。だけど今に限って未来の俺たちが行方を眩ましているというのも、なんだか作為的なものを感じるなぁ。


 「配置はどうしますか? これまでのデータですと、敵は東からやってきますが」


 「東から?」


 「はい。理由はわかりませんが、毎回東からです」


 「そうなのね。では私たちは東で迎え撃ちましょう。他は自衛隊から監視を置いて護衛もつけて。隔離された人たちは壁の中で待機、敵が現れ次第戦力を分配してそちらへ向かわせて。指揮は軍曹、花園二等陸曹に任せるわね」


 「了解しました!」


 「状況によっては私たちも他の方角にも行くことにしましょう」


 「了解」


 基本はいつもやってくるという東に俺たちが待ち構える。しかし俺たちがやってきたことによって何かが変わっているのかもしれないという事も否めないため、他の場所に襲撃者が現れないとも限らないわけで。そうなった場合は手が空き次第向かうという事になった。


 「銃火器のチェックは済んでる?」


 「はい、全て問題ありません!」


 「よろしい。では所定の位置で襲撃開始予定時刻まで待機!」


「「「はい!」」」


 軍服を着た人たちが散っていきその場には俺たちだけが残される。


 「ひゃ〜。なんだか緊張したっす」


 「ちょっと怖いよね」


 俺や杏奈は自衛隊から敬礼をされるなんて経験はもちろんなく、その迫力や緊張感といったものに少し圧倒されてしまっていた。しかしそんな俺たちの背中を軽く叩き、さくらが緊張を解(ほぐ)してくれる。


 「慣れよ、慣れ。それで、どうしようかしら?」


 「んー。とりあえず遠距離のうちにできるだけぶっ放した方がいいのかな。ここの人たちもいつもそういう風にしてるっぽいし」


 「それに数えきれないほど、って言ってたものね。できるだけ数は減らしておいた方がいいわよね」


 「ところで、数えきれないほどの、何がくるんです?」


 杏奈の疑問はもっともだ。実際俺とさくらも実物を見たわけでも写真を見せてもらったわけでもない。だから聞いた通りを伝えるしかない。


 「人型の黒い何かだってさ」


 「うぇぇ……聞いただけで嫌な感じしかしないっす」


 だよな。実はそこに“ドロっとした”が付くんだが、それは言わないでおいた。俺にとってはダンタリオンを思い出すし、さくらもだろう。杏奈はダンタリオンを知らないが、彼女の言う『嫌な感じ』がもっと増幅される事になって、必要以上に緊張させる事になるかもしれないし。

 俺自身あまり詳細に想像したくはない事もあって、杏奈に対する返事は素っ気ないものとなった。


 「だよねー。わかるー」


 「気持ち篭ってないっすね」


 「考えたくないから考えないようにしただけだよ」


 「な、なるほど。でもそれってただの現実逃避っすよね。とりあえず守ってくださいね? ペルソナさん?」


 「はいはい。心掛けるよ」


 警鐘が鳴り響く。しかしそれは隔離された人たちのものでもなければ自衛隊のものでもない。23層全体に響いているようなそんな音だ。同時にアナウンスが流れ、後方がざわざわとしている。


《さあ、襲撃の始まりだよー。がんばってねー!》


 「これがアナウンスか。それにしてもショタボで言われるとなんか気合が入らないっていうか」


 「むしろちょっと癒されるわね」


 「まぁとりあえず、あれだよね?」


 「そうね。」


 遥か遠くから黒い集団が近付いてくるのが見える。索敵を全方位に全力で展開してみると、他の方角には見当たらなかった。スコープを覗き込むさくらもその姿を確認している。

 それにしてもこの気配……


 「たしかに、人型の黒い何か、ね」


 エアリスが試したいことがあると言うので、とりあえず一発撃ってみてもいいかとさくらに尋ねる。『何を?』と聞き返されたが、俺もわからないので答えようがない。


 「そう。じゃあお願いしようかしら」と、どことなく困り顔に近いさくらが言う。なんでそんな顔でこちらを見ているんだろうか? もしかしてマグナ・カフェに牛モンスターの群れが押し寄せた時の事を思い出したのだろうか。

