第44話 Kill Devil


 「すんまっせんっっしたあああああっ!!!」


 それはそれは見事なジャンピング土下座を決めたのは他でもない、俺だ。

 なぜ俺がそんなことをしているかというと、『ダンタリオン』というイレギュラーな存在に精神支配に近いようなことをされてみんなに迷惑を掛けてしまったからだ。その件を悠里とさくらが解決してくれたのだが、悠里のお説教が俺と香織、主に俺に対してされている。数時間正座をしていてすでに時間の感覚はなく、その間5回くらいエクストリーム土下座をしているのでもうそろそろ脚がだめになりそう。


 「俺はずっとひよこだと思ってたんだ……」


 「か、香織も悠里が来るあたりまではそう見えてました……」


 「エアリスがいなかったら大変なことになってたんだからね」


 「はい……」

 「はぁい……」


 「まあまあその辺でいいんじゃないかしら? なんとかなったんだし」


 さくらが宥めてくれたおかげで悠里は仕方ないとばかりに鼻を鳴らす。もうさくらお姉様って呼んでもいいかもしんない。


 「……まぁ私たちが悠人に変なこと頼んじゃったからでもあるし、この辺にしといてあげる」


 寛大な処置ありがとうございます悠里さん! そんな気持ちでいっぱいです。いやいや、ほんとほんと。

 実際悠里たちから頼まれなければ卵焼きか目玉焼きになってたんだろうけど、下手こいたのはエアリス、ということはつまり俺の責任だからな。


 「それにしてもアレはなんだったの?」


 悠里のその質問に、エアリスがスマホの画面で答える。


ーー 卵の時点では『模造悪魔の卵』となっていました。そこから這い出たあの汚物のようなモノは『イミテイト・ダンタリオン』と表示されていました。人類の叡智……インターネットによるとダンタリオンとは人間の心を読み操り、幻覚を見せる『悪魔』だそうです。他には欲情させたり愛情を暴走させる力もあるようです。アレもダンジョンが人類の想像を具現化させた存在と認識します ーー


 「えぇ……俺にはドラゴンの卵に見えてたんだけど……その時には既に幻覚を見てたのか」


 「でも一時的にでも悠人さんと夫婦になれたみたいでしたぁ〜」


 香織のその言葉で唇が掠ったことを思い出し香織を見ると香織もそれを思い出したようだが、もしかするとそれも幻覚を見せられていたせいでは? という疑念がわく。しかし気になって仕方ない香織は小さな声で悠人に確認をする。


 「あの……悠人さん、ちょっと掠っちゃったのって……」


 「……やわらかかったです」


 その答えを聞き俯いた香織は指で唇をなぞり、自然と口角が上がる。

 悠人はその仕草を見てしまい、それはとてもかわいらしく且つ煽情的なものだった。二人の様子を訝しんださくらが香織に聞いてみるも俯くばかりだった。


 二人に何かあったのかなと思いつつ、悠里が「それで、その悪魔? の影響はもうないの? エアリス」と問う。


ーー はい。問題なく処理済みです ーー


 「そう。それならいいよ。ところでどうしてあんなのが卵から産まれたの?」


ーー ……黙秘します ーー


 「……悠人?」


 「はい! エアリスにチビの首輪をグレードアップしてもらったところ、虹星石を誤って卵に吸収させてしまったからと愚考しますでアリマス!!」


 我ながら変な言葉遣いになってしまったなーと思う。でも仕方ないだろう、さっきまで正座させられてたんだ、何時間も。


 「なるほど。エアリス? 何か弁明は?」


ーー ……申し訳ありません。全て私の不徳の致すところでございます ーー


 「……まぁいいよ。みんな無事だし」


 悠里の威圧たるや、エアリスのみならず俺も香織も支配下に置かれている。一番の悪魔はこいつでは? というか鬼軍曹なのでは? 返事はイエスorイエスだ! とか言い出すのでは?


 「悠人? なんか変なこと考えてない?」


 「いえ! そんなことはないのであります! イエスマム!」


 「それでエアリス、他にわかったことはある?」


ーー はい。普通であれば虹星石を与えたからといってあのようなイレギュラーが生まれるはずがありません。しかしその時に使用した虹星石は、マスターの自宅にあるダンジョンにて撃退したマスターと同じ見た目をした何者か、その正体不明から手に入ったものでした。処理が完全でなかったにせよバグにせよ、申し訳ありません ーー


