第70話 防衛参加選手権


九月十八日


 雑貨屋連合の三人娘との連絡が途絶えてから五日が経つ。未だ連絡はない。


 (なにやってんだろうなー)


ーー 心配ですね ーー


 (うーん。どっかで遭難してたりしないだろうな……)


ーー そう仮定した場合、あの三人であれば自力で人のいる場所まで辿り着きそうですが ーー


 (怪我して動けないとか?)


ーー 星銀の指輪により【不可逆の改竄】を使用可能なので問題ないかと ーー


 (エッセンスが足りないから使えなくて、とか?)


ーー それも問題ないはずです ーー


 (うーん)


ーー そのくらいにしておかないと、ハゲますよ? ーー


 (それは困るなぁ)


 普段ならドキッとしてしまう言葉だが、今は三人の安否が気にかかりそれどころではなかった。


ーー ワタシはハゲ散らかしたご主人様でも構いませんが…… ーー


 (そうなったらよろしくたのむかなぁ)


ーー ッ!! では、今すぐハゲ散らけましょう! ーー


 (そういう意味じゃないし、冗談だから勘弁して)


 予防か再生の方向でなんとかしてほしいのだが。俺がハゲ散らけるかどうかは、おそらく遠いであろう未来に丸投げするとして、もしも三人が山で遭難なんてしてたとしても現在は三人の行方が知れぬ以上どうすることもできない。よって今は少し未来の23層のことを考える。

 22層に隔離されている百人のステータスと能力を調べた結果、ユニーク等級のスキルを持つのはひとりだけ。


 短髪細マッチョな男だ。確かチビを連れて散歩に行った時に話しかけてきたやつで、三年後である23層では門番をしてるやつだったと思う。

 能力は【恋愛喜劇】。エアリスが表示した通りに紙に書いて渡したが、たしか読み方はラブコメだったな。絶対適当につけただろエアリスよ……。ラブコメみたいなイベントが起きる体質って、どんな……あぁ、拠点の祭りで綿飴を咥えた女性とぶつかって運命感じたんだっけ。戦闘面ではなんの役に立つんだろう。


 (うーん。他は基本的に身体強化ばっかりだなー。周辺感知とかもあるけど、エアリスの索敵みたいなもんかな)


ーー 身体強化が多い理由として、身体の強さに憧れを持つことが多いからかもしれません。周辺を感知する能力は、等級がせめてユニークならばワタシの索敵に近いくらいのことはできるかもしれません ーー


 (門番の話通りなら、どっちも今のところあんまりって感じなのかな)


ーー そうですね。しかし身体強化は物を運んだりすることにも有効ですし、念のために周囲に気を配る者として周辺感知もありかと ーー


 (とりあえず23層に行ってみるかな。あと数日で襲撃が来る予定っぽかったし)


ーー そうですね ーー


 リビングに行くとさくらがいたが、朝食はまだのようなので適当に用意して一緒に食べた。今日もチビは肉を二枚しっかり食べたので元気そうだな。そういえば色が銀色に戻っている。


 「チビ、金色になれる?」


 「わふん」


 「お〜。すぐ変えれるようになったのか。覚えるの早いなー」


 「わふん」


 「銀色に戻った。自由自在か」


ーー さすがワタシが躾けただけはあるでしょう? ーー


 「そうだね。さすがエアリス。躾の名人かな」


ーー いずれご主人様を躾けられればいいなと思っていますのでよろしくお願いします ーー


 「何がよろしくなんだよ」


 チビはすぐにいろんなことができるようになるな。普通のシルバーウルフのはずだったが大きさもそれより大きくなったしなにか違うものになっているんじゃないかと思えてくる。というかそうだとしてもあまり驚きはしないだろうし、第一チビと俺は仲良しだ。最近香織に取られていたように感じる事もあったが、エアリスと同様相棒のような存在に違いはない。