 なんだか俺も、エアリスの好奇心を不安に感じ始めているが、むしろ頼もしい方が大きい事は変わらない。


 「おっけー。じゃあいくぞエアリス」


ーー はい。いつでも ーー


 仮面を着けた状態の時にだけ見た目が変わる翼、【黒竜の翼】を展開し上空に飛び上がる。後ろの方から「おぉ〜」という声が聴こえるのは、壁の中にいる隔離された百人にも見えたからだろう。そして俺は対空しながらエアリスの指示に従う。


ーー まずはエリュシオンを構え、エッセンスを流し込んでみてください ーー


 「こういう感じかな……」


 黒い大剣を横に構えエッセンスを流し込むと、剣はオーラを発し始める。徐々に増やすよう言われその通りにしていくと、剣に纏うオーラが直視するには眩しいほどになってくる。


ーー もう少し……もうちょい……あ〜、もうちょっとだけいってみましょうか ーー


 「って言ってももう結構オーラすごいけど」


ーー 大丈夫です大丈夫です。調節はサポートしますから! きっと綺麗なお月様が見れますから! ーー


 「お月? わからんけどまぁいいや」


ーー そこに【纏身・雷】を纏うイメージで……あ、やっぱり【纏身・雷火】にしましょう。それであとは大きく振りかぶって〜……【剣閃】でそれを飛ばすイメージで振り抜きましょう! ーー


 「【纏身・雷火】からの〜……【剣閃】!」


 言われた通り、雷火を纏わせた剣閃を飛ばすイメージで、助走をつけるように一周、そして二周目で思い切り振り抜く。

 すると剣から三日月状に雷火が横に広がりながら飛んでいき、先頭集団に命中した。そのまま雷火が地を這いながら放射状に広がっていき、敵の体を飲み込み、覆いながら燃え広がっていく。この一振りで半数以上を壊滅させた。


 「えぇ〜……なにこのチート」


ーー ふっふっふ。すごいでしょう? 半分近くのエッセンスを消費するだけの派手さはあります! ーー


 地面に戻ると、あたりが静まり返っていたが、少し経つと後方から『うぉおおおおおお!』という雄叫びのようなものが聴こえてきた。


 さくらは「想像以上ね」と呆れたように言う。杏奈も「ひえぇ〜、お兄さんなんなんすかあれ」と言っていて、俺と似たような感想を抱いた事がわかる。

 でも俺がやったわけじゃなくて、いや俺がやったんだけどエアリスが言った通りにしただけで、つまり……


 「全部エアリスのせい」


 「エアリスさん、悠人君の時はできるだけ目立たないようにがんばってたのかしら」


 「お、おそろしいっすね」


 なるほど。さくらの言う通りエアリスは自重していたのかもしれない。それでペルソナという目立つ担当というか、そういう仮面を手に入れた事でこれまでのフラストレーションを爆発させた、とかだろうか。


 「エッセンスは隔離された百人に吸収されたみたいだね。ドロップは……無しかー」


 「そういう“イベント”なのかしら?」


 またもさくらの言う通りな気がする。腕輪に吸収しようとしたわけでもないのに、隔離されている人に“だけ”自動的にエッセンスが吸い込まれたような。だとすれば隔離された人たちはここにいる限り自動で強くなるようなものか。襲撃者を倒せれば、だろうけど。


 残った約半数の人型の黒い何かが先ほどの攻撃に反応してこちらに向かってきている。さくらはそれをライフルで撃つ。密集したそれらに対し放たれた銃弾は数体の頭部をまとめて撃ち抜いてはいるものの圧倒的に物量が足りていない。その状況に辟易してしまう。


 「ってかこれどんだけいるんだ」


ーー おそらく最初の時点で二万ほどかと。約半数はマスターが吹き飛ばしましたので残りは一万ほどとなります ーー


 「私のライフルじゃさすがに厳しいわね」


 その時、後方から「撃てー!」と聴こえると、くぐもった発砲音のようなものが何度か聴こえた。数秒後、密集した黒い集団の中でその撃ち出された砲弾が破裂する。その範囲内にいた黒い何かはその衝撃でべちゃっと飛び散り原型を留めていられなくなったようだが、まだまだ数は多い。そしてそれがしばらく続いた後、先頭集団がこちらから顔が見えるくらいの距離まで近付いていた。


