第53話 Lux Magna <<< さくらの『おはなし』


 「『嵐神……プルリーヤシュ』」


 呼んでしまった。その自分の声だけがはっきりと聴こえた。それと同時、腕輪からエッセンスが溢れ出す。泉から吸収したのとほぼ同量のエッセンスを吐き出したところでそれは止み、さらに泉から湧き出るエッセンスも吸い上げながら上空に渦を巻く。黒、赤、緑と変化し、その形を造っていく。


 そこに現れたのは巨大な鳥だった。しかし全身が緑の炎のような揺らめく何かで構成されており、瞳だけが赤々と輝いている。周囲には暴風が舞い、何人も近付くことは叶わないと思わせるほどだ。

 それまで感覚がなかったことが嘘であったかのように全てを取り戻した俺は顕現した嵐神を見上げる。


 「クックック……大義であるぞ、ニンゲン」


 「あんた……なにもんだ……?」


 「自分で呼んだではないか。嵐神プルリーヤシュと」


 「俺が呼んだ……?」


 香織は未だ立ち上がっていない俺を庇うように、抱き抱えるようにしながら嵐神を睨む。チビは俺の前に立ちその毛を逆立てる。エアリスは……極限に集中でもしているらしい雰囲気だけは伝わってきた。


 「さあて、せっかく顕現したのだ。少し運動をしようと思うのだが、少々付き合え、ニンゲン」


 「いやです、と言ったら?」


 「結果は変わらぬ」


 俺たちに向かって緑に揺らめく翼を打つ。すると空気の塊のようなものが見えた気がして反射的に香織の腕を掴み引き寄せ位置を入れ替える。同時に【拒絶する不可侵の壁】を発動しチビごと壁で包み込みその塊を受け止める。

 この壁は不可侵だ。よってそれに何かが当たったとしてもその衝撃がこちらに来ることはないはずだった。チビは無事なようだが、強く叩かれたような衝撃が俺の背中を打ち、肺の空気が押し出された。

 それを見た香織もその異常さを理解したらしく大丈夫かと問うような潤ませた目を向けてくる。


 「大丈夫、このくらいじゃなんともないよ」


 精一杯の強がりではある。本気どころか遊びですらない、攻撃と呼ぶにも痴がましい風を止めただけで背中に激痛が走っているのだ。しかも不可侵の壁を使っていたにも関わらず。

 こんなのは初めてだがいざとなれば【不可逆の改竄】だってある。もしかするとスライムみたいにドロドロ不定形の粘体になってしまうかもしれないとエアリスが言っていたが、ギャンブルができるだけ生き残る目は残っているはずだ。


 「香織ちゃんは逃げて」


 「嫌です! 悠人さんを置いていけません! 自分だけでは嫌です!」


 「そうは言っても正直あれは」


 「それでも、です……っ!!」


 転移で逃げる、というのも考えないわけではない。しかし龍神の例がある。自宅のダンジョンはプライベートダンジョンと言えるもので、おそらく全世界共通であろう20層と21層とは違う。しかしそこに龍神が現れたことを考えると、同じ『神』の名を冠する嵐神が追って来ることもできると考えるべきだ。それにここはログハウスに近すぎる。もしここを離れた後、嵐神がログハウスを壊さないとも限らない。となれば別の場所に誘導するか、倒すしかない。


 「話し合いは終わったか?」


 「いいや、まだだ。ちょっと待っててくれないか?」


 ダメ元だ。待ってろと言って待ってるわけはないだろうが、今はなんでもいい。おそらくエアリスが何か策を講じているかもしれない。少しでも時間を稼げさえすれば切り抜けられる確率はあがるはずだ。


 「ふむ。では暫し待とう」


 なんと待ってくれるらしい。意外と話がわかる? とは言っても待たせてしまったということは、なかったことにはできなくなったということだ。それは逃げることが勝利条件とは言えないものになったことを意味する。

 相手は仮にも神を名乗っている。逃げても追跡くらいのことはやってのけるだろう。


 しかし“神”がなぜこんなところに? 龍神は『深層に住んでいる』と言っていた。それが全てに適用されるとは限らないが、少なくともここは“その深層”ではないはずだ。ということはここにわざわざ出向いたということになる。目的はなんだ? いや、目的というほどのことはないのかもしれない。嵐神が話した内容や態度を鑑みると……もしかして暇なだけか?