 「ところで23層に行くのかしら?」


 「そのつもり。さくらはどうする?」


 「私も行こうかしら」


 「おっけー。じゃあ少しのんびりしてから行こう」


 「それなら紅茶淹れるわね」


 襲撃ってどんなだろうな〜、三年後の軍曹ってどんなだろうな〜などと考えているとさくらが紅茶を持ってきてくれた。ん〜、落ち着く。

 そんな時、tPadに文字が。


ーー さくら様は愛人タイプかもしれませんね ーー


 「急に何を」


 「あらあら、いいわねぇ。いいわよね? 悠人君?」


 そんなさくらの言動に驚かされ思わず紅茶を吹き出しかける。


 「え? 何がいいわよねなのよね?」


 「うふふ〜」


 「またそうやって揶揄って……」


 うふふ〜としか言わなくなったさくら、金色になったチビと共に、俺も換装してペルソナとして23層へ向かうことにした。石碑に触れて開いたゲートを通り23層へ入り門へ行くと、門番が走ってきた。


 「ペルソナさーん!」


 「ん?」


 「どうしたのかしら」


 息を切らし膝に手をついてぜぇはぁとしている門番、それに対し少し前屈みになる形で門番の肩に手を置き「大丈夫〜?」と声をかけるさくら。肩に手を置かれたことで顔を上げた門番の目には、さぞかし良い谷間が映ったことだろう。2秒くらい凝視していた。

 俺は「さくら」と一言、ジェスチャーで『胸のところ閉じて』と伝えると、さくらは慌てて胸を隠すようにして胸元を閉じる。


ーー なるほど。ラッキースケベ体質かもしれませんね ーー


 (まじかよ。彼女持ちでさらにラッキースケベかよ。なんだかなぁ)


ーー さくら様の谷間を見られてご立腹ですか? 独占欲ですか? ーー


 (そ、そんなんじゃねーし! なんかちょっとこう、イラッとしただけだし)


 べ、別についさっき愛人がどうのと話していた事を思い出したとかじゃないんだからねっ! などとエアリスに対して言い訳をしてみるが、エアリスは『なるほどなるほど』と言ってまともに取り合う気はないようだった。


 門番が落ち着いた頃、『夜のメンテナンスがまだまだ足りませんかね?』と言い出したエアリスは放置することにし、門番に話を聞くことにした。あっ、もちろんペルソナさんはハードボイルドキャラ(仮)だからちゃんとしないとな。


 「それで、慌ててどうしたんだ?」


 「あっ! そうです、あ、アナウンスがあったんです!」


 「アナウンス?」


 「はい、いつも襲撃が来る前日にあるんですけど、それがついさっき……」


 ついさっきか。じゃあ襲撃とやらは明日ってことなのかな。


 「『明日の正午、襲撃があるよ。今回は特別仕様だよ』だそうです」


 「特別仕様?」


 「そんなの初めて聞いたんでどうしたものかと……それに自衛隊が帰ってくる予定なのは明後日なんです」


 「それは困ったな」と言い考えるフリをする。このタイミングで特別仕様って、俺がいるからか? いや、まさか……まさかなんだが、関連があるように思えて仕方ないな。それにしてもダンジョンやらステータスやら能力やら、それ自体もそうだが、この幻層に至ってはよりゲームっぽくないだろうか。何かによってルールを決められているかのような違和感を拭い去る事ができないでいると、門番の男は言う。


 「そ、そうだ! お二人は外に出られるんですよね!? それなら連絡を……」


 「……そうだな。しかし間に合うかはわからない」


 だって俺たちが外に出ても、そこはここから見ると三年前なわけで。今の軍曹にそれを伝えればどうなるかはわからないが、未来のことを予言するなんて胡散臭(うさんくさ)いだろう。なので知らせるのはいいがアテにはできない。


 「そんな……じゃあ俺たちはどうすれば……」


 事の深刻さが門番の表情から見て取れる。まだ襲撃がどのようなものか、話に聞いただけであって実際目にしたわけではない事もあって、俺やさくらには門番の表情から慮(おもんばか)る以外に無い。

