第68話 【おまけ】ガイアの冒険日記


 山里大地(ヤマザトガイア)、十三歳。公立中学に通う中学生。名前の事と同学年よりも小柄なことをからかわれることがあるだけの、冒険譚や英雄譚が好きな、極々普通の少年だ。父親は消防隊員、母は会社事務員をしていた山里家であったが、世界が揺れたその日から徐々に“普通”を失っていく。


 父親は管轄の災害救助がある程度落ち着いた頃、近所の一般家屋にできたダンジョンへと行くことになった。地区の腕っ節の強そうな若者からおっさんまで、地域住民を守るという口実で本音は好奇心な警察官も中にはいた。総勢20名。しかし戻ってくることはなかった。


 そのダンジョンがある家は少年の自宅からほど近い場所にある友人の家だった。少年の友達を含む住人はその家から出ることを選択し、避難所に指定されている公民館へ。ダンジョンに対する不安からというのもあるが、20名が入って帰って来ていないダンジョンの上で生活することへの忌避からというのが主な理由だろう。なぜなら避難所とは言っても大人数で雑魚寝状態である。段ボール等で即席の間仕切りを作ったりベッドを作ったりするのがせいぜいだ。プライベートなど期待はできないので実際は避難所と自宅を行き来している人も多い。


 「お父さんはこのダンジョンからまだ帰ってこないのか」


 少年は母親には内緒でダンジョンへ入るつもりで、お菓子とジュースを詰めたリュックを背負ってそのダンジョンに来ていた。その家の鍵はその家に住む友達に無理を言って借りてきた。

 

 しばらく進んでいくと、巨大なダンゴムシがひとかたまりになってゴロンゴロンしていた。少年は試しに石を拾い巨大ダンゴムシに投げてみる。すると硬いものに当たった音はするものの、ダンゴムシはそれに気付いていないようだった。


 「う〜ん。あれをなんとかしないと進めないなぁ」


 脇道へ隠れると、なにか棒状のものが目についた。


 「スキーのストック? これの先にあるのを持つところまで持ってきて……鍔(つば)みたいになった! 剣みたいだ!」


 少年はスキーのストックを手に入れたことでダンゴムシを突破する手段を手に入れた。とはいえ数が多く、ほとんど倒すことができずに逃げ出すことになる。しかし逃げるという判断ができたおかげで生き延びることに成功する。


 ダンジョンで見つけたストックはダンジョンの入り口に置いて家に帰ることにした。リュックの中に詰め込んだお菓子とジュースには、余裕がなかったこともありまったく手をつけていない。あとで友達のところに持っていってあげようと思った。


 世間の混乱に紛れ、さらにその後は夏休みということもあり毎日のようにダンジョンに潜った。イモムシやダンゴムシ、蟻でさえ体長は五十センチメートルを超えているが、その大きさのおかげでストックによる刺突攻撃が有効なことも多々あった。口を開いたところを指し、大きい故に関節部分は狙いやすい。大きくなったことで硬くはなっているが、このくらいの大きさならば問題はなかった。


 そしてある時、少年が倒したモンスターが一振りの長剣をドロップした。その剣は、ゲームではよくある飾り気のないショートソード。しかし重さはあまり感じなかった。その剣を使いまた毎日ダンジョンに潜る。5層ではべちゃべちゃと粘着質なものが天井から降ってくる。気持ち悪いのでダッシュで駆け抜けた。

 少年はマップを書き留めていたわけではないが、一度行った階層を迷うことなく進むことができた。少年自身も気付いていなかったことだが、そういうことは得意分野だったようだ。


 それから何度目かのアタック、夏休み終了まで20日を切った。最初の剣は折れてしまいダンジョンの中に置いてきたが、今はそれよりもかっこよくて強い剣が二本ある。


 一本は幅が十センチメートルほどの黒い両刃。いくら切っても今の所刃こぼれ一つない。

 もう一本は少し細い片刃で色は薄水色、刃の部分以外に荊のような装飾がされている。

 二本とも腕力にあまり自信のない少年が重さを感じることがほとんどなく、不思議と手に馴染む感覚があった。その二本の剣で乱舞するのが少年の戦い方で、意外に隙がない。動きはすぐバテてもおかしくないように見えるが少年は剣を振るうよりも歩く方が疲れを感じるのだった。


 その剣の不思議な効果を少年が発見するまでさほど時間はかからなかった。歩き疲れて休憩をと剣を二本地面に刺してその間に座り込むようにして休んでいると、どこからともなくモンスターがやってきた。しかしモンスターはすぐ近くにいる少年に気付いた様子もなくそのままどこかへ行ってしまった。それから少年は休憩するときはその二本の剣で、ある種の結界を張ることで安全に休息を取ることが可能になったのだ。それにより一回のアタックで数日帰らないことが増え、今回のアタックはもうすぐ一週間になろうとしていた。しかしスマホの充電が切れてしまっている少年には、それを知る術はなかった。



