第65話 仮面の君

九月十三日


 伊集院の鬱陶しいメッセージを受け流し、ガイア少年の母親である山里菜々子につきまとっている男を撃退してから数日が経った。この間22層へは行っていない。なぜかというと伊集院が22層に“開拓民”としているらしいからだ。それに狩りをするにしても現状では旨味が無いと言えるので行く気にならないのもある。

 しかし23層を探したいとも思っている。ログハウスの自分の部屋のベッドの上でごろごろしながら、どうしたものかなぁと思っているとメッセージが届く。


ユーリ:やっぽー


ゆんゆん:おっす。なんか久しぶりな気がするな、これでのやり取り。


ユーリ:そうだねー。お互い大体ログハウスにいたから必要なかったもんね。


ゆんゆん:うん。でもこっちで話すと『とんちゃん』って感じするわ〜。


ユーリ:ゆんゆん、私、その名は捨てたのよ……


ゆんゆん:そっすか。それでどうかした?


ユーリ:転移の消費が結構激しくて、それにこっちでもあんまり狩りする時間が取れなくて数日に一回くらいしか帰れてないじゃん? ちゃんとご飯食べてるかなって。


ゆんゆん:まぁなんとかな。


ユーリ:それならいいんだけど。


ゆんゆん:実地試験のクエストって結構忙しいのか?


ユーリ:クエスト(笑) ほとんどが移動時間であんまり自分の時間はないかな。


ゆんゆん:そっかー。大変そうだなー。でも報酬貰えるしいいんでない?


ユーリ:それはそうだけどね。そっちにいた頃がほんと夢の生活だったよ……


ゆんゆん:未だに夢の生活しててごめんなさいね。


ユーリ:……はやく帰りたーい。


ゆんゆん:がんばれとしか言えないな


ユーリ:うん。帰ったらデモハイしよーね。


ゆんゆん:おう。楽しみだな。


 悠里とのチャットを終えると今度は香織からメッセージが。


カオリ:悠人さん! お久しぶりです!


ゆんゆん:香織ちゃんひさりぶり。とはいっても3日くらい前にご飯作ってくれたじゃん。昨日も連絡くれてるし。


カオリ:3日前なんてもう遠い昔みたいですよ〜。っていうかちゃん付けに戻ってますよ?


ゆんゆん:それほど昔じゃないと思うけど。ちゃん付けは……もう癖みたいなものかな〜


カオリ:それでもいいですけど。ところで今からそっちに行ってもいいですか?


ゆんゆん:うん、いいよ。


カオリ:じゃあ行きますね! シュワッ!


 どこぞの星雲から地球に現れる怪獣を倒しにくるヒーロー、ウルトラメンズが帰るために飛び立つときの掛け声だ。主に男子に人気だったのだが、それを香織も知っていたというのは少し意外だった。


 「シュワッってなかなか渋いな」


 「子供の頃よく見てたんですよ〜。パパがウルトラメンズが好きだったので」


 「なるほどねー。ってかチャットしてたと思ってたらもうそこにいるって、転移すごいな」


 「そうですね。悠人さんのおかげです。ということで……」


 「ということで?」


 「悠人さぁぁぁん!!」


 少し後ろに下がったのを見た俺は直感的に察知した。これはアレが来ると。

 少し助走をつけたような仕草をし、そのまま俺へダイブ。俺は一瞬体の中の空気という空気、さらに中身まで出るような錯覚を覚え「ぐふぉあ』などと声を出してしまったが、実際はとてもソフトだった。体格の割に大きな胸もソフトオブソフティだった。そのまま俺の腹の上に馬乗りになり、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。犬みたい。ひとまずは落ち着いてもらいたい。


 「はぁぁぁん! 懐かしいですぅ!」


 「ちょっと香織ちゃん落ち着いて……」


 「さくらじゃないけどユウトニウムの補給です! 悠人さんも、カオリニウムの強制補給です!」


 「わ、わかったから……首に髪が……くすぐったい」


 もはや「ふぅぅぅぅぅんんん!」とか「んんにゃあぁぁぁぁん」とかしか言わなくなった香織。暴走お嬢様ここに極まれり。

 チビも時々こういう感じで戯れてくるのだが、そういう時はぎゅっと抱きしめるようにすると落ち着くので、まさに犬みたいな香織にそれをしてみることにした。


 「はっ! ゆ、悠人さん……? あ、あの……そんな強く抱きしめられちゃうと」


 冷静を繕い「落ち着いた?」と問いかける。なんとか落ち着いてくれたようなのでどうしてそんなことをしたのかを……本当は言わない方がよかったかもしれないが、話題に困ると余計な事を言ってしまうものなのだ、たぶん。