 そういえばここは三年後なんだよな。22層から見て三年後、繋がっているとしたら……


 「君達は自分の能力を把握しているか?」


 「そ、それは問題なく……。だってあなたが教えてくれたじゃないですか」


 「俺が?」


 「はい。隔離されて少し経った頃に現れて、建物の個室で一人一人、全員分教えてくれましたよね?」


 「……あ、あぁ、そうだったな。襲撃が明日と聞いて少し動揺していたようだ」


 「ははは……特務の人っておっかないイメージでしたけど、俺たちと同じ人間なんですね」


 ところで能力を知ったならそれを使って対処しているはずと思っていたが、そうでもないのかもしれないな。砲が取り付けられているのを考えると、あまり襲撃者やモンスターに対して近付くことはないのだろう。

 能力やステータスを鍛えた方が良いのではという思いから銃に頼りすぎない方がいいのではないかと思っても今更だろう。今この層に必要なのは、探検者たちが今を生き残るための方法だ。


 「俺もただの人間だ。明日の防衛は我々も参加する。みんなで生き延びるぞ」


 「は、はい!」


 その旨を知らせてくると言った門番が走って拠点へと戻っていく。さくらの胸のことは忘れてほしいなと思った。でも嫉妬とかそういうんじゃないけどな。

 そんなことより、23層では隔離された百人の能力を教えておらず、でももしも繋がっているならという前提に先ほどの質問をしてみたわけだが。


 「あのさ、もしかしてだけど」


 「ええ、たぶん私も同じこと考えてるわ」


ーー はい、ワタシもおそらく同じかと ーー


 「22層で何かするとここにも影響があるってことだよね」


 「そうよね」


ーー そのようですね ーー


 「じゃあ現在の方で助言をすればそれが23層に反映されるということでいいのよね?」


 「たぶん?」とさくらに返事をする。実際にやってみなければ確実とは言えないし、でもかなり濃厚なんじゃないだろうか。


 「それをうまく利用するにはどうすればいいのかしら……」


 「とりあえず襲撃の五日前くらいには準備完了して待機するように軍曹に連絡してくれない?」


 「わかったわ。悠人君……ペルソナはどうするの?」


 「俺は一応ユニーク等級持ちの門番のステータス弄ってからログハウスに戻ろうかな」


 「了解したわ。それじゃあまたあとでね」


 さくらと別れた俺は門番のステータスを適当に弄った。「み、み、漲ってキターーー!」と言っていたが大丈夫だろうか……


 ログハウスに戻るとさくらは部屋にいるようだった。やることがないのでしばらくぼーっとしていると、スマホがポニョンと鳴った。画面を見ると悠里、香織、杏奈の無事を知らせるメッセージだった。


ユーリ:連絡できなくてごめんね。今九州にいるんだけど、この間の台風で山奥の集落が孤立しちゃって、さっきやっと通れるようになったんだよ。


ゆんゆん:台風かー、日本海側に向かって行ったんだっけ。何にせよ無事でよかった。二人も元気?


ユーリ:杏奈なら隣で寝てるよ。


ゆんゆん:ガタッ


ゆんゆん:いや、なんでもない。続けて。


ユーリ:香織も隣で寝てるよ?


ゆんゆん:ガタッ


ユーリ:(笑) みんな無事だし集落でも休暇みたいなものだったからみんな元気だよ。ただ山が崩れて風も強かったから送電線が切れたり基地局の鉄塔も倒れたみたいでね……


ゆんゆん:そうだったのか…。それでその間ダンジョンには入ってないのか?


ユーリ:うん。ダンジョンは山間部にあって、台風の影響で近寄れない状態だったんだよ。それで今別のダンジョンに車で向かってるところだから、もうちょっとしたらそっち戻るねー。


ゆんゆん:わかった。待ってるぞー。


 雑貨屋の三人が無事だったので一安心。それで思い出したんだ。SATOに肉届けに行ってないな、と。炊き出しとか困ってる人がいたら譲ってくれるように頼んでおいた肉もあるだろうから、おそらく問題はないだろうとは思う。とは言え俺はダンジョンジビエハンター悠人なのだ。ちょくちょく顔を出してないと、忘れられる事は……たぶんないだろうが、ダンジョンでのたれ死んでるんじゃないか、なんて思われてもな。



