第66話 ペルソナさんのお仕事1


九月十四日


 開拓民が22層に隔離された次の日、俺はログハウスで一本の電話を受けていた。


 「すまない、悠人。さすがに住所不定無職戸籍無しのペルソナは探検免許の資格がないらしい」


 「はぁ……まぁそうなりますよね。どうしよう」


 電話を切りリビングにいると、さくらが部屋から出てきた。何か良いことがあったような顔をしている。


 「ゆっうっとく〜ん!」


 「テンションたかいねー、俺は低いよー」


 「ペルソナの免許の件は残念だったわね。軍曹って変なとこ真面目だからねー。あっ、自衛官の私がそんなこと言ったらだめよね。それはともかくとして、悠人君に朗報です!」


 「なーにー?」


 「総理がなんとかしてくれそうよ? ペルソナの免許」


 「……え? 総理? 大泉純三郎? 香織ちゃんのおじいちゃん?」


 「そう! 軍曹から昨日電話があってね、だめそうです……って悲壮感溢れる声で言うから、ダメ元で総理に電話したのよ、さっき、朝イチで」


 ということはつまり、軍曹、花園薫二等陸佐殿は『大船に乗ったつもりで』と大見得を切ったにもかかわらず失敗した事をなかなか言い出せず、今になって電話で言ってきたということか。実際不安ではあったし、そもそも住所不定無職のペルソナさんでは難しかっただろう事を思えば軍曹を責めるなんて事はしない。それどころかそんなやつのためにがんばってくれたんだ、感謝しかないのだ。

 それはそうと総理に朝イチで電話?


 「さくらって総理に直通できちゃうの?」


 「一応特別な権限があるって言わなかったかしら?」


 「昨日言ってた気がする……けどそれほどとは」


 「一応自衛官のままではあるけど、ミスリル鉱石を届けた後からは完全に、実質ダンジョン専門の特務機関みたいなものね。メンバーはまだ私だけなんだけど」


 「そうなんだ。だからずっとダンジョン内のログハウスでデモハイしてても怒られなかったんだね?」


 「ふふ〜ん、すごいでしょう? お姉さんのこと見直した? 惚れちゃう?」


 「惚れはしないけどなんかすごそうだね」


 その時さくらのスマホが鳴る。どうやら電話が掛かってきたようだった。いつもなら部屋に戻って通話するのに、目の前で通話している。ということは俺絡み?


 「はい。西野です。はい。……はい。……わかりました。条件ですか…? はい……では伝えておきます。よろしくお願いいたします」


 「めずらしいね? 部屋に戻らないで電話するなんて」


 「悠人君の、というかペルソナの話なのよ」


 「ってことは今のもしかして」


 「総理よ」


 「マジか。そんな気軽に掛かってくるものなのか」


 「それで、ペルソナの探検免許は問題ないわ。戸籍も用意してくれるって。それで条件があって……」


 条件って聞くと良いイメージはないよなー。無理難題じゃなければいいけど。


 「残念ながら拒否権はないらしいわよ?」


 ぐぬぬ。確かに条件は飲まれると決定しているからこそ総理が直々に動いたということなんだろうけど……それにここまで来て怖気付いて逃げ出したっていうんじゃかっこわるいよな。ペルソナさんはかっこいいハードボイルドな感じにしたいし、覚悟を決めて……いや、まずは話を聞いてから……


 「仕方ない……無理言ってる側だしとりあえず聞きます……」


 するとさくらは嬉々として話し始めた。その声音はなんだか弾んでいたが、その理由はわからなかった。


 「近々ダンジョンについて話し合うために各国首脳が集まる大規模な会議があるらしいの。でもその実態は、他国のダンジョンについてお互いに偵察をするようなものよ。それに各国がダンジョンで鍛えた精鋭が護衛として付くらしいわ」


