第42話 卵の我が子?
ワイバーンの卵を持ってログハウスの部屋に戻り、家から持って来たタオルケットを畳んだものの上に載せる。それにしてもでかい。卵に触れてみるとほんのり温かく、生命を感じる。
そこへチビがやってきたので入れてあげようとドアを開けると香織ちゃんも入って来た。
「失礼します!」
「あっ、はい、たいしておかまいできませんけど」
香織はタオルケットの上に載せられた卵に興味津々といった様子。チビもふんふんとにおいを嗅いでいる。
「どんな子が生まれてくるんでしょうね?」
「あれ? あんまり興味なさそうだったけど」
「興味はありますよ〜。ちょっとこわいだけで」
「そうなの。どんな子っていっても、レッサーワイバーンからドロップした卵だし、それの名称もワイバーンの卵だからねー。翼の生えたトカゲじゃないかな」
「そうなんですか〜」
卵を撫でながら『かわいいこにな〜れ〜』と繰り返している香織。それを見ているとなんだかほっこりしてくるなぁ。
(そんなことしてる香織ちゃんがかわいいと思うんだけどな〜)
ーー それを言ったらおとせますよ! イッツァフォーリンですよ! ーー
(そんなことでフォーリンしちゃうのはお前だけだ、エアリス)
ーー 『お前だけ』だなんて(照) ーー
(……。ところでせっかくチビがいるし、チビの首輪にも母星つけたほうがいいんじゃない?)
母星というのはその周囲にある”衛星“に付与された能力を発動するためのエネルギー源にするためのものだ。衛星単体でも発動は可能だが付与された能力によっては連続使用ができず、その問題をいくらか解消するために必要なのだ。
ーー そうですね。先ほどのような使い方をしていてはチビに負担が大きいですからね ーー
「チビ〜、ちょっと首輪かしてな〜」
そういうと頭を下げ首輪を取りやすくしてくれる。賢い子だな〜。
ーー では開始します。……母星を形成……首輪に‥はっ‥‥ ーー
コトンコトン……そんな音を立てて今しがた形成したばかりの母星は、卵にぶつかったと思ったらそのまま吸い込まれていった。
ーー 母星を形成……首輪に装着。完了しました ーー
(ねぇねぇ、ナチュラルに進めてたけどさ? 1個目、卵に吸われたね?)
ーー す、すみません。なぜか手が滑って ーー
(完璧超人のエアリスでもミスはあるんだな。まぁ気にすんな)
ーー は、はい。ところでマスター、卵の名称が変化しました ーー
(え? ドラゴンの卵? それになんか光ってる……)
ーー 生命反応が増大、内部で形態変化しています。パターンをつけるとすれば、青です! ーー
(どこの使徒だよ)
ーー 似たようなものです! お気をつけください! ーー
「悠人さん、なんだかこの子、びくびくしてるんですけど」
「うん、なんか動いてるね。名称が『ドラゴンの卵』になってるし、そのままならこれ……」
そこまで言った時、コツコツと卵の殻が内側から突き破られる。黄色っぽい嘴(クチバシ)に見えるもので殻を叩いて割っているのだ。
俺と香織は互いの距離も忘れ顔がくっつきそうなほど近くでその様子を見守る。五百円玉ほどの大きさまで穴が広がったとき、卵の『中身』はなかなか殻が破れないことに心折れたのか静かになってしまった。
「がんばれ! まだいけるだろ! いけないと思ったときこそ行ける時だ! もっと熱くなれよ!」
「そうですよ! がんばって! はやくママにお顔を見せて!」
思わずどこかの元熱血スポーツ選手のようなことを言って応援すると、それに続けて自称ママが応援をする。ママと呼べることは何もしていないじゃないかというツッコミは受け付けられないだろう。
五百円玉ほどの大きさの穴から覗いてみると羽毛が見える。鳥っぽいのだ。鳥っぽい、ということは、最初に見たものを母と思うかもしれないのだから、早い者勝ちのママ権争奪戦なのだ。とは言ってもここには自称ママが香織しかいないので争奪戦にはならないか。
そんなことを考えていると卵の殻はまた破れ始める。応援が届いたのだろうか?
