第69話 最上の調味料
九月十七日
目を覚ましスマホをチェックする。しかし雑貨屋連合の面々からは返信がなく、既読すらついていなかった。何かあったのではないかと思いリビングにいたさくらに転移で向こうに行けるか試してみると伝えにいったのだが……
「おはよう」
「おはよう悠人君。返信あった?」
「ないんだよねー。既読もついてないし。何かあったのかな」
「心配ね。既読がつかないってことはずっとダンジョンにいるのかしらね?」
「かも。エアリス、転移できそう?」
ーー ダンジョンにはいないようなので不可能です ーー
「えー……一体どこにいるんだろう」
「地上で電波が届かないところにいるのかしらね?」
「例えば?」
「ん〜。海の上か山の中かしら」
「うーん。どこに行くのか、修学旅行の旅のしおりみたいなものでもあればよかったんだけどなぁ」
「そうねぇ。でもあの三人ならきっと大丈夫よ」
「……でも心配だなぁ」
その時さくらのスマホから着信を知らせる音が鳴った。それに出たさくらは怪訝な表情になり紙に何かをメモしていた。通話を切るとそれについて話し出した。
「悠人君、またアナウンスがあったらしいわ」
「アナウンス? まさか22層?」
「そうよ。今度は『百人で力を合わせて切り拓いてね。近い未来、そこは戦場になるよ。でも救世主が現れるよ。希望を捨ててはいけないよ』だそうよ」
「……神託のつもりか?」
「どうかしらね。でもその百人を外に出す気はないみたいね。それに戦場になるっていうのが本当なら、敵は何かしら?」
「普通に考えればモンスターだけど……まさか人じゃないよな。それに救世主か……」
脳裏に浮かぶ『超越者は時を超え、最果てを救ってね』という言葉。それは百人が隔離された後に22層へ行った際聞こえてきた声が言っていた言葉だ。
「悠人君、三人の事も心配だけど、22層に行ってみない?」
「そうだね。そうしよう。チビも連れて行って大丈夫かな。素顔の時に連れてるとこ見られてるんだけど」
ーー ではチビの毛の色を変えましょう ーー
「できるの? ってかそれでもバレそうだけど」
ーー 問題ありません。兄弟とでも言っておけば良いのです ーー
「そうかなぁ。まぁいいか」
エアリスの指示通りチビの首輪に触れると、銀色だったチビがたちまち金色に変化する。相変わらずの超技術。この技術を持ってすれば髪の毛のカラーリング専門店を開けるのではないだろうか。たぶん需要はかなりある。ついでにと自分の仮面をつけている時の自分の髪色も変えれるかと聞くと、長さも変えられるというので思い切って長くすることにした。
「お、おぉ〜。すごい。背中まで伸びた、それにグラデーションだ」
「すごいわね〜。根元は黒でそこから紫になって金色になるのね。……なかなか個性的な配色ね」
「そうだね。ちょっと変かもしれないな」
ーー いいえ、そんなことはありません。イチオシですので! ーー
「あー、そうなの。じゃあもうこれでいいや」
エアリスのイチオシはエアリスの趣味という意味なのでどう見られるかは保証されないが、とりあえず変装としては完璧だろう。だって普通の格好に戻ったら耳が出る程度の長さに戻って色も黒になるのだ。別人にしか見えないはずだ。
換装したペルソナの姿のまま、さくら、チビと共に21層の泉へ向かい、そこから22層へ入ろうと石碑に触れる。すると何かが流れ込んできた感覚と共に、階層を選べることがわかる。22層の他に23層が増えていたのだ。
「23層にも行けるみたい。どうしよう」
「それじゃあ23層に行ってみましょう」
「おっけー。じゃあ23層オープン」
23層へ行く意思を示すとゲートが開く。ゲートとは言ってもよくある黒い渦や見るからに禍々しい穴が見えるわけではなく、空間が蜃気楼のように歪むのだ。そこへ入ると23層へと入ることができた。
中はどうなっているかというと、地形は22層と変わらない。幅4、5メートル程度の川が流れその遥か向こうには雪を纏った高い山……しかし視線を戻すと、川の手前には建物が所狭しと並び立つ一角があった。それは22層で拠点を建設していた位置と重なる。
「ここは22層と同じに思えるのだけれど‥‥」
「うん、でもあの建物群って、拠点が完成してる? ……ゲートが不具合で22層でこの短期間で拠点が完成?」
「混乱してるのね? 私も同じだから安心してちょうだい。とにかく、行ってみましょう」
言葉とは裏腹に安心できない俺たちは壁に囲まれた中に門のようなものがある場所へと向かう。だんだんと近付くと、門番のような雰囲気を持つ短髪で革で出来たような胸当てをつけ、世紀末と物語の世界を融合したような格好の細マッチョがこちらに気付く。しかし門は開かずその細マッチョが話しかけてきた。
「俺はここの門番だ! お前たちは何者だ!」
「自衛隊特務隊隊長、西野さくらよ。こちらは特務・ペルソナよ。門を開けてもらえるかしら?」
「と、特務!? では増援ということか! 門を開けー!」
よくわからないが開けてくれるらしい。さくらが初めて聞いた役職を言っていたけどなんだろう?
