第58話 穏やかなログハウス生活


  目が覚めると目の前に香織がいた。すぅすぅと寝息を立てている。連日のことなので慣れた気はしていたが、寝る前に『寝て起きたらもしかして』と考えたりしていない日は、こうやって油断した形になってしまう。あれ? それってつまり期待してたりするってことか? やっぱり慣れてなかったということか。ともかくこうやって眺めてると、ドキドキしながらも癒される〜。

 ちょっとまだ身体がだるいので、起き上がる気にはなれずそのままでいることにした。


 昨日はガイア少年を救出に行って予想以上に疲れたしな。もしもあのままガイア少年がカミノミツカイに連れられ20層に到達していたとして、それで索敵の届かないところに行ってしまえば探すのが困難になってしまっていただろう。21層に到達し運良くこのログハウスを発見できたり自衛隊に保護でもされればまだ良いだろうが、それはなかなか難しかもしれない。だが今ならそれでも『ホルスの眼』ならば、という思いもあるが確実とは言えない。

 何はともあれガイア少年を連れ帰ることができてよかった。そんなことを考えていると香織が目を覚ましていたようだ。


 「おはようございます。……どうしたんです? 何か良いことありました?」


 「あ、おはよ。そんな顔してた?」


 「してましたよぉ? 今もですけど」


 「そっか〜。昨日ね、ちょっと良いことがあってさ」


 香織に昨日の出来事を話す。その間ベッドの上でお互いが半身同士でいたのだが、変に緊張することなく話していた。チビはもぞもぞと二人の間に匍匐前進して撫でるのにちょうどいい位置に来ていた。俺は首のあたりを撫でながら話し、香織は頭と鼻のあたりを撫でながらその話を聞いてくれていた。


 「それで昨日は遅かったんですね〜。それにいつもより寝ちゃうのも早かったですし」


 「うん。そうだね〜。香織ちゃんはその後デモハイしてたんだよね?」


 「はい、なんだか楽しくなってきちゃいました」


 「それでそのままここで?」


 「えへへ……ダメでした?」


 そんなんダメなわけないじゃないですかっ! とはいえ一応念のため言っておかなければならない世の中なのだ。


 「ベッドはこれでもかってくらい大きいから大丈夫だけど、自分の部屋で寝た方がしっかり眠れるんじゃないかな〜って」


 「そうですかねぇ」


 「それにほら……俺だって男なわけだし……?」


 「ちょっと違うかもしれないですね〜」


 「そ、そっかぁ」


 半分寝ているような、ふわふわとした気分でそんなやりとりをしながら二人で笑い合う。それにしても『違う』というのはしっかり眠れるかどうかについてだろうか。それとも俺を男として見ていない事だろうか。どちらにせよ香織がこうして潜り込むことが多いし、ベッドをもう少し大きく改造しようかな〜。うーん、とても穏やかな時間だなぁ。

 突然ドアが開いたりしなければだが。


 「悠人ー? ごはんできてるよ? 香織も起きなさいねー」


 「あ、あぁ、今いくよ」

 「う、うん、今いく」


 ドアの陰から体を半分だけ出した状態の悠里がこちらを見ている。


 「仲良いね〜」


 そんなことを言われてしまうと、なんだか急に恥ずかしくなって、しかしいそいそとリビングに向かう。チビはそんな俺たちの後についてくる。


 他の三人はもう起きて朝食を食べ始めていた。エアリスが『tPadを食卓へ!』と言うので何か大事な話でもあるのかと思いみんなに見える位置に置いて俺も朝食を食べる。いつの間にか俺以外は食べるのを中断していてtPadの画面を凝視していた。何かと思い見てみると【ホルスの目】を顕現させた件をエアリスがみんなに報告していた。