 「それって『人型のモンスター』っていうこと?」


ーー おそらくそう言っても差し支えないかと ーー


 「出現条件とかそういうのはわかってるの?」


ーー マスターが19層までに手に入る支配者権限のうち9個を集め、10個目の相手がそれでしたのでおそらくそれが条件かと ーー


 「それって私たちが同じように集めたら、自分のそっくりさんと戦うことになるってことかな……」


ーー 不明ですが可能性はあるかと ーー


 そこまで聞いた悠里は腕を組み顎に指を当て考えるような素振りをみせる。それを見たさくらが今度は私の番とばかりに質問をする。


 「エアリスさん、ダンタリオンはどうしてドロドロしてたのかしら? 元からそういうものだったのかしら?」


ーー それは……おそらくあれです、腐ってやがったのです、早すぎたので ーー


 「どこの復活させられた巨神の兵だよ」


ーー おそらく時間を掛けて生まれてくれば人間を操る必要すらなかったのではないかと ーー


 「ん〜。ビームで薙ぎ払われなかっただけマシだった、ということかしらね?」


ーー はい。薙ぎ払うほどの力はなかったようです。可能性としては力を手に入れるためにマスターと香織様を利用しようとしたのかもしれません ーー


 「そういえば疑問なんだけど、香織ちゃんが俺にタックルしたときって操られてたの?」


 「いえ、少し前くらいから自由になれてましたよ?」


 「そ、そうなのか。おかげで助かったよ。ありがとう」


 まさか恋人繋ぎも故意的では!? などと思ったことは口にできず、悠里の魔法から守ってくれた香織に素直な感謝を伝えた。それに横っ腹にタックルされたにも関わらず俺のアバラは無事だったのだ。むしろ全く痛みがないくらい。高DEXの香織ならではかもしれない。

 何はともあれ香織のDEX特化が意外なところでその性能を遺憾なく発揮したということに間違いはないだろう。


 「それで悠里のあの魔法はなんだったんだ? いかにもやばそうだったんだけど。不可侵の壁とか意味なさそうに思えたし」


 「あー。あれね。……エアリスに強制的に使えるようにさせられたんだよね」


 「え? どういうこと?」


 「あのときエアリスが私の中にいたんだよ。コピーって言ってたけど」


 その時の状況を説明される。

 エアリス本体は俺の中で俺の能力発動の邪魔をし、俺の意識を隔離して保護、さらに以前悠里の腕輪に入れておいた分体に自分の意識をコピーし、その助けで一時的に使えていたものだという。

 ちなみに香織の腕輪にもエアリスの分体がいるが、香織は自分の能力がすでに香織を保護していたため、身体の自由を自力で取り戻すのは時間の問題と判断した。そして身体の自由を取り戻した香織は、悠里の魔法から俺を守ってくれた、と。


 地面に倒れた俺の上に覆いかぶさるようにし、少しくねくねしている香織はものすごくゼロ距離だったのだが……身体の感覚がなかったことが悔やまれる。


 「ってことはもう使えないの?」


 「今は……全く使える気がしないね」


 エアリスによれば練習すれば使えるようになるということだが、失敗するとひどいことになるらしい。しかし分体がサポートするであろうことから、イメージさえしっかり持つことができれば大丈夫だとか。


 「そういえば、お馬さんが『人界之超越者』って言ってたのだけれど、なんのことかしら?」


 「10個目の支配者権限を手に入れたらそれがなくなって『人界之超越者』っていう能力になったんだ。特異能力っぽいから、さくらの『古馬の加護』と同じようなものじゃないかな。とは言ってもどういう効果があるのかわかってないんだけどね」


 「なるほど、おそろいなのね。それにしても『超越者』だなんてすごそうね?」


 「いくらすごかったとしてもあんなことになってたら世話ないよ」


 さくらが超越者について聞いてくるがよくわからない。すごそうなのは確かだが、悠里の言う通り操られてたら厄介なだけだ。それに関しては謝るしかない。まさかの事態ではあったが、油断しすぎていたようだ。


 「面目次第もございません……。そういえば悠里とさくらはどうして普通だったんだ?」


ーー おそらく、アルコールを召し上がっていたからかと ーー


 「酒に負けたのか、悪魔」


 「ラム酒を飲んでたのだけど、そういえば『悪魔殺し』なんていう異名もあった気がするわね」


 「それは効きそう」


 「香織もお酒を飲んでいればもっとはやく……」


ーー いいえ。香織様がそのままでいてくださったおかげでマスターを無傷で救出することができました。ありがとうございます、香織様 ーー


 「たしかに俺にしか効かなかったことがバレたら、全力で暴れさせられたかもしれないしな。それに悠里の魔法で死んでた自信あるし。ありがとうね香織ちゃん。命の恩人だよほんと」


 お説教が始まってからずっと俺と香織、悠里とさくら、その間にチビがおすわりしており、話している人に顔を向けたりしている。そのチビがどこにいたんだろうと疑問に思った。