 「人の顔……?」


 「……そうね。スコープ越しでも見えていたけど、やっぱりそうよね」


 「それに黒くてよくわからないけど、服に見えるね。べちゃべちゃしてそうだなぁ。コールタールみたい」


 「あ、あの、もしかして……死んだ人が亡霊みたいになって出てきたとかじゃ……ないっすよね?」


 俺とさくらは同時に想像してしまい、言葉を失った。


 「な、なんとか言ってくださいよ〜」


 「いやぁ、なんかそんな気がしてきた」


 「ええ、そうね……」


 元人間…そう考えてしまうと気持ち的に少し躊躇してしまう。現にさくらも手が止まっている。でも元ってことは人間じゃないってことだし……例え杏奈の言う通りだったとしてもまぁ……仕方ないんだけどな。


 「え〜……ど、どうするんすか!? もうそこまで来てるんですけど!」


 俺たちがどうしようか考えていると、何を思ったか集団へ向けて走っていく男がいた。顔はそこそこ良くベルトは以前俺がこっそり投げ与えたものをしている。その手には剣のようなものを持っている。伊集院だった。


 「うおおおお! こんなノロマなんかすぐに片付けてやるぜぇ!」


 「なにやってんだあのバカ」


 「助ける?」


 「って言ってももう集団に飲まれてるし。とりあえず試すだけ……『動くな』」


 伊集院がいない場所の黒い集団に対して指向性を持たせた【真言】を使ってみるが効果を発揮した様子はない。

 人型の黒い何かは、映画などのゾンビよろしく掴みかかろうとしているが、如何せん動きが鈍重だ。武器を持っているものも少数いるが、動きは他と同じく遅い。


 「やっぱだめか。うーん。大事なところで効かないんだよな」


 「あっ! でもあの男の人がんばってるみたいっすよ!」


 「マジか。やるじゃん伊集院」


 伊集院の思わぬ奮闘を目にして感心していると、ペルソナを呼ぶ声がする。


 「ペルソナさん!」


 伊集院の奮闘を見ている俺の後ろから緊張した面持ちの門番がやってくる。手には持ち手が異様に長い斧のようなもの、たしかハルバートだったと思う、そんな武器を持っていた。


 「お、俺も戦います!」


 緊張してはいるけど一応ユニーク等級の能力を持っているし、この間ステータスを調整したばかりだ。伊集院でも戦えているんだからこの男ならば手に持っている武器を振り回すだけでも充分に思える。とはいえ防御的な面では不安がある。


 「……わかった。しかし……そんな装備で大丈夫か?」


 「大丈夫です、問題ない」


 俺にとって懐かしいフレーズで質問とすると、目をキラリとさせて若干低めの声で返してくる門番。仲良くなれるのでは、と思った瞬間だった。

 多少緊張が解け走っていく門番の背を見ながらチビに指示を出す。チビには門番を守りつつ戦ってもらう。伊集院のところにも行った方がいいかと思ったが、すでに小さな集団を倒し終えるところだったので問題なさそうだ。


 「じゃあ杏奈ちゃんは俺と正面のいっぱいいるとこを。さくらは援護よろしく」


 「わかったわ。任せて」


 「い、いくんすか? べちゃってしてますよあれ」


 「行かなくてもいいけど、すぐここまで来ちゃうよ?」


 「うぅ〜……し、仕方ないっすね……ん〜! 女は度胸! しゃおらー! 【エアガイツ】!」


 「おぉ……人が変わったように突っ込んでった」


 奥の敵には依然として機関銃と迫撃砲が降り注いでいる。

 左側は伊集院、しかし既に周囲に敵はなく、それより外側の敵もこちらに向かってきている。

 右側は門番とチビ、ハルバートを振り回す門番が無双しており、チビは時々紫電を迸らせている。

 そして中央は俺と杏奈、突っ込んで行ってしまった杏奈の討ち漏らしを、エッセンスをちょっとだけ込めたエリュシオンを振るって俺が処理している。放たなければエッセンスの消費が少なくその割に威力が高い、つまりコスパがいいようだ。

