第54話 流星の子


 寝てしまった、と思い体を起こそうとすると、腕に重さを感じ中断する。重みの掛かる側を見てみると香織が俺の腕を枕にしてこちらに背を向けているようだ。『こ、これはリア充にしかあり得ない腕枕!?』と思ったがなるべく落ち着いて腕を抜こうとする。すると香織はうっすらと開いた唇から息を漏らし、こちらへ寝返りを打つ。さらに枕にしている俺の腕に自分の腕を絡ませようとする。

 そうなると当然超至近距離なわけで。香織の寝息が俺の顔をくすぐるわけで。そして柔らか物質が俺のあばらを刺激するわけで。

 それにあたふたとしていると、香織は脚も絡ませてくる。あぁ、抱き枕派なんだなと思った。そこから先はお分かりの通り、眠れぬ夜、というか朝を過ごしたわけだ。


 それから一時間ほど経ち午前八時、目を覚ましたらしい香織と目が合う。


 「おはようございまぁす」


 瞳はほぼ閉じているが、実に良い笑顔を紅潮させながらのおはようの挨拶。しかしそれでも離れる素ぶりはなく、絡んだ脚もそのままだ。むしろまた寝そうな勢いだ。


 (ねぇエアリスさん。どうしたら良いと思う?)


ーー そんなの自分で考えてください ーー


 (えー。冷たくなーい?)


 エアリスが反応しなくなったので、もう俺に為す術はない。だが呼びかけるくらいはしておかないと後で何も言い訳ができなくなってしまうな。


 「あの、香織ちゃん? このままじゃ大変な事になっちゃうから……」


 「大変……ですかぁ?」


 寝ぼけ眼の香織は手探りで『大変』を探そうとする。その手が俺の腹から下へ……しかし肘から先しか動かされなかった香織の腕は弧を描くように『大変』なところを避けていき内腿をさわっとされる。


 「おうふ……そ、そうなの。だからね?」


 「いいじゃないですかぁ、なっちゃってもぉ」


 まだ半分眠っているようでぽやぽやしている香織。間近にある彼女の顔と弄ぶような指先の感触、これはちょっとさすがにやばいですぅ。早く目を覚ましてぇ〜。当の本人に期待できないのであれば……う〜ん、気張れや! 俺の理性! 今こそ無を体現する時! うおおお! 我が生涯に一片のぉ〜


 その時突然ドアが開く。悠里が起こしに来たようだ。それにより香織も自分が俺に密着していることに気付いたらしいが、指で俺を弄んでいたことなど覚えていないように思えた。


 「悠人〜? 起き……てるね。失礼しました〜」


 「……起きよっか」


 「……は、はいっ」


 今朝見たことについて、悠里は何も言わなかった。実際ナニをしていたわけでもなく、ただ同じベッドで男女が向かい合っていただけだ。そういうことって稀によくあることかもしれないからな。知らんけど。ということで俺は推定無罪、つまり無罪だ。


 何はともあれ悠里に助けられたような気もするし邪魔されたような気もしてしまうし……否、交通事故を未然に防ぐような神業かも? そしてそれは香織も同じかもしれない。だが俺としては、吊り橋効果って案外効果時間長いんだな、あと何ターンくらいだろう、と思っていた。


 朝食にはみんな起きてきた。あんなに遅くまで遊んでたのに、みんな元気だな。俺は違うところが元気だったぞ、ってそんなことはどうでもいいのだ。どうしてみんなこんなに体力があるんだろうと思いそれを尋ねてみることにした。


