第67話 ペルソナさんのお仕事2


 開け放たれた扉の向こうから、無数の視線が集中する。その視線を集めているのは総理大臣の大泉さん、さくら、そして俺である。特に俺は仮面を着けているため、いかにも怪しいという自覚がある。なんとも居た堪れない気分だ。しかしそうも言ってはいられない。一応総理の護衛なわけだし、それなりに堂々としていないとな。


 しかしどうしてこんなことになってしまったのか。初めは会いたくないやつに正体を隠すためにやっただけだったのになぁ。それがあっという間に世界の偉い人たちとその護衛である精鋭たちが集う場へ来ている。面倒事に巻き込まれるというか自分から突っ込んで行ってる気がしなくもないが……はやくなんとかしないと…。



 総理は自分の名札のある席へと歩を進めて座る。俺とさくらはそれに追従し、背後に控えるといった形だ。

 ホストである日本国首相が軽い挨拶をし続いて俺が話す。とは言っても俺は難しい言葉や言い回しなどわからないので簡潔に。


 「遠路はるばるお疲れ様です。まずこの場に際しお願いしたいことがあります」


 野次のようなものを飛ばす護衛が数人いるが、最大の同盟国であるアメリカの大統領が「聞こうじゃないか」と言った事でそれは止む。さすが世界一の大国の大統領だ。俺のように【真言】みたいな能力なんて持っていないだろうに一言で黙らせるなんて、影響力が半端ない。


 「今回『日本国内での他国の人に対する害意を持った発言・行動は禁止ということで了承頂きたい。盗聴・盗撮もです』それだけです。よろしいでしょうか?」そう発言しその場の人々に意識を向けると、ゆっくりとエッセンスが消費される感覚があった。反動もほとんどなく、“ゆっくり使う感覚”で使用すれば良さそうに思えた。


 それに対し、皆が一様に頷きで返事をする。これだけだと【真言】が効果を発揮しているかわかり難いな。

 だが効果があったとして、相手も影響を受けたことにおそらく気付いていない様子に思えるので成功ではないだろうか。仮に気付かれてしまうとそれに対して後々敵対行動で返ってくるかもしれず、そうなっては困る。よって日本にいる限りなぜか平和的な方向へ思考が向くようになってくれる、と期待している。


 そこからは平和的な情報交換が行われた。もちろん護衛しなければならないことも何もなかった。

 エアリスによると、『お願い』をするまでは敵意を感知しっぱなしだったようだが、それ以降はまったくなかったようだ。そうなると【真言】は期待通り効果を発揮しているということで間違いないだろう。


 海外ではダンジョンの数は少なく、その反面規模は大きい場合が多いらしい。車両がそのまま入れるところもあるようだ。そしてそこに現れるモンスターも多種多様であり、15層のカミノミツカイと同じ立ち位置として、海外ではエンジェル、アンゲル、エインヘリアル、ワルキューレなどなど日本でも言葉だけはお馴染みな呼び方をされていることも多いようだった。話を聞いているとその戦闘能力はおそらく日本のカミノミツカイとは比べ物にならないという印象を受けたが、疑問がないわけではない。各国の精鋭たちがどの程度なのか、というのがわからないので実際のところはなんとも言えないのだ。


 自分が手に入れた能力について、その詳細を知る方法は知られていないようだ。しかしそれが本当か嘘かはわからない。【真言】にそれに関しての強制を加えることもできただろうが、それをしてしまうと話すべきではないことまで話してしまうということになる。それはつまり何かしら目に見えない力が働いていることに気づかれてしまうだろう。そんなわけで全て本当かはわからないが、偶然にもできた事を、意識的にやろうとしてできれば能力として考えられると言ったところなのは日本と変わらない。

 しかしエアリスのような存在や、所謂鑑定のような能力によってそれらを看破するということがないとも言い切れない。

 秘匿されているかもしれない事柄について【真言】を使って聞き出し、その記憶を改竄・消去してしまうことはおそらくできるだろうが、波風が立つかもしれないことをわざわざ自分からすることは躊躇われたためしない事にする。