 さくらは全員のサポートをしており、そのさらに後方には他の開拓民たちが待機している。


 しばらく続けているとどんどん数が減っていき、やがて数えるほどしかいなくなった。

 最後の一体に杏奈の【エアガイツ】が炸裂する。見たところ数秒間維持できる空気の塊を殴り飛ばしており、その塊が破裂すると衝撃波を生むようだ。強そう。


 人型の黒い何かが全滅すると、門番が何か焦ったような素振りを見せている。


 「どうした?」


 「いつもなら、あいつらを倒すとアナウンスがあるんです。でも……」


 「まだないな」


 「今回は特別とか言ってましたし、まだ終わりじゃないってことですかね……?」


 「かもしれないな。危険かもしれないから一旦下がって——」


 そこまで言った時、門番の足元の地面が盛り上がり何かが高速で飛び出してきた。俺は咄嗟に【拒絶する不可侵の壁】で門番を覆った。

 飛び出してきたのは巨大な亀の頭。20層のボス亀の倍以上はあるだろう巨大な顎が門番を噛み切ろうと喰らい付いている。しかしそれは不可侵の壁によって阻まれており、そこをエリュシオンで叩き斬った。


 しかし亀はその一体だけではなかった。伊集院の足元からもその頭が生えてきたようで、伊集院は首だけが地面に転がっており、その目はすでに生の光を失っていた。そしてもう一体、杏奈の足元からも生えていた。星銀の指輪がある杏奈は問題ないだろうと思っていたが……杏奈の右足がなくなっていた。


 「い、いだいよぉ……お、お兄ざん゛……た、だずげえぇ……」


 何かが切れたような感覚がし、無意識で亀の頭の真横に転移して殴りかかっていた。翼を展開し、右で殴る。翼を使って身体を無理矢理動かし左で蹴り飛ばす。亀の頭はそのまま地面に音を立てて倒れ込んだ。


 「大丈夫か!?」


 「い、いだ……いだい゛」


 抱き抱えるように身体を起こした俺を、痛みからかすごい力で抱きついてくる。見ると脚の付け根から先を全部持っていかれていた。動脈からは鼓動に合わせ血が吹き出し、地面に血溜まりができている。


ーー 星銀の指輪の転移をチビと同じように使っていたようですね。それによる過剰な能力使用により指輪のエッセンスが足りません。エッセンスを流し込み【不可逆の改竄】を強制発動させます ーー


 (はやくしてくれ!)


 星銀の指輪にエッセンスが流れ込むと同時に光を放ち、杏奈の身体を包み込む。その光が収まると、靴や履いていたものはなくなっていたが脚が元通りになっていた。なんとか間に合い安堵する。しかし杏奈はまだ俺に抱きついたままだ。しがみついくる彼女を安心させようと、その震える背を撫でる。


 「杏奈ちゃん、もう大丈夫だから」


 「う、うぅぅ……痛かったよぉ……」


 「よしよし、ごめんな、ちゃんと守ってやれなくて」


 「で、でも助けてくれたじゃないっすか……。もうほんとお兄さん好き好きっす〜!」


 胸のところにしがみつくように抱きついていた杏奈は、それまでとは違い軽い口調で首に腕を回してくる。しかし、まだ震えてるんだよな。俺も杏奈の冗談に付き合う形に、軽い口調で話してやれば彼女の震えはおさまるだろうか。


 「はいはい、わかったから。今はそんな冗談言ってる場合じゃないから。で、大丈夫?」


 「うぅ……まだ痛いですけど、ちゃんと脚もありますし……そういえば御守りだって……ほら、言われた通りちゃんとつけてるんすよ? でも発動してないんで、前回より早く助けてもらったってことっすよね」


 「さくらのとこまで行ける?」


 「う〜ん、お兄さんがお姫様抱っこしてくれたらいけるっす」


 「俺は真面目に聞いてるんだが?」


 「この顔見てわかりません? 真顔っすよ?」

 

 確かに真顔である。俺はどんな顔をして相手をしてやればいいんだろう。『仮面を着けているので…』というエアリスの言葉を華麗にスルーし少しの間、真顔の杏奈に仮面越しではあるが真顔で応対した。


