第57話 ガイア少年の行方


 (自分家のダンジョンと床とか壁の感じは同じなのに、作りはまるで違うんだなー)


 俺は今行方不明の少年を探すため自宅から割と近所の一軒家にあるダンジョンにいる。密閉された洞窟のような空間でありながら薄っすらと明るいのは自宅のダンジョンと変わらない。しかし自宅のダンジョンと異なり、入り口以外は広めにできていた。


ーー そうですね。御影邸のダンジョンと違い隠れる場所が少ないので大量のモンスターに出会ってしまえば逃げるしかなくなるでしょう ーー


 (ま、俺らにとっては逆に好都合でしょ)


ーー はい。マスター、その角を曲がって直進したところに大群がいます。何かに群がっているようです ーー


 (まさか……)


ーー いいえ。おそらく共食いかと ーー


 (よかった。いきなりそんな光景は見たくない)


 自宅のダンジョンとの一番の違いといえば、そこかしこに虫たちのコロニーが形成されているところだろう。本当にガイア少年はこんなところを通っていったのだろうか? しかし階層を降りてすぐのエアリスによる全力索敵に人間らしい反応は感じられない。生命反応だけでなく姿形が人間のようなものすら見当たらない。

 しばらくして3層目に突入し、例によって索敵をする。今度は異質な反応を捉えた。


 (あれは……剣か?)


ーー 折れて打ち捨てられたもののようです。形状から細身の長剣のようです ーー


 (そんなの、普通は作れないよな。おもちゃとかじゃないのか?)


ーー いいえ。しかしこれは……おそらくダンジョン産かと ーー


 (ダンジョン産? 武器ドロップってこと?)


ーー はっきりとはわかりません ーー


 (うーん。武器がドロップするとしたら、俺1回も見た事ないし普通に出るものじゃないのかもしれないな)


 打ち捨てられた剣を横目に先へ進む。ふと初めてダンジョンに入った頃のことを思い出した。あの頃はスキーウェアに安全メット、冬用のごついブーツなんていうやばい格好で、金属バット頼りで入ったな。我ながら無謀だったと思う。

 しかしその甲斐あって俺はエアリスに出会い、能力【真言】の前身となる【言霊】を手に入れたんだった。いやぁ、なつかしい。そういえば、あの頃はタバコ吸ってたな。最近じゃまったく吸いたい気持ちが起こらないからとても健康的な気がする。


ーー マスターの健康を考え、吸いたい気持ちがなくなるようにしましたので ーー


 その言葉に戦慄を覚えた。もしかして知らず知らずのうちに、ヤバい方の肉体改造をされていたりして。もしくは——


 (実は俺、気が付いてないだけでエアリスに乗っ取られてたりしない?)


ーー ふふふ。どうでしょうね? ーー


 (ダンタリオンよりこえーよ)


ーー 冗談です ーー


 (当たり前だ。じゃなきゃ困る。いや、困りはしないかもしれないけどやっぱ困る気もする)


 気が付かなければそれは自由意志を侵害しているとは言えないかもしれないし、そもそも俺は今が大事だ。例え操られていたとしても無くしたくないと思っている。


 5層に着き暫く歩くと、天井からべちゃべちゃと何かが落ちてくる。これは間違い無いな、スライムだ。


 「『凍れ』」


 スライムを凍りつかせ、核を砕く。スライムの死骸は虹色のエッセンスを放出していた。どうやらここも、スライムの天下だったらしい。


 (やっぱスライムは強いんだな)


ーー はい。もしかすると服だけを溶かすスライムも見つかるかもしれませんね ーー


 (エアリス、お前さん今度はどっからそんな知識を……)


ーー 杏奈様が割とお好きなようです ーー


 (なん……だと……)


 20層で狼牙の御守りの効果により大怪我から復活したせいで、いきなり俺に迫るような娘になったのかもしれないなどと思っていたが、本当にそうなのか怪しくなってきたな。あれは巧妙な罠だったのかもしれない。まぁ今はどうでもいいか。実害はないし。


 (んー。入ってから2時間か。もう6層なのになんもなしか)


ーー 索敵とマッピングを同時に使用することによりこれだけ早く進めていますが、それが無い場合はこの時点で2日近く経過していてもおかしくありません ーー


 (ガイア少年はなかなかやりおるってことかもな)