 「チビもこうすると落ち着くから試しにしてみたんだけど、やっぱ落ち着くんだね」


 「香織はチビと同じですか……じゃあ悠人さんにも同じようにしてあげますっ!」


 「え? ちょ、まっ!」


 そして俺は、再びの暴走お嬢様のお胸様に埋められた。ログハウスのお犬様(狼)にしていた方法をやり返された形だ。しかし俺にとって、する場合とされる場合では決定的な違いがある。とても柔らかいしなんかいい匂いするし、これは落ち着くどころか逆効果だ。しかし全然離してくれる気はないようでちょっと困った事態になっている……部分的に。しかし香織は小柄なので、その部分的な部分には触れることはないのだ。


 もうなんだか自分でもわけがわからなくなってきたが、している側である香織が落ち着いていない、言うなれば暴走状態な気がするので、少し落ち着いてくれるまでそのまま無我の境地を極めんとしていた。


 しばらくして自分がしていた事を冷静に見られるようになった香織は飛び退いて「ごごごごごめんなさい」と言っていた。


 「びっくりしたけど、うん、なんかありがとう」


 「く、苦しくなかったですか?」


 「いいや、ありがとう」


 気遣う香織に対し俺は感謝の意を示すことしかできなかった。


 その後気まずい雰囲気をちょっとだけ残しつつ、しかし楽しく会話し、温めれば食べられるようにいろいろ作ってから悠里たちの元へ転移で戻っていく。


ーー それにしてもご主人様 ーー


 (ん? どしたのエアリス)


ーー あそこまで行っといて本番が無しとか、期待はずれもいいところなんですが ーー


 (何を言ってるんだよ)


ーー せっかく童貞をそつぎょ ーー


 (どどどど童貞じゃねーし!)


ーー まあいいです、知ってますし。それに素晴らしいデータも取れましたし問題ありません ーー


 (そうですか…‥それはよかったでつね)


ーー はい。よかったでつ ーー


 リビングからまた部屋に戻ろうとしたとき、さくらがログハウスに転移してきた。その顔には何かがあったことを察するに容易い表情が張り付いていた。


 「ゆ、悠人君、よかった、居てくれて……」


 「どうしたの?」


 「それがね……22層の開拓民が、隔離されたわ」


 「へ? 隔離?」


 「そう。それでどうすればいいかわからなくて……」


 「詳しく教えて」


 俺に何ができるのか、とは思うが、とりあえず状況を聞かなければならない。気が気でないようなさくらを少し宥め説明してもらう。


 「22層には開拓民として、これまで別のところで活動していた自衛隊員と探検免許を取得した中から希望者を募って所謂植民をしていたの。その目的として、ダンジョン内で生活ができることの実証とダンジョン資源の発見・収集よ。ダンジョン内での生活というだけあって、地上から野菜の種子や果樹の苗木を持ち込んでいたの。それで今日、居住予定者の人数が百人になったところで22層で“声”がしたらしいわ」


