第52話 悪魔の鬼ごっこ(デモハイ)、からのー
「ふぅ。良い湯だった」
「あ、悠人。チュートリアルは1台でしかできないみたいだから悠人の部屋に集合してるよー」
「おっけー。すぐ行く」
部屋に戻ると、パジャマ姿の女性陣がお菓子とペットボトルのお茶やジュースを部屋の真ん中のテーブルに並べていた。『部屋では着けない派』と言っていた杏奈の言葉を思い出しちょっとドキドキした。
各自の部屋でする前に、俺の部屋でチュートリアルをみんなで見ることになった。各々が好きなお菓子や飲み物を食べて飲んで、単なるパジャマパーティとなっている。
操作感を試すためにプレイ予定の三人も交代でゲームに触ってみたり和気藹々としているわけだが、よくよく考えてみると女4男1なわけで、俺がここにいてもいいのだろうかと思ったりしている。
こういう場合はどうすればいいのか、この悪魔はどんなことをしてくるのか、この逃亡者はどんなことができるのかなどなどを確認し合い、その後各人の部屋へと散っていく。しかし俺の部屋に残っている女性が一人。
「香織は悠人さんのを見てますね」
「う、うん。上手にできないかもしれないけど」
「一生懸命応援しますね!」
「がんばります」
そして悪魔の鬼ごっこ『デモハイ』にて仁義なき戦いが始まった。
《 説明しよう! デモハイとは! 》
世界的に人気を博している『Demonic Hide and Seek』というゲーム。プレイヤーは悪魔側と逃亡者側に別れて遊ぶ一種の非対称型RPGだ。一人の悪魔から四人の逃亡者が隠れながら脱出口を探して逃げるというゲームで、悪魔の見た目や雰囲気、更に追われる恐怖といったホラー要素も含まれている。キャラクターは精巧なCGで、それをリアルタイムで操作する。日本では『デモハイ』と呼ばれることが多い。
ルームを作成しそこへみんなが入室する。その時に悪魔になるか逃亡者になるかをランダムにする設定にしておいた。少し待っていると他のプレイヤーが一人入室し準備が整ったので、いざゲームスタート!
記念すべき第一回目、俺は逃亡者だった。脱出するためのゲートを解放するためには、ランダムに設定された各所にある配線を修理する必要がある。逃亡者はみんなでそれを修理して逃げ出すのだ。しかし悪魔もみすみす修理させるわけもなく、修理しているところへ逃亡者を探しにやってくる。それを隠れてやり過ごせればいいのだが、高確率で見つかってしまい、そこからはかくれんぼではなく鬼ごっこが開始される。
誰かが悪魔に追われている隙に修理するというのが一般的なので追われた人はなるべく長く時間を稼ぐために悪魔から逃げ続けなければならないのだ。だがもし捕まってしまってもすぐにゲームオーバーというわけではない。檻に収監されることで専用のゲージが減っていき、それがなくなると地獄へ送られてゲームオーバーとなる。
「悠里の名前がプレイヤーにないから、今回の悪魔は悠里か」
香織は俺のすぐ斜め後ろから画面を見ている。大画面なので遠い方が観戦には向いているとは思うのだが、自分もプレイしているかのような臨場感を味わうには適度に近い方が良いのかもしれない。そんなことを考えながら配線を修理していると「ひぃ」という息を飲むような声で画面に意識を戻す。
「うわっ、悠里が選んだ悪魔、見た目ぐっろいやつか。こわっ」
さすが最新ゲームのCG。画面の中、遠くで辺りを見回しながら逃亡者をさがす悪魔は、なんだかデロデロしていた。
修理を中断し物陰に隠れてやり過ごす。幸い気付かれなかったらしく見つからずに済みはしたが、修理中の配線は少し壊されていた。
「せっかく半分くらい直せてたのになぁ。一度来たならしばらく来ないだろうしがっつり直そう」
「がんばってください、悠人さん!」
そのまま修理していると、攻撃されてダウンさせられた時の『ギャー!』という絶叫が遠くから聴こえた。
「あっ、さくらがやられた。でももうすぐここ直るから直しちゃおっと」