 夕食は会食形式。俺は仮面を取るわけにもいかないので総理の後ろに控えている。さくらは会議の時に着ていたスーツではなくイブニングドレスを身に纏っている。各国の護衛も一人は後ろに控えているが、その他は女性の場合はイブニングドレスやカクテルドレス、男性の場合はホワイトタイがほとんどを占めている。俺だけ黒ずくめロングコートの仮面の君を演じているわけで、ある意味注目を集めてしまっていた。


 姿に似合わない勢いで高級そうな料理を次々と平らげていくさくら、ちょっとうらやましい。さくらのすごいところは、少し目を離した隙に皿の上の料理が減っているという早技。職人技と言ってもいい。自衛官という職業柄、早く食べることは得意なのだろう。

 おいしそうな料理に目を奪われるがしかし俺は一応護衛だ。【真言】で布石は打っておいたが、念を入れておいて損はないだろう。実際、先ほどからちらちらとこちらを見ている人間が少なからずいる。


ーー 問題ありません。あれは総理ではなく、マスターを見ているようですので ーー


 (俺を? なんでだろう。やっぱこの格好かな)


ーー ほとんどはそうでしょう。しかし中には値踏みするような視線も感じます。男4、女2です ーー


 (え!? 俺、男に狙われてるの!?)


ーー ……いいえ。実力がどの程度か、ということでしょう。女性の方はそれだけではないようですが ーー


 (それならよかった。事故とは言えカフェで軍曹がおかしくなったときはマジ戦慄したからな)


 そろそろ俺も何か食べたいなぁと思っていた頃、漸く会食が終わり各々が会場から退出していく。その去り際、先ほどエアリスが言っていた中の男と女が一人ずつ俺の前で足を止める。男は長身で割とマッチョメン、短髪でいかにも軍人といった風体だ。女は俺よりも少し背が低く、薄い金髪で整った顔立ちの、いかにもな北欧美人だ。


 (やっべ。俺語学全然なんだが?)


 「こんばんワ。俺ハ、マイクとモウス」


 「こんばんは。私はリナ、よろしくね」


 語学はダメだが俺には強い味方がいる。そう、エアリスさんだ。「……こんばんは。俺は……ペルソナだ」と言ってみるとしっかり英語に変換されていて通じたようだ。


 「ペル…ソナ? マスクか?」


 「この人、仮面つけてるからペルソナなのか? って言いたいみたい」


 リナと名乗った女性は日本語ペラペラみたいだな。それなら普通に日本語で良さそうと思い何の用かと聞くと、男は言う。


 「……け、けっとぅ? ン〜?」


 エアリス頼みだけでは情けないなどと思った俺は「You want to ……duel? 」なんちゃって英語で聞いてみる。そこで気付いたが、エアリスの発音と俺の発音のレベルの差がありすぎるのでもう日本語しか話さない方が良さそうに思えた。


 「yes ! 」


 とはいえ通じるものである。


ーー どうしますか? ーー


 (めんどくさいから嫌なんだけど)


 正直ご遠慮願いたい。だって俺、これからご飯なんだよ! それに悪目立ちしそうでいやだ。

 そう思っていると総理が食いついてきた。


 「ん? 決闘するのかね?」


 「い、いや、この人がしたいっぽいだけで俺としては全然そんなことは」


 袖を引かれそちらに視線だけをやると「キャラ! キャラ!」とさくらが小声で耳打ちしてきた。そうそう、俺、今ペルソナさんっていうハードボイルドな人なんだった。


 「ゴホン。依頼主を護衛するのが役目だ。それは依頼内容には入っていない」


 こう言っておけば大丈夫なんじゃないだろうか。と思ったのだが。


 「ふむ。いいんじゃないかね?」


 俺の中で、総理は『その通りだよペルソナ君』とか言ってくれると思っていたので『ですよね』を用意していた。しかしそれとは裏腹にゴーサイン。思わず『えっ?』という声が出てしまう。


 「私も見てみたいからね。確かその彼はアメリカ大統領の護衛だったね?」


 「Yes . イイ、言ってイタ」


 「ふむ。では表の広場でいいだろう」


 表の広場よりもはやくお部屋に帰っておいしいごはんが食べたいです。


 「ワオ。楽しみ」


 場所を広場に移しマイクと俺が向き合う。それを見物するのは総理、さくら、リナだ。総理によると、大統領は勝ちを確信しているらしく、見るまでもないといった感じだったらしいのでここにはいない。


 (エアリス、三人以外で見てる人っているの?)