そのまましばらく固唾を飲んで見守っていると、ついにその姿があらわになる。卵の中から殻を勢いよく破りポーズを決めて『ピィー!』と出て来たのは、白いひよこ!目が薄い金色で、アルビノ種と言われても疑う余地がないひよこだった。ただ大きさは普通のひよこの倍以上ある。
「わぁ〜! ひよこですね〜!」
「いやぁ、よかった。止まった時はダメかと思ったよ〜」
そう言ってお互いに向き合うと距離が近すぎて唇が触れそうになり、というか軽く掠った。やわらかかった。
俺と香織は二人とも「ごめん!」などと言い後ろに飛び退いたように距離をあける。当然顔は真っ赤だ。再びお互い見つめ合いその距離が徐々に近付いていく。互いが触れるか触れないかまで近付いた時、急にチビが『ヴォウ』と一声、それまでチビからは聴いたこともない声で鳴き、それで気を取り直した二人は再び顔を背け俯く。
気まずい二人が俯いていると、ぴぃぴぃとひよこが鳴き出し、それは二人の恥ずかしさというか照れ臭さというか、そういう気持ちを打ち消すには充分だった。
「何か言いたいのか?」
「何を言ってるんでしょう」
「ピィ! ピー! ピー!……ぴ? ……ぁ………ぁ」
「ぁ……?」
「もっとママにお話してひよこちゃん〜」
「ぁ……あ! ま! ま! まま! ママ!」
思わず「え…」という声が漏れる。しかし香織は素直に喜んでいる様子だ。
「ママって言いました? 今ママって言いましたよね悠人さん!」
「言ったように聴こえたね……」
「うれしいです! 悠人さんがパパで香織がママですね! こんなに早くおしゃべりできるようになるなんて賢いですね〜!」
「ちょっと待って。ひよこはしゃべらない」
「へ? でもママって」
「普通のひよこはしゃべらない」
「で、ですよね……疲れてるのかな」
「ママ? ママ! ぱぱ? パパ!」
「……どうしよう。変なの生まれちゃった」
「……どうしましょう」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドタバタ……
「なんだか向こうが騒がしいね」
「まさか……(ぽっ)」
「ちょっとさくら、それはないでしょ〜。チビも一緒にいると思うし」
「チビがいてもおかまいなしに……(ぽっ)」
「それもないでしょ」
「それじゃあチビが悠人君にじゃれてるのかしらね」
「そうかもしれないねー」
「ま、こっちは飲みましょ飲みましょ」
「さくらったら、こんなにお酒とおつまみ持って来たらここに遊びに来てるみたいじゃない。あっ、これもまた強いお酒ね」
「ラム酒よ。知ってるでしょ?」
「知ってるけどこんなに強いラム酒は初めてだよ……」
「じゃあ何かで割る? 昔はコーラで割ったりしたらしいわよ?」
「コーラあるの?」
「ないのよね〜」
「じゃあこのままでいっかー」
「「かんぱ〜い」」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうしよう……普通と違いすぎるくらいおっきなひよこだけどひよこだし……なんか喋った気がするし」
「どうしましょうね。育てても普通より大きな声で話す大きな鶏になったら困ります……」
ひたすら狼狽えながら二人で話していると、その様子をひよこはジッと見つめていた。
「エアリス先生、どうしたらいいんでしょうね?」
ーーー ……どう、しまショウか ーーー
(なんだかエアリス、反応鈍いな)
「エアリスさん、あなたが頼りなの!」
ーーー ……そのヒヨコに触れていてください。……マスター様 ーーー
指示通りひよこに触れる、というか指先で撫でる。ひよこは気持ちよさそうに目を細めている。
異様にでかいひよこを香織と二人で撫でているだけの時間が流れ、二人揃ってなんだかほっこりして来たなぁと感じているとエアリスが呼ぶ声に続いてひよこが話し出す。そういえばエアリスは最初の頃以来『マスター様』なんて呼んだだろうか。だがエアリスの事は今はほっといてもいいかという気分になるくらい、ひよこが話すことが気になって仕方ない。
ーー …………、……マスター!! ーー
「はじめ、まして、パパ、ママ。ひよちゃん、です。エアリー、せんせー、からお、しえてもらい、ますた。よおしくおねがい、ごはんください」
「いろいろ間違ってるしひよちゃんってセンスが俺みたいだしっていうかエアリスが考えたんだからどうせ俺程度のセンスなのはわかるしなんかでかいけど……うぉおおおおかわいいいい!」
