第55話 洞窟探検についての条例
8月9日。
今日、各都道府県により同時に条例が発令された。これはマグナカフェの店長であり自衛官でもある西野さくら二尉も事前に情報を得ていなかったことである。
『ダンジョン基本法』の叩き台としての色が濃いが、政府としては半ば法化を諦めている節がある。なぜなら現状はダンジョンの数が多く手が回らない。制限を法律として施行したとしてもそれはおそらく守られない場合の方が多いだろう。それならばより素早い動きで対応可能な条例として、これまでよりも強く注意を促しつつダンジョンに対応できる人材を発掘・誕生を待つ、と言った目的もあるのだろう。
「条例ね……。私のところには何も連絡がなかったわね」
「我々も含め、国民がこれを知ったのはこのニュースや議会中継でしょうね」
「しかも議会で決まって即施行だなんて、普通じゃないわよね」
二尉であり店長であるさくらは、現在マグナカフェに戻り隊員たちと会議というかお茶会をしていた。そこでテレビをつけていると条例の話が出てきたのだ。
「これまで以上に自衛官がダンジョンに関わることも増えるかもしれませんね」
「そうね〜。国としてまともに攻略を考え始めてもおかしくない時期よね」
「雑貨屋連合や悠人、それに二尉から齎される情報如何によっては状況が大きな変化もあるかもしれません」
「ええそうね。でもなるべく今は小出しにするわ」
「それは個人的な理由ですか?」
「否定はしないわよ。でも実際、全てを明かしてしまったら判断を誤る原因になり兼ねないとも思うわ。それに私たちの隊はダンジョンに関して自由裁量が認められているわよね?」
つまり西野さくら二尉はそれを根拠に悠人たちと行動を共にして楽しみたい、そういうことなのだろうと軍曹は察する。彼としても悠人たちと良好な関係を築く事に否はないためそれに同意することにした。
「それじゃあ私はまたログハウスに戻るわね。後のことはよろしくお願いします」
「了解しました!」
それから報告を聞き、総理からの電話を受けたさくらはマグナカフェで仮眠を取り早朝、ログハウスに戻ろうとすると隊員たちが見送りに整列していた。
ビシッと敬礼する軍曹たちに見送られ星銀の指輪で【転移】を発動させる。それを見た隊員たちは、憧れに近い目でそれを見送っていた。
ログハウスに戻ったさくらを迎えたのは悠里だ。
「ただいま〜」
「おかえり。どうだった?」
「カフェはいつも通り、平和そのものよ。隊員たちも頑張ってるみたいで……それに結構強くなったらしいわ」
「そうなんだ。それならカフェは安心なのかな」
大きく頷くさくらは、先ほどテレビで見た中継について話しておこうと思った。耳の早い悠里がそれをまだ知らなかった事で少し気分を良くしている。
「え? いつから有効なの?」
「議会を通った時点で施行されたわ。異常よね〜」
「普通じゃないね。それで不都合な条項とかあるの?」
「私たちにとってはないわね。基本的に注意喚起みたいなものよ。ダンジョン内部の権利とかそういうのは盛り込まれていないわ」
「よかった。まぁ権利云々言い出しても管理できないだろうから簡単にはいかないもんね」
「そういうことね」
悠里とさくらは二人でお茶を始めている。これから起きてくるだろう悠人の事を考えると、簡単に寝ぼけ眼の彼が思い浮かぶ。それとマグナカフェを出る時『ログハウスに戻る』と言った事を思い出す。どうしてそう言ってしまったのかを考えたさくらだったが答えはわかりきっていた。
「ここにいると退屈しないわね。むしろ充実してるわあ〜」
悠人がリビングに行くと悠里とさくらは先に起きていたようで、杏奈と香織は今起きたようだ。
昨日も太陽が昇り始めると共に寝たので睡眠時間はそんなに長くないのだが、さくらはマグナカフェに行っていたようでそこでの話等をしながら朝食の完成を待った。
「条例かー。『みだりにダンジョンに入場しないこと』って日本らしいっちゃらしいね」
「ダンジョンに入るのが当たり前になってる人はそれに当てはまるんっすか? むしろお兄さんみたいなダンジョンジビエハンターは特に困りそうっすよ」