ーー はい。その大統領と護衛が四人、その他にも数名いるようです ーー


 大統領、結局自室の窓から見てるらしい。なんか嫌だなぁと思い『この場の三人以外には見えないようにしてほしい』とエアリスに要求する。


ーー わかりました。では『拒絶する不可侵の壁』で対処します ーー


 展開された不可侵の壁は見物の三人をも囲むほど広かった。光を遮断する反球体の壁が展開され、外部からは中の様子を見ることはできない。しかしこのままでは暗くて見えないため、半球の天井は光源になるよう光らせておく。


 「見られないようにさせてもらうぞ」


 「アラアラ! ペルソナはシャイボーイですか?」


 外部からの視界を遮るとリナと名乗った女性が煽ってくる。シャイボーイなのは事実だと思うし、でもそれ以前にもし能力を使わなければならなくなった場合、見られない方が良いだろうと思う。まぁこの囲っている不可侵の目隠しも能力と言えばそうなのだが。


 「そうなのよね〜。彼はシャイなのよ」と言うさくらはそのまま煽ってきた女性と楽しげに話をしている。


 マイクを見ると何やら少し焦っているようだった。大方この決闘を安全圏にいる大統領や護衛の仲間に見せるためというのもあったのだろう。だが残念だったな、俺は秘密の多い男なのさ。なんつって。


 「さぁ、来い」


 掌を上に向け、人差し指をクイックイッとする。挑発の意味合いも込めたその合図にマイクは渾身の力を込めた拳を放ってくる。

 ちらっと三人を見ると、さくら以外の表情からマイクがそれなりに速い動きをしていることがわかる。

 その拳がフックである事を見抜き、一歩下がるだけの最低限の移動で躱し、お返しに軽めの回し蹴りをしてみる。するとマイクは次の一撃に移っていたため反応すらできなかったようで、鈍い音と共に地面に転がった。

 そのまま起き上がらないマイクに俺は焦ってしまったが、さくらが気絶しているだけと確認をしたのでほっとした。こんなところで人殺しになるのはほんとマジ勘弁だしな。


 気絶したマイクはその後慌てて現れた仲間に連れられて行き、それを見送った後俺たちは控室に戻った。ここの控室はベッドもあるのでそのまま宿泊も可能なのだ。そんな部屋のソファーに座っているのだが、リナは俺の腕をがっつりと捉えて離そうとしない。そして反対の腕はさくらががっつりだ。向かいには総理が座っている。


 (なんだこれ。どういう状況なのよ)


ーー なんでしょうね。……はっ! まさかマスターを籠絡するためにっ!? ーー


 (さすがにそれはないだろう? ってかこのままじゃ仮面外せない。いい加減お腹減ったんだけど)


 俺の心境などお構いなしに腕が左右にグイグイとひっぱられる。あぁ……もげちゃうからやめて〜。

 仕方ない、ここはハードボイルド系ペルソナさんで行こう。こういう時は……そう、こういう感じでどうだろ。


 「二人ともその辺にしてくれないか?」


 リナは「あっ、ごめんなさい。ついつい興奮しちゃって」と言うと、ダンジョンができてからこれまで自分よりも強いと思える人を見たことがなかったらしい。


 さくらは「お姉さんはこのままでいいわよね?」なんてことを言う。それには当然「いいえ、だめです」と返す。絡んでいた腕が解放されると少し寂しさを覚えたが……今はそんなことよりお腹減った。