 「え? 鍛えた精鋭? 護衛? 全然攻略できてないんじゃなかったの?」


 「攻略はできていないわよ? 20層まで来ていれば悠人君とエアリスさんがわかりそうなものだもの。それに私たちだって何もしてないわけじゃないのよ?」


 「じゃあどういうことなんだろう」


 「15層を突破していないのは確かね。最近得た情報では海外で確認された存在は、日本で言うカミノミツカイとは全然違うものらしいのよ」


 「違う? どんな感じに?」


 「見た目は“天使”を思わせるものや、古代、もしくは“神代の騎士”なんて呼ばれるものだったり、いろいろらしいわよ」


 「動物系よりも厄介そう。あれ? 日本ってもしかして、実は難易度低い?」


 「かもしれないわね。何にしてもそれを突破できるなら20層へはそれほど苦労はしないでしょう?」


 15層以降モンスターは凶暴化しているし数も増えたりする。だがカミノミツカイ、あの如何にも特別ですっていう雰囲気の白いモンスターを倒せるならそれほど苦労するようには思えない。


 「話を戻すわね。その会議には当然総理大臣が出席するのだけど、その護衛を“ペルソナ”に頼みたいって」


 「ふぇぇ……一般ピーポーな俺が護衛だなんて」


 「いいえ、悠人君じゃなく、ペルソナよ?」


 「あ、そうか。でもどっちにしても……うーん」


 「心配いらないわよ? 無口な男で通せばいいもの」


 変声機能もあるので問題ないとtPadの画面で伝えるエアリスにさくらは小さく手を叩いて褒めている。しかしそれはさくらだけではなくもちろん俺も。そもそもあの仮面は着けていても閉塞感が全くなく視界も妨げられることはない。そこに変声機能もあるというのは驚き意外のなんでもない。


 「あら、エアリスさん気が効くわね〜」


 「ん〜。まぁ……なんとかなる、かな?」


 地上ではダンジョン内で得たステータスは大幅に下がったような状態になる。俺の場合はエアリスによってそうとは限らないため、護衛に関してド素人ではあってもなんとかなりそうな気がした。まぁ他にもそういう制限にも似た状態を緩和したり無効にする能力なんてのがないとは限らないけど。


 「ちなみに開催地は日本、東京ビッガーサイト国際会議場よ」


 「わぁ〜。俺には一生縁が無いはずの場所だなぁ」


 「これまでは、ね。でもペルソナとしては縁が出来ちゃったわね」


 先ほどまでの嬉々とした表情が翳(かげ)り、途端に元気がなくなってしまった。その様子から、実はさくらは……


 「もしかして、さくらは気が進まない?」


 「ええ……悠人君はできるだけ目立たずのんびりくらしたいのよね。なのに……」


 綺麗なお姉さんの憂いを帯びた表情というのはすごくイイものなんだが、でも本人としては俺に対して申し訳ないとか思っていそうだ。俺に対してそんな暗い気持ちを持っていてほしくはないし、それに考えても見ればペルソナは悠人の影みたいなもんだ。むしろペルソナを前面に押し出してもどうせ顔は見えないし“悠人”としてはそれを楽しむくらいでいいのかもしれない。そう自分に言い聞かせ気分をアゲていく。


 「気にしないでいいよ。確かに目立つのは面倒事が増えそうで嫌だけどさ。でも、そのための仮面(ペルソナ)だし」


 「そうね……ありがとう悠人君」


 そう言ったさくらは、まだ少し眉尻が下がってはいたが柔らかく笑って見せてくれた。思わず見惚れそうに……というか見惚れたわけだが、まぁそれはともかくとして。


 「いえいえ。ところで、護衛って言ってたけど……もしかして荒っぽい事が起こるの?」


 「可能性がないとは言えないわね。そこで“弱い”と知れた国は、侵略の候補に挙がるかもしれないわ」


 「侵略って……世界中が大変な時にまさか」


 「だからこそ、よ。そうなる前だって大義名分を探して虎視淡々としている国なんて山ほどあったんだから。だから総理は、きっと一番強いと思う人を護衛に選んだんじゃないかしら」


 そう聞かされ、なんだか大変な事になったと自覚した。現職の総理大臣は香織の祖父で、以前SATOで話したことがあり、その時の印象は悪いものではなかった。それに俺をずいぶんと、むしろ過剰に買ってくれているようにさえ思えた。


