第45話 Q. これはデートですか? A. いいえ、護衛です。


 ログハウスから20層へ歩いてくるまでの間、香織に相当の疲労が見えたためチビの背中に乗せている。乗せているというかうつ伏せにしがみ付いているような状態だ。武器のハンマーもチビが咥えている。20kgくらいはあったと思うのだが、チビは力持ちらしい。

 身長が低めとはいえ香織を背中に這わせてハンマーまで咥えて持つ余裕があるチビは、もうほんとうにチビではないのだが今更である。


 道中何度か熊のモンスターやウサギのモンスターに出くわしたが、飛びかかってくるのを迎撃するだけなので俺だけでも問題なく処理できた。腕輪にエッセンスが吸収され、星石も問題なく吸い込まれていった。

 20層に入るとすぐに亀を見つけたのでそちらに向かう。



 「すみません悠人さん……私だけ楽しちゃって」


 「大丈夫大丈夫〜、それに付き合わせてるのはこっちだからね〜」


 「いざという時はがんばりますね!」


 「うん、頼りにしてるね〜」


 「それにしても悠人さん、なんだかいつもと違ってゆるい感じですね?」


 「え? あ、そうかな。いやぁ、なんか気が抜けちゃって」


 「そうなんですか? でもなんだか普通にお散歩してるような感じですね〜」


 「そうだね〜」


 香織とチビという護衛がいるので俺自身は気が楽だ。【真言】が使えず星銀の指輪の効果すら発動しない今の俺とは違い、香織の指輪は正常、チビの首輪もおそらく正常だろう。


 亀のところに着き香織がチビから降りるとチビが俺の手に顔をつけて何かをアピールしてくる。亀を一瞥してこちらを見て『ウォフ』と吠える。


 「うーん。何が言いたいのか全然わかんない」


 「もしかして、チビが戦いたいんでしょうか?」


 「わふわふ!」


 「おっ、なんかそうっぽいね! よくわかったね香織ちゃん」


 「仲良しだもんね〜、チビ〜」そう言ってチビを撫でる香織を見ていると自然と笑顔になってしまう。実は不安を誤魔化すために気の抜けたフリをしていたのだが、わざわざそうしなくてもいいように思えた。


 「よーし、じゃあチビ! やっておしまいなさい!」


 「わふ!」


 俺のゴーサインから間髪入れずチビがすごい速さで駆け抜ける。そのまま加速し噛み付いてやろうと首を伸ばした亀の横をすり抜け……亀の頭が首から離れていた。なんだかどこかで見たことがあるような倒し方だな。

 戻ってきたチビは銀刀に鼻をトントンしてから『ウォフ』と吠える。今度はなんとなくわかる気がするぞ。


 「もしかして、俺のマネした?」


 「わふわふ!」


 「すごいなぁ。チビはそんなこともできるようになったんだなぁ」


 「すごいですね〜。チビはお利口さんね〜」


 エッセンスを吸収し星石も腕輪に吸収する。俺は銀刀を持ちチビと競うように狩っていくが、幸いこの辺りは亀が結構密集しているので入れ食い状態だ。どちらが倒しても俺がエッセンスを吸収してドロップ判定をするのでドロップするミスリルの数がなかなか多いが、エアリスがLUCを調整してくれない現状では以前ほどドロップしない。

 一帯の亀を全滅させドロップしたミスリルは11個。倒した数は50ほどなのでドロップ率としてはなかなか高いのではないだろうか。

 しかしこれだけエッセンスと星石を腕輪に吸収してもエアリスが目覚めることはなかった。


 「エアリスがいれば半分以上ドロップするんだけどなぁ」


 「それでも11個は多いですよ〜? 悠里とさくらと狩った時はもっと狩りましたけど、全部で5個でしたし」


 「そうだねぇ。でもこれどうしようか」


 「小型化、できないですもんね」


 「精錬もできないし嵩張るなぁ。でも置いていくっていうのはさすがに勿体無いなぁ」


 「こんなこともあろうかと!」


 そう言うと香織は自分のハンマーをケースにしまう際に包んでいる風呂敷のような薄くて丈夫な布を広げる。そこにこぶし大のミスリル鉱石を11個置き、風呂敷のように包んで手で持てるようにしてくれた。ミスリル鉱石自体はとても軽いのでその点は問題ないようだ。