 声か。ダンジョンで声がするなんて、俺に思い当たるのはひとつしかない。


 「声? まさか“大いなる意志”?」


 「名乗らなかったらしいからわからないのよ。けどね、その声が子供のような声だったって」


 「ショタボイス……ダンジョンで声……大いなる意志な気がするね」


 大いなる意志がどういうつもりでそうしたのかわからないが、できることなら解決した方が良いように思う。この際、俺にできるのか? なんてのは横に置いておく。


 「それで隔離っていうのは?」


 「外から中には入れるらしいの。それに出ていく事も可能よ。でもその百人は外に出られないらしいわ」


 「ところでその声はなんて言ってたかわかる?」


 「そうね、それを言ってなかったわね。えっとたしか……『居住の意思を持つ人間が百人集まったよ。男六十、女四十、これからがんばってね!』だったかしら」


 「ずいぶん適当な感じだね」


 「ほんとよね……」


 「ってかほんとダンジョンってなんなんだろう。実際には存在しない場所なのか他のどこか別の場所なのか。でもログハウスに住んでおいて存在しないとは思えないしなぁ」


 「どうであれ今はその百人を救出しなきゃ」


 「そうだね。とはいってもどうすればいいか……直接行ってみるしかないか。でも会いたく無いやつがいるっぽいんだよなぁ」


 「それならマスクとかで顔を隠せばどうかしら? 今なら向こうは陽も落ちてるし暗視でも持ってない限り大丈夫じゃない?」


 22層は夜があるということか。まあ20層や21層もあったりなかったりするしな。


 「とりあえずエアリスに頼んでみようかな。ということでエアリスさん、どうでしょう?」


ーー はい。いつでも作成できます。それに加え、翼と武器をもうひとつ作ってもよろしいでしょうか? ーー


 「……さくら、ちょっと時間かかるけどいい?」


 「ええ。待つわよ」


 快く待つと言ったのは今すぐに行ったからといってどうなるわけではないと言うことだろう。

 部屋に戻った俺はエアリスに、身体の使用権を含めた全権限を預ける。視覚や聴覚だけ共有することも可能だが、今は短時間で済む方が良いと思ったからだ。それにそんな状況でわざわざそれを進言してくるくらいだ、何かあるのだろう。


 それから二時間ほどが経過した時、俺に感覚が戻って来た。目の前には剣と仮面。翼はすでに装着されている。


 目の前に置かれた剣は幅が30センチメートル以上ある両刃で、刀身は150センチメートルほどもある。色は黒だが良くみると表面が煌めいており、虹星石をかなり細かく粉末にしたものをかなりの量練り込まれているのが見て取れた。一体どれだけ虹星石を使ったんだろうか。重さは程よくあり、STRが100以上ある俺が片手で振り回すには少し重いかなと感じるくらいの重さだ。


 そして黒い仮面。顔全体を覆うことができ、薄く軽く、しかしそれでいて頑丈に作られている。装着してみると、視界が狭くなるかもしれないという不安は払拭された。着けていないかのようにまったく視界が変わらない、それどころか着けていた方がよく見えるかもしれない。例えるなら、近眼の人がコンタクトレンズをつけた時のような感じだろうか。視界が広がる感覚だ。


 最後に翼を試しに広げてみると、以前より大きさが若干大きくなり、見た目と質感はゲームでよく見たドラゴン、黒竜の翼と言えるものだった。


 「うわぁ……なんだか、いろいろとすごいわね」


ーー 今回は自重するように言われておりませんので、勝手ながら現状でできる最大限としました ーー


 「あぁ……確かに言ってはいないけど」


ーー 剣はガイア少年の持つ“ブリュンヒルド”を参考にしました。エッセンスを流し込むことで性能を大幅に強化できます。鞘も頑丈にできているので、いざとなれば鞘に収めたまま鈍器として戦うことも可能です。手で持てるようにもしてありますので、剣と鞘の二刀流も可能です。仮面は【索敵】と、ダンタリオンでの二の舞を避けるため、精神を守るよう付与をしてあります。さらに翼は単純に性能が上がっただけの蝙蝠のような翼ですが、仮面装着時には見た目が現在の“黒竜の翼”になります ーー


 剣と鞘で二刀流? この馬鹿でかいのでそれをやれというのか。手に持った感じではできなくはなさそうだが……さすがに剣が重い。

 あとは仮面か。紐のようなものは無く顔に当てるようにするとどういうわけか顔の前面に張り付くような感じだ。しかし肌に触れている感触はなく、これまた不思議な感じ。でもこれをいちいち取り出してパカッと顔に装着……みたいになるのか…?


 「ふむふむ。仮面をいちいちつけたりはずしたりしまったりしなきゃならんのが面倒だなぁ」


ーー そういうだろうと予測していましたので、なにかキーワードを言えば小型化していても仮面と剣が換装されるようにしてあります。解除する時も同様です。キーワードは未設定ですので設定をお願いします ーー


 「キーワードかー」


 「仮面だし、ラテン語でペルソナっていうのはどうかしら?」


 「なぜにラテン語?」


 「悠人君はそういうの好きかなって。そうなると剣はエリュシオンね」


 え? 変身シーンみたいに『ペルソナァァ!』とか言うとガッシーンみたいになるの? え、なんか恥ずかしすぎないだろうか。さくらは俺にそれをさせて、うふふ〜とか言って見てそうだし……。