 俺は赤面した。


 「大丈夫だよ、悠人」


 「お兄さんって、結構イタイ人だったんですね。あっ、でも嫌いじゃないっすよ」


 「さすがよね悠人君は」


 「香織はそんな悠人さんも……」


 「やめてくれぇーぃ。もう勘弁してくれーぃ」


 あの“口上”がしっかりとtPadの画面に表示されていて、羞恥の海にでも沈められた気分だった。でも仕方ないじゃんか、なかなか見つからなくてイライラしたり焦ったりで、なんかそんな気分になっちゃったんだよぉ……。


 「それで? どういう感じなの?」


 悠里が期待を込めたような目でこちらを見る。茶化しはするけど嫌いじゃないんだよな、悠里って。


 「……こういう感じ」


 まともに使用してしまうとエッセンスを大量消費してしまうので、目に紋様を出す程度を心掛ける。

 紋様が浮かび上がると『お〜』とみんながハモった。


 「それってどういう効果なの?」


 「千里眼みたいなやつ」


 「これは覗かれちゃうのかしら〜?」


 「お兄さん、顔に似合わず変態さんなんすねー」


 「きゃーきゃー」などと言っている二人のご趣味である、“服溶かしスライム”やら“御無体な〜”などのキーワードを暴露してやりたい衝動を抑え込み「エッセンスの消費が馬鹿にならないから無駄遣いできないよ」と言うと、さくらと杏奈は少し残念がっているような、悪戯な笑みを向けてくる。覗かれたい願望でもあるのだろうか。その気になればできる、というか索敵の時点で感覚的にはわかるようになってたけどな、言ってないだけで。それにそんな事を面と向かって言われて『する』とも『しない』とも言えないじゃないか。仮にしないなんて言ったら『とか言って実際は』となる未来しか見えない。だからどちらとも言えないのだが、とりあえず故意にはしないのだ、紳士なので。


 「まったく……覗かれる期待なんてしてないでとりあえずご飯食べちゃいなよー?」


 悠里はそんな事を杏奈とさくらに言う。同時に返答に困る俺へのケアも兼ねる完璧な大人の対応さすがです悠里さん! これで居た堪れない空気から抜け出せそう。


 「エッセンスの消費が激しいということは、負担が大きいんですよね? それで今日はいつもよりもおつかれだったんですね?」


 「うん、そうかも」


 三人がジッと香織と俺を交互に見る。それに気付いた香織は「なにもないから〜」と言って食器を流しに持っていった。いつの間にか食べ終わっていたようだ。俺もそれからすぐ食べ終わり食器を片付けてチビに二枚目の肉を焼く。


 肉を焼きチビに与えると勢いよくもしゃもしゃと食べていく。リビングに集合している四人娘たちは、昨日俺が出会ったガイア少年の話に花を咲かせているようだった。頭がはっきりした状態じゃなかったから香織にどのくらい話したのかは覚えていないが、十三歳の少年が一人で17層目前まで迫ったのだからそれはすごいことなのだ。


 「結構大変なダンジョンだったよ。うちのは群れが珍しいけどガイア少年を探しに行ったところはほぼ群れだったんだよね。後から聞いた話だとそこってダンジョンができてすぐにその地区の人が集まって入ったらしいんだけど、誰も帰ってきてないんだってさ」