 「ねぇねぇみんな。朝まで起きてて朝起きたのに眠くないの?」


 「少し眠いけど、問題ないわね〜」

 「あたしも全然大丈夫ですよー。むしろここに来てから大丈夫になった気がします」

 「香織も同じくです」

 「やっぱこれのおかげ? なのかな」


 悠里は箸で焼肉にされたダンジョン産の肉を持ち上げる。たしかにそれはあるかもしれない。しばらくニートをしていた俺がダンジョンに毎日潜ったりもしていたし、母親も肌ツヤがよくなったと喜んでいた事もあった。もしかして、寿命を延ばす効果なんてあったりして。そう考えると、肉というよりもエッセンスなのだろうか。だとするとエッセンス万能説を提唱する時が来たかもしれないな。


 考え事をしながら朝食を食べていると、さくらのスマホが振動する。さくらはそれを見て顔色を変えた。


 「腕輪が消えた人が出てきてるらしいわ」


 その報告を聞いた俺たちはさすがに少し動揺した。少しというのは、昨日怪獣大決戦を見たばかりなのだからそれほどのことには思えなかったのだ。

 しかしそうは言ってもやはり気になりはする。


 「腕輪が消えるって、条件とかは……わかってるわけないか」


 「確実ではないけれどその人たちはダンジョンにしばらく入っていない人たちらしいわよ」


 「エアリス、どう思う?」


 tPadをテーブルに置くと画面に文字が表示される。スマホと違い、みんなで同時に見れるのは良いな。


ーー おそらく腕輪を維持するためのエッセンスが枯渇したことにより消失したものと推測します。その際、能力やステータスも消失しているのではないでしょうか ーー


 「その通りだとしても、ダンジョンに関わらないなら特に問題があるようには思えないけど?」

 悠里はそう言うと箸に挟んだ肉を頬張りこちらに向き直る。その視線は『どう思う?』と聞いているように思えた。


 「そうだなぁ。必要ないからなくなったようなものだしな。でももしそういう人たちがダンジョンにまた潜って腕輪の再取得をしようとしたらどうなるんだろう?」


ーー 同じ能力が再現されるのか、ステータスが腕輪消失前に戻るのか、そもそも腕輪の再取得が可能なのか、不明です。ステータスどの程度かがわかる者がいるかどうかもわかりませんし、再取得を試みる場合は危険度がより高いものになるかと ーー


 「んー。俺たちにはあまり関係なさそうではあるな。でもその能力を地上で使っていた人にとっては問題なのか。でもそれも地上じゃ禄に恩恵がないからあんまり使えるものでもないか」


 「犯罪に利用しているケースもあるからそういう意味ではなくなった方がいいのだろうけど、真っ当に使っている人にとっては困ったことになるでしょうね」


 たしかに。条件はわからないが地上での能力やステータスの適用には個人差があるようだ。それらを利用して悪事を働こうとする人を捕まえる側、もしくはその被害に遭う場合は微々たるものであってもステータスや能力があった方が良いだろう。

 そう言えばと思い出した事を尋ねるとそれにはさくらが答えた。


 「そういえばダンジョン基本法ってまだなの?」


 「まだね。実際盛り込むべき要項がわからないらしいわよ。制限するにしてもダンジョンの絶対数が多すぎてあまり意味はないし」


 なるほどなー。まぁそれもそうだよな。できたとして基本的に憲法を適用するとかだろうけど、おそらく20層が他国とも繋がっているであろう事を鑑みるに、一国の憲法を適用すると決めてしまうと後々揉めてしまう可能性が高い。国籍によって変わるのであれば、無法の国の住人が好き勝手してしまうだろうし。国際法と言えるものを適用するにしても有利な国と不利な国は必ずあり、それによって賛否も別れてしまうだろう。となるとこのデリケートな問題は結局、海外をアテにせずに、しかしそれなりに秩序を守り、且つ他国を侵害しないようなものを作らなければならないということになる。俺のような素人でもわかるが、それは骨だろう。成立どころか案自体が難しいのも納得だ。

 この中でさくらだけが頭が痛いとばかりに悩み顔をしている。20層に俺たち以外の人間がやってくるようになれば、その仲裁をしなければならないかもしれない立場にも関わらず、その法的根拠がないんだからな。まぁそれには期待せずに、普通にみんな仲良くしましょう、と言う感じにするしかないんだろう。