 初めは22層開拓民の隔離問題が発端だ。しかし御影悠人として目立つのは避けたいという身勝手な思惑が俺にはある。それを最大限尊重してくれてはいるが、それでも問題を解決できるかもしれないという期待をされているようにに思うし、目立ってしまうかもしれない。そこで“ペルソナ”という正体不明な別人を演じようとした俺に便乗した形にも思えるが……考えれば考えるほどこんがらがってしまう。ともかく現時点ペルソナは、俺以外にとっても利用価値があるという事。


 当然偉い人たちの思惑はそれだけではないだろう。だがしかし、俺はそれに乗っかることにする。なぜなら22層問題を解決しなければ今の生活すら崩れていってしまいそうな気がするからだ。それにおそらく一番期待してくれているのはさくらだ。その期待にはできれば応えたい。


 だから俺は決断する。“ペルソナを現実にしよう”、と。


 まぁ簡単に言えば、面倒なことはペルソナにお任せ。悠人青年はのんびり暮らす。そしてペルソナは依頼を軽々しく受けはしないのだ! だから気安く依頼しないでよね! という路線だ。急激に程度が下がった気がするが、問題ない。そもそもペルソナの発端が伊集院に気付かれたくないという程度の低い理由なんだから。


 頭の整理をしているとさくらが「悠人君、グッと来た?」と問いかけてくる。どういうことだろうと頭を捻っていると「お姉さんの困り顔」と言った。もしかして演技だったのかと問うと「うふふ、どうかしらね?」と返ってきた。

 う〜ん、嘘には思えなかったから全部が演技じゃないとは思うんだけど……歳上怖いなー。でも嫌いじゃない。



 夕方、また22層へ“ペルソナ”として来ている。昨日の今日ではあるが、隔離されてしまった百人のうち自ら希望してやって来た者はいくらか落ち着いているようだった。

 一方任務として居住することになっていた自衛官はあまり眠れていないようだった。それもそのはず、望んできた者と望まずに来た者では受け入れ方が違う。それに立場上発生する責任という意味でも。


 拠点には簡易的な建物が10軒ほど建ち、男女別で割り振られているようだ。その資材に関して、隔離された時に現れたものらしい。大いなる意志の計らいといったところだろうか。それを普通に受け入れて利用しているあたり、たくましい人たちだなぁと感心した。

 風呂は自衛隊が被災地などで使用している映像でよくみるアレだ。電気は必要に応じて発電機を使用している。水は外から給水車のホースを伸ばして、ゲートの外からホースだけが出て来ていて、そのホースの先は21層の泉、軍曹たちマグナカフェの隊員たちで整えたらしい。泉からはそれほど大量に湧いているわけではないため、少しずつ吸い上げて水量を確保したようだ。20層にアンテナを持って来てそれを有線で外と繋いでいるのだから今更驚く事ではないが、人力でこれだけやる事を考えると自衛隊ってすごいな。

 とはいえ不自由ではあるだろう。しかし地上で避難生活をしている人と比べると現状物資は充分に思える。少ないとは言えモンスターという危険があるしここから出られないというのは相当なストレスになるだろうから、どちらが良いかというのはわからないけどな。


 そのまま拠点を歩いているといつの間にかさくらと逸(ハグ)れており、途端に不安になって来た。こんな怪しい、見る人によってはコスプレにも見えるだろう、そんな格好で一人なのだ。辺りをきょろきょろ見回していると、建物と建物の間の暗がりに二つの人影があった。男と女で、服装からどちらも探検者だろう。男は壁に手を当て女の逃げ道を塞いでいるようだ。


 (壁ドンかー。あれって実際効果あるのか?)


