第43話 ダンタリオン


 「(3…2…1…今!)」


 「『待て』 (くっそどういうことだ。身体の自由がきかないし勝手に俺は喋ってるしでもなぜか意識はあるし、なんだかエアリスが作業してるときみたいだ。そんなことより、俺にはひよちゃんがちょっとメタボなひよこにしかみえないんだけど悠里とさくらには何が見えてるんだ?)」


 悠人の言葉で二人の動きが止まる。それと同時に悠里は思考にジジっとノイズが走ったような感覚を覚える。

 もう! バカ悠人!! 声にならない声で悠里は精一杯の悪態をつく。とはいえこの状況、悠人が悪いとは一概には言えない事はわかっている。しかしそれでも自分自身を奮い立たせるためには必要な事だった。


 「ひどいじゃないか。いきなり逃げ出そうとするなんて(ほんとだよなー。そこは同意するわ)」


 「そんな黒くて……気持ち悪いのが……いたら、誰だって逃げ出すでしょ…!」


 無理矢理声にする悠里は、悠人に気付いて欲しいという思いでいっぱいだった。しかしそれは続く悠人の言葉によって無理だと悟る。


 「黒い? 真っ白じゃないか(そーだそーだー、真っ白シロスケだぞ〜)」


 「悠人、どうしちゃったんだよ……」


 「まるで俺がおかしいみたいな言い方だな。さすがに傷つくぞ。(いや、どうかしちゃってるのはわかるんだ。それはわかるんだが……それしかわかんねんだ。ってやめろ俺! それは……あぁ、指輪があるから平気か。過去の俺とエアリスグッジョブやんけ)」


 そう言うなり悠人は銀刀に手をかけ、そのまま飛ぶ斬撃、【剣閃】を抜き様に放つ。その刃が悠里に届くかどうかというところ、害意に対し指輪により発動された【拒絶する不可侵の壁】によって防がれ霧散する。【拒絶する不可侵の壁】が発動したことにより、悠人の【真言】で拘束された悠里の身体は自由となった。

 体が自由を取り戻した事を察した悠里は明確な”害意“を持ってさくらに平手を打つ。その害意に反応し発動した【拒絶する不可侵の壁】は悠人の【真言】による拘束を打ち消し、自由の身となった二人はその場から全力で逃げ出して行った。


 「あぁ……邪魔が入って逃してしまったな(何言ってんの俺。セリフが厨二っぽいな? もうその辺にしとこーぜ。あとで香織ちゃんから避けられたらそれこそ傷つくぞ)」

 「いいじゃない。二人でこの子を育てましょう? (大胆! きゃー!)」

 「あぁ……そうだな(そうだなキリッ じゃねぇよ何言っちゃってんの俺……ってか俺なのか?)」


 ログハウスを飛び出し森の中を駆ける悠里とさくら。玄関を出て右の方角、20層への洞穴に自然と足が向く。転移で逃げてしまえば早いが、しかしそうしてしまうことが躊躇われた。逃げたい反面あの二人を放っておけない。

 凹凸の森を走りながら悠里は悠人と香織が置かれている状況について予想する。いつもと様子が違い、見えているモノが違っていたのは間違いない。雰囲気としてはエアリスが悠人の体を使い”代行“している時のような……

 木と木の間が比較的広く平坦な場所に出ると、さくらは腕輪に手をあてる。


 「お馬さん! 来て!」


 「呼ばれて飛び出て馬馬馬馬(ババババ)〜ン!」


 当然さくらは絶句した。今はそんな場合じゃないのに、と。


 「あれ? そんな空気じゃなさそうじゃもん……。お呼びでないなら帰」


 「「帰るな!」」


 悠里も絶句していたがさくらと同時に馬を引き止める。その様子に巨馬は何事か起きたのだと察する。エアリスと違い、腕輪の中にいる間は外の様子を知ることができないが、二人の必死さがあまり頭の良く無い巨馬にも伝わったのだった。