 俺も何か手伝える事があれば手伝うという事は伝えておく。ダンタリオンの一件では助かったしな。


 「確かに悠人は有能そうなのにここぞというところでやらかしてるもんね。悠人だけじゃ心配だから私も手伝うよ」

 「悠人さんが行くところならどこでも付いて行きますね」

 「あたしもお兄さんといた方が安全だと思うので付いて行くっすよー」


 雑貨屋連合の三人もできる事があればと名乗りを上げた。しかし、俺だけじゃ不安だからという理由からのようだが。


 「じゃあ何かあったらお願いするわね」


 さくらはそんな俺たちに嬉しいようなちょっと困ったような、そんな笑顔で答えていた。


 腕輪の消失については深く考えないことにした。考えたところでどうしようもないと思ったからだ。それによってなにか不利益がでるということはなく、腕輪取得前に戻るだけ。その恩恵で何か利益を得ていた人間には申し訳ないが、どうすることもできない。冷たいようだが自己責任だ。地上で能力やステータスを使いたいならダンジョンに頻繁に通ってエッセンスを貯めるしかないだろうし、そもそも地上で能力を使うよりもダンジョンで稼ぐようになれば良い。

 ダンジョンで稼ぐ人が増えた場合、ゲームやラノベの世界みたいになったりするのだろうか。ちょっと楽しみだ。


 朝食を終え、俺はまた泉に向かうことにした。結局何も調べずに帰ってきてしまったからな。悠里、杏奈、さくらはまたも20層、俺と香織とチビがまた泉だ。


 泉に到着し周囲を見回すがこれといって目を惹くものはない。昨日ほどではないが泉に違和感は残っているのでそこを調べてみることにする。


 「特になにも……普通に水が湧いているようにしか見えませんよ?」


 「そうだねー」


ーー 泉を注視していただけますか? ーー


 「おっけー」


 ぐぐぐっと目力を込めて泉を見る。すると不意に『現在利用不可』という文字が視界を覆った。


 「うあぉ、なんだこれ。現在利用不可って出た」


 「え? 香織にはなにも……」


ーー どうやらマスターにしか見えないようですね。ワタシはマスターの目を通して見ることができるので見えましたが ーー


 「どういうことだ? 利用不可って、水が湧いてる以外になにか利用方法があるってことだよな?」


ーー はい。19層から20層へ移動する際に感じるものと近似しています ーー


 「ということは……」


ーー ここが22層への道で間違いありません ーー


 それなら目的は達成してしまったな。


 「でも利用不可? なんですよね?」


 「うん。俺に見えて香織ちゃんに見えないってことは、俺は条件を満たしてるから見えるってことかな。でもここ自体が今は使えなくなってる。……絶対嵐神のせいだろ」


ーー ワタシも同意見です ーー


 「仮に利用可能になったとして、俺しか入れないのかな?」


ーー それは道を拓いてみなければわかりません ーー


 「だなー。じゃあ今はやることがないってことか。帰ってゲームするか20層にでも行ってミスリルでも集めるか」


ーー ミスリルを集めることを推奨します。いくらあっても損はしませんので ーー


 エアリスの提案通りミスリルを集めに行く事を香織とチビに伝えると一緒に行ってくれるようだ。


 ということでやってまいりました20層。索敵を全開にすると、遠くで悠里たち三人が亀を乱獲しているのがわかる。杏奈ちゃんも問題なく……っていうか亀の甲羅ごと叩き割ってるな。悠里はダンタリオン戦の時に使った虚無に似たのをイメージした何かを投げつけてる。さくらは亀に近付いて首を伸ばしたところへ腰だめ—— 腰に構えたまま ——で能力によって具現化したリニアスナイパーを撃っている。


