第64話 ただし中身イケメンに限る


 今日はひさしぶりに自宅で目を覚ました。今何時だろうとスマホを見ると、数少ないリアルの……たぶんおそらく一応友人かもしれない伊集院(イジュウイン)貴志(タカシ)から「最近なにやってんだ?」とメッセージが来ていた。「ダンジョンに潜ってる」と返事をするとすぐに既読がついた。


伊集院:ダンジョンって、あのダンジョンか?


ゆんゆん:そうだ。


伊集院:ほんとか? ゲームのとかじゃなくて?


ゆんゆん:実際のダンジョンだ。


伊集院:ほんとかよ。信じらんねーな。


ゆんゆん:それで? 何か用か?


伊集院:お前のことだからテレビも新聞も見てないと思うんだが、最近お前ん家の近くで事件があったの知ってっか?


ゆんゆん:事件? こんな平和な住宅街で?


伊集院:なんでもダンジョンに入った行方不明の中学生が1週間以上ぶりに帰ってきたらしくてよ、誰かが助けに行ったみたいなんだが、行方不明だった中学生もその親も、誰に助けてもらったか言わないんだとよ。


ゆんゆん:へー。


伊集院:そんで、近所でそんなことできそうなやつ知らないか?


ゆんゆん:知らんなぁ。


伊集院:知らねーのかよ。俺、探検免許取って今度マグナ・ダンジョンの新層開拓に行けることになったから、そいつが使えそうなやつなら誘おうと思ったんだけどな。


ゆんゆん:探検免許ってそんなに簡単に取れるのか? ってか伊集院、仕事は?


伊集院:俺にとっては簡単だったな。そんで実地試験でダンジョンに入ったんだけどな、自衛隊が小銃持って護衛についてたが、大げさすぎるだろ、虫を1匹倒すだけだってのによぉ。あ、あと会社倒産したから無職だ。でも虫倒して腕輪手に入れたし、職業探検者ってとこだ。


 すごいなー伊集院! とでも言うと思ったか! まぁこいつは昔からこういうやつだ。なにかとマウントを取ろうとしてくる。めんどくさいから適当に流しとこ。


ゆんゆん:そうか。まぁこんなご時世だもんな。


伊集院:それで、お前は探検免許取らないのか?


ゆんゆん:今のところ必要性は感じないな。


伊集院:簡単だったしお前でも取れるから受けてみろよ。その方が堂々とダンジョンに入れるし、中で手に入る物も買い取ってもらえるらしいぞ。


ゆんゆん:そうか。それは追々でいいや。


伊集院:マジかよ。早めに取っておいたほうがいいぞ? そのうち探検免許が社会的なステータスになるのはわかってるしな。お前にも女の一人や二人できるかもしんねーぞ?


ゆんゆん:それも追々でいいや。


伊集院:そうかよ。せっかくアドバイスしてやったのによ。じゃあ俺は明日から新層開拓に行くことになってるから、そこでお前にちょうど良さそうなレベルの女がいたら紹介してやるよ。


ゆんゆん:そうか。まぁがんばれ。


 適当に相手をしておいた。


ーー 気に入らない男ですね ーー


 (俺もそう思う)


ーー ご主人様の記憶によると、たしか学生時代のある時を境にご主人様に対し優位に立とうとしている人物でしたか ーー


 (そうそう。確かあいつ主催の飲み会だったかな)


ーー そこで何かあったのでは? ーー


 (まっさか。その中の女の子と連絡先交換しただけでなんもなかったぞ?)


ーー まったく、ご主人様はニブチンですね本当に ーー


 (どーしてそうなるのかわからんのだが)


 伊集院は明日から22層に行くと言っていたから、しばらく22層には行きたくないな。


 あいつは男友達だけで遊ぼうと集まる時でも毎回のように違う女性を連れてきていた。顔だけは良いからな。連れてくるのは俺たちに見せびらかしたかったんだろう。その時の表情はというと『俺はお前らと違ってすぐ女ができる』『どうだ? うらやましいだろ?』とか自分に酔ってる節があり、俺たちはいつからか伊集院には知らせずに集まるようになっていた。