 「キーワードは普通に『換装』でいいんじゃないですかね? 剣はどうしてエリュシオン?」


 「響きよ」


 意味があるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。いや、響きが良いっていうのも充分な理由か。


 「な、なるほど。じゃあエアリス、キーワードは『換装』。剣の銘はは“エリュシオン”に決定らしいよ」


ーー 了解しました。……キーワードの登録完了しました。尚、剣は手放しても銘を呼ぶことで手元に戻ってくるように指示できます。それと、これまで使用していた服装を含めた装備をリンクしました。仮面を装着することで全ての装備が現在のものへ、その状態を解除すればジーンズ等季節、気候に合わせワタシがチョイスした服装に換装可能です ーー


 「その服も用意してあるの?」


ーー はい。普段着を少々強化しましたので、戦闘も可能です。御影悠人としてはラフな格好で、仮面を換装した場合に現在のようなガチめに見えるスタイルになります。はぁ〜! 良い仕事をしました! ーー


 「ほんとがんばりすぎじゃない? でもま、いろいろ便利そうだね。よし、これで22層でも別人を演じられるな!」


 「ところで、その仮面を着けている時はなんて呼べばいいのかしら?」


 「あっ、確かに。名前で呼ばれたら意味ないね」


 「そうねぇ。う〜ん。“ブラックドラゴン伯爵”はちょっと微妙よね」


 「ちょっとどころじゃないね?」


 どっからその発想が出てきたんだろうか。そう思っていると次の案が飛び出す。


 「“竜翼の殺戮者”……なんか違うわね」


 「なんかっていうか全然違うよね!?」


 物騒すぎる。そして厨二すぎる。いや、かっこいいなとか思ってないよ、ほんとほんと。


 「黒衣の剣士……うーん」


 「うーーん。それはアカンと思います」


 思わず声に出して否定してしまったが、とにかくやめておいた方が良いと思う。だってもしも探検者が溢れるようになったら、そういう二つ名を好んでつける人って多そうじゃん。「え、君、黒衣の剣士?」「え? 君も黒衣の剣士?」なんて事がよくあっては困るだろう。たぶん。


 「もうペルソナでいいんじゃないかしら?」


 ペルソナ……仮面って意味だよな。そのまんまだけど理由ともマッチしてるし、他に良い案も出てくる気がしないからもうそれでいいか。


 「まんまだけどなんか無難な気がする」


 「じゃあよろしくねペルソナ君?」


 「君はやめましょうよ」


 揶揄うようなさくら。ちょっと緊張しているのを隠しているつもりだが、それに気付いて気をやわらげようとしてくれている? さくらならあり得るか。


 「じゃあ、よろしくお願いねペルソナ」


 よろしく、と返した俺は不安に思っている事をさくらに言ってみる。悠里たちにも知られる事になるだろうし、その時への布石として。


 「厨二全開っぽいけどこれさくらが決めたんだからね? あとでネタにするのやめてね?」


 「それはなんとも言えないわね」


 「なんとも言えないんかーい」


 ネタにする気満々じゃないか。でもまぁそういう気安い感じも嫌いじゃないし、みんなが楽しいならいいか。


 ということで21層の泉にある石碑まで移動すると、石碑に触れる。すると声が頭に直接聴こえてくる。


《超越者は時を超え、最果てを救ってね》


 ゲートを通り22層へと到着する。そこには百人どころかその倍ほどの人数の人がいた。

 地上にあるマグナ・ダンジョンへと帰ることができずに頭を抱える者、関係ないとばかりに拠点建設を続ける者、泣き喚く者、その泣き喚く女に気安く触れてナンパをしている伊集院。なんとなくイラッとしたのですれ違い様にこっそりとベルトを【剣閃】で斬っておいた。それらとは別に、落ち着いた人たちもおり、おそらくそのほとんどが外との往来が可能な人たちだ。

 索敵で伊集院がズボンが落ちないようにしながらどこかへ逃げるように走っていくのを感知しつつ、その落ち着いた人たちの中に見知った顔を発見する。


 「あれって軍曹だよね?」


 「そうね。悠人君は今ペルソナだからそういうことで話を通してくるわね」


 「うん。お願いします」


 さくらが軍曹と話をしている間、周囲の様子を窺う。


ーー ここにはダンタリオンのようなものはいないようですね ーー


 (ならまずは安心かな)