「当てはまったとしても罰則はないわね〜。強制力がないのよね」
「じゃあ香織たちがここに住んでても問題ないですね!」
「住んでる事は前提にないし、その事実を知りもしないでしょうね〜。私も上には報告していないもの」
続けて『私もここの生活気に入ってるのよね』と言うさくらがウインクして見せる。やっぱ綺麗なお姉さんがするウインクは似合うなー。それにしても報告してないなんて、なんて悪い自衛隊員だろう。
『さくら様は皆様の事を保護しようとしているのかもしれません』とエアリスは言う。
保護って、絶滅危惧種じゃあるまいし……いや、ダンジョンに人がもっと来ないと本当にそうなり兼ねないな。
そんな事は置いといて、権力者が介入するようになったら土地の権利とかを主張し出したりしないだろうかと不安だ。先住権とかないのだろうか? あるならエアリスの言う通りさくらが保護してくれようとしているとしても、名乗りを上げた方が得策? いや、それはそれでやだな。だって目立つの苦手だし。
「香織さんのおじいさんになんとかしてもらうっていうのはどうなんすかね?」
「それでなんとかなるならいいんだけど」
「こっちには悠人君がいるからなんとかなるわよ。能力が効かないなんてことがない限りね」
「能力が効かないかー。香織ちゃん、『100回回ってわん! って言って』」
「さすがにそれは無理ですよぉ」
香織の能力は本当俺に特攻なのでは? 全然効く気がしない。
「……香織には効かないのかしら?」
「うん。香織ちゃんの能力にそういう効果があるっぽいんだよね」
あっ、バラしちゃった。そう思い香織にごめんの視線を送ると、笑顔で口をパクパクさせた。エアリスによると『ここのみんなにならいいですよ』と言ったらしい。読唇術、覚えようかな。独身術なら身についてるんだけどな。
そんなしょうもない事を考えていると、さくらの言葉が現実に引き戻す。
「それじゃあ他にも効かない人がいるかもしれないってことよね」
「そゆこと。効きさえすればなんとでもなりそうだけど」
「お兄さん、世界征服できるんじゃないっすか?」
「できたとして、めんどくさそう」
「ふふっ、悠人さんらしいですね」
「悪人がそんな能力を持ったら大変なことになりそうね……。悠人君、悪いことはしちゃだめよ?」
「はーい」
まぁ言われずともそんな事をするつもりはない。しかも人を洗脳するっていうか操るっていうか、そういうのはちょっとなぁ。
談笑しているうちに朝食ができたようでサラダと目玉焼き、白米と味噌汁、そしてダンジョン肉がテーブルに並ぶ。朝から晩までダンジョン肉が出てくるのは、有り余るほどの肉を俺が持っているからだ。普通に考えたら朝から肉は重いのだが、ここにいるメンツは関係ないとばかりに普通に食べる。俺も含めて。
俺たちが食べ終わる前にチビはおかわり待ちをしているので、食べ終わったらおかわりを焼く。チビは狼のモンスターだが、生肉よりも焼いた肉の方が好みらしいので毎日毎食ステーキ三昧なのだ。ほんと、お犬様。
「わふわふ!」
「うまかったか〜? またあとで焼いてやるからな〜」
ステーキ二枚とカリカリフードを平らげたチビはまだ食べたそうではあるが、食べ過ぎて太ったらいけないからな。いや、モンスターだから大丈夫なのか?
モンスターは太るのか、それとも太らないのかを脳内で反芻していると、四人娘は今日はどうするかを話し合っていた。悠里は炊き出しの予定があるとのことで香織と杏奈もそれに参加するとのこと。その後に20層でミスリル集めをするということになった。つまり雑貨屋連合が戻るまでさくらは何もすることがない。
「悠人君、お姉さん……ひとりぼっちになっちゃったのよね〜」
物憂げな表情を作り、さくらは俺の言葉を待っているようだ。
(20層でミスリル集めもいいけど、悠里たちが戻ったら行く予定になってるしな。別のところの方がいいよなー)
ーー では20層岩山の岩壁はどうでしょう? ーー
(岩壁っていうと、レッサーワイバーンがいたところ?)