 ん? 暇? 暇神(ヒマジン)か……。


 (エアリス、イルルさん呼べないかな?)


ーー 以前回収しておいた龍神イルルヤンカシュのエッセンスを利用し回線を繋ぐことにたった今成功しました。集中する必要があったため何も反応できず申し訳ありません ーー


 (ぐっじょぶエアリス。それで、どうやったら呼べる?)


ーー 意思を込め“名”を呼べば可能かと ーー


 神にとって“名”は特別な意味があるということか。俺はエアリスに従い迷わずその名を呼ぶ。


 「『龍神・イルルヤンカシュ』」


 呼応したように龍神の気配があたりを満たす。エッセンスが強制的に吸い上げられ、嵐神が顕現した時のように大量のエッセンスが渦を巻き、それが形を成していく。


 真っ赤な虹彩の中には金色の血管のようなものが脈打っている。口の先からはチロチロと二股の舌が出入りし、口を開けば真っ赤な口内に長い毒牙。その毒牙から滴る液体は、地面に落ちるとジュッと音がし一瞬白い煙を上げる。

 その大蛇は真っ白だが、鱗と鱗の隙間から明滅する金色が垣間見えなんとも美しい。


 「お前は……龍神……!!」


 「ほお。悠人が呼ぶから来てみれば、嵐神ではないか」


 成功した。龍神を召喚できてしまった。エアリスの事を疑っていたわけではないが、その事実に驚愕している。

 努めて冷静を装い、龍神に話しかける。


 「イルルさん、忙しかったですか?」


 「ふふっ。我は暇神だと言っただろう?」


 「それはよかったです。俺じゃどうしようもないんで、なんとかしてもらえませんか?」


 「任せよ。ここに顕現する際そなたからエッセンスを巻き上げてしまったからの。その分くらいは働かねばな。それにアレは、我とは因縁深き相手だからのぉ。呼んでくれて感謝するぞ」


 「よろしく頼みます。あ、あとできるだけ周囲に被害が出ないようにしてもらえるといいんですが」


 「ふむ。善処はしよう」


 龍神との会話を邪魔するわけでもなく静観していた嵐神。先ほども待っていてくれたし、案外話のわかるやつだと思ってはいたのだが……


 「話は終わったか? まぁ終わってなくとも関係ないがな。龍神、今度こそ殺してやる」


 「ふふふ。やってみよ」


 嵐神と龍神、神話の戦いが再現されようとしていた。


 先制攻撃とばかりに嵐神が翼で嵐を投げつけて来る。俺は香織を抱き抱えて【拒絶する不可侵の壁】を張り、龍神はその風をまともに受けるも何の痛痒も感じていないようだ。

 次々と打ち出される空気の塊を龍神は涼しい顔で真正面から打ち砕いている。蛇の表情はわからないがたぶん涼しい顔なはずだ。その証拠に攻撃を受けながら龍神の背中がぼこぼこと泡立ち、そこからゲームでよく見たドラゴンのようなフォルムの白い翼が生えてきた。攻撃を受けながら変身できるのは強いやつだけだ、と俺のゲーム脳が言っていた。


 龍神が翼を得るとすぐ空に飛び上がり、嵐神よりも高所に位置取るようにして戦っている。上を取った方が有利、というのもあるだろうが、龍神はこの近くにログハウスがあることを知っている。それに先ほど周囲に被害が出ないようにと言ったお願いを聞いてくれているのだろうと思う。

 しかし嵐神の攻撃は嵐を巻き起こすことが基本らしく、龍神によって相殺できるものは相殺されているとはいえ地上への影響も少なくない。辺りの木々は時折暴風によって倒れてしまったりしており、このままではここら一帯がミステリーサークル化してしまうのではないだろうか。


 「嵐神、なぜここに顕現している?」


 「キサマの残滓を感じ取ったからここへの道を開こうとしていたのだ。まだ時間はかかるはずだったが、あのニンゲンがいたおかげでな」


 龍神は考える。やはり悠人にはいずれ我ら程度なら超える素質があるのだと。

 仮にも神顕現などと、己の存在を消滅させ糧としても人間単体では不可能な事象を起こしている。大いなる意志により与えられた、もしくは獲得を許可されたその能力は、果たして大いなる意志が許す範疇に収まるのだろうか、と。