 「あの三人、余裕すぎてすごく雑だけど普通に倒してるな」


 「そうなんですか? 私には遠すぎてわからないです」


 「なんかね、魔法の練習台にしてる悠里と、甲羅ごと叩き割ってる杏奈ちゃんと、歩きながらゼロ距離射撃してるさくらがいるよ」


 「ちょっと前までとは大違いですね」


 「そうだね。じゃあ俺たちは三人とは別の方に行こう」


 俺たちは悠里たちとは反対方向に向かう。先ほどの索敵に集団で擬態している場所を感知していたからだ。

 その場所へ着くと、香織が言う。


 「悠人さん、香織は左側を行くので、右側お願いします!」


 「おっけー。じゃあチビも香織ちゃんと同じ方にいって危なかったら守ってあげて」


 「わふわふ!」


 「さて、じゃあやりますかー」


 開始の合図とともに俺は【纏身】を使用する。今回は雷だけではなく、そこに火をイメージし熱を混ぜた【雷火(ライカ)】だ。まぁ練習なわけだが。維持するためのエッセンス消費は多めなのだが、ここは密集しているのでコスパはいいはず。俺は【纏身・雷火】を使ったまま無防備に密集地帯を進む。

 五歩ほど歩く毎に『バチィィン ボッ プスプス』といった音がする。近付いた俺に反応して伸ばした首が雷に打たれ熱に焼かれている。五歩進むまでに消費するエッセンスを5とすると、亀1匹から得られるエッセンスは8くらいなので十分黒字だ。歩くだけで増える。

 一方香織は喰らい付いて来ようとする頭をフルスイング、そのままダンスでもするかのように次々と頭をかち上げていく。時々一撃で仕留められないこともあるが、ほぼ一撃だ。仕留め損なった亀はチビの追撃により倒されている。


 群れを全て倒し終えると、地面が少し揺れる。地面の底からむくむくと反応が大きくなっていくのがわかる。


 「これって、ボス亀かな?」


 「……そうみたいですね」


 ボス亀と言えど一定距離まで近付かなければ動かないので反応のある地点から距離を開ける。どちらが行こうかと話をしていると、チビが突っ込んでいく。待てと言う前にチビは紫の雷を纏い始めた。


 「え? 【纏身】まで真似ちゃうの? しかも紫って俺のより強そう」


 「でも、綺麗ですね」


 紫電を纏うチビは香織の言葉通り綺麗だった。銀の体毛に紫の雷を纏う狼。もうシルバーウルフじゃないんでは? という疑問にエアリスが答える。



ーー チビはシルバーウルフではなく、メテオウルフになっています。meteor wolf、流星狼と言ったところでしょうか ーー


 「流星狼か。首輪に流れ星っぽくした虹星石をつけたからとかじゃないよな」


ーー 不明です。しかしチビは単純に規格外と判断しますので、通常あり得ないことがあり得ると思って差し支えないかと ーー


 「うーん。もしかして俺より強いんじゃ?」


ーー ……そんなまさか ーー


 「強いんだね。なるほど」


 近付くチビにボス亀は目にも留まらぬ速さで噛みつきを繰り出す。しかしチビはそれを避けようともせず亀の強靭な顎がチビの鼻先を捉えた瞬間、雷が落ちたかのような『パーン』という乾いた音が鳴り響いて土煙が舞う。それが風に流されチビと亀が見えるようになると、亀の頭は破裂したかのように飛び散っていた。焼け焦げているので血すら満足に流すことができない。勝負にもならないほど、チビの完勝だった。