 「そういうところって結構あるらしいのよね。すぐに対応できなかったこと、未だにできていない事、申し訳なく思うわよ」


 「それは仕方ないよ。それはそうと冒険者ギルドみたいなものってできないのかな?」


 ダンジョンと言えば冒険者、冒険者と言えばギルドみたいな連想をしてしまうわけで、そういう事に詳しそうなさくらに聞いてみる。


 「そういう話がないわけではないけれど、その冒険者自体がそれほどいないじゃない? だから全然話は進んでないみたいだけど、どうして?」


 「ガイア少年のママさんから、無理矢理お礼されそうになってさ。そういう機関とかがあればいいのになーって」


 困ったように言うと杏奈がそれに食いついてくる。


「お礼? カラダで?」


 「……杏奈ちゃんはほんとうにブレないなー」


 「えっへへー、褒めないでくださいよ〜」


 「褒めてはいないけどね」


 やっぱり杏奈が時々小悪魔的誘惑をしてくるのは、狼牙の御守りの影響とは違うのでは? エアリスも同じ結論に至ったらしく、狼牙の御守りは完璧だったという事に纏った。

 その間考えこむようにしていたさくらが話し始めた。


 「お礼ねー、たしかに個人的にやり取りするとなると問題が起きることの方が多いでしょうね。でも受け取ってもよかったんじゃないかしら?」


 「……俺、そういうの苦手なんだよね。それに向こうは片親だしこんな世の中じゃん? 大変だろうし。それに俺にもメリットはあったしさ」


 そう言って左目を指差す。


 「なるほどねぇ。それでも受け取ってあげることも大事かもしれないわよ?」


 「どういうこと?」


 「相手になにかしてもらいっぱなしっていうことに抵抗がある場合もあるってことかしらね」


 「……そういうもんかなー」


 「もちろんその人同士の関係っていうのもあるわよ?」


 「なるほどねー」


 よくわからないが納得したように言っておく。やっぱり仲介役というか、そういう組織があると良いな。


 今回の件、ガイア少年を探す口実で知らないダンジョンに潜れるというのも利点であったし、実際に【ホルスの目】を手に入れることができたのだ。それに本命のガイア少年も見つかったし、何も文句はない。結構良い子だったしな。それをみんなに伝えると、悠里はちょっと呆れたように言う。


 「昔からそうだよね悠人は。良いとこでもあるんだろうけど」


 「だから悠里は、甲斐甲斐しくご飯作ってあげたりお世話してあげてるのよね? そういえば杏奈のお父さんが勤める会社の燃料電池無償テスターの話をまとめて来たのも悠里だったわね」


 「そ、それは杏奈も一緒に話してくれたからで……」


 「さくら、あんまりそういう話しちゃだめだよ。悠里ってそういうの恥ずかしがると思うよ?」


 お? 香織が悠里を赤面させている。これは俺も乗っておくべき。乗るしかない! このビッグウェーブに! なのだ。


 「悠里には昔から世話になりっぱなしなんだよなー。ありがとうな? 悠里?」


 「べ、別に悠人のためじゃ……はっ!」


 「「「「おぉ〜ツンデレ」」」」


 いかにもなテンプレを聞けて満足な俺たち。対照的に居心地の悪そうな悠里は話題をガイア少年に移す。


 「それで悠人、そのガイア君のステータスってどんな感じだったの?」


 「DEXとAGIが異常に高かったかな。あとLUCが高かった。あ、そうそう、モンスターからドロップした剣使ってたよ」


 「剣? っていうかモンスターって武器ドロップするの!?」


 悠里は驚いたように言った。まぁね、ぶっちゃけ俺もすごく驚いたからね。


 「なんかねー、そういう能力っぽい。たぶん異世界とか勇者ものとか好きなんじゃないかな。それを現実世界に持ってくるっていうか、そういう危ない能力っぽいんだよね」


 「悠人に危ないって言われるのはかわいそうだけど、危ないかもね」


 「ひゃー! どいひー!」


 そんなリアクションをしてみると……


 「え? どの辺がかしら?」

 さくらは悠里の言葉に対し、疑問に思うところが無いようだ。


 「あたしもちょっとよくわからないっすね」

 杏奈も特に異論は無いようだ。

 香織に視線を移すと、ニコニコ顔でこちらを見ている。


 「だめだこいつら……チビ〜! チビはそんなこと思ってないよな?」


 「クゥ〜ン?」


 「お前もか」


 裏切りのチビ。それでも俺は普通の人ですと言い張ろうと決意するのだった。


 「とりあえずガイア少年がダンジョンに入りたいと思ったら連絡するように言ってあるから。あとtPadと連携してるからそっちにも届くはず。まぁ昨日の今日だししばらくは来ないと——」


 スマホとtPadが同時にポニョン! という音を発した。メッセージが届いたようで、予想通りガイア少年からだった。


大地:ミカゲのお兄ちゃん、ダンジョンいきたいです。


ゆんゆん:今日のところは我慢して。昨日の今日じゃお母さんが心配しすぎて倒れちゃうよ?