 嵐神の攻撃を往なしながら物思いに耽る龍神を現実に引き戻す閃光が、龍神と嵐神の間を通り過ぎていった。その閃光の主人は高らかに宣言する。


 「今すぐ、戦闘をやめなさーい!!!」



 20層へ向かった三人は亀を狩っていた。その合間、胸騒ぎのようなものを覚え、そして星銀の指輪が強制的にログハウスへの転移を実行した。転移した三人の目に飛び込んできたのは、まるで台風の暴風圏内にいるかのような景色だった。

 空を見上げ目に映るのは緑に揺らめく巨鳥と翼の生えた巨大な白蛇が争う姿。そんなものを見ても逃げようと思わないのはさすが自衛官、と言いたいところだが、実際は悠人たちがそこにいる気がして恐怖など感じる余裕がなかった。

 悠里と杏奈はログハウスに待機している。ここをあの暴風から守らなければならないからだ。悠里はマジックミラーシールドを全開にし、ログハウスを全て包み込む。こんな広範囲で展開するのは初めてだったが、長杖がきらめき指輪がきらめき、なぜか上手くいった。

 杏奈はというと、正直何もすることがなかった。ログハウスを守る悠里を守るのがこの場合の杏奈の役目だろう。しかし悠里の魔法は完璧だった。なのでここから杏奈は、遠目でさくらに叱られる神を眺めるお仕事しかすることがない。



 「な、なんだと? 無礼なやつめ! 殺してくれる!」


 嵐神がさくらに向けて翼を打とうとした時、顔の横にチビが転移しその眼球を引っ掻く。痛みを覚えた嵐神は翼を打つのを中断する。空中で悶える嵐神、それに狙いを定めるのは悠人だ。


 初めてマグナカフェに来た時、なぜか牛のモンスターの群れがカフェを襲撃した。しかしその時、悠人がそこにいたことによってあっさりと片付いたのだが、その時の実験という名の経験を生かし、エアリスは仮想実験を繰り返していたのだ。その集大成とも言えるもの、それが——



 「『ルクス・マグナ』!」

ーー Lux Magna !! ーー



 展開中の【拒絶する不可侵の壁】の表面に収束された光と熱の集合体、その大元のエネルギー源はエッセンスである。不足の場合、ステータスをエネルギーに還元することも可能で、そこから燃料となり得るものを具現・生成し二つの隔絶した空間を【拒絶する不可侵の壁】により創り出す。エアリスの制御によってその二つの空間内を増殖するエネルギーが行き交いループする。そして不可侵の制約を解かれたエネルギーの塊は光となって敵を殲滅する。


 しかし“殲滅する”となるとそれなりの規模が必要なわけで、そんなことをしてしまえば森林破壊も甚だしい。もちろんログハウスにも影響はあるだろう。それでは困る。なにせ短期間の割に投資額がとんでもないことになっているのだ。みんながトイレや発電機を用意してくれ、最近買ったゲーム機や大型4Kディスプレイもある。高かったのだ。

 ということで殲滅の光とも言えるそれは指と変わらない程度の太さに抑えられた。しかしそれ自体が収束ビームと言えるものなので触れればただでは済まない。それを嵐神に向けて放つ。


 そして一瞬の閃光が嵐神の片翼を貫く。


 「なっ!? なんだこれは!? あ、あ、熱い! 熱いぞ! なぜ神たる我が斯様(カヨウ)な光如きに熱さを感じるのだ!?」


 「嵐神よ。これは戦闘をやめろと言っているあの人間の女(オナゴ)に従うべきぞ」


 「ぐ……うぅぅ……わ、わかった。一時休戦としよう」


 全て悟ったような口ぶり、達観した目で語る龍神は心の中で冷や汗を流していた。『いずれ』とは思っていた。しかしすでにその一端に届いていると言わざるを得ないのではないかと。悠人のアレは神の力・奇跡と言えるものとは異質である。しかし異質であるにも関わらずそれに匹敵するものではあるのだ。そこに“腕輪の”……エアリスが関わっている事は明白で、その存在が悠人の価値を最大限にまで引き上げている事も龍神は看破していた。