 別の友人からの話によると、一度はデートができても二度目は断られ続けるらしく、ちょっとだけざまぁ! と思っていたりもする。まぁそんな伊集院の事はどうでもいいか。


 それじゃSATOに肉を届けに行かないとな。俺には大事なお仕事があるのだ。

 SATOのドアを開けると、いつものようにカランカラ〜ンという音に迎えられる。


 「おはようございまーす、ミカゲでーす」


 「おっ、御影君。いつも良いタイミングで来てくれるね」


 「そうですか?」


 「あれからますますお客さんが増えてね。もうこれ以上増えてしまったら回せないくらいだよ」


 「繁盛してるようでなによりです。それじゃあ今日も前回と同じくらいで大丈夫ですかね?」


 「ああ、お願いするよ」


 佐藤さんに確認を取りいつも通り奥の貯蔵庫へ肉を納めていると、店のドアが開きカランカラ〜ンという音が鳴った。もうお客さんかな? と思ったが、確かSATOの開店時間は午後からのはず。すると店内から緊張していそうな女性の声と佐藤さんの会話が聴こえてきた。


 「早すぎましたか?」


 「いやいや、説明もしなきゃなりませんし、丁度良い時間ですよ」


 「そうですか。では本日からお世話になります。よろしくお願いします」


 「こちらこそよろしくお願いします。アットホームな職場なのでそんなに緊張なさらないでください。まあアットホームというか、家族経営なのでそのまんまホームなんですがね。はっはっは」


 ドヤ顔の佐藤さんが目に映るようである。アットホームな職場は外部から来た人や新人にとって、いきなりラスボスと戦わされるような緊張を感じる場合があるのだが……とはいえ緊張を解してあげようとしているのだろう。相手の女性はガチガチに緊張しているようだからな。

 納品を終え店内に戻ると、未だ緊張が解けきってはいない様子の女性と佐藤さんが談笑していた。


 「佐藤さん、終わりましたよ〜」


 「御影君、手際が良くなったね」


 「そりゃご贔屓にしてもらってますから。漸く慣れてもきましたし。それで、そちらの方は……?」


 「ん? 会ったことがあるはずだよ?」


 「こんな綺麗な人、あったことありましたっけ?」


 その女性は綺麗と言われたからか少し頬を朱に染めている。それにしてもどこかで見た気がする。しかもごく最近。


 「今日からパートで入ってもらうことになった、山里菜々子さんだよ」


 「きょ、今日からここでお世話になります、山里菜々子です! 御影さん、その節はお世話になりました!」


 「え? 山里さんって、ガイア君のお母さんの?」


 「は、はい。な、なにか変でしょうか……?」


 「あ、いや、そういうわけでは」


 まじまじと見つめてしまってそんなことを言われてしまう。美人耐性は付いてきているはずなんだが、ログハウスにはいないタイプというか。


 「御影君は山里さんが美人だっていうことに今さら気付いて見惚れているだけですよ」


 「そ、そんな、私なんて」


 佐藤さんはお茶目にウインクをしてくる。もう片方の目も半分くらい閉じていてウインクというかまばたきに近いが。だがこれは俺もフォローに参加しないといけないな。


 「佐藤さんの言うとおりです、すみません」


 「あ、ありがとうございます…。わ、私着替えてきますねっ! 更衣室はどちらを使えば……」


 「着替えはあちらです」


 山里さんは「ありがとうございます」と言って奥へ消えていった。それにしてもガイア少年捜索の時とは大違いだな。自分の子供を心配する母とは自分のことなんてお構いなしになるもんなんだな。

 佐藤さんと談笑していると着替えが終わったようだった。


 「あの、着替えおわりましたけど、大丈夫でしょうか……?」


 俺と佐藤さんが振り向くと、膝上くらいの丈のスカートにキャミソール、そこにふりっふりでハートの刺繍なんかが入ったりしている、なんというか新妻エプロンのようなものを着けている山里さんがいた。これは恥ずかしい。

 その後ろから山里さんを押し出すようにやってきた佐藤さんの奥さんはドヤ顔だ。


 「スーツしか持って来てなかったから私のを貸してあげることにしたわ!」


 「はい、奥様が貸してくださいました」


 「……山里さん、妻に無理に付き合わなくていいからね?」


 その様子を見た俺は「また届けに来ます! では!」と言葉の勢いに任せて店内を後にする。見るのは良いものだが、それをフォローする事は不可能と判断した結果だ。

 あの格好は佐藤さんの奥さんの趣味のようだが……山里さん、大丈夫だろうか。そのうちもっと変な格好で接客させられるんでは……。まぁ俺が気にすることじゃないな。


 自宅への帰り道、行き交う人々が以前に増して心なしか大きなケースや棒を布で包んだようなものを持っているのが目に付いた。“探検免許”が発行されたこともあり、それ以前に“ダンジョン肉”も食料として認められていたこともあってダンジョンのある生活が根付き始めているように感じ取ることができる。しかしそれでもプライベートダンジョンから20層へ到達した人は俺たち以外未だに確認されていないのが不思議だ。