ーー どうでしょう。少なくとも好意を持たない相手からあんなことをされても、逆効果ですね。ドン引きです。される体がありませんが ーー


 (そうかい。それであれ、なんか困ってそうだよな)


ーー 割って入りますか? 正義の味方ムーブですか? ーー


 (そんなんじゃないけど、よく見たら壁ドンしてるのって伊集院だろ)


ーー トラブルの可能性の方が高いですね ーー


 少し離れたところからエアリスに話していることを教えてもらうと、やはりナンパ的なやつだった。こんな時でもある意味ブレないやつだな、伊集院よ。相手が困っていないなら放っておくんだけど、明らかに困ってるしな。


ーー 変声機能問題ありません ーー


 喋って良いようだ。ではさっそく変声機能の実力をみせてもらおうか。


 「何をしている?」


 低くて少し迫力のある声だな。いや、俺だってその気になればそういう声出せるよ? ほんとだよ?

 こちらに振り向いた伊集院は声の割に弱そうだとでも思ったのだろうか。


 「あぁん? なんだよオメー。変なカッコして仮面って、頭おかしいんじゃねーの? あっちいけよコスプレ野郎」


 変なやつに変な格好と言われてエアリスはご立腹だが、俺はそれくらいでは怒らないのだ。なぜなら変な格好だなと思っているのは俺も同じだからな。だけどそれはないんじゃないか? コスプレ野郎とか、自覚しててもダメージ受けるんだぞ?


 「……その女性(ヒト)が困っているだろう?」


 「こ、この人が通してくれないんです……っ!」


 えっと、この女の人をなんと呼べば良いか……君……貴女(あなた)……オマエ……いやいや、オマエはだめだな。無骨で乱暴なキャラではないんだよ、ペルソナさんは。となるとここは無難に……


 「貴女は安全なところへ」


 「は、はい……!」


 とりあえず女性にこの場から離れるよう言うと、こんな変な格好の人のことを素直に聞いてくれる。逆に変な格好だから近付きたくないとかそういうやつだったり…しないよな? ……泣くぞ?


 「なんだよあの女! 声掛けて欲しそうにしてるから掛けてやったのによぉ!」


 「何にしても迷惑だ。『失せろ』」


 「ッ!! チッ、覚えてろ!」


 【真言】の効果は無事発揮される。これはエアリスが常に抑え込んでくれないと、本当にとんでもないことになりそうだな。


ーー ふっ。三下が、おととい来やがれってんでい! ーー


 (はい、代弁ありがとねー。誰にも聞こえてないけどねー。とりまバレてないっぽくてよかった)


 うまくいって安堵しているとエアリスが素朴な疑問とばかりに言う。


ーー 百人を閉じ込めたというのは、どういう意図があるのでしょう ーー


 (わかんないなー。帰したく無い理由でもあるのかね)


ーー 帰したく無い理由ですか ーー


 (人と明確に敵対しようとしてるとは思えないんだよなー。だからと言って人のために奉仕してあげるとかでもないし)


ーー 目的はあるのでしょうが、謎は深まるばかりですね ーー


 そこから少し歩くと向こうで話している女性を発見する。そちらは伊集院とは違い普通に話しているようだ。普通じゃなかったとしてもさくらなら大丈夫だろうとは思うが。

 近付いていくとこちらに気付いたさくらが駆け寄ってきた。さくらは普通に話すが、俺は小さめの声だ。


 「ペルソナ〜! ごめんね〜。知り合いに会っちゃってね」


 「よかった。ぼっちだったから正直不安だったんだ……」


 「あら? ほんとごめんなさいね? あとでよしよししてあげるから許して?」


 「それはいいです。とりあえずやることなさそうなんで帰りましょうか」


 「そうね。それにしてもその話し方だと知り合った頃に戻ったみたいね?」


 「そう、ですね。でもコレの時はそういう感じで行こうかなと。誰が聞いてるかわかりませんし」


 「なるほど。意識高いことはいいことよね!」


 なりきる事に対して意識高い系謎の仮面男。俺です。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そんな会話に聞き耳を立てている人影が一人。

 全体的に黒い服装で仮面をつけているため顔はわからず、声も機械的な音声に聞こえる声だったが、チャラくて性格の悪そうな男を追い払ってくれた今日のヒーロー。ここからはその声は聞こえないが、話している相手の女性の声は聞く事ができた。その女性によると、仮面の君はペルソナというらしい。仮面=ペルソナって安直すぎぃ……とは思ったものの、ヒーローであることに変わりはなかった。