「ねえさくら、特務隊隊長なの?」
「言ってなかったけど、そういうことになってるのよ」
「じゃあ俺はさくらの部下なんだね」
「一応ね。でも私の隊長としての仕事は、隊員に連絡をすることくらいしかないのよね。特務の時点で命令はされないから」
「へ〜。じゃあ俺の、というかペルソナの他にも隊員いるの?」
「いないわよ? 悠人君がペルソナとして活動するために作られた隊みたいなものだもの」
「え。マジ? ってか俺自衛官? 試験も受けてないのに?」
「ほんとうよ。でもペルソナは自衛官ではないの。私は自衛隊に所属する“特務のまとめ役”というだけで、隊員は“ただの特務”だから立場がはっきりしてはいないのだけど、今のところ詳しい事を知っている人は少ないはずだわ」
「知ってる人が少ないはずなのにここでは知られてる……?」
疑問を口にするとさくらもそれに同意する。
「……たしかに変ね。あら、門が開くわね。悠人君、ペルソナのキャラに戻さないと」
「あ、そっか。ゴホン。そうだな」
「うふふ。じゃあ行きましょう、ペルソナ」
「わかった。行こう」
幅5メートルほどの門を潜ると、中はひとつの町のように見えた。飲み屋があって住宅があってコンビニみたいなのもあり、そして壁の上には備え付けの機関銃や迫撃砲があって……あれれ? おかしいな。普通の町に迫撃砲なんかあるはずないじゃん。
「おかしいな」
「おかしいわね」
俺とさくらが違和感を感じたのも仕方ないだろう。拠点が成長しているのだ。それも迫撃砲などの武器も完備された状態に。
「何がおかしいんですか?」
うーん、と唸る俺たちに話しかけてくる男がいた。どうやら“門番”らしい。門番というのもそれはそれでおかしいものな気がするが。
「わっ! びっくりしたわぁ〜」
気付いていなかったさくらは驚いて小さく飛び上がる。集中してるときに急に話しかけられるとビクっとなるやつの大きい版だな。
俺も似たような感じになりそうだったがなんとか踏みとどまって落ち着き払って門番に質問する。
「……ここは完成したのか?」
「あっはい。だいぶ時間はかかりましたけどね」
「……? ほんの数日で、か?」
「数日でなんて無理に決まってるじゃないですか。やだなぁ、特務の方は冗談がお好きらしい」
「ふむ……ところで今日でどのくらい経った?」
「俺たちがここに閉じ込められてからですか?」
「そうだ」
「えっとたしか……三年と四日ですね。四日前に彼女が出来たんではっきり覚えてるんですよ。三周年記念の祭りの時だったんですけどね、偶然綿飴を咥えた彼女と通りの角でぶつかっちゃって、それで……運命感じちゃったっていうんですかね……へへっ」
そこまで聞いてはいないのだが、なんて野暮な事は言うまい。本人、嬉しそうだしな、言いたくもなるんだろう。
「そ、そうか。その運命を大事にするといい」
「ありがとうございます! じゃあ俺はこれで! 門番の仕事があるんで!」
惚気話をして満足した門番は門の方へと走っていった。彼女が出来たばかりだからな、元気いっぱいだな。
ってそうじゃない。三年!? どういうことだ? まさか……
ーー マスター、仮説ですが、よろしいでしょうか? ーー
「うん」
ーー おそらくマスターも同じことを考えているのではないでしょうか。ここは、22層の未来だと ーー
「うん」
ーー 察するに、“時を超え最果てを救え”というのは、人界乃超越者に対する挑戦のようなものかと ーー
「それでここに閉じ込められた百人は、人類代表とか?」
ーー はい。そしてこの状況はその百人と超越者に課せられた試練のようなものかと ーー
なるほどな。もしも世界が百人の村だったらどうするかっていう話があった気がする。ここでは実際にその状況にされているってことだろうか。でも同じなのは人数だけで、人種が違うわけでも年齢層が全て網羅されているわけでもない。となると何か目的があって、その目的のために集められたようなものだろうか。
「それでここに兵器があって壁で囲われているのは、“敵”が攻めてきているってことだよな。もしくは戦場になるっていう言葉に従って未だ見ぬ敵に対しての備えか」
隣で難しい顔をしているさくらも同じ考えのようだ。
「……ということは、石碑から22層へ行けば」
ーー おそらく“現在”に繋がっているかと ーー
「じゃあさっきの門番にもっと話を聞いてきた方がいいか」
「そうね。それにしても閉じ込められた百人以外はどこにいるのかしら」
「あ〜。そっちに聞いた方がいいかな。三年後の軍曹とかいないかな」