 そもそもその見かけた人たちが探検免許を持っているかというと……おそらく持っているとしてもごく少数だろう。


 (見かけた人たちがみんな探索者なら20層が人で溢れてもおかしくないと思うんだけどなー)


ーー 能力如何によって難易度は変わりますし、そもそも深く潜ることが目的なのでしょうか? ーー


 (……それって、肉を狩りたい人が多いかもしれないってこと?)


ーー はい。近頃経済があまりうまく回っていないように感じまして調べました。世界の国々のおおよそ二割ほどが経済破綻していました ーー


 (俺、そういうの詳しくないんだけどさ、たぶんヤバいよね)


ーー 間違いなくヤバいです。ここ日本は何事もないようになんとか出来ていますが、それが崩れるのも時間の問題かもしれません。破綻の連鎖が始まってしまえば、他の大国であれ例外ではないでしょう ーー


 (そういう情報って知ってる人多いのかな?)


ーー それは不明です。しかし物価が上がれば自然と自給の道を探す場合もあるかと。今であればダンジョンに向かうことも充分有り得るのではないでしょうか ーー


 (なるほどねー。家庭菜園のダンジョン版みたいなもんかな。なんとなくわかった気がしないでもない)


 実は世界は、見た目とは裏腹に相当危険な状態なのかもしれないな。しかしその状況でダンジョンの数は減ったわけで。自宅のダンジョンもいつ他のダンジョンに統合・吸収されるかわかったもんじゃないな。今のうちに集められるだけ肉を集めておいた方がいいのだろうか。


 自宅へ戻ると、おそらく剣を背負っているであろうガイア少年が玄関の前にいた。これはもしや、世に聞く直談判というやつでは。


 「あっ! お兄ちゃん!」


 「どうした? 少年」


 「えっと、今日からお母さんが仕事で、あと学校が休みになっちゃって……」


 もじもじと言い難そうにしている。どうせ暇だしな、付き合ってやるか。


 「暇だからダンジョン連れてけって?」


 「う、うん!」


 「なるほど。俺も暇だしこれから狩りでもしようと思ってたからいいぞ」


 「やっりぃ! さすがミカゲ兄ちゃん!」


 「何がさすがなのかはわからんけども、まぁ行くか。あ、そうだ。連れていく代わりと言っちゃなんだけどさ、肉集めしたいから、武器は出なくなると思うけど回収は俺がしていいかな?」


 「うん、いいよ! 今なら三本持ってるし、一本ダメになっても大丈夫だし!」


 「あぁ、この間19層でドロップしてたちょっとゴツい剣か」


 「そうだよ! これ! 見てみる?」


 「お、見して見して〜」


 その剣は幅広で、全体的に白が基調になっている。表面は薄らと虹星石を思わせる色合いをしており、試しにエッセンスをちょっぴり流し込むと剣をオーラが包み込む。

 重さもなかなかのもので、この小柄な少年が持つには少し大変だろうなと思う。


 (エアリス、剣って名前あるのか?)


ーー はい。あるようです ーー


 (じゃあこの剣は?)


ーー 『ブリュンヒルド』です。現在の銀刀よりも性能は上、エッセンスを流し込むことで性能強化が見込めるようです。しかし少年が使うには少々大振りですので両手剣として使うと良いでしょう ーー


 (わー、昔やってたゲームで聖剣って言われてた武器にそんな名前のがあったぞー。この少年、ほんとゲームを再現してるのでは……でもこの少年が産まれる前のゲームだしな、偶然か。いや、そもそもありきたりな名前だから不思議じゃないか)


 「ありがと、すごい武器だなこれ」


 「わかるの?」


 「うん、そっちの二本よりも全然強いみたいだぞ」


 「そうなんだ。でもやっぱり、二刀流って……」


 「かっこいいよな!」

 「かっこいいよね!」


ーー ご主人様もガイア少年とは良い酒が飲めそうですね? ーー


 (だが未成年だ)