カランカラ〜ン


 「こんにちはー。御影でーす」


 ということでSATOへやってきた俺。髪を纏めた山里さんがおしゃれなレストランによくいるようなフロア担当の女性服を着ていて、思わず目を奪われる。


 「あっ! 御影さん!」


 「おぉ……イイですね。あ、山里さんこんにちは。佐藤さんは……?」


 「店長ならもうすぐ戻ると思います」


 「そうですか。ところで、まだ開店まで時間あったと思うんですけど」


 「調理を教えてもらってるんですよ。今度御影さんが家に来た時は美味しいのをご馳走しますね」


 「またお邪魔してもいいんですか?」


 「ガイアも私もお世話になりましたし、それくらいはさせてください」


 なんだかモジモジとしているような気がするが、それより顔が赤いな。具合悪かったりするんだろうか。あまり無理はしないでほしいな、ガイアもいるんだし。でもまぁせっかくの誘いだし、機会があればまたお邪魔させてもらおう。


 「じゃあその時はお言葉に甘えさせてもらいます」


 「はい!」


 少し経つと佐藤さんが戻ってきたので必要な量を聞いてそれを冷蔵庫と冷凍庫に詰め込んでいく。その間、佐藤さんと山里さんは調理を始めていた。


 「佐藤さん、終わりましたよ。結構減ってましたね。すみません、しばらく来れなくて」


 「いやいや、寄付用を預けておいてくれたおかげで問題なかったからね。多すぎるくらい置いていってくれたのは、こういう時のためでもあったんだろう?」


 「えぇ、まぁ」とか言って、実際そこまでは考えてなかったんだけどな。


 「ところで、そんなに忙しかったのかい?」


 「そうなんですよ。俺はのんびり暮らしたい、むしろだらだら過ごしたいだけなんですけどね。ダンジョンがなかなかそれを許してくれなくて。あと総理も」


 「あ〜。大泉さんに捕まってたのか。それはなんというか、大変だっただろう」


 「はい。でも貴重な経験はできたので、ありがたかったですけどね」


 そうかそうか、と佐藤さんは相槌を打つ。


 「若い時は何事も経験しておいて損はないからね。ところで昼はまだだろう? 食べていくかい?」


 「いいんですか?」


 「うさぎ肉ひとつでどうかな?」


 ふむ。俺のポッケの兎肉一羽分と交換で料理が食べられるのか。それはありだな。


 「ぜひお願いします。……あ、できれば持ち帰りとかできます?」


 「持ち帰り? 何人分かな?」


 「四人分ほど……」


 「う〜ん」


 さすがに兎肉四羽分のつもりだが、少し反応が渋い。そりゃそうか、冷凍庫も冷蔵庫もいっぱいの状態になっている現状、相対的に価値は低い。ならばよろしい、俺の本気を見せてやる。


 「ワイバーンステーキを冷蔵庫に入れておきま——」

 「乗った。よし山里さん、私たちの分も合わせて8皿だよ! 練習にも良いだろうし手伝ってくれ」


 「はい!」


 言い切る前に即答だった。まさかそれを狙って……? だとしても俺にとっても良い取引だし文句無いな。


 佐藤さんとフロア担当であり見習いでもある山里さんが頑張っている姿を後から来た奥様と一緒に眺める。「やっぱりあの子、筋がいいわ」などと言っていたので、調理の練習を薦めたのは奥様かもしれない。

 完成した料理を自前のミスリル皿に盛り付けてもらいそれを持ち帰り用として小型化し箱に入れ、さらに保存袋に入れた。傾けないようにして持ち帰らなければ。いや、袋の中身なら傾いても大丈夫か。気をつけなければならないのは取り出す時だな。

 一方俺、佐藤さん夫妻、山里さんは店内で食べる。久しぶりに食べたSATOのジビエ料理がおいしかったので、ごはんをおかわりした。


 ログハウスに戻るとさくらがリビングのソファーに横になってぐったりしていて、小型犬ほどに小型化したチビがさくらに抱っこされていた。こちらに向けて前足を招くようにチョイチョイと動かしているのを見るに、ちょっと困っているようだ。