 先ほど殴って蹴り飛ばした亀の頭が起き上がり、その胴体部分が地面の中から這い出てくる。ボス亀の倍以上の大きさの甲羅は小さな山のよう。


 「つかぬことをお聞きしますがお兄さん、あいつがやったんすか?」


 「ん?」


 「あたしの脚」


 「うん、あいつだね」


 「そうなんですか……また亀っすか……なんかイライラしてきたんで、やってきます……」


 「え? 歩けないんじゃないの?」


 俺の言葉に答えることなく杏奈はスタスタと亀に向かって歩いていく。止めようとした俺をエアリスが止めた。


ーー マスター、先ほど杏奈様の腕輪に触れた際、能力が発現しているのを確認しています ーー


 (発現?)


ーー 二つ目の能力です。名付けて【狂戦士化(バーサーク)】です ーー


 それがどういう効果があるのかわから……いや、字面的にわかる。どうせあれだろ、見境なく暴れるとかそういう。でもそれがあるとはいえ……


 (だからってやばいんじゃないのかよ)


ーー 問題ありません。星銀の指輪に流し込んだエッセンスは【不可逆の改竄】を使っても有り余る程流し込んでおいたので。それにほら、発動しましたよ。近付いては逆に危険です。襲われてしまいます、いろんな意味で ーー


 エアリスの言葉通り杏奈には変化が現れていた。髪は薄らと赤く変色しているように見え、先ほど喰いちぎられ再生したことにより肌が露出したスラッとした脚には赤い紋様があった。腕にも似たようなものが見えおそらく全身にそれがあるのかもしれない。口を開けて向かってくる亀の頭を回転しながら避けた杏奈の目がちらりと見え、それは赤々と輝いていた。

 向かってくる亀の噛みつきをひらりと躱した杏奈はその回転の勢いそのままに亀の首へエアガイツを叩きつけるように放ちその反動で杏奈の体が浮き上がる。グギリという折れたような音が聴こえ、空気の塊が破裂すると同時にその衝撃を利用して甲羅の上方へ飛び上がり、空中から甲羅ごと叩き割ってしまった。


 その様子に「鬼か」と呟くとエアリスが何かを閃いたように感じた。


ーー なるほど、鬼ですか。ふむふむ。杏奈様のバーサークのデータを元にすると……これは興味深いですね ーー


 「エアリスがそういう時ってあんまり自重を考えないから怖いな」


 もう一体の亀はチビがこんがりさせていた。亀は三体、全て虹色のエッセンスを放出している。とりあえずそれを回収し、杏奈を凝視している門番に一体分以上のエッセンスを譲渡しステータスを再度調整してやった。能力はよくわからないが、先ほどの戦闘を見る限り百人の中で最精鋭であることに間違いはないだろう。

 【狂戦士化】が解除され身体中の紋様が綺麗さっぱり消え去った杏奈がこちらに戻ってくる。


 「やー! スッキリっす! そういえば左側にいた男の人はどうなったんです?」


 「あっ」


 そしてもう一人左側で戦っていた伊集院……あいつ首だけになったんだった。いけ好かないやつだったけど、悔いがないわけではない。どうしようもない状況ではあったけど。


 しかし焦る事はない。だってここは23層、三年後の22層だ。ということは、22層に行って伊集院に注意を促せば大丈夫なんじゃないだろうか? 確定された未来とは限らないのであれば可能かもしれない。そうじゃなかったら……俺にはどうしようもない。


 「一応知り合いがあんなことになったのに、冷静ね?」


 「“現在”の伊集院に注意を促して、それでもダメなら、ダメなんだろうなって」


 「それしかないわよねぇ。ちゃんと聞いてくれるといいけど」


 23層襲撃終了のアナウンスが流れると、先ほどまでの緊張した雰囲気はいつの間にかなくなっていた。三年後の軍曹やマグナカフェの隊員たちに挨拶をして23層から出ようとすると、門番が女性と一緒にいるのを目にする。こちらに気付いた門番は立ち上がり深々とお辞儀をしていた。


 23層を出ると《ここから向かう場合に限り23層を開放します》という声が聴こえた。

 そして先ほどの人型の黒い何かの気配を感じ取り、ログハウスへと急いだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る