 聞けばガイア少年は、彼の母親にはこの事を言わずに来たらしい。さすがに無断で、というわけにはいかないよなぁと思い山里さんに電話をする。初めは渋っていたが、途中から俺のスマホを奪い自力で了承を勝ち取ったらしいガイア少年は良い仕事をしたような顔をしていた。

 ガイア少年に星銀の指輪を着けさせ転移の珠で19層へ。そこで俺はなるべく能力を使わず彼の二本の剣と俺の銀刀で狩り進んで行った。その狩りは至って順調、凶暴化した19層のモンスターも難なく倒していく。ダンジョン統合以前と比べてモンスターの数が増えた御影ダンジョンはなかなかおいしい狩場になっており、ゲームでレベル上げをするならこういった消費が少なくそこそこおいしい場所で延々と狩り続けることが多いだろうなと思う。とりあえず肉がたくさん手に入ってホクホクだ。

 

 「ふぅ。ミカゲ兄ちゃん、もうここらくしょーだね!」


 「そうだなぁ。そろそろ腹減ったし、ログハウスに行ってなんか食べるか?」


 「うん! 行くー!」


 ログハウスに二人で転移するとさくらがちょうど料理? をしている最中だった。ちょっと焦げたようなニオイがしていたりするが、きっとそういう料理なんだろう。だってマグナカフェで食べたカレーはおいしかったし……。とはいえ特定の料理しかできないってこともあるのかもしれない。それに軍曹が何か言っていたような……


 「あら、悠人君にガイアちゃん、お昼食べる?」


 「うん、何か作ってるの? 手伝おうか?」


 「え、い、いいわよ? 私が作るから。」


 焦げがうまいというのはわかる。しかし俺が見たそれはその領域を飛び越えている気がした。

 ここはひとつ手伝うアピールをし多少中和できそうなものを何か……


 「あ、そ、そう? でもやっぱ手伝うよ?」


 「いいからいいから。リビングで待ってて?」


 「わ、わかった」


 頑として自分だけでがんばる気持ちを強く感じてしまい、それ以上は口を出さないことにした。言い換えれば、諦めた、とも言う。もひとつ言えば、覚悟を決めたとも。

 仕方なくリビングで待つ俺とガイア少年。不安なのは二人とも一緒だ。判決を待つ気持ちとはこういうものを言うのだろうか。


 「兄ちゃん、さくら姉ちゃんは何を作ってるのかな?」


 「……なんだろうな……俺もわかんないな」


 ガイアも不安なのだろう。だが大丈夫だ、俺も不安だからな。

 しばらくするとキッチンから「できたわ!」と聴こえたのでテーブルにつく。そして出て来たのは、白いごはんとちょっと焦げが目立つ肉野菜炒め、そして黒い何か。


 「ちょっとだけ失敗しちゃったけど、まずまずの出来よ!」


 「ちょっとだけ……?あの、これは一体…」


 「卵焼きよ! ちょっと焦げちゃったけど、そこを退ければ大丈夫なはずよ?」


 「た、たしかに中はちゃんと卵焼きだね。じゃあいただきます……」


 思えばダンジョン21層でログハウス生活を始めてからさくらがソロで調理したものを食べるのは初めてのことだった。卵焼きと言われたその黒い塊は、焦げを取り除けば中は……もしかすると普通よりもおいしい卵焼きだった。なぜこうなるかはわからないが、全ての旨味が凝縮されたような。肉野菜炒めは焦げ部分がなかなか難儀だったが、まぁ……ほぼ焦げているだけで肉野菜炒めだった。そして白米は、日本の炊飯器の技術に感謝した。


 「ごちそうさま。おいしかったよ」

 「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 俺とガイアの目はどこか遠くを見ているかもしれない。そういえば今更だが思い出した事がある。軍曹はあの時言っていたのだ、カレー“だけ”は美味い、と。


 「あらそう? よかったわ〜。料理って苦手なんだけど、おいしいって言われるのって嬉しいものなのね。もっと作ってあげたくなっちゃう」


 もっと作られるわけにもいかないので丁重にお断りした。その熱量を調理に加えられてしまうと、本格的なダークマター料理が完成してしまいかねない。


 誰にでも得手不得手というものがあり、さくらの場合はそれが料理だったのだろう。しかしやる気があるならそのうち上手にもなるかもしれないし、それに期待しておこう。カレーはうまかったし。