 15層でカミノミツカイ・鼠と出会い、なぜかその背中に乗ることになり移動すること約一日半。白ネズミと名乗ったその鼠の背は、なかなか寝心地がよく移動中もしっかり爆睡した。「ちゅっちゅるっちゅ〜」とご機嫌に歩き続ける白ネズミ、全然道を知らないようで適当に歩いている。


 「ねえ白ネズミ。その道はさっき行ったよ。行き止まりだったじゃん」


 「ちゅ? そうなんチュ? ガイアは賢い人間っチュね〜」


 そんなことを何度か繰り返しているとまた眠ってしまった。しばらくすると白ネズミががくがくぶるぶると震えていて、その振動で目が覚める。そして後ろから声がした。


 「君がガイア君かい?」


 振り向きその声の主を見やる。全体的に黒でまとめられた服装で、左目に星のような模様を光らせている。正直かっこいいと思った。時折誰かと話しているような素振りを見せるが、相手の姿は見えないし声も聴こえない。興味はあったけどあまり深くは聞かないことにした。


 入った途端今まで見たのとは違ってモンスター感が強い猪のモンスターに出会った。お兄ちゃんにオレが戦うって言ったら「守ってあげるからやるだけやってみな」って言ってくれた。お兄ちゃんが何かを呟くと、なんだかカラダが軽くなった! 猪がすごい勢いで突っ込んできたけど、避けるのも簡単。すごい!

 アニメで見た剣士の技を見よう見まねでやってみると不思議なくらいうまくいった。「やるなぁ」って言われた。やったぜ。

 久しぶりに剣がドロップしたけど今持ってる二本と違ってちょっと重たいからまだ使えないかな。


 お兄ちゃんは20層まで連れていってくれて、そのあとはわけもわからないうちに一瞬でお兄ちゃんの家にあるダンジョンの入り口にいた。そしてオレを家まで送ってくれて、お母さんはとても感謝して泣いてた。その後オレはお母さんにちょっと叱られたけど、生きててよかったと言われた。でもダンジョンに行くときはお兄ちゃんみたいに強い人と一緒じゃなきゃダメって言われたからお兄ちゃんにメッセージを送ったら、夏休みの間にまた連れていってくれるって言ってたからしばらく大人しくすることにした。


 結局お父さんは見つからなかった。白ネズミはダンジョンをクリアしても何もないって言っていた。意味もないし元には戻らないとも言っていた。でもはっきりしたことがある。オレ、ダンジョン楽しいって思ってる。


 夏休みもあと一週間を切った頃、やっとダンジョンに行くことができた。今回は一人で行ってた時みたいにおっきなリュックはいらない。お昼から夕方までだからね。


 ミカゲ兄ちゃんはオレに指輪を渡してそれを使って18層、19層そして20層に到着。この間来たときとは景色が結構変わってて、いろんな動物、というかモンスターが遠くに見えた。ライガーも時々いるらしくて、見てみたいなーと思った。そして21層に行くと、森では兎に小さなツノが生えたモンスターが飛びかかってきた。それを、かわいそうだけどいっぱい倒して進んだ。

 しばらくするとログハウスがあった。ミカゲ兄ちゃんと仲間たちで作ったんだってさ。空があって家があって、ここがほんとにダンジョンの中なのか、ちょっとよくわからなくなってきた。露天風呂があって綺麗なお姉ちゃんたちがいて、ごはんもおいしかった。


 ダンジョンから帰るとお母さんが抱きついてきてわんわん泣いてた。もう子供じゃないんだからやめてよ恥ずかしい。でもミカゲ兄ちゃんのお母さんが言ってた事を後から思い出して反省した。

 帰ってからお土産にもらったうさぎの肉をおかずにご飯を食べたんだけど、お母さんがすごく喜んでた。

 また今度、ミカゲ兄ちゃんに連れていってもらおう。


 夏休みも終わってしばらく経った時、お母さんがパートのお仕事が決まったからそこに行くらしい。オレは学校が休みなのでやることがなさすぎて……ついついミカゲ兄ちゃんの家に来てしまった。呼び鈴を鳴らそうかどうしようかと悩んでいると、そこにちょうどミカゲ兄ちゃんが帰ってきたからダンジョンに連れて行ってくれないかと頼んでみる。

 最初は快く「いいぞ」と言ってくれたけど、実はお母さんには言ってないんだって言ったら雲行きが怪しくなってきた。ミカゲ兄ちゃんはスマホを取り出して何処かに電話をかけている。たぶんお母さんかな、うん、お母さんだ!