ーー はい。そろそろSATOにダンジョン肉を届ける頃合いかと思いますので、ワイバーンステーキを仕入れておくのも悪くないかと。それに翼膜も集めておいて損はないかと ーー
(たしかに。じゃあさくらを誘ってみようか)
さくらが物憂げな表情をしていた事に合わせ……たと言っていいかはわからないが、思いついた紳士を演じてみる事にした。
「じゃあレッサーワイバーンでも狩りにいきませんか、お姉さん?」
「それはデートのお誘いかしら?」
「そういうわけではないんだけど……」
「デートのお誘いよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ行きましょうか!」
物憂げな表情から笑顔になったさくらは『新鮮で良いけれど、いつもの悠人君でいいのよ?』と言ってくる。俺も冗談で言ったつもりだったしな、デートになってしまったらしいが特に問題はないな。
岩壁に行くことになったが、そこまでは結構距離がある。さくらの腕輪に居候している自称『神の馬』で行ってもいいだろうとは思ったが、どうやら俺を乗せるのは嫌らしいんだよな。そこでさくらがわざとらしく思い出したように言ってくる。
「悠人君、飛べるのよね?」
「まぁ一応」
「悠里と香織にはお姫様抱っこしてあげたのよね?」
「まぁちょっとだけ」
「じゃあそれでそこまで連れて行って♡」
「……それが目的か」
「うふふ〜。悠里と香織の話を聞いて憧れてたのよね〜、飛行デートっ」
「女性はなんでもデートにしたい生き物なのか……」
岩壁まで全力で飛べば三十分ほどで着く。しかしさくらを抱えた状態で全力を出すとさくらの首が飛んで行ってしまう恐れがあるので倍の一時間ほど掛けて到着した。それにしてもさくらを抱えたままで飛んだわけだが、自分の腕が特に疲労を感じていない事に驚きを隠せない。いや、さくらが重いとかそんなこと言ってないよ、ほんとだよ。そもそもさくらは俺よりもほんのちょっと身長が低いくらい、つまりみんなより重くたっておかしいことは何もないのだ。……あれ? おかしいな、何か圧のようなものを感じる。
雑念を霧散させると感じていた圧のようなものも霧散した。もしかして悠里や香織と同じようにさくらもエスパーだろうか……。それとも俺がわかりやすいだけだろうか。
岩壁で索敵を展開すると以前来た時よりもレッサーワイバーンの気配を多く感じる。繁殖期だろうか? 繁殖するのであれば全滅は……まずいのかもしれないので少しは自重しなければ。
「そういえば最近ステータス、診てもらってないわよね」
「そうだね。狩りの前に調整しようか?」
「ええ、おねがいするわね〜」
西野さくら(ニシノサクラ)
調整前 調整後
STR 38(+5) → 43(+5)
DEX 99(+5) → 120 (+5)
AGI 54(+5) → 54 (+5)
INT 94(+5) → 94(+5)
MND 153(+5) → 153(+5)
VIT 58(+5) → 63(+5)
LUC 13(+5) → 15(+5)
能力:万物形成 (ユニーク+)
【形成リスト】
リニアスナイパーライフル
リニアスナイパーマガジン(3発・単発)
専用スコープ(暗視)
特異能力:古馬の加護
権限
支配者 No. 15 No. 20
連日の亀狩りによってステータスが上がっていた。さらにエッセンスと星石を大量にストックしていたので、EXPとAPも大量にあるといった状態だった事もありなかなかの仕上がりだと思う。
能力も強化されており形成リストに新たにスコープが追加されていることから、さくらはスコープの分解と設計図化を成功させたのだろう。さらに支配者権限No. 20も追加されている。No. 20は俺も持っているのだが、一人だけが取得できるというわけではなさそうだ。ボス亀を倒していればいつか手に入るということで間違いないだろう。
「あら〜。ずいぶんと強化されたわね!」
「最近がんばってたからね。それにさくらは能力が勝手にステータスを成長させるみたいだし」
「左側が調整前よね。確かに上がってると思うわ。右側が調整後ね」
「エアリスがさくらに合うと思うステータスを増やしてるはずだよ」
「DEXを20くらい増やしたのね。これでどうなるのかしら?」
ーー 命中精度は上がるはずです。それに亀にしているようなゼロ距離射撃もより滑らかにできるようになるかと ーー
「あら、見られてたのかしら? エアリスさん、ありがとうね〜」
ーー 朝飯前です。食事、できませんが ーー