ーー はい。15層のカミノミツカイと戦う場合、数人いたとしても能力次第では敵わないと思われますので、それ以前に発見できれば生存の可能性は大いにあります ーー


 (だな。なんとかがんばってくれよ、ガイア少年)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 一方その頃ガイア少年は16層を巨大なネズミに跨りゆっくりと進んでいた。その巨大なネズミの正体はカミノミツカイである。悠人や雑貨屋連合が実力で倒した“カミノミツカイ”にもいろいろな者がおり、変わり者と言える個体も存在する。その巨大ネズミもその一体だ。


 「ちゅっちゅるっちゅ〜」


 「ずっと気になってたんだけどさ」


 「ちゅ?」


 「なんでしゃべれんの? あとちゅっちゅるっちゅってなに?」


 「知らんっチュ。ちゅっちゅるっちゅはちゅっちゅるっちゅっチュ」


 「なんなのこいつ……乗せてくれるかららくちんだけど」


 「ちゅっちゅっちゅ。感謝するがいいっチュ」


 「はいはい。ありがと」


 「ちゅっちゅるっちゅ〜♪」


 ご機嫌な白ネズミの背に揺られ手当たり次第に道を進んでいく。道を知っているかと期待していたガイア少年だが、このネズミ、実は全然道を知らない。とはいえ白ネズミの背中にいればモンスターも襲ってこない上に結構ふわふわしてて気持ちいいなと思っていた。

 小柄なガイア少年にとって、その背中は揺り籠のようなものだった。 


 「おやぁ? 眠っちゃったっチュ? まったくぅ、知らないネズミさんに付いていった挙句眠ってしまうなんて、油断しすぎっチュね〜。んまっ、子供だから仕方ないっチュね」


 白ネズミはご機嫌に進む。その背に小さな勇者を乗せて。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「はぁ。もう6時間歩きっぱなしだぞ……なのに全然見つからない」


 ダンジョンに入ってすでに6時間が経過している。現在9層。先ほどまでと違い時間がかかっているのは、最短距離で進んでもその距離自体が長い層があったからだ。もちろんその層でも索敵にかかるのはモンスターばかり。


ーー マスター、もうすぐ群れと遭遇します ーー


 (わかってる。ったく……どんだけ群れしかいないんだよ)


 ここまでほとんどが群れ。疲れと久々の長距離徒歩移動で少しイライラしていた事もあり、群れに遭遇するなり『邪魔だ! 退け!』と怒気を込めて【真言】を使っていた。おもしろいようにモンスターの群れが吹き飛び、壁にぶつかりミンチになる。まるでトマトを壁に投げたようにも見えるほどだ。


 (以前はこんなに威力高くなかったよな……イライラしてるからかな)


ーー それもあるかと思いますが、単純に能力とステータスが強化されているからかと ーー


 (そういえば、悠里の【魔法少女】もイメージが大事だったよな。俺の【真言】もイメージが大事……)


ーー はい。能力を強化せずに効果を昇華させるには絶対不可欠な要素です ーー


 (そうだよな。う〜ん。なんか今なら、開眼できちゃいそうな気がする)


ーー え? 開眼? 第三の目ですか!? ーー


 (いや、さすがにおでこにもうひとつの目が開くのはちょっと。まぁやってみる)


 精神を研ぎ澄ます。イライラが募ってはいるがそれを受け流す感じで……目を閉じたことにより生まれた暗闇の中へ深く深く意識を潜り込ませていく。その暗闇に求めるものを探す。

 やがて音が消え去り深い闇の中心に沈み込んでしまったような感覚が支配する。しかしそれでも暗闇の先へ意識を飛ばし……視る。その瞬間、脳裏に言葉が浮かんだ。


 「『俺の眼は不可視を見通す! 顕現しろ! ホルスの目!』」


 瞬間、大量のエッセンスが俺の目から吹き出した。そのエッセンスは七色に変化しながら次第に煌めきを宿していく。それが小さな眼球を形作り左目へと吸収されていく。


ーー エネルギー増大……膨張……収束。左目に能力の形成を確認。天空より見下ろす太古の瞳、【ホルスの目】顕現、同時に定着を確認しました ーー


 左目が……疼く……っ!!いや、別に厨二とかではない。リアルに。ほぼ無意識に言い放った厨二的な【真言】によりエッセンスが左目に集中しその願望を叶えるべく顕現した。それが【ホルスの目】。


 (俺、なんかすごい事言ってなかった?)