 そんな偉そうなことを言っても、俺が作ったって似たようなものだ。さすがに卵焼きを黒い塊にすることはないけど。


 食後、ガイア少年は母親である山里菜々子さんが最近外を出歩くといつも誰かにつけられている気がすると言っていた、と語った。それは旦那さんがダンジョンから帰って来ず、仕事もなくなったことで避難所の炊き出しをしようと企画して食材集めに奔走していた頃に遡る。それからガイア少年に、時々そういった不安を漏らすようになったのだという。


 「悠人君、その女性(ヒト)、良い人なのかしら?」


 「俺はそう思ったけど?」


 「ちょっと心配ね。何もなければいいのだけど」


 「そうだねぇ。警察とかもそういう問題は今まで以上に後回しみたいになりそうだし。ガイアを迎えに家に来る予定だから、今日は一応送って行こうかな」


 「送り狼になっちゃダメよ? お姉さんとの約束よ?」


 「そんなことになるわけないじゃないか……」


 「送り狼ってなに?」


 そういえばガイアがいたんだった。ガイアはこの間までランドセルを背負っていたわけで、あまりそういう言葉を知らないのだろう。俺とさくらはアイコンタクトによってガイアにとって知る必要はない事だと意見を一致させた。


 「ガイアは知らなくてもいい事だぞ」

 「ガイアちゃんにはまだ早いかな〜?」


 「二人ともオレを子供扱いして……!」


 「ごめんな。だけどそういうのは急がなくていいんだよ。今はお母さんの心配を和らげてあげられるように強く賢くなるようにがんばろうぜ」


 「う〜」


 こういうことを教えていいものかどうか、子供を持ったことがない俺にはわからないのでここは逃げ一択だ。ガイア少年にはこういう大人にはなってほしくないと思った。もっと賢く、教えられる大人になれるといいなと思う。


 しかし送ると言っても毎日というわけにもいかないし、もしかしたら気のせいということもある。今日に限っては現在世間は混乱している状態でもあるので念のために送って行こうということになった。それに『いつも』と言っているなら『今日も』かもしれないからな。


 「ところで、そもそも今日はガイアちゃんとの予定だったかしら?」


 「いや、SATOに肉を届けて帰ったら家の前にいてさ」


 「無理言って連れて来てもらっちゃいました」


 「そうだったのね〜」


 「午後からはさくらも一緒にどう? 20層行こうと思うんだけど」


 「あら、いいのかしら?」


 「みんなで一緒に冒険しよー!」


 「あらあら、じゃあお姉さんがんばっちゃうわよ〜」


 「チビはどうする?」


 「わふ!」


 「よーしよし。じゃあガイア少年を守ってやってくれな? あとは散歩してても遊んでてもいいからさ」


 俺たち三人と一匹は20層で狩りをする。以前と比べると様変わりした20層では岩に擬態した亀に注意しつつ狩りをしている。しかし甲羅まで土の中に埋まっている場合も増えてきているようなのでさらに注意した方がいいだろう。

 ガイア少年では亀を倒すのは少し難しいらしく、そこは俺がサポートして処理していく。遠くに見える草食動物のようなモンスターはさくらが撃つので近距離専門のガイア少年はあまりやることがなくほとんどチビと戯れていた。チビも遊び相手ができたのが嬉しいらしくちょっとはしゃいでいてほっこりした。


 午後の狩りを終えてログハウスに戻る。星石を二人に分配し、ガイア少年にはお土産として良さそうな肉をいくつか袋に入れて用意しておく。さくらが紅茶を淹れてくれ、ガイア少年は「こんなおいしい紅茶初めて飲んだ!」と喜んでいた。それを見たさくらは満足そうに紅茶を飲むガイア少年を見てにこにこしていた。


 ガイア少年を連れ自宅へ転移して戻り、家まで送ろうと玄関を開けるとちょうどガイア少年の母親である山里菜々子さんがインターホンを押そうとしているところだった。


 「あっ、山里さん、おつかれさまです。これからガイア君を送って行こうとしていたところです」


 「ありがとうございます。ご迷惑、かけませんでしたか?」


 「全然そんなことなかったですよ? それより、仕事大丈夫でした?」


 「あはは……今思えばすごい格好でしたよね……奥様の趣味だったようで…。次回からは普通のウェイトレス風の格好で大丈夫みたいです」


 山里さんが奥さんに直接言うのは難しそうだし、佐藤さんが奥さんに言ってくれたのだろう。良い方のアットホームみたいだなと思いなんだか少し安心したような気持ちになった。