「あれ? でもなんだかドキドキしてる音聞こえません?」
「うん、もしかして収監しないでこっち来たのかな?」
俺の予想は当たっていた。物陰に隠れようとその場を離れると、こちらへ走ってくる悠里悪魔が——
「げっ、目合った気がする」
「今の見られましたよね? 逃げないと!」
「あれ? 音消えた。ってことは……」
その瞬間、画面の中の俺は背後から斬りつけられる。鋭利な長い爪で俺を斬りつけた悪魔は、爪に付いた血を口元へ運んで啜っている。
「いきなり後ろにくるとか、隠れてる場所モロバレかよ! やばい、あと一回攻撃されたら収監されちゃうううう!」
「あっ! あの陰ならやり過ごせそうじゃないですか?」
「たしかに。あの先は入り組んでて行き止まりで修理する配線もないからわざわざ来ないかも」
そこで息を潜めていると、悪魔が近付いたときに聞こえるドキドキという心音のようなものが大きくなり、やがて小さくなって聴こえなくなった。
「こ、こえぇ……」
「こ、怖かったです……」
無意識のうちに俺にくっついて服を指でつまんでいる香織。悪魔が近付いてくると余計くっついてくるもんだからシャンプーの匂いがして二つの意味でドッキドキだ。
そんなこんなで鬼ごっこを何戦かしている間に、いつの間にか夜中の三時を回っていた。香織はいつの間にか俺に寄りかかってうとうとしている。そんな香織を眺めていた俺はついつい頭を撫でてしまい、香織は「ん、ぅ〜ん」みたいな声を出して余計こちらに体重をかけてくる。なんだかとても、リア充感ぱねぇっす。
そしてもう一戦が終わった時、香織が目を覚まして「邪魔しちゃってごめんなさい」と謝ってきたが、邪魔どころかちょっと心強かったことを伝えると今度は意識的に寄りかかってきた。
実際心強かったのだ。だってこのゲーム、悪魔の見た目もさることながら“追われる恐怖”というものがある。香織によってドキドキさせられたことで、恐怖によるドキドキが緩和されるという謎現象が起きたのだ。そのおかげで朝まで行ける気がするくらいだ。
結局デモハイが終了したのは午前六時。さすがにみんなおねむなのだ。俺はおねむではない。ずっとドキドキしっぱなしだからな。でも一度も悪魔にならなかったからそういう意味ではずっとドキドキしていた。
そしてその間のチビだが、ゲームをしている間みんなの部屋を行ったり来たりしていた。遊び相手を探しているのか、みんなを癒しに行っていたのかはわからない。
香織も部屋に戻り、朝ごはんを食べる気にはならなかったのでとりあえず寝ることにした。エアリスが「次はワタシも参戦しますね」と言っているのが聴こえた気がしたが睡魔に勝てず考えと意識を手放した。
目を覚ますと昼の十二時を回っていた。思えば朝までゲームをして起きるのは昼過ぎなんて生活、全然してなかったなぁなどと思いつつ体を起こす。リビングに行くと、悠里が何か作っているようだった。
「おはよう悠人。昨日は楽しかったね〜」
「おはよー。久しぶりに朝までゲームしたよ」
「私も久しぶりだったよ。ダンジョンできる前はときどき通話したまま朝までゲームしてたよね」
「そうだなー。懐かしいな。ところで何作ってんの?」
「サンドイッチ、みんなの分も作ってるからちょっと待っててね」
「まーじでー。ちょっと腹減ってたから助かる〜。それにしてもなんだか急に食材増えたよな」
「冷蔵庫使えるようになったし、悠人が指輪くれたからこっちに来る時はみんななにかしら持ってくるようにしてるんだよ」
「そうなのかー。俺なんもだな」
「悠人は肉屋だからいいんじゃん?」
「まぁ肉なら腐る程ある」
「それにこのログハウスのオーナーみたいなもんだし?」
「中身はみんなががんばったおかげだけどね」
「家賃無料のシェアハウスみたいなものだから、それくらい当然でしょ。ふぅ、できたよー」
「おっ、待ってました。いただき〜」