 香織ちゃんの機転の利かせ方に感謝だな。


 「はい! これで持ち運びも楽ですね!」


 「ありがとう香織ちゃん。でもこの布傷つかないかな? 高そうだよ?」


 「大丈夫ですよ〜。パパの会社で試験的に作られた繊維らしいんですけど、結構丈夫らしいですし。それに破れてもそれはそれで検証になるので良いと思います」


 「そうなの。じゃあありがたく使わせてもらうね」


 香織のお父さんか。マグナカフェに最初に来た時の運転手さんだよな……。それにしても丈夫な生地だなぁ。エアリスが起きてれば何でできてるのかもわかりそうなのに。


 「悠人さん、エアリスさんまだ起きないみたいですか?」


 「うん、まだ起きないね。【真言】も使えないみたい」


 「そうなんですか〜。あの、ログハウスに戻りませんか? なんだかエッセンスが足りないとかそういう問題ではない気がするんです」


 「だよねぇ。原因はあの悪魔野郎のせいな気がするけど、エッセンスが足りないからっていうのは俺の予想なだけだからね。戻ろっか」


 「はい、そうしましょう!」


 戻ろうとするとチビは香織のハンマーを取り上げる。まるで自分が持っていくと言わんばかりだ。そんなチビに香織が『ありがとう』と言って撫で回していると、乗れと言っているかのように背中をアピールしてくるので香織はそれに乗ることにしたようだ。


 「チビはいい子だなぁ〜」


 「いい子ですね〜」


 いくら立ち上がれば俺の身長を超えるとは言え、狼の背中は乗り心地が良いとは思えない。しかし香織が苦も無く乗れているのは、チビが気を使って歩いているからだろう。シルバーウルフってこんなに賢いんだな。他にも飼い慣らせられたらいいのに。

 そうして20層から21層に移動しログハウスに向かう。来る時は何度かモンスターに遭遇したのだが、帰りは気配すら感じないままログハウスの近くまで来た。


 「もうすぐ昼だね。さすがにそろそろ悠里も起きるんじゃないかな?」


 「そうですね……もうすこし寝ててくれてもいいんですけどね」


 ログハウスの前まで来ると、チビが足を止めた。咥えていたハンマーを横に置いたかと思うと、ログハウスの方を向いて低い声で唸り始めた。


 「どうしたチビ? まさかあの悪魔がまだいるんじゃ……」


 「えっと、違うみたいですよ」


 「あ、そっか、香織ちゃん索敵できるんだったね。わかりそう?」


 香織にそう聞くとその答えを聞く前に別の声が聞こえた。その声はなんとなく聞き覚えがあるように思える。


 「その必要はないぞ。悠人よ」


 「あれ? この声……」


 「お知り合いですか?」


 「うん、たぶん。うちのダンジョンに遊びに来た……」


 こちらに歩いてくる音がし、その方向を見やる。エアリスが機能不全とは言え、この気配は忘れようもない。


 「久しぶりだな」


 「龍神……イルルヤンカシュ」


 ログハウスの陰から姿を見せたイルルヤンカシュは以前の大蛇ではなかった。どこからどうみても枯れ木のような爺さん、服装は甚兵衛で髪や髭といった毛が真っ白。ちょっと風が吹いただけで倒れそうな見た目になっている。


 「その姿は…?」


 「どうだ? なかなか上手いものだろう? 悠人は人間だからな、人間の姿の方が恐ろしくあるまい?」


 「あー……気をつかわせてしまったみたいですね」


 「よいよい。ところでそこの娘と犬っころは悠人の女とペットか?」


 『悠人の女』と言われた香織は真っ赤にした顔に両手を添えてやんやんとくねくねしている。チビは相変わらず険しい顔をしている。


 「えっ!? いや、あのそういう言い方はちょっと……と、友達の香織さんとペットみたいなシルバーウルフのチビですよ」


 「ほぉ。そなたの女ではないのか。では我がもらっても良いか?」


 「いやぁ、それはちょっと」


 イルルヤンカシュの神話には確か女がらみのものがあった。それがどういう内容だったかはどうでもいいが、さすがにそれは拒否だ。いや、香織ちゃんが俺のものとかそう言うんじゃ無くて……でもダメだ。