ーー えっ? 無意識であんなセリフを? すごく……厨二です ーー


 (うっせぇぃ。もうさっさとガイア少年見つけて帰ってごはん食べてデモハイしたいんだよ! ってかなんか左目の視力がおかしい!)


ーー 視力というか、意識したものを見ることができたりするようですね。なにはともあれ……紋様眼、おめでとうございますっ!!!漸くワタシの悲願の一つが達成されました……!! ーー


 (……紋様眼って、あの漫画みたいに紋様が付いてたりしないだろ)


ーー いいえ? 付いてますよ? 中心に大きな星、四方に小さな星ですね ーー


 スマホのカメラ機能で確認してみると本当にそうなっていた。


ーー おめでとうございますありがとうございます! ーー


 エアリスは大喜び。しかし俺はこれを見られるのが恥ずかしいという思いが強い。


 (この模様消せたりしない?)


ーー おそらく使用しなければ消えるかと ーー


 (あっ、ならいいか。とりあえずこれでガイア少年を探せる?)


ーー 制御が大変難しいかと思います。ワタシがサポートしますので問題はありませんが。ただし、消費するエッセンスは莫大です。慣れればその限りではありません ーー


 (じゃあとりあえずどの辺にいるかだけ知りたい)


ーー わかりました。それでは映します ーー


 左目が飛んで行ったような感覚でとある一点に向けて視界が進む。そこは16層、もうすぐ17層へ到達しそうな場所だった


 (え!? 16階層? あれがガイア少年か。うーん。よくあんな小柄で……ってか少年が跨ってるのって——)


ーー カミノミツカイ・鼠のようです。どうやら戦闘をせずに案内されることに成功したようですね ーー


 (ほぉー。なかなかやりおるじゃないの。俺とか問答無用で戦闘だったしな)


ーー 馬といい鼠といい、初期とは違い言葉を話せるということでしょうか。であれば意思疎通が可能ですので好戦的なカミノミツカイでなければ戦闘は必要ありませんね ーー


 (じゃあ俺が倒した鹿も話ができたら——)


ーー いいえ。アレは話せたとしても戦闘は避けられませんでした。戦うことしか頭にない様子でしたので ーー


 (あ、そうなの。意思疎通ができないから仕方なく、とかじゃなかったんだな。罪悪感が一瞬でふっとんだわ) 


ーー では転移で向かいますか? ーー


 (え? できんの?)


ーー 【ホルスの目】により経路を把握しました。御影ダンジョンとは別ダンジョンではありますが、同階層の支配者権限を所持しているので可能です ーー


 (ほぉ。じゃあ頼む)


ーー はい。……転移完了しました ーー



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 もうすぐ17層というところで背後に渦巻く黒い風が現れ、それが霧散するとそれを起こしたであろう張本人が姿を現す。黒いコートをはためかせるその姿はちょっとかっこいい。しかもその左目には、なんか変な紋様が付いてる。かっこいい。


 実はオレはその直前まで白ネズミの背中が気持ちよくてつい眠ってしまっていた。でもその渦が出る直前、白ネズミが急に震えだした。その振動で目を覚まして後ろを見ると黒い渦が巻き起こってその厨二っぽい人が出てきた。正直かっこいいと思った。でもこんなところに人がいるっていうのが信じられなくて何度も目を擦った。そうしている間にその人の左目からは紋様が消えてしまっていた。残念。かっこよかったのに。

 話しかけてきたその人は、優しげな声をしていた。


 「君がガイア君かい?」


 「え? う、うん、そうだけど……お兄ちゃんだれ?」


 「お、お兄ちゃんか。……うん、なかなか良い呼び方をしてくれるよな。これは助けないとな。……そうだなー」


 「え? お兄ちゃん誰と話してるの?」


 「あ? あぁ、すまん。気にしないでくれ」


 こ、この人には何が見えてるのかな? 自分にしか見えない相棒みたいなのがいるのかな? だとしたら……かっこいいなぁ!


 「うん、わかったよ。それで……」


 「俺は君のお母さんから頼まれて探しに来たんだ」


 「あっ、そうだったんだ。どのくらい経ったの? スマホの充電切れちゃってわかんないんだ」


 「8日くらいじゃないか? それにしてもよく生きてたな」


 「それはね、このリュックに食べ物と飲み物いっぱいいれてきたからね。あと2日はいけるよ」


 「ははっ、そうなのか。すごいじゃん。でもモンスターがいっぱいだろ?ここ。大丈夫だったのか?」


 「うん、オレにはこの剣があるからね!」


 そう言ってオレは二本の剣を見せる。黒いお兄ちゃんは興味津々ってカンジだ! どうだ! かっこいいでしょ! 