 「あら、残念ね〜」


 「総理からも言ってやってくださいよ。なぜ他の国の護衛がここにいるんですか」


 「ん〜、なんでだろうね? 私にもわからんよ。だが彼女の国は友好国でね」


 「答えになってませんよ……それにリナ、護衛はいいんですか?」


 「え? いいのいいの。他にもいるから」


 「良くないでしょう」


 「このまましばらく見ているのもおもしろそうだが、ミス・リナ、ペルソナも困っているからね」


 総理はそう言うとリナに微笑みかける。以前、そういう言葉の終わり方をした後の笑みは、言葉にしない無言の圧力が込められていて、それを察することができない者かどうかを見極めるためにも使えると聞いたことがある。もしそれでも引かないようなら、評価は下がるわけだが……リナは素直に従った。


 「ソーリが言うなら仕方ないですねー。じゃ、また明日、ペルソナ」


 あまりハードボイルドにはできなかったが、リナが出て行き漸く気が楽になった。結果良ければ全てよし、だ。

 換装しラフな服装に戻った俺は、部屋に運んでもらっておいた食事を取る。少し遅くなってしまったこともあって、いつも以上に美味しく感じる。というかこんな高級そうな料理は食べたことがないので実際美味しいのだろう。


 「はぁ〜。こんなすごそうな料理初めて食べたよ。ごちそーさま」


 「そうかね? SATOに卸しているワイバーンステーキをいつも食べているんじゃないのかな?」


 「いや、それとは別ですよ。それに俺がその肉を食べる時は手の込んだことはしてないので」


 「それでもあれはおいしいわよね〜」


 「ほほぉ。それは是非食べてみたいものだね」


 「え? 食べます? ありますよ」


 「それは是非……いや、やめておこう。最近コレステロール値がね……」


 ふむ、コレステロールか。というか“今”持っているということに驚かないのは保存袋の存在を知っているからだろうか? 香織からもしかすると聞いてるかもしれないしな。


 「そうなんですか。それじゃあまたの機会ということで」


 「それにしても今日は、いろんな話が聞けたわね」


 「そうだね。海外のダンジョンかー。車両のまま入れるほど大きいとこもあるらしいし、あと天使ってどんな見た目なんだろう。やっぱゲームに出てくるみたいなのかな?」


 「どうかしらね〜」


 「君は本当にゲームが好きなんだね」


 「はい、三度の飯か、それ以上に好きです」


 「そうか。孫も言っていたよ、君の部屋でいつも一緒にゲームをしていて楽しい、とね」


 「そうですね〜。雑貨屋連合は最近出張してるのでできてないですけど、それまでは毎日のようにしてましたね」


 「ほぉ。それでそのまま寝てしまうらしいじゃないか」


 少し総理の視線が鋭いような……気のせいだよな。


 「そうですね〜。香織ちゃんがプレイしてる画面を見ながら寝ちゃいますね」


 「ほほぉ。……それで香織の寝顔はかわいかったか?」


 「ええ……そりゃぁも…う?」


 いやね、総理? そういうのダメデスヨ? 俺小市民なんですよ。そういう圧力に普段触れてないんで良さそうな答えが全く思いつかないです。


 「……なにもないデスヨ?」


 「……ふふふ、ちょっと揶揄っただけだよ。しかしカマをかけただけだったが、同じベッドで寝ているのか……」


 なんかすごく肩を落としてる感じがする。でもそりゃそうだよな、かわいい孫娘が何処の馬の骨とも知れない男の部屋で、同じベッドで寝てることがあるなんて……ってかそもそもそれは香織ちゃんが勝手に…そんな言い訳と責任転嫁をしつつも、総理のご機嫌を伺う事がこの場に於いて最も優先すべき事だと思った。


 「いや、あの、俺のベッドは無駄にでかいんで距離も空きますし、三人寝てても余裕なくらい広いところに寝てるだけなんで……端っこと端っこですよ!? それにチビもいますし」