悠里お手製のサンドイッチを食べながらチビ用の肉を焼く。その間に悠里がみんなを起こしてきたので全員リビングにいるようだ。冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップと一緒にみんなのところへ持っていく。
「あら、気が利くわね〜。ありがと、悠人君」
「どういたしまして〜」
「昨日は楽しかったっすねー。格闘ゲーム以外で朝までやったのなんて始めてでしたよー」
杏奈は格闘ゲームはよくやっていたらしいが、こういうゲームは初めてだったらしい。
「杏奈もやっと格闘ゲーム以外も楽しくなってきたみたいだね」
「そっすねー。でも一番大きいのはこのみんなでやってたからだと思いますけどねー」
そう言ってみんなの顔を見回した杏奈につられるように悠里も見回し、同意していた。
「香織は毎日でもいいかな〜」
「香織もしてみたの?」
「してないけど、楽しかったよ〜」
香織は見ているだけでも充分楽しめたようだ。このゲームの良いところはプレイ動画を見ても楽しいというところだし、香織の楽しみ方も有りなんだよな。
「あれ〜? 香織さんって昨日誰の部屋にいたんすか?」
「……悠人さんのお部屋に」
その発言を聞いた三人がこちらに視線を移す。疑うような目、好奇の目、あらあらまあまあの目。どういうリアクションを取るのが正解かわからない。香織を見やるとどうやらそれは香織も同じらしい。
「……な、なにもなかったヨ?」
「何もなかったですけどね」
「「「あやしい」」」
「わふ!」
不穏な空気を打ち消したのはチビの一声。見るとすでに肉を平らげていた。「よし、特別に追加肉をやろう」と言いその場から退散した。リビングからは四人娘の話し声が聴こえ、楽しくて穏やかな日常を感じさせるものだった。
(こういう日常を、まさか非日常のダンジョンで感じられるなんてなー)
ーー そうですね。それもご主人様の努力の賜物かと ーー
(努力って言えるようなことしたっけなー)
ーー その謙虚さも美徳であるとワタシは思います ーー
(実際そんな大したことしてないしな。エアリスのおかげな部分がほとんどだし)
ーー ご主人様のお役に立てているようで何よりです ーー
(ところで22層も探さないとって思うんだけど、どうしたもんかなー)
ーー ……それなのですが、ここの近くに泉があったのを覚えておいででしょうか? ーー
(うん、あったね。それがどうした?)
ーー 21層の支配者権限を得てから気配というか、何かが変わったように感じるのです。気のせいかもしれませんので確証を得てからお話しようと考えていたのですが ーー
(ほー。じゃああとで行ってみるか。気のせいならまた探せばいいしな)
ーー はい。わかりました ーー
エアリスが感じた違和感、それは確かに以前とは違うものであった。その正体がなんなのか。もし危険なものである場合、悠人を危険に晒すということになってしまうわけで、エアリスはそれを見極めるべきと考えていた。
それを徹底するのであれば、これまでのエアリスにとって悠人に隠し通すくらいのことは簡単にできた。しかし今回、なぜか悠人に伝えてしまう。
悠人は常々思っていた。エアリスがどんどん人間みたいになっていく。完璧と言っても過言ではないくらいの存在に感じてはいるが、それでも自分を元にしているせいもあってか、どこか抜けたところがある。しかし今回のエアリスが気になっていることはとても些細なものなはずなのに気になって仕方なく思っているように感じ、人間くさいと思った。
不思議な存在、エアリスとは一体なんなのか。出会ってからずっと感じていた疑問が膨れ上がっていった。
一方女性陣は今日の予定を話し合っていた。近頃20層で亀を狩りミスリルを集めている彼女たちは、今日も日課をこなすようだ。
「さて、じゃあ今日も20層行く?」
「そうね〜。でもデモハイしたいから軽めにしておかない?」