 「……ペルソナ…様ぁ……」


 モブ子はもしここを出る事ができたら、ファンクラブを作ろうと決意した。でも自分が作ってもなぁと思ったりもするので、誰かが作ったらそこに入ろうかな、と思った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ログハウスに戻ると、悠里が夕食を作り終えたところだった。22層での出来事を話しながら夕食をごちそうになり、食後はさくらが紅茶を淹れてくれた。


 「へぇ〜。それじゃこれからは悠人として行動するときは今みたいにラフな格好になるの?」


 「そのつもり。エアリスが細工してるから見た目は普通だけど性能は普通じゃないから問題ないし」


 「なるほどね。でも二足の草鞋ってことだよね? 大変じゃない?」


 「それなんだけど、ペルソナとしてもあまり忙しくないようにしたいから、ホイホイ依頼を受けないようにしようかなーって」


 「それってできるの?」


 懐疑的な目でさくらに問う悠里。実は俺も気になる事だし、さくらの答えを待った。


 「そうねぇ……今度の護衛の依頼が終わったら総理直属になってもおかしくないし、そうなってしまったらあまり断りすぎるのはおすすめしないけれど……」


 「直属って……年中護衛させられるのとか嫌だよ?」


 「そう進言はしてみるわね。でもアテにしちゃだめよ?」


 「もしもの時は俺からも話してみるしかないかな……働きたくないです、って」


 「悠人らしいね。でもお願いされたらやるんでしょ?」


 「押しに弱いものね、悠人君」


 「うーん」


 どうやら俺は押しに弱いらしい。でも押される前に押すのを躊躇うように予防線を貼っておけばあるいは……と希望を持っておこうと思った。


 九月十五日


 早朝、目を覚ますとスマホが鳴っていて、さくらからの着信だった。通話をタップすると、「すぐにマグナカフェへ来て! ペルソナで!」と言われたので、顔を洗って身支度を整えてからすぐに向かった。するとカフェには高級そうな車が何台か停めてあり、カフェに入ると予想通りの人がテーブル席に座っていた。日本国首相、大泉純三郎だ。


 「おはようございます。大泉さん」


 「おお、久しぶりだね。元気だったかい?」


 「はい」


 「ほほぉ。何やら不思議な声だね。ペルソナとしてはそういうキャラクターなのだね?」


 「はい。変声機で変えています」


 「ふむふむ。これなら別人ということでなんとかなるだろう。ではこれを」


 総理の手には探検免許があった。それを受け取り名前を見ると”PERSONA”と刻印されていた。これで日本人扱いなんだもんな、違和感しかない。それはそうと総理に対して腰を折り「ありがとうございます」と感謝を伝えた。


 「昨日連絡を受けてすぐに発行させたよ。それからこちらへ向かって近くのホテルに前泊したんだが、ここは米所の県だけあって美味い米だった」


 すぐに行動してくれるなんて、アグレッシブすぎて逆に引く……とは言うまい。本当にありがとうございます。

 しかしそのためだけに来たのだろうか? 総理大臣が? でも誰かに任せる方がある意味まずいかもしれないのか。


 「西野君から聞いていないかね? 各国代表が集まる会議がある、と」


 総理の言葉に嫌な予感が過ぎる。


 「聞いてはいましたが……まさか」


 「うむ。これから会場に向かうから、君も付いてきなさい」


 これから? いくらなんでも急すぎる。とは言っても予定はないし探検者免許を無理やり発行してくれたわけだし、断るわけにもいかないか。


 「ああ、こういう場合は事情があるから日程は明かしていないんだよ。何か予定があったのかな?」


 「いえ、問題ありません」


 「西野君もそれで構わないかな?」


 「はい。了解しました」


 「よし。ならば行こう」


 総理は先にカフェを出ていく。そのすれ違いざま『無理を言ってすまないね御影君。頼りにしている』と言われた。頼りにしていると言われても、何をどうすればいいのか。そもそも……


 (護衛って何すれば良いんだ?)