ーー 引き続き監視を続けます ーー


 (うん、頼むね)


 今のところは安全かなと思っていると、さくらが軍曹を連れてこちらへ戻ってきた。


 「軍曹、こちらがペルソナよ」


 「ゆ……ゴホン、君がペルソナか。よろしく頼む」


 「なんか恥ずかしいんですが」


 「まあ……そうだな。こちらも笑うのを堪えるのでいっぱいいっぱいだ。だが、事情があるのだし仕方ないだろう?」


 「事情と言ってもくだらない理由ですけどね」


 軍曹は「それも充分な理由だ」と言ってくれた。超個人的な理由だし、変な格好で人の視線を感じはするが、理解者がいるというのは心強い。


 「そういえば忘れていたけれど、探検免許をその状態で使ったら、正体がバレちゃうわね」


 たしかにその通りだ。使わないようにすればいいと言えばそうだが、ダンジョン内で身分を証明する必要がある場合は一発でバレてしまう。それに探検者同士で金銭的なやりとりをする場合ももしかしたらあるかもしれず、そうなった時に困る。


 「軍曹、ペルソナの免許なんとかならないかしら?」


 「わかりました。悠人の免許は二尉が手配しているので、自分が手配しておきます。二尉が手配するよりは足が付きにくいでしょうし。なあに、自分も二等陸曹ですし、伝手もありますから大船に乗ったつもりでいてください」


 「そうね。お願いするわね」


 足がつきにくいなんていうと何か悪いことをしている気がしてくる。実際探検者免許の二重取得はどうなのだろうか。たぶんダメだよな。でも自衛官の軍曹が手配してくれるなら違法な手段でとはならないだろうし、別人としてできるならいいのだろうか。うーんわからん。

 とはいえ軍曹がこんなに自信有り気だと逆に不安だな。


 それから二人がこの幻層の開拓民として派遣された探検者たちをどうするかについて話している。内容的になんだか俺に白羽の矢が立っているような……


 「悠人君としてはあまり目立ちたくないのよね?」


 「それはそうだね」


 「まさか二尉、まだ話していないのですか?」


 「えっへへー、忘れてたわ☆」


 頭をコツンとして某お菓子メーカーのイメージキャラクターのようにペロッと舌を出したさくら。俺と軍曹が言葉を失ったのは必然だっただろう。まぁぶっちゃけ、かわいいは正義。


 「コホン。実は今回の救出作戦は、探検者としての正式な依頼なのよ。それで悠人君にお願いしたのだけど、よくよく考えると間違いなく目立つのよね。というか目をつけられるわ」


 「どういうこと?」


 「私や軍曹はダンジョンの件では少し特殊な立場にいるのよ。それで、探検免許も申請をすれば誰に文句を言われることなく発行してもらえるの。そういった権限を持っている人が推薦する人物、悠人君のような人や探検者の中で評価が特に高い人物にだけこの依頼を受ける権利があるのよ」


 「ってことは、これに関わること自体が特別なことで、目立ち兼ねないもの、ってことかな」


 「そういうこと。それで軍曹がペルソナに探検免許を発行して依頼を受けてもらう形ね。もしペルソナの免許を私が、となると、関連を疑われるところから始まっちゃうと思うわ。原則推薦できるのは一名だけだから。軍曹ならまだ推薦した人はいないし、関連を疑われるところに至るまで時間がかかるかもしれないということね」


 軍曹がたまたま見つけた一般人に目をつけて、たまたま探検者免許を持っていなかったので、免許不所持とさせないために推薦したと言うことにするのだろう。すごく雑だと思うがそんなので大丈夫だろうか。まぁ深く考えても仕方ないし、案外安直な方が逆にうまくいくのかもしれないな。そもそも俺にはその辺のことがさっぱりなので丸投げする他ないんだが。


 「ダンジョンジビエハンターとしては悠人、こういう場合はペルソナってことにしとこうかな、基本」


 「わかったわ。でも実地試験見届けの依頼はときどき悠人君にお願いするかもしれないからよろしくね。出張みたいになるかもしれないけど」


 「さすがに推薦した探検者がなにもしないのはまずいよね。実家の周辺にも探検者になりたい人はいるだろうけど、そういえば俺ってまだ試験見届けしたことないな」


 「そうね。悠人君の近所の人はだいたい他のところで受けるようにされてるはずだから」


 他のところか。ガイアを助けた一般家庭のダンジョンはなさそうだな。となると公民館にもできたって聞いたしそこかな。SATOに肉を届けに行く時なんかに見かけたのはたぶんそこに通ってる人たちだったんじゃないかと思う。何にしても俺は恵まれてる。おそらく俺に試験官の仕事が回ってこないのはさくらがそうなるようにしてくれているからだろう。


 「では自分はペルソナの探索免許発行を申請して参ります」


 ビシッと敬礼をキメた軍曹は駆け足で22層から出ていった。しかしペルソナとして活動するなら、免許発行まで待たないとダメかな?