 ということでさりげなく送っていく作戦を開始する。


 「それはよかったですね。じゃあいきましょうか」


 「え? 大丈夫ですよ? 家までそんなに遠くありませんし」


 「えー。いいじゃん、ミカゲ兄ちゃんに送ってもらった方が安全だよー?」


 「でも……いいんですか?」


 「ええ、散歩がてらお送りします」


 「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」


 山里家への道中、地上ではダンジョンと違って消費が多いが索敵をする。付いて来ていそうな反応を探すためだ。すると、一定距離を保ったまま付いてくる反応があった。

 

 「あー、ほんとにいるかもしれないですね」


 「え? 何がです?」


 「ストーカー? かもしれない人です」


 「……ガイア、御影さんに何か話したの?」


 「うん、ごめん。でもオレ……」


 「ガイア君はお母さんの事が心配だったんですよ」


 「それで今日は送ってくださっていると……ご迷惑では…?」


 「散歩のついでなので、迷惑なんてことないですよ。それに一人で散歩もいいですけど、こういう散歩も悪くないものですね」


 そもそも散歩なんてもの自体、ほぼしたことがないんだけどな。散歩と言えばチビは散歩しなくても大丈夫なんだろうか。狼だから大丈夫だろうか。むしろ狼の方が運動量が必要では……?

 まったく関係のない事を考えていた俺に、山里さんがあり得ない事を言ってくる。


 「御影さんって、モテません?」


 「いいえ、特にそんな記憶ないです」


 「そうなんですか。なかなか強敵なんですね」


 「強敵……? それはそうと、そこの角を曲がったらそのまま歩いていってください」


 二人にそう指示をし、俺は角を曲がった先の電柱の陰で追跡者を待った。見た目は普通に好青年、というか中の上くらいのイケメンと言って良い顔立ちではないだろうか。その追跡者は気付かずに俺が潜む電柱を通り過ぎ、そこで俺は能力を使う。


 「そこのおにーさん、ちょっと『止まって』」


 「な、急に脚が動かなく……っ!! だ、誰だおまえ!」


 「誰でもいい。『質問に答えろ』」


 「……あぁ…なんでも聞いてくれ」


 ちゃんと【真言】による強制力が働いているようだ。そうじゃなければ困るけど。

 それにしてもこれ、ほんとになんでも思い通りになったりするんじゃないか? 悪い事だってし放題だろ……。全く同じと言うことはないとエアリスは言うが、子細は異なっても似たような能力もあるかもしれないし、そんなのがもし敵対するような事になったら……

 おっと、それどころじゃなかった。


 「お前が追跡しているのは誰だ?」


 「山里菜々子、俺の彼女だ」


 「彼女? あの人は人妻だぞ?」


 「旦那はもう死んだはずだ。ダンジョンから誰も帰ってないからな」


 いろいろと詳しいようだな。しかしまだ“届け”を出していないし、国だってそういう人たちを認定はしていない。俺みたいにダンジョン内で生活してるやつだっているんだしもしかしたらという希望だってある。第一あの親子のような人たちにとって、それが希望になっているかもしれない。

 だがこいつにとってはそうじゃないみたいだ。


 「じゃあいつから付き合ってるんだ?」


 「炊き出しをするから食材を分けてくれって家に来た時だ。食材を渡した時に手が触れて、それからだ」


 「それって、付き合ってくれって言ったのか?」


 「言ってない。でもお互い分かり合えてるはずだ。だから菜々子は、いつ自分の家に来てくれるか待ってるはずなんだ。でもあの子供が邪魔だ」


 「それでどうするつもりなんだ?」


 「……子供をダンジョンに放り込んで入り口を閉じれば、バレないはずだ……」


 「へ〜。でもあの子、モンスターより強いぞ?」


 「そんなわけあるか。あんなチビ助がそんなに強かったら、なんでダンジョンに入った大人たちは帰って来ないんだよ。それに俺は彼女を守っているんだ! 何も知らないおまえみたいなやつが口を出すな!」


 うーん。これはアカン、アウト。

 

 (だめだこいつ)


ーー 典型的な勘違いストーカーですね。どうしましょう? ーー


 (今の会話は動画で撮ってるし証拠はあるんだけど、それで処罰されたところでなぁ。そもそも証拠能力的にどうなんだってのもあるし、警察も裏取りしなきゃならないだろうから時間もかかるだろ? その間に何か起きてしまったらなぁ……)


ーー 不安は残りますね。ではこうしましょう。ワタシが処理します ーー


 (消滅的な方法で?)