 「ただいまー。どしたのさくら?」


 「おかえり〜。説明するのに疲れただけよぉ〜……」


 まーね、三年後に〜なんて話をしてもすぐには受け入れられないよな。


 「おつかれさま。そんなさくらにお土産があります。SATOの料理です!」


 「あらあら、うれしいわね〜。ちょうどお腹減ってたのよ。一緒に食べましょ!」


 「俺は向こうで食べてきたんで大丈夫です」


 「……お姉さん、寂しいわ〜」


 「……よし、チビ、肉を焼いてやろう。さくらお姉さんと一緒に食べなさい」


 「わふ!」


 ちょうどその時雑貨屋の三人が転移してきた。そして「おかえりみんな」を言い終わる前に香織がタックルしてきたが、ソファーのあるここで振り回すわけにもいかずモロに鳩尾で受けとめた。


 「お、おかえりぃ……」


 「「「ただいま〜!」」」


 三人にもSATOの料理を出してやると目を輝かせて喜んでいた。細心の注意を払って運んできた甲斐があったぜ。

 保存袋から取り出した料理は冷めておらずほぼ作りたての状態だ。店でしか食べられないものをダンジョンの中で食べられるとは、本当に自分の能力とエアリスが便利でよかったなぁ。マジ使える。


ーー ッ!! ご主人様から物扱いされたような感覚が……少しゾクゾクしました ーー


 エアリスが何かに目覚めてしまっていないかちょっと心配。

 それからみんなで昼食を食べながら連絡の取れなかった期間の話をした。俺はお茶を飲みながらだ。香織は「おじいちゃんがすみません」と謝っていたが、俺としては貴重な体験をすることができたからむしろお礼を言っておいた。

 そもそも俺のちょっとしたいたずら心から生まれた存在がペルソナで、そんなものに対して、おそらく偽の戸籍を用意してまで探検免許を発行してくれた。いつも忙しいのは嫌だが、恩もあるわけで……少しくらいなら問題ない。それを利用しようという思惑があったとしてもこれはこれで俺としてはWin-Winなのだ。


 そして話は22層、というかその三年後の23層へと移る。明日の正午に拠点に対し襲撃があるという話だ。

 さくらが軍曹に三年後の話をしているので期待通りなら自衛隊が待機しているはず。それによりある程度の戦力は確保できるだろう。昼食後、それを確認に23層へ向かうことにした。

 雑貨屋の三人も参加すると言ってくれたが、23層に入れるのは俺とさくら、そして随伴者が一人ずつであることがわかった。“人界乃超越者”とまではいかなくとも必要な支配者権限を手に入れておけば……と言う三人娘だったが、そんな時間はなかったのも事実だし今更言っても仕方ない。それにもしかしたら最後は自分の分身みたいなやつが相手かもしれないからな。あれは正直危険だと思う。ということで俺とチビは確定、さくらの随伴者は誰にするかという話し合いが行われた。


 「はいはーい! あたし行きたいっす!」


 「私も行きたいなぁ。22層開放の時は行ってないし」


 「香織も行きたいです!」


 久しぶりに帰ってきた三人は互いに譲る気がないように見える。どうしたものか。


 「どうしましょうね」


 「さくらが選ぶといいんじゃない? さくらの随伴者ってことになるんだし」


 「悠人君が選んでくれてもいいのよ?」


 「いやいや、さくらが」


 「いえいえ、悠人君が」


 誰かを選んで他から恨まれるのは勘弁だ。そんな俺たち特務な二人はお互いに遠慮する。そんなやりとりを繰り返しているうちに、雑貨屋の三人が提案する。


 「「「デモハイで!」」」


 「えぇ〜……デモハイでどうやって決めるのさ」


 「逃げ切ったら勝ちかな?」と悠里が言うと、

 「獲得ポイントが高かった人が勝ち!」と杏奈が言い、

 「全員捧げたら勝ちです!」と香織が言った。


 「基準がバラバラ!」とツッコまざるを得ない。


 判定基準の不備を指摘した俺は無視され、デモハイログハウス杯・23層防衛参加権獲得選手権が開催される。それには当然のごとく俺、エアリスも参加だ。しかし今回はさくらの部屋で香織がやり、俺の部屋にはさくらが来ていた。さくらは行く事が決定しているし、選抜に参加する必要はないからな。とはいえさくらが俺の部屋に来ているというのはなかなか新鮮だ。