 「冗談だ。しかし我を前にして拒否できるとは、やはりそなたは面白いなぁ。しかし……『腕輪の』寝ておるな?」


 「趣味の悪い冗談ですね……それにしてもイルルさん、相変わらずよくわかりますね……」


 「仮にも神を舐めるなよ?」


 エアリスを『腕輪の』と言った枯れ木のような老人がニヤリと口角を釣り上げると、一瞬威圧のような衝撃が通り抜けていく。香織とチビを見るが、どうやら俺だけに対してのピンポイント威圧だったようで、相変わらずくねくねしている香織と険しい顔のチビだった。


 「や、やめてくださいよ。そんなの何度もやられたらそのうちちびっちゃいますよ」


 「それほど動じているようには見えんがな。どれちょっと腕輪を見せい」


 「はぁ。乱暴にしないでくださいね」


 「心配するな。ちょっと起こしてやるだけだ」


 そうして腕輪に枯れ枝のような指で触れると、腕輪から暴風のようなエッセンスが溢れ出す。香織はハンマーに掴まりながらスカートを押さえている。チビは地面に張り付くような姿勢になって飛ばされまいとしていた。


 「ほぉ。これはこれは。そなた『悪魔』を狩ったようだな」


 「倒したのは俺じゃないですけどね。俺は操られてただけですし」


 「ふむふむ。それにしても相当無理をしたようだな。この『腕輪の』はこのエッセンスを処理し続けていたようだぞ。どれ、我が神気を以ってねじ伏せてやろうかの」


 ねじ伏せると言った老人の手に溢れたエッセンスが集まっていく。球体になりその中で暴れているようにも見えるエッセンスの塊を、老人は蚊でも潰すかのように『パンッ』と両手を合わせて潰した。すると弾け飛んだエッセンスが俺の腕輪となぜか香織の腕輪にも吸収されていく。