 嵐が止み、巨鳥はさくらの眼前に降り立つ。正確には片翼のダメージにより滞空を維持できなくなっているのだ。

 大蛇も同じようにさくらの正面、から少しずれた位置に降り立った。なぜか? それは直感であった。


 「それで? どうして暴れてたのかしら?」


 「あ、暴れてなどおらぬではないか。少しの戯れであろう?」


 そう言って悠人、香織、チビ、龍神へと次々に目を移す。しかし誰一人として頷く者はいなかった。

 その様子にさくらは細めた目を緑焔の鳥、嵐神へと向ける。


 「へぇ? あれで暴れてないのね? でも不思議ね? この辺りの木が倒れているわね〜?」


 「そ、それはこの次元が脆弱なだけであろう?」


 「あらそう? それなら貴方は、ここにとっては暴れるに等しいことをした……ということよね?」


 「い、いかん。これはなんだかダメな気がする」


 「な・に・が? ダメなのかしらぁ〜?」


 顔を背けた嵐神を恐ろしい笑顔で覗き込むさくら、仮にも神に対していい度胸である。だが覗き込まれた嵐神は「ひっ」と息を飲んだような声を発していた。


 その様子を見た龍神が「あの女は一体なんなのだ?」と悠人に問う。それに対する悠人の答えは「敵に回してはならない人です」とだけ答えた。

 

 そして悠人は今更になって気付く。香織と密着したままだったことに。香織はすでに茹でダコのように真っ赤になっており「大丈夫?」と尋ねてもコクコクと頷くだけになっていた。

 赤べこかな? と思った。



 ややあって。

 悠人、龍神、赤べこから復帰した香織は談笑していた。チビは香織の後ろに伏せているが怯えた様子ではない。単に香織にやさしいだけだろう。


 「急に呼び出してしまったのに、助けてくれてありがとうございます」


 「よいよい。嵐神は因縁深い相手と申したであろう?」


 「それってまさか、“あの”嵐神ですか?」


 龍神と嵐神の物語としてヒッタイト神話がある。嵐神は龍神との戦いに敗れるも、策を講じて最終的には龍神を殺すという話が一般的だ。しかしそういった神話において神とは、割と自分勝手な存在、それこそ俗物と言っても差し支えないものが多く、嵐神はまさにそれと言える印象だ。しかし共通するのは人智を超えた“力”を持っているという点。それはこの顕現した嵐神と龍神が体現している通りかもしれない。



 「おう、知っておるのか。『嵐神』と言ってもアレだけではない。その中にも格が存在する。しかし今そこにいる鳥公は我の知る嵐神だ」


 鳥公に反応した嵐神プルリーヤシュが「誰が鳥公だ!」などと言っているが「話はまだ終わってないわよ?」と言われ「ぐぬぅ」となっている。あれが神か……。

 俺は心の中で嵐の神に憐れみの感情を込め手を合わせた。


 「それにしても悠人、アレはなんだったのだ?」


 「アレ、ですか?」


 「そうだ。あの光だ」


 「あぁ、よくわかりません。作ったのはエアリスなので」


 「ほお。腕輪の、ではないな、エアリスよ、発言を許可するぞ」


ーー アレに関しては、黙秘します ーー


 普通に考えて、神に対して取るには不遜だろう。怒られたらどうすんだ、と思ったがそんな事程度では腹を立てない。龍神はオトナだった。


 「ふふふ。まぁ良い。愉快な事には変わりなし。ところであの女はなんなのだ?」


 「先ほども言った通り、敵に回してはならない人、としか」


 俺たちは同時に巨鳥とそれに説教をするさくらを見る。嵐神である巨鳥に同情するが、龍神にとってはそうではないようだった。


 「ぷっ……仮にも神を……叱りつけるとは……ぷふぅ……愉快なり」


 「こういう光景を見てると、平和が一番だなぁって思いますよ」


 「わからんでもない」


 耳を澄ませば聴こえる「もうわかったと言っておろう……?」「もう勘弁してくれ」「もう暴れないから」という声は弱々しい。本当に神なのだろうか。

 

 暫くするとさくらは物理的にずいぶんと小さくなった嵐神を伴ってこちらに来た。


 「お話したらわかってくれたわ。もうここでは暴れないって約束してもらったから大丈夫じゃないかしら?」


 「先ほどはすまんかったのだ。神だからと言って調子に乗ってしまっていたのだ。ニンゲンがこれほど恐ろしいとは思っても見なかったのだ……。あの閃光もそうだが、もうこのオハナシというものはもう嫌なのだ……」