「いてくれると話が早いのだけど」
隔離者以外の人間を探すため索敵で生命反応を探す。しかし、エアリスによるとここにある生命反応は俺たちを除きちょうど百だった。仕方なくまだ閉じられていない門の外に戻り門番に話しかける。
「どうしました?」
「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、今いいかしら?」
さくらが美人だからだろうか? 門番がなんだか嬉しそう。
「あっはい。なんでも聞いてください」
「ここに自衛隊はいないのかしら?」
「今は物資の補給に戻ってますよ。あと数日は襲撃もないはずなので」
「襲撃? そのための壁と砲なのね、やっぱり」
「……本当に特務の人なんですよね?」
さすがに知らなすぎて疑われているみたいだ。まぁ仕方ないだろう、いきなり三年後とかその間の出来事なんて知るはずないし。とにかく誤魔化さなければならない。
「……そうだ。我々はしばらく離れていたからな。ここの状況を知らないんだ。よかったら教えてくれないか?」
怪しまれて拗れるのもめんどうだとフォローしてみるとうまくいった。正直特務とはどんな存在でどんな印象を持たれているのかわからないが、相手もよくわかっていないかもしれない。
「あ〜、そうなんですか。よく知らないですけど特務って大変そうですね、わかりました。襲撃っていうのはここに閉じ込められてから一年くらい経った頃から二ヶ月に一度くらいの頻度で起きるんです。襲ってくるのは、人の形をした黒い何かです。武器を持ってるやつもいて、強さもばらばらですね。その数が数え切れないほどなんですが、ほとんどはある程度近寄らない限りノロノロと歩いてくるだけなので現代兵器で武装しておけば大丈夫なんですよ。前回は55日前、もうそろそろ次の襲撃が来る予定で、そのために自衛隊は物資の調達に戻ってるんです」
「そうか。感謝する」
門番に襲撃についての話を聞き、自衛隊が今この場にいない理由も教えてもらった俺たちは、今はできることはないと判断し22層へと向かった。
22層に入ると、前回よりも少しだけ建設が進んだ拠点がそこにあった。あと三年経つとこの拠点は完成するのかと思い、人間ってすごいなぁと思った。
未完成の拠点を歩いていると見知った顔があった。伊集院だ。今日も飽きずにナンパしてビンタされている。探検者になるような女性は気が強いタイプが多いのだろうか。それとも伊集院がビンタされたそうな顔だからだろうか。俺にはよくわからないが、ナンパする気もないので問題ないな。
「それにしても、ここにいる人たちって自分のスキルが分かってなかったりするのかな?」
「だいたいこんなことができるとかを分かってる人はいても、名称や細部まで知ってる人はいないんじゃないかしら? そういうのを知る能力でもない限り」
「知っておいた方が襲撃の備えになるかな」
「そうでしょうね〜」
「じゃあこれから百人全員みてみよう。大丈夫かな?」
「わかったわ。あっちに軍曹がいたから頼んでくるわね」
そう言って去ったさくらは、数分後軍曹を伴って戻ってきた。軍曹に案内されとある住居の一室に入ると、そこにはテーブルと椅子が置いてあり、その奥の椅子に俺が座る。そのまましばらくすると隔離された百人を一人ずつ部屋に招いた。俺は一人一人の腕輪に触れエアリスが能力とステータスを読み、それを紙に書き出して渡す。同時にエアリスがスマホにそのデータを保存している。
百人分が終わると、『ぐ〜』という音が鳴った。さくらがちょっと恥ずかしそうにしていたが、気にしない。むしろその後の仕草がちょっとかわいいと思ってしまった。その音を皮切りに俺も腹が鳴り、チビからも聞こえてきた。そういえば俺たち、朝から何も食べていないんだった。
食堂みたいなものはないのかと軍曹に聞いてみたが、提供される時間が決まっているためまだ食べることはできないらしい。ということで俺たちはログハウスへと戻ることにした。
「『換装』……ふぅ〜。やっぱちょっとペルソナは肩が凝る気がするなー」
「あらあら、それは大変ね〜? お姉さんが肩を揉んであげようかしら?」
ソファーに座っている俺の肩を揉み始めるさくら。実際に凝ってるわけじゃないんだけどなーと思いつつ、頭の上に乗るやわらかな感触がそれを言わせまいとしてくる。
それが急になくなり、さくらを見上げるようにすると、にやにやしていた。わかっててやっていやがりましたね、まったくぅ。ありがとうございますぅ!