DEXに特化した香織はそのおかげで身体の使い方が上手になりハンマーを振り回してもそれに振り回されることなく使いこなしている。STRやAGIのように自分の身体が耐えられないといった状況にはなかなかならないだろうし、何か一つに特化するならDEXはかなり良いのかもしれない。
「じゃあついでに俺のもできそうならしておこうかな」
ーー ……完了しました。ご確認ください ーー
そう言ったエアリスは、さくらのステータスを見せたのと同じく、エアリスが解釈した内容をスマホに表示した。
御影悠人(ミカゲユウト)
Grade 2
調整前 調整後
STR 100(+10)→ 100(+10)
DEX 110(+10) → 120(+10)
AGI 110(+20) → 110(+20)
INT 100 → 100
MND 120 → 125
VIT 120(+10) → 125(+10)
LUC 158 → 160
CHA 30
能力:
真言 (ユニーク++)
特異能力:
人界之超越者
龍神召喚 (制御不可)STR+10 DEX+10 VIT+10
嵐神召喚 (制御不可) AGI+20
権限
支配者 No. 20 No. 21
「ステータス上昇は控えめなのね〜。でもこれ……召喚? それに補正かしら、すごいわね」
「最近ステータスをあげるのに必要な消費が多くなったらしくてなかなか上げられないんだよね。それで、召喚って能力に表示されるんだな。実際見るのは初めてだよ。……それにステータス結構増えてるんだな」
ーー “神気”とでも申しましょうか、それが影響しているものと思われます。龍神に初めて会った時のように自重せず吸収できるだけしましたので。ちなみに表示はワタシオリジナルです ーー
「大丈夫かそれ。あとで怒られないだろうな?」
ーー ……大丈夫でしょう ーー
「どうしてそういう時、エアリスは間を開けるんだよ不安すぎだろ」
久しぶりのステータス調整をし、その結果を確かめる意味も兼ねてレッサーワイバーンを狩っていく。DEXを上げたおかげか、少し飛ぶのが上手くなったかもしれない。気のせいかもしれないが。
いつの間にかログハウスから転移でこちらに来たチビは、首輪に付けられた流星型の衛星を使いこなしているようだ。
見た場所を目標に設定し、そこへ短距離転移しているように思える。転移と同時の【纏身・紫電】もごく自然に発動させているように見える。
元は俺の【纏身・雷】なのだが、なぜかチビは紫の雷を纏う。その紫の雷は俺のものよりも間違いなく高電圧。触れた相手が粉微塵になるほどの衝撃を伴うのだ。なので俺のものと区別し【紫電】とした。響きもかっこいいしな。
そしてさくらはというと、まるでクレー射撃よろしく撃ち落としていく。装填の時以外に止まることなく一定のリズムで撃ち落とすのであっという間に視界に見えていたレッサーワイバーンは狩り尽くされてしまった。
自分の身長ほどもあるスナイパーライフルを立ったまま撃つ様子はログハウスにいるメンバーにとってはそれほど驚くことではないが、戦隊モノの必殺技によくある兵器でも全員で支えながら撃ったりしているのだから異常なことくらいは伝わるだろう。そして本日の命中率は、当然100%だ。
ふはは! 圧倒的ではないか、我が軍は! なんつって。
あっさりと、ほぼさくらが壊滅させたレッサーワイバーンのエッセンスとドロップを回収し、いざ帰ろうかという段になるとこちらに高速で向かってくる飛翔体をエアリスが感知する。それを伝えられたさくらは腕輪に回収してようとしていたリニアスナイパーをそちらへ向けスコープを覗き込む。
ーー マスター、どうやらこちらに向かって何かが飛行してきているようです。速度はマスターの最高速には及びませんが、こちらを認識しているようです ーー
「さくら、あっちから何か向かってきてるらしいよ」
「え? あ〜、あれね。レッサーワイバーンに似てる気がするけど……それよりも強そうね」
ーー 明確な敵意を感知しました。レッサーワイバーンの上位、ワイバーンです ーー
「敵意あり。ワイバーンだってさ」
「あらあら〜。足もレッサーみたいに鳥っぽくないわね。爬虫類……というより物語に出てくるドラゴンに近いかしら。それじゃ撃つわね」
軽い宣言と同時、単発マガジンを装填されたさくらのリニアスナイパーから閃光が放たれる。閃光といってもおそらくミスリル製であるそれは、その表面を微粒子化させながらワイバーンに向かっていく。その微粒子の帯が光に見える銃弾は遠く離れたワイバーンの頭を貫通し空の彼方へと消えて行った。
「よっし! 命中したわっ!」
「……マジ? まだ2㎞くらい距離あったよな」
「ダンタリオンの核を撃った時より簡単よ〜。だってそのときより的が大きいもの」