ーー わかりませんが、常に警戒は怠らないようにします ーー


 (そうだね。あ、そうだ。総理に星銀の指輪みたいなものを持っててもらった方がいいのかな?)


ーー 作成しますか? ーー


 (うん、頼む)


 黒塗りの車に乗り込み俺と総理は後部座席へ、さくらは助手席に座る。運転手は知らない人だったが、総理が信頼できる人物と言っていたので大丈夫だろう。


 「大泉さん、ちょっと御守り作りますね」


 「お守り?」


 「はい。護衛といっても俺は素人なので、念のために」


 「わかった。孫の香織も君の作る道具はすごいと言っていたからね。期待せざるを得ないね」


 そう言った総理はニコニコとしている。総理大臣なんていう大役に就いているのに、案外考えが柔らかい人なのかもしれないな。でも俺みたいなやつに合わせてくれているという事もないとは言えない。とりあえずちゃんとしたものを作らないとな。


 「身に着けてさえいれば問題ないんですが、どういうものがいいですか?」


 「ん〜、そうだ……そういえば今日はネクタイピンを忘れてしまったんだ」


 「ではネクタイピンにしましょうか」


 了解を得た俺はエアリスにアイテムを作ってくれるように頼んだ。数分でそのアイテムは完成し、その見た目はシンプルな青銀色のネクタイピンだった。綺麗にカットされた虹星石が三個嵌め込まれており、総理という立場上高級感は必要ということでダイアモンドで有名なラウンドブリリアントカットを採用したとエアリスは言っていた。本来ダイアモンドのような宝石でなければ無用なカット方法だが、その星石は乱反射した光によって輝き、高級感と格式の高さを両立させていた。そのうち二個の虹星石には【拒絶する不可侵の壁】、【不可逆の改竄】が付与されている。残り一つはそれらに必要なエッセンスを貯めておくための母星の役割をする。もちろん発動する役割として、エアリスが分体を忍ばせている。


 「ほぉ〜。これは見事。これを着けておけばいいんだね?」


 「はい。それで万が一の事態が起きてもなんとかなるかもしれません」


 「そうかそうか。よし、今度孫に自慢しよう」


 「自慢になるんですかね……」


 「なるとも」


 どこか子供っぽく、ニカっと笑う総理。本当に喜んでくれているのが伝わってきてこちらまで嬉しくなってしまう。


 「……言い忘れてましたが、他言無用でお願いします。俺がこういうことができることも、そのネクタイピンのこともです」


 「……か、香織にもか?」


 「それは構いません。彼女は知っている人の中の一人なので」


 「わかった」と言った総理は運転手さんにもそうするように言う。


 「はい! そんなすごいものを見られただけで感激です!」


 「後ろを見てないで前を見てくれ」


 ルームミラー越しに運転手さんが見ていた。すごく見ていた。だから総理が苦言を呈してしまうのも仕方ないのだ。とはいえその運転は熟練を感じさせるもので、正確無比のハンドル捌き。車体が左右に揺れる事すらなく、スピードも一定だ。


 「す、すみません、つい……」


 そうは言っても運転手さん、その後もチラチラとこちらを見ていた。とは言えこれから一般道へと降りるのだから、さすがに安全運転のために前をもっとちゃんと見るようになるだろう。

 おおよそ四時間ほど経つと、高層ビルが立ち並ぶ大都市へと景色が変わっていく。この街は人が多い、とにかく多い。そんな人口過密地域で仮面をつけた俺は、一体どんな顔をして歩けばいいのだろう。


ーー 問題ありません。歩くことはほぼありませんしどんな表情をしようと仮面をつけているのではずかしくありません。堂々としましょう ーー


 (いやぁ、さすがにやばくね? こんなやつ見かけたら二度見どころか三度見する自信あるぞ)


ーー ダンジョンができ、探検免許ができたことで職業探検者と言える人間が増えました。連日テレビでも特集が組まれるほどです。よってそういうものだと思ってもらえるはずです ーー


 (だといいけどなぁ)