 「免許発行までどのくらいかかるの?」


 「悠人君のは最初だったからすぐだったけど、今回は二日くらいはかかるんじゃないかしら」


 「二日かー」


 「でも調査くらいなら問題ないわよ。免許を提示する必要もないし。必要になるとすれば依頼受注時と完了報告、報酬受け取りくらいね。あとは身分証明にもなるけれど、他に誰かが一緒ならたぶん問題ないでしょう」


 「ふむふむ。さくらがいてくれるなら問題なさそうだね。でも、調査ってどうすればいいやら」


 「右も左も分からないとはこの事ね」


 開拓民の百人が隔離された、というくらいしか情報がないからな。何をどう調べていけばいいのか、それ自体を調べるところからか……。なんだか面倒な事に首突っ込んじゃった気がするなー。

 ふとこちらにやってくる時に声が聴こえた事を思い出す。


 「そういえば石碑のゲートを通る時に、たぶん“大いなる意思”の声を聞いたよ。『超越者は時を超え、最果てを救って』って言ってた」


 「……どういう意味かしら」


 「俺が“人界之超越者”ってことは大いなる意志には知られてたし、もしかしたら超越者って俺を指してるかもだけど、あとはさっぱり」


 「1マスも進んでいないのにふりだしに戻された感じね」


 「そもそも進んでもいないもんね」


 その後も拠点の周囲を少し見回った。すると初めてここに来たときに見かけた冠羽根が長く尾羽も長い鳥のモンスターが群れて飛んでいるのが目に入る。


 「あの鳥、前に見たときより数が増えてるなぁ」


 「結構大きいわね。敵意は感じるのかしら?」


 「それはまったく」


 「それなら放置でいいのかしらね」


 「ところで開拓民の人たちって、保護されるの?」


 「今のところはそうでしょうね。でもそれがいつまで続くのかはわからないわ」


 「ダンジョン資源を見つけられないと援助も減っちゃう?」


 自費で参加とか参加者が協賛なんて事はないだろう。それならどこからかはわからないが資金が出ているはずで、成果がなければ減らされるかもしれない。


 「可能性はあるわね。これには国だけじゃなく一般企業も出資しているから……」


 「うーん。せめてもっと狩りやすくて肉ドロップするモンスターがいればなぁ」


 「今はどこかに隠れてるだけかもしれないし、まだわからないわよ?」


 「まぁそうなんだけどね」


 拠点へと戻ると、少し内股でズボンを押さえた男が気の強そうな女性からビンタされていた。ビンタされているのは俺が先ほどベルトを斬った伊集院だ。


 「あら? 何か揉め事かしら?」


 「あいつが俺が会いたくないやつだよ。さっきちょっとした出来心でベルト斬っちゃったんだよね。後悔はしてないけど」


 「何を話してるかわかる?」


 スマホの画面にエアリスが盗聴結果を表示する。


ーー だから違うって言ってんだろ!? 何が違うのよいきなりズボン下ろして迫ってくるなんて! だからいつの間にかベルトが切れてたから代わりになるものがないかって聞いただけじゃねーか! あっちいけ変態! だそうです ーー


 「……なんだか少し気の毒ね」


 「悲しみを生み出してしまったか」


 「あら? さっそくペルソナモードかしら?」


 「こういう感じのキャラにしようかどうしようかなぁなどと」


 「楽しんでるみたいね?」


 どうせやるなら楽しんだ者勝ちだ。例えイロモノ探検者と呼ばれることになろうと、楽しければいいのだ。


 今日は一旦ログハウスに帰ることにした。帰り際、未だにベルトを探している伊集院がちょっとかわいそうになって、即席のベルトを作って自分だとバレないだろう距離から伊集院の足元に投げ、22層を後にした。


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