 「ふ〜ん。香織はいつも悠人君とここでイロイロとシてたわけね?」


 「言い方がアレ」


 「私もときどきこっちで悠人君としようかしら」


 依然として言い方がなんというか……アレなんだが、まぁたしかにそういうのもありかなと思ったりする。


 「メンバーを変えてできるからそれもいいかもねー」


 「うふふ〜」


 と、まぁ気楽な感じで始まったのだが……


〜〜 五時間後 〜〜


 「ねぇさくら、全然決まる気配がないんだけど」


 「そうね〜。どうしようかしら?」


 「もうさくらが一番頑張ってたと思う人とかで良いんじゃないの?」


 「みんながんばってるわよ〜?」


 「とりあえずそろそろ夕飯の時間だと思うんだ。だから話し合いで——」


 「じゃあ食べたら再開ね」


 「そうなるよね」


 意外にも乗り気になっているさくら。23層に行くためのメンバーを決めてる事、忘れてないよね?

 みんなに声をかけて夕食にする。悠里が無言で作り、みんなで無言で食べる。


 「そ、それで、決まりそう?」


 「まだかな」と悠里が言い、

 「まだまだっすね〜」と杏奈が続け、

 「まだいけます!」と言う香織。それはもう目的を忘れているのではないだろうか。


 ほどほどにとだけ伝え、できるだけ早く平和的に決まることを祈るしかない。

 結局夕食後もデモハイを続け、いつまで経っても決まる気配もないまま俺は寝落ちた。


 翌朝、少しの息苦しさを覚えて目を覚ました。というか何かに押し付けられているようで目が開かない。


 (……目が開かないんだけど)


ーー はい。埋められていますからね、胸に ーー


 (ほほぉ、胸か。うーん、これは香織ちゃん……? それにしてはちょっと控えめなような)


 解放されようと少し動いてみるも全く抜け出せない。絶妙な力加減で動けないようにするとは……この犯人、やりおる。柔道の寝技でもされているかのようなこの不自由感。


 「あら、おはよう? 悠人君?」


 「え? さくら?」


 「そうよ〜? 香織がいつもしてるんでしょう?」


 「いや、起こしてくれてたけどしてないよ」


 嘘は言っていないよ。いつもはしてないし。


 「そんなとこで喋らないで? くすぐったいわよ?」


 「じゃあとりあえず解放を所望するー」


 「仕方ないわね〜。でもたまにはいいものね、こういうのも。うふふ〜」


 「……俺は何事かと思ってびびるからできれば穏やかに目覚めたいんだけども」


 「それで? どうだったかしら?」


 「そりゃもう天国だったけど」


 「なら良かったわ〜」


 「それで、決まったの?」


 「どうなのかしら。三人で話し合ってるんじゃないかしら?」


 「今……もう九時じゃん。昨日風呂入らないで寝ちゃったしちょっと入ってくるよ」


 朝から露天風呂、気分はVIPだ。のんびり浸かっていると小型犬サイズになったチビが転移してきた。無駄遣いだなぁと思いつつ「お前も入るか?」と聞くとそのままダイブしてきて、俺の肩に顎を乗せたまま犬かきしている。なんだこのかわいい生き物は。


 そのまま浸かっていると今度は杏奈が転移してきた。っていうか転移の使い方、さくらといい杏奈といい、思春期の男の子がやりそうな使い方だな。


 「お兄さん、湯加減いかがっすか〜?」


 「そりゃあ良いに決まってるじゃ〜ん」


 「じゃああたしも失礼しま〜す」


 「ここの女子はなぜナチュラルに入ってくるのか」


 「まあまあいいじゃないですかー。お兄さんだってうれしいでしょー? どうっすか? 美少女とお風呂っすよ?」


 美少女というところにツッコミを入れるのはなんだか失礼な気がする。嬉しくないというのも失礼な気がする。かといって嬉しいと言ってしまうのも……この際素直に言った方が良いのか? いやしかし……