 「うわぁ……えっぐ。香織ちゃん大丈夫?」


 「は、はい。なんとか」


 「わふ!」


 ドヤッとしているチビは褒めてもらいたそうにこちらを見ている。


 「お、おうすごいなチビ。お前俺より強いっぽいよ。守ってやってたつもりだったけど、逆に守ってもらえそうだな」


 「わふわふ! わおぉーん!」


 嬉しそうなチビは尻尾をブンブンと振っている。ほんと、犬。というか、なんかまたデカくなったような。


 「ふふっ、嬉しそうですね、チビ」


 「そうだね。でももうすこし、こう、目に優しい倒し方してほしいけど」


ーー 首を刎ねるのも叩き潰すのも、パーンさせるのも大した違いはないかと。死であることに変わりはありません ーー


 (……そりゃそうなんだが……それもそうか。慣れってこわい)


 実際それほどのショックは受けていなかった。普段銀刀で頭を斬り落としたりしてる事からの慣れだろうか。ダンジョンにいる以上、そういう慣れは必要ではあると思うからまぁいいんだけど。

 電気鼠もびっくりな高電圧により、ボス亀は現れて数秒で俺の腕輪に吸収されることとなった。その虹色のエッセンスは香織にも吸収されていた。

 なんだか最近こういうこと多いな。そう思った俺にエアリスが答えた。それによると香織の能力の対象が現在俺になっているようだ、と。そういうのがわかるくらいには解析が完了しているらしい。


 ボス亀のドロップは大きなミスリル鉱石と虹星石。チビは欲しい素ぶりを見せないので香織にあげることにした。

 香織が倒した亀のエッセンスは俺が吸収する。エアリスによりLUCを調整された俺がドロップ判定をした方が良いとの判断からだ。香織にエッセンスが必要な場合はエアリスが腕輪から星石を取り出してくれるので問題はない、とは言っても俺が吸収すると香織にも少し流れるようになっていて、香織はそれだけで充分と言っていた。

 ということで狩りを終えてから星石をいくつか香織に渡す事にした。


 同じような流れでいくつかの群れを狩り、今日は終了とした。ちなみにボス亀はチビが頭をパーンさせた最初の1匹だけだった。


 「いやー。美味しい狩りだったね〜」


 「はい! 悠人さんもチビもお疲れ様です!」


 「香織ちゃんもね〜。しっかし香織ちゃんのハンマー捌き、うまいもんだよね。まるでダンスでもしてるみたいな足運びだよ」


 「ステータス調整してもらってから、どう動けばいいかわかるようになりましたから」


 「そっかそっか。DEX特化って思ってた以上にすごいんだなぁ。それじゃ帰ろっか」


 「はい!」


 「「『転移』」」

 「『わふん』」


 ログハウスに転移すると、すでに三人は帰ってきていた。


 「おかえり〜。ご飯今できるからもうちょとまってね」


 「ただいま。悠里ママいつも悪いね」


 「そう思うならたまには手伝ってよ」


 「俺は作ってもらう方がすきだなー」


 「そう? じゃあ美味しいの作らないとね」


 「悠里って、理想的な奥さんよね。うふふ〜」


 「わかるぅ〜。いつもご飯でてきますもんね。それにちょっと失敗してもなんとかしてくれるし、許してくれるし。包容力っていうんすかね。安心感が違うんすよ〜」


 「悠里はママだよね〜」


 みんな悠里に対して同じような事を思っていたらしい。


 「もしやこれがママみというやつなのか」


「「「ママみ」」」


 「そんなこといいからさっさと配膳してよ。今日もアレやるんだからね」


 「ものどもー! デモハイのために働けぇー!」


 わいわいしながら今日も夜が更けていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 とあるダンジョン地下15層



 「お前がここのボスだな。剣のサビにしてやる!」


 高らかに宣言したその少年。携えるは二本の剣。一本を抜き目の前の相手に向ける。もう片方の手は背中に差したもう一本の柄を握っている。


 『ん? 弱っちそうな子供っチュね〜。そもそもサビにしてやるって言われても、“その剣”は錆びないっチュよ〜?』


 「……しゃ、しゃべったああああああ!」


 『失礼なやちゅっチュ! お前たち人間だって喋るんだからウチが喋ったくらいで驚くなっチュ』


 白い巨大な鼠はそんなことを言ってのける。人間の常識などないからこそではあるが、対する少年もそれがおかしいことだとハッキリとは思えなくなっていた。つまり、ダンジョンに毒されていると言っても良いかもしれない。