嬉々として語るさくらはまるで桜の花が満開の春のような笑顔で答える。そんな無理矢理に詩的を演出したような言い回しでその表情を例えても、それが似合ってしまうのがログハウスのお姉さん的存在のさくらなのだった。
「じゃあ回収に行こう。虹色だといいな〜」
「ん〜。どうやらその虹色みたいよ?」
「そのスコープ見えすぎじゃね? そのうち壁の向こうまで見えるようになりそー」
「いいわねそれ! エアリスさんになんとかしてもらえないかしら?」
「いやさすがにそれは無理でしょ」
ーー 不可能ではありませんよ? ーー
「できるんかい」
いい加減理不尽なエアリスは放って置いてワイバーンを回収する。上質な翼膜に劣化飛竜鱗、虹星石をドロップした。虹星石はさくらに渡し、翼膜と劣化飛竜鱗は俺が小型化して回収した。元が大型トラックくらいの大きさなのだ、そのドロップも大きい。
帰りは馬が俺を乗せても良いようになったらしく、さくらと一緒に巨馬に乗ることにした。
それにしてもこの馬、パッカラパッカラと蹄の音がなってる割に全く振動がない。並行に移動している感覚だ。そして移動速度、俺の翼ほどは出せないようだが、なかなか速い。その速度とは裏腹に俺とさくらに当たる風は少し髪を撫でる程度だ。これは是非エアリス先生に解明して翼に実装していただきたいのでそっと馬に触れておいた。「あひんっ」と声を上げた馬に対し、俺は顔を顰めた。
ログハウスに着くとまだ悠里たちは帰ってきていないようだった。ちなみにチビは先に転移で戻ってきていた。おそらくここにいる誰よりも転移を使いこなしているな。
チビの首輪に付けられた流星を模した衛星は転移先を自分で設定できる。しかしそれは一箇所で、一度設定すると再設定が必要だ。よって遠距離に転移した場合、元の場所に転移するためにはそこへ行かなければ再設定できないはずだった。そのデメリットを他の衛星に付与された【不可逆の改竄】により書き換えているらしい。意思を持たせていないと自信を持って言うエアリスは触れないが、おそらくチビの首輪に宿したエアリスの分体が割と好き勝手やっているのではないかと俺は思っている。それは意思が芽生えているという可能性……そんなに簡単に芽生えるものかどうかは知らんけどな。
チビのおやつにワイバーンステーキを焼く。焼いている間に腹が鳴ったので自分の分も焼こうかなと思っていると、それに引き寄せられたさくらも焼いている肉を凝視していたのでさくらの分も肉を出した。小さくガッツポーズをしたさくらは俺と自分の分を大きなフライパンで豪快に焼き始める。
肩が触れる距離というかむしろ密着するレベルで、そこは異性同士、普通なら頬を染める程度あってもいいのだが……その時の俺とさくらはまさに肉焼き職人だった。それは何故か。ワイバーンステーキは真剣に向き合ってこそ、ウルトラ上手に焼けるからである。要するにただ食欲に負けただけなのだが、この肉を前にすれば仕方ないだろう。
ということで三枚の肉を焼き、俺さくらチビで高級焼肉店に匹敵するステーキを堪能する。終始無言である。食べ終わったチビは嬉しそうにスキップしているかのように歩き回り、ごろんと仰向けになってわちゃわちゃしていた。どこへ喜びをぶつければいいかわからないほど美味かったのか。愛いやつめ。
その後ソファーで寛いでいるといつの間にかうとうとしてしまい、それはさくらも同じようだった。時間的にはそれほどでもなかったが、長距離移動というのは疲れるものだからな。「おつかれ」と小さく言うと、さくらも「お疲れ様」と返し、そのまま眠ってしまった。
ふと気配を感じ取り目を開けると目の前に香織の顔があった。寝顔を至近距離で見られていた。はずかちい!
照れを隠すように「おかえり」を言うと、「おはようございます」と返される。
食材が大量に入っていると思われる荷物を床に置きながら「二人とも気持ちよさそうに寝てるとこすまないねぇ」とちょっとおばあちゃんのようなことを悠里が言っていた。しっかり見られてたようだ。
時計を見ると十六時を回っており、悠里たちは炊き出しに時間が掛かったことが窺えた。時間的に微妙であることから、今日の亀狩りは中止となったようだ。まぁダンジョンはエブリデイ。つまりエブリデイがダンジョンなのだから問題ない。勝手にいなくなったりしないのだ、たぶん。
途端に暇になった俺たち五人。と、一匹。やることと言えばゲームしかあるまい。
ふへへ、今日こそおまえら全員悪魔神に捧げてやるぜ! と息巻いてデモハイを始める俺だったが、俺が悪魔側になることはなかったのでずっと捧げられていた。
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