 俺の説明する姿がおかしかったのか、総理は笑いを堪えるように言う。


 「まあそんなに焦らなくてもいい。それでチビというのは?」


 「あ、狼です。モンスターなんですけどね。なんだか懐かれちゃいまして」


 言わない方がよかっただろうか。でも総理にはこのくらいの事を言っても平気な気がする。たぶん俺には言わないけど、ペルソナの探検免許を発行するのって大変だったと思うし。だっていもしない人間を作り出したみたいなもんなんだぜ? 絶対法律的にやばい。でもそこまでしてくれる理由がわからないけど、香織の存在が大きいんだろうなと思う。なんであれある意味俺と総理は一蓮托生な部分があるわけで、それならこのくらいは。


 「モンスターをペットにしているのか……?」


 「は、はい……まずかったですかね? でも地上にも出ませんしかわいいんですよ?」


 「香織に危険がないなら……いいんだが」


 「その点なら大丈夫だと思います。むしろ香織ちゃんを守ってるまであるので」


 「そうか。それならいいんだが……」


 とは言えやはり心配そうな総理。最近だと俺より香織にべったりだという事も伝えると、なんとか不安は和らいだようだった。


 「そ、それにしても、海外の15層はやはりまだ攻略されていないかもしれませんね」


 「そうなのだろうか。言わないだけで実は、ということはないのかね?」


 「さっきのマイクですが、あの程度なら日本のカミノミツカイにすら勝てるか怪しいです。もちろんそれが最高戦力とは思いませんが、それでも大統領が護衛として連れてくるくらいですからね、一応最高峰ではあると思います」


 「そうなのか? 彼が一瞬消えたように見えたが、あれでも足りないのか?」


 やっぱり総理にはそう見えてたか。


 「はい。それに15層の先が同じようなものと仮定すれば20層に辿り着くのはそれほど難しくはないはずです」


 「ふむ。20層ではマグナ・ダンジョンから入った者とログハウスメンバーしか見ていないんだね?」


 「俺はそうですね」と言って隣のさくらに視線を移すと「私も同じです」と言う。

 「ふむ…」と顎に手を当ててしばし考えた総理は「海外のダンジョンの20層が日本からの20層と同じであれば、到達していないと見ていいだろうね」という結論に至ったようだ。


 「とは言え20層と21層は広すぎるので、もしかしたら俺たちが知らない別の場所にいるかもしれませんけどね」


 「……まあ直接ダンジョン内で接触することがなければ今のところは問題はないだろう。ただ、21層、22層への入り口が他にもあると考えるべきだ」


 たしかにそうだ。というか22層には地上のマグナ・ダンジョンからの入り口があるしな。さらに他にもあるかもしれないが、だとしても悪影響は少ないように思う。だが見られてしまえば日本が実効支配できていないなんて言われたりして、主導権を寄越せ的な事も言われかねないな。そんな国が海の向こうにあるし。


 「今は百人が隔離されてますから見られるのはあまり良くないかもしれませんね」


 「そういえばペルソナがその解決の依頼を受けていることになっているんだったね」


 「正式にはまだですけどね。探検免許をもらったのが今朝なので」


 「そうだったね。では西野君、ここから戻り次第手続きを頼むよ」


 「はい」


 この国際会議場があるビッガーサイトの宿泊可能な部屋は護衛を伴ったまま宿泊できるよう広くされている。その分部屋数は少ないが、安全性は高い。ダンジョンが出来てからこういった部屋に改装し始めたらしいのだが、例え施設全体をそのようにしたとしても今回参加している代表団全てを収容するのは不可能なため、ほとんどはホテルに宿泊している。


 普通に考えれば護衛は交代で起きているものだろうが、俺たちは普通に就寝した。星銀の指輪もあるという甘えではあるが、【真言】によって害意を持った行動を禁止しているというのもあるからだ。それに念の為、もしもの場合はエアリスに代行してくれるようにしてあるので問題はない。ちなみに総理はネクタイピンなので、寝巻きに着けていた。


 翌日目を覚ますと護衛対象である総理はすでに起床していた。さくらも当然のように支度を整えている。俺はトイレに入り寝巻きを脱ぎ、悠人の服装に『換装』する。普通に着てもいいのだが、便利なのだ。俺の能力は便利系だと思っているので使い方は間違っていない、と思う。