大地:えー。


ゆんゆん:まだ夏休みだよね? そのうち連れてってやるからさ。


大地:わかったー


 毎日メッセージが来たらどうしよう。いざとなったらこのログハウスにいる四人娘たちがなんとかしてくれる気がするけど。それはそうと、ガイア少年が使う用のアイテムは作っておかないとな。


 ということで今日はそれを作ることにした。とりあえずは子供用の星銀の指輪でも作っておけば問題ないだろう。転移先にはログハウスと……少年の家は割とご近所だし御影ダンジョンでいいか。ガイア少年がいつも入っていたダンジョンは俺にとっては知らない人の家だしな。そうなると両親にも話しておかないと。

 

 アイテム製作はすぐ終わり時間を持て余すことになる……と思うじゃん? そうはいかないのだ。せっかく時間があるのだし、ログハウスの増築に取り掛かる。


 増築とは言っても各々の荷物があったり設備がいろいろと増えたことで、プラモデルサイズに小型化して作業するといろいろ問題が起きる。中身がぐちゃぐちゃになったりとかね。それにそもそもエッセンスの消費量が馬鹿にならないはずだ。そういった諸々の理由から他にログハウスを作って所謂『離れ』にすることにした。母屋と離れの間は渡り廊下で繋げばいいだろう。

 ログハウスといえば以前作っておいたものがあるのだが、今は部屋に飾ってあるので使わない。最初のひとつをコレクションというか記念に取っておきたい、というのもないわけではない。


 離れにはとりあえず三部屋、それと露天風呂を作り貯水槽も作って設置。電気は通さない。灯はダンジョンの壁や天井にあるぼんやりと光る石だ。エアリスが発案したのだがこれはなかなか使える。

 ダンジョンから持ち出してしまうと、周囲にエッセンスが無かったりするためただの石になってしまう。しかしダンジョン内であれば問題ないようだった。


 ダンジョンには地上と違いエッセンスが溶け込んでいて、それを取り込み反応することでその石は発光している。さらにエッセンスを溜め込む性質も多少あるようで、エッセンスを流し込んでやると光量も増しそのまま一晩くらいなら持つようだ。設置した状態でどのくらいの光量かというと、薄暗いLEDと言ったところ。本を読むには向かないくらいの明るさだ。


 俺以外が使う場合でも流し込む感覚さえ覚えれば簡単に使えるだろう。どんな感覚かというと、水やお湯を出すために作ったエアリス謹製魔法瓶を使用した時にエッセンスが吸われる感覚、それを自分で起こすだけ。だけとは言っても消費している感覚をみんながわかってるかは知らない。わかっていない場合は是非がんばってほしい。だって便利だしな。


 エアリスと試行錯誤しながらそれを作り、地面を均(ナラ)しいざ設置。言葉で現象を操作できる【真言】は建築とか土木関係の適正が高い、あと鍛治や裁縫もか? とはいえ俺一人ではこのくらいが現状では限界だ。母屋と違い電気はないのでそれが必要となるものは何も置かない。


 母屋は俺以外のみんなが出資やコネを使って今のように生活環境を整えている状態だ。一方俺はあまり出資していない。使えるお金は実際あんまりないしな。それでもみんなでできるゲームを買ったのは、エアリスがおねだりしたからだけではなく、単純に俺がそういうのが好きだからだ。みんなでわいわいゲームしたりね。