ーー 捕食の対象になる恐れがありましたので悠里様とさくら様が逃走に成功したドサクサに紛れて、マスターの索敵範囲外へ避難させておきました ーー


 「お〜、さすがエアリス。さすエリ!」


 「エアリスは優秀だね〜。それに比べて悠人は。心配ばっかりさせて……」


 「ほんとごめん……て…え? 悠里、今何つった?」


 「な、なんにも言ってないんだからね!」


 「ウォフ!」


 チビが一声吠えたのを合図にログハウスのリビングにおけるお説教と情報開示 (強制)が終わった。その頃には時計の短針は下を向いていた。


 「じゃあ俺は帰って寝るよー。みんなはどうするの?」


 「そうだねぇ。マグナカフェで仮眠取らせてもらって、一旦雑貨屋に帰ろうかな。登録もしておきたいし」


 「じゃあ香織も一緒にいく〜」


 「それじゃあ私も今日はカフェに帰ろうかしら」


 今日はシルバーウルフのチビ以外は自宅なりマグナカフェに泊まるなりすることになった。

 悠里が言っていた『登録』というのは、アップグレードした星銀の指輪の転移登録可能数が3つになったことから、その一つを雑貨屋ダンジョンにするつもりなのだろう。

 登録するにしてもまずはその場に行く必要があるので悠里は車を借りるか送ってもらい、香織ちゃんはそれに便乗する形だ。

 登録可能な残りの二ヶ所はこの21層にあるログハウスと地上のマグナカフェなので三ヶ所登録してしまえばかなり便利になるはずだ。


 「よーしチビ、今日はお留守番な?」


 「わふぅ」


 「じゃあみんなまたねー。『転移』……ん? 『転移』……あるぇ? 『転移!』」


 「どうしたの悠人?」


 「いやぁ……なんか、転移できない」


 「じゃあ私もしてみるね」


 星銀の指輪に意識を集中した悠里は、エッセンスに包まれ一瞬でその場からかき消える。「じゃあ私もしてみるわぁ〜」と言ったさくらも次の瞬間にはすでに姿がかき消えていた。香織は一瞬どうしようかと考えてから意を決したような表情を作る。


 「香織は残りますね! あ、でも悠里が起きたら一緒に乗せて行ってもらうのでそれまでの間ですけど……」


 「でも疲れてない? 寝なくて大丈夫?」


 「大丈夫です! 車で寝ればいいですし! それにここでも仮眠は取れますし……な、なんなら添い寝でもいいですし……」


 (まぁ確かに仮眠くらいならここでもできるけど。でも俺は寝る気ないですしおすし。【転移】できないとか俺の、というかエアリスのアイデンティティが危ういから可及的速やかに解決する必要があるんだなぁ。なぁ? エアリス? ……エアリス? ……おーい、エーアリッスさーん!)


ーー 申し訳…ありません……マスタぁ……なんだか…意識がぼーっと…するのです……。おそらく…エッセンス…… ーー


 「……やばい。睡眠がいらないはずのエアリスが眠った気がする」


 悠人には聴こえていなかったが、添い寝の提案を自分でしてしまった羞恥心からもじもじしていた香織は途端に現実に引き戻される。


 「え?」


 「エアリスの最期の言葉は『おそらく、エッセンス』だったから、もしかしたら貯めておいたエッセンスが枯渇してるのかも」


 エアリスが死んだかのように言ったがそれに対してのエアリスからの反応はない。これはガチなやつか。


 「ど、どうすればいいんでしょう!? エッセンスの補給さえすればいいなら……狩りですか?」


 「かなぁ。とは言ってもどこで狩ろうか。ミスリルの補給も兼ねて20層かなぁ。銀刀で亀の首を落とせるならいいんだけど。そのまま香織ちゃんを送りにマグナカフェまで歩いて行くのもありかな」


 「20層ですか。ところで悠人さんの指輪自体のエッセンスが枯渇しているんでしょうか?」


 「そうかもしれないし、俺自身もかもしれない。やばい、無能力な俺ってただの紙っぺらじゃん。【拒絶する不可侵の壁】がないなんて不安で仕方ないんだけど」


 「それなら、香織も一緒にいきます。こちらの指輪は大丈夫だと思いますし悠人さんを守ります!」


 女の子に守られるというのもなんだか……そう思ったが、ついさっき三人の美しくもつよつよな女性たちに守られたばかりだ。あっ、エアリスもいるし一応四人か。情けないついでにお願いしようかな。


 「……お願いしちゃおうかな。なんだか今日は迷惑ばっかりかけてごめんね」


 「い、いえ! そんな迷惑だなんて!」


 二人きりになると、ひょんなことから唇が掠ってしまったことや風呂でのことなどを思い出して過剰に意識してしまい堅い言葉しか出てこない香織ではあったが、内心では『これはもしやダンジョンデート!』などと喜んでいたりする。


 「わふ!」


 「おぉ、チビ〜。何言ってるか相変わらずわかんないけど一緒に来てくれるような目をしてるな〜。頼りにしてるからな〜?」


 「わふわふ!」


 チビにはエアリスの分体と呼べるものを仕込んであり、人の言葉や意思がある程度汲み取れるようになっている。チビとしては落ち込んでいる悠人を元気付けようと『あそぼ! あそぼ!』と言っているだけなのだが。


 「じゃあ二人とも頼りにしてるね。とりあえず20層に行こう」


 21層は現状狩りをするには向かない。万全の状態の俺だけならモンスターが逃げる前にエンカウントすればいいのだが、今は翼も使えず【転移】もできずそもそも【真言】が発動しないようなのだ。さらにチビがいることでモンスターはチビを避けようとしているようで余計にエンカウントが難しい。そうなると必然的に20層で動かず待ってくれる亀狩りとなる。

 俺と香織、そしてチビは20層を目指して歩くことにした。


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