 「え? あ、え? うーん、それもそう……か?」


 『それで名前はなんと言うっチュ? あと目的はなんなんっチュ?』


 「……ガイアだ。目的は……ダンジョンの攻略だ」


 『ガイア? 変な名前っチュ。そんなことよりダンジョンの攻略? できると思ってるっチュか?』


 「変とか言うな! そんなことよりダンジョンの攻略ができるできないじゃあない! やるしかないだろ!?」


 『どうしてっチュ? 攻略する意味がわからないっチュ』


 「ダンジョンのせいで、そのせいでいろいろおかしくなってるじゃないか! 攻略してボスを倒せばダンジョンはなくなるんだろう!? そしたら元どおりになるはずだ!」


 『なーにを言ってるっチュ? お前が言ってる通りにはならないっチュ』


 白い鼠は冷めた様子で言い放つ。


 「ボスを倒してもダンジョンはなくならないのか……?」


 『そうっチュ。それに元通りにもならないっチュ。もう世界は変わり始めたっチュ』


 「そんなの信じられない。お前みたいな化けネズミの言うことなんて、デタラメだ!」


 『ひどいっチュね〜。でもオマエ、ちょっと面白そうっチュね』


 「何がだ?」


 『戦ってウチを倒すのもありっチュけどー、お前じゃ相手にならないっチュ。だからウチがついてってやるっチュ』


 「はぁ!? ネズミのくせに!」


 『少なくとも今のお前よりも強いっチュ、よっ!』


 軽い感じで振られた長い尻尾がガイア少年の足元に突き刺さる。それに反応できなかった少年は、尻尾を除いてもおよそ3メートルほどの体長を誇るこの化けネズミよりも弱いことを知る。


 「くっ……殺せ!」


 『はぁー。お前みたいな男のガキの“くっころ”なんて嬉しくもなんともないっチュ。ウチはこう見えて時々降って来る“人類の叡智”が大好物っチュよ。それによるとエルフの女剣士……そんなことはイイッちゅ。まあまあここはウチが導いてやるっチュから』


 白い鼠が言っていた事のほとんどを少年は理解していない。エルフの女剣士についてはなんとなくわかるが。それよりも気になった事があった。

 「……ついてくるってほんとか?」

 先の尻尾の一撃、アレを攻撃として使われていたらと考え身震いした。しかしそんな相手が付いてくると言っているのだ。


 『ほんとっチュよ。教えられることはほとんどないっチュけどね』


 「目的は?」


 『ただの興味本位っチュ。自由裁量のホワイト企業っチュ。だから体も真っ白っチュ』


 正直、わけがわからない。しかし敵意のようなものは感じない。少年は緊張して構えていたのが急に馬鹿馬鹿しく思えてしまっていた。


 「なんなんだよお前……なんか急に疲れた」


 『あっははーっチュ。それならウチの背中に乗ると良いっチュ。オマエはちっちゃいかららくちんっチュ』


 「オマエじゃない。ガイアだ」


 『ウチは……んー。思いつかないから白ネズミで良いっチュ。尊敬と畏怖を込めて“さん付け”をしても良いッチュよ?』


 「じゃあ……よろしくな、白ネズミ」


 『ガイア、こちらこそよろしくっチュ。さん付けはナシッチュか。まあ良いッチュ。さぁ、楽しませてくれっチュ』


 とあるダンジョンで二本の剣を振り回して進んできた少年。まともに戦えば生きて帰ることはまず不可能であろうカミノミツカイ・鼠と対峙したが、運良く戦わずに先へ進めることとなった。

 彼が進むその先で、彼を待ち受けるものとは……

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