 「ミカゲ兄ちゃんちょっと貸して!」


 「え? あっ……」


 「もしもしー? お母さん? ダンジョン行っていい? え? だめ? おねがいー。えー。おーねーがーいー。……うん、ミカゲ兄ちゃんの言うことちゃんと聞くからー。……わかった! じゃあお仕事がんばってねー!」


 「良いって?」


 「うん! 良いってさ!」


 「……よし、じゃあ行くか。でもなるべく遅くならないようにな」


 「わかった!」


 そうそう、オレの一番新くて大きな剣、ブリュンヒルドっていうんだって。ミカゲ兄ちゃんがときどき見えない誰かと話しているような素振りをしてたけど、その相手はエアリスっていうんだって。そのエアリスが教えてくれるんだって言ってた、すごいよね。オレもいつか精霊とかと話せるようになるかな〜。


 ダンジョンに入るといきなり19層。でもオレとミカゲ兄ちゃんの前ではこんなところはらくしょーなのさ! っていうかミカゲ兄ちゃん強すぎ。刀を振ったのもほとんど見えないし、モンスターが真っ二つになってるし。オレもブリュンヒルドを使ったらできるかな? でも二刀流はかっこいいから捨てたくないしなー。


 「ふぅ。ミカゲ兄ちゃん、もうここらくしょーだね!」


 「そうだなぁ。そろそろ腹減ったし、ログハウスに行ってなんか食べるか?」


 「うん! 行く!」


 ログハウスに転移させてもらうと、さくら姉ちゃんがいた。何か作ってるみたい。ちょっと……というかなんか焦げ臭い。手伝うと言うミカゲ兄ちゃん、あっちに座って待っててというさくら姉ちゃん……ミカゲ兄ちゃんが負けた。もっとがんばってくれてもいいのに……!


 出てきたものをなんとか食べる。あ、でも焦げてる部分を取り除いたら中から普通より美味しい卵焼きが出てきた。肉野菜炒めはちょっと焦げてたけどおいしかった。白いご飯はすごくおいしかった。


 ご飯を食べ終わってからリビングでついついお母さんの話をしてしまった。お母さんが最近困ってるみたいで、でもそれをオレはどうすることもできなくて、だから誰かに聞いて欲しくなっちゃったのかもしれない。

 

 その後今度は20層に行くことになった。ちゃんと行くのは初めてなんだよな〜、たのしみ。

 実際に行ってみると、オレはほとんどやることなかったからチビと遊んでた。ミカゲ兄ちゃんは強いと思うけど、さくら姉ちゃんも強い。っていうかすごい。ほとんど豆粒にしか見えないモンスターの頭を撃ち抜くんだよ? すごすぎでしょ。


 そろそろ夕方、陽が傾いてきた。オレたちはログハウスに戻ってさくら姉ちゃんが作ってくれた紅茶を飲んだ。インスタントのしか飲んだことなかったけど、さくら姉ちゃんのはすごくうまかった! そんなオレをさくら姉ちゃんがにこにこして見てて、ごはんを食べてる時に見てくるお母さんを思い出した。


 ミカゲ兄ちゃんの家に戻って外に出ると、ちょうどお母さんがいたので一緒に帰った。ミカゲ兄ちゃんも一緒にね。


 お父さんがいなくなってから、ぶっちゃけオレはそんなに寂しいって思ったことはない。いや、嘘かも。たまの休みに家にいたお父さんがいないのはやっぱりちょっと……結構寂しいかな。お母さんはもっと寂しいだろうから、オレは寂しいと思っても泣いてちゃだめなんだ。お母さんはもっと泣きたいだろうから。

 

 帰り道の途中で、「角を曲がったらそのまま歩いて」ってミカゲ兄ちゃんが言ったからその通りにした、フリをして電柱の陰からこっそり見てた。そしたら結構かっこいい男の人がついてきてて、ミカゲ兄ちゃんに声をかけられてた。何か話してるみたいだったけどよく聞こえなかった。でもその後大丈夫って言ってたからもうお母さんは安全だね! さすがミカゲ兄ちゃん。すげーぜ!



 お母さんがミカゲ兄ちゃんをごはんに誘ってた。そのまま泊まってけばいいのになーって思ったけど、ごはん食べたらすぐ帰っちゃって残念。ミカゲ兄ちゃんが帰った後「送り狼でもいいのに……」ってお母さんが小さく言ってたのを聞いて思い出したからスマホで検索してみた。大人の情事だった! オトナ・ノ・ジョージ!


 また今度ダンジョンに行きたいなー。また臨時休校にならないかな。


 

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