「さあて、今日はカレーが食べたい気分だわ!」
「おっ! さくらのカレー久しぶり〜。楽しみだなー」
「くぅ〜ん」
「あぁ、チビはカレー苦手だっけ。モンスターとは言え狼だもんな。カレーはちょっと味が濃いのかな。じゃあチビには肉を焼いてやろう。あとカリカリフードでよろしいか?」
「わふわふ!」
「じゃあ腹も減ってるだろうしすぐ焼くからちょっと待っててな」
カレーを作るさくらと並んで肉を焼く俺。ちらりと横を見るとさくらもちょうどこちらをちらりと見たところだったようで目が合った。
「うふふ〜。なんだか夫婦みたいね?」
「え? あ〜、そうだね。なんだか照れ臭くなるなぁ」
「香織がいるから、私は“二番さん”かしら?」
「え? いやいや、一番も二番もないでしょー」
「それって、全員まとめてってこと? きゃー! 男らしいわね〜」
「そういう意味じゃなくてね!? そもそも香織ちゃんとはそういうんじゃないし……」
「あらあらそうなの? うふふ〜」
ログハウスにいる女性陣、まぁ俺とチビ以外なのだが、どうしてこう、そういう話に持って行きたがるのだろうか。いちいちからかわれる俺の身にもなってほしい。それに今焼いてる肉のことも考えて欲しい。動揺してる間にちょっと焦げちゃったじゃないか。ごめんなチビ。ちょっとのコゲなんて気にしない、そんな強い狼に成長してほしい。
一足早くチビにいつものカリカリフード&肉を出してやると、腹ぺこだろうに律儀におすわりして俺の許可を待っている。う〜ん、かわいいなぁ。もうほんと、『犬』でペット登録しようかな。
「食べていいぞチビ〜。いっぱい食えよ〜」
「がふっがふっ」
「いつ見てもいい食べっぷりよね〜」
「そうだねー。さて、二枚目焼かないとな」
チビがガツガツと食べている間に二枚目を焼いて食べやすい大きさに切ったものを出してやると、またガツガツと食べ始める。普通、犬には少し冷ましてから与えるものだが、チビはモンスターだからなのか焼きたてでも全く問題ないようだ。これは炎耐性、もしくは熱耐性が高いんだろうな、などと久しぶりにゲーム感覚でチビががっつくのを眺めていた。
ソファーに体を埋めつつ雑貨屋連合の三人からの連絡がないなと思っていると、キッチンから「できたわよ〜」という声がしたので早めの夕食タイムだ。
「もうお腹ぺこぺこだったから、じっくりコトコトは出来なかったけどそこそこ美味しいと思うわよ?」
「さくらのカレーはどうやっても美味しいと思うよ。んじゃいただきまーす」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。いただきます」
食べてみるとじっくり煮込まれていないはずなのに煮込まれたようなカレーだった。じゃがいもはホクホクでにんじんはじわりと甘みを感じる。全体に玉ねぎの甘味が溶け込んでいて、カレールーを入れなくてもコンソメでも入れればおいしいスープとしてもいけるのでは? と思う。
結果、とても美味しいカレーだった。“空腹は最上の調味料”という言葉がある通り、たたでさえ美味しいさくらのカレーが神の皿と言えるものになったのだ。こんなカレーを食べてしまっては他のカレーは食べられなくなってしまうかもしれないな。
その日、結局日が変わっても雑貨屋連合の三人からの連絡はなくいつの間にか眠ってしまった。
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