「なんて、なんて賢い子なのっ! そうよ私がママよっ!」
二人で歓喜していると、チビが腕を鼻でとんとんしてくる。そうだ、ごはんくれって言ってたんだったな。チビは落ち着いてて偉いね。俺はもうだめそうだよ。
「それでひよこってなに食べるんだろう? 雑食でいいんだっけ? とりあえず葉っぱ食わせてみるか!」
ポケットからなぜか持っていたコンビニのレタスサンドを取り出し小型化を解除、レタスをひよちゃんの口元に持っていく。するとムシャムシャと吸い込まれていった。足りないかなと思っているとパンをつついて来たので目の前に置いてみると、それもムシャムシャと吸い込まれていった。
「よく食べる子ですね〜。早く大きくなってね〜、ひよちゃん。」
「はい。おおきく、なるます。ママ、もっとごはん。コンゴトモ、ヨロシク」
「おいエアリス、お前こんな無垢に変な事教えてんじゃねぇぇえええええ!」
ーー 教えてい……よ! ……ター! い……減にしてく……っ! ーー
「は〜い、ごはんですよ〜」
ダンジョン始まって以来最大級に憤慨する俺を余所に、香織はいつの間にかリビングから持って来た食料をひよちゃんにあげていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『!”#$%&’()0ォオオ! ィィィイイイ!』
「!?」
「!? 今度は何かしら……?」
「様子見に行った方がいいかな?」
「で、でもただ激しいだけかもしれないし……(ぽっ)」
「いやいやいや、さすがにありえないでしょ」
ドタドタバタバタ
「あっ、香織、そっちでなにか……行っちゃった」
「私のエナジーメイトチョコ味……すごいはやさで持って行かれたわね」
「何かあったのかもしれないし見にいかない?」
「そうね。そうしましょ。」
『%イ!(’&%$エエエエエエ!!!』
「!!?」
「ひぃ!」
おそらく悠人の雄叫びのような声に驚く二人だったが、部屋に向かう足を止めることはなかった。
「なんだかやばそうだね、早く行こう!」
「そ、そうね!」
そして向かった悠人の部屋で二人が見たものは、がっくりと膝から崩れ落ちた悠人の顔を、何か訴えるようにべろべろと舐めるチビ、形容し難いどろっとした見た目に赤黒い瞳が一つだけ張り付いたモノに『私がママよ〜』と言いながらひたすら餌付けをする香織だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なに……してんの? 香織? 悠人?」
「あれはなんなの……?」
心臓が跳ね上がる。
二人が目にしたそれはこれまで見た事の無い禍々しさを放っていた。悠人、そして香織の様子がおかしいのは一目瞭然、さらにいつもは人の顔を舐める事をしないチビが悠人の頬を舐めていた。
「二人とも。こっちに来なよ。かわいいだろう? ちょっと大きいけどふわっとしててさ。子供なんだ」
「二人ともこっちにおいでよ。かわいいでしょう? 私たちの子供なの」
どこか虚な二人に対し、悠里とさくらは警戒心をあらわにする。何が起きているのかわからなくとも、異常事態であることだけは感じ取っていた。
「ヴォウヴォウ!」
目が虚ろで言葉に起伏のない異様な二人と聞いたこともない声で何かを訴えようとしているチビ。明らかにおかしい。この状況は一体なんだ? 鼓動が加速し、悠里とさくらは酔いから醒めていくような気がした。
「(明らかにおかしいわよ、あの二人)」
「(そうだね。言ってることも変だしこんなチビも普通じゃないしそれに……アレは何?)」
「(近寄らない方がよさそうね)」
なるべく唇を動かさないようにしながら小声で話す悠里とさくら。この時点で、一度ここから離れる事が二人の中で決定していた。
「なにを、コソコソ話してるんだ? 早くこっちにこいよ」
「こっちに来て一緒に話しましょう?」
様子のおかしな悠人と香織がこちらに一歩踏み出そうとする。
逃げるなら、もう今が最後のチャンス。
恐怖と嫌悪の混じった感情がここから離れろと訴えてくる。
僅か震える太腿を思い切り抓ったさくらが悠里に言う。
「(カウント3で離脱するわよ?)」
悠里はそれを聞き、ぐちゃぐちゃになりかけた頭の中からこれ以外にないと言える選択をした。
『了解』と呟き、さくらの合図を待つ。さくらに従えば大丈夫、そう言い聞かせて。
「(3…2…1…今!)」
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