 それから更に一時間ほど車に揺られていると、ビルの上に載った逆四角錐が、四つ集まったような建物に到着する。


 「どういう建物か、説明に困る建物よね」


 「うん、俺も同じようなこと考えてたわー」


 「キャラ崩れてるわよ?」


 「あっ……すまない」


 車を降りると大勢のスーツを着た人が総理を迎えにやってくる。総理ってすごいな。

 開けられたドアは左なので俺が先に降りる。するとそのスーツの人たちは、驚きを隠せない者、含み笑いをしている者、めっちゃ笑顔な者などなどいろいろだった。『力を示しますか?』とエアリスは言うが、その必要はないだろう。というかやっちゃまずい。

 事前に、降りたら索敵で周囲を警戒する旨を伝えてあるので、その後総理が通れるように横に逸れる。


 (エアリス、念の為に索敵で怪しい人いないか見て)


ーー はい。……周囲五百メートルにこちらへ害意を向ける者はいません ーー


 「総理、大丈夫なようです」


 「うむ。ありがとう。ではペルソナ、私の後ろを付いて来てくれ」


 「はい」


 それに従い総理に追従する。俺と並ぶようにさくらが歩き、人垣ができそうな時は総理の行く道を開けられるように気をつけている。


 (うーん。ただ付いて行ってるだけの俺とは違ってさくらはプロっぽいな〜)


ーー そうですね。さくら様は普段はおっとりお姉さんですが、やるときはやる女ですね ーー


 控室に通された俺たちはようやく人に囲まれながら歩くことから解放される。正直ごちゃごちゃし過ぎていたためどこを通ってここに来たのか覚えていないが、そういうときでもエアリスならきっと覚えているはずなので問題ないだろう。

 総理は豪奢な革張りのソファーに無遠慮に座る。俺はちょっとだけ遠慮がちに座り、さくらはお茶を淹れてから俺の隣に座った。


 「ペルソナ、緊張するかね?」


 「しない、わけがありませんね」


 「そうだな。私も緊張しているよ。他国も精鋭などと呼ばれる者たちを伴って来ているらしいし尚更ね」


 「その精鋭は、護衛なんですよね?」


 「そうだ。しかし……」


 「自分の能力がどういったものかを理解してると考えた方がいいですね」


 「うむ。だからもしかしたら、そういう妨害や暗殺のようなものだって起こりかねないのだ。なにせあの大災害以降、この規模で集まるのは初めてだからね。正直なところ何が起きるのかは予想できないんだよ」


 そう言った総理は困ったように項垂れた。


ーー ではマスター、こういうのはいかがでしょうか ーー


 エアリスの提案をいくつか聞いてみると過激なものもあったが、これなら平和的にいけるのでは、と思うこともあったので総理に提案してみる。


 「……では一つ提案しても?」


 「聞こう」


 総理に伝えると少し考える素振りを見せた後、「では最初は君に任せよう」とのことだった。しかし使用言語の違いで効果があるかどうかはわからないため不安ではある。


 (大丈夫かなー。日本語、通じるかな……通じるわけないか)


ーー 言葉にするのは意思を示すための手段に過ぎません。モンスターにも通じるのですから、言語が通じるか通じないかは若干効果に差が出るかもしれませんが問題ないかと。それにワタシが英語に変換してから仮面を通して音声を出力します ーー


 (うーん。ならいいか。ってかそんなことできんのか)


ーー はい。いざとなれば力技でなんとかしましょう ーー


 (それはまずいから上手くいってほしいな)


 スーツにメガネの神経質そうな男がノックをして扉を開ける。会議場に各国代表が入場を終え後は俺たちだけとなったので呼びに来たようだ。


 「さて、では行くかね」


 「緊張するなぁ」


 「堂々としたまえ、ペルソナ君」


 「そうよ〜、リラックスよ、ペルソナ」


 「……ふぅ。よし。行きますか」


 ここに来ているのは悠人ではない。ペルソナだ。そう自分に言い聞かせ、これまでの人生で感じたこともない、例えようのない緊張感を打ち消す努力をする。そして案内されるままに、少し大きな扉の前に到着する。


 扉が開かれるとその開け放たれた扉へ向けて数百人の多種多様な国の代表団が一様に視線を送って来ていた。

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