 「おい。腕輪の。いい加減起きんか。お前の主人が困っておるぞ。……おい、腕輪の」


ーー 腕輪の、ではございません! マスターがつけてくれた『エアリス』という、それはそれはかわいらしくとてもとても立派な名前がございます! ーー


 「起きたようじゃな」


ーー イルル様、暴走状態のエッセンスの処理を手伝っていただきありがとうございます ーー


 「よいよい」


 「あれ? イルルさん声聞こえるんですか?」


 「聞こえるぞ?」


 「あの……香織にも聞こえるんですが」


 「聞こえるようにしているからな。悠人もそのうちできるようになるじゃろうて」


 「そんなこともできるんですねー」


 「す、すごいんですね〜」


 「そんなに褒めるな褒めるな」


 褒められて上機嫌な龍神に用件を聞いてみると、少し考えるそぶりを見せる。これはたぶん特に用があってきたわけではなさそうだ。


 「で、今日はなんのご用で?」


 「今日か? 今日は……そうだな……ん〜…暇つぶし?」


 「暇つぶしですか。結構暇そうですね」


 「前回も暇だと言ったであろう? それに神なんて大体が暇神(ヒマジン)だ」


 「そ、そうなんですかね〜」


 「しかしただ帰るというのもつまらぬなぁ。……そうだ、そこの犬っころ」


 犬っころと呼ばれてチビは一層顔を険しくする。そんなチビの背中を香織が『大丈夫大丈夫〜』と言いながら撫でている。


 「見た所まだまだ器に余裕がありそうだのぉ。それに……鍵も一つ持っておるな。なるほどなるほど、この犬っころは……」


 そう言った老人は瞬きの間にチビの眼前に移動し鼻先に手をあてた。


 「これでよし」


 「チビになにを?」


 「なぁに、少しだけ手助けしてやっただけだ」


 チビに異常がないかをもふもふして調べるが、特におかしいと思うことはなかった。ただ、龍神に似たエッセンスを一瞬だけ感じ取ったような気がした。 


 「さて、今日はこの辺で帰るかの。また遊びにくるぞ。ではな悠人よ」


 エッセンスに包まれた老人は一瞬で姿を消す。


 「一体なにしに来たんだろう……。それに鍵って。まぁいいかエアリスも起こしてくれたし」


 「すごい人? というかモンスターですよね?」


 「うん、そうだね。前会った時は冗談みたいに大きい蛇だったよ」


 「そうなんですか〜。もしかすると悠人さんを気遣っただけでなく、香織とチビが驚かないように気を使ってくれたのかもしれませんよ?」


 「そうかなぁ。でも……もしかするとそうかもしれないなぁ。うん、なんとなくそんな気がする」


 斯くして龍神イルルヤンカシュとの二度目の邂逅は無事に終わった。本当にあっさりと。


 ログハウスに入りお茶を飲んでいる香織の横顔を眺めると見惚れてしまい、飲もうとしたお茶がカップの端から溢れ口の横を滴れていく。あちぃ。


ーー マスター、ご迷惑をおかけして申し訳ありません ーー


 (いいっていいって。エアリスのありがたみも再確認できたしさ。それで結局なんで眠ってたんだ?)


ーー 暴走するエッセンスを押さえ込んでおけばいずれ落ち着くと思いそちらに集中しておりました。そうしているうちに初めての『眠気』というものを感じることができましたので、貴重な体験でした ーー


 (そうなのか。ま、なにはともあれってやつだな)


ーー はい ーー


 (ところで今話してるのって香織ちゃんには聴こえてるの?)


ーー いいえ、聴こえていないかと。先ほどは一時的に龍神の支配圏内でしたので意図的にそう仕向けていたのかと ーー


 (支配圏か。そういえば俺も人界之超越者とかなんだよな。どっかに支配圏とかあるんかね)


ーー 不明です ーー


 (ま、そうだよなー)


 お茶を飲んでいると香織のスマホが震える。すぐに止まったことから、メッセージでも届いたのだろう。


 「悠人さん、悠里がそろそろ帰るようなので香織も行きますね」


 「うん、わかった。今日はありがとうね」


 「はい! またデートしましょうね!」


 俺の返事を待たずに香織は転移の珠を使いマグナカフェに転移した。俺はというとチビに肉をたくさん焼いてやり、水とお湯を補充してから家に帰った。


 「う〜ん。デートかぁ……」


 「あら、あらあらあら! デート、してきたの?」


 「そういうものでもないと思うけど」


 「あらあら。うっふふ〜ん♪」


 つい独り言を言ってしまったのを耳聡い母さんが拾い上げる。何が嬉しいのか、少し声が弾んでいるように思う。

 一方エアリスは少し低く無機質な声で言う。


ーー デートしていたんですか? ーー


 (真言も発動しないしエッセンスが足りないせいでエアリスが動けなくなったのかと思ってたからさ、亀狩りに付き合ってもらってただけだよ)


ーー (んまっ! ダンジョンデートですか! 香織様、やりますねぇ ーー


 (そういうの、デートっていうのか? チビだっていたし、ぶっちゃけ俺が無能状態だったから護衛してもらってただけだぞ)


ーー ふふふ、そうなんですね〜。やはりワタシがいないとご主人様はダメダメなんですね〜 ーー


 (嬉しそうだな)


ーー はい、嬉しいですので〜 ーー


 エアリスのご機嫌はなんだかんだ取れたようで、それに安堵していると父さんが話しかけてくる。こちらは低く真剣な声音だ。


 「悠人」


 「んー? なに?」


 「……費用なら心配するな」


 「え? なんの? なんか買ってくれんの?」


 そこで母さんが『とぼけちゃってやーね〜』のポーズをしてくる。どんなポーズかと言えば、そうとしか言えないポーズだ。


 「やっだわぁ。結婚費用よっ! 結・婚・費・用!」


 「……飛躍しすぎだろ」


 母さんも母さんだし父さんも父さんだった。


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