 部屋に運ばれてきた軽めの食事を摂り、時間が来るまで少しのんびりと過ごす。


 そして昨日に引き続いての会議もとい情報交換会が開かれた。今日は昨日よりもいくらかフランクな雰囲気で進行していく。

 その後は二者会談があり、その相手にはアメリカも含まれていた。その会談中、護衛はつかず完全に総理と大統領だけとなる。そうなると俺とさくら、アメリカ大統領の護衛の五人も時間を持て余し、なぜかカフェコーナーにその七人が集まっているというおかしな事になっている。俺たちは無言、向こうも無言。とても気まずい。とは言え話そうという意思があっても俺の語学力は控えめに言っても残念。一方さくらは実は普通に話せるようだが、進んで会話しようとは思っていないらしい。


 しばらくその雰囲気に晒されていると、向こうは向こうでこちらをチラチラと見ながら小声でなにか話している。仮面の内からぼっち特有の『話しかけるなオーラ』を滲ませていると、それを感じ取ったのかはわからないが五人はその場を後にした。マイクはちょっとだけ話しかけたそうな感じだったが……すまない、話にならないんだ、俺の語学力的に。


 「話しかけられなくてよかった」


 「昨夜の相手のマイク、だったかしら? 彼は少しあなたに未練がありそうだったわね? すぐに果てちゃったからかしら?」


 「さくらが言うと誤解を招きそうに聞こえるな」


 「そうかしら?」


 「そうなのだよ」


 しばらくすると会談が行われていた部屋のドアが開き、総理と大統領が出てきた。何を話したのかは知らないが大統領は満足そうな表情だ。総理はいつもの柔和そうな表情なところを見ると、変な圧力を受けたりはしていないと思う。総理が大統領を伴ってこちらに来たので「お疲れ様です」と言うと、総理はそのままの表情で頷く。そして大統領がなにやら英語で話しかけてきた。


 「君がペルソナだな? 私はアメリカ大統領のスロットだ。ミスター大泉に聞いたが、君は相当腕が立つらしいな?」


 エアリスがいなければ「はい。プレジデント・スロット、過大な評価痛みいる」なんてことを伝えられなかっただろう。だって全然その単語すら思いつかないもんな。


 「過大なものか。うちの護衛のマイクがまるで歯が立たなかったらしいじゃないか。あれでもトップクラスの実力者なんだぞ?」


 「そうなんですか」


 「それで、だ。こちらに付く気はないか?」


 「お断りします」


 悪いが即答させてもらう。というかそう考える間もなく口をついて出ていた。


 「ハッハッハッ! ミスター大泉の言う通り一筋縄ではいかない相手らしいな。今回は退くが、諦めんぞ?」


 「そうですか」


 スロット大統領は豪快に笑いながら、護衛を引き連れて去っていった。


 総理は「一刀両断だったね」と満足げに言う。


 「忙しそうなのは嫌ですから」


 「ふむ。では私も君にはあまり頼りすぎないようにしなければな」


 その後も総理は何度か二者会談を繰り返し、その中にはリナの国もあった。待っている間リナは流暢な日本語で楽しげに話しかけてきた。日本の好きなアニメ、漫画の話や、現在は実のところ日本に留学している高生三年生だと話していた。薄金髪の北欧美女が制服を着ているのを想像すると、もはやその制服は“聖服”に進化しているのではないだろうかなどと考えている事がバレたのかどうかは知らないがさくらに脇腹を抓られた。痛い。


 護衛として参加しているリナは同級生の女の子の家にホームステイをしているらしく、その家にダンジョンが出来たのだと言う。その家族は御影家と同じように普通にダンジョンの上で生活をしていて、学校や仕事から帰った後に家族ぐるみで毎日のようにダンジョンに潜っているらしい。そこにリナもついて行くうち、母国の精鋭並の実力を持つまでに至ったとのこと。

 周囲にはダンジョンに潜っている事を隠していたため、それが判明したのはつい最近だったらしく、リナの母国の精鋭が訪ねてきた際にダンジョンに同伴し実力を測ったのだとか。尋ねてきた理由はリナを帰国させるためだったらしいのだが、リナはそれを拒みその結果判明したのだとか。

 そうなると、その日本のホストファミリーの実力もそれに近いのだろうと思う。各国の首脳を護衛できるほどの人間が一般にいると考えると、今現在の日本って実は恐ろしい国なのでは?