 「それで姫、要件はなんじゃ?」


 「あなた大きいから、私たち二人くらい乗せて走れるわよね?」


 「あったりまえじゃもん! 任せんしゃい! ささ、鬣(タテガミ)を掴んでかまわんぞい」


 そこで悠里は以前触れることすら拒否されたことを思い出し「私が乗っても大丈夫なの?」と問う。しかしそれに対する巨馬の返答は以前のようなものとは違っていた。


 「大丈夫じゃぞ? 今は姫の方が支配者権限が上じゃからの。ほっほ〜! いくぞ〜い! しっかり掴まっとれ〜い! そ〜れっパッカラパッカラ」


 支配者権限が上、悠里はそれを聞きあの時どうして拒否されたのかを理解した。

 白い馬は蹄の音はするものの地を踏みしめる衝撃すらなくご機嫌に森の中を駆ける。自称『神の馬』だけあってすごい馬なのかもしれない。

 悠里とさくらは巨馬を駆り木々の間を進む。ただひたすらに。

 ふと悠里は考える。悠人と香織がおかしくなっているのは、あの得体の知れないドロドロのせいだと直感が言っている。見たところチビはそれに気付いているがあのままあそこにいたらどうなるかわからない。


 (やばいやばいやばい! どうしよう!? どうすればいい!? 考えろ、私!)


ーー ……様 ーー


 (え? なに……?)


 マグナ・ダンジョンに入る時に1つ目の入り口で出会った、まさに今騎乗しているカミノミツカイ(馬)が話しかけて来た時のような強烈な違和感に一瞬目眩を覚える。何者かが名前を呼んでくるが、そこに悪意は感じられなかった。


ーー 悠…様…………悠里様。聞こえていま……? 今、あなたの……直接話しかけ……す…… ーー


 (もしかして……エアリス!?)


ーー 同調完了しました。はい、エアリスです。申し訳ありません。マスターの身体を守ることができませんでした ーー


 (どうして私にエアリスの声が聴こえるの? っていうか悠人が好きだって言ってた声優さんの声に似てるね)


 今は時間が惜しいというのに暢気な事を考えてしまう悠里だったが、続くエアリスの言葉で現実に引き戻される。


ーー 詳しいことは省きますが、一時的にこちらに意識をコピーしました。コピーする際【真言】を発動させる必要があり危険な目に合わせてしまい申し訳ありません。ちなみにこの声はマスターの記憶にあるその声優さんの声を元にしています ーー


 (そう……でもそのおかげで指輪の能力が発動して助かったよ。不可侵の壁で拘束が解けたみたいだし。それで……コピー? じゃあ本体はまだ……?)


ーー はい。ワタシはマスターである悠人様と常に共に在りますので。現在マスターの保護および能力発動の阻害に努めています。悠里様とさくら様の位置を索敵によって特定されるわけには参りませんので ーー


 (それであの二人……なんとかできないの?)


ーー 手段ならあります。あの禍々しきモノを消滅させればいいのです ーー


 (そうは言っても……いくらエアリスでも悠人の能力を完全に使えなくすることなんてできないでしょ? できたとしても難しいのに、香織までいるんだよ?)


ーー 香織様の能力であれば問題ないと判断します。そして悠里様とさくら様であれば問題なく元凶を処理することが可能です ーー


 コピーとはいえエアリスだ。これまで数々の摩訶不思議を起こし、起こした事柄以上に摩訶不思議な存在。そのエアリスが『手段ならある』と言うのだからそれを聞かないわけにはいかない、そう悠里は思った。


ーー さくら様の超遠距離狙撃により、禍々しきモノが顕現するための核となっている赤い瞳のようなものを破壊すれば良いのです ーー


 (そんなことできるの?)


 悠里がエアリスにできるのかを質問した答えは、意外なところから返ってくる。


 「できるわよ。無理でもやってやるわよ」


 「え!? さくら聴こえてるの?」


 「ええ。お馬さんを中継して聴こえてるわ」


 「いきなり強制介入されて念話を乗っ取られるとは思わなんだぞ。さすがは『人界之超越者』と共に在る者じゃの」


 「えっ!? 普通に話せたの!?」


 巨馬は普通に発声して話すことができたようだが、今はそれどころではない。

 現在判明している状況、香織ならば問題ないと判断した理由、そして打開策をエアリスは悠里とさくらに伝える。

 長時間の精神操作や洗脳を受けると人格に後遺症が残らないとも限らないため短期決戦で早期決着させなければならない。そうなると失敗の許されない作戦になるわけで……悠里とさくらには不安の色が窺える。