 「またオイタしたら、悠人くんがあの光を全力で使うから気をつけるのよ?」


 「わ、わかったのだ。もう帰るから勘弁してほしいのだ。で、ではな!」


 そう言うなり嵐神はそそくさと、と言って良いかわからないが、渦巻く嵐と共に去って行った。


ーー 嵐神・プルリーヤシュのエッセンスを獲得しました。いつでも呼び出せるかと。今回の事を忘れていなければ制御も容易いかと ーー


 「おい悠人。このエアリス、デタラメが過ぎるのではないか?」


 「はい。ごもっともです」


 「我の事も呼び出そうと思えばいつでも呼び出せるのだろう? エアリスよ」


ーー できなくはありませんが、龍神に対して脅せる事柄……強制力を持ちませんのでその後の行動は龍神・イルルヤンカシュの自由意志となります。リスクしかありませんので極力避けるべきです。今回は緊急時でしたので仕方なく ーー


 「その点は心配いらぬ。いつか悠人と戦ってみたい気持ちはあるが、それは今ではないのでの」


 「ええ……勘弁してくださいよ。俺は全然戦いたくないですよ」


 「そうか? それはちと寂しいのぉ」


ーー 戦えなくて寂しいなど、頭おかしいですね龍神 ーー


 エアリスは相変わらずである。一応神様だって自称してるし、それ相応の敬意を持って接するべきじゃないか?そう思った矢先、聴こえてきた言葉には全員でツッコミを入れるしかなかった。


 「ふむ。たしかに」


「「「自分で納得するんかい」」」


 一瞬戦闘民族的発想で存在しているのかと思えた龍神ではあったが、割と温厚で話がわかるような印象が残った。以前もエアリスを起こしてくれたしできれば良好な関係でありたい。

 その後もしばらく談笑した後「今日も良いひとときであったぞ」と言い残しその場を去る。エアリスは龍神の転移の際に周囲に散ったエッセンスとその残滓をしっかりと腕輪に吸収していた。そのエッセンスは香織の腕輪にも若干吸収されていたように思えた。


 ログハウスに戻ると悠里と杏奈に迎えられる。悠里は【マジックミラーシールド】で防御していたが、嵐が止んでからは中で料理していたらしい。杏奈は役に立たないのでゲーム機本体が置いてある俺の部屋でデモハイをオンラインプレイしていたとか。


 夕食の時間までみんなでデモハイをして過ごす。香織は今日も俺の斜め後ろから見ている。チビはその香織の後ろに背もたれになるかのように伏せている。香織への忠誠心か保護欲が強い。

 何戦目かで初めて悪魔になったので、試しに香織にプレイさせてみた。香織はなかなか勘が鋭いようで、逃亡者が隠れているところを次々と発見して配線の修理を妨害していく。


 杏奈の操作するキャラクターがもう一度収監されてしまったらゲームオーバーになってしまう場面、逃げている杏奈を追いかける香織扮する悪魔。その間に割って入り杏奈のゲームオーバーを阻止しようとする悠里が操作するキャラクター。「悠里どいて! 杏奈殺せない!」などと言っていたのが少し恐ろしかったです。



 夕食はハンバーグだった。猪と牛の合挽きだったが、普通にうまかった。

 その後はまたデモハイタイムだ。そして入りたい人から順番に風呂に入り、その間は香織も参戦したりしていた。

 そして今日も今日とて「うわ……またこんな時間までやってたのか」時計の針は午前三時を指していた。

 プレイしたそうにしている香織にバトンタッチした俺はベッドに横になり、チビは依然香織の背もたれになっている。


 (エアリス、ルクスマグナってさ)


ーー はい、なんでしょう? ーー


 (やばくね?)


ーー 当然です。ヤバくなければ意味がありませんので ーー


 (エッセンスの消費もやばくね?)


ーー はい。それは必要経費として割り切りましょう。本来ならばあれを自動迎撃に利用したいのですが、今のところはまだ制御が不完全ですので燃費が悪く長時間の維持は暴発する可能性があります ーー


 (俺、まだ死にたくないんでよろしく頼むよエアリス)


ーー お任せください。龍神も消滅させる技を編み出してご覧に入れましょう! ーー


 (いや、平和的な感じでいいんだよ? うん、ほんとに)


ーー 善処します ーー



 22層への道を探すという目的をすっかり忘れていた俺はそのまま低反発マットに身も心も包まれたのだった。


 

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