 結局リナは総理たちが出てくるまで延々話し続けていた。帰り際たぶん向こうの母国語で何か言っていたが、よくわからなかった。エアリスはわかっているようだったが教えてくれなかったし必要のない事だったのだろう。


 そして漸く最後の二者会談は終了し、今回の護衛依頼は終了した。22層のことも気になるし、チビをほったらかしにしている状態なのでなるべく早く帰ろうということになり、自衛隊が出入管理をしているダンジョンから転移で帰ることにした。


 その後控室に戻り普段着に換装し寛いでいるとふと気になったのでさくらに質問してみた。


 「そういえば自衛隊が攻略しようとしているダンジョンって、そのダンジョンなの?」


 「たしかそのはずよ。15層にはカミノミツカイ・鴉とでもいいましょうか、そういうのがいるはずよね」


 「そうかー、鴉かー。攻撃しなかった人だけは無傷で帰れたんだよね?」


 「そうね。それ以外も死ぬほどの怪我はさせられていないようね」


 「うーん」


 「どうしたの? 悠人君。見てみたいとか?」


 「うん、ちょっと興味あるかな」


 「それなら見ていく? 地図なら……と言っても統合前の地図だけれど、15層のカミノミツカイがいたところまでのものならあるはずよ?」


 「でもなー。チビにそろそろ肉あげないとへそ曲げたりしないかな」


 うんうんと唸って悩んでいるとエアリスがスマホの画面に文字を映し出す。


ーー それならば転移の珠でそのダンジョンを登録しておけば良いかと ーー


 「なるほど。それならいつでも大丈夫かな。大泉さん、大丈夫でしょうか?」


 「問題ないとは思うが……君のスマホは喋るのかね?」


 「そういえば言ってませんでしたっけ。」


ーー こんにちは、日本国首相、大泉純三郎様。ワタシはエアリス、悠人様の一番の女です ーー


 思わず「最後おかしくない?」とスマホの画面に向かってツッコミを入れてしまったのは仕方ないだろう。


 「これはご丁寧に。そういえば孫の香織がそんな名を言っていたことがあったような。ところで君はAIなのか?」


ーー それは不明です ーー


 「そうか。うーむ」


 「大泉さん、あんまり驚かないんですね?」


 「君にはさんざん驚かされているからね。以前の私ならいざ知らず、今の私にはこのくらいのことなら問題なく受け入れられるようだよ。ところで、一番の女と言っていたが……孫の香織は二番ということかね?」


 「え? いや、あのー、え? そういうわけじゃないというか…・たぶんエアリスジョークとかそういうのですので……」


 「冗談だよ。冗談。本当に、冗談だよ。」


 こんな冗談があってたまるだろうか。圧力のようなものをひしひしと感じてしまい、萎縮する。なぜこうもみんな圧力がある人ばかりなんだ……。


 結局その日は俺たちと入れ替わりにダンジョンでそれなりに鍛えられた自衛官が護衛に就き、俺とさくらは自衛隊が出入管理をし攻略をしようとしたダンジョンである“離宮公園ダンジョン”へと向かった。


 ビッガーサイトからそれほど距離はなく着いた頃には陽はすっかり落ちていた。その管理ゲートでは自衛官が数人出迎えにやってくる。予め話が通っているらしく、車のパワーウインドウを下ろし顔を確認しただけで通してもらえた。とは言っても俺は仮面を付けていた上に探検免許の顔写真が載る箇所はテレビの砂嵐のようになっており、“Unknown”と書かれている。それを見た自衛官は一瞬首を傾げたが、写真の下に“特務”という文字を見るなり表情をキリリとさせ、敬礼をして「問題ありません! お通りください!」と言っていたので問題はないのだろう。


 ところで特務? そういえばさくらがそういう役職だって言ってたような。じゃあ俺はさくらと同じ部署扱いなんだろうか。なんか凄そう、というかあの自衛官の態度を見るに、すごいっぽい。