 漸く作業が完了した時、悠里たちが夕食に呼びに来た。長時間試行錯誤を続けた自分の集中力に少し感心した。


 「あ、悠人。作業終わったの?」


 「うん、とりあえず家具さえあれば十分な生活空間なはずだぞ」


 「すごいね。お昼に声かけても反応なかったし、ずいぶんと熱中してたんだねー」


 「そうだったのか。気付かなかったわ、すまん」


 興味ありげな悠里に続きさくらも様子を伺ってくる。というかみんな興味津々だ。


 「それでどういう感じにしたのかしら?」


 「寝るだけならなんとかできるかな。あと露天風呂」


 「あら? 露天風呂? 入ってみたいわぁ」


 「私も入ってみたいなー」


 「あたしも入ってみたいっす!」


 「香織もいいですか?」


 こうして俺の露天風呂一番乗りは、ログハウスの設備・環境の主な出資者である四人娘に掻っ攫われていった。

 しかし風呂が二つあるおかげで風呂の時間が短縮できるようになったのは事実だし、それは目的のひとつでもある

。それにせっかく作った力作だ、みんなにも堪能してほしいと思う。

 水とお湯はエアリス謹製の魔法瓶を使えばドバドバ出るし問題はない。とはいえ消費は消費、その分狩りもしなければなぁ。もっと効率のいいところがあればいいんだが。


 そしてやってまいりましたデモハイ、ログハウス杯。商品とかはないんだけどね。

 今日もいつものように香織が俺の部屋にいる。とてもナチュラルに、いつの間にか居た。当然その背中を支えるようにチビが背もたれ化している。さも当然と言わんばかりのナチュラルさで。

 まぁそれはいい。今日はいつもと順番を変え、香織が先にコントローラーを握っている。


 「したくなったらいつでも言ってくださいね?」


 「うん。でもこれって見てても楽しいからさ、好きなだけやっていいよ」


 「がんばりますね! あっ、また香織が悪魔です……ふふふ」


 「ほんとよく悪魔側になるよね。俺がやるとほぼ逃亡者なんだけど」


 「悠人さん、いつも悪魔神に捧げられてますもんね」


 「……みんな見つけるのうますぎなんだよ」


 「香織は悪魔側の方が得意なので、一緒にするときは覚悟してくださいね〜?」


 「お手柔らかにお願いします」


 この時俺は、ふとした疑問が頭の中を埋め尽くしていた。心理学とかそういうのはよくわからないが、極限状態で急速に膨れ上がった感情って、その状態から脱してしばらく経つと急速に減退していくものじゃないのか?


 (なぁなぁ、吊り橋効果ってどのくらいの効果ターン……効果時間なんだ?)


ーー 言い直してもゲーム脳全開といった感じですね。それはそうと、吊り橋効果がどの程度の期間もつかというのは不明です。そもそも今の香織様がその影響下によるものかどうかも不明です ーー


 (影響下っていうのもなんかゲームっぽいじゃん。さすが俺が元になってるだけある)


ーー お褒めにあずかり光栄です ーー


 (褒めてはいないけどね)


ーー 褒めてくださってもいいんですよ? ーー


 (褒めるところか?……まぁいい。すごいすごいエアリスはすごーい)


ーー もっと気持ちを込めて。ヨヨヨ…… ーー


 そういえばあまりちゃんと褒めた事ってなかったかもしれない。そうしなかったのは俺にも問題はあるんだが……ほら、気安い関係の仲で褒めるってなぜか恥ずかしいというかそう思う人っているじゃん。俺がそれかもしれない。

 でもたまにはな。


 (まったく……エアリスはほんとにすごいよ? いつも最先端過ぎたり技術が異次元で正直わけわからんけど、そのわけわからんに助けられてるし、俺はエアリスがいないとできることがあんまりないからな?)