「そうっすね〜。昨日はほとんど脱出できなかったんで、今日はがんばるっすよ〜」
「香織は今日は悠人さんについて行ってみようと思うんですが、いいですか? 悠人さん」
香織は亀狩りにおいて前衛を努めていたはず。通常の亀ならば香織がいなくとも問題なさそうだが、もしもボス亀が現れたら……そう思ったが、悠里の【マジックミラーシールド】もあるしさくらだっている。杏奈はトラウマがあるようで心配だが、二人がいれば大丈夫に思えた。それに狼牙の御守りだってある。
まぁなんとかなるだろうと気軽に返事をする。
「おっけー。とは言ってもログハウスの周辺に22層の入り口がないか探しにいくだけだけどいいかな?」
「ぜひご一緒させてください」
香織は嬉しそうに笑顔を向けてきた。ま、眩しいな。これから地味な探索をするだけな事を思うとおもしろみには欠けるかもしれず、楽しみにしているように感じる香織の笑顔を直視できない。顔を逸らしたついでにチビにも聞いてみる事にしよう。
「チビはどうする?」
どうするか問われたチビは悠里と俺の顔を交互に見た後、俺の足元におすわりした。ふふふ、さっきの肉おかわりが効いたようだな。
「じゃあチビと香織は悠人と、私たちは20層ね」
エアリスによって作られた星銀の指輪はみんな持っている。チビは首輪がそれと同じ効果があるので、よほどのことがない限り問題はない。それにそれらのアクセサリーがなくともみんな以前よりも強くなっているのでボス級に遭遇してもなんとかなるだろう。きっと。
三人が20層へ転移したのを見送り、俺と香織そしてチビもすぐそこにある目的地へと向かうことにした。
手付かずの森の中とは言えそれほど苦労せずに歩けはする。しかし香織は少し踵が高い靴を履いていたため、段差や荒れている場所では手を引いてあげた。そもそもそういう場所に来た途端に香織が手を繋いでもいいかと聞いてきたからだ。俺に拒否する理由もなく、それどころか香織の手はとても心地がいいので喜んでエスコートさせていただいた。
やがて目的地である泉に着くとチビはおいしそうに泉の水を飲んでいる。俺はというとエアリスが言っていた違和感を感じ取っていた。
(前に来た時となんか違うな)
ーー はい。これは……湧き水にエッセンスが混ざっていますね ーー
(チビががぶ飲みしてるけど、大丈夫かな?)
ーー チビはモンスター、シルバーウルフですので問題ないかと。むしろ普通の水よりもおいしく感じていると思われます ーー
それを聞き『へ〜そうなんだ』などと言いながら水に触れてみると、水に含まれるエッセンスを腕輪が吸収し始める。水から手を離してもそれは止まらず、それどころかどんどん吸収量があがっているように思う。
(腕輪もがぶ飲みしてるんだけど、大丈夫なの?)
ーー 問題は……ないと思いましたがあるかもしれません ーー
(あるんかい)
ーー このエッセンスは異質です。そう、龍神イルルヤンカシュのような通常ではありえない『格』を感じます ーー
その時、声が聴こえてきた。その声には抗い難い覇気が含まれており、龍神イルルヤンカシュと対峙した時のものに似たような感覚を覚えたことを思い出した。
その声はしきりに『我を呼べ』と繰り返す。
ーー マスター! 呼んではなりません! ーー
エアリスの声が聴こえる。それを塗り潰すように『我を呼べ』『我が名は……』と続く。その声だけがはっきりと聞こえるようになっていくにつれて周囲の音が遠くなっていく。蹲る俺にチビと香織が何かを呼びかけているようだ。
泉から吸収されるエッセンスが次第に意識を埋め尽くしていく。意識を手放せれば楽だろう。しかしその声はそれを許す気はないようだ。これが純然たるファンタジーであれば『くっ、殺せ』とでも言っていたかもしれない。しかしやがて全ての感覚が曖昧になった俺は……
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