 ゲートを通ってダンジョンへ向かう車中、誰にともなく疑問を言葉にすると思いがけないところから返事が来た。今回の運転手さんはおしゃべりなようだ。


 「すごいなんてもんじゃないですよ? 今朝通達があったばかりですが、任務等でどこかの指揮下に入らない限り、全ての階級からの命令権はないらしいですからね。あくまで依頼という形でしか動かすことができないんですよ。しかもその依頼だって『受けない』と言われれば強制することもできませんからね」


 「なるほど。それは……すごいな」


 まるで他人事のように感心しているとさくらが困った顔で言う。


 「とは言え、国のために貢献すべき、って言って強制しようとしてくる人もいるから面倒な立場でもあるかもしれないのよね」


 「うーむ。下手をすれば脅されるわけか」


 特に脅されても問題なさそうと思っているが、それは俺だけだ。俺に関わりのある人たちにその影響が出てしまうのは困る、などと考えている間に目的地へ着いたようだ。

 運転手をしてくれた自衛官の男性はおしゃべりだったが、良い人そうだった。


 「もし脅したなんてことが周囲に知られようものなら、その人のその後は終わりでしょうね。そんな方をお送りできて、光栄です。ということで……ここがダンジョンの入り口です。お気をつけて」


 停車された車から降りると、目の前には柵が張られており、中に入るとすぐのところにダンジョンの入り口がぽっかりと開いていた。この庭園とも呼べる立派な公園には不似合いな、先が見えない『穴』である。

 俺たちはダンジョンに入ってすぐ転移の珠に登録し、そのままログハウスに転移した。


 ログハウスで出迎えたのは、破かれて空っぽになったカリカリフードの袋の前におすわりをするチビだった。こちらを見るなり駆け寄ってきておすわりをする。


 「遅くなってごめんなー。バケツにいっぱい入れて置いてったけど足りなかったか」


 「悠人君、たぶんその日のうちに食べちゃったんじゃないかしら」


 「それで新しい袋も持ってきて、全部食べちゃったか。まぁ仕方ないよな〜。じゃあ肉焼いてやるからな」


 「わふわっふ!」


 健康を考えてしっかり管理しようとする家庭なら良くないことなのだろうが、チビはモンスターなのだ。それに体はかなり大きくなったが、犬であればまだまだ子供の時期だ。つまり育ち盛りなので俺の稼ぎに収まる程度ならたくさん食べると良い。そんなチビが嬉しそうにしているのを見ると自然とこちらも楽しい気分にさせられる。


 「あらあら、喜びの舞かしら?」


 「そうだね、かわいいんだけど、最近またでかくなってない?」


 「そうねぇ」


 育ち盛りにしてはでかい。そのうちドアを潜れなくなるのではないかと心配になってしまう。


ーー ではワタシがなんとかしましょう ーー


 「できるの?」


ーー チビに自身を小型化できるように躾けようかと ーー


 「自分以外も小型化できるようにはしないでくれよ?」


ーー はい。しっかりと躾けますのでご安心を ーー


 チビに焼いた肉を与えリビングでさくらが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、ここがダンジョンの中だなんてことは忘れてしまいそうになる。というかいつも忘れているような気がしないでもない。正直地上よりも快適なのではないだろうか。必要なものはあるし、エッセンスの消費は考えなければならないが転移で割と自由に移動できるし。

 転移と言えば、雑貨屋連合は戻ってきていないのだろうか。チビの様子を見る限り俺たちが留守の間、雑貨屋連合が戻って来ていないのかもしれない。


 「悠里たち戻って来てないのかな?」


 「チビの様子を見る限り、そうかもしれないわね」


 「なんかあって戻ってこれないのか、単純に転移の消費が重いからなのか」


 「メッセージ送ってみればいいんじゃないかしら?」


 「そうだね、一応そうしてみようかな」



 拝啓 雑貨屋連合の皆様、いかがお過ごしでしょうか。こちらもいろいろとありましたが無事です。チビも元気です。もしこのメッセージを見たらお返事ください。


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