 悩む俺の顔を覗き込むようにする杏奈が「複雑な男心とかそんなんですかねー?」と言ってくる。杏奈がナチュラルに入ってきた時に、俺もナチュラルに背を向けるようにしたので背中に触れる感触の正体は見えていないが、転移してきた瞬間を見てしまっているため何も巻いてない事だけは知っている。

 こういう状況が重なると、エアリスが俺の睡眠中に行っているメンテナンス、人間の本能のひとつを抑制する賢者製造プログラムは大変ありがたやーなものなのでは、といつも以上に思う。

 だって明らかに杏奈が過剰な悪ふざけをしているこの状況にあっても、冷静に答えられちゃうもんね。


 「まぁそんな感じ。それで、誰が行くか決まったの?」


 「まだっすよ?」


 「え? もう時間ないよ?」


 「ですね〜。なので、お兄さんを籠絡してしまえばいいかなって」


 一度は離れていたが、お湯に浸かりながらじりじりと距離を詰めてくる杏奈。その杏奈との距離を縮めないようにすすすっと移動する俺。その俺の肩には顎乗せ犬かきのチビ。その攻防を繰り返すこと数分……隅に追い詰められたところへ杏奈が飛びかかる。


 「ここなら逃げられないっすね! てい!」


 「くっ……」


 「お兄さ〜ん、お願いしますよ〜。連れてってくれなくてもいいんで、ちょっとここで……いろいろしないっすか?」


 「連れてかなくてもいいのかよ! ってかちょっと待ちたまえよ?」


 「待ちたくないですね〜」


 バシャバシャと水しぶきを上げながら、そして時々控えめな色っぽい声を聞きながら攻防を続けていると鶴の一声とばかりにエアリスが言う。


ーー 杏奈様を連れていくことにしましょう ーー


 (なんで?)


ーー 杏奈様が以前こうなった時のことを覚えていますか? ーー


 (こっちで会ってすぐの頃な)


ーー はい。あの時、殴ってスッキリしていませんでしたか? ーー


 (……してたと思う。まさかそういうこと?)


ーー 確証はありませんが、その可能性はあるかと ーー


 いくらエアリスのおかげで落ち着いていられるとは言っても、襲いかかってくる杏奈の艶のある声を聞いていると不動の心だってぐらつくわけで。こんな状態になった杏奈は、おそらく暴れれば解消するかもしれないらしいし、それを採用することにする、大至急で。


 (よぉし! おっけぇそうしよう! っていつの間にかいけないところ掴まれてるし!)


 もげるもげる、とは言うまい。ここはひとつ『ふっ、問題ない』くらいな感じで……


 「わ、わかったから連れてくから手を離して……もげちゃう」


 まぁ無理だった。わかっていた。男はここを掴まれた瞬間世界最弱になるのだから。


 「ほんとですか? じゃあお礼にこのまま……」


 「『言うこと聞きんしゃい』」


 「ッ!!! ハ、ハイ……」


 さすがに少し調子に乗りすぎ、というか時間がないので【真言】で黙らせる。これ、悪い使い方をしたらほんとうに“なんでも”言うことを聞かせられちゃいそうだな。


 「まったく。あんまり揶揄いすぎるのはだめだぞ」


 「揶揄ってるわけじゃないんすけど……ちょっと調子に乗りすぎました」


 「よし、じゃあ先に上がって話してくるから」


 転移で脱衣所へ。さっと拭いてさっと服を着てリビングへ向かう。杏奈はもしかするとストレスというか何かそういうものが溜まっているんだろうから、殴って発散してもらおうということになった。


 悠人のいなくなった露天風呂では「お兄さんのって意外と……って言っても他のを知らないけど。……それにしてもあれがお兄さんの能力か〜。なんかゾクゾクしちゃった」という杏奈の独り言をチビだけが聞いていた。