ーー それはマスターの好みではないのでしょう? ーー


 (まぁね。なるべくならそういうのはない方がいいな)


ーー ではワタシを信じて身体を委ねていただきたく ーー


 (んー。じゃあ任せてみようかな)


ーー 任されました ーー


 視覚と聴覚もエアリスが掌握し、俺は何も聴こえず何も感じない状態になることおそらく数秒。感覚を取り戻すと、ストーカー男はなにやら憑き物が落ちたような顔になっていた。そして「ありがとうございました、見知らぬ方!」と言って来た道を戻っていった。


 (一体何をしたんだ? なんか目がキラキラして生まれ変わったみたいだったけど)


ーー 少々記憶をいじりました。初の試みでしたが、うまくいったようですね ーー


 (しれっと人体実験するのやめようね? あんなでも一応人間なんだし)


ーー 問題ありません。例え何かミスが起きてもなんとかなるものです ーー


 本当になんとかなるのか…? 不安すぎるな。できるだけこれはやらない方が良いような気がした。


 (……まぁ…いいか。それでもう危険はないの?)


ーー はい。山里菜々子に関する執着を見せることはもうないでしょう ーー


 (また何かのきっかけでストーカーになる可能性は?)


ーー ……申し訳ありません。考慮していませんでした ーー


 (不安だなぁ……)


 不安は残るが、ストーカー男をできる限り平和的に真っ当な道へお帰りいただいた後、山里親子と合流する。説明では手段を省いたが、おそらく大丈夫になったことを伝えると、お礼に晩ご飯を食べていかないかと誘われた。ガイア少年も手を離してくれなかったのでせっかくだしご馳走になってから帰った。

 食べている最中にガイア少年が「送り狼」というワードを出した事に俺と山里さんはとてもとても気まずい雰囲気になってしまったが……近頃のこの歳頃の少年にしては純粋に思え、しかしそれはこの場において凶器に等しく危険だった。無知と純粋の組み合わせとは残酷なものである。

 願わくばガイア少年がスマホ等でそのワードを検索しませんように。


 ログハウスに帰ると、さくらが一人リビングにいた。今日は雑貨屋連合の誰もログハウスには戻って来ていないようだ。ということは食事がない。

 山里家でご馳走になってきた旨を伝えるとさくらの綺麗な顔が劇画チックな絶望に染まる。仕方ないのでチビの肉を焼くのと並行して野菜炒めを作り、味噌汁はインスタントでご了承いただいた。それと冷蔵庫に納豆があったのでついでにそれも出しておいた。


 「なるほどね〜。ストーカーがいたのね。こわいわね〜。私にそういうのがいたらもしもの事態になる前に助けてくれるわよね?」


 「できることがあれば助けるよ」と返したが、できる事はおそらくないだろう。


 その答えにある程度の満足を示したさくらは『あら、この野菜炒めおいしいわね。特別な調味料でも使ってるのかしら』と言うが、ちょっとだけ塩胡椒を振っただけの割と雑なものだ。ただ、さくらが作ったものと違いダークマター要素はない、それだけだ。

 tPadの画面にて、エアリスは俺がさくらに言ったことに賛同するように言う。しかしそれは若干意味合いが違っていた。


ーー そうですね、助けてあげた方がよさそうですね ーー


 「とは言ってもさくらなら自力でなんとでもしそうだよね」


ーー ですから助けた方がいいかもしれませんよ? ーー


 どういうことかと思っているとその理由をエアリスがtPadに映し出す。それには俺もさくらも納得するしかなかった。


ーー 以前、ご主人様がさくら様のパンツを拾った際『他の男だったら撃ち殺してたかもしれないわね〜』とおっしゃっていたので、さくら様から犯人を守らなければ殺されるかもしれませんので ーー


「「なるほど、わかるぅ」」


 その日は雑貨屋連合の三人娘が帰ってこなかったが、忙しいのだろう。

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