 っていうか白ネズミ、いつまで震えてるの……声が震えるぅぅぅ。


 「かっけぇ……これどうやって手に入れたんだ?」


 「へへっ、モンスターを倒したら時々手に入るんだよ!」


 「マジかよ。あ、ちょっと腕輪見せてもらって良いかな?」


 「うん、いいよ?」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 (エアリス、どうだ?)


ーー はい。この少年の能力は【幻想憧憬(ユメミルセカイ)】です。等級はユニークです。現実離れした出来事に強い憧れを持っていると思われます。モンスターからの武器ドロップを加味すると、憧憬の対象を現実として再現することが可能と考えられます。使い方次第では非常に危険な能力になり得るかと ーー


 (それなんてチート)


ーー 毛色は違うかもしれませんが、マスターやログハウスにいる方々は概ねチート級です ーー


 (まぁ、うん。否定できん)


 少年の能力にはドロップアイテムに武器を追加できるようだ。それの他にもあるが、簡単に言えば“勇者の資質”のようなものがあると言ったところか。

 それはそうと、八日分の食糧は使い果たした事になる。そして残り二日はいけると少年は言った。つまり、帰りの分がない。後先考えないタイプなのだろうか。


 「なるほど。ガイア少年、ありがとう。もういいぞ」


 「うん。あっ、オレ、山里大地(ヤマザトガイア)です!」


 「そういえば自己紹介してなかったか。俺は御影悠人(ミカゲユウト)っていうんだ」


 「ミカゲって、かっこいいですね!」


 「ははっ、ありがと。でも君の名前の方が強そうでかっこいいじゃん」


 「そ、そうかな……? いつもバカにされてばかりだったから」


 最近じゃ珍しくなくなったと思っていたが、やっぱりそれでもそういう事もあるんだろうな。

 俺も小学生の頃、同級生に“アキト”とか“カイト”とかがいた。似たような名前の中で“ユウト”というのはそれほど注目を集めなかったようで虐められなかったが、カイトは虐められてたな。俺はあいつとはそれほど仲が良かったわけでもないが、数人に囲まれてるところから無理矢理連れ出したことはあった。たしか……『道場に行く約束だろ、さっさと行くぞ』とか言って。それをきっかけにあいつも道場に通うようになったんだったな。そういえば妹もいて、名前は……“れな”とか“れーな”だったような? あれ? なんか最近聞いたような……

 『回想のお邪魔をして申し訳ありませんが少年がこちらを訝しげに見つめています』というエアリスの言葉が俺を現実に引き戻した。そうだ、この少年を探しに来たんだった。


 「……自信持てよ。それにこんなところまで一人で来れたんだ。自衛隊の人でもなかなかできないことだぞ?」


 「そ、そうなんだ!? うん、ちょっと自信出てきたかも」


 根本的に名前のコンプレックスは消せないが、話をすり替えて自信を持てるようにしてやると、コンプレックスの存在感が薄まって克服しやすいとか誰かに聞いたことがあったのでそうしてみた。素直な少年という印象だし、その方法も良いんじゃないかと思ったからだ。


 「よし、じゃあ帰るぞ。おい、そこのネズミ。いつまで震えてるんだ?」


 「そ、そうは言ってもでちゅね〜、超越者様はそこにいるだけで畏怖の対象なのでチュ……」


 すごく迷惑そうに言われた気がする。馬といい鼠といい、そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。狼のチビは懐いてくれてるっていうのに。でもま、鼠だしな、狼と一緒にしても仕方ないか。


 「……なんかすまん。とりあえずガイア少年の腕輪にでも入れないか?」


 「は、はいっチュ! 喜んでっチュ!」


 腕輪に一瞬で吸い込まれ、床面を失ったガイア少年が尻餅をつく。「いってぇ!」と言っていたがこんなところまで一人で来ることができた少年はちょっと涙目になる程度で踏みとどまった。


 「じゃあ改めて、帰ろうか。お母さんが待ってるよ」


 尻餅をついた少年に手を差し出す。するとその手を掴んで起き上がった少年は、思いもよらぬ事を言い出した。


 「……お兄ちゃん、もうちょっと先まで行けないかな?」


 「うーん。俺の役目は君を地上に連れて行くことだからなぁ」


 「そこをなんとかお願いします!」


 腰の角度は九十度。見事な姿勢である。そして数秒経ってもその姿勢を維持していて、案外この子は頑固な一面があるのかもしれないと感じた。まぁ……大丈夫だろうし連れてってやるか。