 リビングに行くと杏奈以外が揃っていたので杏奈を連れて行こうという話をする。悠里と香織は残念そうな顔をしながら「枕営業されたの?」などと言ってきたが、そうならないためにだという説明を真顔ですると納得してもらえた。

 他の場所でもいいんじゃないかとは思うが、あの時は仕方なかったのだ。それにその拍子に腕輪に触れた時に、エアリスが杏奈の能力が進化していることに気がついている。


 以前の杏奈の能力では不安だったが、ユニークに進化したならきっと格段に強くなっているはずだ。実際に周辺を把握できる範囲も数倍になっているようだし、それを利用した攻撃方法も修得しているようだ。実地試験の見届け人として各地を回ってたことが杏奈にとっては能力が成長するきっかけになったのかもしれない。

 ユニークに進化したというのもエアリスにとっては嬉しい情報だったようで、うまくすればユニークを人工的に量産できるのでは……と楽しそうにしている。


 「そういうわけでさ、これがその時エアリスが見てしれっと調整したやつね」

 杏奈よりも先に他のみんなが見るが、ここではそれもおかしいことではない。個人情報の一種と言えるが、命を預け合う関係でもあるため、お互いの能力はできるだけ把握しておく事の方が大事だからだ。秘密にしたくなればそれに従うが、今のところむしろログハウス内では公開し合うのが当たり前になっている。



坂口杏奈(サカグチアンナ)


STR 85

DEX 95

AGI 80

INT 54

MND 61

VIT 77

LUC 14


能力:領域支配 (ユニーク)

派生:エアガイツ

支配したものを利用した攻撃が可能。



 悠里が「チートな気がするね」と言うとさくらが「超能力なのかしら?」と言ってこちらを見る。たしかに念動力かと思うような説明文だ。その説明文はエアリスが考えているため、それらしい説明にしているのだろう。実際は、もしかすると物を動かすだけの念動力とは比べ物にならない効果を発揮する能力だったりするのだが。


 「香織ももっとがんばらないと」


 そう言った香織は、小さく両掌を握りふんすっ! としていた。ちょっとかわいいなと思ってしまった。


 それはそうと、杏奈の能力はエアリスによると使いこなせばヤバいとのこと。


 「なにがやばいんすかー?」


 「あぁこれ、杏奈ちゃんのステータスと能力ね」


 「ふむふむ。あ〜、あれってもしかしてこの派生のことなのかな」


 「あれ? どんな?」


 「空気を叩いて撃ち出せるみたいなやつっす。結構使えるんすよー」


 悠里と香織の二人も「あ〜、あれね〜」などと言っているので見たことがあるようだ。どんな感じだろう。空気砲みたいなものだろうか?

 話を聞いていると結構強そうだなという印象を受けた。だってそれって、“空気の塊が落ちてくる”みたいなものなんだろうし。たしかに使いこなせれば……圧殺とかできそう。

 そうして潰される動物タイプのモンスターを思い浮かべ、顔を顰めた。


ーー ご主人様? ーー


 (なんだね?)


ーー せっかくの誘いでしたし、一発やっとくのも手だったのでは? ーー


 少しだけもったいないことをしたかもしれないと思ってしまうのは男女問わず仕方ないことなのではと思う。だがそうしてしまうのはこの場合は良くないと思ったんだ。だってほら、ラノベで良くあるだろ、パーティメンバーの中で関係を結んでしまった男女が疎まれる、もしくはその逆のやつな。だからちゃんとしなければ、と思うのだ。まぁそれでも気持ちは揺れに揺れるがな。震度8くらいだったかな。

 それにエアリスが言っているのはもっと事務的な意味というか、そういう気がする。たぶん生で見たいだけとかそんなだろ。


ーー よくおわかりですね! 参考になるかと思ったのですが! ーー


 (そもそもそんなことしてる暇なーいの! もうあんまり時間ないよ?)


ーー 仕方ないですね。またの機会を待つことにします ーー


 俺、チビ、さくら、杏奈は23層を襲撃してくるらしい敵と戦うための準備をして23層へと向かった。

 一方、悠里と香織は夕食を作りながらログハウスで待機だ。



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