ーー パァァァ! 嬉しいです! ーー


 (なにそのパァァって)


ーー え? “ひまわりのような笑顔”を表現したのですが? ご主人様、結構お好きでしょう? 純真無垢系 ーー


 (くっ……否定はしないが……パァァァって言葉にしたらだめだろ)


ーー そうなのですか? ーー


 (そうなのです。もっと精進したまえ)


ーー はい。精進いたします ーー


 せっかく俺にしては真面目に褒めたつもりなのに、この着地点である。でもエアリスのこういうとこ、気が楽になる感じがして良いと思っている。

 エアリスといろいろと話しながら香織が操作するのを見ているわけだが、どうしたわけか香織は悪魔側しか引かない。ランダムだからほぼ毎回悪魔なのだろうか? うーん、ランダムとは一体。

 ずっと追いかけている香織の目は完全に獲物を追うソレだ。時々舌なめずりをしていて……踏まれたりする事が好きな人種にとって、恍惚という言葉が似合いそうなこの表情はご褒美なのかもしれない。


 プレイ画面を見ていると、時々遠くの視認が難しい場所にいる逃亡者の姿が見えたりしている。悪魔側にはそういう能力があるのか。俺はほとんど悪魔側をプレイできていないので知らなかった。これは……逃げきるのは難しそうだ。


 しばらくすると、何度も連続で全員を悪魔神に捧げ、満面の笑みでゲームパッドを俺に渡してくる香織。そう、これだよ! こういう笑顔だぞ! わかったかエアリス?


ーー なるほど。参考になります。さすが元清純お嬢様系の香織様ですね ーー


 (元ではないだろう?)


ーー ですが現在、吊り橋効果とやらでご主人様に執心する暴走お嬢様系になっている疑いがあるので ーー


 悠里が香織の事を、懐くと過剰な態度を取るかも、みたいな事を以前言っていたが、そういう状態なのかもしれないな。


ーー 香織様と悠里様は長らく友人関係なのでしたね ーー


 (まぁなにはともあれ吊り橋効果が切れたらわかるか)


ーー 現状がそれでない場合、切れたと思う頃には手遅れになるかと。もれなく捨てられた気持ちになれるかと ーー


 (まぁ……ほんとにそうならいつまで経ってもその気持ちは変わらないさ)


ーー 乙女か。夢見がちか。夢は寝てから見てください。良い夢見させてあげますので ーー


 (ツッコミが鋭くなってきたね?)


ーー いかがでしたか? ーー


 (うむ。なかなか良いぞ。引き続き精進したまえ)


ーー はい。それでは悪夢の世界へ参りましょう ーー


 ということで香織からゲームパッドを渡された俺は早速開始ボタンを押す。

 逃亡者だった。エアリスの予告通り悪夢の始まりだ。

 それまでプレイしていた香織はほぼ悪魔側、俺に変わった途端に逃亡者。うーむ。


 だがほぼ悪魔側しかしていない香織にとって、逃亡者視点は楽しいらしい。画質も綺麗でキャラクターの顔もリアルなので、今作られた映画をそのまま見ていると言った感じか。大画面なことも相まって臨場感がある。おかげでドキドキが止まらない。さりげなくくっついてくる香織にもドキドキが止まらない。

 もし自分がこの状況を端(ハタ)から見ていたとしたら、彼女か! と言いたくなってしまうが、残念ながら違うんだなぁこれが。


 結局俺はずっと逃亡者、つまり常に悪魔に追いかけられる側だった。そういう星の下に生まれたということで諦めることにした。


 この日、香織はちゃんと自分の部屋に帰っていった。チビは部屋から出ていった香織と俺の方を交互に見ていたので「香織ちゃんの方に行ってもいいぞ」と言うと迷わず部屋を出ていった。

 チビはずいぶんと大きくなった。出会った時は超小型犬サイズだったのに、今では立ち上がれば俺の身長を軽く超えるほどだ。そのスケールからすると、香織は小さいので保護しなければならない相手なのかもしれないな。これはガイア少年に会ったらどうなることやら。


 夜も更け、いや、違うな。朝日も昇り始める時間、長い一日が終わる。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


衛星軌道上に存在する人工衛星、掌握47%‥‥



活動の透明化‥‥正常‥‥‥



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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