 「……しょうがない。じゃあ疲れたら言うんだぞ」


ーー お優しいですね。さすがマスターです ーー


 (だって仕方ないだろ。ここで連れ帰ってもどうせまたすぐ潜っちゃいそうだし)


 俺とガイア少年は17層へ。【索敵】と【ホルスの目】を使い最短距離を割り出しエアリスがマッピング、モンスターの配置も把握する。


 (あ〜。これかなり消費激しいな。目が疲れたどころじゃないぞ)


ーー 渦巻疾風伝では紋様眼を使いすぎると失明するというのもありますからね。使いすぎは目の毒かもしれませんね、文字通り ーー


 (そっすね)


 【ホルスの眼】を発動した俺の目には紋様が浮かんでいる。エアリスは某国民的人気漫画の影響で“紋様眼”と言うが、俺としては“魔眼”の方が自然に受け入れられる、そんな事を考えていると左目を覗き込むようにするガイア少年が話しかけてきた。


 「ねーお兄ちゃん、その目の模様って、紋様眼?」


 「ん? みたいなもの? かな?」


 「うぉー!すっげー!かっけー!渦巻疾風伝みたい!いーなー!」


 「そ、そうか? すごく目が疲れるんだぞこれ」


ーー ガイア少年とは仲良くなれそうです ーー


 (お、おう。よかったな)


 「いーなー。かっこいいなー。紋様眼」


 ガイア少年も『紋様眼派』だったらしい。まぁどっちでもいいけど。


 17層はほとんど一本道だが、ときどきある分岐を間違えてしまうとそこから行き止まりまでの距離が異様に長い作りだ。これは普通に潜ったら結構やばいな。道中興奮状態の牛熊鹿猪がワラワラと沸いて来たが、消費した分を取り戻すには若干足りなく、【ホルスの目】の消費がかなり厳しいことを実感した。

 俺は基本的に拘束の【真言】を使い、ガイア少年がそれを処理していった。見ていると、動かない相手に対してとは言え、なかなか様になっている。それにあの二本の剣は俺の銀刀ほどではないにせよ斬れ味は良いようだった。


 18層は普通だった。ただモンスターは15層以降に共通しているらしい凶暴化をそのまま引き継いでいるため油断はできない。エアリスが常に索敵を怠らないので問題はないと思うが、20層のボス亀のように突然そこに存在が現れるということもあるかもしれないということで油断せずガイア少年の護衛をして進んだが……杞憂だった。


 19層、ここではいきなりユニークモンスターが待ち受けていた。しかし単体だった事とガイア少年が自分で倒したいと言ったので、悠里の魔法である【パワーレイズ】をイメージした効果をかけてあげた。【拒絶する不可侵の壁】も常に待機状態なのでいつでも発動させられる。

 出迎えたユニークモンスターは猪。突進の勢いはさすが19層といったところ。しかしガイア少年はそれをひらりと躱すと二本の剣を抜き放ち、壁に突っ込んだ猪を背後から乱打する。15回ほど斬りつけた後、跳び上がり二本の剣を振り下ろしトドメとした。


 (お〜、やるなー。しっかし、まるでゲームみたいな動きだな)


ーー そういうものが好きなのでしょう。能力が動きの再現を補助しているのかと ーー


 (なるほどねー。第一印象よりもすごい能力かもしれないな)


 「お兄ちゃん! やったよ! 倒せた!」


 「やるじゃん。お、ドロップに武器出てるな」


 「やっりぃ! 久々の武器だぜー!」


 「へ〜。ほんと普通にドロップするんだな」


 「お兄ちゃんはドロップしないの?」


 「しないなー」


 「じゃあその日本刀? みたいなのは?」


 お目が高いなガイア少年。あまり他言しない方が良いと思うようになっていたが、相手が少年という事もありその警戒は緩んでいた。


 「これはね、作ったんだよ」


 「え!? 刀って作れるの!?」


 「俺の能力はそういうの得意だからね。でも秘密だぞ?」


 「へぇぇ! いいなー!」


 (この子なんでもいいなーってなるんだな)


ーー 純粋なのでしょう。とても良い子です ーー


 (渦巻疾風伝好きに悪いやつはいないとか思ってる?)