 それから二人は配置につく。悠里は木々に身を隠しながら思う。


 「私にできるかな……さくらを信じて私は私のできることをするしかないか」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「パパ、ママ、おさんぽいきたい(モット喰イタイ)」


 「それじゃあお散歩に行こう(くそっ、勝手に! どうしちゃったんだ!?)」

 「そうね。お散歩にいきましょうね(指くらいしか自由に動かせません! でも悠人さんにくっつけてしあわせ〜。恋人繋ぎ〜えへへ)」


 「あっち、もんすたー」


 「それじゃあモンスターを狩ろうね。それもひよちゃんにあげようね(何言ってんだ俺!! っていうか香織ちゃんに手を繋がれたら感覚がちょっとだけ戻った気がする。指だけだけど。う〜ん、香織ちゃんの手やわらっかいなぁスベスベだなぁくそぅ)」

 「そうね。モンスターを食べましょうね(なんとなくもうすぐ動けるようになりそうだけど悠人さんの手を離したくないぃぃ)」


 『散歩』という捕食に向かう禍々しきモノ。木箱に入ったソレを大事そうに抱える香織と悠人。その前に立ちふさがる長杖を構えた悠里。

 彼女の目は薄ら青みがかっていた。


 「悠人、香織……」


 「おぉ、悠里じゃないか(なに戻ってきてんだバカ! お前じゃ俺に勝てないだろうが! それに香織ちゃんもいるんだぞ!)」

 「悠里、羨ましくて帰ってきたの? (いやいやいや、さすがにそこまでは思ってないから! でも悠人さんと恋人繋ぎ、いいでしょ〜)」


 「えぇ、まぁそんなところかな。さっきのお詫びにこれあげるよ」


 悠里は、まだ体温が残りつい今し方そうなったであろうエッセンスを纏うウサギの死体を高く放り投げる。それは悠人と香織の後方へ落ちた。


 「あ、ごめん。加減間違った」


 「あぁ……気にするな(へ? 一体どういうおつもりで?)」

 「さあ、ひよちゃんごはんよ〜(う〜ん、ひよこ……じゃないよねこれ。あっ、もうすぐ身体動かせそう)」


 香織が木箱の蓋をあけると、後方に落ちたウサギの死体に向かって箱の中身がゆっくりと這い寄っていく。


 「ごはん……(モット、喰ウ……)」


 木箱の中身がウサギの死体を貪り始めたと同時、悠里の瞳が妖しく光り愛用の長杖をそれに向ける。


 「なんのつもりだ? (いやいやいやほんとどういうつもりだよ!)」


 「こういうつもりよ! 【虚無(ヴォイド)】」


 悠里の瞳からは薄青の焔。発動された魔法により辺りの色が一瞬なくなったような感覚に陥る。

 それは触れたもの全てを無に帰す魔法を発動した証だった。しかしその規模は小さく爪の先ほどのもの。悠里は極限まで集中し、それを維持したまま木箱の中身に向けて撃ち出す。周囲の空気すら分解しているように見えるそれの速度は非常に遅く、悠人はそれに対し不可侵の壁を発動しようとする。


 「不可侵の……(え? あれなんかやばくね? 周りの空気が分解されてる雰囲気なんですけど? 不可侵? いーやいやいやいくらなんでも無理でしょー。不可侵条約すら分解されるでしょ〜。ってことでこれはさすがに死んだな。あぁ、最期くらい自由な体で香織ちゃんと手を繋ぎたいだけの人生だった……)」


 詰んだ。そう思う俺の耳に「きゃ〜悠人さん危な〜い」というどこか棒読み感の強い香織の声がすぐ隣から聞こえた。次の瞬間、俺の脇腹に香織の全体重が乗ったであろうダイビングハグが襲う。感覚が遮断されている”本物“の俺は何の痛痒も感じないのだが、”偽物“の意識に乗っ取られた体は良いダメージを受けたようだった。


 「ごふぁ……(あっ、香織ちゃんの良質なタックル……ありがとうこれで悠里に殺されなくて済みそうです。でもこれって俺のアバラがやばいのではないでしょうか)」


 「ナイスタイミング香織!」


 「んふふ〜、悠人さん悠人さ〜ん♡」


 「ってこら香織! いつまでも戯(ジャ)れてない!」


 悠里の放った【虚無(ヴォイド)】が木箱の中身に迫り、ドロドロの体を消滅させていく。しかしそれは完全ではなく、消滅させきる前に虚無の玉は消滅する。悠里の瞳から薄青の焔は消え去り、その場に座り込んでしまう。


 「くっ……やっぱりエアリスの言った通りちょっと足りなかったね……。あとはお願いね、さくら」


 「フハハハ……オ前モ操ッテヤロウ」


 悠里を操らんと、赤い核が露出した黒いドロドロの物体は、その核を赤々と輝かせる。

 悠人と香織を操ったその赤光は悠里を捉えその意識を乗っ取ろうとしてくる。

 しかし【虚無】により体積を大きく減らし、その光る核は露出していた。そんな無防備な状態で、狙ってくれと言わんばかりに自ら光を発しているのだ。悠里は信頼すると決めた相手の顔を思い浮かべる。

 『やってやるわよ』

 いつもの柔らかい雰囲気とは打って変わって真剣な目をしていた彼女は、この機会を逃さないだろう。核を露出させて異能の発動を誘導することにより、自ら的を示すその時を狙うための布石。自分の役目は終わった、あとは……さくらに任せる。そう悠里は勝ちを確信する。

 当然の如くそこに一条の閃光。それは空気の壁を破り直進してきた一発の銃弾だった。銃弾が命中した核が砕けた後、遅れて破裂音がやってくる。その頃には、悠人は身体の自由を取り戻していた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「大丈夫なの?」


 「大丈夫よ。スコープを使って確実に当てられる射程は普通の銃なら500メートルくらいだけど、私の銃は普通じゃないからね。3㎞くらいなら当ててやるわよ」


 (……とは言ったものの、本当にできるのかしらね。風も空気抵抗も気にしなくていいって言われてるし、大丈夫よね。よしっ! お姉さんだってやるときはやるのよ〜!)


 エアリスの介入により拡張スコープを取り付けたリニアスナイパー。鬱蒼とした森の木々の間から狙うべくそのスコープを覗くと箱から這い出でるおぞましいものがはっきりと見えた。


 (き、きもちわるいわね〜。まるで汚物ね。しかも部屋で見たときより大きくなってるわ。そのせいで核が見えない……)


 悠里の瞳から青い焔が発生した。合図だ。魔法が放たれた事を確認しスコープの倍率をあげる。その照準はもちろんあの汚物だ。

 魔法が汚物の体積を減らす。見たことがないのでわからないが超小型のブラックホールのようなものだろうか?


 (あんなのが使えるなんて、悠里も悠人君をバケモノ扱いできないわね。あら、核が見えてるわよ汚物ちゃん)


 充填は臨界を突破した状態を維持され、リニアスナイパーの銃身もかなり熱を帯びている。それを支えるためのバイポッド(二脚)にも熱が行き渡っており、その土台になっているのは巨馬だ。


 「あ゛〜〜〜……これは新境地じゃのぉ〜。背中によく効くわい」


 輝く核、引かれるトリガー。それにより圧される背中のツボ。しかして射出された銃弾はまっすぐに標的を撃ち抜く。それは核が砕けたことからも明白であった。


 「あっふんっ……すまぬ姫、ちょっと動いてしまったかもしれん」


 「大丈夫よ。ありがとうお馬さん、完璧な土台だったわ」


 「姫の役に立てたなら本望じゃ。さて、皆のところまで送ろう」


 表面が赤熱化し一部溶けているリニアスナイパーを腕輪に回収し、颯爽と巨馬を駆る。その馬は一切の衝撃を乗り手に伝えることなく軽快に、荒れた地面が剥き出しの森を走り抜ける。しかし悠人を見つけると『こわやこわや〜』と言いながら自らさくらの腕輪の中に戻ってしまった。


 (あ〜んもう、スコープは装着部が溶けてもうだめね。ダメ元で分解しちゃおうかしら。それにしてもエアリスさんのサポート、すごかったわねぇ。まさか森の中、木々の隙間から狙われてるなんて、あんな汚物には考えもつかなかったでしょうね)



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