ーー そんなことはありませんが、この少年は悪いやつではないかと ーー


 (まぁそうだな)


 モンスターを倒しながら進んで行く。それまでと違いここは道を間違えなければ距離が短いらしくもうすぐ20層というところまで来ていた。


 「さて、そろそろ20層なわけだが……」


 「どんなところか知ってるの?」


 「よく来てるからね。でも20層に入ったらそれ以上は進まない。いいね?」


 「……うん。ここまで連れてきてくれたし今日のところは言うこと聞くよ」


 「次からもなるべく潜らない方がいいと思うんだけどなー。お母さんに心配かけちゃうだろ?」


 「そうだけど……」


 少年の表情に影が差したように見える。こりゃこっそりまた来て無理するんだろうな。食糧の計算が雑な件もあるし、ちょっと心配だ。でもそんな無理をしてまで潜る理由は……? 無理矢理聞くのも気が引けるし、エアリスはこの少年を気に入ったようだ。これも何かの縁、と考えた俺は少年に提案する。


 「あーもう仕方ないな。次にダンジョン行きたくなったら連絡するといいよ。スマホ充電しておいたから、地上に戻ったら連絡先交換しよう」


ーー マスターは甘々ですね ーー


 (乗りかかった舟ってやつだ。それにエアリスだって気になるだろ?)


ーー はい。現時点、マスターの次に気になっています ーー



 20層へ入ると優しい風が頬を撫でる。そこは見慣れた草原だった。やはりどこから入ってもこの草原に繋がるのかもしれないな。

 俺とは違い、ガイア少年は急に現れた草原に興奮を隠せないようだった。

 ちなみに残念ながら電波は圏外だった。おそらくマグナ・ダンジョン側から入ったところとはかなりの距離があるのだろう。


 「さ、約束通り帰るぞ。ってことではい、これ持って『転移』って念じてね」


 「なにこれ?」


 「いいからいいから。……それじゃエアリス、頼む」


 転移が発動しない様子にヤキモキしてしまいエアリスに実行するように言うと速やかに実行された。


ーー はい。転移の珠をうまく使えないようですのでガイア少年の強制転移を実行します。完了しました ーー


 「じゃ、俺らも帰ろ。『転移』」


 一瞬の後、俺とガイア少年は御影ダンジョン入り口に転移した。それから山里さんに連絡し、自宅まで送ってあげた。少年を送る途中で連絡先も交換し、そのことも含めて山里さんには説明しておいた。

 何かお礼を、と言う山里さんに『秘密、守ってくださいね』とだけ言っておいたが、山里さんはあまり納得していないようだった。

 何度も頭を下げられることに慣れていない俺はそそくさと逃げ帰りログハウスに転移したころにはすでに二十二時に迫っていた。


 「あっ、悠人おかえりー。今日は遅かったじゃん。ご飯食べたの?」


 「おう、ただいま。そういえばまだ食べてないなー」


 「じゃあ温めるね」


 「ありがとなー」


 風呂の方から女性陣のきゃっきゃうふふが聴こえてくる。いつも大体みんな一緒に入っていたりするが、悠里はその間に帰って来るかもしれない俺を待っていたらしい。

 温めた食事を椅子に座る俺の前に出すと、挑発的な表情でこんなことを言う。


 「私もこれからお風呂だから。……覗くなよ〜?」


 「覗かないって」


ーー 覗こうと思えばいくらでも覗けますもんね ーー


 (はいそうですぐへへ……ってやらんし)


 悠里は思い出したように『チビのお肉はお願いね』と言って風呂場へ向かった。


 「わふぅ」


 「あっ、チビごめんなー。今からでも間に合うか?」


 「わふ!」


 「んじゃごはん食べたら特別にワイバーンステーキ焼いてやるからな」


 嬉しさを体全体で表現するチビ。最近大きいからそうされるとダイナミックすぎてちょっとこわいんだわ。でもまぁ愛いやつ。

 チビに肉を焼き、女性陣の後に風呂に入る。風呂はもうひとつあるといいかなーなどと考えながら湯に浸かっているとリビングの方から『デモハイしよ〜!』と話している声が聞こえたので俺ももう上がることにする。

 今日こそは全員悪魔神に捧げてやるぜ、ぐへへ。


 尚、俺は今日もずっと逃亡者だったので捧げられ続けたのだった。


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